「
身
心
脱
落
話
」の
意
義
と
そ
の
歴
史
的
展
開
原
田
弘
道
二 十 年 近 く 以 前 の こ と 、 「 道 元 禅 師 の 疑 団 に つ い て 」 と い ( 1V う 拙文
を 発 表 し た 。 そ の 中 で 、道
元 の 疑 団 と の 関 係 に お い て 「 身 心 脱 落 」 を 考察
し た 。 そ こ で は 看 話 禅 的 見 性 体 験 と 似 た よ う な 、 「 大 悟 」 の 事実
と し て 見 、 時 ・ 処 ・ 位 が 特 定 さ れ る 特 殊 な 大 悟 の体
験
と い う 風 に 捉 え て い た の であ
る 。 当 時 の 一 般 的見
解 に 同 じ た 面 が あ っ た 。 し か し 以 後 何 と な く落
ち着
か な い 意 識 が あ っ た 。 い わ ゆ る 後 に い う 「 叱 吃 時 脱 落 」 の 体 験 が 、道
元 及 び 道 元 禅 に は そ ぐ わ な い の で は な い か 、 そ ん な 思 い がず
っ と し て い た の であ
る 。 こ の 点 に つ い て 従 来 の 一 般 的 ( 2V 見 解 に つ い て 、近
年 疑 義 が 提 出 さ れ て も お り 、 筆 者 も 自 分 な り に改
め て 考 え直
し て 見 た い と 思 っ て い た 。 以 上 の よ う な 問 題 意 識 に 立 っ て い る の で あ る が 、 既 に 『 印 ( 3 ) 度 学 仏 教 学 研 究 』 第 四 十巻
第 二 号 に 短 文 を 発表
し た 。 小 論 は 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 十 三 號 卒 成 四 年 十 月 こ れ に 加 筆 訂 正 し 、 新 た な 考 察 を 加 え 、 詳 論 を 試 み よ う と す る も の で あ る 。 従 っ て 論 旨 展 開 上 、 や む を 得 ず重
複
す る 個 所 が 存 す る こ と を、 あ ら か じ め お断
り し て お き た い と 思 う 。 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 五 に 、 我 れ 、 初 め て ま さ に 無 常 に よ り て 、 聊 か 道 心 を 発 し 、 あ ま ね く 諸 方 を と ぶ ら ひ 、 終 に 山 門 を 辞 し て 、 学 道 を 修 せ し に 、 建 仁 寺 に 寓 せ し に、 中 間 に 正 師 に あ は ず 、 善 友 な き に よ り て 、 迷 っ て ( 4 ) 邪 念 を お こ し き 。 と 、 道 元 ( = 一 〇 〇 〜 一 二 五 三 ) に と っ て 、 無 常 が 出 家 の 動 機 で あ り 、 同 時 に 無 常 の 問 題 が解
決 で き な い で 、叡
山 を 下 る 理 由 と も な っ た の で あ る 。 こ の無
常 こ そ 「 生 」 に 対す
る 執着
の 否 定 的 表 現 と し て の有
所得
心 の 極 致 であ
り 、 後 に 「 大 疑 滞 ア リ 」 と い わ れ る 内 容 に 凝 固 し て い っ た も の と 考 え ら れ る の で 七 一「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) ( 5 )
あ
る 。 即 ち 『 永 平 開 山 道 元 禅 師 行 状 建 撕記
』 ( 明 州 本 ) に 、 自 十 三 歳 至 十 八 歳 六 箇 年 之 間 看 閲 一 切 経 二 遍、 宗 家 之 大 事 、 法 門 之 大 綱、 本 来 本 法 性、 天 然 自 性 身 、 此 理 顕 蜜 之 両 宗 不 二 落 居 一 大 有 二 疑 滞 → 三 井 寺 公 胤 僧 正 所 参 、 如 二 自 本 法 身 法 性 一 者 、 諸 仏 為 二 甚 麼 一 更 発 心 修 一 一 行 三 菩 提 之 道 一 と あ る の が そ れ で あ る 。 し か し こ の 「 疑 団 」 は 道 元 自 身 語 っ ( 6 ) て い る と こ ろ は な く 、 ま た 今 日 で は 虚 構視
す る 見 解 も あ る 。 更 に こ の 「 疑 団 」 は 、 当 時 の 叡 山 で は 初 歩 的 な も の で あ っ て 、 既 に 解 決 済 み の こ と な の で 、 道 元 が こ ん な 問 題 に か 乂 づ ら う 筈 が が な い と い う の で あ る 。 た し か に 知 識 ・ 学 問 と し て な ら ら そ の 通 り で あ ろ う 。 し か し 自 己 実 存 の 究 極 の 問 題 に 伴 う 危 機 意 識 ・ 精 神 的 苦 脳 は 人 が 存 在す
る 限 り 再 生 産 さ れ る 性質
の も の で 、 知 識 や 分 別 に よ っ て 解 決 が つ く ほ ど 人 は 単 純 で も 、 楽 天 的 で も な い 。極
め て 単 純化
し て い え ば . 人 は 誰 も が 間 違 い な く 死 ぬ こ と は、事
実 と 理 屈 の 上 で 知 っ て い て も 、 だ か ら と い っ て 生 死 の 問 題 が 解 決 つ い た と い え な い の と 同 様 で あ る 。 そ れ は 先 の 『建
撫 記 』 の 文 に 続 い て 、 此 公 胤 者 顕 蜜 之 明 匠 法 海 之 竜 象 、 即 致 二 此 問 一 僧 正 教 示 日 、 此 問 輒 不 レ 可 レ 答 、 雖 レ 有 = 家 訓 訣 一 未 レ 尽 レ 義 、 傅 聞 大 宋 国 傅 二 仏 心 印 一 有 二 正 宗 ( 直 入 レ 宋 求 覓 。 ( 『 建 撕 記 』 明 州 本 ) と あ り 、 公 胤 が 「 家 ノ 訓 訣有
リ ト 雖 モ 、 未 ダ 義 ヲ 尽 サ ズ 」 と 七 二 述 べ た と さ れ る 所 に 伺 う こ と が 出来
る 。 公 胤 は 藤 原 基 房 、 伊 子 ら の 縁 者 だ っ た よ う で あ う 、 元 久 三 ( 一 二 〇 六 ) 年 、 承 久 三 ( 二 一 二 一 ) 年 の 二 度 に わ た っ て 、 三 井 寺 の 長 吏 を つ と め た 。 一 時 、法
然 (=
三 三 〜 = = 二 ) の 『 選 択 本 願 念 仏 集 』 を 批 判 し て、 『 浄 土 決 疑鈔
』 ( 三 巻 ) を著
わ し た り し た が 、 そ の 前 非 を 悔 い 、 改 宗 し て、 京 都 吉 水 の あ た り に 住 ん だ と い う 、 誠 実 無 類 の 人物
で あ る 。道
元 が 彼 を 訪 ね た こ と は 、 『 随 聞 記 』 三 に 、 ま た 云 く 、 故 胤 僧 正 云 く、 道 心 と 云 ふ は 、 一 念 三 千 の 法 門 な ん ど を、 胸 中 に 学 し 入 れ て 持 つ た る を 、 道 心 と 云 ふ な り 。 な に と な く 笠 を 頸 に 懸 け て 迷 あ り く を ば 、 天 狗 魔 縁 の 行 と 云 ふ な り、 と 。 即 ち、 仏 道 を 求 め る 心 と は 、 天 台 の 三 千 世 界 が 一念
の 心 にあ
る 教 義 な ど を 学 び 、 心 に も っ て い る こ と を い う の であ
り 、漠
然 と 笠 を 首 に か け て 姿 形 だ け は 僧 の 身 な り で 歩 く の は 、 天狗
が 人 を ま ど わ す 行 為 と い う も の で あ る と 云 っ た と さ れ る こ と に よ っ て 知 れ 、 更 に 後 に道
元 が 『 学道
用 心 集 』 「 可 レ発
二 菩 提 心 一事
」 に、 菩 提 心 者 。 無 上 正 等 覚 心 也 。 不 レ 可 レ 拘 二 名 聞 利 養 叩 有 云 。 一 念 三 千 之 観 解 也 。 有 云 。 一 念 不 生 法 門 也 。 有 云 。 入 仏 界 心 也 。 如 レ 是 之 輩 。 未 レ 知 二 菩 提 心 噌 猥 謗 二 菩 提 心 → 於 二 仏 道 中 一 遠 之 遠 矣 。 誹 顧一 一 吾 我 名 利 之 当 心 叩 融 二 念 三 千 性 相 冖 否 。 証一 こ 念 不 生 之 法 門 「否 。 唯 有 二 貪 名 愛 利 之 妄 念 更 無 二 菩 提 道 心 可 ワ 取 乎 。 ( 傍 点 筆 者 ) と 述 べ て い る
多
く 、 天 台 の 「 一 念 三 千 之 観 解 」 そ の 他 華厳
の 立 て る 五 教 の う ち の 頓 教 や 、真
言 の教
説 の 理 解 を 通 し て で は な く 、 徹 底 吾 我 名 利 の 心 の 捨 離 に こ そ あ る と す る な ど 、 公 胤 の 見 解 と は 対 照 的 で あ る と い え る 。 し か し公
胤 に 参 問 し た 時 点 で は 無論
こ の こ と は 自 覚 さ れ て ( 7 ) お らず
、 そ の 指 示 に よ っ て 、「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) と、 日 用 、
著
衣 喫 飯 、 行 住 坐 臥 の 処 に あ る と い う 、 中 国 禅 者 の 一 般 的 禅 理 解 の 域 を 出 な い も の と い う こ と が でき
よ う 。 つ ま り 無 際 及 び彼
に 参 じ た 、 こ の 時 の 道 元 の 仏 法 理 解 と い う も の は、 後 に 『 随 聞 記 』 六 に 弉 問 ウ て 云 ク 、 打 坐 と 看 語 と な ら べ て 是 レ を 学 す る に 、 語 録 公 案 等 を 見 ル に は、 百 千 に 一 つ ハ い さ さ か 心 得 ら れ ざ る か と 覚 ユ る 事 も 出 来 る 。 坐 禅 は 其 レ ほ ど の 事 も な し 。 然 レ ど も な ほ 坐 禅 を 好 む ぺ き か 。 示 二 云 ク 、 公 案 話 頭 を 見 て 聊 か 知 覚 あ る や う な り と も、 其 レ は 仏 祖 の 道 に と ほ ざ か る 因 縁 な り 、 無 所 得、 無 所 悟 に て 端 坐 し て 時 を 移 さ ば、 即 チ 祖 道 な る べ し 。 古 人 も 看 語 、 祇 管 坐 禅 と も に 進 め た れ ど も 、 な ほ 坐 を ば 専 ら 進 め し な り 。 ま た 話 頭 を 以 て 悟 り を ひ ら き た る 人 有 り と も 、 其 レ も 坐 の 功 に よ り て 悟 り の 開 く る 因 縁 な り 。 ま さ し き 功 は 坐 に あ る ぺ し とあ
る よ う な 、 本 当 の 功 は 坐 禅 に あ る と 、 反 省 し、 回 顧 せ し め ら れ た よ う な 内 容 で あ っ た と 思 わ れ る の で あ る 。 これ
は 後 に 、 如 浄 へ の 質 問 と な っ て あ ら わ れ て い る 「 冷 暖 自 知 」 の 内 容 ( 『 宝 慶 記 』 ) と も 、 ま た 『 学 道 用 心 集 』 「 参 禅 可 レ 知 事 」 の最
後 の 部 分 と も か 玉 わ る と い え よ う 。 即 ち 『 宝 慶 記 』 に 拝 問 、 古 今 善 知 識 日 、 如 魚 飲 水 冷 暖 自 知 、 此 自 知 即 覚 也 、 以 為 菩 提 之 悟、 道 元 難 云 、 若 自 知 即 正 覚 者、 一 切 衆 生 皆 有 自 知、 一 切 衆 生 依 有 自 知 、 可 為 正 覚 之 如 来 耶 。 或 人 云 、 可 然、 一 切 衆 生 無 始 本 有 之 如 来 也 。 或 人 云 。 一 切 衆 生 不 必 皆 是 如 来 、 所 以 者 何、 七 四 若 覚 自 覚 性 智 即 是 者 、 即 是 如 来 也、 未 知 者 不 是 也 。 如 是 等 説 可 是 仏 法 、 否 。 和 尚 示 日、 若 言 一 切 衆 生 本 是 仏 者、 還 同 自 然 外 道 也 。 以 我 々 所 比 諸 仏、 不 可 免 未 得 謂 得 未 証 謂 証 者 也 。 ( 『 宝 慶 記 』 ) と い う 覚 知 の 仏法
へ の 疑 問 で あ り 、 ま た 「 自 然 外 道 」 的 仏 法 へ の 疑 問 で あ る 。 こ の 質 問 は 道 元 に お い て は 、 従 来 の 参 学 に よ る 仏 法 理 解 に 満 足 せ ず 納得
し て い な か っ た こ と を裏
書 き す る も の で あ る 。 そ れ は 後 に 道 元 自 身 、 参 学 可 レ 識、 仏 道 在 二 思 量 。 分 別 。 卜 度 。 観 想 。 知 覚 。 慧 解 之 外 一 也 。 若 在 二 此 等 之 際 鱒 生 来 常 在 二 此 等 之 中 鱒 常 翫 二 此 等 一。 何 故 干 レ 今 不 レ 覚 二 仏 道 一 乎 。 学 道 者 、 不 レ 可 レ 用 二 思 量 分 別 等 之 事 叩 ( 『 学 道 用 心 集 』 「 参 禅 可 レ 知 事 」 ) と 明 確 に 述 べ て い る こ と に よ っ て も 知 れ る の で あ る 。 け だ し 道 元 が抱
い た 宗 教 的 か つ精
神 的 煩 悶 ( 疑 団 ) 、 即 ち 無常
の 問 題 は 、 冷暖
自 知 の 各自
理会
で解
決 の つ く 問題
で は な い の で あ る 。 そ れ は 悟 り す らあ
て に 出 来 な い の が 無 常 の 真実
相 で あ る こ と へ の 自覚
に 基 く 危 機 感 であ
る 。 し か し 看 話 禅 に お け る 見 性 は果
た し て い た 、あ
る い は 認 め ら れ て い た の で あ ろ う 。 だ か ら 無 際 は 嗣 法 を 許 そ う と し た の で あ る が 、 「 雖 レ 及 二 嗣 書 拝 看 h 未 レ 決 二 択 大 事 】 」 ( 『 建 撕 記 』 明 州 本 )感
い く そ ば く そ 、す
な わ ち 仏 祖 の 冥感
な り 」 ( 「 嗣 書 」 ) と道
元 は 感 謝 し な が ら も 断 っ て い る の であ
る 。 更 に 平 田 万 年寺
元廉
の 嗣法
許 可 の 慫 慂 に 対 し て も 、 宝 慶 の こ ろ 道 元 台 山 鴈 山 等 に 雲 遊 す る つ い で に 、 平 田 の 万 年 寺 に い た る 。 と き の 住 持 は 福 州 の 元 蕪 和 尚 な り 。 … … 老 兄 も し わ れ に 嗣 法 せ ん と も と む る や 、 た と ひ も と む と も 、 を し む べ き に あ ら ず 、 道 元 儒 感 お く と こ ろ な し 、 嗣 書 を 請 す ぺ し と い へ ど も、 た 艾 焼 香 礼 拝 し て 、 恭 敬 供 養 す る の み な り 。 ( 「 嗣 書 」 『 正 法 眼 蔵 』 ) と 辞 退 し て い る の は 、 既 に 自 己 に 対 し て 印 可 を 認 め て い る 仏 法 な る も の に 対 し て 、果
た し て こ れ で よ い の か と い う 、 自 身 に お け る 不安
、 不 満 、 疑 問 が 内 包 さ れ て い る も の と 見 て と る ぺき
で あ ろう
、 単 な る 遠 慮 で は な い 。 即 ち 自 ら の 存 在 が 現 実 か ら 遊 離 し て い る と い う 不 安 を感
ぜ ざ る を得
な か っ た も の と 思 わ れ る 。 『 建 撕 記 』 ( 明 州 本 ) に よ る と 、道
元 は 参 学 の 時 間 的前
後 は 問 題 が あ る とす
る も 、 先 の 無 際 、 元 蕭 の 他 、 浙 翁如
瑛 (=
五 一 〜 一 二 二 五 ) に 径 山 明 月 堂 で 、 盤 山 思 卓 に 径 山 小翠
岩 で 、 惟 一 西 堂 、宗
月 長 老 、 伝蔵
主等
に 参 じ 、 あ る い は 交渉
を 持 っ た 。 そ し て 明 州 本 『 建撕
記 』 は 七 人 之 尊 宿 眼 睛 何 師 、 ( 11 ) 知 識 → 帰 朝 思 、 元 老 大 僑 慢 生 、 日 本 大 宋 両 国 無 二 如 レ 我 善 「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) と 、 宋 朝 禅 者 へ の 失 望 を抱
い た と し 、 更 に 大僑
慢 の 心 を起
し た と 、 こ の こ と は ま た 『 建撕
記 』 各本
が 共 通 し て伝
え て い る が 、 こ れ は 不 安 ・ 不 満 の裏
返 し と し て か エ る 心境
に 至 っ た も の と 読 み と る べ き で あ ろ う し 、 少 く とも
建 撕 ( 一 四 一 五 〜 一 四 七 四 ) は そ の よ う に 解 釈 し た も の と 思 わ れ る 。 か く て 無 際 の 嗣 書 を 拝 覧 し た 嘉 定 十 七 ( = 一 二 四 ) 年 一 月 二 十 日 ( 「 嗣 書 」 ) か ら ほ ど な く 、 即 ち 無 際 示 寂 後 ( 示 寂 は 嘉 定 十 七 年 四 月 以 前 ) 、 古 伝 が 一 様 に 伝 え て い る 如 く 、諸
山 歴 遊 に 出 る こ と に な る 。 そ の 際、 老 雅 か ら 浄 慈寺
の 如浄
を 紹 介 さ れ る 。 老 雅 が 如 浄 を 指 示 し た と こ ろ に つ い て、 天 童 山 の 他 に 、 『 洞 谷 記 』 所 収 の 『 行 業 略 記 』 は 、 老 雅 の 名 を 挙げ
な い が 、 径 山 の 羅 漢 堂 の 前 と し、 面 山 の 訂 補 『 建 撕 記 』 は 諸 山 歴 遊 の 後 、 天章
山 へ 帰 る 途 次 の こ と と し て い る 。 『 三祖
行 業 記 』 が 天 童 山 に お い て と し 、 古 写本
『 建撕
記
』 も 一 致 し て 天 童 山 で の こ と と し て い る の で、 こ れ に 従 い た い と 思 う 。 さ て 、 そ の 時 の 道 元 は 彼 の 勧 め に従
う こ と な く 、 径 山 に惹
か れ 、 拙 翁 如 淡 に 参 じ る 。 そ し て無
際
寂 後 か ら 一 年後
の 宝慶
元 ( 一 二 二 五 ) 年 に 、 遂 掛 二 錫 干 天 童 叩 其 時 有 二 老 雅 者明 勧 云、 大 宋 国 裡 独 有 二 浄 和 尚 叩 具 二 道 眼 一 者 。 濔 欲 レ 学 二 仏 法 一 者 。 看 レ 他 必 有 二 所 得 → 雖 レ 聞 二 雅 語 叩 未 レ 遑 レ 参 レ 他 。 将 レ 満 一 年 鱒 爰 浄 長 老 作 ; 天 童 之 主 一 而 来。 師 即 焼 ( 皿 ) 香 礼 拝 。 遂 取 二 師 資 礼 ゆ ( 『 三 祖 行 業 記 』 ) 七 五「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) と 、 如 浄 の
も
と に 初 め て 参 じ た の で あ る 。 従 っ て 一 年 前 の そ の 時 点 で は 必 ず し も 如 浄 に 多く
を 期 待 し て い な か っ た と い え よ う 。 こ れ は 無 理 の な い こ と で 、 如 浄 の 卓 抜 し た 偉 大 さ や 只官
打 坐 の 仏 法 の 正 法 性 は 、会
下 で 実 参実
究 し て み て は じ め て 理 解 で き た こ と が ら だ か ら で あ る 。 無 際 の 示寂
は 、 「 派 和 尚 遺 書 至 上 堂 」 ( 『 如 浄 和 尚 語 録 』 ) か ら ( 13 ) 推 し て の 嘉 定 十 七 ( = } 二 四 ) 年 四 月 以 前 と い う 説 に 従 い 、道
元 が 諸 山 歴 遊 の 道 に つ い た の は 、嘉
定 十 七 年 七 月 五 日 以後
、 即 ち 明 全 が 天 童 山 に お い て 先 師 栄 西 (=
四 】 〜 一 二 二 五 V の 祠 堂 供養
を 行 っ て い る か ら ( 「 千 光 法 師 祠 堂 記 」 ) 、 道 元 も こ れ に 随 喜 し た に 違 い な い 。 従 っ て 道 元 の 径 山 へ の 出 立 は 夏 安 居 過 ぎ と 見 ら れ る 。 こ の 四 月 か ら 七 月 に か け て 、 道 元 は 老 雅 か ら 浄 慈 寺 の 如 浄 の す ぐ れ た 宗 師 家 で あ る こ と を 聞 い た と 思 わ ( 14 ) れ る が 、 そ れ に も か 玉 わ ら ず 径 山 へ 急 い だ と す る鏡
島 博 士 の ( 15 ) 説 に 従 っ て お き た い 。 ま た道
元 が こ の 時 点 で 、 看 話禅
( 待 悟 禅 ) 以 外 は 考 え て い な か っ た こ と を 立 証 し よ う 。 如 浄 が 天 童 山 に 住 し た の は 、 寛 元 三 ( 一 二 四 三 ) 年 三 月 十 二 日 「 示 衆 」 の 『 正 法 眼 蔵 』 「 鉢 盂 」 巻 に 「 先 師 天 童 古仏
、 大 宋 宝 慶 元 年 住 二 天 童 一 日 、 上 堂 日 」 と し て 「 百 丈 奇 特 事 」 の 公案
を 挙 げ た と さ れ、 こ れ に よ る と 宝慶
元 ( 一 二 二 五 ) 年 と い う こ と に な る が 、 す る と 一 年 近 く 天 童 山 に は 住 持 を欠
い て い た 七 六 と い う こ と に な る 。 し か し最
近 、 如 浄 の 天 童 山 晋 住 は嘉
定
十 ( 16 ) 七 ( = 一 二 四 ) 年 秋 と い う 見 解 も あ る 。 だ と す る と 、 道 元 と 如 浄 は 極 め て 接 近 し た 時 期 に 天 童 山 で 行き
違 っ た と い う こ と に な る 。 前述
の 如 く 、 道 元 は 無 際 寂後
か ら 一 年 後 の 宝 慶 元 年 に 如 浄 に 参 じ た の で あ る が 、 そ れ は 三 月 末 頃 と 考 え ら れ る 。 そ れ は 「 安 居 」 巻 に 、 清 規 云 。 行 脚 人 欲 下 就 二 処 所 一 結 夏 卸 須 下 於 二 半 月 前 一 掛 塔 卸 所 貴 茶 湯 人 事 不 二 倉 卒 刈 い は ゆ る 半 月 前 と は 、 三 月 上 旬 を い ふ 、 し か あ れ ば 三 月 の 内 に き た り 掛 塔 す べ ぎ な り 。 す で に 四 月 一 日 よ り は、 比 丘 僧 あ り ぎ せ ず 、 諸 方 の 接 待 、 お よ び 諸 寺 の 旦 過 、 み な 門 を 鎖 せ り 。 し か あ れ ば 四 月 一 日 よ り は 、 雲 納 み な 寺 院 に 安 居 せ り 。 庵 裏 に 掛 塔 せ り 、 あ る ひ は 白 衣 舎 に 安 居 せ る 先 例 な り 、 こ れ 仏 祖 の 儀 な り 、 慕 古 し 修 行 す べ し 。 と あ る 文 章 と の 関 係 に よ る 推 測 で あ る が 、 や が て 五 月 「 道 元 大 宋 宝 慶 元 年 乙 酉 五 月 一 日 は じ め て 先 師 天 童古
仏 を 礼 拝 面授
す 」 ( 「 面 援 」 ) と 妙 高 台 に お け る 初 相 見 と い う こ と に な る 。 如浄
下 で の 参 学 功 夫 に お い て、 そ の会
下 の道
心 有 る学
人 の 態 度 か ら 、 道 元 は 多 大 の 影響
を 受 け 、修
行 観 の 転 換 へ の 一助
と な っ て い る も の が あ る と考
え ら れ る 。 『 典 座 教 訓 』 に 示 さ れ る 用 典 座 と の 交 渉 、 或 い は 紙 衣 を 着 用 し て 修 行 に 勤 め る 西 川 の 僧 の 姿 勢 、 ま た 富貴
の 出 身 な が ら 、 破 衣 で 学 道 に励
み道
( 17 ) 名 高 き 書 記 の
道
如 の 如き
、 道 元 に 感 銘 を 与 え た よ う で あ る が 、 中 で も 重 要 な 意 義 を 持 つ も の は 、 語録
の 理 解 に 没 頭 し て い た 道 元 に 「 畢 竟 シ テ 何 ノ 用 ゾ 」 と 問 い つ め た 西 川 ( 蜀 ) の 僧 の存
存 で あ る 。 即 ち 『 随 聞 記 』 三 に 、 一 日 示 二 云 ク、 我 レ 在 宋 の 時 、 禅 院 に し て 古 人 ノ 語 録 を 見 シ 時 、 あ る 西 川 の 僧 の 道 者 に て 有 り し が 、 我 レ ニ 問 テ 云 ク 、 「 な に の 用 ぞ 。 」 云 ク 、 「 郷 里 に 帰 ツ テ 人 を 化 せ ん 」 、 僧 云 ク、 「 な に の 用 ぞ 。 」 云 ク、 「 利 生 の た め な り 」、 僧 云 ク 、 「 畢 竟 じ て 何 の 用 ぞ 。 」 卜 。 予、 後 に ご ノ 理 ヲ 案 ず る に 、 語 録 公 案 等 を 見 て、 古 人 の 行 履 を も 知 り、 あ る い は 迷 者 の た め に 説 き 聞 か し め ん 、 皆 是 レ 自 行 化 他 の た め に 無 用 な り、 只 管 打 坐 し て 大 事 を 明 ら め 、 心 の 理 を 明 ら め な ば、 後 に は 一 字 を 知 ら ず と も、 他 に 開 示 せ ん に 、 用 ひ 尽 ク ス ベ カ ラ ず 。 故 に 彼 の 僧、 畢 竟 じ て 何 ノ 用 ぞ と は 云 ひ け る と、 是 レ 真 実 の 道 理 な り と 思 ウ て、 そ ノ 後 語 録 等 を 見 る 事 を と ど め て 、 一 向 に 打 坐 し て 大 事 を 明 ラ め 得 た り 。 と あ る の が そ れ で あ る 。 そ し て こ の 西 川 の 僧 は、 『 随 聞 記 』 一 に − 親 り 見 し は、 西 川 の 僧 、 遠 方 よ り 来 し 故 に 、 所 持 物 な し 。 纔 に 墨 二 三 個 の 、 直 、 両 三 百 、 こ の 国 の 両 三 十 に あ た れ る を も て 、 唐 土 の 紙 の 下 品 な る は 、 き は め て 弱 き を 買 取 り、 あ る い は 襖 あ る い は 袴 に 作 っ て 着 れ ば 、 起 居 に 壊 る る 音 し て 、 あ さ ま し き を も 顧 り み ず 、 愁 ず 。 人、 「 自 ら 郷 里 に か へ り て 、 道 具 装 束 せ よ 。 」 と 言 ふ を 聞 い て 、 「 郷 里 遠 方 な り 。 路 次 の 間 に 光 陰 を 虚 し く し て 、 学 道 の 時 を 失 は ん 。 」 こ と を 愁 て 、 更 に 寒 を 愁 ず し て 、 学 「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) 道 せ し な り 。 然 れ ば 大 国 に は、 よ き 人 も 出 来 る な り 。 とあ
る こ の僧
と 同 一 人物
で は な い か と 思 う 。 な ま な か の参
学
眼 で は よ く 道 元 を 接 得 し え な い で あ ろ う 。 ま た こ の件
は 無際
下
で の こ と と す る 見 方 も 存 す る が 、 こ れ は 宝 慶 元年
三 月 末 か ら 、 如浄
と の 初 相 見 の 五 月 一 日 、 あ る い は 七 月 二 日 ( 参 如 浄 ) か ら 下 っ て 、 「 参 禅 者 身 心 脱 落 也 」 ( 『 宝 慶 記 』 ) の 説 示 の 頃 ( 時 期 の 特 定 は 出 来 な い ) ま で の 間 に お け る こ と と 思 わ れ る 。 ま た 、 こ の 時 点 で は 道 元 は 知 解 に よ る 疑 団 の 解 決 に真
剣 に取
り組
ん で い た も の と 見 て よ い で あ ろ う 。 如 浄 下 の こ と と 考 え る 理 由 と し て 、 西 川 の 僧 が 「畢
竟 シ テ 何 ノ 用 ゾ 」 と き び し く 追 求 し た裏
に は 「 只 管 打 坐 」 の 一 行 に 目 覚 め さ せ る 意 図 が あ る こ と が伺
う こ と が で き 、 こ れ に 道 元 が 気 づぎ
、 こ れ は 本 当 の 道 理 であ
る と 思 っ て 、 そ の 後 は 語録
な ど を 読 む こ と を や め 、 ひ た す ら 坐 禅 に 徹 し て 、 一 生 参 学 の 大 事 を 明 ら か に し得
た と 云 っ て い る 。 そ こ で 無際
や 拙 翁 等 の も と で は 、 そ の 学 風 か ら し て 「 只 管 打 坐 」 を 勧 め る 学 人 が い た か ど う か は な は だ 疑 問 で あ る 。 即 ち 各 自 理 会 の 延 長 線 上 に あ る 無 際等
の会
下 の こ と で は あ り 得 な い の で は な か ろ う か 。 こ れ は 裏 返 せ ば 、 前 述 の 如 く 、 こ の 時 点 で も、 道 元 は 各 自 理会
、 冷 暖 自 知 の 参 究 を 行 っ て い た の で あ り、 知 識 と し て は とも
か く 、実
践 行 と し て の 只 管 打 坐 の 意 義 を 感 覚 的 に も 理解
し て い な か っ た こ と を 暗 示 す る 。 そ れ は後
に 行 わ れ た 如 浄 と の 七 七「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) 間 に 交 わ さ れ た 、 只
管
打 坐 に 対 す る 一 連 の 質 疑 応 答 ( 『 宝 慶 記 』 ) でも
っ て 裏付
け ら れ る も の で あ る 。 囚 かく
て 宝慶
元 年 五 月 一 日 の 如 浄 と の 初 相 見 に つ な が っ て 行 く の で あ る 。 五 月 二 十 七 日 に 明 全 が 了 然 寮 で 示 寂 し て い る 。 そ し て 七 月 二 日 『 宝 慶祀
』 に 見 ら れ る 最 初 の 質 問 、 即 ち 教 外 ( 18 ) 別伝
の 問 い 直 し か ら 始 ま る 問 答 で あ る 。 即 ち 宝 慶 元 年 七 月 初 二 日 参 方 丈 、 道 元 拝 問 、 今 称 諸 方 教 外 別 伝 、 而 為 祖 師 西 来 之 大 意 、 其 意 如 何 、 和 尚 示 云 、 仏 祖 大 道 何 拘 内 外 。 然 称 教 外 別 伝、 唯 摩 騰 等 所 伝 之 外 祖 師 西 来、 親 至 震 旦 傳 道 授 業 、 故 云 教 外 別 伝 也 。 世 界 不 可 有 二 仏 法 也 。 祖 師 未 来 東 土 、 こ こ 有 行 李 、 而 未 有 主。 祖 師 既 到 東 土、 譬 如 民 得 王 也 。 当 余 之 時 、 国 土 国 宝 国 民 皆 属 王 也。 と 、 教 に 内 外 な く 、 世 界 に 二 つ の 仏法
な し と 「 教外
別 伝 」 思 想 を 否定
し て い る が 、道
元 は 後 に こ の 如 浄 の 見 解 を 更 に 徹 底 し た 形 で 示 し て い る 。そ
れ は、 中 国 禅 宗 が 教 禅 の 対 立 に お い て 、 不 立 文字
の 立 場 か ら 捨 て ら れ た 教 経 が 、 正 伝 の 仏 法 の 立 場 か ら は 、新
た な 意 義 を も っ て 取 り 上 げ ら れ る と こ ろ に 見 る こ と が 出 来 る 。 即 ち 、 「仏
教
」 巻 に 、 あ る 漢 い わ く 、 釈 迦 老 漢 か つ て 一 代 の 教 典 を 宣 説 す る ほ か に 、 七 八 さ ら に 上 乗 一 心 の 法 を 摩 訶 迦 葉 に 正 伝 す、 嫡 嫡 相 承 し ぎ た れ り 。 し か あ れ ば 教 は 赴 機 の 戯 論 な り、 心 は 理 性 の 真 実 な り 。 こ の 正 伝 せ る 一 心 を 教 外 別 伝 と い う 。 こ の 道 取 い ま だ 仏 法 の 家 業 に あ ら ず 、 出 身 の 活 路 な し、 通 身 の 威 儀 あ ら ず 。 か く の ご と く の 漢、 た と い 数 百 千 年 の さ き に 先 達 と 称 す と も、 恁 麼 の 説 話 あ ら ば、 仏 法、 仏 道 は あ き ら め ず 、 通 ぜ ざ り け り と し る べ し と 難 じ て い る 。 仏 は 上 乗 一 心 の法
を 迦 葉 に 伝 え 、嫡
々 相 承 し て き て い る か ら 、 経 典 本 位 の教
義
は 相手
に 応 じ て 説 か れ た 空 論 で あ り 、 一 心 を 正 伝 し た の を 教 外 別 伝 と い 玉 、 一 心 上 乗 で あ る か ら 直 指 人 心 見 性 成 仏 であ
る と い う の は 仏 法 の 本 旨 を得
た も の で は な い と い う 。 そ し て 、 道 理 を 超脱
し た 活 用 が な く 、 仏 と し て の 整 っ た 形 と 思 わ れ る も の が な い し 、 こ の 類 の 者 は、 数 百数
千 年 前 に 出 て 先達
と 称 し た と し て も 、 こ の よ う な 論 を なす
よ う で は 、 仏 法 、仏
道 を 明 ら か に し た も の で は な く 、 そ れ に 通 じ て い る と は 言 え な い も の と 知 る べ き で あ る と い う 。 鴫 心 と仏
教 と の 不 離 の 関係
を 示 し て 、 教 説 の 外 に 伝 え る べ き 一 心 が あ る と す る は 、 真実
の仏
法 に あ ら ず と し て さ ら に 、 た と い 教 外 別 伝 の 謬 説 を 相 伝 す と い う も 、 な ん じ い ま だ 内 外 を し ら ざ れ ば 、 言 理 の 符 合 あ ら ざ る な り 。 仏 正 法 眼 蔵 を 単 伝 す る 仏 祖 、 い か で か 仏 教 を 単 伝 せ ざ ら ん 。 い わ ん や 釈 迦 老 漢 な に と し て か 仏 家 の 家 業 に あ る ぺ か ら ざ ら ん 教 法 を 施 設 す る こ と あ ら ん。 釈 迦 老 漢 す で に 単 伝 の 教 法 を あ ら し め ん 、 い ず れ の 仏 祖 かな か ら し め ん 。 こ の ゆ え に 上 乗 一 心 と い う 三 乗 十 二 分 教 こ れ な り 。 大 蔵 、 小 蔵 こ れ な り ( 「 仏 教 」 ) と い エ 、 た と え 教 外 別 伝 の 説 を 受 け 伝 え る と い っ て も 、 い わ ゆ る 「 教
内
」 「 教外
」 の 真実
義 を 知 ら な い な ら ば 、 言 葉 の 持 つ 真 の 道 理 に 合致
し て い な い と す る 。 し た が っ て そ れ は 「 教外
別 伝 」 の 誤 っ た相
承 に ほ か な ら な い と い う こ と に な ろ う 。 さ ら に 、仏
の 正 法 眼 蔵 を 一 筋 に 伝 え る 仏 祖 は 、 ど う し て仏
教 を 純粋
一 筋 に 伝 え な い こ と が あ ろ う か と い 瓦 、 ま し て 仏 が 仏 教 者 と し て 従 っ て な ら な い 教 法 を 作 る はず
が な い 、 釈尊
が 純 粋 一筋
の 教法
を 伝 え る 基 を開
い た の で あ る か ら 、 そ れ に 応 じ て 教 法 を 伝 え よ う と し な い仏
祖 が ど こ にあ
ろ う か 、 そ れ ゆ え 、 上 乗 一 心 の 法 と い う の は 、 三乗
十 二 分教
の こ と で あ り、 大 乗 経典
、 小乗
経 典 の こ と で あ る と い う の で み 鼬 。 こ エ に お い て 正 法 の 仏法
と い わ ゆ る禅
宗 と の 「 教 」 に 対 す る 立 場 の 相 違 は 明 ら か と な り 、 「 教 外 別 伝 の 謬 説 を 信 じ て 仏 教 を あ や ま る こ と な か れ 」 ( 「 仏 教 」 ) と 、 そ れ は 仏 法 の総
府 と し て の 如 浄 の 前掲
の 立 場 を 承 け 、更
に 徹 底 せ る も の であ
る こ と が分
る 。 そ し て、 お お よ そ し る べ し 、 三 乗 十 二 分 教 等 は 仏 祖 の 眼 睛 な り 。 こ れ を 開 眼 せ ざ ら ん も の 、 い か で か 仏 祖 の 児 孫 な ら ん 。 こ れ を 招 来 せ ざ ら ん も の 、 い か で か 仏 祖 の 正 眼 を 単 伝 せ ん 。 正 法 眼 蔵 を 体 達 せ ざ る は 、 七 仏 の 法 嗣 に あ ら ざ る な り 。 ( 「 仏 教 」 ) 「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) と 、 三 乗 十 二 分 教 な ど は 仏 祖 の 眼 睛 、 肝 要 の と こ ろ であ
り 、 そ こ を見
ぎ わ め な い 者 は 、 ど う し て 仏 祖 の 法 統 を 受 け継
ぐ 者 と い ・ 兄 よ う か と し 、 ま た こ れ を 問 題 に し な い 者 は ど う し て 仏 祖 の真
精神
を純
粋 一 筋 に 伝 え る こ と が で き よ う か 、 正 法 眼 蔵 を 体 得 し な い で は 、 七 仏 の 正 し い 法 統 を 継 ぐ 者 と は い え な い とす
る の で あ る 。経
論 に よ る 仏 教 は 、 教 外 別伝
の 禅 宗 に よ っ て 赴 機 の 戯 論 と し て 捨 て ら れ た の であ
る が 、 そ の 禅 宗 が 以 心 伝 心 の 奇 特 玄 妙 な法
の 伝持
あ り と し て 教 と禅
が 対 立 視 す る よ う に な っ た 。 そ し て 経 に代
わ る に祖
語 を も っ てす
る に 至 っ て 、祖
師 西 来 の 本意
が 失 わ れ た の で 、 再 び 西 来 の祖
道 に 帰 っ て 禅 を 活 か し 、 さ ら に そ の 立 場 か ら 教 を 活 か し 、教
と禅
の 対 立 を 打 破 し て仏
法 の 総 府 と し て 「 全 道 」 を 挙 揚 し た の が道
元 の 立 場 で あ り 、 そ れ は 「 教 」 と い う 場 合 も 、宗
説 行 一 等 、 即 ち 教行
証
一 体 の う え で の そ れ で あ る 。 か エ る 見 解 は 、 道 元 の 「身
心 脱 落 」 を 通 し て展
開 さ れ た も の であ
る が 、 入 宋 参学
の 過 程 に お い て 既 に 問 題 と し て 意識
さ れ て い た も の で あ る 。 そ れ は 「 典 座 教 訓 」 ( 『 永 平 清 規 』 ) に 見 え る 阿 育 王 山 の 典 座 と の 船 中 の 問 答 と 、 後 、 同 典 座 が 天 童 山 へ 道 元 を 訪 れ て な さ れ た 「文
字
と 弁道
」 の 問答
、 即 ち 理 と 事 、 理 論 と 実 践 の 問 題 で あ る 。 即 ち 「 典 座 教 訓 」 に 山 僧 又 問 二 典 座 噛 座 尊 年 、 何 不 三 坐 禅 弁 道 看 二 古 人 話 頭叫 煩 充 二 典 七 九「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) 座 哨 只 管 作 務 。 有 二 甚 好 事 叩 座 大 笑 云 、 外 国 好 人 未 レ 了 二 得 弁 道 叩 未 レ 知 二 得 文 字 4 山 僧 聞 二 佗 恁 地 話 一 忽 然 発 慚 ・ 驚 心 、 便 問 レ 他 、 如 何 是 文 字 、 如 何 是 弁 道 。 座 云 若 不 レ 蹉 二 過 問 処 → 豈 ソ 非 二 其 人 一 也 。 山 僧 当 時 不 会 。
質
問 の 処 を 踏 み外
す
こ と が な か っ た ら 、 真 実 人 に な る で あ ろ う と い う 教 示 を 理 解 で き な か っ た の で あ る が 、 こ れ は 嘉 定 十 六 ( 一 二 二 三 ) 年 五 月 の慶
元 の船
中 の こ と で あ る 。 同 年 七 月、 二 ヶ 月 後 に 典 座 が天
童 山 に 訪 ね て き て 、 接 γ 佗 説 話 之 次 、 説 下 出 前 日 在 二 舶 裏 一 文 字 弁 道 之 因 縁 卸 典 座 云 学 二 文 字 喟 者 為 レ 知 二 文 字 之 故一 也 。 務 二 弁 道 一 者 要 レ 冐 二 弁 道 之 故 】 也 。 山 僧 問 レ 他 如 何 是 文 字 。 座 云 一 二 三 四 。 又 問 如 何 是 弁 道 。 座 云 、 偏 界 不 二 曽 蔵 → 其 余 説 話 雖 F 有 二 多 般 一 今 所 レ 不 伊 録 也 。 山 僧 聊 知 二 文 字 一 了 二 弁 道 → 乃 彼 典 座 之 大 恩 也 。 向 来 一 段 事、 説 二 似 先 師 全 ( 20 ) 公 4 公 甚 随 喜 而 己 。 と 、 理事
一 如 の 文字
の 故実
、更
に 眼前
に 露 堂 々 す る 一 切 万 象 が そ の ま ま 本 来 の面
目 の 当 体 露現
で あ る こ と を 承 当 し 、 そ の ま 」 に 行 じ て い く こ と が 弁 道 に 他 な ら な い 、 と の説
示 を 受 け 、文
字
の 道 理 を 知 る こ と が 出 来 、 弁 道 の 故 実 を わ き ま え る こ と が出
来 た の は 、 全 く 彼 の育
王 の典
座 の お か げ と 述 懐 し て い る の であ
る 。 如 浄 の も と で の参
学
を 通 し て 、 後 に 道 元 が 「 つ ひ に 大 白峰
の 浄 禅 師 に 参 じ て 、 一 生 参 学 の 大事
こ こ に を は り ぬ 」 ( 「 弁 道 話 」 ) と い う の は 、 「 参 褝 は 身 心 脱 落 な り 」 ( 「 行 持 」 下 ) を体
認 八 〇 し た か ら で あ り、 そ れ は 叡 山 以来
の 、 身 心 に 根 ざ し た 覚 と行
、証
と 修 、文
字
と弁
道 を め ぐ っ て の 一 切 の 理 念 化 、 観 念 化 、 対 象 化 が 脱 落 し 去 っ た こ と を 含 意 し て い る の であ
る 。 そ こ に 脱 落 身 心 と し て の 、真
の 意 味 で の 「 天 然 自性
身 」 が 現 成 し て い る の で あ り 、 「 文字
」 と 「 弁 道 」 が 矛 盾 で あ り つ つ 、 矛盾
で な い も の に な っ て い る 、葛
藤 脱 落 の 消息
と な る の で あ る 。 五 こ の よ う に 道 元 の 如浄
会 下 に お け る参
学 で 、 「身
心 脱 落 」 は 重 要 な 意 味 を 持 つ も の であ
る 。 此 如 浄 和 尚 ノ 会 裡 入 室 シ テ 得 法 シ 給 う 。 参 禅 問 答 ノ 次 第 本 録 に 見 タ リ 。 ・ … : 畢 竟 得 法 ハ 身 心 脱 落 ノ 話 ヲ 以 テ 為 レ 要 也 、 大 宋 宝 慶 元 年 丁 亥 九 月 十 八 日 伝 授 相 承 畢 。 御 蔵 廿 六 也 ( 『 建 撕 記 』 瑞 長 本 ) と 記 録 し 、 明 州 本 も ほ ぼ 同 様 で あ る が 、 『 伝 光 録 』 は 所 謂 の 「 身 心 脱 落 話 」 に 於 い て の得
法 を 伝 え て い る 。 或 時 後 夜 坐 禅 二 浄 和 尚 入 堂 也 、 大 衆 ノ 睡 ヲ イ サ ム ル ニ 云 、 参 禅 こ ( マ マ ) ( マ ハ 心 身 脱 落 也 、 不 用 焼 香 ヲ 礼 拝 念 仏 修 懺 看 経 、 祗 管 打 坐 、 時 師 ( マ マ ) 聞 テ 忽 然 ト シ テ 大 悟 シ 、 今 因 縁 也 、 凡 浄 和 尚 二 見 ヨ リ 昼 夜 二 弁 道 シ テ 云 、 時 シ バ ラ ク モ 不 捨 故 脇 席 二 至 ラ ズ 、 浄 和 尚 尋 常 示 云 、 汝 古 仏 操 行 ア リ、 必 祖 道 ヲ 弘 道 ス ベ シ 、 吾、 汝 を 得 タ ル ハ 釈 尊 、 迦 葉 ヲ エ タ ル ガ 如 シ 、 因 宝 慶 元 年 乙 酉 日 本 嘉 禄 元 年 忽 二 五 十 一 世 祖 位 二 列 ス。 ( 乾 坤 院 本 『 伝 光 録 』 )と、 機 緑 の 実 際 と し て 述 べ て い る 。 し か し そ の 内
容
は 明 ら か に 看 話禅
に お け る 大 悟 見 性 と 何 ら変
り は な い も の で あ る 。 し か し 、現
在 、後
世 に 伝 え ら れ る よ う な 劇 的 な 身 心脱
落 は実
際 に は 無 か っ た と 見 ら れ て い る 。 こ れ は ま ず 『 如 浄禅
師 語 録 』 の 跋 に 基 づ く 説 で 、 師 因 入 堂 、 懲 二 納 子 坐 睡 一 云 、 夫 参 禅 者 身 心 脱 落、 只 管 打 睡 作 麼 。 予 聞 二 此 語 一 谿 然 大 悟 。 径 上 二 方 丈 一 焼 香 礼 拝 。 師 云 。 礼 拝 事 作 麼 生 。 予 云 。 身 心 脱 落 来 、 師 云 。 身 心 脱 落 脱 落 身 心 。 予 云 。 這 箇 暫 時 伎 倆 。 和 尚 莫 二 乱 印 叩 師 云 。 我 不一 乱 印 フ 禰。 予 云 。 如 ( 21 ) 何 是 不 二 乱 印 一 底 事 。 師 云 脱 落 脱 落 。 予 乃 休 。 と あ り 、歳
旦 上 堂 の 後 に 排 列 さ れ る と こ ろ か ら 、 宝 慶 二 年 か ( 盟) 三 年 で な け れ ば な ら な い と し 、 同 じく
『 続 語 録 』跋
を 受 け 、 『 道 元 の 思想
』 で は、 宝 慶 二 年 、 夏 安 居 中 と し て い る 。 面 山 は 『 続 語録
』 を 「 近 年 所 二 新 刻 一 之 如 浄続
録 、 日 本 洞 下 好 事 者贋
撰 、 是 故 不 レ 采 」 と 偽 作 と 断 定 し て い る 。 近 年 、 鏡 島 博 士 ( 23 ) に よ っ て 道 元作
は 否 定 せ ら れ て い る 。 従 っ て 宝 慶 二 ( = 一 二 六 ) 年 身 心脱
落 説 は 否定
視 さ れ る 。 さ て 、従
来 身 心 脱 落 の 年 次 に つ い て 、 『 正 法 眼 蔵 』 「 面 授 」 巻 大 宋 宝 慶 元 年 乙 酉 五 月 一 日 、 道 元 は じ め て 先 師 天 童 古 仏 を 妙 高 台 に 焼 香 礼 拝 す 、 先 師 古 仏 は じ め て 道 元 を み る 。 そ の と ぎ 道 元 に 指 授 面 授 す る に い は く 、 仏 仏 祖 祖 面 授 の 法 門 現 成 せ り 、 こ れ す な は ち 霊 山 の 拈 華 な り 、 嵩 山 得 髄 な り、 黄 梅 の 伝 衣 な り 、 洞 山 の 面 授 な り、 こ れ は 仏 祖 の 眼 蔵 面 授 な り 、 吾 屋 裏 の み あ り 、 「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) 余 人 は 夢 也 未 見 在 な り . に よ り 、 宝 慶 元 ( } 二 二 五 ) 年 安 居 時 の 仏 祖 礼 拝 、受
菩 薩 戒 が あ り 、 こ れ ら を 承 け て 『 伝光
録 』 『 訂 補 建 撕記
』 は 宝慶
元 年 説 を 、 二 年 説 は 大 了 愚門
の 『 永 平 紀 年 録 』 、 先 の 『 続語
録
』 跋 であ
り、 三 年 説 は 「脇
不 レ 至 レ席
、 将 レ 及 二 両 歳 ご を 根 拠 に 『 三 祖 行 業 記 』 ( コ ニ 大 尊 行 状 記 』 ) 、 同 じ 記 事 に 基 い て 明 州 本 『建
撕
記 』 で あ る が 、 た ゴ 後 の 方 に 「 干 時 大 宋 宝 慶 元 年 丁亥
年 九 月 十 八 日 、 大事
授 畢 」 とあ
っ て 矛 盾 し て い る 。古
伝 資 料 中 に お い て も、 こ の よ う に 一定
し て い な い 。道
元自
身 が 記述
し て い る 宝慶
元 年 五 月 一 日 相 見 ( 「 面 授 」 巻 ) 、 同 年 七 月 二 日 参方
丈 ( 『 宝 慶 記 ) 、 同 年 度 安 居 時 の仏
祖 礼 拝 ( 「 仏 祖 」 巻 ) 、 同 年 九 月 十 八 日 仏 戒 伝 授 付 法 ( 『 覚 心 戒 脈 』 『 仏 祖 正 伝 菩 薩 戒 作 法 』 ) 等 の表
記 と 、 こ れ ら を 承 け た古
伝資
料 『 伝 光録
』 、 及 び 『 訂 補 建 撕 記 』 等 に 依 拠 し て、 宝 慶 元 年説
が 有 力 の よ う で あ る 。杉
尾 氏 は 『 建 攤 記 』諸
本 を検
討 し 、 「 面 授 」巻
の 文 を 解 読 ( 四) し 、 又 詮 慧 の 『 聴 書 』 ( 「 面 授 」 巻 ) を も 提 示 し て 、 「 身 心 脱 落 」 と は面
授 後 の も の で ( 面 授 時 脱 落 ) 、 伝 に い う 「 叱 陀時
脱 落 」 は 、後
の フ ィ ク シ ヨ ソ で 、 先 の 面授
時 の も の が、 『 宝 慶 記 』 に あ る 「 参 禅 者 身 心 脱落
也 」 ( 坐 禅 人 脱 落 ) と か ら み あ い 、 稍 後 に 「 身 心 脱 落 」 と よ ば れ る よ う に な っ た と 考 え ら れ る も の ( 跖 ) と し 、事
実 は 面 授時
の 脱 落 し か な か っ た と 主 張 し て い る 。 そ 八 一「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) れ に
対
し て中
世古
氏 は 、 「 面 授 」 巻 の 道 元、 大 宋 宝 慶 元 年 乙 酉 五 月 一 日、 は じ め て 先 師 天 童 古 仏 を 礼 拝 面 授 す 、 や や 堂 奥 を 聴 許 せ ら れ る 、 わ ず か に 身 心 を 脱 落 す る に 、 面 授 を 保 任 す る こ と あ り 日 本 国 に 本 来 せ り 。 を 、 杉 尾 氏 は 一 気 に 読 み と る こ と に お い て 、 「 礼 拝 面授
」 と 「 堂 奥 聴 許 」 と 「 身 心 脱 落 」 と を 殆 ん ど 同 時 の こ と と 考 え て お り 、 時 間 的前
後 を 見 て 段 階 的 経 過 を 読 み と る べ き こ と を 主 ( 26 ) 張 し 、疑
義 を 呈 し て い る 。 そ し て 、 道 元 が如
浄 か ら 「 仏 祖 正 伝 菩 薩 戒 作 法 」 を 受 け た 宝 慶 元 年 九 月 十 八 日 よ り ほ ど 遠 か ら ぬ 一 日 と 推 定 し て い る 。 「 伝 法 」 と 共 に 「 伝 戒 」 が 行 わ れ る と い う 風 儀 に よ る 見 解 に 基 い て な さ れ た も の で あ ろ う 。 ま た 『 永 平 開 山 御 遺 言 記 録 』 に 基 き 、 そ の 初 相 見 ( 五 月 一 日 ) が 特 別 な 面 授 口 決 の 時 を 意 味 す る と の 解 釈 に 基 づ い た 見 ( 27 ) 解 、 こ れ に 近 い 説 と し て 「 は じ め て 」 を 「 身 心 脱 落 し て よ り ( 躑) は じ め て 」 と 見 て 、 五 月 一 日 以 前 と す る見
解 、初
相 見 か ら 参 方 丈 ( 七 月 二 日 ) の 間 と す る 見 解 も あ る 。 か く の如
く、 諸 説 一 定 し な い の は、 道 元 自 身 、 何 時 何 処 で 身 心 脱落
を 果 た し た か記
す る 所 が な い と こ ろ か ら 起 こ っ て き た 問 題 で あ る 。 道 元 は 無 際 了 派 の 嗣 書 を 拝 覧 し た 「 宋 嘉 定 十 七 ( =三
四 ) 年 甲申
正 月 二 十 一 日 」 に つ い て 感 激 を も っ て 記 し て い る が ( 「 面 授 」 巻 ) 、 如浄
か ら の 「 嗣 書 」 に つ い て は、 八 二 そ の 日 も 、 そ の 内 容 も 記す
と こ ろ が な い 。 こ れ は い か な る 理 由 に 基 づ き 、 如 何 な る 意 味 を 持 つ か が 極 め て重
要 な 問 題 と な ろ う 。 道 元 は 『 永 平 広 録 』巻
二 に 、 蝋 八 成 道 会 上 堂 、 汝 等 諸 上 座 要 F 知 二 罌 曇 比 丘 因 由 一 麼 。 一 由 レ 聞 ; 得 天 童 脱 落 話 一 而 成 二 仏 道 → 二 由 二 大 仏 挙 頭 力 一 得 レ 入 二 諸 人 眼 睛 裏 4 と 述 べ 、 釈 尊 の 成 道 は 如 浄 の 「 参禅
者 身 心 脱 落 也 … … …祗
管 打 坐 而 己 」 ( 『 宝 慶 記 』 ) の 話 を 聞 い た こ と に よ っ て だ と い う 。 つ ま り 釈 尊 も 自 分 ( 道 元 ) も 共 に 身 心 脱 落 の 話 に よ っ て 成 道 し た と い う こ と で あ ろ う 。 し か し そ の 内 容 が 問 題 で あ る 。 こ エ に い う 身 心 脱 落 は 、 一 般 化 し 、 普 遍化
さ れ た 意 味 に お い て で あ っ て 、 何 時 、 何 処 で と い う 特 化 でき
る も の か ど う か が根
本 的 に 問 い 直 さ れ な け れ ば な ら な い で あ ろ う 。 そ こ で 、 従 来 述 べ て き た 所 に よ っ て 、 身 心 脱 落 は 『 伝 光録
』 『 三 祖 行 業 記 』 『 建 撕 記 』 ( 明 州 本 ・ 延 宝 本 ・ 訂 補 本 ) 等 が 伝 え る 「 叱 陀 時 脱 落 」 の 如き
見 性 体 験 を 認 め な い も の で あ る が 、 で は 身 心 脱 落 と は 具 体 的 に は ど の よ う な こ と を 意 味 す る の で あ ろ う か 。 先 に 触 れ た よ う に 「 冷 暖 自 知 」 の も の で は な い こ と は 明 白 で あ る 。先
づ 如 浄 の 説 示 と し て 、 『 宝慶
記 』 に 堂 頭 和 尚 慈 誨 日、 仏 祖 児 孫、 先 除 五 蓋 後 除 六 蓋 也 。 五 蓋 加 无 明「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) 操 返 し の 説 示 が な さ れ て い る 個 所 が 多 く 存 す る 。 実 践 を 重 ん
ず
る 立 場 か ら の 具 体 的 説 示 で あ り、 記 録 に 残 す 場 合 も 同 じ よ ( 30 ) う な 意識
が働
い た も の と 見 て よ い で あ ろ う 。 『 宝慶
記 』 の 重複
も 、 師資
問 に お け る 学道
上 の 重 要 問 題 で か x る視
点 か ら も捉
え る べ き で あ ろ う 。 た 父 「 打 坐 即 身 心 脱 落 」 に 諸 説 示 の 内 容 と 道 元 の修
行 上 の変
化 と が対
応 し て 、 か み 合 う 形 に な っ て お り 、 全 体的
に は 、自
然 の 流 れ と し て 無 理 な く 、 素 直 に 理 解 でき
る の であ
る 。 道 元 拝 問 、 参 学 古 今 仏 祖 之 勝 躅 。 初 心 発 明 之 時 、 雖 似 有 道 、 集 衆 聞 法 之 時 、 如 無 仏 法、 又 初 発 心 時、 雖 似 無 所 悟 、 聞 法 演 道 之 時 、 頗 有 超 古 之 志 気 。 然 則、 為 用 初 心 得 道 、 為 用 後 心 得 道 。 堂 頭 和 尚 慈 誨 云 、 祢 之 所 間、 是 世 尊 在 世 、 菩 薩 声 聞 問 於 世 尊 之 問 也 。 又 西 天 東 地、 古 今 正 伝 之 指 示 有 之 、 所 謂 、 若 法 不 増 不 減 、 云 何 得 菩 提 、 唯 仏 能 爾 、 何 関 菩 薩、 問 也 疑 也、 仏 々 祖 々 正 伝 云、 不 但 初 心 、 不 離 初 心 。 為 甚 恁 囈 。 若 但 初 心 得 道 。 菩 薩 初 発 心、 便 応 是 仏 、 是 乃 不 可 也 。 若 無 初 心、 云 何 得 有 第 二 第 三 心、 第 二 第 三 法。 然 則 、 後 以 初 為 本 、 初 以 後 為 期 。 今、 以 現 喩 、 喩 比 初 後 、 譬 如 焦 住 、 非 初 不 離 初 、 非 後 不 離 後 、 不 退 不 転 、 非 新 非 古 、 非 自 非 他 也 。 燈 喩 菩 薩 道 、 住 喩 無 明、 焔 如 初 心 相 応 智 慧 。 仏 祖 修 習 一 行 三 昧 相 応 知 慧 、 焦 無 明 惑 、 非 初 非 後、 不 離 初 後、 乃 仏 祖 正 伝 之 宗 旨 也。 右 の 文 は 『 宝慶
記 』 の最
後
の 個 所 で あ る が 、 蝋 燭 の 灯 心 が 燃 え る喩
え で 具体
的 に 初 心得
道 、後
心 得 道 一 如 の 理 の 説 示 に 八 四 対 す る 、 道 元 の 行 解 相 応 の 円 満 を 伺 わ せ る も の で あ る 。 こ れ は 『 随 聞 記 』 五 に 、一 日 示 に 云 ク 、 古 人 云 ク 、 「
露
の 中 を 行 け ぽ … … 」 と あ る 、 露 の中
を 歩 く と 知 ら な い ま に 、 着 物 が し っ と り す る、 と い っ て い る よ う に、 す ぐ れ た 人 に 親 し ん で い る と 、 気 が つ か な い う ち に 、 自 分 も す ぐ れ た 人 に な る と い 乂 ・ , ・ … 、 坐 禅 も 自 然 に 長 い 間 や っ て い る と 、 ひ ょ っ こ り 悟 り が 開 け て 、 坐 禅 が 仏 法 の 正 し い 入 り 方 で あ る こ と が 分 る 時 も あ ( 31 ) る と 述 べ て い る 内 容 と 前 掲 の 『 宝 慶 記 』 の 記 事 と 相 応 す る で あ ろ う 。 つ ま り 坐 禅 に よ っ て 大 事 を 発 明 す る こ と も あ る が、 そ れ が 重 要 な の で は な く 、 悟 未 悟 に 拘 ら ぬ 只管
打 坐 そ の こ と が 大 切 で あ る こ と を 示 し た も の で あ る 。 同 じ 『 随 聞 記 』 三 の 仏 法 は 身 を 以 て 得 る か 、 心 に よ っ て得
る か の 問題
に対
し て 、 「 正 シ ク 身 を 以 テ 得 ル 」 、 そ れ は、 「 坐 」 に 外 な ら な い と す る 説 示 と 関連
し て 受 取 れ る 内 容 で も あ る 。 こ れ が 五 蓋 ・ 六 蓋 と の 関 係 で い え ば 、 『学
道 用 心集
』 の 可 レ 識 立 二 行 於 迷 中 哨 獲 二 証 於 覚 前 一 ( 「 仏 道 必 依 レ 行 可 = 証 入 】 事 」 ) と 表 現 さ れ て い る 所 に通
ず る 。 そ れ は 迷 妄 の 人 生 に お い て 一 歩 } 歩 修 行 を 進 め て ゆ こ う と誓
う の が 「 行 を 迷 中 に 立 て 」 と い う 意 味 で 、 一 切 放 下 、 放 下 着 を い う 。 次 の 覚 前 は 迷 中 の 対 句 に な っ て い る 。指
月 慧 印 は 「 前 は 猶御
中 の ご と し 」 と 註 し て い る 。 ま た 「 時 」 と い う ほ ど の 意 味 に と っ て い る 人 も いる 。
証
を 覚 前 に 得 る は あ り 得 な い か ら と い う 。 だ が 他 に 、 覚 め の 世 界 は 仏果
上 の撹
界 へ 至 ら ね ぽ 得 ら れ な い と 思 っ た が 、 か な らず
し も そ う で は な く、放
下 の 修 行 が現
わ れ て く る な ら ば 、 覚 前 にも
獲
得 で き る と い う こ と であ
る ( 大 洞 良 雲 ) 、 面 山 は 「 ゆ ゑ に 迷 中 に 修 行 の 本 誓 を 立 て て 成 仏 せ ぬ 巳 前 に 果 上 の 行履
を 決 定 す る な り 」 ( 『 聞 解 』 ) と い う こ Σ う だ と い う 。 『 提 示録
』 は 「 三 世 諸 仏 も 皆 迷 中 に 行 を 立 て た 。 迷 中 立行
は 内薫
習 と い う て 、 本 具 の 仏 性 が 内 よ り 薫 発 し て き た 迷 中 す で に証
が 伴 っ て い る 。 始 覚 成 仏 以 前 に も 本 証 が 具 足 し て い る 。 初発
心 時 弁 成 正覚
と い ふ 。 こ れ が 修征
不 二 だ 。 『 前 』 の 字 に つ い て 、 『 昔 ヶ ッ マ ッ イ タ も の が あ っ た 。 老 僧 そ こ で 月 明 前 と は 暗 夜 の こ と を い ふ て な い 。 月 の ま だ 出 ぬ 前 と い ふ こ と で な い 。 明 月 中 と い う こ と だ 。 こ の 覚 前 も そ れ と 一 例 と見
よ 。覚
悟 の当
処 と 見 た ら ぽ 分 る か と い ふ た こ と も あ っ た が 、 そ れ に は 及 ば ぬ 。成
仏
以 前 始 覚 以 前 と 見 て よ い 。 然 ら ざ れ ば 初 発 心 時 便成
正 覚 が 立 た な く な る 。 』 こ 玉 を 誤 っ て は な ら ぬ 」 。 こ れ は ひ ら た く 云 え ぽ 、 煩 悩 が あ っ て も 苦 にも
邪 魔 に も な ら ず 坐 禅 や行
が でぎ
る よ う に な る こ と で あ る 。 こ れ ら の こ と は 、 道 元 の 如 浄 下 で の参
学 が 、他
の証
に 随 い 去 り 、 い つ と は な し に 身 心 の 束 縛 、 即 ち 五蓋
・ 六 蓋 が 何 ら 自 己 の存
在 、働
ぎ
を 里礙
す る も の で は な い 無 所 得 の徹
底 捨 の 自 由 性 と 落 ち着
き
と 働 き と そ の 自覚
が 自 然 に な さ れ て い た こ と 「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) を 意 味 す る も の で あ る 。 い わ ゆ る 悟未
悟 に 拘 わ ら ぬ 真 の 自 由 性 で 、 そ の 本質
面 か ら い え ぽ 、 生 死 身 心 身 脱 落 ハ 脱 落 身 心 ナ リ、 脱 落 ノ 脱 落 シ キ タ レ ル カ ユ エ ニ 身 心 失 ス 脱 落 ナ リ 。 コ レ 大 小 広 狭 ノ 辺 際 ニ ア ラ ス 、 コ Σ ヲ モ テ 不 是 待 悟 為 則 ナ リ 。 待 悟 ト イ フ ハ 、 大 悟 ヲ 所 期 ト シ テ 学 道 ス ル コ ト ナ カ レ 。 大 悟 ヲ 所 悟 ト ス レ ハ 、 所 期 ノ 悟 ト 親 切 ナ ラ サ ル ノ ミ ニ ア ラ ス 、 大 悟 イ ク バ ク ヵ 所 期 ニ ワ ツ ラ ハ ム 。 学 道 ス テ ニ 大 倍 ニ イ タ ラ ム ト キ 、 大 悟 ハ シ メ ニ カ ・ ハ レ 、 学 道 ツ キ ニ 際} 断 セ ラ レ ル カ コ ト シ 。 ( 『 正 法 眼 蔵 』 「 大 悟 」 真 福 寺 本 ) と 見 え る 経 験 的 な 悟 り を 超 え た 本 証現
成 の 悟 り の様
相 に他
な ら な い の で あ る 。 無 論 道 元 に お け る 身 心 脱 落 そ の も の の真
実 の 具 体 相 は 如 浄 に は 見 て と れ て い た こ と は 、今
見 てき
た 如 く 、 『 宝慶
記 』 『 随 聞 記 』 『 正 法 眼蔵
』 そ の 他 に よ っ て 伺 う こ と が で き る の で あ る 。 故 に 「 面 授 嗣 法 」 が 成 立 し た の であ
る 。 こ の よ う に親
し く 目 にす
る こ と の 出 来 る 、 バ ラ バ ラ に存
在 す る 記 事 も 、道
元 の 修 行 歴 程 と重
ね 合 わ せ る こ と に よ っ て 、 有 機 的 立 体 性 を も っ た 具 体 相 と し て 、 像 を 結 ん で く る の で あ る 。 こ の 頃 ( 宝 慶 三 年 ) の こ と で あ ろ う か 。 身 心 脳 乱 之 時 、 直 須 黙 誦 菩 薩 戒 序 、 問 云 、 菩 薩 戒 何 耶 、 和 尚 示 日、 今 隆 禅 所 誦 戒 序 也 『 宝 慶 記 』 の最
初 の 方 に 実 例 で 示 し て い る が 、 こ の 隆 禅 は 日 本 僧 で 、 嗣 書 閲覧
の 労 を と っ た 先 達 の 一 人 で 、 相 当 の 年 長 者 八 五「 身 心 脱 落 話 」 の 意 義 と そ の 歴 史 的 展 開 ( 原 田 ) で も あ る 。 後 に ( 宝 慶 三 年 V 、
道
元 が 『 随 聞 記 』 二 に 、 ま た 云 ク、 戒 行 持 斎 を 守 護 す ぺ け れ ぽ と て 、 ま た 是 レ を の み 宗 と し て、 是 れ を 奉 行 に 立 て、 是 レ に 依 ッ て 得 道 す ぺ し と 思 ふ も ま た 是 れ 非 な り 。 た だ 衲 僧 の 行 履、 仏 子 の 家 風 な れ ば 従 ひ ゆ く な り 。 是 れ を 能 事 と 云 へ ば と て、 あ な が ち 是 レ を の み 宗 と す べ し と 思 ふ は 非 な り 。 然 レ ば と て 、 ま た 破 戒 放 逸 な れ と 云 フ に あ ら ず 。 若 シ ま た 是 ノ ご と ク 執 せ ば 邪 見 な り 。 外 道 な り 。 た だ 仏 家 の 儀 式 、 叢 林 の 家 風 な れ ば 随 順 し ゆ く な り 。 是 レ を 定 と す と 。 宋 土 の 寺 院 に 住 せ し 時 も 、 衆 僧 に 見 ゆ べ か ら ず 。 是 れ に 依 っ て 一 門 の 同 学 五 根 房 、 故 用 祥 僧 正 の 弟 子 な り 、 唐 土 の 禅 院 に て 持 斎 を 固 く 守 り て 戒 経 を 終 日 誦 せ し を ば、 教 へ て 捨 テ シ め た り し な り 。 と 、 宗 と し て 戒 行 持 斎 を 守 護 す る こ と の 非 を あ げ、 五 根 房 ( 隆 禅 ) が 『 梵 網 菩 薩 戒 経 』 を 一 日 中 唱 え て い た の を 教 え て や め さ せ た と い う 。 十 歳 位 年 長 の 日 本 僧 で 世 話 に な っ て い た 人 に 対 し て 、 宝 慶 三 年 に は 指導
す る な ど 、 道 元 の 学 道 の 深 ま り が 理解
出 来 る と 同 時 に、 そ の 裏 付 け と な る 証 明 を 如 浄 か ら 得 て い た 、 つ ま り こ の 時 点 で の 嗣 法 の 可能
性 を 暗 示 す る も の で は な か ろ う か 。 で な け れ ば 若 年 の 道 元 が 同 学 に 教 え る な ど 、 普 通 に は 考 え ら れ な い で あ ろ う 。 ま た 相 手 も 素 直 に 聞 く ま い 。 か く て 道 元 は 宝 慶 元 年 九 月 十 八 日 に 菩 薩 戒 を 如 浄 か ら 受 け、 二 年 後 、 宝慶
丁 亥 ( 三 年、 一 二 二 七 年 ) 嗣書
を 相 承 し た の 八 六 で あ る が 、 こ れ は 時空
的 に 限 定 さ れ ざ る 身 心 脱 落 の 体 験 が如
浄 に よ っ て 認 可 せ ら れ を こ と を証
す る も の で あ る 。 こ の 身 心 脱 落 に つ い て、 『 建 撕紀
』 の よ っ た 『 三 祖 行業
記 』 は 如 浄 下 で の 「脇
不 レ 至 レ 席 、将
及 二 両 歳 二 の と き 、 五 更 の 坐 禅 で 豁 然 大 悟 し た と 伝 え る 。 年 時 に つ い て は 前 文 が 宝 慶 元年
七 月 二 日 の参
方 文 の記
事 で あ る か ら 、 両蔵
は 宝 慶 三 年 と な ろ う 。 し か し 明 州本
『 建 撕 記 』 は 「 干 レ 時 太 宋 宝 慶 元 丁 亥 年 九 月 十 八 日 大 事 授 畢 」 と し て い る 。 宝 慶 元 年 は 丁 亥 で な く 、 丁亥
は 三 年 故 、 そ の 誤 り と 見 れ ば 、 「 及 こ 両 蔵 匚 と も 合 致 す る が 、 こ の 宝 慶 三 年 八 月 に は 道 元 は 日本
へ 帰 朝 し て い る か ら 間 ( お )題
は な お 残 る 。 ま た 如 浄 の 示 寂 は 宋 紹 定 元 ( = 一 二 八 ) 年 七 月 一 七 日 の 他 、 紹 定 二 年 、 宝 慶 三 年 の 二 説 が あ り 、 宝 慶 三 ( 一 二 二 七 ) 年 七 月 一 七 日 、 天 童 山 の 涅槃
堂 で の 示 寂 が有
力 の よ 翕 ) う で あ る 。 す る と 、 入 宋 時 の 所 用 期 間 を参
考 に し て 、 一 月 余 り と す る と 道 元 は 六 月 末 か 七 月 初 め に 帰 朝 の 途 に つ い た と 考 え ら れ 、 嗣 書 授 与 は 如 浄 示 寂 前 一 ヶ 月 以内
位 と 思 わ れ る 。 ま た 授 与 が 「 九 月 」 とす
る 先 の 問題
は 、 誤 記 と 解 釈 す る 以 外 な か ろ う し 、 小 さ な 矛 盾 を 重 視 す る あ ま り 、 全体
を 見 失 う 愚 を 犯 し て は な ら な い と 思 う 。 さ て 身 心 脱 落 の 、 そ の 本 質 は 「 面 授 」 巻 に 「 先 師 古 仏 は じ め て 道 元 を み る 、 そ の と き 道 元 に 指 授 面 授 す る に い は く 、仏
仏 祖 祖 面 授 の 法 門 現 成 せ 」 る も の で あ っ た の で あ る 。 こ の「