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十一 章 『伊勢物 語』二 十 三段の 表 現

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(1)

十一 章 『伊勢物 語』二 十 三段の 表 現

―「 けこの う つ は もの にも り け る 」 の 解 釈 と 和 歌 の 役 割 ―

はじめに

本章では『伊勢物語』二十三段の、高安の女による「手づからいひがひとりて、けこのう、、

つはものに盛りける」という行為と、高安の女が詠んだ二首の和歌がどのような役割を担って

いるかについて考察する。

高安の女の行為は、男が高安の女を嫌悪し、通わなくなった直接的な要因であるとされてい

るが、平安末期成立の『唐物語』中の「孟光、夫の梁鴻によく仕ふる語」という話を参考に考

察を試みれば、実はこの行為がさほど下品な行為ではないことを明らかにしたい。また「け、

こ」は、現行の「笥子」ではなく、竹岡正夫、山本登朗両氏が考察されたように「家子」とと

るべきことを併せて論じて「けこのうつはもの」に盛ることについての私見を提示しつつ、、

高安の女が詠んだ二首の和歌についても考察したい。関根賢司氏は「物語の本文は、歌を掲、

げて「とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて」と書かれているのだから、男は、そ

の歌によって「かなし」という思いを触発され、ふたたび愛がよみがえった、と考えてもよい

であろう」と述べており、当該章段を「歌徳説話の構造をそなえている章段」として理解し。

ている。しかし、高安の女の二首の和歌が存在しているため、当該章段を歌徳説話としては (1

説明できない。大和の女の詠んだ歌の徳をクローズアップするならば『大和物語』一五七・、

一五八段『今昔物語』巻三〇・十二の「住丹波国者妻読和歌語」などのように、一方の女、、

つまり高安の女が歌を詠まない設定にした方がわかりやすいだろう。なぜ、高安の女に二首も

の和歌を詠ませたのかということは非常に大きな問題であり、当該章段において和歌が担う機

能を明らかにすることになると思われる。

まずは、今まで、二十三段がどのように論じられてきたかを示したい。

一『伊勢物語』二十三段研究史―何がテーマとされてきたか―

二十三段について書かれたいくつかの論文に言及することで、何を中心に二十三段が論じら

れてきたのかをごく簡単に見ていきたい。

まず、秋山虔氏の論は『大和物語』と比較することにより『伊勢物語』の独自性に言及し (2

た卓論であるが、高安の女に二首の和歌を読ませておきながら、なぜ男は高安の女を見限った

のかということが今ひとつ判然としない点が悔やまれる。

次 に

、後ほ ど 言及 する こ と にな るが

、野口 元 大 氏 の 考 察 は

「 み やび

」 を 体 現 し て い る かの

(3

ような男の判断に疑問を呈し、高安の女に理解を示す点で異彩を放っている。しかし、それ以

降の論においては、概ね、二十三段は「みやび」をテーマとした話か、歌徳説話の系譜に連、 (4

。、「」なる話と把握されてきたようである極めて独自性のある野口氏の論考もこの段をみやび

をテーマとしている点では他の論考と一致している。野口氏は男が体現する「みやび」が形骸

化している問題点を指摘しているのである。

そのような研究状況の中で、山本登朗氏は、二十三段の様々の絵画資料を引用しながら、 (5

その享受に言及した上で「けこ」について考察する極めて興味深い論を最近出された。本論、

文と考察対象が重なるが、論のプロセスと結論いずれにおいても拙論とは異なっていることを

(2)

記しておく。

二「けこのうつは物にもりつゝ」―『唐物語』の例―

第四孟光、夫の梁鴻によく仕ふる語

①むかし、梁鴻といふ人、孟光にあひぐしてとしごろすみけり。この孟光、世にたぐひな

くみめわろくて、これをみる人心をまどはしてさはぐほどなりけれど、この夫をまたなき

ものにおもひて、かしづきうやまふこと思にもすぎたりけり。あさなゆふなにいゐがひと

りて、けこのうつは物にもりつゝ、まゆのかみさゝげてねんごろにすゝめければ、斉眉の

礼とぞいまはいひつたへたる。

さもあらばあれたまのすがたもなにならずふたごゝろなきいもがためには

心ざしだにあさからずは、たまのすがた、花のかたちならずともまことにくちおしからじ

かし(されどもみくゝからぬかほにはみかへにくゝこそ

②まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、今はうちとけて、手

づから飯匙とりて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心うがりていかずなりにけり。

①と し て引用 し た 文 章 は

、 平 安 末 期 成立 と 推 定 さ れ る

『 唐 物 語

』 中 の 話 であ る

。 傍 線 を付

(6

した部分「いゐがひとりて、けこのうつは物にも」るという記述は『伊勢物語』二十三段、、、

。、『』『』高安の女の行為と同一である山本氏の指摘によれば室町期成立の窓の教が伊勢物語

二十三段以外で「けこのうつはもの」という記述が見られる最古の作品であるとされている、

が、この『唐物語』のほうが先であることは言うまでもない。

『伊勢物語』二十三段との根本的な相違点は、②として引用した『伊勢物語(小学館新編』

日本古典文学全集)の後半部分と比較すればわかるように『唐物語』においてその行為は妻、

である孟光の夫、梁鴻に対する誠意ある対応として語られており、夫もそんな妻に非常に感謝

している旨の和歌を詠んでいる。対して、周知のように『伊勢物語』では、男が高安の女に、

愛想を尽かす行為として語られている『唐物語』学術文庫版解説は両者を比較して「つまり。、

『唐物語』は『伊勢物語』第二十三段では否定的に理解されている行為を、逆に孟光の徳行、

を表すものとして機能させているのでる。この点は単純な表現の援用に止まらぬ『唐物語』、

の表現手法として見逃せまい」と述べている。 (7

確かにその通りであろうが『唐物語』にそのような表現を選び取らせた原因を考えること、

が重要である。

私は『唐物語』の作者が『伊勢物語』で、高安の女の行為が男に嫌悪感を起こさせたとい、

う現行の解釈をとっていないことに注目する。そもそも、実際にその行為が身分卑しい者がや

る非常識な反みやび的な行為であると言い切れるのかどうかが問題なのである。

その点を考察するにあたり、まず「けこ」というのが現在使われている意味でのうつわもの、

という意味の「笥子」でいいのかどうかについて見ていきたい。

まず、新旧の注釈書を通覧しておく。

*笥子=飯を盛る器也(伊勢物語』校注日本文学叢書、広文庫刊行会、一九一八)『

*笥子=飯もるうつは(伊勢物語』改造文庫、改造社出版、一九三〇)『

*「笥」は飯を盛る器「子」は、破子・樏子・の子の如く、凡て小さい器に添へていふ。

語(伊勢物語新釈』天地書房、一九三一)『

(3)

*気子=飯を盛る器(伊勢物語』誠文堂、校註日本文学大系、一九三三)『

*飯櫃(伊勢物語・大和物語』物語日本文学第二巻、一九三八)『

*「けこ」の「け」は飯を盛る器「こ」は単なる接尾語とも「籠」の意とも言う(

。『

勢物語』岩波日本古典文学大系、一九五七)

*御飯を盛る器。うつはものは同格語(伊勢物語』日本古典文学全書、朝日新聞社、一『

九六〇)

*「笥子」は飯を盛る器「うつはもの」容器。笥子である器の意。。

(伊勢物語』小学館日本古典文学全集、一九七二)『

*「笥」は飯を盛る器「子」はあるいは「籠(こ」か「器物」はそれをもう一度繰り。)。

返して言っているのである(伊勢物語』鑑賞日本古典文学、一九七五)。『

*飯を盛る器。今で言えば茶碗(伊勢物語』新潮日本古典集成、一九七六)。『

*「笥子」は飯を盛る器「うつはもの」容器。笥子である器の意(小学館新編日本古典。。

文学全集『伊勢物語、一九九四)』

*飯を盛る椀

( 『伊

勢物語』岩波新日本古典文学大系、一九九七

)

以上の諸注釈書を通覧するに、長い間「笥子」と解釈され、器と理解されてきてあまり考、

察されることがなかったと言える。

「けこ」を器とする現行の解釈に対して、竹岡正夫氏は「けこ」について詳細な用例調査を

された上で、六点の理由からうつはものととる解釈を否定された。竹岡氏が挙げる六点の理 (8

由をまとめると次のようになる。

(1「飯がひ取りて、けこの器物に盛りける」を見て男が「心憂がりて行かず」なった)

ことを、通説では、貴族の男は憂く思ったと説明するが、男は貴族だとはこの一段

のどこにも書かれていないこと。

(2)食器は「け」といった当時の例はあるが「けこ」と称した例はないこと。、

家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る(万葉・一四二)

けに飯盛りつつ食へり(うつほ・吹上・上)。

(3「」の字には食器などの意は全くないこと(食物やいけにえをおくる。扶持・知)。

。、)「(

) 」

行米・いけにえ・まぐさなどのなま物の意むしろ字類抄の家口家族

をこそ取るべきであること。

(4「笥子の器物」では同じことを重ねて言っていることになること。)

(5)臆断及び古意が「飯の器」説を根拠なく出すまでは長い間「家子」の意に解して

いたこと。

(6「家子」の用例ならば『竹取物語』に見られること。)、

試みに主要な『伊勢物語』古注・新注を通覧したが、果たして竹岡氏の述べるように、賀茂

真淵『伊勢物語古意』以前は、全ての古注が家の者を表す「家子」と解していた。 (9

、 (

)「」『』また2に関しては主要な物語・日記・和歌などには笥子という言葉は伊勢物語

前後の用例としては皆無である。時代が下ると、

『現存和歌六帖』

家とうじをおもふ知家

たかやすのみもとははやくなれにけりてづからけこのそなへをぞやる

『殷富門院大輔集』

(4)

又けこのうつはものなどおきつつ、しひの葉にももらぬにや、すみなれたるさまどもし

たるに

という二例あるがいずれも『伊勢物語』を踏まえたものである。

竹岡氏が挙げる六点の理由は首肯できるものであり『小学館古語大辞典』でも岡崎正継氏、

、 「

「(

) 」

、「」執筆の語誌で一家眷族の者の意のけこ家子と見るのが自然で食器としてのけこ

の存在は疑わしい」としている。むしろ、現在までの諸注釈書が、器という意で「けこ」を。

解釈している方が不自然と言うべきだろう。ただ、竹岡氏の解釈は「一家眷属の者たちの食、

器に飯を盛り分けたりして、たまたま訪問して来ている夫など眼中にもなく、糠味噌女房」ぶ

りを発揮していることを、男が高安の女のもとに通わなくなった理由と見ており、結局、高安

の女をひたすら夫の無事をのみ祈る優雅な歌を詠む大和の女と比較させた上で、高安の女の行

為を鄙びた卑しいものとすることは従来の解釈と変わらない。

しかし、ここで考えねばならないのは『唐物語』の例である。孟光は梁鴻に給仕したので、

あって、家の者のために飯をよそっていたわけではない『唐物語』が成立した時は、家の者。

を表す家子しか存在していないのであるから笥子ではない二十三段においても一「」

、 「

」。

、 「

家眷属の者」のために飯を盛っていたわけではなく、男のために「家子のうつはもの」に飯を

盛っていたと解釈したほうがよいのではないか。そのように解釈すれば、男は「家子のうつは

もの」に飯を盛られたことに嫌気がさしたということになる。その場合の「家子」は『唐物、

語』を踏まえて解釈すべきである。換言すれば、二十三段では使用人という意味ではなく、家

族という意味で捉える必要がある。しばしば、辞書に「家子」の用例として引かれる『竹取、

物語』の例「しかるに禄いまだ賜はらず。是を賜ひて、わろき家子に賜はせむ」も妻子の意、

であると解すべきであろう。

以上「けこ」を「家子」と解釈し、高安の女は形式張った客用ではなく、親しい家族に使、

用すべき器に飯を盛って男に差し出したとする読みを示した。次節では高安の女が飯を自ら盛

って、男に給仕をすることについて考察していく。

三自ら飯を盛る行為について

まず、疑問なのは、高安の女の自ら飯を盛るという行為はそれほど品位に欠ける行為なのか

ということである。私は『唐物語』の例が特殊だとは思えない。女性が自ら飯を盛るという、

行為は立派な家刀自としての姿を表すものだろう。次に挙げる例は家刀自の姿をあらわすもの

ではないが、飯を盛るという行為がそれ程品位に欠ける行為ではない証左として『うつほ物、

語』でしばしば描かれる貴族が自ら給仕をする場面を挙げておきたい。

。 「

、①大将二ところながら御膝に据ゑ立てたまひて聞こえたまふかしこに侍りつる子に

餅食はせはべるを、まづ聞こしめさせて、おろしをとてなむ。若宮「わが見に出でたり」、

しかば、宮の隠して見せたまはざりし。小宮「見せたまはざりしかば、いみじう泣きし」、

かばこそ見せたまひしか。抱きしかば、うち落として騒がれき。大将「さて、いかが御」、

覧ぜし。憎げにや侍りし。宮「否、いとうつくしかりき。こなたに率て来などせさせし」、

かば、ののしりてとどめき。ただ今抱きておはせよ」とのたまへば「ただ今は、汚げに、

むつかしう、なめげなるわざもしはべれば、今、大きになりなむ時に、召してらうたくし

」 。

、 「

。」。、て使はせたまへ宮いとうれしかりなむ遊ぶ人なくていと悪しとのたまふ大将

手づから賄ひして、宮たちに物含めつつ参りたまふ(蔵開・下)。

(5)

、 「

。。、②宰相の中将いと不便なることものの聞こえ侍れ天下の皇子生まれたまへりとも

さる心あるべき人か。そがうちに、若宮をば、いと心ざし深く思ひかしづききこえたまふ

ものを。この子の日、午前の物調じて、弄び物、七宝を尽くしてし設けてこそ、装束いと

うるはしく、賄ひしつつ、手づから参りたまひしか。さるものから、世の覚え重しとある

人なれば、いささかに、ひがみたる心遣ふべうもあらざめり(国譲・上)」

以上の引用場面は室城秀之氏「料理する男たちー『うつほ物語』の飲食表現ー」にも引用さ

れている。いぬ宮の百日の儀に参加していた春宮の若宮たちに、仲忠が自ら給仕をする場面 (10)

である。仲忠が宮たちに給仕をすることは、前掲論文で室城氏が指摘するように「将来のい、

ぬ宮の春宮への入内を、読みとして支えることにもなる」ほど重要なことであると言えるだろ

う。そして貴族である仲忠が給仕をする行為がどのように受けとめられたかを如実に表してい

る場面が②なのである。この場面は、仲忠があて宮腹の若宮をどれだけ大切に扱っているかを

示す証左として、仲忠が若宮たちに自ら給仕をしたことが語られているのである。

以上の用例を鑑みれば、高安の女が男のために給仕をしたことを下品であると言い切ること

は困難であると考える。

先に若干言及した野口元大氏が「かいがいしく手ずから飯がいをとって夫を歓待するのは、

この女にとって、抑えても抑えきれぬ歓びと愛情の表出だったのではないか」とし「久しぶ、

りに逢う恋しい夫の身の廻りに、いそいそした妻があれこれ手を借すのは、むしろ自然のこと

でしかない」と論じられているのは興味深い。野口氏はさらに「ここでは人間的な共感はす、 (11)

べて失われ、外形のみの儀礼や作法だけが評価の対象になっている」とし「みやびによって、

愛が虐殺」されていると読み解かれるのである。しかし、男が「みやび」を体現する存在であ

るかは議論を要するだろうし、問題なのは男は高安の女の給仕に嫌気がさしたのかどうかであ

る。男が辟易したのは高安の女が自ら飯を盛ったからではなく「家子」の食器に飯を盛られ、

たからだとは考えられないだろうか。先ほども述べたように、その場合の「家子」は『唐物、

語』の用例を鑑みれば「一族、家族」と解すべきであろう。、

以上のこ

とを 踏まえて

「け こ の うつ はものに盛る」の

私 見 を提示すれば次のようになる。

(本文)

まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、今はうちとけて、手づ

から飯 匙 とりて け こ の うつ はものに盛りけ

る を 見 て

、 心うがり

て い かずなりにけり。

(私見)

たまたま高安の女のもとに来てみると、はじめは緊張して適度な距離を保って客人扱いし

てくれていたのに、今はすっかり気を許し、安心しきって、男を主人として自らしゃもじ

を持って家族用の器に飯を盛っているのを見て、嫌になって通わなくなった。

「高安に来て見れば」を男が高安の女を垣間見している場面と捉える見方がある。垣間見と

捉えると私見は成り立たない。確かに、大和の女を男が垣間見ている部分との対比「来て見、

れば」という垣間見特有の表現から垣間見説に魅力を感じないことはないが『唐物語』の例を

考えれば、やはり対面していると捉えた方がよいと思うのである。

当該章段を男が「みやび」を体現して「みやび」を基準として高安の女を排除する、とす、

る読み取り方は再考する必要がある。それでは、当該章段を何に注目して読んでいけばいいの

だろうか。

(6)

私は、高安の女が二首の和歌を詠んでいる点に注目し、和歌を中心に見ていくことで当該章

段の新たな読み取りの可能性が拓かれると考える。現在までの研究史では、高安の女が何故畳

みかけるように二首の和歌を詠むのか、明確に説明できていない。

次節では高安の女が詠む二首の和歌が存在する意義について、構想の問題に言及しながら考

察する。

四「筒井筒」部分と高安の女の二首の歌

もともとこの二十三段は『大和物語』のように筒井筒の幼な恋の部分及び高安の女の歌二、

首を除いた部分が、地方伝承として伝えられてきたものだったという説がある。当該部分が (12)

『古今集』巻十八・雑下の九九四番歌や『大和物語』にはなく、また「筒井「井筒」という」

語が『伊勢物語』以前の作品には現れないということであるから、筒井筒部分及び高安の女の

歌は、作者が増補したと見てよいのではないか。

とすれば『伊勢物語』二十三段の作者はなぜそれらの部分を増補したのかが問題となる。、

筒井筒部分が増補されることで明確になるのは男と大和の女の幼な恋に基づく強い結びつき

である。該当部分がない『大和物語』には明確な主題を見出しにくく「かなまりに水をいれ、

て、胸になむすゑたりける。あやし、いかにするにかあらむとてなほみる。さればこの水、熱

湯にたぎりぬれば」というように、大和の女が水を入れた金椀を胸に当てると、水が沸騰した

とか「いとあやしき樣なる衣を着て、大櫛を面櫛にさしかけてをり、手づから飯盛りをりけ、

り」のように、高安の女が大櫛を面櫛にしていたという興味本位の叙述で極端な対比をして、

大和の女の優位性を示しているに過ぎない。

また、高安の女の歌二首が増補された理由は、この章段が歌徳を主題としたものではないと

いうことを大和の女の和歌と対比することによって明らかにするためであると考える。男が高

安の女のもとに通わなくなった理由は、大和の女の和歌が高安の女のそれより特別に優れてい

たからではないだろう。大和の女の歌が優れていたならば、男は全く河内へ行かなくなるの (13)

が筋だと思うが、その後も男は河内へ通っているのであり、大和の女の歌も歌徳というほどの

効果を生じていないと考えるしかない。また、表現面においても、男が大和の女の歌を聞いて

「」、「、」。河内へ行かずなりにけりと話の最後の男すまずなりにけりは同列の表現ではない

【行く」の例】「

*その通ひ路に、夜ごとに人をすゑて守らせければ、いけどもえあはでかへりけり。

(五段)

*むかし、男、女のもとに一夜いきて、またもいかずなりにければ(二十七段)、

*むかし、男、色好みとしるしる、女をあひいへりけり。されどにくくはた、あらざりけ

り。しばしばいきけれど(四十二段)

*・・・この女思ひわびて里へ行く。されば、なにの、よきこと、と思ひていきかよひけ

れば、みな人聞きて笑ひけり(六十五段)。

【住む」の例】「

(7)

むかし、男ありけり。いかがありけむ、その男すまずなりにけり。のちに男ありけれど、

子ある仲なりければ、こまかにこそあらねど、時々ものいひおこせけり(九十四段)。

「行く」というのが文字通りの意味であるのに対して「住む」というのは女と夫婦生活を、

することである。そこには当然男女の交情が含まれているから、住まなくなったというのは、

完全に関係が断絶することを意味している。大和の女の歌の歌徳がテーマならば、歌が詠まれ

た段階で「住まずなりにけり」でなくてはならないのではないだろうか。この大和の女の歌に

関して、奥村英司氏が「和歌の力が、持続的な効果を持ち得ない」と述べていることは首肯 (14)

できる。歌徳というからには一時的なものではなく、詠み手に半永久的な利益を与えるもので

はなくてはならない。

さらに、奥村氏は和歌の本質とは功利性にあるのではなく、人間の真実の表現であるところ

にあると述べている。二十三段のみの考察で和歌の本質まで述べるのはいささか困難であろう

かと思うものの、少なくとも二十三段における和歌の存在理由は歌徳ではないとしてもよいと

思われる。また、高安の女の歌は男に届いていないのであるから、コミュニケーションの道具

としての機能を果たしているわけでもなさそうである。ここでの和歌は己の思いを表出する手

段として存在していると捉えるのがもっとも妥当である。その意味で、鈴木日出男氏の次の論

は示唆的であろう。 (15)

交渉の回復の不可能を思いつつも、男に訴えかけずにはいられない女の心が、この歌には

形象されている。この女は、こうした男への執心を詠み上げることを通してのみ、その人

生を証していることになろう妻と愛人の二人の女は、その歌が相手の感動を得て顧みられ

るかどうかの相違はあるにしても、自らを歌に封じこめようとする精神においては相違が

ない。

つまり、大和の女の歌も、高安の女の歌もそれぞれ男への真実の思いが吐露されていること

、。こそが重要なのであって男を引き留められたか否かなどは全く問題になっていないのである

おわりに

、『』。男が高安に通わなくなった理由それこそが伊勢物語二十三段のテーマと関わるだろう

、 「

」すでに述べたが男は高安の女の給仕自体に嫌悪感を覚えたのではなく家子のうつはもの

に盛られたことに辟易したのである「家子」を家族と解釈すれば「家子のうつはもの」に盛。、

るという行為はまさしく、男を家の一員として迎え入れるということではないだろうか。一過

性の関係ではなく、半ば永続する関係にしようという意思表示こそが「家子のうつはもの」に

盛るという行為だったのではないかと思われる。つまり、男が高安の女のもとに通わなくなっ

たのは、幼い時から大和の女と強い結びつきが有り、高安の女のもとへ通ったのはあくまで経

済的な理由である上に一時的なものであった。当然ながら、高安の女のもとに通い続ける気な

どなかったであろう。男が「家子のうつはもの」に飯を盛られた事に嫌悪感を抱くのも当然で

ある。

当該章段は、男が「みやび」を基準として高安の女を排除し、大和の女を選択するという話

ではなく、男が大和の女が詠んだ歌に感動して、大和の女に対する愛情を回復したという歌徳

説話的な話でもない。和歌が重要であることは紛れもない事実であるが、すでに述べてきたよ

うに、歌徳という和歌の功利性ではなく、功利を超えたところにある和歌の真実性こそが問題

となっていた。換言すれば、男性中心の話ではなく、精一杯男に誠意を見せようとした女の涙

(8)

ぐましい行為が語られている女性中心の話として理解すべきなのだと考える。本論文は「け、

こ」を「家子」と解釈すべき点、高安の女が男に対する愛情を表出する和歌二首の存在に注目

することによって、高安の女の重要性を明らかにしてきた。しかし、高安の女だけに注目する

としたら、二十三段の本質を見誤るだろう。男に選ばれた大和の女にもいずれ男から捨てられ

る日が来るはずである。そしてその時もまた歌を詠むのではないか。だが、その歌は相手の (16)

心に届くことなく空しくこだまのように己に返るのみである。そのように考えれば、大和の女

も高安の女も表裏一体であると言える。二十三段とは和歌に己の生命を賭ける女たちの話であ

り、男は後景に退かざるを得ない。男が大和の女を選んだというのも幼な恋のためであり、そ

こに何か重要な意味を見いだすことはできない。筒井筒部分で大和の女の男への強い思いを語

り、高安の女に二首の歌を詠ませることで、元妻と新妻の優劣を鮮明に印象づける二人妻説話

的二項対立図式をずらしたということであろう。 (17)

二十三段から「みやび」を読み取るならば、それは男の身勝手な判断からではなく、男の愛

情を得ようと精一杯に行動した女たちの姿勢からであると考える。

(注)

(1)関根賢司氏「化粧考―伊勢物語を読む―(國學院雑誌』國學院大学、一九八五・七)」『

(2)秋山虔氏「伊勢物語私論―民間伝承との関連についての断章―」

( 『

』、

) 文 学

岩波書店一九五六・十一

(3)野口元大氏『古代物語の構造(有精堂出版、一九六九・五)』

(4)原國人氏『伊勢物語の原風景―愛のゆくえをたずねて(有精堂、一九八五・十一、河』)

地修氏「伊勢物語「筒井筒」章段考―化粧をする女、あるいは没落貴族のこと―(

学論藻』東洋大学文学部、一九九〇・二、田口尚幸氏「伊勢物語』二十三段第二・三)『

部の解釈(文学研究』日本文学研究会、一九九二・六)などの論がある。いずれも様」『

々な角度から二十三段を分析する卓論であるが「みやび」をテーマとする点はかわら、

ない。

(5)山本登朗氏「伊勢物語の高安の女―二十三段第三部の二つの問題―(国文学』関西大」『

学国文学会、二〇〇四・二)

(6)小林保治氏『唐物語』全訳注(講談社学術文庫、二〇〇三・六)

(7)同(6)

(8)竹岡正夫氏『伊勢物語全評釈(右文書院、一九八七・四)』

(9)竹岡氏は契沖『勢語臆断』から「笥子」説が見られるようになるとしているが、これは

享和三年版本の編集者の補注を、契沖の書き込みと見誤ったものである。

(10)室城秀之氏「料理する男たちー『うつほ物語』の飲食表現ー(国文白百合』所収、」『

二〇〇二・三)

(11)野口元大氏『古代物語の構造(有精堂出版、一九六九・五)』

(12)森本茂氏「伊勢物語の伝承性(伊勢物語論』所収、大学堂書店、一九六九・七

同『伊勢物語全釈』大学堂書店、一九七三・七)などに詳しい。

(13)奥村英司氏は「伊勢物語』二十三段―和歌の力を超えてー(物語の古代学―内在、『」『

する文学史―』所収、風間書房、二〇〇四・九)で、二十三段の和歌を分析され、和歌

の力の本質は、その功利性ではなく、人間のありかたそのものを言葉で表現できるとこ

(9)

ろにあると述べている。

(14)同(13)

()「

」 ( 『

』、、)15鈴木日出男氏伊勢物語の和歌古代和歌史論所収東大出版会一九九〇・十

(16(15)で鈴木氏は「相手をも恨まねばならぬ愛人の運命も、ひとり彼女だけのもの)

でありえず、明日の妻の運命でないと誰が保証しうるか」と述べている。

(17)例えば『大和物語』一五六・一五七段『今昔物語』巻三〇・十三など。二人妻説話、

については、檜谷昭彦氏『未練の文学二人妻伝承考(日本放送出版協会、一九八』

〇・十二)に詳しい。

*『竹取物語『伊勢物語『うつほ物語『大和物語』本文の引用は小学館新編日本古典文

』 、

』 、

』 、

学全集によるが、私的に表記を改めた箇所がある。

参照

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