鎌倉期禅僧の喫茶史料集成ならびに訓註
(中)
舘
隆
志
はじめに
本論は、鎌倉期に活躍した禅僧の「喫茶」史料を収集し、注釈を加えて研究者への便宜を図ることを目的 とするものである。 栄 西 ( 一 一 四 一 ~ 一 二 一 五 ) ・ 道 元 ( 一 二 〇 〇 ~ 一 二 五 三 ) ・ 蘭 渓 道 隆 ( 一 二 一 三 ~ 一 二 七 八 ) ・ 月 峰 了 然 ( 生 没 年 未 詳 ) ・ 兀 庵 普 寧 ( 一 一 九 八 ~ 一 二 七 六 ) ・ 円 爾 ( 一 二 〇 二 ~ 一 二 八 〇 ) の 喫 茶 史 料 を 収 集 し 注 釈 を 加 え た「 鎌 倉 期 禅 僧 の 喫 茶 史 料 集 成 な ら び に 訓 註 ( 上 ) 」 に つ い て は、 『 花 園 大 学 国 際 禅 学 研 究 所 論 叢 』 第 十 二 号 ( 二 〇 一 七年) に掲載されており、本論はこれに続くものとなる。 本論で扱う禅僧は、無学祖元 (一二二六~一二八六) ・大休正念 (一二一五~一二八九) ・東山湛照 (一二三一~ 一 二 九 一 ) ・ 白 雲 慧 暁 (?~ 一 二 九 七 ) ・ 寒 巌 義 尹 ( 一 二 一 七 ~ 一 三 〇 〇 ) ・ 徹 通 義 介 ( 一 二 一 九 ~ 一 三 〇 九 ) ・ 山 叟 慧 雲 ( 一 二 二 七 ~ 一 三 〇 一 ) ・ 無 象 静 照 ( 一 二 三 四 ~ 一 三 〇 六 ) な ど で あ り、 鎌 倉 中 期 か ら 後 期 に か け て 活 躍 し た禅僧の喫茶史料を、臨済宗・曹洞宗の別なく収集している。今後、鎌倉時代の禅僧における喫茶文化の受容をテーマとした研究を進める予定であるが、本論もそれら の基礎的研究と位置づけるものである。また、今後の喫茶文化史や茶道史研究の一助になれば幸いである。 なお凡例については、一部追加変更があったため、変更点を加えて再掲する。 凡 例 ■本論で紹介する史料は、鎌倉期禅僧の喫茶、茶に関する史料であり、かつ管見に触れたものすべてである。ここで収集 した鎌倉期禅僧の史料とは、鎌倉時代の元弘三年(一三三三)までに示寂している僧侶の史料に留めている。ただし、栄 西撰述の『喫茶養生記』については、それそのものが喫茶史料であり、またすでに多くの注釈が存するため、本論では内 容の翻刻や注釈は行なっていない。 ■提示する禅僧の順番は、示寂した年時による。ただし、月峰了然は、師である蘭渓道隆よりも早くに示寂しているが、 師弟関係にあることを重んじ、蘭渓道隆の次に掲載している。 ■道元の著述に関しては、分量も種類も多いため、最初に喫茶の実情が文脈の中から解り易い清規関係の著述を載せ、次 に 公 案 集 で あ る 真 字『 正 法 眼 蔵 』、 こ れ を 踏 ま え た 著 述 で あ る 七 十 五 巻 本『 正 法 眼 蔵 』、 説 法 録 で あ る『 永 平 広 録 』、 最 後 にその他の著述などを順に掲載した。 ■『正法眼蔵抄』に関しては、道元の『正法眼蔵』の注釈書であり、基本的に同じ文言が収録されている。そこで、注釈 のうち、当時の喫茶文化などが知り得る記述を含む記事を紹介することとした。 ■最初に翻刻を載せ、次に語注、次に訳文を載せた。書誌情報は、それぞれの語注の冒頭に記した。出典など細かい注に ついては補注として最後に一括し掲載している。なお、注釈においては、花園大学国際禅学研究所所長の野口善敬先生の ご指導を賜った。また、 「鎌倉期禅僧の喫茶史料集成ならびに訓註(中) 」からは、花園大学非常勤講師の本多道隆先生の ご指導とご助力を頂いた。
■訳文については、あくまで限られた情報から導き出される範囲のものであり、多くの問題を含んでいるため、参考程度 に留めて頂きたい。また、訳文の後に、それぞれの文献における喫茶史料としての位置づけを【 】で記し、内容の要約 や、喫茶史料としての見解を記した。 ■漢字仮名交じり文で構成される『正法眼蔵』については、道元自身が重要と思われる部分を漢文(中国語)のまま記し ているので、この部分は文中に( )で訓読文を掲載した。 ■使用する漢字は、常用漢字を基本とし、旧字体は新字体に直し、適宜、句読点訓点を付した。 ■出典に用いた史料のうち、主立った書籍の略称は以下の通り。大正新脩大蔵経=大正蔵、卍続蔵経=続蔵、大日本仏教 全書(大日本仏教全書刊行会)=大日仏、蘭渓道隆禅師全集(大本山建長寺)=蘭渓全、五山文学全集=五山全、五山文 学新集=五山新、道元禅師全集(春秋社)七巻本=道元①、道元禅師全集(春秋社)十七巻本=道元②、栄西禅師集(大 本山建仁寺)=栄西禅、続群書類従(続群書類従完成会)=続群、禅林墨蹟(思文閣出版)=禅墨。 [史料 7― 1]『仏光国師語録』巻三「建長寺語録」 初祖忌上堂。不住中天、求大乗器。一錫飄然、走十万里。顧視左右、良久云、扶桑日出海門東。熨斗煎茶銚 不同。 [ 訓 ] 初 しょ 祖 そ 忌 き の 上 堂。 「 中 ちゅうてん 天 に 住 とど ま ら ず、 大 だいじょう 乗 の 器 き を 求 もと む。 一 いっしゃくひょうねん 錫 飄 然 と し て、 十 万 里 を 走 る 」 と。 左 右 を 顧 こ 視 し し、 良 りょうきゅう 久 して云く、 「 扶 ふ 桑 そう は日 出 い づ 海 かい 門 もん の 東 ひがし 。 熨 うつ 斗 と に 茶 ちゃ を 煎 に るも 銚 ちょう と同じからず」と。 ○無学祖元…臨済宗破庵派の無学祖元(一二二六~一二八六)のこと。 [補 1]。○『仏光国師語録』は、鎌倉後期の 渡 来 僧 で あ る 無 学 祖 元 の 語 録 で、 『 新 纂 禅 籍 目 録 』( 駒 澤 大 学 図 書 館、 一 九 六 二 年、 四 一 六 頁 ) に よ れ ば、 応 安 元 年 (一三六八)以前の五山版、応安元年、応安三年、嘉慶二年(一三八八) 、室町時代の五山版の他、江戸時代には、寛
文 四 年( 一 六 六 四 )、 宝 永 二 年( 一 七 〇 五 )、 享 保 十 一 年( 一 七 二 六 ) に も 刊 行 さ れ て い る。 な お、 『 大 正 新 修 大 蔵 経 』 収 録 の も の は、 享 保 十 一 年 版 に 基 づ く も の で あ る。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 一 四 九 c ]。 ○ 初 祖 忌 上 堂 … 達 磨 忌 上 堂。 十 月 五 日、 達 磨 が 示 寂 し た 日 に 行 な う 上 堂。 ○ 初 祖 … 中 国 禅 宗 初 祖、 達 磨 の こ と[ 補 2]。 ○ 中 天 … 中 天 竺の略。五天竺のうちの一つ。○大乗器…大乗の教えに従って悟りを得るべき資質を具えた人。○飄然…風にひるが えるさま。何ごとにもとらわれないさまを指す。○顧視…振り返って見ること。かえりみること。○扶桑…中国の東 方海上の島にあるという神木の名。日本を指す。○海門…海峡。○熨斗煎茶銚不同…火のしで茶をいれるのは、銚で 茶 を い れ る の と は 違 う[ 補 3]。 ○ 熨 斗 … の し。 火 の し。 火 を 中 に 入 れ て 用 い る ア イ ロ ン。 ○ 煎 茶 … 茶 を い れ る こ と [補 4]。○銚…柄とつぎ口がある器具。湯を沸かしたり物を煮たりする。後には、きゅうすのことも指す。 [ 訳 ] 初 祖 忌 の 上 堂。 「〔 初 祖 達 磨 は 〕 中 天 竺 ( イ ン ド ) に と ど ま ら ず、 大 乗 の 教 え を 受 け 止 め る 器 量 の あ る 人 を 求 め た。 錫 杖 を も っ て 飄 々 と、 十 万 里 を 行 く 」 と。 左 右 を 振 り 返 っ て、 し ば ら く し て か ら 言 っ た、 「 海 峡の東にある扶桑 (日本) に日が昇った。熨斗 (火のし) で茶を煎るのは銚〔で茶を煎るの〕とは違う〔よう に、形は似ていても同じではないぞ〕 」と。 【古則公案の提示】 【茶道具】 【銚】 〔唐代において〕本来は銚で茶をいれる。古則公案の提示ではあるが、日 本 の 修 行 僧 に 対 し て、 形 が 似 て い る が 別 の も の で あ る 例 示 と し て、 熨 斗 ( 火 の し ) と 銚 を 提 示 し て い る。 熨 斗 ( 火 の し ) で 茶 を い れ る こ と を 見 当 違 い の 方 法 と 示 す 以 上、 茶 を い れ る 道 具 と し て 銚 が 知 ら れ て い た 状 況 を示唆している。 [史料 7― 2]『仏光国師語録』巻三「建長寺語録」 上堂。作麼生休得也。没処去。之乎者。釈迦老漢、六年雪山、達磨老胡、九載少林。驀召大衆、卓拄杖云、
漆桶喫茶去。 [ 訓 ] 上 堂。 「 作 そ 麼 も 生 さん か 休 きゅうとく 得 す や。 没 もっ 処 しょ に 去 さ れ。 之 し 乎 こ 者 しゃ 。 釈 しゃ 迦 か 老 ろう 漢 かん は 六 ろく 年 ねん 雪 せつ 山 ざん 、 達 だる 磨 ま 老 ろう 胡 こ は 九 くさいしょう 載 少 林 りん 」 と。 驀 まく に 大 だい 衆 しゅ を 召 め して、 拄 しゅじょう 杖 を 卓 たく して云く、 「 漆 しっ 桶 つう 、 喫 きっ 茶 さ 去 こ 」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 一 五 二 c ]。 ○ 休 得 … け り を つ け て し ま う。 ○ 没 処 … 何 も 得 ら れ な い と こ ろ。 ○ 之 乎 者 …之乎者也に同じ。すべて文語の助字で、それをもてあそぶのは知識人の得意のするところの意で、学識をひけらか す人。○釈迦老漢六年雪山…出家した悉達多(シッダッタ)が雪山(ヒマラヤ)で六年間苦行したこと。○達磨老胡 九 載 少 林 … 達 磨 が 嵩 山 少 林 寺 で 九 年 間 面 壁 坐 禅 し た こ と。 ○ 達 磨 … 中 国 禅 宗 初 祖、 達 磨 の こ と[ 補 1]。 ○ 漆 桶 … く ろうるしの桶。道理のわからないものを罵ることば。○喫茶去…茶を飲みに行け。茶を飲んでから出直して来い。 [ 訳 ] 上 堂。 「 ど の よ う に し て け り を つ け て や ろ う か。 何 も 得 ら れ な い と こ ろ に 向 か っ て 行 け。 文 字 を 玩 もてあそ ぶ 者 た ち よ。 釈 迦 は 六 年 間 雪 山 で 苦 行 し、 達 磨 は 九 年 間 少 林 寺 で 面 壁 し た〔 で は な い か 〕」 と。 い き な り 修 行 僧を呼び寄せ、拄杖を立てて言った、 「分からず屋め、茶を飲みに行って〔出直して〕来い」と。 【 古 則 公 案 の 提 示 】「 趙 州 喫 茶 去 」 の 公 案 に 基 づ く が、 修 行 僧 へ の 上 堂 の 締 め く く り と し て、 実 際 に「 喫 茶 去」と述べた言葉である。 [史料 7― 3]『仏光国師語録』巻三「建長寺語録」 謝允賢二上人、栽松上堂。黄檗会裏、巨福山前、栽松種栝、公案宛然。已見龍蛇影動、重重翠蓋、参天和風、 四合禽鳥声喧。釅茶三五盌、意在钁頭辺。参。 [ 訓 ] 允 いん ・ 賢 けん の 二 上 しょうにん 人 、 松 まつ を 栽 う え る を 謝 しゃ す る 上 堂。 「 黄 おう 檗 ばく 会 え 裏 り 、 巨 こ 福 ふく 山 さん 前 ぜん 。 松 を 栽 う え 栝 かい を 種 う う る は、 公 案 宛 えん
然 ねん たり。 已 た だ 龍 りゅうだ 蛇 の影の動くを見れば、 重 ちょうちょう 重 たる 翠 すい 蓋 がい 、 参 さん 天 てん たる 和 わ 風 ふう 、 四 し 合 ごう の 禽 きんちょう 鳥 声 喧 かまびす し。 釅 げん 茶 ちゃ 三五 盌 わん 、 意 い は 钁 かく 頭 とう 辺 へん に 在 あ り。 参 さん 」と。 ○掲載書籍…[大正蔵八〇・一五三c] 。○黄檗…南嶽下の黄檗希運(生没年不詳)のこと[補 1]。○巨福山…巨福 山 は 建 長 寺 の 山 号。 鎌 倉 山 ノ 内 の 巨 福 山 建 長 寺 の こ と[ 補 2]。 ○ 公 案 … こ こ で は、 「 臨 済 栽 松 」 の 公 案[ 補 3]。 ○ 宛然…まるで。ちょうど。そっくりそのまま。○龍蛇…龍と蛇。松の枝振りを龍蛇にたとえたもの。○重重…幾重に も重なり合うさま。○参天…天にのぞむ。天にとどく。○和風…春風。のどかな風。○四合…四方から合わさる。○ 禽 鳥 … と り。 ○ 釅 茶 三 五 盌、 意 在 钁 頭 辺 …[ 補 4]。 ○ 釅 茶 … 濃 い 茶。 ○ 盌 … 小 さ い 盃。 ○ 钁 頭 … 钁 は ク ワ。 ○ 参 … 参究を促す気合いの言葉。 [ 訳 ] 允 と 賢 の 二 人 の 上 人 が、 松 を 栽 え た こ と に 感 謝 す る 上 堂。 「 黄 檗 の 会 下 と、 巨 福 山 の 前。 松 を 栽 え 栝 ( ビ ャ ク シ ン ) を 種 う え た の は、 〔 臨 済 栽 松 の 〕 公 案 そ っ く り そ の ま ま で あ る。 た だ 龍 蛇 の ご と く う ね る 松 の 枝 葉は、重なりあって覆いかぶさり、天にとどこうほどの春の風が吹きあがると、四方から集まってきた鳥た ちの声はさわがしい。 釅 げん 茶 ちゃ (濃い茶) 十五杯、真意はクワにある。参 (参究せよ) 」と。 【 古 則 公 案 の 提 示 】【 茶 の 飲 み 方 】「 釅 茶 三 五 盌、 意 在 钁 頭 辺 」 は 古 則 公 案 の 提 示 で あ る が、 あ る い は 実 際 に 円覚寺において 釅 げん 茶 ちゃ (濃い茶) も飲まれていたか。 [史料 7― 4]『仏光国師語録』巻三「建長寺語録」 上堂。挙、臨済有時奪人不奪境。有時奪境不奪人。有時人境両倶奪。有時人境倶不奪。召大衆云、若作四句 下語、又墮人境中、山僧不在人境内。若作一句下語、又離却人境、山僧不在人境外。是汝諸人作麼与吾相見。
擲下拄杖云、漆桶喫茶去。 [ 訓 ] 上 堂。 挙 こ す、 「 臨 りん 済 ざい 、 有 あ る 時 は 人 を 奪 うば う も 境 きょう を 奪 わ ず。 有 る 時 は 境 を 奪 う も 人 を 奪 わ ず。 有 る 時 は 人 にん 境 きょう 両 ふたつ ながら 倶 とも に奪う。有る時は人境倶に奪わず」と。 大 だい 衆 しゅ を 召 め して云く、 「 若 も し 四 し 句 く の 下 あ 語 ご を 作 な さば、 又 ま た 人境中に 墮 だ するも、山僧は人境の 内 うち に 在 あ らず。 若 も し 一 いっ 句 く の下語を 作 な さば、又た 人 にんきょう 境 を 離 りきゃく 却 するも、山僧は 人 にん 境 きょう の外に 在 あ らず。 是 こ れ 汝 なんじしょにん 諸 人 、 作 な 麼 ん としてか 吾 われ と 相 しょうけん 見 せん」と。 拄 しゅじょう 杖 を 擲 てき 下 げ して云く、 「 漆 しっ 桶 つう 、 喫 きっ 茶 さ 去 こ 」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 一 六 二 a ]。 ○ 臨 済 有 時 ~ 境 倶 不 奪 …[ 補 1]。 ○ 臨 済 … 南 嶽 下 の 臨 済 義 玄(?~ 八 六 七 ) の こ と[ 補 2]。 ○ 人 境 … 人 と 境。 人 は 我 で、 境 は 法。 主 観 と 客 観。 ○ 下 語 … コ メ ン ト を つ け る。 ○ 相 見 … お 互 いに相い見える。拝顔する。○擲下…投げ下ろす。投げ捨てる。○漆桶…くろうるしの桶。道理のわからないものを 罵ることば。○喫茶去…茶を飲みに行け。茶を飲んでから出直して来い。 [ 訳 ] 上 堂。 挙 す、 「 臨 済 義 玄 は、 あ る 時 は 人 ( 主 観 ) を 奪 う も 境 ( 客 観 ) を 奪 わ な い。 あ る 時 は 境 ( 客 観 ) を 奪 う も 人 ( 主 観 ) を 奪 わ な い。 あ る 時 は 人 ( 主 観 ) ・ 境 ( 客 観 ) を 二 つ と も に 奪 う。 あ る 時 は 人 ( 主 観 ) ・ 境 ( 客 観 ) を と も に 奪 わ な い 」 と。 大 衆 ( 修 行 僧 ) を 集 め て か ら 言 っ た、 「 も し 四 つ の 句 す べ て に 下 語 ( コ メ ン ト ) を 付 け る な ら、 さ ら に 人 ( 主 観 ) ・ 境 ( 客 観 ) の 中 に 墮 ち い る が、 私 は、 人 ( 主 観 ) ・ 境 ( 客 観 ) の 内 に い るわけではない。もし一つの句に対して下語 (コメント) を付けるなら、さらに人 (主観) ・境 (客観) から離 れ る が、 私 は 人 ( 主 観 ) ・ 境 ( 客 観 ) の 外 に い る わ け で は な い。 さ て 諸 君、 〔 人 境 の 内 に い る わ け で も 外 に い る わ け も で な い 〕 私 と ど の よ う に 相 い 見 え る の か 」 と。 拄 杖 を 投 げ 下 ろ し て か ら 言 っ た、 「 分 か ら ず 屋 め、 茶を飲みに行って〔出直して〕来い」と。 【 古 則 公 案 の 提 示 】「 趙 州 喫 茶 去 」 の 公 案 に 基 づ く が、 修 行 僧 へ の 上 堂 の 締 め く く り と し て、 実 際 に「 喫 茶
去」と述べた言葉である。 [史料 7― 2]に同じ。 [史料 7― 5]『仏光国師語録』巻三「建長寺語録」 上堂。西天胡子没髭鬚、楚鶏不是丹山鳳。会則塵毛刹海、不会則当処生芽。摘楊華、摘楊華。卓拄杖云、釣 糸絞水、熨斗煎茶。 [ 訓 ] 上 堂。 「 西 さい 天 てん の 胡 こ 子 す 髭 し 鬚 しゅ 没 な し、 楚 そ 鶏 けい は 是 こ れ 丹 たん 山 ざん の 鳳 おおとり な ら ず。 会 え せ ば 則 すなわ ち 塵 じん 毛 もう は 刹 さっ 海 かい な り、 会 せ ざ れ ば 則 ち 当 とう 処 しょ に 芽 め を 生 しょう ず。 摘 てき 楊 よう 華 か 、 摘 楊 華 」 と。 拄 しゅじょう 杖 を 卓 たく し て 云 く、 「 釣 ちょうし 糸 も て 水 を 絞 しぼ り、 熨 うつ 斗 と も て 茶 を 煎 に る 」 と。 ○掲載書籍…[大正蔵八〇・一六三a] 。○西天胡子…西天胡国の人。達磨のこと[補 1]。○髭鬚…ひげ。○楚鶏不 是 丹 山 鳳 … 楚 国 の 鶏 は 丹 山 の 鳳 で は な い[ 補 2]。 ○ 塵 毛 … 塵 毛 は 羽 毛 の 先。 ○ 刹 海 … 刹 土 大 海 で、 海 陸 の お よ ぶ す べ て の 世 界。 ○ 摘 楊 華 … 空 中 に 舞 い 飛 ぶ 柳 りゅうじょ 絮 ( 柳 の 種 ) を と ろ う と 追 い か け る。 も と は 子 供 の 遊 び で あ り、 「 摘 楊 華」とはやし立てながら追って走り回った。○釣糸絞水…釣り糸で水をしぼる。見当違いの方法。○熨斗煎茶…熨斗 煎 茶 銚 不 同。 火 の し で 茶 を い れ る の は、 銚 で 茶 を い れ る の と は 違 う[ 補 3]。 ○ 熨 斗 … の し。 火 の し。 火 を 中 に 入 れ て 用 い る ア イ ロ ン。 ○ 煎 茶 … 茶 を い れ る[ 補 4]。 ○ 銚 … 柄 と つ ぎ 口 が あ る 器 具。 湯 を 沸 か し た り 物 を 煮 た り す る。 きゅうす。 [ 訳 ] 上 堂。 「 西 天 ( イ ン ド ) の 達 磨 に ヒ ゲ が 無 く、 楚 鶏 は 丹 山 の 鳳 で は な い。 こ れ を 理 解 で き た な ら ば 細 か な毛すじが全世界すべてとなり、理解できなかったならたちどころに〔煩悩の〕芽が出てくる。摘楊華、摘 楊 華 」 と。 拄 杖 を 立 て て 言 っ た、 「 釣 糸 で 水 を 絞 り、 熨 斗 ( 火 の し ) で 茶 を 煎 る〔 よ う な 見 当 違 い な こ と を や
らかしている〕 」と。 【 古 則 公 案 の 提 示 】【 茶 道 具 】【 銚 】 古 則 公 案 の 提 示 で は あ る が、 日 本 の 修 行 僧 に 対 し て、 形 が 似 て い る が 別 の も の で あ る 例 示 と し て、 熨 斗 ( 火 の し ) と 銚 を 提 示 し て い る。 熨 斗 ( 火 の し ) で 茶 を い れ る こ と を 見 当 違 い の方法と示す以上、茶をいれる道具として銚が知られていた状況を示唆している。 [史料 7― 1]も参照。 [史料 7― 6]『仏光国師語録』巻七「法語」 「高橋道妙入道請益」 高橋道妙入道請益、生死事大、無常迅速、於日用間、如何修行。師云、你動歩時、亦不用問如何。亦不用修 行。擬著即差。妙云、不渉擬著、如何用心。師云、且喫茶。妙云、誰喫茶。師云、不教爾喫。妙云、今日事 且止。某甲参得一切空。於是事如何。師云、你還著衣喫飯麼。妙云、飢則喫飯、寒則著衣。師云、一切既空、 因甚有飢有寒。 [ 訓 ] 高 こうきょうどうみょうにゅうどう 橋 道 妙 入 道 、 請 しん 益 えき す、 「『 生 しょうじ 死 事 じ 大 だい 、 無 むじょう 常 迅 じん 速 そく 』 と、 日 にち 用 ゆう の 間 かん に 於 お い て、 如 い 何 か に か 修 行 せ ん 」 と。 師 云 く、 「 你、 動 どう 歩 ほ す る 時、 亦 ま た 如 い 何 か ん と 問 と う を 用 もち い ず。 亦 ま た 修 行 を 用 もち い ず。 擬 ぎじゃく 著 す れ ば 即 すなわ ち 差 たが う 」 と。 妙 云 く、 「 擬 ぎじゃく 著 に 渉 かかわ ら ず、 如 い 何 か に 用 よう 心 じん せ ん 」 と。 師 云 く、 「 且 しば ら く 茶 を 喫 せ よ 」 と。 妙 云 く、 「 誰 か 茶 を 喫 せ ん」と。師云く、 「 爾 なんじ をして喫せしめず」と。妙云く、 「今日の事、 且 しば らく 止 や む。 某 それ 甲 がし 、 一 いっ 切 さい 空 くう に 参 さん 得 とく す、 是 こ の 事 じ に 於 お いては 如 い か ん 何 」と。師云く、 「你、 還 は た 著 じゃくえ 衣 喫 きっ 飯 ぱん するや」と。妙云く、 「 飢 う えば 則 すなわ ち飯を喫し、 寒 かん なれ ば則ち 衣 え を 著 き る」と。師云く、 「一切既に空なれば、 甚 なん に 因 よ ってか 飢 き 有り 寒 かん 有る」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 二 一 〇 b ]。 ○ 高 橋 道 妙 入 道 … 不 詳。 ○ 請 益 … い っ た ん 教 え を 受 け た 後 に、 不 明 な 点 に ついて再び教えを願うこと。○生死事大、無常迅速…生死はほかならぬ自分自身の一大事であり、速やかに解決すべ
き問題である。○日用…日々用いること。毎日の入用。平常のこと。○擬著…さしむける。○是事…仏法の一大事。 ○著衣喫飯…衣服を身に著け、飯を食べる。日常の動作。○飢則喫飯、寒則著衣…[補 1]。 [ 訳 ] 高 橋 道 妙 入 道 が 教 え を 請 う た、 「『 生 死 事 大、 無 常 迅 速 ( 死 は ほ か な ら ぬ 自 分 自 身 の 一 大 事 で あ り、 速 や か に 解 決 す べ き 問 題 で あ る ) 』 と〔 言 い ま す が 〕、 日 常 の 生 活 の 中 で、 ど の よ う に 修 行 し た ら よ い で す か 」 と。 師 ( 無 学 祖 元 ) が 言 っ た、 「 君 が 歩 く 時、 ど の よ う に〔 歩 く か、 な ど 〕 と 問 わ な い。 修 行 に つ い て も 同 じ で〔 ど の よ う に 修 行 す る の か、 な ど と 〕 問 わ な い も の で あ る。 〔 心 を 〕 差 し 向 け て し ま え ば た ち ま ち 間 違 っ て し ま う」と。道妙が言った、 「〔心を〕差し向けずに、どのように心をはたらかせるのですか」と。師が言った、 「 ま あ、 お 茶 で も 飲 ん で い き な さ い 」 と。 道 妙 が 言 っ た、 「 誰 が 茶 を 飲 む の で す か 」 と。 師 が 言 っ た、 「 君 に 茶 を 飲 ま せ る の で は な い 」 と。 道 妙 が 言 っ た、 「 今 の 事 は さ て お き、 私 は 一 切 空 を 学 び ま し た が、 こ の こ と はいかがでしょうか」と。師が言った、 「君は衣を着たりご飯を食べたりしますか」と。道妙が言った、 「お 腹 が 空 け ば ご 飯 を 食 べ、 寒 く な れ ば 衣 を 著 ま す 」 と。 師 が 言 っ た、 「 一 切 が 空 で あ る な ら、 ど う し て お な か が空いたり寒くなったりするのか」と。 【 客 人 に 対 す る 喫 茶 】 無 学 祖 元 が、 方 丈 に 入 室 参 禅 し た 高 橋 道 妙 入 道 に 対 し、 途 中 で 茶 を 飲 む よ う に 勧 め て いる。喫茶は入室参禅の際の常套的な説化方法として用いられている。鎌倉時代に、禅僧が参禅した相手に 対して茶をふるまっている事例である。 [史料 7― 7]『仏光国師語録』巻七「法語」 「如仙房一日礼師将偈呈所解」 師云、你為客不欲施辣手。且坐喫茶。仙乞偈。師書偈示之、一喝偸心死、重重透活機。声前不掉臂、句外却
揚眉。 [ 訓 ] 師 云 く、 「 你、 客 きゃくた 為 れ ば、 辣 らっ 手 しゅ を 施 ほどこ す を 欲 ほっ さ ず。 且 しば ら く 坐 ざ し て 喫 茶 せ よ 」 と。 仙、 偈 げ を 乞 こ う。 師、 偈 を 書 し て 之 に 示 す、 「 一 いっ 喝 かつ す れ ば 偸 ちゅうしんし 心 死 し、 重 ちょうちょう 重 と し て 活 かっ 機 き に 透 とお る。 声 せい 前 ぜん に 掉 ちょうひ 臂 せ ず ん ば、 句 く 外 がい に 却 かえ っ て 眉 まゆ を 揚 あ ぐ」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 二 一 二 a ]。 ○ 辣 手 … 辣 腕。 す ご い 腕 前。 ○ 且 坐 喫 茶 … ま あ す わ っ て 茶 で も 召 し 上 が れ。 ○偸心…他に求める心。外に向かって分別する心。○重重…いくじゅうにも重なるさま。おびただしいさま。○活機 …悟りに通じる資質。活作略。活きたはたらき。○掉臂…大きく腕を振って通りすぎる。顧みないさま。○揚眉…揚 眉瞬目。眉をあげたりまばたきしたりして、修行者にヒントを与える仕草。 [ 訳 ] 師 ( 無 学 祖 元 ) が 言 っ た、 「 君 は お 客 さ ん で す か ら、 悪 辣 な 手 だ て を 施 そ う と は 思 い ま せ ん。 ま あ、 お 座りになって茶でもおあがりなさい」と。如仙房は、 〔師に〕偈を求めた。師が偈を書いて彼に示した、 「一 喝 す れ ば 偸 心 ( 分 別 し て し ま う 心 ) は 死 に 絶 え、 十 分 に 活 機 ( 活 き 活 き と し た は た ら き ) に 透 徹 す る。 一 喝〔 と い う 声 で 表 現 さ れ る 〕 以 前 の と こ ろ を 自 在 に 闊 歩 し な い な ら、 句 外 ( 言 葉 で は 伝 え き れ な い と こ ろ ) で 眉 を あ げ〔それとなくヒントを与え〕ることになる」と。 【 客 人 に 対 す る 喫 茶 】 無 学 祖 元 が、 如 仙 房 に 対 し、 坐 っ て 茶 を 飲 む よ う に 促 し て い る。 鎌 倉 時 代 に 禅 僧 が 方 丈に入室した客人に対して、茶をふるまっている事例といえる。 [史料 7― 8]『仏光国師語録』巻八「仏祖賛」 四祖
負大医名、囊無一薬。信手拈来、馬糞茶脚。贋本都来不似像、至今百草空惆悵。 [訓]四祖 大 だい 医 い の名を 負 お うも、 嚢 ふくろ に 一 いち 薬 やく 無し。手に 信 まか せて 拈 ねん じ 来 きた れば、 馬 ば 糞 ふん も 茶 さきゃく 脚 なり。 贋 がん 本 ほん 、 都 すべ て 来 き たるも 像 ぞう に 似 に ず、 今に 至 いた るも 百 ひゃくそうむな 草空 しく 惆 しゅうちょう 悵 なり。 ○掲載書籍…[大正蔵八〇・二一七a] 。○四祖…四祖道信(五八〇~六五一)のこと[補 1]。○大医…四祖道信が 代宗より諡された禅師号。○馬糞茶脚…[補 2]。○茶脚…具体的には不詳。薬の名か[補 3]。○贋本…にせもの。 ○惆悵…なげきかなしむ。 [訳]四祖〔道信に対する仏祖賛〕 「 大 医 ( 偉 大 な 医 者 ) 」 と い う 名 で あ る が、 袋 に 薬 は 一 つ も 入 っ て い な い。 手 あ た り し だ い 取 っ て く る と、 馬 の 糞 さ え も 茶 脚 ( 薬 ) と な る。 贋 物 は 皆 や っ て 来 る が〔 本 物 の 〕 像 すがた に は 似 て お ら ず、 今 な お、 も ろ も ろ の 草 たちは空しくなげきかなしんでいる。 【 茶 脚 と し て の 使 用 】 直 接 的 な 喫 茶 史 料 で は な い。 茶 脚 は、 茶 の 木 か ら 取 れ る と 推 定 さ れ る 薬 の こ と か。 茶 の抗菌作用をもった消毒薬のことかと推定される。茶の抗菌作用が渡来禅僧によって紹介されていた可能性 を示唆する。 [史料 7― 9]『仏光国師語録』巻八「偈頌」 題金魚版 二 道是魚時還有角、雖然有角却非龍。一声霹靂驚天地、躍出趙州茶盤中。
良冶烹成大法材、通身鱗甲起風雷。有人扣著西来意、海蔵龍宮尽豁開。 [訓]金魚版に題す 二 道は 是 こ れ魚の時は 還 ま た 角 つの 有り、 然 しか りと 雖 いえど も 角 つの 有れば 却 かえ って龍に 非 あら ず。 一 いっ 声 せい の 霹 へき 靂 れき は天地を 驚 おどろ かし、 趙 じょうしゅう 州 を 茶 さ 盤 ばんちゅう 中 に 躍 やくしゅつ 出 す。 良 りょうや 冶 、 大 だい 法 ほう の 材 ざい を 烹 ほうじょう 成 し、 通 つう 身 しん 鱗 りん 甲 こう に し て 風 ふう 雷 らい 起 お こ る。 人 有 あ り て 西 せい 来 らい 意 い を 扣 こうじゃく 著 す れ ば、 海 かいぞうりゅうぐう 蔵 龍 宮 尽 ことごと く 豁 かっ 開 かい なり。 ○掲載書籍…[大正蔵八〇・二二三a] 。○金魚版…不詳。魚の形をした金属製の音を鳴らす法具か[補 1]。○霹靂 …雷が激しく鳴る。○趙州茶盤中…「趙州喫茶去」の公案を踏まえる[補 2]。○茶盤…茶器を載せる盆[補 3]。○ 躍出…おどり出る。○良冶…技の巧みな鍛冶屋。○烹成…ここでは、鍛冶屋が鋳造鍛錬したことを指す。○鱗甲…う ろことこうら。○西来意…祖師西来意の略。祖師(達磨)がインドから中国にやってきた真意を問うもの。○扣著… 参問する。著は動作の完成をあらわす助字。○海蔵…伝説の大海である龍宮の法蔵。○龍宮…伝説の大海の底にある、 龍王の宮殿。○豁開…開豁。開けて広いさま。 [訳]金魚版に題す 二首 〔 仏 〕 道 は、 魚 の〔 姿 を し て い る 〕 時 は 角 が 有 る。 し か し 角 が 有 る か ら、 か え っ て 龍 で な い の だ。 激 し い 雷 のような〔金魚版の〕一声は天地をゆり動かし、趙州の〔公案を〕茶盤中に彷彿させる。 優 れ た 鍛 冶 屋 が、 仏 法 の 材 を 鍛 錬 し、 体 中 の 鱗 で 風 と 雷 を 起 こ し て い る。 〔 祖 師 〕 西 来 意 を 問 う 者 が あ れ ば、 海蔵も龍宮もすべて開けひらかれている。 【 仏 教 行 事 に お け る 喫 茶 】 金 魚 版 を 打 つ 時 に 喫 茶 を 伴 う 仏 教 行 事 が あ っ た よ う で あ る。 金 魚 板 が ど の よ う な
法具なのかは不明。 [史料 7― 10]『仏光国師語録』巻十「無学禅師行状」 九月旦、茗会両序、備示出世始末及手書、訣別檀越隣封道旧。即集衆諄複訓厲、以法道為己任。至晩需湯沐 浴、更衣端坐、索筆書偈云、来亦不前、去亦不後。百億毛頭師子現、百億毛頭師子吼。寘筆而逝。 [訓]九月旦、 両 りょうじょ 序 と 茗 めい 会 え して、 備 つぶさ に 出 しゅっせ 世 の 始 し 末 まつ 及 およ び 手 しゅ 書 しょ を 示 しめ し、 檀 だん 越 のつ ・ 隣 りん 封 ぽう ・ 道 どうきゅう 旧 に 訣 けつ 別 べつ す。 即 すなわ ち 衆 しゅ を集 め、 訓 くん 厲 れい を 諄 じゅんぷく 複 し、 法 ほう 道 どう を 以 もっ て 己 こ 任 にん と 為 な す。晩に 至 いた り湯を 需 もと め 沐 もく 浴 よく し、 更 こう 衣 え 端 たん 坐 ざ し、筆を 索 もと めて 偈 げ を書して 云 く、 「 来 き た る も 亦 ま た 前 まえ な ら ず、 去 さ る も 亦 た 後 な ら ず。 百 ひゃくおくもうとう 億 毛 頭 に 師 し 子 し 現 わ れ、 百 億 毛 頭 に 師 子 吼 ほ え る 」 と。 筆を 寘 お きて 逝 ゆ く。 ○「無学禅師行状」にはいくつかの種類があるが、ここで提示したものは、中国僧の霊石如芝の撰による無学祖元の 伝記史料であり、 『仏光国師語録』巻十に収録されている。○掲載書籍…[大正蔵八〇・二三八c] 。○茗…上等な茶。 ○ 両 序 … 禅 宗 寺 院 で、 寺 院 運 営 に お け る 東 序( 東 班 ) と 西 序( 西 班 ) の こ と[ 補 1]。 ○ 出 世 始 末 … 出 世 は 世 俗 の 世 界から脱出すること。出世の始末で、仏門に投じてからの足跡。○檀越…ここでは、鎌倉九代執権の北条貞時(一二 七 一 ~ 一 三 一 一 ) の こ と[ 補 2]。 ○ 隣 封 … 境 界 の 接 し た 寺。 隣 の 寺。 ○ 道 旧 … 旧 友 の こ と。 ○ 訣 別 … 分 か れ る こ と。 ○諄複…何度もくりかえす。○訓厲…教え励ますこと。○法道…仏法。○己任…おのれの行なうべき任務。○沐浴… 身体を洗って身を清めること。○更衣…衣を着替えること。○端坐…正しく坐る。坐禅の姿をとること。○来亦不前、 去 亦 不 後 ~ 百 億 毛 頭 師 子 吼 …[ 補 3]。 ○ 百 億 毛 頭 … 人 体 に 具 わ る 百 億 も の 毛 先。 ○ 師 子 … 獅 子。 百 獣 の 王。 ラ イ オ ン。 [ 訳 ] 九 月 一 日、 両 序 の 僧 侶 た ち と 会 し て 茗 ( 上 等 な 茶 ) を 飲 み、 こ れ ま で の〔 自 ら の 〕 足 跡 と 書 状 を 細 か
に 書 い て、 檀 越・ 隣 寺・ 旧 友 に〔 今 生 の 〕 別 れ を 告 げ た。 〔 間 を お か ず に 〕 す ぐ に、 修 行 僧 を 集 め て 何 度 も 叱咤激励し、仏法を自己の務めとした。夜になると、湯を求めて沐浴し、衣を着替えて坐禅し、筆をもとめ て 遺 偈 を 書 い て、 「 来 る も 亦 た 前 で は な い、 去 る も 亦 た 後 で は な い。 百 億 の 毛 に〔 百 億 の 〕 獅 子 が 現 わ れ、 百億の毛に〔百億の〕獅子が吼えている」と。 〔書き終えると〕筆を置いて示寂した。 【 特 為 茶 の 一 例 】 無 学 祖 元 の 行 状 に よ れ ば、 死 期 を 察 し た 無 学 祖 元 が 九 月 一 日 に 茗 ( 上 等 な 茶 ) を 両 序 ( 両 班) に供養している。特別な時には、あえて茗をもって供養していたと考えられる。 [史料 7― 11]『仏光国師語録』巻十「無学禅師行状」 九月初一日、師両班会茶、亦赴参請如常。 [訓]九月初一日、師、 両 りょうばん 班 と茶を会すも、亦た 参 さんしょう 請 に赴くこと常の如し。 ○「無学禅師行状」にはいくつかの種類があるが、ここで提示したものは、鎌倉後期の入宋僧である無象静照の撰に よ る 無 学 祖 元 の 伝 記 史 料 で あ り、 『 仏 光 国 師 語 録 』 巻 十 に 增 附 と し て 収 録 さ れ て い る。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 大 正 蔵 八 〇・ 二四一a] 。○両班…両序。禅宗寺院で、寺院運営における東序(東班)と西序(西班)のこと[補 1]。○参請…師 に拝見し教えを請い法益を受けること。 [ 訳 ] 九 月 初 一 日、 師 ( 無 学 祖 元 ) は、 両 班 の 僧 た ち と 会 し て 茶 を 飲 ん だ が、 い つ も 通 り 参 請 ( 弟 子 と 見 まみ え て 教えを説く場) に赴いた。 【 特 為 茶 の 一 例 】 無 学 祖 元 の 行 状 に よ れ ば、 死 期 を 察 し た 無 学 祖 元 が 九 月 一 日 に、 両 序 ( 両 班 ) と と も に 茶 会を開催している。
[史料 7― 12]「無学祖元書状」 料想、尊体已奏 勾 (芍) 薬之喜。万望、堪忍世相、久住人間。庶可層芘末属也、不宣。 「普門院 (長方印) 」 福山弟祖元九拝 上復 茶扇之恵併賦別臆 [訓] 料 はか り 想 おも うに、 尊 そん 体 たい 已に 勾 しゃくやく 薬 の喜を 奏 そう すと。 万 ばん 望 ぼう すらくは、 世 せ 相 そう を 堪 かん 忍 にん し、人間に久住されんことを。 庶 こいねが わくば 層 かさ ねて末属を 芘 かば う 可 べ きなり、 不 ふ 宣 せん 。 「 普 ふ 門 もん 院 いん (長方印) 」 福 ふく 山 ざん 弟の 祖 そ 元 げん 九拝し、 上 じょうふく 復 す。 茶 さ 扇 せん の恵、 併 なら びに 別 べつ の 臆 おもい を 賦 ふ す。 ○「 無 学 祖 元 書 状 」 は、 『 禅 林 墨 蹟 』 坤 に 二 〇「 無 学 祖 元 墨 蹟 尺 牘 」 と し、 個 人 蔵 と し て 収 録 さ れ る も の で あ る。 宛先は記されていないが、 「普門院」の長方印が押されており、かつ、 「福山弟祖元」との表記から、無学祖元から円 爾に宛てた書状であることがわかる。○掲載書籍…[禅墨坤・二〇] 。○勾薬…芍薬(しゃくやく) 。薬の一種。○堪 忍…堪え忍ぶ。○世相…世間。世の中。○芘…庇。おおう。かばう。○末属…末法の世に生きる仏弟子のこと。○不 宣…手紙の末尾に添える言葉。書きたいことを十分に尽くしていない意。○普門院…普門寺。かつて京都東山の東福 寺 山 内 に 存 し た 普 門 寺 の こ と[ 補 1]。 ○ 福 山 … 巨 福 山。 巨 福 山 は 建 長 寺 の 山 号。 鎌 倉 山 ノ 内 の 巨 福 山 建 長 寺 の こ と [補 2]。○上復…手紙の返信の丁寧な表現。 [訳]お体はすでに芍薬の効能が現れているものとお察し申し上げます。切に望むことは、この世を堪え忍
んで頂き、人間界に永く住まれますように。どうか末法の世に生きる者たちを庇護してください、不宣。 「普門院 (長方印) 」 福山〔住持〕の弟弟子である祖元が九拝し、返信させて頂きます。 茶と扇を贈り、さらに〔少しばかりの〕気持ちをしたためました。 【 贈 答 品 と し て の 茶 】 無 学 祖 元 か ら 円 爾 に 茶 と 扇 が 送 ら れ て い る。 茶 は、 禅 僧 た ち に と っ て 贈 答 品 と し て の 役割をもっていた。 [史料 3― 7][史料 3― 8]も参照。
大休正念関係史料
[史料 8― 1]『大休和尚語録』 「禅興寺語録」 重陽上堂。九日重陽節、東籬菊未花。厨無黄栗粽、堂乏紫萸茶。対景思陶令、登高憶孟嘉。誰人知此意、独 倚夕陽斜。 [ 訓 ] 重 ちょうよう 陽 の 上 堂。 「 九 日 の 重 陽 節、 東 とう 籬 り の 菊 きく 未 だ 花 はなさ か ず。 厨 ちゅう に 黄 おう 栗 り の 粽 ちまきな 無 く、 堂 に 紫 し 萸 ゆ 茶 さ 乏 な し。 景 けい に 対 し ては 陶 とう 令 れい を思い、高きに登りては 孟 もう 嘉 か を 憶 おも う。 誰 だれ 人 ひと か 此 こ の意を知らん。独り 夕 せき 陽 よう の 斜 しゃ するに 倚 よ る」と。 ○ 大 休 正 念 … 臨 済 宗 松 源 派 の 大 休 正 念( 一 二 一 五 ~ 一 二 八 九 ) の こ と[ 補 1]。 ○『 大 休 和 尚 語 録 』 … 鎌 倉 中 期 の 渡 来僧である大休正念の禅興寺、建長寺、寿福寺、円覚寺の四会の語録であり、弘安七年(一二八四)の自序を有する。 ただし、自序を記したのちの記録も収録され、永和四年(一三七八)に刊行された。○掲載書籍…[日仏全九六・一 一 ]。 ○ 重 陽 上 堂 … 九 月 九 日、 重 陽 の 日 に 行 な う 上 堂。 ○ 重 陽 節 … 五 節 句 の 一 つ。 陰 暦 九 月 九 日 の こ と。 九 は 陽 数 であ り、 九 が 重 な る こ と で 重 陽 と い う。 ○ 東 籬 菊 … 東 側 の か き ね の 菊[ 補 2]。 ○ 黄 栗 粽 … 黄 色 の 栗 を 入 れ た ち ま き の こと[補 3]。○紫萸茶… 茱 しゅ 萸 ゆ 茶 さ 。呉茱萸(ゴシュユ)を浮かべた茶。重陽に禅林で飲まれた[補 4]。○陶令…六朝 時代の東晋末~南朝宋初の詩人、陶淵明(三六五~四二七)のこと。陶潜とも。○登高…中国の重陽における習俗と して、この日に高い場所に登ることが行なわれた[補 5]。○孟嘉…孟嘉は晋の時代の文人。 「孟嘉落帽」の故事を踏 まえる[補 6]。○夕陽…夕日。 [ 訳 ] 重 陽 の 上 堂。 「〔 九 月 〕 九 日 の 重 陽 節 で あ る が、 東 側 の か き ね の 菊 は ま だ 咲 い て い な い。 厨 ( 庫 院 ) に は 黄 色 の 栗 入 り の 粽 ちまき は 無 い し、 僧 堂 に は 紫 萸 茶 ( 茱 萸 茶 ) も 無 い。 景 色 を 見 て は 陶 淵 明 の こ と を 思 い、 高 い 場所に登っては孟嘉のことを憶う。いったい誰がこの真意を解ろうか。独りしずみゆく夕日によりかかる」 と。 【 重 陽 の 喫 茶 】【 茱 萸 茶 】 宋 代 の 禅 林 で、 重 陽 に 呉 茱 萸 ( ゴ シ ュ ユ ) を 浮 か べ た 茶 が 飲 ま れ た。 こ の 習 俗 が 鎌 倉 時 代 に 日 本 の 禅 林 に も た ら さ れ た。 し か し、 端 午 の 菖 蒲 茶 と は 異 な り、 材 料 と な る 呉 茱 萸 ( ゴ シ ュ ユ ) は、 当時の日本には自生していなかったようだ。このような状況からすれば、茱萸茶を飲む行事を行なうことが できた禅寺は、限られていたのかもしれない。 [史料 8― 2]『大休和尚語録』 「建長寺語録」 上堂。真正挙揚覓一人、擎茶也無屈曲。垂慈放一線、有箇商量。何況去聖時遙、衆生識浪滔滔。雖則按牛頭 喫草、要須你自肯承当。且作麼生是商量底事。拈拄杖卓一下。 [ 訓 ] 上 堂。 「 真 しんしょう 正 に 挙 こ 揚 よう し て 一 人 を 覓 もと む れ ば、 茶 を 擎 かか ぐ る も 也 ま た 屈 くっきょくな 曲 無 し。 慈 じ を 垂 た れ 一 線 を 放 はな て ば、 箇 こ の
商 しょうりょうあ 量 有 り。 何 なん ぞ 況 いわ ん や 聖 去 さ る 時 遙 はるか に し て、 衆 しゅじょう 生 の 識 しき は 浪 なみ 滔 とう 滔 とう た る を や。 則 ち 牛 うし の 頭 あたま を 按 おさ え て 草 を 喫 きっ せ し む と 雖 いえど も、 要 かなら ず 須 すべか らく你 自 みずか ら 肯 うべな って 承 じょうとう 当 すべし。 且 か つ 作 そ 麼 も 生 さん か 是 こ れ 商 しょうりょうてい 量底 の 事 じ 」と。 拄 しゅじょう 杖 を 拈 ねん じて 卓 た てて一下 す。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 一 七 ]。 ○ 挙 揚 … 取 り あ げ る こ と。 取 り あ げ て 人 に 示 す こ と。 ○ 屈 曲 … 折 れ 曲 が る。 ○ 放 一 線 … 放 一 線 道。 そ れ と な く ヒ ン ト を あ た え る[ 補 1]。 ○ 商 量 … 相 談 協 議 す る。 い ろ い ろ 考 え て 推 し 量 る こ と。 禅の教えを問答審議する。○何況…まして~である。○浪滔滔…水が流れるように、たえまないさま。○按牛頭喫草 … 牛 の 頭 を 押 さ え て 草 を 食 べ さ す[ 補 2]。 ○ 要 須 … し た い と 思 う。 し な け れ ば な ら ぬ。 ○ 承 当 … う け が う。 引 き 受 けること。 [ 訳 ] 上 堂。 「 真 実 に 提 起 し て〔 法 を 嗣 ぐ 〕 人 を 求 め る の で あ れ ば、 茶 を か か げ る〔 よ う な 日 常 の 〕 所 作 に さえ〔まっすぐで〕屈曲がない。慈悲の心でそれとなく示すのであれば問答がある。まして釈尊が亡くなら れ て か ら 遙 か な 時 間 が 流 れ、 〔 今 世 は 〕 衆 生 の〔 迷 妄 な 〕 識 ( 心 ) が 絶 え 間 い の で な お さ ら だ。 牛 の 頭 を 押 さ え て 草 を 食 べ さ せ よ う と し て も、 〔 ま ず は 〕 諸 君 ら が 自 ら 引 き 受 け な け れ ば な ら な い。 さ て 問 答 と は ど う いったものか」と。拄杖を手に取り真っ直ぐに立ててから、床に一突きした。 【 茶 を 用 い た 例 示 】【 日 常 生 活 に お け る 喫 茶 】【 仏 前 へ の 茶 の 供 養 】 直 接 的 な 喫 茶 史 料 で は な い。 茶 を か か げ るとあり、恐らくは日常の喫茶の動作を指している。ただし、仏祖に茶を供養する際の動作とも考えられる。 [史料 8― 3]『大休和尚語録』 「建長寺語録」 端午上堂。不懸青艾虎、不貼白沢図。玉蒲浮緑茗啜了。觜盧都、吉凶悔吝都休問。趙州東壁掛葫蘆。
[ 訓 ] 端 たん 午 ご の 上 堂。 「 青 あおよもぎ 艾 の 虎 とら を 懸 か け ず、 白 はく 沢 たく の 図 ず を 貼 は ら ず。 玉 ぎょくふ 蒲 を 緑 の 茗 めい に 浮 う か べ て 啜 きっ し 了 お わ る。 觜 し 盧 ろ 都 と し、 吉 きっきょうかいりん 凶悔吝 、 都 すべ て 問 と うことを 休 や めよ。 趙 じょうしゅうとうへき 州東壁 に 葫 こ 蘆 ろ を 掛 か く」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 一 九 ]。 ○ 端 午 上 堂 … 五 月 五 日、 端 午 の 日 に 行 な う 上 堂。 ○ 青 艾 虎 … 端 午 の 節 句 に、 頭 に戴くよもぎで作った虎のこと[補 1]。○白沢…中国に伝わる想像上の神獣[補 2]。○玉蒲浮緑茗…菖蒲茶のこと [補 3]。○玉蒲…菖蒲の別称。○緑茗…茗は上等な茶。緑とあるので、緑色の茶であったことになる。○觜盧都…口 を と が ら せ て 黙 々 と 一 言 も 発 し な い こ と。 ○ 吉 凶 悔 吝 … 易 経 の 言 葉。 凶 と な る 兆 し が「 吝 」、 凶 を 吉 に 転 ず る 兆 し が 「悔」である。○趙州東壁掛葫蘆…東壁上挂葫蘆。東の壁に瓢箪製の器をかける[補 4]。○趙州…南嶽下の趙州従諗 (七七八~八九七)のこと[補 5]。 [ 訳 ] 端 午 の 上 堂。 「〔 端 午 の 節 句 で は あ る が、 〕 青 艾 の 虎 を 懸 け な い し、 白 沢 図 も 貼 ら な い。 菖 蒲 を 緑 色 の 茗 ( 上 等 な 茶 ) に 浮 か べ て 飲 み 終 わ っ た。 何 も 話 す な、 吉 凶 悔 吝 な ど 問 う の は す っ か り や め よ。 趙 州 従 諗 も 東の壁に瓢箪製の器を掛けた〔ように、日常のありふれた行ないをしている〕ではないか」と。 【 端 午 の 喫 茶 】【 菖 蒲 茶 】【 緑 色 の 茶 】 宋 代 の 禅 林 で、 端 午 に 菖 蒲 を 細 く 刻 ん で 浮 か べ た 茶 が 飲 ま れ た。 こ の 習 俗 が 鎌 倉 時 代 に 日 本 の 禅 林 に も た ら さ れ た。 端 午 に 飲 む 喫 茶 は、 「 茗 」 で あ っ た 可 能 性 も 示 唆 さ れ る。 ま た、茶の色は「緑」であり、これに菖蒲を浮かべて飲んだようである。 [史料 8― 4]『大休和尚語録』 「建長寺語録」 重陽上堂。砕擘黄花浮緑茗、南山凝望思沈吟。淵明去後無知己。誰対東籬話此心。 [ 訓 ] 重 ちょうよう 陽 の 上 堂。 「 黄 おう 花 か を 砕 くだ き 擘 さ き て 緑 の 茗 めい に 浮 う か べ、 南 山 凝 ぎょうぼう 望 し て 思 い 沈 ちん 吟 ぎん す。 淵 えん 明 めい 去 さ り て 後 知 ち 己 こ 無 な し。
誰 だれ か 東 とう 籬 り に対して此の心を話さん」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 二 九 ]。 ○ 重 陽 上 堂 … 九 月 九 日、 重 陽 の 日 に 行 な う 上 堂。 ○ 砕 擘 黄 花 浮 緑 茗 … 菊 花 茶 の こ と[ 補 1]。 ○ 黄 花 … 菊 の 花。 ○ 茗 … 上 等 な 茶。 ○ 凝 望 … 遠 く を 見 つ め る。 ○ 沈 吟 … 思 い に 沈 む。 深 い 思 い。 ○ 淵 明…六朝時代の東晋末~南朝宋初の詩人、陶淵明(三六五~四二七)のこと。陶潜とも。○知己…自分のことを理解 してくれる人。○東籬…東籬菊。東側のかきねの菊[補 2]。 [ 訳 ] 重 陽 の 上 堂。 「 菊 の 花 を 砕 き 裂 い て 緑 色 の 茗 ( 上 等 な 茶 ) に 浮 か べ、 南 山 を 遠 く 眺 め て 深 く 思 い に ふ け る。 陶 淵 明 が 亡 く な っ て 後、 〔 自 分 の 心 を 〕 理 解 し て く れ る 人 も な い。 い っ た い 誰 が 東 側 の か き ね〔 の 菊 〕 にこの気持ちを話せるのか」と。 【 重 陽 の 喫 茶 】【 菊 花 茶 】【 緑 色 の 茶 】 宋 代 の 禅 林 で、 重 陽 に 呉 茱 萸 ( ゴ シ ュ ユ ) を 浮 か べ た 茶 が 飲 ま れ た。 こ こでは菊の花を浮かた菊花茶の事例であるが、菊花茶は宋代や元代の禅籍には見当たらない。そのため、菊 花 茶 は 呉 茱 萸 ( ゴ シ ュ ユ ) が 自 生 し て い な い 日 本 で の み 行 な わ れ た 習 俗 な の か も し れ な い。 重 陽 の 喫 茶 は、 「 茗 」 で あ っ た と み ら れ、 茶 の 色 は「 緑 」 で あ り、 こ れ に 菊 の 花 を 浮 か べ て 飲 ん だ よ う で あ る。 緑 色 の 茶 に つ い て は、 端 午 の 菖 蒲 茶 に も 見 ら れ、 当 時 の 茶 の 色 を 考 え る 上 で 重 要 な 示 唆 を 与 え る。 [ 史 料 8― 3] も 参 照。 [史料 8― 5]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 重陽上堂。寿峰載見重陽節。菊蘂包金未放花。厨内既無黄栗粽。堂中休点紫萸茶。茎韲貴在能知味。脱粟隄 防咬著沙。独立東籬開笑口。従来賊不打貧家。
[ 訓 ] 重 陽 の 上 堂。 「 寿 じゅ 峰 ほう の 載 とし 、 重 ちょうよう 陽 節 を 見 る。 菊 きく 蘂 ずい 金 きん を 包 つつ み て、 未 だ 花 放 さか ず。 厨 ちゅうない 内 既 に 黄 おう 栗 り の 粽 ちまきな 無 し。 堂 中 に て は 紫 し 萸 ゆ 茶 さ を 点 ず る を 休 め よ。 茎 くき の 齏 あえもの 、 貴 たっとぶ ら く は 能 よ く 味 を 知 る こ と に 在 あ り。 脱 だつ 粟 ぞく 、 沙 すな を 咬 こうじゃく 著 す る を 隄 てい 防 ぼう す。独り 東 とう 籬 り に立ちて笑口を開く。 従 じゅうらい 来 賊は 貧 ひん 家 け を 打 う たず」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 三 九 ]。 ○ 重 陽 上 堂 … 九 月 九 日、 重 陽 の 日 に 行 な う 上 堂。 ○ 寿 峰 … 鎌 倉 の 亀 谷 山 寿 福 寺 のこと[補 1]。○菊蘂…菊のしべ。○厨…庫院のこと。○黄栗粽…黄色の栗を入れたちまきのこと[補 2]。○紫萸 茶 … 呉 茱 萸( ゴ シ ュ ユ ) を 浮 か べ た 茶。 重 陽 に 禅 林 で 飲 ま れ た[ 補 3]。 ○ 茎 齏 … 茎 の あ え も の。 ○ 脱 粟 … も み が ら を取り去っただけで精白してない米。○隄防…堤防。防止すること。○咬著…咬みくだく。著は動作の完成を示す助 字。 ○ 東 籬 … 東 籬 菊。 東 側 の か き ね の 菊[ 補 4]。 ○ 従 来 賊 打 貧 家 … 賊 不 打 貧 児 家。 泥 棒 は 貧 し い 家 に は 入 ら な い [補 5]。 [ 訳 ] 重 陽 の 上 堂。 「 寿 福 寺 で の 年 を 過 ご し、 重 ちょうよう 陽 節 と な っ た。 菊 きく の し べ が ま だ〔 菊 の 中 心 部 分 の 〕 金 を 包 ん で い て、 い ま だ に 花 が 咲 か な い。 庫 院 に は も う す で に 黄 色 の 栗 入 り の 粽 は な い。 僧 堂 で は 紫 萸 茶 ( 茱 萸 茶 ) を い れ る の を 止 め よ。 茎 の あ え も の は、 味 わ い を 知 る こ と が 大 切 だ。 玄 米 の 飯 は、 〔 混 ざ り も の の 〕 砂 を か ん で し ま う こ と は な い。 独 り 東 側 の か き ね に 立 っ て 微 笑 む。 泥 棒 が 貧 し い 家 に 押 し 入 っ た こ と な ど な い」と。 【 重 陽 の 喫 茶 】【 茱 萸 茶 】【 黄 栗 粽 】 宋 代 の 禅 林 で、 重 陽 に 呉 茱 萸 ( ゴ シ ュ ユ ) を 浮 か べ た 茶 が 飲 ま れ た。 こ の 習 俗 が 鎌 倉 時 代 に 日 本 の 禅 林 に も た ら さ れ た。 ま た、 こ の 日 に 栗 入 り の 粽 ( ち ま き ) を 僧 堂 で 食 し て い る が、 これも重陽の風俗が禅林に流入したもの。 [史料 8― 1]も参照。
[史料 8― 6]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 仏海忌香。這老和尚、生平強項、不顧得失。始住金陵蘭若、終踞五髻籌室。猛虎当途、獅子出窟、野犴狐狸、 奔馳戦慄。施釘空槌、用鎖口訣、鉄額銅頭、痛遭呵叱。奮揚逆水波、不事須摩捋。我不肯他眼裏有筋。却重 它胸中無物。一甌山茗一炉香、不是酬恩要雪屈。 [ 訓 ] 仏 ぶっ 海 かい 忌 き の 香 こう 。「 這 こ の 老 和 尚、 生 しょうへいきょうこう 平 強 項 に し て、 得 とく 失 しつ を 顧 かえり み ず。 始 はじ め 金 きんりょう 陵 の 蘭 らんにゃく 若 に 住 し、 終 つ い に 五 ご 髻 けい の 籌 ちゅうしつ 室に 踞 きょ す。 猛 もう 虎 こ は 途 みち に 当 あ たり、 獅 し 子 し は 窟 くつ を 出 い で、 野 や 犴 がん 狐 こ 狸 り 、 奔 ほん 馳 ち して 戦 せん 慄 りつ す。 釘 くぎ を 施 ほど こし 空 むな しく 槌 う てば、 鎖 さ 口 く の 訣 けつ を用い、 鉄 てつ 額 がく 銅 どう 頭 とう 、 痛 いた く 呵 あ 叱 しつ に 遭 あ う。 逆 ぎゃくすいは 水波 を 奮 ふん 揚 よう し、 摩 ま 捋 らつ を 須 もち いるを事とせず。我、 他 かれ の 眼 がん 裏 り に 筋 すじ 有 あ るを 肯 うべな わず。 却 かえ って 它 かれ の 胸 きょうちゅう 中 に 物 もの 無 な きを重んず。 一 いち 甌 おう の 山 さん 茗 めい 、 一 いち 炉 ろ の 香 こう 、 是 こ れ 恩 おん に 酬 むく ゆるにあらず 屈 くつ を 雪 すす がんと要す」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 四 六 ]。 ○ 仏 海 忌 … 石 渓 心 月 の 忌 日( 六 月 九 日 ) に 因 む 拈 香 の 法 語。 ○ 仏 海 … 臨 済 宗 松 源 派 の 石 渓 心 月(?~ 一 二 五 五 ) の こ と。 仏 海 禅 師 は 石 渓 心 月 の 禅 師 号[ 補 1]。 ○ 香 … 拈 香。 ○ 生 平 … ふ だ ん。 い つも。○強項…たやすく頭を下げない。剛直の意に用いる。○得失…損得。○金陵…金陵は建康府(江蘇省)の呼称。 石 渓 心 月 は 建 康 府 の 報 恩 禅 寺 が 初 住 地。 ○ 蘭 若 … 寺 院 の こ と。 ○ 五 髻 … 五 髻 峰。 径 山 の 異 称[ 補 2]。 ○ 籌 室 … 住 持 人の居室・方丈の意。○野犴…野良犬。○狐狸…きつねとたぬき。○奔馳…走り回る。奔走すること。駆け回る。○ 戦 慄 … 恐 れ て ふ る え る こ と。 ○ 鎖 口 訣 … 人 の 口 に 鍵 を か け て も の を 言 え な く す る 法[ 補 3]。 ○ 鉄 額 銅 頭 … 鉄 の 額 と 銅の頭。共に堅固さのたとえ[補 4]。○呵叱…大声でしかる。○逆水波…海から川を逆流する波[補 5]。○奮揚… 発揚する。○摩捋…手でなでる。○眼裏筋…眼の中にすじが張る。眼光が鋭く、気力に満ちていること。眼筋。○山 茗…山から産する茶。 [ 訳 ] 仏 海 ( 石 渓 心 月 ) 忌 日 の 拈 香〔 の 上 堂 法 語 〕。 「 こ の 老 和 尚 は、 ふ だ ん か ら 堅 剛 で、 損 得 を 顧 み な か っ
た。 最 初 は 金 陵 ( 江 蘇 省 ) の 寺 院 ( 報 恩 禅 寺 ) に 住 持 し、 終 い に は 径 山 万 寿 寺 の 丈 室 に 住 ま わ れ た。 〔 そ の 宗 風 に 〕 猛 虎 は 途 に 現 れ、 獅 子 ( ラ イ オ ン ) は 巣 穴 か ら 飛 び 出 し、 野 良 犬 も き つ ね も た ぬ き も、 走 り 回 っ て 恐 れふるえた。釘を与えて空しく打ち込もうものなら、口を塞いでものを言えないようにし、鉄の額に銅の頭 〔 の よ う な も の す ご い 機 根 を 具 え た 者 〕 で さ え、 痛 烈 に 叱 咤 さ れ た。 海 か ら 川 に 波 を 逆 流 さ せ る ほ ど の 機 鋒 を 発 揚 し て、 生 ぬ る い 手 立 て は 用 い な か っ た。 私 は、 先 師 ( 石 渓 心 月 ) の 眼 光 が 鋭 か っ た と は 思 わ な い、 む し ろ 先 師 の 胸 中 に は 一 物 も 無 か っ た こ と を 重 ん ず る。 一 杯 の 山 茗 と 一 炉 の 香 に よ っ て、 〔 先 師 か ら 受 け た 〕 恩に酬いるのではなく、挽回したいのだ」と。 【 祖 師 へ の 茶 の 供 養 】【 特 為 茶 の 一 例 】 先 師 忌 に 際 し、 「 茗 」 を 献 茶 し て い る。 仏 事 と し て、 端 午、 重 陽 に 「茗」を飲んでいるように、先師忌にも「茗」を供養していたことが確認される。 [史料 8― 7]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 上堂。字経三写、烏焉成馬、点画参差、魚曽成魯。所以雪峰輥毬、塩官撃鼓、趙州喫茶、道吾作舞。後代相 承、聴事不真、喚鐘作甕、学流沿襲。影影響響、莾莾鹵鹵。只如寿山、聻。拈拄杖擲下云、賊不打范之戸。 [ 訓 ] 上 堂。 「 字 じ 、 三 さん 写 しゃ を 経 へ れ ば、 「 烏 」「 焉 」 は 馬 と 成 な り、 点 てん 、 参 差 を 画 かく せ ば、 「 魚 」「 曽 」 は 魯 ろ と 成 る。 所 ゆ 以 え に 雪 せっぽうこんきゅう 峰輥毬 、 塩 えん 官 かん 撃 げき 鼓 く 、 趙 じょうしゅうきっさ 州 喫茶 、 道 どう 吾 ご 作 さ 舞 む 、 後 こう 代 だい に 相 そうじょう 承 すも、 聴 き く事 真 しん ならず、 鐘 かね を 喚 よ んで 甕 かめ と 作 な し、 学 がく 流 るえんしゅう 沿 襲 す る こ と、 影 えいえいきょうきょう 影 響 響 、 莾 もう 莾 もう 鹵 ろ 鹵 ろ た り。 只 た だ 寿 じゅ 山 ざん の 如 ごと き は、 聻 にい 」 と。 拄 しゅじょう 杖 を 拈 ねん じ て 擲 てき 下 げ し て 云 く、 「 賊 ぞく は 范 はん の戸を 打 う たず」と。 ○掲載書籍…[日仏全九六・五一] 。○雪峰輥毬…「雪峰輥毬」の公案[補 1]。○雪峰…青原下の雪峰義存(八二二
~九〇八)のこと[補 2]。○塩官鑿鼓…「塩官鑿鼓」の公案[補 3]。○塩官…馬祖下の塩官斉安(?~八四二)の こ と[ 補 4]。 ○ 趙 州 喫 茶 …「 趙 州 喫 茶 去 」 の 公 案[ 補 5]。 ○ 趙 州 … 南 嶽 下 の 趙 州 従 諗( 七 七 八 ~ 八 九 七 ) の こ と [補 6]。○道吾作舞…「道吾舞笏」の公案[補 7]。○道吾…南嶽下の関南道吾(生没年不詳)のこと[補 8]。○喚 鐘 作 甕 … 鐘 の こ と を 甕 だ と い う[ 補 9]。 ○ 学 流 … 道 流。 共 に 学 ぶ も の た ち。 ○ 沿 襲 … も と か ら の し き た り に 従 う。 ○影影響響…受け身の姿勢のままでいること。○莾莾鹵鹵…奔奔鹵鹵。がさつで大まかなさま。荒っぽいさま。○只 如 … た と え ば ~ は。 と こ ろ で ~ は。 ○ 寿 山 … 鎌 倉 の 亀 谷 山 寿 福 寺 の こ と[ 補 10]。 こ こ で は、 大 休 正 念 の 自 称。 ○ 聻 …詰問や念を押す意のことば。○賊不打范之戸…盗人は軌範となる家には入らないの意か。 [ 訳 ] 上 堂。 「 字 を 三 度 書 い て い く う ち に、 「 烏 」「 馬 」〔 の 字 〕 は 書 き 誤 っ て「 馬 」〔 の 字 〕 と 成 る し、 点 を 三 度 間 違 え て い く と「 魚 」「 曽 」〔 の 字 〕 は「 魯 」〔 の 字 〕 と 成 る。 そ れ ゆ え に 雪 峰 輥 毬、 塩 官 鑿 鼓、 趙 州 喫 茶、道吾作舞といった公案を後代まで受け伝えても、聴きようを間違えて、鐘〔の音〕を甕〔の音を〕だと 〔勘違い〕し、 〔禅を〕学ぶものたちは、ひきずられ、でたらめに踏襲してしまっている。たとえば私などは、 どうだ」と。拄杖を手に取り投げ下ろしてから、 「盗人は模範となる家には押し入らない」と。 【古則公案の提示】直接的な喫茶史料ではない。 [史料 8― 8]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 仏海忌拈香。画坐具打円相、握双拳女人拝。検点将来、惣是捏怪。何似寿山這裏。現成行貨自買自売。家醜 不須向外揚。一盃緑茗一炉香。 [ 訓 ] 仏 ぶっ 海 かい 忌 き の 拈 ねん 香 こう 。「 坐 ざ 具 ぐ を 画 えが い て 円 えん 相 そう を 打 た し、 双 そう 拳 けん を 握 にぎ り て 女 にょ 人 にん 拝 はい す。 検 てん 点 けん し 将 も ち 来 き た れ ば、 惣 すべ て 是 こ れ
捏 ねっ 怪 かい なり。 寿 じゅ 山 ざん 這 しゃ 裏 り に 何 いず 似 れ ぞ。 現 げんじょう 成 の 行 ぎょうか 貨 、自ら買い自ら売る。 家 かしゅうすべか 醜須 らく外に 揚 あ ぐべからず。 一 いっ 盃 ぱい の 緑 りょく 茗 めい 、 一 いち 炉 ろ の 香 こう なり」と。 ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 五 五 ]。 ○ 仏 海 忌 … 石 渓 心 月 の 忌 日( 六 月 九 日 ) に 因 む 拈 香 の 法 語。 ○ 仏 海 … 臨 済 宗 松 源 派 の 石 渓 心 月(?~ 一 二 五 五 ) の こ と。 仏 海 禅 師 は 石 渓 心 月 の 禅 師 号[ 補 1]。 ○ 坐 具 … 僧 侶 が 携 え る 布 で、 こ れ を広げてその上で礼拝する。○女人拝…女性の行なう拝。立ちながら膝だけを屈して拝をする。○検点将来…点検は 調べ上げる。将来は動作が現実化してくるさまを表す。○捏怪…もののけに憑かれて奇怪な言動をすること。○何似 … ~ と 較 べ て ど う か。 後 ろ の 方 が す ぐ れ て い る と い う ニ ュ ア ン ス を 持 つ。 ○ 寿 山 … 鎌 倉 の 亀 谷 山 寿 福 寺 の こ と[ 補 2]。 こ こ で は、 大 休 正 念 の 自 称。 ○ 現 成 … す で に で き あ が っ て い る、 既 成 の。 あ り の ま ま 現 れ て い る こ と。 ○ 行 貨 …安物。粗悪品。○家醜…家の醜さ。家のはじ。家風・宗風を謙遜していう。○緑茗…茗は上等な茶。緑色だったよ うだ。 [ 訳 ] 仏 海 ( 石 渓 心 月 ) 忌 日 の 拈 香〔 の 上 堂 法 語 〕。 「 坐 具 を 画 い て 円 相 を 描 き、 両 の こ ぶ し を 握 っ て 女 人 拝 をする。調べ上げていけば、すべてが奇怪なことである。私と較べてどうか。目の前の粗悪品は、自分で買 い 自 分 で 売 る の だ。 家 の 恥 は 外 に 晒 し て は な ら な い。 一 杯 の 緑 色 の 茗 ( 上 等 な 茶 ) と 一 炉 の 香〔 を 先 師 に 捧 ぐ〕 」と。 【祖師への茶の供養】 【特為茶の一例】 【緑色の茶】先師忌に際し、 「茗」を献茶している。仏事として、端午、 重陽に「茗」を飲んでいるように、先師忌にも「茗」を供養していたことが確認される。また、緑色の茶に ついても、端午の菖蒲茶、重陽の茱萸茶にも見られ、当時の茶の色を考える上での好史料と言える。緑色の 茶については、 [史料 8― 3][史料 8― 4]も参照。
[史料 8― 9]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 上堂。桑葉抽兎耳、柳絮鋪羊氈。茶抽嫩雀舌、蕨握小児拳。不明万法根底、未免堕在目前。只如夾山道、目 前無法、意在目前。不是目前法、非耳目之所到、且作麼生会。良久云、華亭人已去、踏覆釣魚船。 [ 訓 ] 上 堂。 「 桑 そう 葉 よう は 兎 と 耳 じ を 抽 ぬ き、 柳 りゅうじょ 絮 は 羊 よう 氈 せん に 鋪 し く。 茶 は 嫩 わか い 雀 じゃくぜつ 舌 を 抽 ぬ き、 蕨 わらび は 小 しょうじ 児 の 拳 こぶし を 握 に ぎ る。 万 ばん 法 ぽう の 根 こん 底 てい を 明 め ざ れ ば、 未 だ 目 もく 前 ぜん に 堕 だ 在 ざい す る を 免 まぬが れ ず。 只 た だ 夾 かっ 山 さん の、 『 目 前 に 法 ほう 無 な し、 意 い は 目 前 に 在 あ り。 是 こ れ 目 前 の 法 な ら ず、 耳 じ 目 もく の 到 る 所 に 非 ず 』 と 道 い う が 如 ごと き は、 且 か つ 作 そ 麼 も 生 さん か 会 え せ ん 」 と。 良 りょうきゅう 久 し て 云 いわ く、 「 華 か 亭 てい の人は 已 すで に 去 さ り、 釣 ちょうぎょせん 魚船 を 踏 とう 覆 ふく す」と。 ○ 掲 載 書 籍 … [ 日 仏 全 九 六・ 五 八 ]。 ○ 桑 葉 … 桑 の 葉 は、 茶 と 同 じ よ う に 粉 末 に し て、 湯 を 入 れ て 飲 料 と し て 飲 ま れ た [ 補 1]。 ○ 柳 絮 … 白 い 綿 毛 の つ い た 柳 の 種 子。 ○ 茶 抽 嫩 雀 舌 … 茶 は 若 芽 を 選 ん で 摘 む[ 補 2]。 ○ 万 法 … す べ て の 事 象。 ○ 夾 山 道、 ~ 非 耳 目 之 所 到 …[ 補 3]。 ○ 只 如 … た と え ば ~ は。 と こ ろ で ~ は。 ○ 夾 山 … 青 原 下 の 夾 山 善 会( 八 〇五~八八一)のこと[補 4]。○華亭人已去、踏覆釣魚船…船子徳誠が華亭江で船頭をしていた故事に因む[補 5]。 [ 訳 ] 上 堂。 「 桑 の 葉 は 兎 の 耳 の 大 き さ を 選 ん で 摘 み、 柳 絮 ( 白 い 綿 毛 の つ い た 柳 の 種 子 ) は 羊 毛 の 織 物 の よ う に広げる。茶は若い雀の舌の大きさを選んで摘み、蕨は子供の拳大の大きさを取る。すべての事象の根源を 明めなければ、目の前に〔ある事象にとらわれて〕陥ってしまう。たとえば、夾山が『目の前に〔認識でき る 〕 法 は な く、 意〔 そ の も の 〕 は 目 の 前 に 現 れ て い る。 〔 し か し、 意 は 〕 目 の 前〔 に 現 れ て い る と こ ろ 〕 の 法ではなく、耳や目で聞いたり見たりできるものでもない』と言っていることを、さてどのように理解する の か 」 と。 し ば ら く 間 を お い て か ら、 「 華 亭 江 の 人 ( 船 子 徳 誠 ) は 立 ち 去 っ て し ま っ て い る の に、 釣 り 船 を ひ っくりかえしている」と。
【茶の摘み方】良い茶の摘み方として、雀舌を挙げていることから、 「雀舌」茶はこの時代の鎌倉でもすでに 知られていたのだろう。この点、 「雀舌」について触れている[史料 8― 19]は参考になる。 [史料 8― 10]『大休和尚語録』 「寿福寺語録」 為 故 檀 那 法 光 寺 殿 百 日 陞 座。 ( 中 略 ) 復 云、 我 今 此 身 四 大 和 合。 四 大 分 離、 今 者 妄 身 当 在 何 処。 対 衆 徴 詰。 豈知、此是法光寺殿、発明性地処、日用履践処。以此布施愛語利行同事摂化、一切同入如来大寂滅海。休沐 之暇、会諸山知識茶話、命僧入室下語、激揚宗旨、要使未信宗乗者知。有自己一段大事因縁。観其扶宗竪教 之心。自非親承仏嘱、安能如是哉。 (後略) [ 訓 ] 故 こ 檀 だん 那 な 法 ほう 光 こう 寺 殿 どの 百 日 の 為 ため の 陞 しん 座 ぞ 。 ( 中 略 ) 復 ま た 云 いわ く、 「 我 が 今 の 此 こ の 身 は 四 し 大 だい 和 わ 合 ごう す。 四 し 大 だい 分 ぶん 離 り せ ば、 今 い 者 ま の 妄 もう 身 じん 、 当 は た 何 いず 処 こ にか 在 あ らん。衆に 対 たい して 詰 と うを 徴 もと む。 豈 あ に知らんや、 此 こ れは 是 こ れ法光寺殿、 性 しょうち 地 を 発 ほつ 明 みょう する処にして、 日 にち 用 ゆう に 履 り 践 せん する処なるを。 此 こ の 布 ふ 施 せ ・ 愛 あい 語 ご ・ 利 りぎょう 行 ・ 同 どう 事 じ を 以 もっ て 摂 せっ 化 け し、一切は 同 とも に 如 にょ 来 らい の 大 だいじゃくめつかい 寂滅海 に 入 い る。 休 きゅうよく 沐 の暇、 諸 しょ 山 さん の 知 ち 識 しき に 会 え して 茶 さ 話 わ し、僧に命じて入室し 下 あ 語 ご せしめ、 宗 しゅうし 旨 を 激 げき 揚 よう して、 未だ 宗 しゅうじょう 乗 を信ぜざる者をして知らしめんと 要 ほっ す。自己一段の大事因縁 有 あ り、 其 そ の宗を 扶 た て教を 竪 た つる心を 観 み る。 自 も し親しく仏嘱を 承 う くるに非ざれば、 安 いずく んぞ 能 よ く 是 かく の 如 ごと くならんや。 (後略) ○ 掲 載 書 籍 …[ 日 仏 全 九 六・ 六 〇 ― 六 一 ]。 ○ 故 檀 那 法 光 寺 殿 百 日 陞 座 … 北 条 時 宗 の 逝 去 は 弘 安 七 年( 一 二 八 四 ) 四 月 四 日。 ○ 故 檀 那 法 光 寺 殿 … 鎌 倉 幕 府 第 八 代 執 権 の 北 条 時 宗( 一 二 五 一 ~ 一 二 八 四 ) の こ と[ 補 1]。 ○ 陞 座 … 禅 宗 で師僧が説法のとき、須弥壇などの高座などに上ること。○四大和合…すべてのものは、地・水・火・風の四つの集