脳情報科学が拓くAIとICT:1.脳科学と人工知能の融合が拓く新たな時代 〜ディジタルコグニティブサイエンスでR&Dが変わる〜
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(2) の育成を国家戦略とし,その効果は着実に上がってい. や個人の履歴でどのような影響を受けるかについて推. ると推察される.. 察している.. このように,欧米を中心に,世界各国で脳科学研究. fMRI が導入され出した当初は,脳の構造解析や海. は活発化しており,その成果は確実に社会,産業に還. 馬,前頭葉など脳の各部位の機能の働きを解明する研. 元され出している.. 究が多かったが,各部位の機能が分かっても,人間の. Elsevier 社の「BRAIN SCIENCE Mapping the. さまざまな意思決定,行動等のプロセスは解明できず,. Landscape of Brain and Neuroscience Research」. 脳をシステムとして捉え,外部からの情報に対して脳内. によれば,世界の論文(2009 ∼ 2013 年)の 16%が. でどこにどのように情報が信号として伝達され,その結. 脳に関する論文であるといい,2013 年の論文発行数は,. 果何が起こるかに関する研究が多く行われるようになっ. 米国を筆頭に,英国,中国,ドイツ,日本の順番であ. ている.. るという.また,脳科学分野の論文は海外の研究者と. 人間の脳には,大脳に約 100 億∼ 140 億個,小脳. の共同執筆論文が多く,国際連携が進んでいる.同. に約 1,000 億個の神経細胞があるといわれており,こ. 様に,脳科学にかかわる研究者の 6 割が心理学,コン. れらが結合してできている脳内ネットワークの解明は容. ピュータサイエンス等,異分野連携をした学際的な研. 易ではない.しかし,多くの研究者がその解明に取り. 究を行っているという.. 組み,部分的にはさまざまな知見が獲得されており,こ. 一例を挙げれば,カリフォルニア工科大学の Colin. れらを活用するだけでも十分な価値を得ることができる.. F. Camerer という著名な神経経済学者は,南カリフォ ルニア大学の Cary Frydman というビジネススクール のエコノミストと共同で「金融意思決定における心理学. 産業応用が進む脳科学. と神経科学」というレビュー論文を書いている.ヒトの. このように,海外では人にかかわる多くの分野にお. 金融的意思決定と認知科学,神経科学的な脳内プロ. いて,脳科学の知見を活用した研究が進んでいる.心. セスに関するさまざまな論文をレビューし,バブル時の. 理学,社会科学,行動科学,哲学,倫理学等,およ. 投資家の挙動等,金融的意思決定においてヒトが過信. そヒトにかかわる研究分野においてはほぼすべて脳科. 基幹技術である脳の可視化技術の進歩. fMRI(機能的磁気共鳴画像法) NIRS(近赤外線分光法). EEG(脳波計). (株)島津製作所 提供. (株)ATR-Promotions 提供. (株)脳機能研究所 提供. 脳血流の酸素飽和度の変化から, 活動している脳部位を可視化. 近赤外線を用い,脳表の血流動態 を計測. 数万個単位の神経細胞の活動を反 映した電位変化を頭皮上で記録. 脳の深部まで計測可能. 手軽,子供にも使用可能. 時間解像度が高い. ヒトの「心」の働きに関する研究 (認知・記憶・思考・情動・意思). 融合. ヒトの「行動」に関する研究. (経済学・社会学・生理学・認知心理学). 人の心や行動にかかわる,あらゆる研究領域と産業分野へ応用が進行 ■図 -1 脳の「見える化技術」の進歩による応用研究や事業活用が活発化. |1| 脳科学と人工知能の融合が拓く新たな時代 情報処理 Vol.59 No.1 Jan. 2018. 37.
(3) 特集. Special Feature. 学的アプローチがなされているといっても過言ではない.. するだけが脳科学の活用ではないからだ.脳科学で. その最たる姿がビジネススクールだ.ハーバード大学,. 分かった新たな知見をどう活用するのかが重要である.. マサチューセッツ工科大学,INSEAD など世界のトッ. 脳計測はほかの計測手法に比べ,時間も費用もかかり,. プビジネススクールを中心に,全世界で 30 校以上のビ. また,計測場所等を含め制約条件も多いため,ときに. ジネススクールが脳科学に着目し,消費者脳科学や組. は脳を直接的に測るのではなく,脳活動と密接な関係. 織・人財活用に関する脳科学等の学科や講義を有して. がある脈波,心拍等の生理指標,眼球の動きや瞳孔. いる.また,米国の意思決定学会においても,そのキー. 径の変化などの代替指標を活用し,データ量を増やし. プレイヤとして,世界トップ 8 のビジネススクールの研. て解析することも有用である.. 究者が名前を連ねている.. 2016 年に Google 傘下の DeepMind 社が開発した. このような状況を鑑みれば,脳科学の応用が企業に. 人工知能 AlphaGo が世界のトップ棋士に勝利して話. おいて相当程度進んでいると考えてもおかしくない.実. 題になったことは記憶に新しいだろう.この開発の中. 際,Elon Musk や Facebook 社が BMI(Brain Ma-. 心的存在であった Demis Hassabis 氏は英国の名門. chine Interface または Brain Machine Interaction). 大学であるケンブリッジ大学で認知神経科学の Ph.D. 研究に投資を始めていることが話題になっている.. を取得しており,彼の論文は「サイエンス」誌がその年. IT 産業は言うに及ばず,私たちが名前を知っている. に最も優れた研究に与える Breakthrough of the Year. 自動車,家電,食品,日用品,建築,エンタテインメ. を受賞している.. ント等,あらゆる産業分野におけるグローバル企業に. 彼は人工知能を研究するためにはまず人間の脳を研. おいて脳科学の知見を活用した研究開発,マーケティ. 究する必要があると考え,脳科学を勉強したといわれ. ング,デザイン,人財育成等が行われているといっても. ている.. 過言ではない(図 -2 参照) . あえて,脳科学の知見と記述したのは,脳を計測. Ø Elon Musk氏(NEURALINK)とFacebook社が相次いでBMI研究への投資を発表 Ø グローバル企業が,R&D,マーケティング,マネジメントなどに人間研究 (脳科学,心理学,AI等)を活用 ⇒新たな製品開発,サービス開発,事業開発,組織・能力改善を促進 自動車・航空 Volkswagen, Ford, General Motors/Boeing, Hyundai, Daimler, Jaguar Land Rover, Lufthansa, British Airways 情報通信. Microsoft , Google, IBM, Intel, Facebook. FMCG. (飲料・食品・日用品). Nestle, PepsiCo , P&G , Unilever, Johnson & Johnson, LʼOreal 化学・香料 Du Pont , Givoudan, Firmenich, IFF, Symrise. エンタテインメント. 玩具. Mattel, Lego (Play-Well TEKnologies). CBS, Netflix , Time Warner, Fox , Disney. 広告・マーケティング. 化粧品. 金融. Nielsen , Ipsos, WPP, Omnicom. The Estee Lauder Cosmetics, Amorepacific Group. 電機・電子. 建築. HSBC Holdings , JPMorgan Chase, BNP Paribas, Bank of America. スポーツ. Nike , Adidas (Reebok), Under Armour. Apple, Samsung , LG Electronics , Hewlett Packard Enterprise. ANFA*, HMC Architects, Gensler, Perkins+Will. *Academy of Neuroscience for Architecture. ■図 -2 グローバル企業で進む脳科学研究と事業への活用. 38. 情報処理 Vol.59 No.1 Jan. 2018 | 特集 | 脳情報科学が拓く AI と ICT.
(4) 脳科学が迫る 3 つの領域. いるときの脳の状態を fMRI で計測,その情報をデ. 脳科学を応用する分野を脳を中心に大別すると,入. リングして CM の出来栄えを評価する技術(商品名:. 力系,出力系,フィードバック系の 3 つに大別できる. DONUTs)が,情報通信研究機構(NICT)傘下の. コーディングし CM 動画に対する情動反応をモニタ. 脳情報通信融合研究センター(CiNet),NTT データ,. (図 -3 参照) .もちろん,それらの組合せもある. まず入力系では,間接的に脳に刺激を与えることで,. NTT データ経営研究所の三者により開発され,商用. 特定の脳部位の働きを活発化し,運動能力,思考能. 化されている(図 -5 参照).. 力等を高めることができる.. さらにフィードバック系では,fMRI や脳波計,生理. 具体的には,頭頂部に+− 2 本の電極を置き,数ボ. 計測装置等を用いて脳や身体の反応信号を取り出し,. ルトの電気を通電すると,今まで回答できなかった問. その信号を解析し,再び五感を通じて脳に刺激として. 題が解けるようになるという,にわかには信じがたい現. フィードバックすることにより,能力を向上したり,脳. 象が起こる(図 -4 参照) .. 関連疾患の治療に活用する研究が行われている.こ. この研究は DARPA (アメリカ国防高等研究計画局). の分野の研究は日本が進んでおり,医療・介護,教育,. の委託で行われたものであり,ヒトの思考能力を高め. 健康(ヘルスケア,スポーツ等)産業分野への応用が. たり,訓練用の戦争シミュレーショ. フィードバック系. ンゲーム等での成績を向上させたり. ◆出力情報にある変換を行い 脳にフィードバックする. するために開発されたというが, ゲー. ・デコーディッド・ニューロフィードバックによる脳機能の改善 ex)うつ病等,脳・精神疾患の治療,学習効果の向上. マーの成績を上げるための装置とし て,一般にも販売されていた. ご承知の通り,米国,イスラエ ル等では,戦争用に研究開発され たものが一般産業用に活用される, いわゆる Dual-use Technology と いわれる技術の応用が行われてお り,産業に与える影響は大きい.脳 科学も例外ではないということだ. 出力系では,脳からの出力信号 を脳波計,fMRI 等で検出し,その 信号を用いて,ロボットやドローン. 入力系. 出力系. ◆脳情報を取り出すことで無意 識下の脳の状態を推定する. ◆脳に特定の刺激を与える ことで,脳の反応を変える. ・fMRIを用いて入力情報に対する 反応脳部位から情動反応を探索 ・EEGを活用し,さまざまな情動反応を リアルタイムで計測 左の前側頭葉に負極(ニューロン活動を. ・特定の脳部位の働きを活発化 ・クロスモーダル効果. ■図 -3 脳科学が迫る 3 つの領域. 脳刺激による既存知識の制限を緩め認知力向上 ~独創を邪魔する精神的な要素を回避する装置の開発~ • 一筆書きの要領で,連続した 4本の直線で9つの点すべてを 結びなさい.. 左の前側頭葉に負極(ニューロン活動を 抑制),右の前側頭葉に正極(ニューロン 活動を活性化)をつけ直流の電気刺激を 3分間与える.. を動かしたり,CM 動画等の評価を 行ったりできる. たとえば,脳波でドローンを操縦. 33人中14人が 正解を導出. する技術については,フロリダ大学. 他の実験問題でも 電気刺激を与えたグループは6割 刺激を与えていないグループは2割 が正解を導出. が大会を開催している.また,脳 波計とドローンをセットにした商品も. 出典:日経サイエンス2013年6月号 55-58 Brain stimulation enables the solution of an inherently difficult problem Richard P. Chi, Allan W. Snyder, Neuroscience Letters 515 (2012) 121‒ 124. すでに販売されている. 日本では,CM 動画を視 聴して. ■図 -4 脳刺激による能力向上. |1| 脳科学と人工知能の融合が拓く新たな時代 情報処理 Vol.59 No.1 Jan. 2018. 39.
(5) 特集. Special Feature. 期待されている.. Is This Time Different? The Opportunities and Challenges of Artificial Intelligence)では,時給 20. 脳科学と人工知能の融合. ドル(2,000 円)以下の人の場合,83%は仕事が自動化. さて,AI(Artificial Intelligence:人工知能)とい. 時給 40 ドル以上ならば 4%が自動化されるという.. う言葉は,今ではややバズワード気味でもあり,AI =. 一方,OECD のレポート(M. Arntz・T. Gregory・U.. ディープラーニングという間違った知識も流布される. Zierahn, The risk of Automation for Jobs in OECD. ようになっている.ディープラーニングはあくまでもコ. Countries)では,OECD21 カ国でオートメーションに. ンピュータを活用したデータ学習方法の 1 つであって,. より奪われるリスクを抱える仕事(タスク)は 9%程度. ディープラーニングですべてが解決できるわけでもない. と試算しており,オーストリアで 12%,韓国は 6%,米. し,ディープラーニング= AI ではない.. 国は 9%,日本では 7%程度と見積もられている.国に. また,AI によって私たちの職業が奪われるという研. よって,勤務形態,組織,自動化の現状が異なり,タ. 究に関する記事等がマスコミを賑わしているが,これに. スクの内容が異なるため,一概にはいえないということ. もいろいろな見方がある.. のようだ.. 野村総 合 研究 所の調 査(Financial Information. これらの試算が意味することで大切なのは仕事がな. Technology Focus 2016)によれば,2030 年に日本. くなるかどうかではなく,AI,もう少し拡大すれば,進. では 49%(英国 35%,米国 47%)の職業がコンピュー. 化する IT をどう活用し情報処理を行うか,情報そのも. タに代替されるという.McKinsey のレポート(McK-. のをどう社会,企業の中で活用するかを考えなければ. insey Quarterly 2016.7)では,機械化されるのは職. いけないということだ.. 業ではなくタスクであり,自動化の可能性は全業種平. 前述した AlphaGo の事例にもあるが,脳科学と AI. 均(米国の 800 種類の職業,2,000 種類のタスク)で. の融合は脳科学の進歩によって,今後さらに急速に加. 78%,宿泊施設・フードサービス分野で 90%,運輸・. 速するはずである.また,昨今の量子コンピュータや. 倉庫,医療・社会福祉分野で 50 ∼ 60%であるという.. ニューロモーフィックチップの開発状況から,コンピュー. さらに,米国経済諮問委員会の報告書(J. Furman,. タの計算能力が飛躍的に高まり,さらに高度な情報処. される可能性があり,時給 20 ∼ 40 ドルの場合で 31%,. 理が可能な AI が出現してくるのは時間の問 題であろう. 脳 科学の進 歩が AI の能 力向 上に寄 与 し,進化した AI が脳科学に寄与するという スパイラルアップダイナミクスが働き出している (図 -6 参照). そのときに「カギ」となるのが「ディープ データ」である.従来,企業で使われてい るビッグデータの大半は行動の結果情報で あり,これをどれだけビッグにしても,そこ から読み取れる内容には限界がある. 必要な情報は,行動結果の前にある意思 ■図 -5 CM 動画の情動評価ソリューション. 40. 情報処理 Vol.59 No.1 Jan. 2018 | 特集 | 脳情報科学が拓く AI と ICT. 決定情報,すなわち意思決定をする人間の.
(6) 情報,そして意思決定をする際の環境情報である.行. 情報社会を変える.そして,その取り組みはすでに始. 動はある環境下における固有の脳を持つ 1 人のヒトの. まっている(図 -7 参照).. 意思決定の結果である.. (2017 年 10 月 2 日受付). IoT の進化により環境情報は以前よりは容易に入手 できる.これからはどれだけ深く人間の情報を収集し. 萩原一平 [email protected]. 解析できるかが「カギ」である.そして,複雑な人間. 早稲田大学理工学部卒業.プリストン大学大学院修士課程修了. 電機メーカ,シンクタンクを経て現職.現在,脳科学の産業応用に 取り組む.応用脳科学コンソーシアム事務局長.横浜国立大学大学 院客員教授.大阪大学招へい教授.. 情報を解析するために AI は必須である.ディジタルテ クノロジーに支えられたコグニティブサイエンスの進化が. 脳科学の知見を AI開発に活かす 脳の学習機能を手本とした人工 知能開発 例)AlphaGo・ 学習アルゴリズムの高度化. AIをツールとして 脳科学へ活かす. 脳科学+AIの 融合 ビッグデータ解析 環境知能化. 脳活動や人間情報の解析技術に AI(機械学習等)利用. 「省エネ」の脳型コンピュータ開発. 例)消費者の好みを推定する マーケティング支援サービス 例)ニューロフィードバックによる 脳力向上. 例)IoT家電・IoTデバイス. e-Learning. ニューロ モーフィックチップ. 自動運転 産業用ロボット. 人間の「言語処理」に近い 自然言語処理技術の活用 例)高度音声認識 パーソナルアシスタント. コミュニケーション ロボット. 脳の処理を再現 「視覚認知」~「記憶・情動の変化」まで シミュレートするコンピュータビジョン開発 例)「空気を読む」ロボット. エージェントAI. ■図 -6 脳科学と AI の融合とその応用先の展望. ディジタルテクノロジーとコグニティブサイエンスで人,モノ,環境を融合し, 1つのシステムとして 個々人が満足できる(快適,安心・安全)価値 を提供 新たなバリューチェーンの創出. 人間情報. 脳. 行動結果情報. 身体 モノ・ロボット 環境. Deep Data. 環境(空間)情報. 人工知能 IoT ロボティクス 脳科学 データサイエンス. Digital Technology + Cognitive Science ■図 -7 ディジタルコグニティブサイエンスが提供する新たな価値. |1| 脳科学と人工知能の融合が拓く新たな時代 情報処理 Vol.59 No.1 Jan. 2018. 41.
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