症例提示 高野伸一医員,北原史章助手(内科学第 1) 症例: M.S.殿 65 歳 女性 主訴:上腹部痛,悪心 現病歴: 1999 年 5 月に検診で初めて胆石を指 摘された。同年 9 月に天ぷらを食べた直後よ り右季肋部痛が出現。下部温泉病院を受診し, CT 上,胆石,総胆管結石および肝内胆管の 拡張を認めたため鰍沢病院に紹介入院。総胆 管結石,胆石膵炎の診断で内視鏡的乳頭部拡 張術,排石術を施行され症状,血液データの 改善を見て退院となった。その後明らかな腹 痛は認められなかったが,2001 年 2 月上旬 に,心窩部を中心とする鈍痛および悪心があ り下部温泉病院を受診。その際,血液検査は されなかったが腹部超音波を施行され,膵頭 部に低エコーな腫瘤を指摘された。特に治療 をせず症状は軽快した。(当院入院後,この 時の痛みの詳細について問診したが,本人は 一切覚えていないと言い,これ以上の情報は 得られなかった。)CT では膵頭部に類円形 の低濃度域を認め,その腫瘤の内部には造影 効果のある結節性病変が疑われ,また,その 後下痢や悪心が出現する事もあり,精査加療 目的で 2001 年 3 月 12 日に山梨医大第 1 内科 入院となった。 既往歴: 1970 年頃,慢性関節リウマチ発症; 1982 年,くも膜下出血,クリッピング術施 行; 1993 年,右足外果骨折; 1995 年,恥骨 骨折,骨粗鬆症の診断を受ける; 1996 年, 右膝関節脱臼骨折。 家族歴:母,61 歳脳出血で死亡;姉,51 歳脳 出 血で 死亡 ;妹 , 50 歳くも膜下出血で死 亡;夫,48 歳胃癌で死亡。 患者背景:職業 無職;アレルギー なし;喫 煙歴なし;飲酒歴なし;輸血歴なし 入院時身体所見:身長 132.5cm,体重 35.5kg, 体 温 3 5 . 5 ° C , 脈 拍 8 6 / 分 整 , 血 圧 157/78mmHg,意識清明,結膜に貧血を認 めるが黄疸なし,表在リンパ節触知せず,甲 状腺は触知せず,心音・肺音正常;腹部, 肝・脾・腎を触知せず,圧痛なし,腫瘤触知 せず;四肢,両手 MP, DIP 屈曲,PIP 進展, 両母趾外反,各関節の腫脹・圧痛は認めない, 浮腫なし 入院時検査所見(3/13):尿定性,色調 淡 黄色透明,比重 1.015 ,pH 5.0,糖(−), ビリルビン(−),ケトン体(−),潜血(−), 第 50 回山梨医科大学 CPC 記録 日時:平成 13 年 10 月 31 日 場所:臨床講堂大講義室 司会:佐藤 公講師(内科学 2),加藤良平教授(病理学 2)
多彩な基礎疾患を有する患者に見られた
膵嚢胞性腫瘤の一例
要 旨:基礎疾患として慢性関節リウマチをもつ 65 歳の女性で、RA に続発する 2 次性アミロイ ドーシスと急性膵炎を発症し、約 3 ヶ月の経過で死亡した症例である。 剖検では、アミロイド沈着が全身諸臓器に認められ、とくに腎、副甲状腺、甲状腺、消化管では 強く広汎に認められた。膵臓では、膵頭部に 3.3 × 2.8cm の嚢胞が認められ、周囲には出血、壊 死などの急性膵炎の所見を伴なっていた。急性膵炎と膵仮性嚢胞の原因について、アミロイドー シス、胆石治療のバルーン拡張術、敗血症などの可能性が想定され、討論された。蛋白質(+),ウロビリノーゲン(0.1),亜 硝酸塩(−)白血球(−);尿沈渣,WBC 1 ∼ 4/HPF,扁平上皮細胞 1 ∼ 4/HPF,移行 上 皮 細 胞 1 ∼ 4 / H P F , 腎 尿 細 管 様 細 胞 1~4/HPF ;便,性状 茶色便,オルトトル イジン(+),グアヤック(−),便中 HbR-P H A ( − ) ; 血 沈 1 3 7 m m / 1 h r , 140 mm/2 hr ;血算,WBC 7930/µl(Band 25.0 %,Seg 68.0 %,Eos 7.1 %,Mono 2.0 %,Lym 5.0 %),RBC 252 万/µl,Hb 7.5g/dl, Ht 22.9 % , PLT 20.4 万 /µl, MCV90.9 fl, MCH 29.8 pg, MCHC 32.8 g/dl ; 生 化 学 , TP 6.2 g/dl, Alb 2.7 g/dl,CHE 141 IU/l,ZTT 11.3 KU, TTT15.2 KU, T.Bili 0.3 mg/dl, D.Bili 0.1 mg/dl,ALP 254 IU/l,LAP 45 IU/l, γGTP 15 IU/l,LDH 190 IU/l,GOT 21 IU/l, GPT 10 IU/l,Amy 2591 IU/l,Lip 254.7 IU/l, TG 109 mg/dl, T.C. 122 mg/dl, BUN 58 mg/dl,CRE 2.71 mg/dl,UA 10.1 mg/dl, Ca 11.6 mg/dl,IP 4.3 mg/dl,Na 133 mEq/l, K 4.3 mEq/l,Cl 107 mEq/l,CRP 2.9 mg/dl, FBS 83 mg/dl,Fe 23µg/dl,TIBC 194µg/dl, Feri 288 ng/ml ;蛋白分画,Alb 44.6 %,α1 4.6 %,α2 11.0 %,β15.5 %,γ24.3 %;尿生 化 学 ( 3/14), Amy 1346 IU/dl, CRN 38.2 mg/dl,Na 85 mEq/l, K 20 mEq/l, Cl 87 mEq/l,ACCR 8.20,Vol 760ml/day,(3/19) TP 0.94 g/day, NAG12.5U/day,β2mG
524µg/day,Ccr 9 ml/min,CPR 90µg/day, Vol 1600ml/day,U-Osmo 198 mOsm/l ;感 染症,梅毒ガラス板法(−)TPHA(−), HBs-Ag(−),HBs-Ab(−),HBc-Ab(−), HCVAb(−);凝固系,PT-t 11.9 sec,PT-% 84.0 %,PT INR 1.10,APTT 40.9 sec,FIB 421mg/dl ;腫瘍マーカー,CEA 2.7 ng/ml, CA19-9 9.20 U/ml,DuPAN2 < 25 U/ml ;血 清 , TBA 2.4µmol/l, エ ラ ス タ ー ゼ 1,000 ng/dl, PST I 150 ng/ml, PLA2 1630 ng/dl,Trypsin 3730 ng/ml,Amy iso P1 56.3 %,P2 25.8 %,P3 5.7 %,S1 10.2 %, S2 2.0 %,β2mG 26.3 mg/l,EPO 16.2 mIU/ml; 免 疫 学 的 検 査 , IgG 1420 mg/dl, IgA 626 mg/dl,IgM 105 mg/dl,抗核抗体 1280 倍(HOMO),LEtest(−),抗サイロイド 抗体 1600 倍,抗マイクロゾーム抗体 6400 倍, RA(++),RAHA 1280 倍;内分泌,TSH 5.620µIU/ml,fT3 2.75 pg/ml,fT4 1.59 ng/dl, Int-PTH 33.9 pg/ml,PTHrP 101.2 pmol/l, 1.25(OH)2-Vit.D3 15.8 pg/ml,cAMP(U) 0.4µmol/day(4/23) 【入院後経過】入院時より FOY 600 mg/day の 投与により,血清アミラーゼは 50 IU/l 以下 まで低下した。3 月 14 日の腹部 CT(図 1), 3 月 15 日の腹部 MRI(図 2)により,膵腫瘤 図 1. 造影 CT. 膵頭部の腫大が見られる。膵頭部に, 単純 CT ではやや HAD だが,造影 CT で境界 明瞭な LDA(径 19 × 17 mm)が認められる。 内部は造影効果がみられなかったが,均一な LDA ではなく,不均一な grey である。 図 2. 造影 MRI. 膵頭部の腫瘤は,T1W1 で低信号, T2W2 で高信号であった。造影 MRI では,内 部は均一な低信号で,周囲はやや高信号とな っていた。
は 膵 嚢 胞 に 出 血 が 合 併 し た と 判 断 し た 。 3/29 日上部消化管内視鏡施行時に消化管粘 膜の著明な浮腫を認め,胃・十二指腸生検よ り消化管アミロイドーシスと診断。4/9 より 心窩部の圧痛を伴う腹部全体の痛みが出現 し,血清アミラーゼは 1166 IU/l と上昇。フ ォイパン,FOY の投与により,血清アミラ ーゼは低下したが,痛みは持続し,白血球数 17800/µl,CRP 9.6 mg/dl まで上昇。腹部超 音波検査(図 3)で主膵管周囲に境界不明瞭 な低エコー領域が散在し,膵実質に感染が加 わったと考え抗生剤投与を開始した。全身状 態は次第に増悪。5/12 より 38 度の発熱と一 時的な血圧低下(収縮期圧 70–80 mmHg)あ り。5/14 より腹痛の訴えがあり,白血球の 急激な低下および著明な左方移動を認めた。 5/15 になり,意識障害,努力性呼吸,徐脈 となり,永眠された。 剖検所見と病理診断 中澤匡男大学院生(病理学 2) 剖検番号,A-1409 死亡時間:平成 13 年 5 年 15 日午前 9 時 40 分 死後 2 時間 13 分にて開頭開胸開腹にて剖検。 身長 132.5cm,体重 35kg 瞳孔 左 右 と も 6 m m , 正 円 形 。 腹 水 1,600 ml。 両手 MP,DIP 関節軽度屈曲,PIP 関節軽度進 展。 1.膵臓 (肉眼的所見) 膵頭部に嚢胞(3.3 × 2.8 cm)が存在した。 (図 4)嚢胞は主膵管と交通していた。体部, 尾部にも出血,壊死を認めた。周囲の腹膜には 脂肪壊死があり,胃下面と癒着していた。膵・ 胆管合流異常は認めず,また,膵管内に結石は みられなかった。 (組織学的所見) 嚢胞は上皮で被われていない仮性嚢胞であっ た。嚢胞壁およびその周囲には膿瘍,壊死組織, ヘモジデリンの沈着を伴う肉芽組織を認めた。 また,体部および尾部にも出血,膿瘍,膵実質 の凝固壊死,脂肪壊死を認め,急性膵炎の像を 呈していた。膿瘍周囲の血管には血栓を認める ものが存在していたが,血管炎の所見はみられ なかった。 また,周囲の脂肪織は広範な脂肪壊死に陥り, 膿瘍が認められた。 アミロイドの沈着は主に血管および膵管に認 め ら れ た 。 膵 実 質 に も 沈 着 が み ら れ た が , 図 3. 腹部エコ−。膵頭部に,径 26 × 15 mm の境 界不明瞭な hypoechoic lesion を認め,内部エ コ−は淡く不均一である。また,この腫瘤の 尾側膵には,不明瞭な低エコ−領域が散在し ていた。 図 4. 膵頭部の嚢胞。(図 4)嚢胞壁およびその周囲 には膿瘍,壊死組織,ヘモジデリンの沈着を 伴う肉芽組織を認める。嚢胞に上皮の裏打ち は 無 く 仮 性 嚢 胞 で あ っ た 。( 主 膵 管 , 小 矢 印:総胆管,大矢印)
Vater 乳頭近傍の膵頭部に沈着がより高度であ った。(図 5) 2.腎臓(左 90 g,右 40 g) 肉眼的には,両側とも著しく萎縮していた。 割面でも皮質が高度に萎縮していた。 組織学的には糸球体には diffuse segmental にアミロイドの沈着が認められた。また,間質 にも線維化,リンパ球浸潤と著しいアミロイド 沈着がみられ,尿細管内にもアミロイド蓄積が 認められた。 3.副甲状腺 4 腺とも腫大(最大 2.8 × 1.4 × 0.5 cm)して いた。組織学的は実質に著しいアミロイド沈着 を認めた。腺腫の所見は認められなかった。 4.甲状腺(26.6 g) 肉眼的に腫大しており,重量も増加を認めた。 組織学的には間質には著しいアミロイド沈着 を認め amyloid goiter とみなされた。アミロイ ドの沈着があまり高度ではない部分では,間質 に巣状のリンパ球浸潤を認めた。 5.消化管 組織学的に粘膜下組織に高度の浮腫がみられ た。粘膜および血管にアミロイドの沈着が高度 に認められ,固有筋層にも軽度に沈着がみられ た。 6.肺(左 420 g,右 230 g) 左下葉(S6)に約 3 cmの気管支肺炎を認めた。 7.骨髄 過形成性であり,3 系統の造血細胞を認める が,赤芽球系が相対的に増加している。 病理診断 Ⅰ.主診断 1.仮性嚢胞形成を伴う急性膵炎(出血性,膿 瘍性,壊死性) 2.慢性関節リュウマチに続発する 2 次性全 身性アミロイドーシス 3.アミロイド腎 Ⅱ.その他 1.左肺下葉気管支肺炎 2.動脈硬化(中等度から高度) 3.くも膜下出血術後状態 4.右椎骨動脈瘤 5.赤芽球系の軽度増加を伴う過形成性骨髄 6.胆嚢結石症 7.骨粗鬆症 考 察 本症例は,基礎疾患として慢性関節リュウマ チとそれに続発する全身性アミロイドーシスを 有する 65 歳,女性である。急性膵炎を発症し, 約 3 ヶ月の経過で死亡した。 膵嚢胞は上皮を欠く仮性嚢胞で,成因として は急性膵炎後の変化と考えられる。急性膵炎の 像は嚢胞が存在した膵頭部のみならず体,尾部 にも及んでいた。 アミロイドの沈着は全身の臓器に認められた が,甲状腺,副甲状腺,消化管粘膜,腎臓に特 に高度であった。それ以外の臓器ではほぼ血管 のみに沈着していた。 本症例の急性膵炎の原因は,①高カルシウム 血症,②抗膵管抗体(シェーグレン,慢性関節 リュウマチ等の自己免疫疾患に存在することが ある),③慢性関節リュウマチに対する長期の ステロイド投与による可能性が考えられる。 一方,アミロイドーシスと急性膵炎の関連に ついては両者が合併したという報告例があり, 本症例では膵内血管壁および膵管にアミロイド 図 5. 膵のアミロイドの沈着。(ダイレクト フ ァ−スト スカ−レット染色)血管,膵管お よび腺房が橙色に染色されており,アミロイ ドの沈着を示す。
が高度に沈着し,更に Vater 乳頭筋層にもアミ ロイド沈着は高度であり,乳頭機能不全が示唆 される。以上から,アミロイド沈着が膵炎の発 症に関連した可能性は否定できないと考えられ る。 司会 重症急性膵炎の治療に関してコメント をお願いします。 討論 1 板倉 淳講師(外科学第 1) 重症急性膵炎に対する治療に関して 当科でこれまでに経験した重症急性膵炎のほ とんどは,保存的治療にて救命しえていること から,保存的治療,すなわち多寡酵素阻害剤の 持続投与,脱水に対する十分な輸液管理,感染 防止のための抗生剤の投与が初期治療の原則で あると考えている。また,感染初期や多寡酵素 阻害剤の全身投与による効果が不十分と判断さ れた場合は,経動脈的カテーテル留置による膵 局所を中心とした抗生剤,多寡酵素阻害剤の持 続投与も考慮すべきと考えている。感染巣のコ ントロールが不十分であったり,組織壊死が進 行する場合,あるいは循環動態に影響を及ぼす ような出血を認めた場合は,開腹術の適応と考 え て い る 。 そ の 場 合 は open drainage, necronectomy が原則的な術式と考えている。 これらの治療の選択と時期決定には,造影 CT による画像的評価と重症急性膵炎診断基準に準 じた適切な病態の評価が重要であると考えてい る。本症例では,血管病変を中心とした併存疾 患が存在したことより,その評価と実際の治療 選択に限界があったと思われる。 討論 2 松本由朗教授(外科学 1) 結果論ではありますが,この症例の膵嚢胞は 仮性嚢胞であり,それは急性膵炎または膵外傷 での頻度が最も多い。とすれば社会保険鰍沢病 院における胆石治療の際のバルーン拡張術によ る合併症としての膵仮性嚢胞が最も考えられ る。残念ながら社会保険鰍沢病院でのデーター と,その後本院受診までのデーターが示されて いないので,あくまで推測である。この時出来 た仮性嚢胞が次第に大きくなり,本院での経過 に至ったものと考えることが出来る。すなわち 膵嚢胞性腫瘍の診断には慎重でなければならな かったと思われる。バルーン拡張術による急性 膵炎(膵障害も含めて)が多発しており,本法 の実施には慎重でなければならない。また前医 のデーターを取り寄せ,それとの関係を検討す ることもこの症例では必要であったと思われ る。合併症を持っていても膵膿瘍となっている ので,開腹ドレナージの絶対的適応であったと 判断する。