災害と資料保存 -- アジア経済研究所図書館の経験
から (特集 災害と図書館)
著者
石井 美千子
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
210
ページ
12-12
発行年
2013-03
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003745
一九六六年、イタリアのフィレ ンツェでアルヌー川が氾濫し、図 書館や文書館の貴重資料が水没す る と い う 災 害 が あ っ た。 そ の 際、 ルネサンス期の手稿本など貴重な 資料を修復するため、欧米の保存 技術者による救援チームが組織さ れた。その経験をとおして一九七 七年に国際図書館連盟 (IFLA) に資料保存分科会が設置されるに 至り、一九七九年には「IFLA 保存 ・ 修復の原則」が発表された。 災害が資料保存を考える大きな契 機となったのである。 二〇一一年の東日本大震災では 東北の被災地の図書館が甚大な被 害を受けたことはいうまでもない が、関東でも広い範囲で図書館資 料が落下する被害が発生した。そ の結果、多くの図書が破損したと 思われる。専門図書館協議会では 二〇一二年二月に資料修理の実技 講習会を開催したが受講希望者が 多く、一一月には二回目の講習会 を開催している。また、図書の落 下防止対策を図ったという報告も 多く聞かれた。災害によって各図 書館が資料保存問題に直面したこ とが伺える。 アジ研図書館も例外ではなかっ た。震災で約六〇万冊の蔵書のう ち約六割が落下。書架と書架の間 は落下本で埋め尽くされた。休館 して復旧作業を始めるとすぐに所 内 の 研 究 者 か ら 支 援 の 声 が あ が り、多くの職員の協力を得て一カ 月半で全面開館にこぎつけた。 落下本を元に戻す作業の際、破 損している本は脇に取り置いて修 理に回すことにしたが、その数は 三七〇〇冊以上にのぼった。なか には元々破損していたと思われる ものも多かった。この作業をとお して書架に埋もれていた破損本が 抽 出 さ れ る 結 果 と な っ た の で あ る。破損本は、破損状態や程度に よってとるべき対策が異なってく る。そこでまず、集められた破損 本を、補修、製本、別置(補修や 製本が困難なもの)というように 仕分けし、補修対象になったもの はアルバイトによって集中的に補 修作業を行った。 し か し 、 補 修 対 象 と し た も の の 処 理 が 難 し い も の が 多 数 あ っ た 。 ま た 、 補 修 に 適 さ な いも の は 製 本 対 象 と した が製 本 予 算 に も 限 り が あ る 。 従 来 館 内で 行 っ て き た 補 修 の 枠 を 超 え た作 業 も 導 入 する 必要 が あ る と 考 え ら れ た 。 そ う し た 時 に 専 門 家 の ご 厚 意 に よ り 、 当 館 内 で 職 員 対 象 に 資 料 補 修 講 習 を 実 施 す る こ と が 出 来 た 。 こ の 講 習 で 教 わ っ た こ と を ふ ま え 、 よ り 高 度 な 補 修 を 館 内 で 実 施 す る よ う にな っ た 。 経 年 劣 化 し た 酸 性 紙 の 本 に つ い て は 紙 を 傷 め な い 和 紙 、 正 しょう 麩 ふ 糊 のり の 使 用 も 本 格 的 に 開 始 し た 。 ち な み に和 紙 は 欧 米 で も 資 料 の 補 修 に 適 し た 紙 と し て 広 く 使 わ れ て い る 。 ア ジ 研 図 書 館 が 所 蔵 す る 発 展 途 上 国 の出 版 物 は 、 用 紙 や 製 本 状 態 が 劣 化 しや すい も の が 多 い 。 ま た 、 発 展 途 上国 出 版 物 の多 く は 日 本 で は 希 少 な の で 、 責 任 を も っ て 保 存 す る必 要 が あ る 。 震 災 後 に よ う や く 始 め た よ う な こ と は も っ と 早 く 実 行 し て い る べ き だ っ た ろ う 。 大 量 の 破 損 本 を 前 に し て 、 よ うや く 望 ま し い 補 修 方 法 に 関 す る 認 識 が 共 有 さ れ る に 至 っ た と い え る 。 資料保存とは破損資料の補修だ けではないのは勿論である。あら ゆ る 災 害 を 想 定 し た 資 料 保 管 対 策、また、酸性化など図書そのも のの経年劣化対策など、予防的措 置 と し て 検 討 す べ き こ と は 多 い。 当館では酸性紙対策としては八年 前 か ら 脱 酸 処 理 を 行 っ て い る が、 デジタル化などの媒体変換も大き な課題となろう。地震による落下 対策としては、一部の書架に滑り 止めテープを装着したり、図書を 落ちにくくするため書棚の奥に詰 めて配架したりというすぐ出来る 改 善 策 を 講 じ る に と ど ま っ て い る。落下防止は資料保存のためと いう以上に安全性を確保するため に徹底した対策が必要である。 防災という面では、震災を経験 した現在も実質的な蔵書のリスク 管 理 を 検 討 す る に は 至 っ て い な い。また海に近いアジ研図書館で は 水 害 の 可 能 性 も 否 定 で き な い。 貴重な研究インフラである蔵書を 守るために、 過去の災害から学び、 同じ図書館被害を繰り返してはな らない。将来構想のなかでも具体 的にリスク管理について検討する 必要があろう。また、単館では限 界があるので蔵書を共有財産とと らえて図書館間の連携体制を模索 していくべきであろう。 以上、ささやかではあるが当館 における震災後の経緯と今後の課 題を記した。 ( い し い み ち こ / ア ジ ア 経 済 研 究 所 図書館) 石 井 美 千 子