115 ― ― 本書は、 著者が長年にわたってフォローし、蓄 積してきたオーストラリア先住民族アボリジニ (アボリジニ及びトーレス海峡系住民) の教育研 究を踏まえて、多文化教育の視点から纏められた ものであり、2016∼2018 年度科学研究費補助金研 究「豪州の大学における先住民族主体の専門職養 成・能力開発システムの構築に関する研究」 (課 題番号 16K04573) (研究代表者:前田耕司) の成 果の一部を含んでいる。とりわけ、本書は、日本 でも喫緊の課題となっている先住民族アイヌの高 等教育へのアクセスと大学開放及び後継者・専門 家養成の現状と問題点を分析・検討しつつ、オー ストラリアの大学における先住民族アボリジニの 主体形成を意図した能力開発・専門職養成に焦点 を当て、その高等教育システムの構築方法につい て、日本との比較の観点から明らかにしたもので ある。比較分析の指標としては、先住民族の「教 育権」を国際的に認めた「先住民族の権利に関す る国際連合宣言」 (2007 年) を規範的枠組みにし て、その批判的視点を含みながらも実証的に解明 し、先住民族への大学開放の意義と組織化のメカ ニズム原則を明らかにしている。 本書の研究方法の特徴は、本書でも述べられて いるように、国連や ILO などの国際機関や国際法 の動向分析と関連させつつ、ポストコロニアルの比 較研究方法学 (Postcolonial comparative research methodology) の手法を用いて、オーストラリア の先駆的実践・研究からの問題の解明を意図して いる点である。この意図は、長年の著者の研究蓄 積に支えられて、アイヌ民族における高等教育の 課題抽出に結実しており、比較研究の一つの模範 となるものであろう。その際、研究方法の特徴と して指摘しておきたいことは、現地の研究者や専 門家の協力を得つつ、文献研究を補う必要性から 対話的構築主義のアプローチ (ナラティブ・アプ ローチ) に基づき、語り手と聞き手の言語的相互 行為によって構築される自由な語りを主体とする 分析 (Ethnographic Narrative Approach) を行って いる点である。具体的には、アボリジニ・コミュ ニティの利益に貢献するアボリジニの担い手養成 の基盤となる社会参画促進策の制度化がアボリジ ニによってどのような意味を持ち、どのように語 られているのかを質的分析の手法を用いて検証し ていること、また、1980 年代後半以降、進められ てきたアボリジニ・コミュニティのリーダーとな る担い手養成に実績を有するニューサウスウェー ルズ州とヴィクトリア州の大学に注目し、これら の大学における先住民族コミュニティの担い手養 成の検討を通してその特質と課題を提示している ことである。 本書は「序」、第 1 部「先住民族の主体形成と 先住民族の権利宣言」 ( 1 章・2 章)、第 2 部「ユ ニバーサル段階の大学開放と先住民族支援」 ( 3 章∼ 5 章)、第 3 部「アボリジニの自己決定と大 学開放」( 6 章・7 章)、第4部「先住民族の主体 形成と高等教育の再構築」 ( 8 章) 及び「結」から 構成されている。「序」では本書における研究の 目的と方法が先行研究を踏まえて叙述されている が、とりわけ、何故オーストラリアのアボリジニ を取り上げる意味があるのかを丹念に解きほぐ し、日本のアイヌとの比較を可能にする枠組みが 示されている。第 1 章「国際的なコンテキストと 日本の政策動向」では、本書における問題提起や 考察の枠組みについて、先住民族の主体形成に関 わる国際的なコンテクストと日本の政策動向に焦 点を当てて論を展開している。第 2 章「ウレシ パ・プロジェクトとアイヌ民族の主体形成」で は、「先住民族の権利に関する国連宣言」の構築 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月 書 評
岩 正吾
(首都大学東京・名誉)前田耕司 著
『オーストラリア先住民族の主体形成と大学開放』
(明石書店、2019 年刊)116 ― ― 過程の検討とその意義について分析しつつ、日本 の先住民族としてのアイヌ民族の自己肯定感の促 進やエンパワーメントの可能性を広げるための高 等教育支援の組織化の可能性を探り、日本の高等 教育におけるアイヌ民族学習支援システムの構築 に向けた取り組みとしてウレシパ・プロジェクト を事例にして考察している。 第 3 章「ユニバーサル型の高等教育と大学開放 の方向性」では、ほぼ同時期に高等教育改革を 行った日本とオーストラリアの両国を比較の対象 にしてその特徴の違いについて浮き彫りにしてい る。第4章「アボリジニの高等教育参加と支援シ ステムの展開」では、高等教育へのアクセスにお いてアボリジニが如何に不利益を被っているかと いう間題状況の検討を踏まえて、人種・民族的属 性に起因する高等教育における不均衡の是正の策 として展開されている各高等教育機関における支 援プログラムの特徴を明らかにしている。第5章 「クイーンランド工科大学におけるアボリジニ学 生高等教育支援の展開と課題」では、設置当初か らアボリジニの教員養成に積極的に取り組むク イーンランド工科大学を取り上げ、その歴史的展 開過程の分析を通して、アボリジニ学生に対する 意識調査の検証結果も踏まえながら、アボリジニ に対する高等教育支援の方法と課題について考察 している。 第 6 章「アボリジニのコミュニティの問題状況 をめぐる論点」では、平等な要因に基づく階層と エスニシティが重なりあっていることに着目しつ つ、エスニシティがこの国の階層構造の再生産に どのように関わり、オーストラリアでもっとも不 利益を被っているマイノリティ集団とみなされる 先住民族アボリジニがそうした階層システムの中 に如何にして組み込まれているのかについて考察 している。第 7 章「アボリジニのコミュニティを めぐる諸課題と自己決定」では、先住民族が置か れている状況を改善するための方途として、先住 民族の「自己決定」の重要性について提起し、そ れが実際にオーストラリアで進められた大学改革 の中でどのように具体化されてきたのかについて 考察している。 そして、最後に第 8 章「オーストラリアの先住 民族の主体形成と脱植民地化の高等教育体系の構 築」では、先住民族のコミュニティの発展に資す るアボリジニ法曹養成の基盤となる社会参画促進 策の制度化が先住民族によってどのように意味づ けられ、語られているのかを質的分析の手法から 検証している。 著者は、「伝統的志向性の高いアボリジニ・コ ミュニティの首長の語りから見えてくるのは、旧 宗主国のルールに基づく概念枠組みを前提に構築 された法律だけが罷り通り、自らのコミュニティ の不文律が認められない苛立ちであった。メイン ストリームにおける先住民族の法曹養成の拡充が 問題の根本的な解決にはいたらないことの証左で あろう。と同時に、先住民族と非先住民族のより 相互理解を深めることの重要性が示唆された言説 である」 (223 頁) と述べているが、極めて重い指 摘である。 評者にとって目を開かれた箇所は多々あるが、 とりわけ、第 6 章でマッコノキーの「貧困の循 環」説を用いて、アボリジニの貧困問題の因果関 係を解き明かし、健康問題とも連動させて貧困の もう一つの要因である教育問題の解明を実証的に 行っていることに大きな興味を抱かせられた。本 書が先住民族の教育研究にとってなくてはならな い必読の書となることは間違いないと思われる。 日本学習社会学会年報 第15号 2019年9月