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連載にあたって (秩序としての混沌 -- インド研究ノート 第1回)

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連載にあたって (秩序としての混沌 -- インド研究

ノート 第1回)

著者

湊 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

201

ページ

44-45

発行年

2012-06

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003961

(2)

インド研究ノート

湊 一樹

秩序としての

混沌

第1回

連載にあたって

●ザラザラしたインド

  日本では、日々の暮らしはこの う え な く 平 穏 か つ 快 適 で あ る 。 人々は折り目正しく立ち居振る舞 い、社会の秩序が乱されることは ほとんどない。定められたルール や時間はよく守られ、予測できな いような事態に突如として巻き込 まれることは滅多にない。目が眩 むほど多種多様な商品やサービス の恩恵を受けながら、大きな不便 を感じることなく日々生活するこ とができる⋮⋮。   そんな心地よい環境にすっかり 慣れきった身でインドのような混 沌とした場所に突然投げ込まれる と、あまりにも多くのことに戸惑 い、立ちすくんでしまう。手続き のために役所を訪れると、数え切 れないほどの人たちが押し合いへ し合いしながら順番待ちのために 溢れかえり 、それを切り抜けて やっと窓口にたどり着いたかと思 うと、今度は驚くほど官僚的な態 度の係官が待ち構えている。商店 やレストランに行くと、無愛想な 顔つきの店員が気だるそうに対応 するばかりで、それでもサービス 業なのかと腹を立てずにはいられ なくなる。 ﹁あと十分待ってくれ﹂ といわれて一時間以上待たされた り 、﹁こちらからすぐに折り返し 連絡する﹂と約束しておきながら 梨のつぶてだったりするのは日常 茶飯事⋮⋮。   もちろん、インドでは一〇〇% この通りだというつもりは毛頭な い。しかし、日々の様々な物事が 淀みなく﹁スイスイ﹂と進んで行 く日本に比べると、何が起こるか 予想もつかないという不安感とそ れにともなう緊張感をつねに強い られるインドでの日常生活は、摩 擦の大きい﹁ザラザラ﹂したもの なのである。

●﹁流動性﹂と﹁多様性﹂

  とはいうものの、時が経つにつ れて、こういった異文化との摩擦 には多かれ少なかれ順応していく ︱より正確には、あきらめて我慢 したり、自分なりの対応策を編み 出したりするようになる︱もので ある。私自身もそうだし、インド に限らず見ず知らずの土地で暮ら したことのある者ならば誰もが経 験することだろう。   しかし、インドのあらゆる部分 について何の違和感もなく受け入 られるようになったのかといえ ば、決してそうではない。新しい 土地を訪れてそこに暮らす人たち から直接話を聞いたり、今まで知 らなかった事実に触れたりするた びに新鮮な驚きを覚え、いつまで 経っても慣れるということがない のである。   そのように感じるのは、私自身 に経験や知識が不足しているとい う理由もさることながら、インド の特徴ともいうべき二つの要因に よるものであると考えられる。そ れは、第一に、様々な側面で目ま ぐるしく変化し続けているという 意味での﹁流動性﹂であり、第二 に、ひとつの国のなかにきわめて 雑多な要素を内包しているという 意味での﹁多様性﹂である。   最近になってインドが大きな注 目を集めるようになったのは、急 速な経済発展を続けながら、それ を背景に国際社会での存在感を着 実に高めているからである。イン ド出身の著名な経済学者であるア マルティア・センは、一九八〇年 代後半にハーバード大学の生協の 書店を訪れた際に、インドに関す る本はすべて﹁宗教﹂のコーナー に置かれていたと述懐している が、 今となっては隔世の感がある。 つまり、 ﹁悠久﹂や﹁停滞﹂といっ たイメージが長い間つきまとって いたインドは、ほんのわずかの期 間で﹁躍動﹂と﹁成長﹂を象徴す る存在へと大きく変貌を遂げたの である。そして、この目を見張る

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ような変化の過程は現在も続いて いる。   さらに、経済発展が本格化する 以前にもインドは大きな変化を絶 えず経験していたことを考える と、 その時期を﹁悠久﹂や﹁停滞﹂ といった言葉だけで片付けてしま うのは適切ではない。例えば、政 治の世界に目を向けると 、﹁世界 最大の民主主義﹂とも称されるイ ンドの議会制民主主義は、絶え間 なく変遷を繰り返してきた。 特に、 一九七〇年代中頃には、民主主義 が崩壊し、やがて権威主義の時代 が訪れるのではないかという議論 が真剣に受け止められるほど危機 的な状況に陥っていた ︵実際には、 一九七五年六月にインディラ・ガ ンディー政権の下で非常事態宣言 が発令されるが、そのわずか一年 半後には、インドは再び議会制民 主主義へ復帰することになる︶ 。   さらに遡って、一九四七年の独 立まで約二〇〇年にわたって続い たイギリスによる植民地支配の時 期も、変化に乏しい長い暗黒の時 代だった訳では必ずしもない。多 くの歴史研究が明らかにしている ように 、﹁近代的﹂な制度や価値 観がイギリスからインド社会に持 ち込まれたことによって、様々な 宗教・社会改革運動が始まり、ヒ ンドゥーとムスリムの間の宗教的 な摩擦が高まり、さらにナショナ リズムへと結びついていくという 大きな歴史の流れが生み出されて いったのである。   このような激しい流動性によっ て特徴付けられるインドの様相を 追いかけていくだけでも容易なこ とではないのに、多様性というも うひとつの要素がそれをさらに困 難にする。なぜなら、インド全体 としてはある一定の方向に変化し ているように見えても、その流れ が社会のいたる所で均一に見られ るのではなく、複雑なまだら模様 を描きながら進行している場合が 多いからである。例えば、ここ二 〇年ほど、インドは高い経済成長 率を維持している一方で、地域間 や階層間の格差がより一層拡大す る傾向にあることが多くの実証的 な研究によって明らかにされてい る 。つまり 、﹁躍動﹂や ﹁成長﹂ といったイメージとはまったく無 縁の ﹁悠久﹂ と ﹁停滞﹂ の世界が、 インドには今なお存在しているの である。   このように、全体的な傾向を示 す﹁平均値﹂の背後に隠れている 大きな﹁ばらつき﹂を見つけると いう経験をするたびに、インドと いう国がいかに一筋縄ではいかな いかを改めて思い知らされる。

●インドを見る眼

  この連載では、これまで説明し てきた流動性と多様性という二つ のキーワードを念頭に置きなが ら、以下のような視点に立ってイ ンドという複雑きわまりない国の あり方について考えてみたい。   第一に、これまでの歴史的な経 緯との関連から、現在起きている ことを理解するという点である 。 私たちが目にしている急速な経済 発展やそれにともなう ﹁ 近代化﹂ の波によって、これまでの歴史的 な積み重ねがすべて洗い流されて しまう訳ではない。それとは正反 対に 、﹁ 近代化﹂が歴史的な要因 に新たな意味や役割を与え、それ が現在の社会に重大な影響を及ぼ すことさえある。   さらに、多様性が歴史的背景と どのように関係しているかという 点にも注意しなければいけない 。 なぜなら、歴史的背景という初期 条件が異なれば、経済発展や﹁近 代化﹂が及ぼす影響もそれに応じ て異なったものになる可能性があ るからである。   第二に、 ﹁木を見て森も見る﹂ こ とを心掛けるという点である。巷 に溢れるインド関連本の多くは 、 印象論や大雑把なデータだけに基 づいて議論を行うため、その背後 に隠れている大きな ﹁ばらつき﹂ をバッサリと切り捨ててしまいが ちである︵そもそもこの手の本で は、印象論や大雑把なデータに根 本的な誤りがあることが少なくな い︶ 。それとは対照的に 、学術研 究の場合、 限られた対象︵例えば、 ある村落︶に焦点を絞って詳細な 研究が行われるものの、そのごく 限られた研究対象がインド全体の なかでどのような位置づけにあ り、どういう意味を持つのかとい う点は往々にして触れられない。   この連載では、全体にばかり目 を奪われたり、部分にのみ埋没し たりするような両極端を避けるた めに 、﹁ 木﹂と ﹁森﹂の関係に注 意深く目配りしながら、インドの 多様性とその意味を考えていきた い。 ︵みなと   かずき/アジア経済研究 所  在デリー海外派遣員︶ インド研究ノート インド研究ノート

秩序

としての

混沌

ニューデリーにある近代的なショッ ピング・モールの外観。その傍らでは、 建設現場で働く女性が作業の合間に 子供をあやしている。(筆者撮影)

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参照

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