序 二 〇 〇 六 年 一 一 月 一 日 、 日 本 の 東 宝 株 式 会 社 に よ る ミ ュ ー ジ カ ル ﹃ マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹄ ( 以 降 、﹁ M A ﹂ と 略 記 ( が 、 東 京 ・ 帝 国 劇 場 で 初 演 さ れ た 。 フ ラ ン ス 革 命 ( 一 七 八 九 年 ( 前 後 の 動 乱 と フ ラ ン ス 王 妃 マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト を 描 い た 同 作 は 、 そ の 後 、 二 〇 〇 九 年 に ド イ ツ で 上 演 さ れ 、 さ ら に 二 〇 一 四 年 の 韓 国 公 演 、 二 〇 一 六 年 の ハ ン ガ リ ー 公 演 を 経 て 、 二 〇 一 八 年 に 日 本 で 再 演 さ れ た 。 先 に 断 っ て お く が 、 ミ ュ ー ジ カ ル と 聞 い て 一 般 的 に 想 定 さ れ る 興 行 の 規 模 か ら す る と 、﹃ M A ﹄ は 取 り 立 て て 目 を 引 く わ け で は な い 。 ミ ュ ー ジ カ ル と い う 英 米 発 の シ ョ ー ビ ジ ネ ス が 示 し て き た グ ロ ー バ ル な 成 功 例 │ │ ﹃ キ ャ ッ ツ ﹄( 一 九 八 一 年 ( や ﹃ レ ・ ミ ゼ ラ ブ ル ﹄ ( 一 九 八 五 年 改 訂 版 ( は 世 界 各 地 に フ ラ ン チ ャ イ ズ を 形 成 し て き た │ │ と 比 べ る と 、﹃ M A ﹄ は た っ た 四 か 国 を 回 っ た だ け 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 で 、 国 際 市 場 の 中 核 を 担 う 英 語 圏 を 介 し て す ら い な い 。 こ こ で 、 ミ ュ ー ジ カ ル の 中 心 地 と さ れ る 場 所 を 度 外 視 す る 観 点 を あ え て 採 用 し て み よ う 。 す る と 、 一 九 九 〇 年 代 以 降 、 英 米 を 介 さ な い ミ ュ ー ジ カ ル の 制 作 ・ 輸 出 シ ス テ ム が 、 欧 州 │ 東 ア ジ ア 間 で 急 速 に 形 成 ・ 発 展 し つ つ あ る 点 が 注 目 さ れ る 。 な る ほ ど 、 一 九 八 〇 年 代 の メ ガ ミ ュ ー ジ カ ル の 国 際 的 流 行 は 、 版 権 元 の プ ロ ダ ク シ ョ ン を 世 界 各 地 で で き る 限 り 再 現 す る 方 法 を 世 界 各 地 に 浸 透 さ せ た と 言 わ れ て い る (1 ( 。 だ が 実 際 ︹ 論 文 ︺
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に は 、 欧 州 と 東 ア ジ ア で ﹁ ミ ュ ー ジ カ ル ﹂ と 呼 ば れ る す べ て の 公 演 が メ ガ ミ ュ ー ジ カ ル を 踏 襲 し て き た わ け で は な い 。 そ う で は な く 、 英 米 と は 異 な っ た 上 演 環 境 や 観 客 の 期 待 が 、 当 地 で の ミ ュ ー ジ カ ル 公 演 の あ り 方 を 変 容 さ せ て き た 。 事 実 、 欧 州 │ 東 ア ジ ア 間 で 輸 出 入 さ れ る ミ ュ ー ジ カ ル の 場 合 、 各 上 演 地 で の 大 衆 向 け 興 行 と し て 成 立 す る よ う に 、 細 か な 演 出 や キ ャ ス ト の 変 更 だ け で な く 、 テ キ ス ト や 音 楽 と い っ た 内 容 面 の 大 幅 な 改 訂 に つ い て も 、 版 権 元 が 直 々 に 認 め る ケ ー ス が 増 え て い る 。 輸 出 ミ ュ ー ジ カ ル に お け る こ の 種 の ︿ 柔 軟 な 翻 案 ﹀ と い う 方 法 が 拡 大 し て い く 際 、 日 本 と オ ー ス ト リ ア 、 あ る い は 韓 国 と ド イ ツ と い っ た 二 国 間 で の 輸 出 入 が 重 要 な 働 き を し て き た こ と は 、 こ れ ま で に た び た び 指 摘 さ れ て き た 。 先 駆 的 な 事 例 で 言 え ば 、 ヴ ィ ー ン 発 の ﹃ エ リ ー ザ ベ ト ﹄ ( 一 九 九 二 年 、 ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 ( の 宝 塚 歌 劇 版 ( 一 九 九 六 年 ( や 、 ベ ル リ ン 発 の ﹃ 地 下 鉄 一 号 線 ﹄ ( 一 九 八 六 年 、 グ リ ッ プ ス ・ テ ア ー タ ー ( の ソ ウ ル 版 ( 一 九 九 四 年 ( が 認 め ら れ (2 ( 、 ま た 、 近 年 の 動 向 を 英 語 圏 の 研 究 者 が 注 視 し て も い る (3 ( 。 た だ し 、 比 較 研 究 の 多 く は 、 翻 案 の 興 行 的 枠 組 み よ り も 、 そ の 内 容 面 に お け る 変 化 を 重 視 し て い る 。 さ ら に 、 翻 案 公 演 を 成 立 さ せ た 諸 背 景 に 注 目 し た 研 究 は 多 く あ れ ど 、 特 定 の 劇 団 や 劇 場 に お け る 受 容 史 の レ ベ ル に 留 ま り 、 そ の 日 本 内 外 へ の 波 及 効 果 に ほ と ん ど 言 及 し て い な い 。 し か し 、 複 数 の 国 や 地 域 を 横 断 す る 舞 台 作 品 を 論 ず る 際 、 興 行 と い う 場 で 起 こ る 一 種 の 化 学 反 応 は 決 し て 無 視 で き な い 。 ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 が 、 宝 塚 版 ﹃ エ リ ー ザ ベ ト ﹄ の 日 本 国 内 で の 成 功 を 皮 切 り に し て 、 輸 出 先 で の 改 変 を 推 進 し て い っ た よ う に 、 日 本 の ミ ュ ー ジ カ ル で は 自 明 視 さ れ て き た 独 特 の 評 価 基 準 や 実 践 方 法 が 、 従 来 の 輸 出 方 法 は 成 功 し 得 な か っ た 日 本 国 外 の ミ ュ ー ジ カ ル に 新 た な 突 破 口 を 提 示 す る こ と も あ る 。 ま た 翻 っ て 、 日 本 で ミ ュ ー ジ カ ル が ﹁ 観 客 の 要 望 に 応 じ 、 あ る い は 様 々 な 物 理 的 拘 束 を 逃 れ る た め に 、 そ の 様 式 や 上 演 敢 行 を 変 え 続 け て き た (4 ( ﹂ こ と は 、 外 来 ジ ャ ン ル が 日 本 の 商 業 演 劇 と し て 定 着 す る た め の 生 存 戦 略 で あ っ た 。 そ し て 右 の よ う な 立 場 か ら 改 め て ﹃ M A ﹄ を 見 て み る と 、 日 本 発 の 国 際 共 同 オ リ ジ ナ ル ・ ミ ュ ー ジ カ ル と し て 作 ら れ た こ の 作 品 は 、 国 際 的 な 制 作 陣 の 意 図 と は 裏 腹 に (5 ( 、 日 本 で ミ ュ ー ジ カ ル と し て 上 演 さ れ る か ら に は 、 一 九 七 〇 年 代 半 ば に 起 こ っ た ﹃ ベ ル サ イ ユ の ば ら ﹄ と い う 社 会 現 象 を 、 そ し て 宝 塚 歌 劇 の 演 技 法 を 、 文 脈 の 一 部 と し て 否 応 な し に 吸 収 す る こ と に な っ た 。 そ の 結 果 、 す で に 初 演 版 の 稽 古 の 段 階 で 内 容 が 作 り 変 え ら れ て い っ た 。 さ ら に 、 日 本 国 外 へ の 輸 出 に お い
て も 、 日 本 国 内 と 同 様 、 各 地 の 興 行 的 要 請 に 応 じ た 改 変 を 許 す と い う 方 針 は 守 ら れ 続 け 、 つ い に 初 演 版 と 完 全 に 別 物 と な っ て 、 輸 出 元 で あ っ た は ず の 日 本 に 輸 出 さ れ る 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 に 至 っ た 。 こ う し て み る と 、﹃ M A ﹄ は 、 日 本 ミ ュ ー ジ カ ル 独 特 の 実 践 を 色 濃 く 反 映 し つ つ 、 い わ ゆ る ﹁ 日 本 オ リ ジ ナ ル ﹂ と い う 価 値 を 放 棄 し た と い う 点 で 、 ミ ュ ー ジ カ ル と い う ジ ャ ン ル の 中 で も 極 め て 独 特 の 立 場 に あ る 。 ﹃ M A ﹄ の こ う し た 変 異 が 、 上 演 さ れ る 各 地 域 で 興 行 と し て 成 立 す る た め の 生 存 戦 略 だ っ た と 仮 定 す る の な ら 、 そ の 変 異 は い っ た い ど の よ う な 背 景 か ら 生 ま れ 、 展 開 さ れ て い っ た の か 。 ま た 、 日 本 に お け る 実 践 は 、﹃ M A ﹄ の 受 容 史 に い か な る 作 用 を も た ら し た の か 。 そ し て そ れ は 、 ミ ュ ー ジ カ ル 史 全 体 の 中 に ど の よ う に 位 置 づ け ら れ る の か 。 本 稿 で は 、 以 上 の 問 い の 追 究 を 目 的 と し て 、﹃ M A ﹄ の 二 〇 〇 六 年 初 演 か ら 二 〇 一 八 年 日 本 新 演 出 版 ま で の 展 開 を 、 日 本 で の 公 演 に 重 き を 置 き な が ら 、 次 章 よ り 通 時 的 に 追 っ て い く (6 ( 。 一 二 〇 〇 六 年 世 界 初 演 版 そ れ で は 、 い っ た い そ も そ も 、﹃ M A ﹄ の 初 演 版 は 、 ど の よ う な 意 図 の も と で 、 ま た い か な る 人 々 に よ っ て 生 み 出 さ れ 、 そ し て 受 容 さ れ た の か 。 制 作 か ら 上 演 へ ま ず 、 一 九 九 〇 年 代 に 東 宝 で 、 遠 藤 周 作 の 小 説 ﹃ 王 妃 マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹄ ( 一 九 八 〇 │ 八 一 年 、 朝 日 新 聞 連 載 ( を 原 作 と す る ミ ュ ー ジ カ ル 作 品 の 企 画 が 持 ち 上 が っ た 。 東 宝 は 輸 出 を 念 頭 に 置 き 、 二 〇 〇 一 年 、 ミ ヒ ャ エ ル ・ ク ン ツ ェ ( Mi chael Kun ze ( に 脚 本 を 、 シ ル ヴ ェ ス タ ー ・ リ ー ヴ ァ イ ( Sylvester Levay ( に 音 楽 を 、 そ れ ぞ れ 委 嘱 し た (7 ( 。 両 名 は 一 九 九 二 年 以 来 、 オ ー ス ト リ ア の ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 の も と で 三 本 の ミ ュ ー ジ カ ル を 共 同 で 執 筆 し て お り 、 こ れ ら が 知 名 度 を 得 て 、 欧 州 に 広 が り つ つ あ っ た 。 な か で も 、 処 女 作 の ﹃ エ リ ー ザ ベ ト ﹄ は 、 他 の ど の 地 域 に も 先 駆 け て 日 本 に 輸 出 さ れ 、 宝 塚 歌 劇 と 東 宝 の そ れ ぞ れ に よ る 翻 案 が 日 本 国 内 で 繰 り 返 し 再 演 さ れ て い た 。 さ ら に 当 時 、﹃ モ ー ツ ァ ル ト ! ﹄ ( 一 九 九 九 年 初 演 ( の 東 宝 版 ( 二 〇 〇 二 年 ( が 準 備 中 で も あ っ た 。 ク ン ツ ェ と リ ー ヴ ァ イ に よ る 構 想 を 経 て 、 二 〇 〇 四 年 に 栗 山 民 也 が 演 出 を 受 け 持 ち 、 こ れ ら 三 名 の 間 で ﹃ M A ﹄ は 具 体 化 さ れ て い っ た 。 ク ン ツ ェ の 意 図 は 、 原 作 の 主 題 で あ る キ リ ス ト 教 へ の 懐 疑 よ り も 、 む し ろ フ ラ ン ス 革 命 と い う 歴 史 的 事 実 を 批 判 的 に 検 討 し 、﹁ 暴 力 ﹂ や ﹁ 自 由 ﹂ に 関 す る 倫 理 的 問 い を 観 客 に 投 げ か け る こ と に あ っ た (8 ( 。 さ ら に 栗 山 が 、 人 間 対 人 間 の 関 係 へ の 着 目 を 提 案 し 、 上 演 の 基 本 的 な 方 針 が 定 ま っ
た (9 ( 。 こ の 方 針 を 受 け て 、 ま た 上 演 時 間 の 制 約 の 中 で 、 原 作 の 物 語 と 登 場 人 物 は 大 幅 に 削 ら れ た 。 全 二 幕 二 六 場 ( 表 一 ( の 場 面 は 基 本 的 に パ リ に 設 定 さ れ 、 中 心 人 物 と し て 二 人 の 対 照 的 な 女 性 │ │ ア ン ト ワ ネ ッ ト と 、 王 妃 の カ ウ ン タ ー パ ー ト と し て の 貧 民 マ ル グ リ ッ ト ・ ア ル ノ ー │ │ が 定 め ら れ た 。 次 に 、 両 者 を 取 り 巻 く フ ラ ン ス 革 命 の 世 界 を 、 内 と 外 か ら 批 判 的 に 観 察 す る 二 人 の 狂 言 回 し が 設 定 さ れ た 。 す な わ ち 、 劇 作 家 カ ロ ン ・ ド ・ ボ ー マ ル シ ェ が 社 会 的 背 景 を 言 葉 で 説 明 す る 一 方 で 、 錬 金 術 師 カ リ オ ス ト ロ が 革 命 後 の 観 点 に 立 ち 、 歌 を 媒 介 に し て 物 語 世 界 を 俯 瞰 し た 。 ま た 、 原 作 同 様 、 修 道 女 ア ニ エ ス が 登 場 す る こ と で 、 宗 教 的 観 点 も 盛 り 込 ま れ た 。 ア ン ト ワ ネ ッ ト は 、 こ の よ う な 複 眼 的 枠 組 み の 中 で 、 客 観 的 に 描 き 出 さ れ よ う と し て い た 。 内 容 の 叙 事 性 は 視 覚 面 に も 反 映 さ れ た 。 華 美 な 装 飾 を 排 し た ミ ニ マ リ ス テ ィ ッ ク な 舞 台 美 術 は 、 登 場 人 物 間 の 関 係 へ の 集 中 を 観 客 に 促 す と と も に 、 自 己 言 及 的 な 構 成 を 支 え た 。 こ の 意 匠 は ミ ュ ー ジ カ ル の 典 型 的 な イ メ ー ジ へ の 対 抗 を 意 図 し た も の だ っ た (10 ( 。 ま た 日 本 か ら の 発 信 と い う 東 宝 の 目 標 に 鑑 み る と 、 エ キ ゾ チ ッ ク な ﹁ 日 本 ら し さ ﹂ で は な く 、﹃ M A ﹄ が あ く ま で も 西 洋 演 劇 と い う 枠 組 み の 中 で 制 作 さ れ て い た こ と も 注 目 さ れ る (11 ( 。 音 楽 は 、 全 四 五 曲 で 構 成 さ れ 、 多 面 的 な 内 容 を 引 き 受 け た 。 各 登 場 人 物 と 信 条 を 表 す 多 彩 な ラ イ ト モ チ ー フ が ド ラ マ を 掘 り 下 げ つ つ 、 革 命 と い う 時 代 の 胎 動 を 劇 的 に 表 現 し た 一 方 で 、 劇 の 進 行 と と も に 表 面 化 し て い く 革 命 の 暴 力 性 が 、 叫 び 声 や 怒 号 、 シ ュ プ レ ヒ コ ー ル と い う 形 で 示 さ れ も し た 。 こ の よ う に 、﹃ M A ﹄ は 日 本 で ミ ュ ー ジ カ ル と し て 打 ち 出 す に は 実 験 性 の 強 い 作 品 だ っ た が 、 興 行 的 に 失 敗 し て し ま わ ぬ よ う に 、 東 宝 は 抜 か り な く 対 策 を 講 じ て い た 。 日 本 国 内 で 集 客 の 期 待 で き る 著 名 な ミ ュ ー ジ カ ル 俳 優 を 集 め 、 手 堅 い 興 行 を 目 指 し た の で あ る 。 そ し て こ の 差 配 が 、 上 演 の 実 際 の 印 象 を 左 右 す る こ と に な っ た 。 こ の 関 連 で 注 目 す べ き は 、 主 演 の 涼 風 真 世 が ア ン ト ワ ネ ッ ト を 演 じ る に あ た り 、﹁ 池 田 理 代 子 の 漫 画 ﹃ ベ ル サ イ ユ の ば ら ﹄ を 読 み 返 し ﹂、 ﹁ す べ て を 参 考 に し ﹂ た と 述 べ て い る こ と だ (12 ( 。 ク ン ツ ェ と 栗 山 は 史 実 と 小 説 に 依 拠 し 、 こ の 漫 画 を 参 照 す る こ と は な か っ た が (13 ( 、 涼 風 を 筆 頭 と す る 一 部 の 俳 優 に よ る 演 技 や 、 ミ ュ ー ジ カ ル と い う ジ ャ ン ル と ﹃ マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹄ と い う 作 品 名 の 組 み 合 わ せ が 特 定 の 観 客 に 惹 起 さ せ る イ メ ー ジ は 、 明 ら か に ﹃ ベ ル サ イ ユ の ば ら ﹄( 以 下 、﹁ ベ ル ば ら ﹂ と 略 記 ( と い う 強 い 磁 場 の 中 に あ っ た 。
宝 塚 化 さ れ た フ ラ ン ス 革 命 で は 、﹃ ベ ル ば ら ﹄ と い う 文 脈 は 、 い か な る 背 景 か ら ﹃ M A ﹄ に 影 響 を 及 ぼ す に 至 っ た の か 。 そ も そ も ﹃ ベ ル ば ら ﹄ は 、 週 刊 誌 ﹃ マ ー ガ レ ッ ト ﹄ で 一 九 七 二 │ 七 三 年 に 連 載 さ れ て い た 少 女 漫 画 で あ る 。 シ ュ テ フ ァ ン ・ ツ ヴ ァ イ ク ( Stefan Zweig ( の 伝 記 小 説 ﹃ マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト あ る 平 凡 な 人 間 の 肖 像 ﹄ ( 一 九 三 二 年 ( に 着 想 を 得 た 同 作 は 、 ア ン ト ワ ネ ッ ト が 、 純 真 さ ゆ え の 時 代 の 犠 牲 者 と し て 、 ま た 本 当 の 愛 を 追 い 求 め た 平 凡 な 女 性 と し て 、 同 情 的 に 描 か れ て い る 。 同 漫 画 に 表 さ れ た 、 古 い 価 値 観 の 犠 牲 者 と し て の ア ン ト ワ ネ ッ ト 像 は 、 恋 愛 結 婚 が 急 速 に 普 及 し つ つ あ っ た 連 載 当 時 の 日 本 社 会 の 反 映 で も あ っ た (14 ( 。 さ ら に 、 絵 柄 に 注 目 す る と 、 当 時 の 少 女 漫 画 の 流 行 を 反 映 し た 登 場 人 物 た ち が 、 大 き な 瞳 の 中 に 星 を 輝 か せ 、 八 頭 身 以 上 の 現 実 離 れ し た 風 体 で 描 か れ て い る 。 こ れ に 関 し て 、 ス ー ザ ン ・ ネ イ ピ ア は 、﹃ ベ ル ば ら ﹄ が 現 実 の フ ラ ン ス 人 を 反 映 す る の で は な く 、﹁ 理 想 化 さ れ た 西 洋 的 他 者 ( idealized Western O the rne ss (﹂ を 描 き 出 し て い る の だ と 指 摘 し て い る (15 ( 。 そ れ は 言 い 換 え れ ば 、 明 治 以 来 、 半 ば 虚 構 化 し 醸 成 さ れ た ﹁ 西 洋 ﹂ と い う ︿ 他 者 ﹀ の イ メ ー ジ が 、﹃ マ ー ガ レ ッ ト ﹄ の 主 な 読 者 層 で あ る 小 中 学 生 の 少 女 た ち の 憧 れ と し て 芽 吹 い た と い う こ と だ ろ う 。 さ て 、 漫 画 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ は た ち ま ち 大 ヒ ッ ト と な っ た が 、 一 九 七 四 年 に 同 作 の 舞 台 化 に 取 り 組 ん だ の が 、 宝 塚 歌 劇 で あ っ た 。 こ の 動 き は 、 実 写 映 画 ( 一 九 七 九 年 ( や テ レ ビ ア ニ メ ( 一 九 七 九 │ 八 〇 年 ( と い っ た 諸 メ デ ィ ア よ り も 早 か っ た 。 宝 塚 歌 劇 は 、 前 身 と な る 宝 塚 少 女 歌 劇 が 一 九 一 四 年 に 設 立 さ れ て 以 来 、 歌 舞 伎 を 基 盤 と し て 西 洋 の 音 楽 と 舞 踊 を 取 り 入 れ た 、 和 洋 折 衷 の 音 楽 劇 を 独 自 に 発 展 さ せ て き た 。 さ ら に 、 ﹃ モ ン ・ パ リ ﹄ ( 一 九 二 七 年 ( と ﹃ パ リ ゼ ッ ト ﹄ ( 一 九 三 〇 年 ( が 成 功 を 収 め る と 、 宝 塚 歌 劇 の イ メ ー ジ は 、 同 時 代 の パ リ で 流 行 し て い た レ ヴ ュ ー と 急 速 に 結 び つ け ら れ て い っ た 。 こ こ で 確 認 す べ き は 、 宝 塚 歌 劇 の 描 く フ ラ ン ス が 、 現 実 の そ れ で は な く 宝 塚 独 自 の 産 物 だ と す る 、 北 村 卓 の 指 摘 で あ る (16 ( 。 そ れ も そ の は ず で 、 宝 塚 歌 劇 は 花 嫁 学 校 を 母 体 と し 、 近 代 家 庭 向 け の 清 潔 な イ メ ー ジ を 売 り に し て い た た め に (17 ( 、 こ の 枠 組 み の 中 で フ ラ ン ス の 印 象 も 再 形 成 さ れ な け れ ば な ら な か っ た 。 劇 団 員 を 意 味 す る ﹁ タ カ ラ ジ ェ ン ヌ ﹂ と い う 造 語 が 指 し 示 す の は 、﹁ 朗 ら か に 、 清 く 正 し く 美 し く ﹂ あ る こ と を 信 条 と す る ﹁ タ カ ラ ヅ カ ﹂ 風 ﹁ パ リ ジ ェ ン ヌ ﹂ で あ る 。 こ の 呼 び 名 は 当 初 、 米 国 の シ ョ ー を 呼 び 物 に し て い た 浅 草 の 松 竹 少 女 歌 劇 と の 差 別 化 を 狙 っ た 戦 略 だ っ た が (18 ( 、 数 多 の 宝 塚 風 レ
ヴ ュ ー を 上 演 し て い く 中 で 、 宝 塚 歌 劇 を 形 成 す る キ ー ワ ー ド と な っ て い っ た 。 宝 塚 歌 劇 が ﹃ ベ ル ば ら ﹄ で 旋 風 を 巻 き 起 こ し た 背 景 に は 、 ふ た つ の 要 素 の 共 鳴 が あ る (19 ( 。 ひ と つ に は 、 少 女 漫 画 の 読 者 が 抱 い て い た ﹁ 理 想 化 さ れ た 西 洋 的 他 者 ﹂、 も う ひ と つ に は 宝 塚 歌 劇 の 世 界 観 の 中 で 育 ま れ て き た ﹁ 虚 構 の ふ る さ と (20 ( ﹂ と し て の フ ラ ン ス へ の 親 し み だ 。 こ れ を 実 現 し た の が 、﹃ ベ ル ば ら ﹄ の 演 出 家 で あ る 長 谷 川 一 夫 ( 一 九 〇 八 │ 八 四 年 ( で あ る 。 歌 舞 伎 出 身 で 時 代 劇 映 画 を 中 心 に 活 躍 す る 国 民 的 俳 優 だ っ た 長 谷 川 は 、 細 か な 所 作 や せ り ふ 回 し 、 見 栄 の 切 り 方 を タ カ ラ ジ ェ ン ヌ に 指 導 す る こ と で 、 漫 画 に 描 か れ た 二 次 元 的 な フ ラ ン ス 革 命 の 印 象 を 三 次 元 で 再 現 し よ う と 試 み た (21 ( 。 た だ し 重 要 な の は 、 様 式 美 の あ る 洋 物 へ の 読 み 替 え を 通 じ て 目 指 さ れ た の が 、 漫 画 の 完 全 な 再 現 で は な く 、﹁ そ れ を プ ロ セ ス と し た タ カ ラ ジ ェ ン ヌ の 魅 力 の 発 現 (22 ( ﹂ に あ る と い う こ と だ 。 タ カ ラ ジ ェ ン ヌ に は 、 ド ラ マ の 媒 体 と し て の 役 割 を 果 た す こ と 以 上 に 、 個 々 の 身 体 そ の も の を 上 演 の 基 軸 に す る こ と が 求 め ら れ る 。 こ こ で の 身 体 と は 、 一 九 六 〇 年 代 以 降 の 欧 米 圏 で の パ フ ォ ー マ ン ス の 命 題 と さ れ て き た 、 現 象 的 身 体 と 記 号 的 身 体 の 相 克 と 相 関 と い う 文 脈 で 論 じ ら れ る も の で は な く (23 ( 、 む し ろ 歌 舞 伎 に 見 ら れ る よ う な 、 本 名 の 役 者 に 対 す る 、 芸 名 と し て の 半 ば フ ィ ク テ ィ ヴ な 身 体 性 4 4 4 を 指 し て い る (24 ( 。 型 の 模 倣 と い う プ ロ セ ス を 通 じ て 現 れ る 差 異 に よ っ て 、 こ の よ う な 身 体 性 が 強 調 さ れ る と 同 時 に (25 ( 、 脚 本 や 演 出 等 も ま た 、 公 演 毎 に 刷 新 さ れ る 出 演 者 そ れ ぞ れ の 身 体 性 に 応 じ て 絶 え 間 な く 修 正 さ れ る 。 宝 塚 版 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ が こ の 方 針 を 守 っ て い る こ と は 、 初 演 当 時 の 演 技 の 型 を 残 し つ つ 、 今 日 に 至 る ま で 、 同 作 が 三 〇 回 以 上 改 訂 さ れ 続 け て き た こ と が 端 的 に 示 し て い る 。 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ の 根 強 い 人 気 は 、 日 本 に お け る フ ラ ン ス 革 命 の イ メ ー ジ を 同 作 に 紐 づ け る と 共 に 、 そ の イ メ ー ジ の 担 い 手 と し て 、 タ カ ラ ジ ェ ン ヌ の 身 体 を 指 示 し 続 け た 。﹃ ベ ル ば ら ﹄ 以 来 、 フ ラ ン ス 革 命 を 扱 っ た 作 品 は 宝 塚 歌 劇 の 内 外 で 幾 度 も 上 演 さ れ た が 、 ア ン ト ワ ネ ッ ト が 登 場 す る 作 品 の 場 合 、 専 ら ( 元 ( タ カ ラ ジ ェ ン ヌ が そ の 役 を 担 っ た 。先 述 の 涼 風 に 加 え て 、 松 竹 の オ リ ジ ナ ル ・ ミ ュ ー ジ カ ル ﹃ マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹄ ( 二 〇 〇 六 年 ( に 主 演 し た 大 地 真 央 や 、 ミ ュ ー ジ カ ル ﹃ 一 七 八 九 バ ス テ ィ ー ユ の 恋 人 た ち ﹄( T F 1 と N R J の 共 同 制 作 、 二 〇 一 二 年 ( の 東 宝 に よ る 翻 案 ( 二 〇 一 六 年 初 演 ( に 出 演 し た 凰 稀 か な め 、 龍 真 咲 、 そ し て 花 總 ま り は 、 そ の 典 例 で あ る 。 何 よ り も 、﹃ M A ﹄ の タ イ ト ル ・ ロ ー ル を 担 っ た 涼 風 自 身 が 、 一 九 八 九 │ 一 九 九 一 年 版 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ に 漫 画 オ リ ジ ナ ル の キ ャ ラ ク タ ー で あ る オ ス カ ル 役 で 連 続 出 演 し 、 好 評 を 博 し て
い た 。 さ ら に 、 こ の 認 識 が 日 本 の 大 手 ミ ュ ー ジ カ ル 界 で 共 有 さ れ て い た こ と は 、﹃ M A ﹄ に フ ェ ル セ ン 役 で 出 演 し た 井 上 芳 雄 が 、 自 ら の 役 に つ い て ﹁ 宝 塚 の ﹃ ベ ル サ イ ユ の ば ら ﹄ を 観 て 知 っ て い た ﹂ と 述 べ て い る こ と か ら も わ か る (26 ( 。 観 客 に よ る 読 み 替 え と そ の 反 映 さ て 、﹃ M A ﹄ で 涼 風 の 演 じ た ア ン ト ワ ネ ッ ト は 、 な る ほ ど 脚 本 と 演 出 で 指 示 さ れ た 通 り 、 短 慮 で 愚 か な 凡 人 と し て 表 さ れ 、﹃ ベ ル ば ら ﹄ で 描 か れ て い た 人 間 的 成 長 は 認 め ら れ な い 。 こ れ を 受 け て 、﹁ フ ラ ン ス 革 命 下 の ロ マ ン チ ッ ク な 悲 劇 を 想 像 す る と 、 戸 惑 う (27 ( ﹂ と い う 印 象 や 、﹁ ミ ュ ー ジ カ ル と し て 見 る と 、 誰 に 感 情 移 入 し て い い か 分 か ら ず 、 せ っ か く の 歌 が 胸 に 迫 っ て 来 な い う ら み が 残 る (28 ( ﹂ と い っ た ネ ガ テ ィ ヴ な 批 評 が 書 か れ た 。 だ が 一 方 で 、 劇 評 の 中 に は 、﹁ 無 邪 気 ﹂ さ か ら ﹁ 毅 然 と ﹂ し た 振 る 舞 い へ と 変 化 す る 涼 風 の 演 技 の 中 に ﹁ 透 明 感 ﹂ と ﹁ 品 位 ﹂ を 見 出 そ う と す る 試 み も 散 見 さ れ た (29 ( 。 言 っ て し ま え ば 、 批 評 家 は ﹃ ベ ル ば ら ﹄ と 同 種 の ド ラ マ を ﹃ M A ﹄ の 中 に 読 み 取 ろ う と 苦 心 し 、 ま た そ の よ う な ド ラ マ の 成 就 を ﹃ M A ﹄ の 脚 本 と 演 出 が 妨 げ て い る と 見 做 し た の で あ る 。 批 評 家 の こ の よ う な 態 度 が 示 し て い る の は 、 観 客 の 間 で 親 し ま れ て き た 二 つ の 文 脈 │ │ ﹃ ベ ル ば ら ﹄ 的 世 界 観 と 、 演 者 の 身 体 性 を 軸 と す る 上 演 の あ り 方 │ │ が 、﹃ M A ﹄ に お い て も 自 明 視 さ れ て い る と い う こ と だ 。し た が っ て 、﹁ マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹂ の ﹁ ミ ュ ー ジ カ ル ﹂ と 聞 い て 惹 起 さ れ る イ メ ー ジ か ら 乖 離 し た ﹃ M A ﹄ が 疑 問 視 さ れ 、﹁ 作 品 と 演 者 、 観 客 が な じ む た め の プ レ ビ ュ ー 期 間 の 必 要 ﹂ が 提 案 さ れ た の は (30 ( 、 無 理 か ら ぬ こ と で あ っ た 。 興 味 深 い の は 、 こ の 初 演 の 直 後 に 東 宝 が 取 っ た 対 応 で あ る 。﹃ M A ﹄ は 東 京 初 演 か ら 間 を 置 か ず に 博 多 座 と 梅 田 芸 術 劇 場 を 巡 演 し 、 そ の 間 に 台 詞 や 演 出 を 随 所 で 変 更 し 、 そ の 後 の 東 京 再 演 ( 二 〇 〇 七 年 ( に 臨 ん だ 。 こ の 再 演 版 で は 、 東 京 初 演 版 に み ら れ た ア ン ト ワ ネ ッ ト の 軽 薄 な 台 詞 や 振 舞 い は 鳴 り を 潜 め 、 さ ら に 涼 風 が カ ー テ ン コ ー ル に 登 場 す る 際 の 衣 装 も 、 終 幕 時 の 服 装 で あ る 囚 人 用 の 簡 素 な 白 い ワ ン ピ ー ス 姿 で は な く 、 絶 頂 期 の 豪 奢 な ド レ ス 姿 に 変 更 さ れ た 。 つ ま り 、 初 演 版 と 比 べ る と 、 ア ン ト ワ ネ ッ ト の 現 れ 方 は 、 そ れ を 演 じ る 涼 風 の イ メ ー ジ に よ り 馴 染 む 形 へ と 修 正 さ れ て い き 、 ミ ュ ー ジ カ ル 慣 れ し た 観 客 の 思 い 描 く イ メ ー ジ に 徐 々 に 寄 り 添 っ て い っ た の で あ る 。
二 さ ま よ う ア ン ト ワ ネ ッ ト │ │ 最 初 の 輸 出 か ら 帰 国 前 夜 ま で こ の よ う に し て 、﹃ M A ﹄ は 初 演 地 で の 興 行 を 即 座 に 調 整 す る こ と で 、 同 地 の 観 客 の 期 待 に 応 え よ う と し た 。 た だ し 、 当 初 の 目 標 に 掲 げ て い た 海 外 進 出 を ど の よ う に 実 現 す る か と い う 問 題 は 未 解 決 だ っ た 。 そ れ と い う の も 、 当 初 想 定 さ れ て い た オ ー ス ト リ ア と フ ラ ン ス へ の 輸 出 が 頓 挫 し た か ら だ (31 ( 。 ヨ ー ロ ッ パ で も 有 数 の 観 光 大 国 で あ る 両 国 に と っ て 、 自 国 の 観 光 資 源 で あ る ア ン ト ワ ネ ッ ト に 対 し て 批 判 的 な 立 場 を 取 る ﹃ M A ﹄ は 歓 迎 さ れ な か っ た 。 ﹃ M A ﹄ に は 別 の 輸 出 先 が 必 要 だ っ た が 、 そ の 道 の り は 場 当 た り 的 だ っ た 。 例 え て 言 う な ら 、 あ た か も 遺 伝 子 が 複 製 の 際 に 変 異 を 繰 り 返 す こ と で 複 数 の 別 種 に 枝 分 か れ し て い く か の よ う に 、﹃ M A ﹄ の ﹁ 変 異 体 ﹂ が 各 地 で 発 生 し 、 各 々 が 異 な る 場 所 と 時 間 の 中 で 生 き 延 び て い っ た 。 次 項 か ら は 、 そ の ﹁ 変 異 体 ﹂ を 生 み 出 し た 二 つ の 地 域 公 演 に つ い て 詳 し く 見 て 行 こ う 。 ひ と つ は ド イ ツ ・ ブ レ ー メ ン 版 ( 二 〇 〇 九 年 ( で 、 も う ひ と つ は 韓 国 ・ ソ ウ ル 版 ( 二 〇 一 四 年 ( で あ る 。 こ れ ら は ま た 、 東 京 初 演 か ら 日 本 新 演 出 版 に 至 る た め の 通 過 点 で も あ っ た ( 図 一 ( 。 ド イ ツ ・ ブ レ ー メ ン 版 最 初 の 輸 出 先 は 、 初 演 版 を 観 た ハ ン ス = ヨ ア ヒ ム ・ フ ラ イ ( Hans-Joachim Frey ( の 手 で 、 彼 が 二 〇 〇 七 年 か ら 芸 術 監 督 を 務 め る ド イ ツ ・ ブ レ ー メ ン 歌 劇 場 ( Musicaltheater Bremen ( に 定 め ら れ た 。 東 宝 ミ ュ ー ジ カ ル の 海 外 進 出 は 、﹃ ス カ ー レ ッ ト ﹄( 一 九 七 〇 年 初 演 ( の 英 国 公 演 ( 一 九 七 二 年 ( 、 お よ び ﹃ ロ ー マ の 休 日 ﹄ ( 一 九 九 八 年 初 演 ( の 韓 国 公 演 ( 二 〇 〇 〇 年 ( 以 来 で あ り 、 ま た 数 か 月 に 及 ぶ 本 公 演 と し て は 、﹃ M A ﹄ が 初 の 試 み だ っ た 。 ブ レ ー メ ン 版 に は 、 現 地 の 制 作 チ ー ム と 出 演 者 に 加 え て 、 ド イ ツ に 拠 点 を 持 つ ク ン ツ ェ と リ ー ヴ ァ イ が 再 び 携 わ り 、 さ ら に 、 劇 場 側 の 予 算 の 都 合 上 、 日 本 か ら は 栗 山 と そ の 演 出 助 手 だ け が 招 聘 さ れ た 。 フ ラ イ の 目 標 は 、﹁ 表 面 的 で 薄 っ ぺ ら い ミ ュ ー ジ カ ル で は な く ﹂、 そ の 逆 を 行 く 知 的 な 作 品 の 提 供 に あ っ た た め (32 ( 、 ク ン ツ ェ と 栗 山 の 方 針 は 妥 当 だ っ た 。 ア ン ト ワ ネ ッ ト は 観 る 者 の 同 情 を 誘 わ ず 、 高 慢 か つ 放 埓 に 演 じ ら れ 、 そ れ を 批 判 的 に 見 つ め さ せ る た め の 枠 構 造 も │ │ カ リ オ ス ト ロ の 役 割 が 強 化 さ れ た こ と で 、 ボ ー マ ル シ ェ の 存 在 感 こ そ 減 じ ら れ た も の の │ │ い っ そ う 強 調 さ れ た 。 各 紙 の 劇 評 を 見 る と 、﹃ M A ﹄ は ク ン ツ ェ と リ ー ヴ ァ イ に よ る 作 品 と し て 専 ら 解 釈 さ れ 、 日 本 で 打 ち 出 さ れ て い た ﹁ 国
際 共 同 制 作 ﹂ と い う 同 作 の 側 面 は 十 分 に 評 価 さ れ て い な い 。 し か も 、 こ の 二 人 の 作 者 と 一 部 の ミ ュ ー ジ カ ル 俳 優 が 、 二 〇 〇 〇 年 か ら ド イ ツ に 進 出 し た ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 の ミ ュ ー ジ カ ル を 想 起 さ せ た た め に (33 ( 、﹃ M A ﹄ こ れ ら の 関 連 作 品 と の 比 較 を 余 儀 な く さ れ た 。 ま た 批 判 の 矛 先 は 演 出 家 に 向 け ら れ た 。 ミ ュ ー ジ カ ル を 見 慣 れ た あ る 劇 評 家 は 、﹃ M A ﹄ の 演 出 を 、 同 じ く 皇 妃 を テ ー マ に し た ﹃ エ リ ー ザ ベ ト ﹄ の 焼 き 直 し と 見 做 し 、 作 品 が ﹁ ど う も 説 得 力 に 欠 け る の は 、 と り わ け 芯 の 弱 い 演 出 の せ い だ ﹂ と 切 り 捨 て た (34 ( 。 加 え て 、 日 本 人 演 出 家 の 登 用 と い う 点 に 関 し て 、 複 数 の 報 道 が ﹁ 通 訳 な し に は 成 立 し な い ﹂ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 上 の 混 乱 を 取 り 上 げ (35 ( 、 そ れ ば か り か 、﹁ 瞑 想 的 で わ ず か な 動 き に よ っ て 示 さ れ る よ う な 能 や 歌 舞 伎 へ の 類 似 点 は ご く わ ず か に し か 認 め ら れ な い (36 ( ﹂ と い う 偏 見 に 基 づ い た 批 判 や 、﹁ こ う い う 演 出 が 日 本 で よ く 見 ら れ る も の な の か ど う か は さ て お き 、 ヨ ー ロ ッ パ 人 の 観 客 の 目 に は つ ま ら な く 地 味 に 映 っ た (37 ( ﹂ と い う 当 て 擦 り も あ っ た 。 こ の よ う な 混 乱 が 生 じ た 理 由 は 、 あ る 評 が 投 げ か け た 、﹁ ド イ ツ の 観 客 に 対 し て こ の テ ー マ は 果 た し て 妥 当 な の か (38 ( ﹂ と い う 根 本 的 な 問 い が 端 的 に 示 し て い る 。 そ れ と い う の も 、 ド イ ツ 国 内 で 規 模 の 大 き な ミ ュ ー ジ カ ル は 、 大 半 が 民 営 で 、 地 元 民 向 け に 様 々 な 演 目 を 日 替 わ り で 提 供 す る 公 営 劇 場 と は 異 な り 、 ひ と つ の 演 目 を 一 定 期 間 連 続 で 上 演 す る こ と が 多 い 。 そ し て 一 〇 〇 〇 ~ 一 五 〇 〇 万 ユ ー ロ ( 約 一 二 ~ 一 九 億 円 ( の 制 作 費 を 回 収 す べ く 、 多 く の 商 業 公 演 は 観 光 業 と 提 携 し 、 公 演 期 間 中 に い か に 多 く の 観 客 を 集 め る か に 苦 心 す る の だ (39 ( 。 ゆ え に 、 海 外 で 十 分 に 成 功 し た 作 品 や 、 バ カ ン ス 中 に 家 族 連 れ で 楽 し め る よ う な 作 品 が 好 ま れ る 傾 向 に あ る ( 後 述 す る テ ク レ ン ブ ル ク 野 外 劇 場 の よ う に 、 例 外 的 な 事 例 も あ る ( 。 つ ま り こ こ で も 、 ﹃ M A ﹄ は ド イ ツ で 一 般 的 と さ れ る ミ ュ ー ジ カ ル 公 演 の 枠 組 み か ら 逸 脱 し て い た 。 ﹃ M A ﹄ は 結 局 、 四 か 月 間 の 興 行 の 成 果 と し て 、 五 八 〇 万 ユ ー ロ の 制 作 費 を 賄 う ど こ ろ か 、 逆 に 約 一 五 ○ ○ 万 ユ ー ロ の 損 失 を 生 み 、 劇 場 の 経 営 危 機 を 招 い た (40 ( 。 制 作 側 は フ ラ ン ス と 東京初演 (2006) 東京再演(2007) 独ブレーメン(2009) 独テクレンブルク (2012) 韓国ソウル (2014) 洪ブダペスト (2016) 日本新演出 (2018) 図1 『マリー・アントワネット』公演史(2006‒2018)
オ ー ス ト リ ア へ の 輸 出 を 再 度 望 ん だ が 、 そ の 試 み が 実 を 結 ぶ こ と は 無 か っ た (41 ( 。 そ こ へ 名 乗 り を 上 げ た の が 、 韓 国 の E M K ミ ュ ー ジ カ ル ・ カ ン パ ニ ー ( 以 下 、﹁ E M K ﹂ と 略 記 ( だ っ た 。 二 〇 〇 九 年 に 設 立 さ れ た こ の 企 業 は 、 英 米 ミ ュ ー ジ カ ル を ﹁ フ ル ラ イ セ ン ス ﹂ で 買 い 付 け る と い う 従 来 の 方 法 で は な く 、 ド イ ツ 語 圏 の 劇 場 か ら 台 本 と 音 楽 、 そ し て 上 演 権 の み │ │ オ ム ・ ホ ン ヒ ョ ン ( 엄 홍 현 ( 代 表 曰 く ﹁ ス モ ー ル ・ ラ イ セ ン ス ﹂ │ │ の 購 入 を 推 し 進 め て い た (42 ( 。 そ う し て 購 入 し た ﹁ 海 外 ミ ュ ー ジ カ ル の 基 本 的 な 枠 組 み に 、 韓 国 の 観 客 が 気 に 入 る 趣 向 を 投 入 す る こ と で 、 ︿ カ ス タ ム ・ ミ ュ ー ジ カ ル ﹀ に 作 り 変 え る (43 ( ﹂ こ と が E M K の 狙 い だ っ た 。 そ の 第 一 弾 と し て 、 ス イ ス で 制 作 さ れ た ﹃ モ ン テ ・ ク リ ス ト 伯 ﹄ ( 二 〇 〇 九 年 初 演 、 テ ア ー タ ー ・ ザ ン ク ト ・ ガ レ ン ( と 並 ん で 、 ブ レ ー メ ン 版 ﹃ M A ﹄ に 白 羽 の 矢 が 立 っ た の だ っ た 。 韓 国 ・ ソ ウ ル 版 五 年 後 の 二 〇 一 四 年 に ソ ウ ル の シ ャ ル ロ ッ テ ン ・ シ ア タ ー で お 目 見 え し た ﹃ M A ﹄ は 、 ほ ぼ 新 作 の 様 相 を 呈 し て い た 。 と い う の も 、 二 〇 〇 七 年 以 来 、 複 数 の ミ ュ ー ジ カ ル の 韓 国 版 制 作 に 携 わ っ て き た 演 出 家 の ロ バ ー ト ・ ヨ ハ ン ソ ン が 、 ブ レ ー メ ン 版 を 八 〇 % 以 上 翻 案 し た た め で あ る (44 ( 。 ク ン ツ ェ と リ ー ヴ ァ イ も こ れ に 協 力 し 、 登 場 人 物 と 場 面 構 成 が 刷 新 さ れ 、 さ ら に 複 数 の 曲 が 、 再 度 編 曲 さ れ る か 、 ま た は 新 た に 書 き 下 ろ さ れ た (45 ( 。 台 本 と 音 楽 以 外 の 要 素 は 現 地 で 新 た に 作 ら れ た 。 こ の ソ ウ ル 版 の 基 軸 は 、﹁ マ リ ー の 悲 劇 的 な 人 生 ﹂ と ﹁ フ ェ ル セ ン 伯 爵 と の プ ラ ト ニ ッ ク な 愛 の 世 界 ﹂ に 置 か れ た (46 ( 。﹁ 観 客 自 身 が 全 て の 登 場 人 物 た ち に 同 化 す る こ と が で き る (47 ( ﹂ よ う に す べ く 、 旧 版 に あ っ た 枠 構 造 は 廃 さ れ 、 代 わ り に ア ン ト ワ ネ ッ ト の 死 を 起 点 と し て 、 彼 女 の 恋 人 だ っ た フ ェ ル セ ン が 在 り し 日 を 物 語 る と い う 、 ま っ た く 新 た な 枠 構 造 が 採 用 さ れ た 。 こ れ に よ り 、 狂 言 回 し の ボ ー マ ル シ ェ と カ リ オ ス ト ロ 、 そ し て 修 道 女 ア エ ニ ス が 削 除 さ れ た 。 異 化 を 促 す よ う な 音 楽 的 進 行 は 改 め ら れ 、 楽 曲 の 一 部 は 別 の 場 面 で 新 た な 歌 詞 を 付 け て 再 利 用 さ れ た (48 ( 。 注 目 す べ き は 、 韓 国 の 報 道 で 、﹃ M A ﹄ が ﹁ ベ ル サ イ ユ の ば ら と 形 容 さ れ た マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト ﹂ の 物 語 と し て 紹 介 さ れ た こ と だ (49 ( 。 そ れ ど こ ろ か 、 ヨ ハ ン ソ ン が マ リ ー 役 の オ ク ・ ジ ョ ヒ ョ ン に 漫 画 を 読 む よ う に と 勧 め た こ と や (50 ( 、 K A I ( 정 기 열 ( が 漫 画 に 基 づ い た 自 作 の 衣 装 で リ ハ ー サ ル に 臨 み 、 フ ェ ル セ ン 役 に 選 ば れ た こ と か ら も 窺 え る よ う に (51 ( 、 演 技 の 面
で ﹃ ベ ル ば ら ﹄ の イ メ ー ジ を 踏 襲 す る 動 き も あ っ た 。 た だ し 、 非 公 式 の 韓 国 語 版 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ が 一 九 七 〇 年 代 末 か ら 入 手 可 能 で あ り 、 な お か つ 、 韓 国 に お け る ミ ュ ー ジ カ ル ・ フ ァ ン と 少 女 漫 画 の 読 者 が 重 な り 合 っ て い る こ と を 考 慮 す る と (52 ( ソ ウ ル 版 で 参 照 さ れ た の は 、 宝 塚 歌 劇 の 型 と い う よ り も 漫 画 の 印 象 だ っ た と 判 断 さ れ る (53 ( 。 言 い 換 え る と 、 ソ ウ ル 版 ﹃ M A ﹄ で 意 識 さ れ て い た 視 覚 的 な き ら び や か さ │ │ 衣 装 や 装 置 だ け で な く 出 演 者 の 見 栄 え の 良 さ も 含 め て │ │ は 、 漫 画 の 中 で 美 化 さ れ た 一 八 世 紀 フ ラ ン ス 世 界 、 ま た は ﹁ 理 想 化 さ れ た 西 洋 的 他 者 ﹂ を 、 改 め て 指 し 示 し て い た 。 さ ら に も う 一 点 確 認 し て お き た い の は 、 ソ ウ ル 版 ﹃ M A ﹄ が 独 自 の 版 権 を 獲 得 し 、 二 〇 一 六 年 に ハ ン ガ リ ー の ブ ダ ペ ス ト ・ オ ペ レ ッ タ 劇 場 に 向 け て 、 そ し て 二 〇 一 八 年 に は 日 本 の 東 宝 に 向 け て 、 ソ ウ ル か ら そ れ ぞ れ 輸 出 さ れ た と い う こ と だ 。 た だ し 実 際 の と こ ろ 、 輸 出 の 実 態 は 一 様 で は な く 、 次 章 で 詳 述 す る 日 本 新 演 出 版 で は ソ ウ ル 版 の 内 容 が ほ ぼ 踏 襲 さ れ た の に 対 し 、 ブ ダ ペ ス ト 版 で は 演 出 家 が 現 地 で 新 た に 指 名 さ れ 、 抜 本 的 な 翻 案 が 行 わ れ た 。 こ の 対 照 的 な 結 果 は 、 E M K に よ る 柔 軟 な ミ ュ ー ジ カ ル 輸 出 の 方 針 を 示 し て い る │ │ 輸 出 先 の 主 催 団 体 は 、 作 品 を 改 変 し て も 良 い し 、 し な く て も 良 い の だ 。 ド イ ツ ・ テ ク レ ン ブ ル ク 版 と ハ ン ガ リ ー ・ ブ タ ペ ス ト 版 と こ ろ で 、 前 掲 の 図 一 が 示 す よ う に 、 テ ク レ ン ブ ル ク 版 と ブ ダ ペ ス ト 版 は 、 本 稿 が 主 眼 と す る 東 京 初 演 版 か ら 日 本 新 演 出 版 へ の ﹁ 変 異 ﹂ の 道 筋 に 直 接 関 与 し て い な い が 、 こ こ で 補 足 的 に 触 れ た い 。 二 〇 一 二 年 の テ ク レ ン ブ ル ク 版 で は 、 基 本 的 に ブ レ ー メ ン 版 を 踏 ま え つ つ 、 テ ク レ ン ブ ル ク 野 外 劇 場 と い う 特 殊 な 環 境 に 合 わ せ て 、 演 出 家 マ ー ク ・ ク レ ア ( Marc Cleare ( が 翻 案 を 行 っ た 。 テ ク レ ン ブ ル ク 野 外 劇 場 は 、 一 九 二 四 年 以 来 、 テ ク レ ン ブ ル ク 城 跡 で 主 に 夏 季 限 定 公 演 を 催 し て き た 団 体 で あ る 。 戦 後 、 非 営 利 目 的 の 登 録 社 団 法 人 の 形 態 を 取 っ た こ と で 、 今 日 で は 商 業 演 劇 の 路 線 と も 、 地 方 自 治 体 に よ る 地 域 振 興 の 文 脈 と も 異 な っ た 独 自 の 方 針 を 採 用 し て い る 。 特 に 二 〇 〇 八 年 以 後 は ド イ ツ 語 圏 で 独 自 に 制 作 さ れ た ミ ュ ー ジ カ ル 作 品 を た び た び 輸 入 し て お り 、 テ ク レ ン ブ ル ク 版 ﹃ M A ﹄ も そ の ひ と つ に 位 置 づ け ら れ る 。 そ し て 同 版 に お け る 内 容 面 の 変 更 は 、 テ ク レ ン ブ ル ク 野 外 劇 場 の 要 望 で は な く 、 ク ン ツ ェ と リ ー ヴ ァ イ 側 か ら の 希 望 に 基 づ い て い た (54 ( 。 こ の 点 か ら も 、 当 地 で の ﹁ 変 異 ﹂ は 特 殊 な 上 演 空 間 へ の 適 応 と い う 面 に 強 く 表 れ た と 言 っ て よ い 。 一 方 、 二 〇 一 六 年 の ブ ダ ペ ス ト 版 で は 、 場 面 や 楽 曲 の 順 序
は ソ ウ ル 版 に 沿 い つ つ 、 ケ レ ー ニ ・ ミ ク ロ ー シ ュ ・ ガ ー ボ ル ( Kerényi Miklós Gábor ( に よ る 独 自 の 演 出 が 採 用 さ れ 、 革 命 の 暴 力 性 と 報 道 の 欺 瞞 が 同 版 で 強 調 さ れ た 。 厳 し い 検 閲 の た め に 明 言 は 避 け ら れ て い る が (55 ( 、 そ の 背 景 と し て 、 ハ ン ガ リ ー 現 代 史 だ け で な く 、 二 〇 一 〇 年 以 降 に 深 刻 化 し て い る 同 国 内 の メ デ ィ ア 規 制 が あ っ た と 推 察 さ れ る (56 ( 。 ブ ダ ペ ス ト 版 は こ の よ う に 、 東 京 初 演 版 で 描 か れ た 革 命 の 暴 力 性 に 改 め て 立 ち 戻 る と 同 時 に 、 当 地 の 社 会 的 背 景 に 準 じ て 展 開 し た 。 ブ ダ ペ ス ト 版 で 注 目 し て お き た い の は 、 ク レ ジ ッ ト の 序 列 だ 。 遠 藤 周 作 の 小 説 が 原 案 で あ る こ と と 、 東 宝 が 版 権 元 の ひ 4 4 4 4 4 と つ 4 4 で あ る こ と が 、 ク レ ジ ッ ト に 辛 う じ て 認 め ら れ る 程 度 に 留 ま っ た 一 方 で 、 ハ ン ガ リ ー 出 身 で あ り 、 な お か つ ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 に 所 縁 の あ る リ ー ヴ ァ イ が 原 作 者 だ と い う 点 が 報 道 で 強 調 さ れ た (57 ( 。 他 の 歌 劇 場 と 同 様 、 作 曲 家 の 名 前 が 最 初 に ク レ ジ ッ ト さ れ る と い う ブ ダ ペ ス ト ・ オ ペ レ ッ タ 劇 場 の 慣 例 を 差 し 引 い て も 、 リ ー ヴ ァ イ は 明 ら か に ブ ダ ペ ス ト 版 ﹃ M A ﹄ の ﹁ 顔 ﹂ と し て 意 識 さ れ て い た 。 い わ ば 、 ブ ダ ペ ス ト 版 に お け る ﹁ 変 異 ﹂ は 、 内 容 の み な ら ず 、 誰 を 制 作 者 と み な す か と い う 点 に も 表 れ た 。 三 ア ン ト ワ ネ ッ ト の 帰 郷 右 記 の よ う な 興 行 史 を 経 て 、 二 〇 一 八 年 に ﹃ M A ﹄ は 日 本 に 帰 郷 し た 。 た だ し 、 こ の 日 本 新 演 出 版 の 様 相 は 、 最 後 に 日 本 で 上 演 さ れ た 時 と 比 べ る と 、 す っ か り 様 変 わ り し て い た 。 な ぜ な ら 、 脚 本 か ら 演 出 、 美 術 に 至 る ま で 、 ソ ウ ル 版 が そ の ま ま 移 植 さ れ た か ら だ 。 し た が っ て 、 場 面 構 成 は ソ ウ ル 版 を 踏 襲 し ( 表 二 ( 、 ま た テ キ ス ト に つ い て も 、 二 〇 〇 七 年 東 京 再 演 版 の 日 本 語 テ キ ス ト に 修 正 が 加 え ら れ る と い う よ り も 、 二 〇 一 四 年 ソ ウ ル 版 の テ キ ス ト が ほ ぼ 新 た に 日 本 語 へ 翻 訳 し 直 さ れ た ((5 ( 。 で は 、 こ の 新 演 出 版 が ソ ウ ル 版 と 完 全 に 同 一 の 内 容 だ っ た か と い う と 、 そ う で は な か っ た 。 差 異 は 出 演 者 の 身 体 性 に 表 れ 、 ま た そ の 身 体 性 こ そ が 新 演 出 版 を 規 定 し て い た 。 す な わ ち 、 ソ ウ ル 版 で ﹃ ベ ル ば ら ﹄ の 文 脈 が 再 び 現 れ 、 そ の イ メ ー ジ と 矛 盾 し な い 演 出 に 改 め ら れ た こ と に よ り 、 新 演 出 版 に お け る ア ン ト ワ ネ ッ ト に 対 す る 期 待 が 強 化 さ れ た の で あ る 。 こ の 関 連 で 注 目 さ れ る の は 、 新 演 出 版 で ダ ブ ル キ ャ ス ト の ア ン ト ワ ネ ッ ト 役 と し て 起 用 さ れ た 、 花 總 ま り と 笹 本 玲 奈 ( 初 演 版 で は マ ル グ リ ッ ト 役 ( の 関 係 で あ る 。 元 タ カ ラ ジ ェ ン ヌ の 花 總 は も と も と 悲 劇 的 な 王 妃 役 を 得 意 と し 、 二 〇 〇 一 年 の
宝 塚 歌 劇 版 ﹃ ベ ル ば ら ﹄、 お よ び 二 〇 一 六 年 の 東 宝 版 ﹃ 一 七 八 九 ﹄ に ア ン ト ワ ネ ッ ト 役 で 出 演 し て お り 、 多 く の 観 客 の も と で 、 花 總 と ア ン ト ワ ネ ッ ト と い う キ ャ ラ ク タ ー の 関 係 が 緊 密 な も の と な っ て い た 。 そ れ を 端 的 に 示 し て い る の が 、﹁ 当 代 き っ て の マ リ ー 役 者 ﹂ │ │ 歌 舞 伎 で い う と こ ろ の ﹁ 弁 慶 役 者 ﹂ │ │ と い う 報 道 の 語 句 で あ る (59 ( 。 ﹁ も は や マ リ ー そ の も の で は な い か と 思 え る 存 在 感 (60 ( ﹂ と 形 容 さ れ た 花 總 と 、 ダ ブ ル キ ャ ス ト で ア ン ト ワ ネ ッ ト 役 を 日 替 わ り で 演 じ る こ と に つ い て 、 笹 本 は ま ず ﹁ 宝 塚 歌 劇 の ﹃ ベ ル サ イ ユ の ば ら ﹄ の イ メ ー ジ が 強 く て 、 マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト は こ う じ ゃ な き ゃ い け な い と い う も の が お 客 さ ま の 中 に あ る ﹂ こ と を 認 め 、 そ し て 花 總 が ﹁ 求 め ら れ る マ リ ー ・ ア ン ト ワ ネ ッ ト 像 を 作 品 ご と に ち ゃ ん と 体 現 し て い ﹂ る と 言 明 し て い る (61 ( 。 こ こ で 重 要 な の は 、﹃ 一 七 八 九 ﹄ と 新 演 出 版 ﹃ M A ﹄ の 両 作 品 と も 、﹁ 宝 塚 で ﹃ ベ ル ば ら ﹄ を 見 て い る よ う な (62 ( ﹂ 感 覚 を 観 客 に 与 え 、 そ の 追 体 験 こ そ が 観 客 の 求 め る も の だ と 、 笹 本 が 認 識 し て い る と い う こ と だ 。 こ の 前 提 の も と に 、 笹 本 は 花 總 の 演 技 を 手 本 と し て 、﹁ ド レ ス を 着 た 時 の 所 作 や 扇 子 を 持 ち な が ら の お 芝 居 な ど 、 花 總 さ ん が こ う し て い る か ら こ う し 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 よ う 4 4 と い う と こ ろ か ら [ 稽 古 が ] 始 ま っ た ﹂ ( 傍 点 引 用 者 (63( ( と 述 べ て い る 。 笹 本 は こ の 稽 古 法 に つ い て 、﹁ 宝 塚 の 研 一 ( 入 団 一 年 目 ( に な っ た よ う な 気 分 (64 ( ﹂ と 例 え て い る が 、 こ こ か ら 連 想 さ れ る の は 、﹁ 最 初 は 先 輩 の 型 の 模 倣 か ら 始 ま っ て 、 そ れ が 段 々 に そ の 役 者 自 身 の も の ( ⋮ ( に な っ て い く (65 ( ﹂ と い う 歌 舞 伎 の 方 法 論 だ 。 言 い 換 え れ ば 、 型 を 活 用 す る 演 技 が 、 宝 塚 歌 劇 で 訓 練 さ れ た 花 總 の 身 体 性 を 経 由 し て 、 笹 本 に 受 け 継 が れ た の で あ る 。 こ の よ う に し て 、 新 演 出 版 で の ア ン ト ワ ネ ッ ト 役 の 演 技 は 、 一 九 七 四 年 版 ﹃ ベ ル ば ら ﹄ で の 同 役 の 演 技 の 型 を 基 本 形 と し て 、 何 十 人 と い う 歴 代 の 役 者 た ち が 取 り 組 ん で き た ア ン ト ワ ネ ッ ト 像 と の 比 較 と い う 鑑 賞 方 法 を 、 そ の 過 去 の 役 者 た ち の 取 り 組 み を 熟 知 し た 特 定 の 観 客 層 に 提 供 し て い た 。 こ の こ と を 踏 ま え れ ば 、 劇 評 や 公 演 レ ポ ー ト の 複 数 で ﹁ マ リ ー 役 者 ﹂ と し て の 花 總 の 経 歴 が 言 及 さ れ た こ と に も 納 得 が い く (66 ( 。 加 え て 、 新 演 出 版 の 平 易 な 内 容 と 感 情 移 入 の し や す さ が 評 価 さ れ た こ と │ │ な か に は 、 ア ク チ ュ ア ル な メ ッ セ ー ジ 性 を さ ら に 減 ら す べ き だ と い う 要 請 す ら あ っ た (67 ( │ │ に 鑑 み れ ば 、 公 演 を 評 価 す る 際 の 基 準 は 、 ま ず 第 一 に ﹃ ベ ル ば ら ﹄ 的 世 界 観 を 崩 さ な い こ と 、 そ し て 第 二 に 、 既 存 の イ メ ー ジ の 再 生 産 を 通 じ て 、 各 俳 優 が 魅 力 を 発 現 す る こ と に あ っ た 。﹁ 初 演 時 の ヒ リ ヒ リ す る よ う な 鋭 さ は な く な っ た か わ り に 、 ミ ュ ー ジ
カ ル と し て の 安 心 感 が 増 し 、 エ ン タ テ イ ン メ ン ト 作 品 と し て 安 定 し た (68 ( ﹂ と い う コ メ ン ト が 示 す よ う に 、 新 演 出 版 は 新 奇 性 や 輸 出 の 実 績 と い っ た 基 準 で 評 価 さ れ て い な い 。 そ う で は な く 、 新 演 出 版 は 、 日 本 の 商 業 演 劇 の 担 い 手 た ち の 間 で 共 有 さ れ た 約 束 事 を 守 り 、 日 本 の ﹁ ミ ュ ー ジ カ ル と し て の 安 心 感 ﹂ を 提 供 す る こ と で 、 上 演 さ れ る 土 壌 に 完 全 に 根 を 下 ろ し た の で あ る 。 四 ミ ュ ー ジ カ ル の 生 存 戦 略 こ こ ま で 見 て き た よ う に 、﹃ M A ﹄ の 各 地 域 公 演 の 内 容 と 方 法 は 、 上 演 さ れ た 時 点 で の 各 地 に お け る ミ ュ ー ジ カ ル の 作 ら れ 方 、お よ び 従 来 の ミ ュ ー ジ カ ル 観 へ の 反 発 ( あ る い は 同 調 ( に よ っ て 規 定 さ れ 続 け た 。 ミ ュ ー ジ カ ル の 輸 出 と 主 催 団 体 ﹃ M A ﹄ が 体 現 し て き た ︿ 柔 軟 な 翻 案 ﹀ と い う 輸 出 の 方 針 だ け を 取 り 出 し て 見 れ ば 、 こ れ は 、 レ ン ・ プ ラ ッ ト ( Len Platt ( が 指 摘 し た 、 一 九 世 紀 末 か ら 二 〇 世 紀 初 め に か け て の 近 代 音 楽 劇 の 特 徴 と 類 似 し て い る 。 曰 く 、 当 時 の 音 楽 劇 は 世 界 各 地 の 大 劇 場 の 需 要 に 即 し た 改 訂 が 自 明 と さ れ 、﹁ 抜 本 的 な 翻 案 と い う 過 程 を 経 る こ と が 当 た り 前 だ っ た の で 、 あ る 作 品 が は た し て 自 家 製 な の か 、 そ れ と も 海 外 産 な の か を 見 極 め る こ と に 、 観 客 は 骨 を 折 っ た だ ろ う ﹂ (69 ( 。 そ し て こ の 場 合 、 マ リ オ ン ・ リ ン ハ ル ト ( Marion Linhardt ( が 言 及 し て い る よ う に 、 ﹁ あ る 時 代 と 場 所 に 特 有 の 、制 度 化 さ れ た 文 脈 4 4 4 4 4 4 4 4 ﹂ ( 傍 点 は 引 用 者 ( が 各 公 演 の 前 提 と さ れ て お り 、 し か も そ の 文 脈 は 、﹁ と り わ け 音 楽 劇 の 諸 形 態 と 、 そ れ ら が 想 定 す る 観 客 と の 関 連 の 中 で 構 築 さ れ る ﹂ (70 ( 。 大 衆 音 楽 劇 の ﹁ 大 衆 ﹂ た る 所 以 は 、 当 時 、 急 速 に 拡 大 し つ つ あ っ た 大 衆 社 会 と 大 衆 文 化 が 形 成 し た ひ と か た ま り の 観 客 集 団 に あ る 。 こ れ に 対 し て 、 現 代 に ミ ュ ー ジ カ ル が 世 界 的 に 流 行 し た 背 景 と し て 、 次 の 二 点 に 注 意 し た い 。 第 一 に 、 第 二 次 世 界 大 戦 終 結 後 、 ラ ジ オ や テ レ ビ と い っ た マ ス メ デ ィ ア が 急 激 に 普 及 し 、 そ れ ら が ﹁ 世 界 共 通 の 文 化 の 参 照 点 ﹂ を 形 成 し て ミ ュ ー ジ カ ル の 基 盤 と な っ た こ と 、 ま た 第 二 に 、 あ る ミ ュ ー ジ カ ル 作 品 が フ ラ ン チ ャ イ ズ ・ シ ス テ ム を 通 じ て 世 界 各 地 で 数 十 年 間 上 演 さ れ 続 け る こ と で 、 そ の 行 為 自 体 が ﹁ 文 化 の 参 照 点 ﹂ を 創 出 し 始 め た と い う こ と だ (71 ( 。 さ ら に 言 う と 、 フ ラ ン チ ャ イ ズ ・ シ ス テ ム を 通 じ た こ の 方 法 が 、 莫 大 な 制 作 費 を ロ ン グ ラ ン や 著 作 権 使 用 料 で 補 填 す る と い う 、 ミ ュ ー ジ カ ル に 特 有 の 世 界 規 模 の ビ ジ ネ ス モ デ ル を 可 能 に し て き た 。 だ が 実 際 の と こ ろ 、 こ う し た 図 式 は ご く 一 部 の 事 例 に し か
該 当 し な い 。 世 界 各 地 で ミ ュ ー ジ カ ル 公 演 を 催 す 団 体 の 多 く は 、 そ の 組 織 的 性 質 ゆ え に 、 輸 出 に よ る 初 期 費 用 の 回 収 を 必 ず し も 必 要 と し て い な い 。 例 え ば 公 共 劇 場 、 ま た は 公 的 な 助 成 金 を 得 て 運 営 さ れ る 機 関 の 場 合 │ │ 本 稿 で 挙 げ た 事 例 の 中 で は 、 ヴ ィ ー ン 劇 場 協 会 (﹃ エ リ ー ザ ベ ト ﹄( や テ ア ー タ ー ・ ザ ン ク ト ・ ガ レ ン (﹃ モ ン テ ・ ク リ ス ト 伯 ﹄( が こ れ に 該 当 す る │ │ 、 ミ ュ ー ジ カ ル の 輸 出 は 、 商 業 主 義 的 に 行 わ れ る と い う よ り も 、 む し ろ 文 化 政 策 的 性 質 を 帯 び る (72 ( 。 一 方 、 大 企 業 の グ ル ー プ に 属 す る 宝 塚 歌 劇 や 東 宝 の 場 合 、 公 演 が い く ら 赤 字 に な っ て も 、 他 の 部 門 で の 収 益 に よ っ て 企 業 経 営 自 体 は 維 持 さ れ る の で (73 ( 、 や は り 輸 出 事 業 は 副 次 的 な も の に 留 ま る 。 東 宝 が ラ イ セ ン ス ビ ジ ネ ス に 関 す る あ る 程 度 の ノ ウ ハ ウ を 持 ち な が ら (74 ( 、﹃ M A ﹄ の ﹁ 変 異 ﹂ を 許 し た 背 景 の 一 つ に は 、 ラ イ セ ン ス ビ ジ ネ ス に こ だ わ る 必 要 の な い 経 営 形 態 が あ る 。 東 京 初 演 か ら 新 演 出 版 へ の ﹁ 変 異 ﹂ │ │ 東 宝 の 場 合 東 宝 の 興 行 形 態 に つ い て も う 一 歩 踏 み 込 む な ら 、 東 宝 ミ ュ ー ジ カ ル が 、 オ リ ジ ナ ル と 輸 入 物 の 別 を 問 わ ず 、 座 長 芝 居 と い う 方 針 を 長 ら く 保 っ て き た こ と が 注 目 さ れ る 。 ブ ロ ー ド ウ ェ イ に お け る ロ ン グ ラ ン 公 演 は 、 例 外 は あ る も の の 、 概 し て ス タ ー 俳 優 に 完 全 に 依 存 せ ず 、 ゆ え に 誰 が 出 演 す る の か 、 観 客 は 公 演 当 日 ま で 知 る こ と が で き な い 。 こ れ に 対 し て 、 東 宝 が 推 進 し 続 け た の は 、 国 民 的 人 気 を 誇 る 役 者 を 座 長 に 起 用 し て 一 か 月 単 位 で さ ま ざ ま な 公 演 を 行 い 、 ヒ ッ ト し た 公 演 を 再 演 し 続 け る と い う ﹁ 日 本 型 の ロ ン グ ラ ン 公 演 (75 ( ﹂ だ っ た 。 こ の 公 演 形 態 は 、 バ ブ ル 崩 壊 後 の 不 況 の 影 響 が 演 劇 界 で 深 刻 化 す る 二 〇 〇 〇 年 代 の 中 頃 ま で 続 い て い た 。 こ の こ と に 鑑 み る と 、 一 九 九 〇 年 代 に 構 想 さ れ 始 め た ﹃ M A ﹄ 初 演 版 が 、 涼 風 の 出 演 に よ っ て 最 初 の ﹁ 変 異 ﹂ を 迎 え た こ と は 、 涼 風 が 座 長 と し て の 役 割 を 果 た し た 結 果 だ と 見 な す こ と が で き る 。 二 〇 〇 〇 年 代 、 団 体 客 の 減 少 や ス ポ ン サ ー 企 業 の 撤 退 と い っ た 向 か い 風 を 受 け て 、 幅 広 い 客 層 に 向 け た 公 演 が 困 難 に な る に つ れ 、 東 宝 ミ ュ ー ジ カ ル は 特 定 の 観 客 層 に 狙 い を 定 め 、 ひ と り の 観 客 が ひ と つ の 公 演 を 複 数 回 観 に 行 く と い う 、 ﹁ リ ピ ー ト 観 劇 ﹂ の 付 加 価 値 を 高 め て い っ た 。 二 〇 一 〇 年 代 に 入 る と 、 マ ル チ キ ャ ス ト 制 の 導 入 、 お よ び 日 替 わ り キ ャ ス ト の 事 前 予 告 は 、 特 定 の 演 目 に 限 ら れ な く な っ た た め に 、 個 々 の 観 客 が 自 分 の 観 た い 出 演 者 の 組 み 合 わ せ を 選 ん で 複 数 の 公 演 日 の チ ケ ッ ト を 購 入 す る こ と が 一 般 的 と な っ た ( 公 演 日 に 応 じ た 組 み 合 わ せ を 瞬 時 に 検 索 す る こ と が で き る ウ ェ ブ サ イ ト で の 情 報 公 開 は 、 こ の 種 の 運 営 と 親 和 性 が 高 い ( 。
で は 、 リ ピ ー ト 観 劇 と い う シ ス テ ム は 、 い っ た い 公 演 の 様 態 に ど の よ う な 影 響 を も た ら し た の か 。 ま ず 、 ひ と つ の 公 演 内 で 異 な る 出 演 者 の 組 み 合 わ せ を 観 客 が 目 の 当 た り に す る の で 、 観 る 側 の 注 目 が 、 そ の 公 演 の 中 で 同 一 の 役 柄 を 演 じ る 出 演 者 間 の 細 か な 差 異 に 向 け ら れ る よ う に な っ た 。 次 に 、 作 り 手 が 、 チ ケ ッ ト の 売 れ 行 き の モ ニ タ リ ン グ を 通 じ て 、 旬 の 俳 優 を 逐 一 把 握 で き る よ う に な っ た 。 そ し て 作 り 手 の 労 力 は 、 専 ら 出 演 者 の 厳 選 と 確 保 に 対 し て 咲 か れ る よ う に な り 、 演 目 の 選 定 基 準 と し て 、 内 容 を 改 変 可 能 か ど う か と い う 点 よ り も 、 複 数 の 座 長 役 者 4 4 4 4 4 4 4 が 日 替 わ り で 出 演 し て も 違 和 感 の な い 内 容 か ど う か 、 と い う 点 が 重 視 さ れ る よ う に な っ た ( 近 年 の 韓 国 ミ ュ ー ジ カ ル で 同 様 の 興 行 形 態 が 取 ら れ て き た こ と は 、 ソ ウ ル 版 ﹃ M A ﹄ の 日 本 へ の 輸 出 を 後 押 し し た 要 素 と し て み な す こ と が で き よ う ( 。 二 〇 一 八 年 の 日 本 新 演 出 版 ﹃ M A ﹄ に お け る 花 總 が 、 マ リ ー 役 者 と 呼 ば れ な が ら も 、 座 長 役 者 で は な く 、 あ く ま で も ダ ブ ル キ ャ ス ト の 一 人 に 留 ま っ た の は 、 別 の 俳 優 と の 演 技 の 差 異 を 発 見 し 比 較 す る 愉 し み を 観 客 に 提 供 す る た め で あ る 。 そ れ は ま た 、 比 較 対 象 と な る 演 技 A と 演 技 B が 提 供 さ れ る 間 の 、 時 間 的 な 感 覚 が 狭 ま っ て き て い る こ と の 現 れ と い え る 。 す な わ ち 、 同 じ 役 を 演 じ る 各 俳 優 の 演 技 を 観 客 が 比 較 す る サ イ ク ル が 、 歌 舞 伎 ( 世 代 単 位 ( 、 宝 塚 歌 劇 ( 組 単 位 ( 、 そ し て 今 日 の 東 宝 の 場 合 ( ひ と つ の 公 演 期 間 内 ( と 、 時 代 が 下 る ご と に 短 く な っ て い る の だ 。 さ ら に 、 比 較 サ イ ク ル の 加 速 は 、 東 京 初 演 版 と 日 本 新 演 出 版 を 比 べ た 際 の 、 各 版 の 批 評 媒 体 の 差 異 と も 符 合 す る 。 初 演 版 が 大 手 各 紙 の 文 化 欄 で 扱 わ れ て 賛 否 両 論 だ っ た 一 方 で 、 新 演 出 版 を 取 り 上 げ た 記 事 は そ う 多 く な く 、 さ ら に そ の う ち の 半 数 は 、 舞 台 公 演 の 情 報 配 信 に 特 化 し た ウ ェ ブ サ イ ト か ら 発 信 さ れ て い た 。 た だ し 本 稿 で も 引 用 し た 、 二 〇 〇 七 年 設 立 の ﹃ ス テ ー ジ ナ タ リ ー ﹄ や 、 二 〇 一 〇 年 開 設 の ﹃ げ き ぴ あ ﹄、 二 〇 一 六 年 開 始 の ﹃ S P I C E ( ス パ イ ス ( ﹄ は 、 初 演 版 の 時 点 で 存 在 す ら し て い な い 。 一 般 読 者 を 顧 客 と す る 新 聞 に 対 し て 、 右 記 の よ う な 情 報 配 信 サ イ ト に ア ク セ ス す る の は 、 演 劇 に 対 し て 大 な り 小 な り 関 心 を 持 つ ユ ー ザ ー に 限 ら れ る 。 加 え て 、 サ イ ト に 掲 載 さ れ る 記 事 の 内 容 は ﹁ 批 評 ﹂ と 称 さ れ ず 、 ﹁ 公 演 レ ポ ー ト ﹂ (﹃ ス テ ー ジ ナ タ リ ー ﹄( や ﹁ と っ て お き の ウ ラ 話 ﹂ (﹃ げ き ぴ あ ﹄( と い っ た ﹁ 情 報 ﹂ で あ る こ と に も 注 意 が 払 わ れ る べ き だ ろ う 。 イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及 以 後 の 劇 評 文 化 に 生 じ た 変 化 に つ い て は 別 個 に 議 論 さ れ る べ き だ が 、 キ ャ ス ト の 入 れ 替 わ り の 速 さ や マ ル チ キ ャ ス ト 制 の 導 入 と い っ た 近 年 の 方 針 は 、 イ ン
タ ー ネ ッ ト を 介 し た 情 報 の 即 時 共 有 性 と 相 性 が い い 。 こ の 種 の サ イ ト の 多 く が プ レ イ ガ イ ド 各 社 に よ っ て 運 営 さ れ て い る こ と か ら 、 リ ピ ー ト 観 劇 を い っ そ う 促 進 す る た め の 情 報 が 運 営 側 か ら 提 供 さ れ て い る こ と が わ か る 。﹃ M A ﹄ の 東 京 初 演 か ら 日 本 新 演 出 版 へ の 日 本 に お け る ﹁ 変 異 ﹂ は 、 近 年 の 日 本 大 衆 演 劇 の 傾 向 を ん だ も の で は あ る が 、 公 演 の 打 ち 方 も ま た 、﹁ 変 異 ﹂ の 加 速 装 置 と し て 機 能 し て い る 。 結 論 ﹃ M A ﹄ の 変 異 と そ こ に 読 み 取 れ る 生 存 戦 略 は 、 今 日 の 、 興 行 と し て の ミ ュ ー ジ カ ル に 見 ら れ る 、 次 の 二 つ の 特 質 を 示 唆 し て い る 。 第 一 に 、 俳 優 と 観 客 の 間 で の 特 殊 な 関 係 が 前 提 に あ る と い う こ と 、 そ し て 第 二 に 、 そ の 関 係 は 必 ず し も 一 様 で は な く 、 上 演 さ れ る 時 間 と 場 所 か ら の 影 響 を 強 く 受 け る と い う こ と だ 。 興 行 主 は 、 こ の 時 間 と 場 所 を 整 え る こ と で 、 俳 優 と 観 客 の 間 に 共 通 の 文 脈 が 立 ち 現 れ る こ と を 支 え て い る (76 ( 。 そ し て こ の 一 連 の プ ロ セ ス の 中 で 、 ミ ュ ー ジ カ ル は あ る 地 域 か ら 別 の 地 域 に 輸 出 さ れ て も な お 、 公 演 地 に 固 有 の 興 行 と し て 姿 を 現 す の で あ る 。 別 の 言 い 方 を す れ ば 、 ミ ュ ー ジ カ ル と い う ジ ャ ン ル が 、 二 〇 世 紀 に 世 界 共 通 の 文 脈 の も と に 成 立 し 、 あ る い は そ の よ う な 文 脈 を 世 界 各 地 で 再 生 産 す る こ と を 自 明 と し た 時 代 は 、 も は や 過 去 に な ろ う と し て い る 。 二 一 世 紀 に お け る ミ ュ ー ジ カ ル は 、 前 世 紀 の 名 残 を 形 式 的 に 留 め な が ら も 、 世 界 的 な ﹁ 大 衆 ﹂ を 再 生 産 す る よ り も む し ろ 、 世 界 各 地 に 特 有 の 制 度 化 さ 4 4 4 4 れ た 文 脈 4 4 4 4 、 ま た は そ の 地 域 で ﹁ ミ ュ ー ジ カ ル ﹂ と 呼 ば れ る 興 行 形 態 に 対 す る 要 請 と 期 待 の も と で 、 限 定 さ れ た ﹁ 大 衆 ﹂ の 方 を 向 い て い る 。 そ の 結 果 、 観 客 集 団 は 規 模 と し て ま す ま す 小 さ く な っ て い き 、 そ の 集 団 の 中 で 築 き 上 げ ら れ て き た 文 脈 に よ っ て 、 内 容 も 鑑 賞 方 法 も ま す ま す 暗 号 化 さ れ て い く 。 こ れ が ﹁ 大 衆 ﹂ 音 楽 劇 の 、 今 日 の 姿 に ほ か な ら な い (77 ( 。 こ れ ま で 、 ミ ュ ー ジ カ ル の 世 界 的 拡 大 に 関 す る 研 究 の 中 で 、 ブ ロ ー ド ウ ェ イ 外 で の 実 践 は 、 派 生 的 な も の と み な さ れ る か 、 あ る い は 特 殊 な 事 例 と 見 な さ れ る か の ど ち ら か で あ っ た が (78 ( 、 今 日 、 そ れ ら の 事 例 同 士 は 交 流 し 合 い 、 新 た な 文 脈 を 生 み 出 し つ つ あ る 。 実 際 に 、 各 地 域 に お け る ブ ロ ー ド ウ ェ イ の ビ ジ ネ ス モ デ ル か ら 逸 脱 し た ミ ュ ー ジ カ ル の 生 存 戦 略 が 、 あ る 作 品 の 、 連 鎖 的 変 異 を 伴 っ た 輸 出 を 引 き 起 こ し て い る の で あ れ ば 、 そ の よ う な 取 り 組 み を 地 域 的 か つ 地 域 横 断 的 に 検 討 で き る 受 け 皿 が 必 要 と な る │ │ さ も な く ば 、 生 存 バ イ ア ス に よ っ て 、 生 き 残 っ た も の に 影 響 を 与 え た は ず の 過 去 の 取 り 組 み は 簡 単 に 失 わ れ て し ま う か ら だ 。 地 域 横 断 的 な こ の 種 の
公 演 史 を 、 複 数 の 地 域 に お け る 興 行 の 実 態 を 考 慮 し つ つ 、 な お か つ 内 容 の 美 学 的 意 義 を 軽 視 せ ず に 検 討 す る こ と は 極 め て 困 難 で あ る た め に 、 異 な る 分 野 の 研 究 者 同 士 が ゆ る や か に 協 働 し 、 個 々 の 事 例 を 多 角 的 に 検 討 し つ つ 、 相 互 に つ な げ て い く こ と が 求 め ら れ よ う 。こ の 観 点 か ら す る と 、本 稿 は 、﹃ M A ﹄ 研 究 の 中 で も 、 興 行 的 背 景 を 注 視 し た 一 事 例 と し て 位 置 づ け ら れ る 。 上 演 を 取 り 巻 く 社 会 文 化 的 環 境 は 加 速 的 に 変 化 し つ つ あ る 。 そ の 変 化 に 適 応 し よ う と し て き た ミ ュ ー ジ カ ル の 生 存 戦 略 は 、 い ま 岐 路 に 立 た さ れ て い る 。
巻 末 図 表 表 1 『 MA 』 東京初演版 ( 2006 ) の場面 ・ 楽曲構成 幕-場 場面 1 曲名 ( 歌い手 ) 幕-場 場面 曲名 ( 歌い手 ) 0 プロローグ* 1779年 ( ボーマルシェ 、 カリオストロ ) 2-1 1786年 、 パリ高等法 院前の階段 3 正義の鐘よ ( ボーマルシェ 、 オルレアン他 ) 1-1 1775年 、パリの街路 2 もう無くすものもない ( マルグリット他 ) なぜ ( マルグリット ) もう無くすものもない ( リプライズ 、 以下 「 R 」 と略記 ) 2-2 ヴェルサイユ宮殿の バルコニー 三部会のパレード ( ルイ 、 マリー他 ) 三部会のパレード ( R )( ルイ 、 マリー他 ) DAN ・ DA ・ DA ・ DAN 流れ星のかなた ( R )( マリー 、 ルイ他 ) 1-2 パリ 、 パレ ・ ロワイ ヤル ご覧 王妃を ( アンサンブル ) なぜケーキを食べない ( アンサンブル ) 2-3 セーヌ川の岸辺 運命の年 ( ボーマルシェ 、 カリオストロ ) 金が決め手 ( マルグリット 、 オルレアン他 ) 1-3 パリの街路 100万のキャンドル ( マルグリット ) 流れ星のかなた ( アニエス 、 マルグリット ) 2-4 ヴェルサイユ 、 マ リー ・ アントワネッ トの書斎 愛したことだけが ( マリー 、 フェルセン ) 何かが間違ってる ( マリー 、 ルイ他 ) 1-4 ヴェルサイユ 、 王妃 のブドワール 完璧な王妃 ( マリー他 ) 不器用な王 ( ルイ16世 、 マリー他 ) 2-5 ローズ ・ ベルタンの 「 グラン ・ モゴル 」 PARIS CUT パリ情報 ( ローズ 、 レオナール他 ) 1-5 カリオストロの実験 室* 幻の黄金を求めて ( カリオストロ ) 2-6 パリ 、 サン ・ ジャッ ク修道院 恐怖政治 ( ロベスピエール他 ) 1-6 ラパン夫人の宿* 心の声 ( ラパン夫人 、 マルグリット ) お望み叶えて ( ラパン夫人他 ) 2-7 モンタージュ ―― ヴァレンヌへの逃走 ヴァレンヌへの逃亡 ( カリオストロ 、 ボーマル シェ ) 1-7 パリのオペラハウス もしも ( マリー 、 フェルセン他 ) 2-8 タンプル塔 もしも鍛冶屋なら ( ルイ ) 流れ星のかなた ( R )( マリー 、 マルグリット ) ランバル夫人の死 1-9 国王の鍛治工房 ギロチン ( ギヨタン 、 ルイ 、 カリオストロ ) 2-9 パリのタンプル塔前 の街路 我らは兄弟 ( アニエス 、 オルレアン他 ) なぜあなたは王妃なのか ( フェルセン ) 1-10 シテ島の広場 オーストリア女 ( ボーマルシェ他 ) 心の声 ( R )( マルグリット他 ) 神は愛して下さる ( アニエス 、 マルグリット ) 2-10 タンプル塔の牢獄 すべてはあなたに ( R )( フェルセン 、 マリー ) 王子を引き離せ ( ロベスピエール他 ) 1-11 ヴェルサイユのプ チ ・ トリアノン すべてはあなたに ( マリー 、 フェルセン ) 2-11 パリ高等法院の大法 廷 その首をはねろ ( 裁判官 、 マリー他 ) 1-12 カリオストロの実験 室 私こそがふさわしい ( オルレアン ) 七つの悪徳 ( ボーマルシェ 、 オルレアン他 ) 2-12 パリ 、 革命広場 その時がきた ( アニエス 、 マルグリット他 ) 自由のために血を流せ !( BGM ) 自由 ( カリオストロ他 ) 1-13 ヴェルサイユ 、 鏡の 間 なんというセレモニー ( ボーマルシェ 、 カリオ ストロ他 ) 1 初 演 版 公 演 プ ロ グ ラ ム に て 場 面 名 が 確 認 で き な か っ たため 、 20 09 年 に 出 版 さ れ た ブ レ ーメ ン 版 台 本 と 場 面 が 近 似 す る も のに つ い ては ド イ ツ 語 か ら 翻 訳 し た 。 東 京 初演 版の み に 確認 で き た 場 面 に つ い て は 、 公 演 プ ロ グ ラ ム の あ ら す じ をも とに し て 筆 者 が 適 宜 仮 題 を 付 け 、 末 尾 に ア ス タ リク ス ( *) を つ け て 区 別し た 。 2 ブレーメン版台本では単に 「 パリの街路 」 だが 、 2018年の日本新演出版 ( 次頁 ) と区別するためにト書きの年代を含めた 。 3 ブレーメン版台本では年号の表記がないが 、 日本新演出版と区別するためにト書きの年代を加えた 。