日本における授業研究を主体とした研修を通じた南アフリカ理科教員の変容
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(2) 2.理数科プロジェクトとその実施の背景. トの自立発展性を確保し,研修効果を確実に学校レベル. 南アは 1994 年の普通選挙実施後,全国民共通のカリキ. まで届かせるため,2006 ~ 2008 年度まで,「国別研修南. ュラムである「カリキュラム 2005( 以下 C2005)」を導入. アフリカ共和国理数科教員養成者研修」を継続すること. し,その改訂版を 2002 年に公表した。C2005 は,成果に. になった。対象は 7 - 9 学年の数学・自然科学で,研修. 基づく教育 (4) を標榜し,自然科学(わが国の理科に該当. 員はクラスターのリーダー教員 ( 以下 CL) と指導主事(以. する)のカリキュラムでは学習者を中心とする活動に基. 下 CI)である。. づいた教育方法を用いることを推奨している. (13). 。また. 生徒が達成すべき学習成果とその達成内容である評価基. 3.2007年度の日本研修プログラム. 準が定められていて,自然科学の授業には「知識を思い. 2007 年度の「南アフリカ共和国理数科教員養成者研. 出すだけでなく,調査を計画実施し,結果を評価し共有. 修」は 10 月 30 日~ 12 月 9 日の受入期間で実施された。. する活動」や,「情報の分類・解釈,知識の応用,科学. ムプマランガ州教育省スタッフ(数学担当)をグルー. の社会の中での位置づけや地球資源の持続可能な利用に. プリーダーとし,数学の CI 3 名,理科の CI 1 名,数学. ついて理解する内容」を含むことを求めている。そして. の CL(小学校教員)2 名,理科の CL 3 名(うち小学校. 教員は達成すべき内容に合わせ,様々なリソースを組み. 教員 1 名,中学校教員 2 名)が参加した。オリエンテー. 合わせて授業を構成すべきとされている。. ションの後,広島大学における研修(11 月 2 日~ 9 日)は,. しかしアパルトヘイト期に非白人を理数科教育から遠. 日本の教育について学ぶことを通じ,自国の教育の現状. ざけていた経緯があり, 現職教員の多くが学校教育段階. と課題を明らかにし,研修員各自が帰国後果たす役割を. で十分な理数科教育を受けておらず. (14). ,C2005 が推奨す. 認識することを目的として実施された。鳴門教育大学に. るような学習者を中心とする活動に基づいた教育方法を. おける研修( 11 月 14 日~ 12 月 7 日)は,授業ビデオの. 実践することが困難な状況にあった (4)。これを反映し,. 観察とそれに対する助言体験を通じた授業研究の手法導. 国 際 的 な 学 力 調 査 で あ る TIMSS( Trends in International. 入,理科および数学の教科ごとの教材研究と指導案作. Mathematics and Science Study)における南アの中学校理. 成,理科数学合同での模擬授業と授業検討会,高等学校. 科の成績は 1999 年調査. (15). および 2003 年調査. (16). において. 調査国中最下位である。. での研究授業を通じ,授業研究の一連の過程を体験し, その成果を小冊子としてまとめることを目的とした。. この状況に対応するため,南ア政府からの要請によ り,貧困州の 1 つであるムプマランガ州を対象とした技. 4.教員Tの学びの過程. 術協力プロジェクト「ムプマランガ州中等理数科教員再. 事例研究の対象としたのは中学校理科教員 T(研修時. 訓練計画」が国際協力機構により実施された。このプロ. 38 歳,女性)である。T の来日前の授業(表 1 ),鳴門. ジェクトの特徴は,現地側に日本の教育経験を提供し自. 教育大学研修中に実施した 2 回の模擬授業と 1 回の研究. 立的な学習を促すことによって,適正な技術を取捨選択. 授業(表 2 ~ 4 ),帰国後の授業(表 5 )の分析,研修. し,再構築する「経験提供型」のアプローチをとったこ. 中に実施したアンケート調査の回答(表 6 ~ 7 )および. と である (5)。. T が記録した日誌をデータとして,教員 T の学びの過程. 1999 ~ 2002 年度に実施されたフェーズ 1 のプロジェ. と変容を時系列に沿って記述する。なお授業については. クト目標は,ムプマランガ州の理数科教員の指導力の向. ビデオをもとに文字起しを行い,時間配分,授 業内容と. 上及び同州教育省における理数科教員現職研修のシステ. T の行った主要な質問,そして T が提示した教科内容に. ムの確立であった。対象を 8 - 9 学年とし,カスケード. 関わる専門用語である術語について表としてまとめた。. 方式による研修成果フィードバックが図られた。 2003 ~ 2006 年度に実施されたフェーズ 2 では,プロ. 4-1 2007年9月の南アにおける授業. ジェクト目標を,同州における中等( 8-12 学年)理数科. 2007 年 9 月に T の所属する中学校を訪問し,授業観察. 教員の校内研修システムがクラスターワークショップを. および授業検討会を行った。この訪問の目的は研修前に. 通じて確立・維持される,とした。クラスター(近隣校. 授業研究の手法について理解してもらうとともに,授業. から構成される学校群)を形成し,教員の相互学習を促. 観察とビデオ収録を行いベースラインデータとすること. すように設計された。2003 年度終了時点において日本. である。我々が作成した授業研究を実施する際の資料. 研修の内容が見直された (10)。その結果,参加者は授業. (17). 研究の全過程を体験し,その成果を小冊子にまとめるこ. 観察した授業は 9 学年の自然科学の授業で,当日のトピ. とを通じ,翌年の南アでの研修計画を作成することが研. ックは生物分野の「性感染症」であった。授業概要を表. を配布し,授業研究を実施する際の指針を紹介した。. 修の到達目標とされた。. 1 に示す。授業導入時に生徒に対し事前知識を問う質問. プロジェクトは 2006 年 3 月に終了したが,プロジェク. を行った後,本時の主たる題材を「HIV」に焦点化した。. ― 130 ―.
(3) 表1 教員 T の南アにおける 2007 年 9 月の授業実践. そしてその定義を質問したのち,本日の活動である「HIV. らの授業ビデオをクラスターの構成教員に見せ,授業観. の症状・感染・治療・予防に関しグループで議論し記録. 察とその後の授業検討会を体験させている。我々の配布. する」を実施するよう指示した。生徒は自らのノートの. した資料に従い,ビデオを見たのち,自らが授業を振り. 記述を参考にまとめた。グループを形成してはいたが,. 返り,次に参加者より良い点・改善すべき点・改善案を. その内の何人かの生徒が活動を主導しており,他は傍観. 聞いている。. 者として参加していた。指名されたグループの代表が結 果を発表し,教員が補足した。「他の性病について症状,. 4-3 広島大学における小学校訪問時の授業観察. 感染,治療を調べる」という宿題を与え,授業を終了した。. 2007 年度の広島大学における研修では小学校訪問が. 授業検討会において,日本側は資料に基づき,議論の. プログラムに組まれていた。鳴門教育大学の研修開始時. 手順を紹介することに重点をおいた。教員は「少し自ら. に広島での研修で学んだことがグループリーダーからの. の発言が多すぎた。教科書にはこの内容がのっていない. 報告により鳴門教育大学教員と共有されたが,その一つ. ので,生徒が調べるプロジェクトとして実施した」と授. として,彼らの観察した理科授業の構造性が取り上げら. 業を振り返った。観察者側からの助言は時間の関係で行. れた。その授業は,「生徒の事前知識を確かめ,次に学 ぶべき事象について生徒が仮説をたて,その後実験を実. わなかった。. 施し,その結果に基づき生徒が結論を導き出す」もの 4-2 Tの授業研究試行. で,「生徒にとって何がどのように起きたかを記憶しや. T は,授業研究に関するアンケート調査に対する回答. すく,日常生活への応用がしやすい」と捉えた。その後. (研修参加前)が示すように(表 7 参照),我々の訪問. の議論で T は広島においての重要な学びとして「仮説 を. 後,10 月の クラスター会合で「性感染症」に関する自. たてる授業」を指摘した。. ― 131 ―.
(4) 4-4 授業研究の紹介. 時の内容を「堆積岩」に焦点化した。まず「水を土壌に. 研修員に対し TIMSS のカリキュラム枠組みであるカ. 加えたとき何が起きるか」という実験結果の予想を促す. リキュラムの 3 層構造を紹介し,意図されるカリキュラ. 質問を提示した。生徒は口頭で予想を回答し,教員が板. ムと実践させるカリキュラム,達成されるカリキュラム. 書してまとめた。実験に関する注意の後,生徒グループ. 間には大きなギャップが存在し,授業研究を通じて実践. が実験を行った。生徒は観察を実施した後,配布された. されるカリキュラムを改善することでそのギャップを埋. 模造紙 に結果を記入し,それを用いて結果を発表した。. めることができることを述べた。次に南ア教員による理. T は教科書からコピーした瓶の中での堆積を表す図を配. 科授業のビデオを観察させ,その後良い点・改善すべき. 布し,堆積過程,地層形成,堆積岩についての説明を,. 点・改善案を指摘させることで,授業観察と授業検討会. 適宜質問を交えながら行った。次に堆積した層が固結し. の進め方を体験させた。特に授業を実施した教員が助言. た際にどのような種類の堆積岩になるかを質問した。さ. を受け入れやすい環境を作るために,「最初に良い点を. らに,日常生活における堆積岩の利用を生徒に質問し,. 多く指摘すること」「授業者を批判するのではなく,授. 教員の用意したカードを用い利用例を示した。最後に個々. 業を分析し改善案を提示すること」を強調した。そして. の堆積過程を書いた細長いカードを順次示しながら授業. 2006 年度の日本研修の過程を紹介し,課題を解決する. のまとめとした。. アクションリサーチ型の授業研究を示した。T の日誌に. 授業後の検討会において「(まとめの際)細長いカー. は,「教員同士をつなげ,授業計画力・内容理解・授業. ドを黒板に貼るのに時間を要したので,1 枚の模造紙に. 技術を向上させ,生徒の理解を考 える機会を与え,自分. まとめるとよい」「授業の目的を最初の二つに絞るとよ. の成長につながる」と記され,この記述から授業研究の. い」「(堆積過程がわかりやすいように)大きな粒径の砂. 現地での応用を考えたことがわかる。. を混ぜるとよい」「生徒からの発言をできるだけ取り入 れる」「定義は明確に述べる」「板書するときスペルを確. 4-5 地学分野の教材研究. かめる」という助言を得た。その後指導にあたった教員. T を含む理科グループが行った地学分野の教材研究で. より「予想は口頭で報告させるだけ でなく図を用いて説. は,まずムプマランガ州の地学に関連した教育の実情を. 明させる」「(砕屑物の)堆積実験から導き出せない岩石. 分析し,「内容の理解不足」「抽象的な概念を具体化する. (石灰岩など)は取り上げない」ことを助言した。. 実験を考えるのが難しい」「資源の不足」を課題として. T の日誌には「観察者からの助言により生徒相手に行. 捉えた。本年の地学分野研修内容である「プレートの運. う授業が改善し」,「学校レベル(の研修)とクラスター. 動」「地形は建設する力と破壊する力の組み合わせで形. レベル(の研修)における授業計画と授業方法改善に役. 成」についてカリキュラムの記載を確認し,概念関連図. 立つ」と記されていた。. を作成した。そして日本側からいくつかのハンズオン教 材を紹介した。研究授業として T が選択したのは,「ペ. 4-7 第2回模擬授業と授業検討会. ットボトルを用いた堆積実験」を導入した地学分野の「堆. 第 2 回模擬授業の目的は,第 1 回授業検討会での指摘. 積過程」に関する授業であり,南アの 7 学年を対象とし. を踏まえ,「堆積岩の利用方法」を省き「堆積を定義で. た 10 時間の単元の中の一コマとして位置づけた。達成. きる」「堆積岩の形成を説明できる」「堆積により形成さ. すべき評価基準として「調査の実施とデータ収集」「デ. れる岩石を知り識別することができる」の三つの目的に. ータ評価と結果伝達」「意味ある知識 を思い出す」「情報. 絞った。授業概要を表 3 に示す。第 1 回模擬授業からの. を分類し,規則性を探す」を盛り込んだ。T の日誌には「ム. 変化として,内容の絞り込み,予想に関連した質問の表. プマランガ州の主たる課題は教授を助けるハンズオン教. 現を「土壌と水を一緒に混ぜたものを振ったら何が起き. 材の開発」とあることから,T が教材研究を重要と捉え. るか」と変更したこと,生徒の予想の図示,実験結果発. ていることがわかる。. 表における比較の視点,堆積過程の理解を問う活動,堆 積層の固結により形成される岩石名の質問な どの導入が. 4-6 第1回模擬授業と授業検討会. 見られる。. 第 1 回模擬授業の目的は,「堆積を定義できる」「堆積. 授業後の検討会において「堆積過程を振り返る」「結. 過程を記述できる」「堆積岩の利用方法を理解する」「堆. 論を示す前に生徒の考えを聞く」「特に最後の段階にお. 積により形成される岩石を知り識別することができる」. いて生徒からの質問の機会を設ける」という助言を得. の 4 点であった。生徒役を務めたのは研修員および大学. た。その後指導にあたった教員より「今回,第 1 回模擬. 院生である。授業概要を表 2 に示す。. 授業と比較して層が不明瞭だったのは,砂が粗すぎたた. 本時のトピックを「岩石について学ぶ」と紹介し,岩. め。粗粒~細粒の変化が良く見える粒径のものを準備し. 石の種類について生徒の事前知識を問う質問を行い,本. ておく」という助言があった。. ― 132 ―.
(5) 表2 教員 T の第1回模擬授業における実践. T は,第 2 回模擬授業と授業検討会の学びの重要性と. 模擬授業からの変化として,本時の内容提示「どうやっ. して「教材の使用法」「質問の授業内容との連関性」を. て堆積岩はできるかを実験で確かめる」や実験の予想に. あげ,「振り返りを通じた学校レベル(の研修)とクラス. 関連した質問 「砂泥の混合物に水を加えよく振り,3 ~. ターレベル(の研修)における授業方法改善」に役立つ. 5 分おくと何が起きるか」といった表現の変更の他,堆. と日誌で記述していた。. 積過程の理解を問う活動の削除があげられる。特筆すべ. 第 1 回及び第 2 回の模擬授業及び授業検討会後の日. きことは,生徒が図を用いて予想を発表する際英語で伝. 誌の記述は,T が模擬授業と授業検討会での体験を通じ. えることができなかったため,機転を利かせて「日本語. て,これらの授業研究活動が,本国における学校及びク. で表現してかまわない」としたことである。実験結果の. ラスターでの研修において有効であることを認識してい. 発表においても日本語で発表してよいとした。T は日本. ったことを如実に物語っている。. 語を理解することはできないが,生徒の予想や観察結果. 4-8 徳島県立高等学校での研究授業と授業検討会. を推定することが可能であった。授業検討会において「異. 徳島県立高等学校での研究授業は,1 学年の生徒を対. なる内容の予想を行ったグループは結果発表時にも説明. 象に,2 番目の研究授業として実施された。生徒にはあ. してもらうべき」「生徒に堆積層からできる岩石名につ. は図として示されているため,生徒の考え方や観察内容. らかじめ本時で登場する術語や指示語などの英単語リス. いての質問に答える機会を与えるべき」という助言を得. トを事前に配布した。授業の概要を表 4 に示す。第 2 回. た。. ― 133 ―.
(6) 表3 教員 T の第2回模擬授業における実践. T は日誌に「全ての生徒に対応するよう柔軟に授業を. は 9 学年を対象とした自然科学の授業で,当日のトピッ. 実施すること」「言語についての障害にも関わらず教員. クは物理分野の「光」であった。授業概要を表 5 に示す。. は目的を達成することができる」「生徒のレベルに合わ. 前時の内容を問う質問をした後,予想に関連した質問「発. せ教授法を変えることが必要」と記し,言語以外のコミ. 光物質からの光はどのように進むか」が提示された。生. ュニケーション手段を利用した授業体験・機動的な教授. 徒は予想をグループで話し合い,模造紙に記録し,それ. 戦略変更を評価している。また「 15 年の教員経験を持. を用いて発表した。予想は共通(「光は直線的に進む」). つ自分にとって決してできなかった経験であり,それに. で文字および口頭で報告された。続いて実験を行い,結. よって授業技術を向上させることができた」と記し,学. 果「 3 枚のうち中間の紙をずらすと光が見えなくなる」,. びの重要性を捉えていることがわかる。さらに「我々の. 結論「光は直線的に進む」を報告した。教員は模造紙に. 生徒の一部も英語を理解せず,問題を抱えているため,. 書いたまとめ(矢印つき直線で光の直進を示す以外は文. 学校レベル(の研修)とクラスターレベル(の研修)で,. 字のみ)を示し,次回のトピックである「光の吸収」の. この経験を共有することは重要」との記述から研修の経. 術語を調べる宿題を与え,授業を終了した。授業検討会. 験を本国で応用しようとする意欲が認められる。. において,参加教員より「指示が分かりやすいようワー クシートに図を加 える」,日本側より「光が直進してい. 4-9 南アにおける2008年4月の研究授業実践. ることを示すには図示させる必要があるのではないか」. 2008 年 4 月,研修のフォローアップとベースラインか. という助言を得た。. らの変化を調査するため再度 T の勤務校を訪問した。T はこの機会を生かし,クラスター構成 教員を集め,自ら. 5.議論. の授業実践を研究授業として授業検討会を開催すること. 5-1 授業の変化. で,日本における学びを共有しようと試みた。研究授業. T の実践した授業(表 1 ~ 5 )は,「生徒の持つ事前. ― 134 ―.
(7) 表4 教員 T の徳島県立高等学校における授業実践. 知識の確認-トピックの導入-生徒の活動-活動結果の. 展 開, ま とめの 構造が 認定で きるため, レ ベル 3(導. 発表-教員によるまとめ」という共通の構造を持ってい. 入,展開及びまとめの三つのパートで授業が構成されて. る。また教員から提示される術語数は,1 授業当たり 4. いる)となった。「展開部における内容構成」は,どの. 種類以下であり,知識を一方的に教え込む授業内容では. 授業も教員の説明,グループによる活動そして活動結果. ない。目につく変化としては,生徒による予想の導入が. の発表から構成され,生徒自身の活動は半分以上の時間. あげられる。研修前の授業を除き全ての授業で認められ. を占めていて,バランスも適当と考えられる。したがっ. る。来日後広島大学におけるプログラムで T 自ら「仮説. て展開部の内容構成に関する評価はレベル 4(講義(板. をたてる授業」が生徒の理解向上に有効であることを見. 書を含む)に加えてワークシートおよび生徒自身による. 出したことが導入への駆動力となっているものと考えら. グループあるいは個別実験(活動)により構成されてお. れる。鳴門教育大学の研修開始時に行った生徒中心型授. り,さらに,これらの三者が授業の状況ある いは狙いに. 業に関する質問票にも「思考発見に関連した仮説システ. 応じて過不足なくバランスされている)となった。最後. ム」が生徒中心型授業の重要な要素であると答えている. の評価軸である「授業に対する教師及び生徒のコミット. ことからも強く示唆される(表 6 )。授業の変化を客観. メント」に関しては,研修参加前の評価はレベル 3(質. 的に示すため,小野ほか (2007) の開発した授業評価ルー. 問やワークシートあるいは実験(活動)などを通した相. ブリック (10) より 5 件全ての授業を評価した。このルー. 互作用が認められ,その全授業時間に対する割合は 50. ブリックは「授業 全体の構造評価」(最高レベルは 3 ),. %前後を占めており,質問は生徒の知識を問うものがほ. 「展開部における内容構成」(最高レベルは 4 ),「授業. とんどである)となった。なぜなら,生徒は十分な活動. に対する教師及び生徒のコミットメント」(最高レベル. を行ってはいるものの,全ての質問が生徒の既存知識を. は 5 )の三つの評価軸からなっている。評価者は教員 T. 問うもので,授業により生徒が新たな考えを持つに至っ. の授業を一貫して観察している著者の 1 人が実施した。. てないと判断したからである。しかし,研修時,さらに. 「授業全体の構造評価」に関しては,全授業で導入,. は研修後の授業では,生徒からの思考活動や発言を促す. ― 135 ―.
(8) 表5 教員 T の南アにおける 2008 年 4 月の授業実践. 表6 教員 T の生徒中心型授業に関する質問票への回答. ― 136 ―.
(9) 表7 教員 T の授業研究に関する質問票への回答. 予想活動や結果発表が授業に組み込まれ,グループ活動. に解釈することができる。まず日本における三つの授業. において生徒同士の議論が促進されているため,レベル. (表 2 ~ 4 )の実践を通して,T は予想活動や実験を導. 5(生徒からの質問や発言を促し,さらに [ 生徒-教師. 入しても,その予想や実験と授業の内容あるいはねらい. 間 ] だけでなく生徒-生徒あるいは [ 複数の生徒-教師. との結びつき や関連が弱いときや乏しいときなどには生. 間 ] のディスカッションを促そうとしている)と評価した。. 徒の内容への理解を促したり,深めたりすることは難し. 上述のように,第 1 回模擬授業以降の授業の変化を小. いことに気づいたものと思われる。したがって,表 8 に示. 野ほか( 2007)のルーブリックでは検出できなかった。. したルーブリックによる評価結果の変化は,授業のねら. 彼らのルーブリックは,主に授業の構造や構成あるいは. いと内容の論理的なつながりを明確にして授業を一貫し. 教師や生徒の授業への関わりを評価の対象としている。. たものとする T の授業改善の軌跡を反映したものに他な. このことは,T の授業は,これらの点では研修参加時す. らない。この軌跡は内容提示の明確化や予想と強く関連. でに小野ほか (2007) が設定した最高レベルにまで達して. する発問を通じ,生徒への指示を明確にし,実験によっ. いたことを示しているものと思われる。では,研修に参. て観察すべき内容を焦点化するなどして,観察結果と授. 加することによって T の授業はどのような点で変化した. 業で学ぶべき内容との一致を最終ゴールとするものであ. のであろうか。そこで,授業の構造や構成といったもの. る。具体的には T は,第 1 回模擬授業では学習内容を「岩. ではなく,授業の成果に直結する要因の一つである授業. 石」とのみ提示した。しかし,第 2 回模擬授業で「堆積」. 目的と学習活動の関連性 を評価軸とするルーブリックを. とし,さらに研究授業では「どうやって堆積岩はできる. 作成し,研修の進行に伴う授業の時系列的変化を検出す. かを実験で確かめる」と,授業主題をより明確に提示し. ることを試みた(表 8 )。作成と評価は教員 T の授業を. ている。さらに,予想に関連した質問は,第 1 回模擬授. 一貫して観察している著者の 1 人が実施した。研修前の. 業では単に「水を土壌に加えたとき何が起きる か」とし. 授業では,活動は行われているが既存知識を問うだけの. たが,第 2 回模擬授業の「土壌と水を一緒に混ぜたもの. 内容であり,連関性が乏しいと判断し,レベル 2 とした。. を振ったら何が起きるか」へとより具体的なものに変化. 第 1 回模擬授業,研修後の授業では授業内容に連関した. した。さらに,研究授業では「砂泥の混合物に水を加え. 活動が行われているが,教員の問題設定がやや不適切な. よく振り,3 ~ 5 分間静置すると何が起きるか」と予想. ため,活動の導入や結論との橋渡しに無理があると判断. に関する質問を,より具体的に実験の方法を示したもの. し,レベル 3 とした。第 2 回模擬授業,研究授業では,. へと改め,このことによって学習内容との関連性を生徒. 教員により問題設定が適切に行われ,活動により解決し. がより一層理解しやすいように改善している。. ているためレベル 4 とした。. では、このような評価結果に反映された一連の授業の. これらの評価結果及びその時系列的変化は,次のよう. 変化は T のどのような授業に対する意識の変化を伴って. ― 137 ―.
(10) 表8 ルーブリックによる授業目的と活動の連関性の評価. いるのであろうか。このことを知るために参考となるの. されていた。しかし研修最後の授業(高校における研究. が、生徒中心型授業に関する質問票に対する T の回答で. 授業)と比較するとレベル 4 からレベル 3 へと評価が 1. ある(表 6 )。研修前 T はその素材である「ハンズオン. 段階低下している。これは,T の用いた実験に直接関連. 教材」, 「仮説システム」, 「実験」等を重視し,教員が「授. する質問(「発光物質からの光はどのように進むか」)が. 業中指針を与える」こと, 「適切な教授法,質問」を行い,. 「穴を通じてロウソクの光が観察できるかどうか」と. 「ファシリテートする」ことで生徒中心型授業を実施で. いう実験課題と直接つながらないことに起因する。これ. きると考えている。一方研修後の記述は構成要素として. は,T が日本で行った授業では,生徒の予想と実験で観. 「生徒の事前知識」「教科内容と文脈」「次の授業主題と. 察できる事実が結びついていたのと比較すると大きく異. の連関」「連関を考慮した生徒への質問」が加わってい. なる。また生徒の予想,実験結果および結論の発表には. る。T は研修を通じ,生徒中心型授業が成立するには授. 模造紙が利用されていた。しかし研修時のように図示は. 業の中で授業の素材と生徒の事前知識や授業のコンテク. されていなかった。これは予想の質問が抽象的なため,. ストを有機的に組み合わされること,つまりハードとソ. 観察内容の記述に結び付かなかったものと考えられる。. フトの有機的な連携こそが重要と考えるに至ったことが. このことは,研修の成果が,そのままの形で研修後の授. わかる。また日誌にある「序論から結論に至るまで質問. 業実践に必ずしも生かされるわけではないということを. が連関するようにすることが重要」との記述もこの意識. 示している。研修成果の持続・発展性の担保 は研修提供. 変容を支持する。. 側にとっては最重要課題の一つである。このような事例. 評価結果 には直接反映されないが,一連の授業の中で. をもとに,その促進あるいは阻害要因を探ることは、国. 認められたもう一つの重要な変化としてコミュニケーシ. 際教育開発研究、とくに教育協力に関する研究上興味深. ョン手段の多様化がある。第 1 回模擬授業より図示が結. く,また焦眉の課題である。今後の課題としたい。. 果報告に取り入れられ,第 2 回模擬授業からは予想を発 表する際には,より幅広く活用された。英語能力に難が. 5-2 Tの授業研究の受容とその普及. ある日本の高校生を対象とする研究授業でも効果を発揮. T が日本側から授業研究について最初に聞いたのは. した。これは T が,生徒同士の意見交換を助け,また生. 2007 年 9 月の学校訪問時である。T は 2006 年から CL と. 徒の理解度を知るのに有効であると考えたからであると. なり,クラスターレベルでの研修として授業内容の調整. 思われる。. や試験問題の準備を行っているということであった。授. これら内容変化の要因は,T の日誌の記述にもあると. 業研究を紹介された直後に授業研究の試行に挑戦したと. おり「観察者および指導教員からの助言」とそれを踏ま. いうことは,授業研究に対する印象が当初より好意的だ. えた教員の内省であり,周囲からの助言を受け止めて着. ったと考えられる。. 実に授業を改善していったことがわかる。. 日本研修における日誌の記載から「観察者からの助言. さて帰国後の T の授業(表 5 )には日本での学びはど. により生徒相手に行う授業が改善する」(第 1 回模擬授業. の程度反映されているのであろうか。研修前の授業と比. 終了後),「質問技術の向上」(第 2 回模擬授業終了後),. 較すると評価結果でレベルが 1 段階上昇している。また. 「模擬授業 1 ,模擬授業 2 と比較して授業戦略が向上し. ハンズオン教材による実験や模造紙を利用した生徒のプ. ているのがわかる」(研究授業検討会修了 後)と自らの. レゼンテーションなど研修の成果を生かした授業が展開. 授業改善の手ごたえを得て,その有効性を確信している. ― 138 ―.
(11) ー 謝 辞 ー. ことがわかる。 どのような活動を授業研究と捉えているかを,授業研. 本研究は文部科学省「国際協力イニシアティブ」教育. 究に関する質問票の研修前後の回答(表 7 )を比較する. 協力拠点形成事業の鳴門教育大学の活動 ( 平成 18-20 年. ことで捉える。研修前は,授業観察と授業検討会に重点. 度 ) に関わる研究の一部をまとめたものである。また取. が置かれていたが,研修後は,教材開発や模擬授業が授. りまとめに関し科学研究費補助金(課題番号 21500879). 業研究の構成要素として加わっていて,研修で紹介され. を使用した。記して謝意を表す。. たアクションリサーチ型のアプローチを授業研究である と考えていることがわかる。そしてクラスターにおける. ー 文 献 ー. 研修を通じたムプマランガ州の現職研修向上に役立てよ. ( 1 ) 馬場卓也,小島路生 「授業研究」 国際協力機構編. うとしている。. 『日本の教育経験-途上国の教育開発を考える-』東信. 帰国後は,日本からのフォローアップ訪問の機会をと. 堂,271-283, 2005. らえ,研究授業の準備として模擬授業を実施し教材をチ. ( 2 ) 稲垣忠彦,佐藤学『授業研究入門』岩波書店,1996. ェックしたのち,研究授業と授業検討会を開いた。日本. ( 3 ) 国際協力機構『理数科協力にかかる事業経験体系化. 研修で学んだ手法に従って授業研究を実施し,他のクラ. ~その理念とアプローチ~』国際協力機構 , 2007. スター教員と共有することで,その普及を図っている。. ( 4 ) 喜多雅一,西岡加名恵 「南アフリカにおける理科 教育の改革動向と課題」『鳴門教育大学学校教育実践セ. 6.おわりに. ンター紀要』16,99-111,2001. 本研究の結果は,授業研究を中心とした日本における. ( 5 ) 長尾眞文,又地淳 「教育分野における新たな技術. (5). の学習を踏まえ,事例研究の対象となる教. 協力モデル構築の試み-南アフリカ・ムプマランガ州中. 員の授業が改善され,また現地での授業に反映されてい. 等理数科教員再訓練プロジェクトから-」『国際教育協. ることを示している。単に生徒のグループ活動を含んで. 力論集』5,83-100,2002. いるだけでは生徒中心型の授業とは言えない。日本にお. ( 6 ) 畑中敏伸 「フィリピン-理数科の現職教育を考え. 経験提供型. ける授業観察を通じて,生徒の思考を促す予想活動の有. る-」千葉たか子編著『途上国の理数科教育-国際協力. 効性を見出し,グループ活動として授業に取り入れるこ. の現場からの報告-』国際協力出版会,65-85, 2003. とで生徒間の議論を促進する役割を十分果たしえる授業. ( 7 ) 小野由美子「学校教育改善における研究者と実践者. となった。また授業研究を通じ,授業目的と活動が連関. の関係について」小野由美子ほか編著『学校経営研究に. し,教員の質問を中心に適切な支援が与えられること. おける臨床的アプローチの構築』北大路書房,115-126,. で,より一貫性のあるものとなり,生徒にとって理解が. 2004. 容易な授業へと変化している。そして現地でのクラスタ. ( 8 ) 馬渕俊介,横関祐見子「現職研修実施能力の定着に. ー活動における研究授業と授業検討会を通じ,授業改善. 向けて- JICA 理数科協力をキャパシティディベロップ. 経験が教員個人にとどまることなく,少なくとも同僚教. メントで読み解く-」『国際協力研究』20,10-20,2004. 員レベルに伝達されている。. ( 9 ) Saito, E., Harun, I., Kuboki, I., Tachibana, H.Indonesian. 一方「予想を取り入れた授業」や「コミュニケーショ. lesson study in practice: case study of Indonesian mathematics. ン手段の多様性」など,授業の「形式」は伝わっている. and science teacher education project. Journal of In-service. が,教科内容の理解に関連した問題設定は不十分であ. Education, 32, 171-184.. り,図を用いたコミュニケーション は授業の中に見られ. (10) 小野由美子,近森憲助,小澤大成,喜多雅一 「国. なかった。そのような授業を受けた経験のない教員が「形. 際教育協力における「授業研究の有効性」-南アフリカ. 式」をこえた生徒中心型の授業を実践することは難しい. 人教師による生物の授業を事例として-」『教育実践学. 課題である. (18). 。また多くの研究者が指摘するように,. 論集』8, 11-21, 2007. 途上国の理科教員には基本的な科学知識が不足していて. (11) Saito, E., Imansyah, H., Kubok, I., Hendayana, S. A study. (4)(6)(19). ,学校現場における授業研究では,授業検討会に. of the partnership between schools and universities to improve. おいて教授法だけでなく教科の内容面に踏み込んだ議論. science and mathematics education in Indonesia. International. を行うことが難しい。これらの点を克服しつつより高次. Journal of Educational Development, 27, 194-204, 2007. の授業改善につなげることができる授業研究へと発展さ. (12) Saito, E, Tsukui, A., Tanaka, Y. Problems on primary. せることが今後の課題である。. school-based in-service training in Vietnam: A case study on Bac Giang Province. International Journal of Educational Development, 28, 89-103, 2008 (13) Department of Education Revised National Curriculum ― 139 ―.
(12) Statement For Grades R-9 (Schools) Natural Science. Department of Education, 2002 (14) 赤川泉,隅田学 「南アフリカ共和国の教育改革に おける理数科教育開発と国際協力」『国際教育協力論集』 4, 65-76, 2001 (15) Martin, M.O, Mullis, I.V.S., Gozalez, E.J., Gregory, K.D., Smith, T.A., Chrostowski, S.J., Garden, R.A., O’Connor, K.M. TIMSS1999 International Science Report. International Association for Evaluation of Educational Achievement, 2000 (16)Martin, M.O, Mullis, I.V.S., Gozalez, E.J., Chrostowski, S.J. TIMSS2003 International Science Report. International Association for Evaluation of Educational Achievement, 2000 (17) Naruto University of Education Guidelines for lesson Study, 2006 (http://incet.naruto-u.ac.jp/activity/GuidelinesforLessonStudy2006. pdf) (18) 千葉たか子 「ナミビア-教育の民主化をめざして -」 千葉たか子編著『途上国の理数科教育-国際協力 の現場からの報告-』国際協力出版会 , 127-156, 2003 (19) 畑中敏伸,長州南海男 「フィリピンミンダナオ島 ダバオ地区における中等学校物理教師の行う実験活動の 実態について-国際協力による科学教師教育のために -」『科学教育研究』28, 315-324, 2004. ― 140 ―.
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