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自律を促す授業における日本語教師の気づきとその契機 ―自律型クラスを初めて担当した教師Aの事例から―

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1.研究の背景 近年,日本の外国語教育において学習者オートノミーを重 視した教育が注目されている(青木・中田 2011, 大学英語 教育学会学習ストラテジー研究会編 2005, 河合 1999)。学 習者オートノミーとは「学習者が,自分のニーズや希望に役 立つように,何をどのように学ぶか,学習の成果をどのよう に評価するかという意思決定をし,自分の立てたプランを実 行する能力のこと」(青木 2001,p.189)である。学習者オ ートノミーを重視した教育は,1960 年代にヨーロッパにお いて「責任ある市民」を育てるために不可欠であるという認 識から生まれ,その後欧米の言語教育の主流に取り入れられ るようになった(青木・中田 2011)。日本では「自律的学習」 (工藤 1990, 田中・斎藤 1993),「自律学習」(川添・才田 1994)という用語で紹介されるようになり,日本語教育にお いても,この考えを取り入れた授業を行う大学が増えている (金久保 1996,齋藤・松下 2004,川森 2015 等)。文化庁 による『日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報 告)』(2018)でも,留学生に対する日本語教師(初任)に求 められる資質・能力のうち,教育実践のための技能として「学 習者の自律学習を促進し,主体的に学ぶ力を育てるための教 育実践ができる」(p.22)という点が挙げられており,その重 要性が社会的にも認知されたと言える。 学習者オートノミーを育成・促進するために教師が行う支 援は,学習者が自身の学習に関して意思決定をしていけるよ うにするものであり,主教材や教えるべき項目が決まってい る授業とは大きく異なる。このような授業を経験したことの ない教師にとっては,戸惑いもあるだろう。学習者オートノ ミーの育成・促進を目標とした授業を初めて担当した教師は, 何を感じ,何を考えるのだろうか。平野・齋藤(2017)は, 「気づきは,教師の成長にとって,大変重要な役割を果たす」 (p.174)と考え,中学校の英語教師を対象とした研究で, 「何が問題であるかに気づくことが,その解決への力を生み 出し,教師の成長へと導くこと」「英語教師が生徒の立場か らの視点に気づけば気づくほど,自分の授業を効果的に省察 でき,生徒の意欲を高める自律的な教師に近づく可能性があ るということ」(p.187)を明らかにしている。そこで本研究 では,学習者オートノミーの育成・促進を目指す授業実践か ら得られた教師の気づきとその契機に着目した。 2.先行研究 日本語教育分野では,上述のように学習者オートノミーを 意識した授業実践の報告が蓄積されてきた。会話(金久保 1996),読解(川森 2015)等,特定の技能に焦点をあてた授 業の中で学習者オートノミーの育成を試みたものもあれば, どのような力をどのような方法で伸ばすかが学習者に委ね られている実践報告(齋藤・松下 2004, 桜美林大学日本語 プログラム「グループさくら」 2007)もある。 学習者オートノミーを意識した授業を担当した教師に関 わる研究や実践(齋藤・松下 2004,三宅・福島 2005,三宅 2008, 桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」 2007)においては,次のように報告されている。 齋藤・松下(2004)は,桜美林大学で行われた自律学習を 基盤とした個別対応型授業について紹介している。そこでの 教師の役割は「学生に勉強を教えることではなく,学生が自

自律を促す授業における日本語教師の気づきとその契機

―自律型クラスを初めて担当した教師 A の事例から―

鈴木理子,白頭宏美,杉原由美(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス) 大学で行われている自律型日本語学習クラスを初めて担当した教師Aにインタビュー調査を行い,教師にどの ような気づきがあったのか,その気づきはどのようなことを契機にして起こったのかについて分析した。自律型 クラスでは,学生が自身の日本語の強み,弱みを認識した上で,将来のことも考え,自分にとって必要な日本語学 習を主体的に計画,実行し,評価する。教師は,これらの過程に関わりながら学生を支援する立場にあり,教える 項目が決まっている授業とは,教師がすべきことが大きく異なる。分析の結果,教師Aの気づきには,「学生に対 する認識」「自律型クラスに対する認識」「学生にとっての自律型クラスの意義」「自律型クラス内で教師が学生に 対してすべきこと」「教師に必要な知識」「同僚とのやりとりの重要性」の6 つがあった。また,これらの気づきの 契機は「学生との相互作用」「同僚とのやりとり」であった。 キーワード: 学習者オートノミー,教師の気づき,大学,日本語教育,学生との相互作用,同僚とのやりとり 教師学研究23(1).11-20,2020 資料

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分で学習できるよう,手助けをする」(p.22)ことである。そ して,この新たな授業形態を約1年間経験した教師たちから 「自身のビリーフに揺さぶりをかけられて,自身の行動を深 く振り返ったコメントがたくさん出てきた」(p.31)と報告 している。三宅・福島(2005)は,同大学で自律学習を基盤 とした個別対応型授業の開始年度に1 年間継続して担当し た教師を対象とした調査を行った。その結果,担当教師は従 来型の教師像との違いを感じ,学生への対応や,教師の役割 に関する意識が変化したとしている。三宅(2008)は,同大 学での個別対応型授業を初めて担当した教師に対して,1 学 期目の学期末にインタビュー調査を行った。この研究では, 担当教師の,教師のあり方に関する考えが変わったことが確 認された。これらの研究は,この種の形態の授業の経験が浅 い,担当し始めて1 学期あるいは 1 年の教師のビリーフに 影響を与えたことを示している点で意義深い。 桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」(2007) は,自律学習を基盤とした個別対応型授業を行うことで,教 師に関しては,「学生が見えてきた」「学生の判断を尊重する ようになった」「リソース1)に対する知識が広がった」「一斉 授業での対応が柔軟になった」(p.108)という変化があった ことを紹介している。教師の気づきとしては,学生の学習姿 勢についての教師の判断が短絡的だったこと,学生自身の自 覚と気づきを待つことが重要であること,一斉授業で実施し ていたテストの意義の捉え方が偏っていたことを挙げてい る。個別対応型授業を行った教師に様々な気づきが生まれた という報告は,注目に値する。 しかしながら,これらは,教師が学習者オートノミーの育 成・促進という,これまで経験した授業とは異なる新しい理 念に基づく実践の場に立った際に,どのような経験が契機と なり,それがどのように教師の気づきや意識の変化を促すの かという点を分析したものではない。今後,主体的に学ぶ力 を育てるための教育実践を,より多くの教師が行っていくに あたり,教師の気づきの結果だけでなく,その契機を明らか にし,気づきの過程についての知見を重ねていくことが重要 なのではないだろうか。 3.研究の目的と方法 3-1.研究の目的 桜美林大学の実践に関する研究,報告から,自律学習を基 盤とした個別対応型授業を担当した教師には,ビリーフの変 化と多様な気づきが見られる可能性が示唆された。 そこで本研究では,①学習者オートノミーの育成・促進を 目指して学習を支援する形態の個別対応型授業を初めて担 当した教師に,どのような気づきがあったか,②その契機に はどのようなものがあったか,の2 点を明らかにすることを 目的とする。その結果から,このような形態の授業を担当す る教師を支えるためにできることは何かを探る。 3-2.研究対象と担当授業 本研究では,大学で開講されている日本語科目の中にある, 自律的な学習を支援する形態の授業を 1 学期担当した教師 Aを対象とした。教師Aは,日本語教師としての経験は 10 年目で,自律的な学習を支援する個別対応型授業を担当する のは,他機関も含め,2015 年度秋学期が初めてであった。 先行研究から,ビリーフの変化が見られるとすれば,初めて 担当したときに起こるのではないかと推測されたことから, 研究対象として教師Aがふさわしいと考えた。なお,研究開 始時,教師Aの所属大学でこの形態の授業を担当した教師は 他にもいたが,他機関も含めて同様の授業を初めて担当する のは教師Aのみであった。 教師Aの所属大学では,日本語を母語としない,あるいは 大学の講義科目を受講するにあたって日本語学習が必要な 学生を対象に,日本語科目を開講している。学習者オートノ ミーの育成・促進を目指した個別対応型授業は自律型クラス と呼ばれ,日本語学習を通じて学生が自身の課題を見つけた り深めたりできること,自分自身の課題達成に必要な日本語 の力を伸ばすことができることを目標とするクラスである。 そこでは,学生各自が自分自身の日本語の特徴や自身の日本 語力の強みと弱みを把握した上で,自分の将来像を描き,自 分にとって必要な日本語学習を主体的に計画し,実行する。 まず,学期の初めにそれぞれの学生が自分に必要な日本語力 は何か,勉強したいことは何か,どのような方法で勉強する とよいか等を考え,教師と相談しながら学習目標と計画,評 価方法を設定する。学期中は,学生は自らが設定した計画に 沿って,授業時間に各自の学習を進め,その日の学習の内容 と振り返りを学習記録として書きながら,自己の学習を管理 する。学習目標・内容・リソース・スケジュールは,振り返 りの過程で必要に応じて変更することができるが,変更理由 を教師に説明できなければならない。そして,学期末には, 学期初めに設定した評価方法に従って自己評価を行う。学生 には,目標を達成するために適した学習方法やリソースを選 び,学習を自己管理することも求められる。これらはすべて 授業時間内に教師の監督のもと,教室で行われる。 教師は,指導者というより支援者の立場で上述のすべての 過程に関わる。授業で出欠を取り,教室での学習の様子を観 察,必要に応じて学生に働きかけを行う。学生と個別にコン サルテーションを行い,学生のニーズに合った学習目標の設 定,学習内容や方法の選択を手助けする。また,日本語に関 する質問や添削等の学生からの要望に対応する。学習がうま

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く進まない場合は,専門家として,学習方法やリソースに関 する提案をすることもある。さらに,授業後,個々の学習記 録にコメントを記入する形でも,助言,指導等を行うが,学 習の主導権はあくまで学生にある。なお自律型クラスは基本 的に桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」(2007) に提示されている進め方で行われた。 教師Aが担当した自律型クラスは,日本語レベル中級前半 のコースの一部である2)。このコースは1 コマ 90 分,週 4 コマ15 週の授業で構成されており,そのうちの1 コマが自 律型クラスとなっている。その他の3 コマでは,教師主導で テキスト等を用いながら日本語の文法等の知識を深め,発話, 作文等の運用力を伸ばすための授業を行っている。学生は4 コマ履修し,合格すれば4 単位取得できる。自律型クラスの みを履修,また他の3 コマのみを履修することはできない。 教師主導のテキスト型の授業は別の教師(教師D)が担当し, 教師Aは自律型クラスの1 コマのみを担当していた。テキス ト型と自律型の違いを表1 に示す。2015 年度秋学期のクラ スの履修者は10 名の留学生(学部生9 名,大学院生1 名で, 全員アジア圏出身者)であった。 なお,日本語科目を履修する学生は,留学生,帰国子女, インターナショナルスクール出身者で,日常生活・人間関係 構築・日本語で行われる科目の受講のために履修するものが 多い。英語で行われる専門科目を履修して卒業単位とするこ とが可能なため,日本語科目は必修ではなく,他の言語科目 を履修する学生もいる。 表 1:中級前半日本語クラス テキスト型と自律型の相違点 テキスト型クラス 自律型クラス 週コマ数 3 コマ 1 コマ 担当教師 教師D 教師A 学習目標 教師が決定する 学生がそれぞれ決定する 例:専門科目の日本語で行われている講義がわかるようになる。 学習内容 教師が決定する 学生がそれぞれ決定する 例:専門科目で使用される漢字語彙を学ぶ。 学習リソース 教師が決定する 学生がそれぞれ決定する 例:専門科目で使用しているテキスト・オンラインの専門用語辞典 スケジュール 教師が決定する 学生がそれぞれ決定する 例:専門科目の授業の進度に合わせ,漢字語彙の予習をする。 授業中の学習活動 教師の指示のもと,学生全員が同 じことをする(グループ活動をす ることもある) 学生はそれぞれ異なる学習を行う(学生によっては,クラスメートと協力して学 習することもある) 例:専門用語の漢字語彙を書き出し,リストを作成後,読み方を覚える。辞書 で見つからなかった語については教師に質問する。 その他,学期中に何度か,学生と教師が個々の学習に関して個別にコンサルテー ションを行う また,1 学期に1 回,クラス全体で自身の学習に関する報告(中間発表)がある 学習管理 教師が行う 学生と教師が行う 学習成果の測り方 時期・頻度・評価材料とするもの を教師が決定する(テストの場 合,教師がテストを作成) 時期・頻度・評価者・評価材料とするものを学生がそれぞれ決定する 例:1 学期に 2 回,自分で作った漢字の読み方を書くテストをし,採点は教 師に依頼する。 評価割合 全体の75% 全体の25% 評価 75%分を,テキスト型クラス担 当教師Dが決定する 25%分を,学生の自己評価と教師Aによる評価(自律的に学習できたか,学習 記録の記述内容等)により決定する 単位に関わる成績 テキスト型クラス75%分と自律型クラス 25%分を合計した結果から,テキスト型クラス担当教師と自律型クラス が協議して,評語ABCD(Dは不合格)を決定する

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3-3.研究方法 自律型クラスを初めて経験した教師Aがクラスをどう捉 えたのかを知るため,教師Aに対してインタビュー調査を2 回実施した。実施時期は,教師Aが初めて自律型クラスを担 当した2015 年度秋学期の終了時で,教師Aの同僚である筆 者の1 人が行った。メリアム(2004)は「質的調査において 高度に構造化されたインタビューを採用することの問題点」 として「まえもって決められた質問に固執することで,相手 の見方や世界観にふれる機会が失われる可能性がある点で ある」(p.107)と指摘している。そこで,まず,非構造化形 式で探索的な90 分程度のインタビューを行い,自律型クラ スを担当してみて思うことを自由に語ってもらった。次に, 第1 回インタビューで多く語られていた「自律型クラスを1 期担当して,新たに気づいた点や変化」に焦点化し,半構造 化インタビューを行った。質問項目は,「第1 回インタビュ ーで教師観・学習者観が変わったと述べていたが具体的にど のように変わったか,そのきっかけは何か」「自律型クラス を担当する上で重要だと思うことを語っていたが,それは何 をきっかけにそう思うようになったか」等であった。半構造 化インタビューの所要時間は110 分であった。 以上2 回のインタビューで得られた録音の文字化資料を 対象とし,分析を行った。なお,学生への配慮から授業の録 画や研究者による授業観察はなく,データはインタビュー時 に教師Aが1 学期を振り返って語ったもののみである。 3-4.分析の手順 『質的データ分析法』(佐藤 2008)に従い,以下の手順で 分析を行った。①インタビューの文字化資料から,教師Aが このクラスを担当したことで新たに気づいた点や認識が変 わった点について述べている部分を抽出し,文書セグメント (文字化資料の中で該当する部分の抜き出し)を作成,②オ ープン・コーディング(テキストデータに小見出しをつける) を行い,③コードをカード化し,集約,整理することで焦点 的コーディング(より抽象的なカテゴリーに対応するコード を割り振る)を行った。コーディングは研究者3 名で行い, カテゴリー化する際にもコードを割り当てた文字テキスト の文脈に何度も立ち返り,コードの妥当性を検討した。本研 究では,③の過程で整理集約したコードをサブカテゴリーと し,さらに,関連性のあるサブカテゴリーを集約し,カテゴ リー名をつけてまとめた。 次に,①~③で抽出された「気づき」がそれぞれどのよう な契機で起こったかについて,具体的な出来事が契機として 言及されていた箇所を文字化資料から抽出し,さらにコーデ ィングを行った。なお,契機が言及されていない「気づき」 もあった。また,特に何かのきっかけがあったわけではない, 徐々にそのように考えるようになった,1 学期授業を担当し てそう考えるようになったといった言及に関しては,具体的 な出来事が契機として明らかにならなかったため,契機とし ての分析対象とはしていない。 4.結果と考察 4-1.教師Aの気づき ここでは,教師Aが自律型クラスを担当し,どのような気 づきがあったかを分析した結果を説明する。文中の斜字は実 際の発話を抜き出したものである。斜字の後の( )内の最 初の数字は,何回目のインタビューかを表し,ハイフンの後 の数字は発話番号を表す。発話データのみではわかりにくい 箇所には,〔 〕で説明を補った。個人の特定を防ぐため,文 字化資料内の教師Aによる一人称はすべて「私」に,個人名 は「〇〇」等に変更した。 インタビューの文字化資料から教師Aが考えたことや感 じたことが表わされている箇所を抜き出し,コーディングを 行った結果,教師の「気づき」として20 のサブカテゴリー と6 つのカテゴリーがあることがわかった。これらを表2 に 示すとともに,以下で各カテゴリーとサブカテゴリーについ て順に説明していく。 まず,「学生に対する認識(a)」というカテゴリーに集約 できたサブカテゴリーは4 つあった。教師Aは自律型クラス を初めて担当する際,自律型クラスが合わない学生がいるだ ろうと思っていた。しかし,授業を始めてみて,学生自身が 立てた計画に基づいて着実に学んでいる様子を目の当たり にし,「学生の自律性は信頼できる(ア)」と考え,教師が主 導しなくても「学生は主体的に学べる(イ)」という気づき を得た。また,教師A自身は「机に向かって勉強するってい うのは苦痛でしょうがない人だった(後略)(1-68)」と述べ ており,初めは90 分も学生が自分で学習を進めることにつ いて懐疑的であった。しかし,「私ができないから,彼らに もきっと苦痛だろうっていう見方は,まあ,今後も多少はし てしまうにしても,ある程度こう,括弧に入れて保留すると いうか,いうのが必要だな(2-89)」と認識を改めるように なった。実際に自律型クラスで学生のそれぞれの学習スタイ ルに触れ,改めて学生の「学習スタイルの多様性(ウ)」につ いて考えた。そして,それは「学生の多様性(エ)」,つまり, 個々の学生の背景や経験に起因するものであることに気づ いた。このように,自律型クラスを担当する以前と以後とで, 教師Aの学生に対する考えが変化した。

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表 2:教師 A の気づきの分類と発話例 カテゴリー サブカテゴリー 発話例 a. 学生に対す る認識 ア. 学生の自律性 は信頼できる 私が思っているよりも,この人たちは自律型に対する不信感がないし,その方法論に別に懐疑の 心もなければ,勝手にやっていくという感触があって。(1-11) イ. 学生は主体的 に学べる あ,なんか,教師が教えるってことをしなくても,確かにこの人たちは学ぶっていう実例をちゃ んと見せてくれた感じがしました。(1-16) ウ. 学習スタイル の多様性 〔私は〕机に向かって勉強するっていうのは苦痛でしょうがない人だったので,まあ,自分と同 じ人しか世の中いないとは思ってなかったですけど,こんなふうに勉強できる人いるんだって思 いました。(1-68) エ. 学生の多様性 〔学生は〕いろんな背景と学習経験のもとに,今ここにこうやっているんだなっていうのを思っ た覚えがあります。(1-69) b. 自律型クラ スに対する 認識 オ. 意義がある この授業は,無駄じゃないし,意義があると私が実感できたって感じですかね。うん,って気が しました。はい。(1-17) カ. 教師の変容を 促す 私,自分が,教師観とか,学習観とか,いろんなものが変わったなっていう経験があったので,〇 〇さん〔=教師B〕もやればいいんじゃないかなって(後略)(1-86) c. 学生にとっ ての自律型 クラスの意 義 キ. 学び方が学べ る 方法とかが学べるっていうのは,前回同じことを言ったと思うんですけど,その,兵役に行く×× さん〔=学生名〕っていう人が,そう語っていたので,あ,そうだなって,思ったっていうことと, (後略)(2-37) ク. 自律的に学べ る自信を得る この自律型のクラスで,自律的に勉強するっていうことがどういうことかわかったから,私〔=兵 役に行く××さん〕は韓国に帰ってからも,ちゃんと日本語の勉強続けられると思うと。(中略)そ ういう自信を持って,すごくよかったっていうふうに〔××さんが〕言っていたのは,あ,それは よかったですねって,っていう感じでしたね。(1-61) ケ. 学びの選択肢 が増える プロセス,学び方,そういう意味での本人の選択肢が増える,(中略)そこがこの授業の肝であっ て,(後略)(1-82) コ. 足りない部分 が補える 例えば語彙が足りない人が,そうか,ベーシック〔=初級クラスの名称〕の時代に語彙が足りない まま過ごしてきちゃったね,じゃあ,今,語彙やろうかって。後から,キャッチアップもできる。 (2-38) d.自律型クラ ス内で教師 が学生に対 してすべき こと サ. 理由を聞く 後でなんかで,〔ある学生がその学習を選択した理由について〕△△さん〔=教師D〕に同じ質問 されて,あ,知らないなと思って,あ,知らない,知らないって思って,この質問に私は答えられ ないって思って,聞かなきゃって思って聞いたんです。(1-48) シ. 学生と一緒に 考える 〔学生に〕今現在思っているものがあって,そこに理屈がちゃんとあって,そっち目指していき たいと本人がその時に思っているのであれば,そこに対する矢印っていうのを,一緒にちゃんと 考えていくってことを,もっとちゃんとやったほうがいいかなって思ったんですね。(1-54) ス. 深い話をする 私の聞き方がすごい浅かったことがいろいろあったっていう話をたぶんしたと思うんですけど, そのう,浅かった部分をもっとちゃんと深く聞いていけば,(中略)こういう方法もあるよねって いう提案ができるかな,と思います。(2-34) セ. 積極的に働き かける これちょっと,失敗したなと自分で思ってるんですけど,その会話〔の練習方法〕を,もっと働き かけてもよかったかな,その会話する内容だったり,形式だったり,(後略)(1-26) ソ. 学習効果を意 識させる なんか,漢字が300 個覚えられたとか,〔会話をする中で〕文法項目で使えるものとか,理解でき るものが増えたとか,そういう見方を私はたぶんしてなかったかもしれないですね。(1-79) e. 教師に必要 な知識 タ. 効果的に学べ るしかけや働 きかけの知識 を多く持つ その,もっと効果的に学べるしかけとか,働きかけとかっていうのを私が学ばないと,毎学期, 今学期と同じことを繰り返して終わっちゃうなっていう感じはしました。(1-29) チ. 学生を多面的 に理解する で,その人の多様性とか多面性の理解をもっとできるっていうことは,その人に働きかけること であったりとか,アドバイスしたりとかすることの,引き出しを増やすことだと思うんですよね。 (2-51) f. 同僚とのや りとりの重 要性 ツ. 学生について の情報共有が 重要 見えてるものはやっぱり人によって違うから,その△△さん〔=教師D〕だったりとか,□□さん〔= 教師E〕だったりとか,〇〇さん〔=教師B〕だったりとか,同じクラスを担当する人たちの話を もっと聞かないと多面的に理解できないな。(2-90) テ. 同僚の行動が 参考になる 例えば,□□さん〔=教師E〕がそこで,赤ペンじゃなくて青ペンを使って何かコメントしてらっし ゃるとか,いうようなことっていうのは,(中略),見えやすい形で,参照枠組み,枠組みとまでは 言わないかもしれないですけど,参照例を示してくれるもの,かなって,思いますね。(2-107) ト. 対話が内省の 機会になる 〔教師Dとの会話で,ある学生がその学習内容を選択した理由を質問され,その学生に理由を〕 聞かなきゃな,でもなんで聞かないといけないんだろう,あ,そういうことか,だから,そのなん で聞かないといけないんだろう〔と思ったこと〕がなかったら,たぶん変わらなかったと思いま す。(2-69)

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次に,「自律型クラスに対する認識(b)」についての気づ きは,2 つあった。教師Aは自律型クラスを担当する前は, 教師が主導して教科書を教えるほうが「効率的に得たいもの が得られるだろうと思ってた(2-23)」,「お金とってるから には,教師が主導しないといけないっていう思いが,どっか にあった(2-27)」と述べており,自律型クラスに懐疑心が あった。しかし,上で述べたように,学生が主体的に学ぶ姿 を目にし,自律型クラスは行う「意義がある(オ)」ものであ り,自律型クラスを担当することは,学習者観が変わる等, 「教師の変容を促す(カ)」という実感を得,他の教師にも 担当することを勧めている。 気づきには,学生にとって自律型クラスはどのような意味 があるかに関するものが4 つあり,それらを「学生にとって の自律型クラスの意義(c)」として集約した。教師Aは,自 律型クラスの学期中の個別コンサルテーションにおいて,韓 国からの留学生が帰国後もこのクラスで学んだ方法で日本 語の勉強が続けられると語っていたことを挙げ,このクラス は学生が「学び方が学べる(キ)」クラスであり,このクラス で学ぶことが,学生が「自律的に学べる自信を得る(ク)」こ とにつながると思った。また,教師主導型のクラスでは,教 師が決めた内容でしか学生は学習できないが,自律型クラス では,学生が自分で決めた内容を学習できるため,「学びの 選択肢が増える(ケ)」という利点も挙げている。ベーシッ ク(初級クラスの名称)の際には語彙の学習が足りなかった 学生が,自律型クラスでは語彙に特化した学習もでき,自分 に「足りない部分が補える(コ)」クラスであるとも述べて いる。 教師Aがインタビューで特に多く語っていたことに,「自 律型クラス内で教師が学生に対してすべきこと(d)」があっ た。教師Aは教師Dに,ある学生が自律型クラスで行ってい る学習について,なぜその学生がその学習を選択しているの か理由を質問された。その理由が答えられないことに気づき, 学生が自分の学習内容や方法を選択する際に,教師はその 「理由を聞く(サ)」べきであるという思いを強くした。教 師Aは自身の授業を振り返り,「将来日本語を使って何をし たいってところ,すごい大きなところから,もう一回,その 今やっている漢字の勉強がどういう意味なのかとかってい うようなことを,働きかけるような言い方(1-83)」をして いなかったと述べ,理由を聞かなければ,その後の適切な働 きかけ方が見いだせないと語っている。 そして,適切に働 きかけるためには,「学生と一緒に考える(シ)」ことが必要 であり,「深い話をする(ス)」ことが必要であると認識した。 教師Aはインタビュー中,「深く聞く」「深い話をする」等, 「深い」という語を度々使用しており,理由を聞くだけでな く,「本人が描く将来像っていうのをもっと引き出すし,聞 き出すし,本人が考えてないんだったら,いっしょに考える (1-57)」ことの重要性を強く感じていた。また,学生の学 習内容や方法について「積極的に働きかける(セ)」ことも 必要であるという気づきもあった。例えば,会話の練習をし ていた学生に対して「どう働きかけたらよかったかなってい うのは,ちょっとまだわからないですけど(中略),介入が 足りなかったかもって今は思ってます(1-27)」と述べた。 どのような働きかけが考えられるかという質問に対しては, 「やっぱり提案を,こっちからもいろいろもっとする。私が 思っていたよりももっとする。で,その提案をすることで, その選択肢,学生自身が見えてなかった選択肢を,学生が認 識できるような状態にしてあげる(2-59)」等,当該クラス 担当時にはあまりできなかったが,学生が他の学習内容や方 法があることを認識できるように,教師が積極的に提案した り,場合によっては強く勧めたりすることも必要であると述 懐している。さらに,会話の練習をしている学生には何に気 を付けて練習すると効果があるか,漢字を学習している学生 にはいくつ漢字を学んだか等,「学習効果を意識させる(ソ)」 ことも教師がすべきことであると述べている。 そして,自律型クラスを担当する「教師に必要な知識(e)」 について,学生に効果的な働きかけをするためには「効果的 に学べるしかけや働きかけの知識を多く持つ(タ)」こと, 「学生を多面的に理解する(チ)」ことが必要だと考えるよ うになった。教師Aは,他の授業で担当した学生や他の学内 活動を通じてよく知っている学生には働きかけやすかった という経験から,学生を多面的によく理解することは,効果 的な働きかけをする上で必要であるという気づきを得た。 また,教師Aは学生を多面的に理解するためには同僚との 「学生についての情報共有が重要(ツ)」であることに気づ き,同じ学生を見ている他の教師からよく話を聞くことが助 けになると述べている。さらに,自律型クラスを同時期に担 当していた「同僚の行動が参考になる(テ)」としている。学 生の学習記録に教師Eが青色のペンでコメントを記入する のを見て,自分は何色のペンを使うべきか,学習記録に書か れている日本語を添削すべきかということまで考えたこと から,同僚の行動は自分がどうすべきかを考える参照例とな るということに気づいたという。この他,同僚との自律型ク ラスに関する会話や本インタビュー自体がいろいろ考える きっかけとなるとも述べており,同僚との「対話が内省の機 会になる(ト)」という気づきもあった。教師Aは, 自分1 人 では気づかないことが多いが,同僚と会話をする中で,学生 に学習内容の選択の理由を聞くこと等,「そもそもそんな視 点がないから,後になって言われてはっと思うわけで(1-90)」

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と述べ,同僚との対話によって気づくことがあることを認識 した。これらを「同僚とのやりとりの重要性(f)」というカ テゴリーにまとめた。 このように,自律型クラスを担当した教師Aの気づきは多 岐にわたっていた。まず,「学生に対する認識(a)」「自律型 クラスに対する認識(b)」「学生にとっての自律型クラスの 意義(c)」のような学習者観や自律型クラスに対する授業観 といった教師のビリーフに関わる気づきがあったことがわ かった。教師Aは,自律型クラスは「教師の変容を促すもの であるっていう,非常に強い仮説,仮説だけど強い仮説を持 った(2-114)」等,自律型クラスは教師に大きな影響を与え るという強い思いを繰り返し述べていた。これは,担当教師 のビリーフが影響を受けたという齋藤・松下(2004)の報告 とも一致する。次に,「自律型クラス内で教師が学生に対し てすべきこと(d)」「教師に必要な知識(e)」は,授業を進 めるにあたっての具体的なコツのようなものに関する気づ きであった。三宅・福島(2005)でも,実践の中で教師が働 きかけについての考え方を変えていったことが示されてい る。教師Aも,学生の意志を尊重することと教師が学習内容 や方法に関与しないことは異なるものであり,学生を理解し た上で,適切な働きかけをすべきであると考えるようになっ たことがうかがえる。さらに,「同僚とのやりとりの重要性 (f)」についての気づきもあった。近年,教育学において, 「同僚性」という概念が教師の成長に重要であると指摘され ている。「同僚性」とは,佐藤(1997)によれば「相互に実 践を高め合い専門家としての成長を達成する目的で連帯す る同志的関係」(p.405)である。教師Aの場合,授業や学生 等についての情報・意見を交換する,自分の経験を話すとい った機会があったことに意義を見出していることから,自律 を促す授業のようにそれまで経験したことのない形態の授 業を担当する際にも,「同僚性」が重要であったことが示唆 された。 4-2.教師 A の気づきの契機 次に,教師Aの気づきの契機について分析結果を提示して いく。分析の手順で述べたように具体的な出来事が契機とし て言及されたものを抽出し,コーディングした結果,契機と なったものは「学生との相互作用」と「同僚とのやりとり」 の2 つであったことがわかった。 (1)学生との相互作用 教師Aは,学生とのやりとりや学生の行動,態度を目にし たことが契機になったと度々述べていた。 教師Aは,お金を取っているからには教師が指導すべきで, 自律型クラスが学生にとって意味があるのかわからないと いう考えを持っていた。しかし,教師Aの予想に反し,ある 学生が個別コンサルテーションで自身のやりたいことと必 要なリソースや勉強について明確に説明できたのを見て, 「学生の自律性は信頼できる(ア)」と気づいた。 また,教師Aは90 分の授業中,それぞれが自分の勉強を する形式では,学生が飽きるだろうと思っていたが,ほとん どの学生は90 分の授業時間を有意義に学習に利用していた。 そのような学生の態度や授業中の学生の学習の様子を見た ことが契機となり,「学生の自律性は信頼できる(ア)」「学 生は主体的に学べる(イ)」という認識の変化が起こった。 そして,学生が学習する様子を見て,自分の経験した学習ス タイルとは違ったことから,「学習スタイルの多様性(ウ)」 「学生の多様性(エ)」に関する気づきが起こったことがわ かった。 さらに,学習計画に沿わない学習をしていた学生が学期の 途中で変わったこと,不満げだった学生が学習記録にリスニ ングの練習をもっとやりたいといった前向きな記述をした ことを目にし,「学生の自律性は信頼できる(ア)」,自律型 クラスは「意義がある(オ)」との考えに変わった。 教師Aは自身の変化について,「中間発表は,なんか変わ るきっかけだったかもしれない(2-265)」と述べている。中 間発表というのは,学期の半ばに自分の学習についてクラス メートと教師に説明し,それぞれの学生が学習を見直す機会 である。ある学生はこの中間発表の準備を教師の期待以上に 丁寧にしてきたという。その準備の仕方を見て自律型という 授業スタイルは学生が頑張れるものだと実感し,自律型クラ スは「意義がある(オ)」と認識した。 そして,学期終了前に韓国からの学生が帰国後も自分で学 習を続けることができるということを「(中略)そういう自 信を持って,すごくよかったっていうふうに言っていたのは, あ,それはよかったですねって,っていう感じでしたね(1-61)」と述べ,学生が語っていたことばを聞いたことにより 「学び方が学べる(キ)」「自律的に学べる自信を得る(ク)」 と認識したと語っている。 このように,教師Aは学生とのやりとりや学生の行動,様 子を目にすることが契機となり,気づきを得ていた。また, ある気づきの契機が複数ある場合があることもわかった。 「学生の自律性は信頼できる(ア)」という気づきは,個別 コンサルテーションを通して,90 分有意義に学習をする学 生を見て,学生が計画に沿った学習を行うようになったこと を見て,学習記録への学生の記述を読んでといった複数の出 来事が契機となっていた。自律型クラスは「意義がある(オ)」 といった認識の変化も,学期の途中で学生が変わったこと, 学生の学習記録の記述を読んだこと,中間発表での学生の行 動を見たことの 3 つが契機となっていた。これらのことか

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ら,学習者観,授業観といったビリーフに関するものは,一 度の出来事ではなく,いくつかの契機が重なって変化する可 能性が示唆された。さらに教師Aは,「学生の自律性は信頼 できる(ア)」,「学生は主体的に学べる(イ)」と感じたこと が,自律型クラスは「意義がある(オ)」と考えるようになっ たことに影響しているとも語っていた。これにより,学生と の相互作用を通した複数の気づきがきっかけとして作用し, 他の気づきや認識の変化が生まれたこともわかった。 自律型クラスでは,教師はそれぞれの学生の学習態度や進 捗状況を観察する他,学習記録や,個別コンサルテーション, 中間発表を通して学生とやりとりをする。これらはすべて, 教師が,学生の様々な考え方や特徴,学習スタイルを知り, 理解し,個々の学生に合わせた対応について考え,学ぶ機会 でもある。自律型クラスの個々の学生と密なやりとりが,教 師の気づきを生む要因の一つとなっていると言えるのでは ないだろうか。 (2)同僚とのやりとり 教師Aの気づきは,自律型クラスの経験者であり同じ中級 前半クラスを担当している教師Dとのやりとりや,同時期に 中級後半クラスの自律型クラスを担当していた教師Eとの やりとりからも生じていた。 学期開始時,教師Aは学習に関して学生が選択したことを 最優先することが重要だと考えていた。しかし,教師Dとの 会話をきっかけに,自律型クラスでの教師の働きかけについ ての考えが変わったと述べている。例えば,日本語能力試験 のN33)合格のための学習を始めた学生に対して,教師Aは, その学生にはN3 合格を目指す学習はレベルが合っていな いという認識を持っていたが,学生の意志を尊重し,N3 の 学習を続けさせることにした。しかし,教師Dに学生がN3 の学習をしている理由を聞かれ,その理由を知らないと思っ たことがきっかけとなり,学生への働きかけに関する認識を 改めた。本人がなぜその学習内容を選択したか理由を聞くこ とで,本人が選択した学習は適切なのか,本当にその学習が 今必要なのか,別の内容や方法はないのか等,問いかけるこ とができ,その上で学生と一緒に考え,本人が納得するので あれば,教師がその学生にとって今必要だと思う学習内容や 方法を導いてもいいと思うようになったと述べている。この ように教師Aは,教師Dに理由を聞かれたことにより,理由 を聞く意味について考え,教師は学生に対して,「理由を聞 く(サ)」「学生と一緒に考える(シ)」「深い話をする(ス)」 「積極的に働きかける(セ)」ことの必要性に気づいたとい うことであった。 教師Aは,教師Dが以前自律型クラスを担当していた際に 使用していた会話練習の目的と成果を意識づけるための記 入シートを見たことが考える契機となり,「学習効果を意識 させる(ソ)」ことの必要性に気づいたと述べていた。その 記入シートには,学生が会話の練習で目標とすること,例え ば「習った文法を使う」「いろいろな表現を知る」等を記入 する欄があった。教師Dが学生に学習についてよく考えさせ るしくみとして記入シートを用意していたことを知り,「文 法項目で使えるものとか,理解できるものが増えたとか,そ ういう見方を私はたぶんしてなかったかもしれない(1-78)」 という気づきを得た。そして,ただ会話をするだけでなく, その中でどのような知識がどのぐらい増えたか,何ができる ようになったのかを記述させ,学生に意識させるという方法 もあることを認識した。 教師Aは,同時期に異なるレベルの自律型クラスを担当し ていた教師Eの行動を見たことが契機となり,「同僚の行動 が参考になる(テ)」という気づきも得ていた。教師Eが学 習記録にコメントを赤色ではなく青色のペンで記入する様 子を見て,自分自身はどのようにコメントを記入すべきか改 めて考えた。「〔教師Eがコメントを記入する方法を見ること で〕私が何かをする,その選択の考慮をする材料を提供され たのは間違いないです(2-104)」と述べており,自分の行動 を振り返る契機になると気づいた。 また,同僚と話したことが契機となり,「対話が内省の機 会になる(ト)」という気づきも得たと語っていた。教師A は自分の授業に問題があっても,一人で内省しているだけで はそれが問題であることに気が付かない場合があり,他の教 師からの問いかけに対して考えをめぐらすことや,対話を通 して自身の行動を振り返ることが,学生への対応のあり方を 考えるきっかけになると述べている。 このように教師Aは,授業に関することについて同僚から 問いかけられたことや,同僚の作成した教材を見ること等に よって内省し,気づきを得ている。そして教師Aは,次の学 期に別の教師が新たに自律型クラスを担当する際は,自然発 生的なやりとりだけではなく,意識的に情報交換をする場を 設けることを提案している。このことから教師 A にとって 同僚とのやりとりが大きな意味を持っていたことがわかる。 4-1 で言及した,専門家としての成長を達成する目的で連帯 する同志的関係「同僚性」(佐藤1997)が自律型クラスを担 当する教師Aにとって重要であったとともに,気づきを促す 契機としても同僚とのやりとりが大きい位置を占めたと捉 えることができる。 5.まとめと今後の課題 本研究では,学習者オートノミーの育成・促進を目指す授 業を初めて担当した教師の気づきとその契機に着目した。教

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師Aの場合,先行研究と同様,自律型クラスの担当経験が自 身のビリーフに影響を与え,様々な気づきが生まれていた。 本研究では気づきを分類し,カテゴリー化することで,教師 Aの気づきは,学習者観,授業観といったビリーフに関わる ものや,自律型クラスを担当する際の授業のコツ,同僚の存 在の重要性と,多岐にわたることを明らかにした。本研究で サブカテゴリーとして示した20 の気づきのうち,授業のコ ツのようなものは,今後自律型クラスに類似した形態の授業 を担当する教師にとって,学生への対応を考える上での手助 けとなるであろう。 ここで,本研究で明らかにした気づきの契機をふまえ,こ のような形態の授業を担当する教師に対する支援について 検討を試みる。 まず,学生との相互作用が気づきの契機となっていた点か ら,自律型クラスの中で学生とのやりとりを多くすることが 教師の気づきにつながるということが示唆された。ただし, 教師は,ただ学習の目標や計画について学生に聞き,学生の 意志を尊重すればいいというわけではない。学生をよく理解 するために,学習の選択の理由や背景をよく話し合い,深く 話ができるよう意識することが重要である。このような形態 の授業を担当する教師には,学生との密なやりとりが,教師 が個々の学生のことを理解し,授業をどう役立てていけるの かを考える機会になることを意識づけるといいだろう。 次に,同僚とのやりとりが契機となって多くの気づきを得 ていた点からは,同僚とのやりとりが起きる環境づくりが教 師の気づきを促すことが推察された。大学における日本語教 育では,授業の内容や教材,進め方は担当教師に任されるこ とが多い。研究者の意見交換の場である学会や研究会,授業 担当者によるアクション・リサーチ等はあるものの,同僚に よる授業参観や教案アドバイジング,研究授業の機会はほと んどないと言っていいだろう。しかし,本研究の事例からは, 学習者オートノミーの育成・促進を目的とした授業を担当す る教師Aにとって,自分の実践について語り合い,共に考え る仲間の存在が大きいことがわかった。このような授業を行 う際は,担当者を孤立させず,同僚と話す,同僚から質問を 受けるといった刺激が得られる環境が必要であると考えら れる。その同僚が自律型のような授業の経験者でなくても, 同僚とのやりとりの過程で内省することで,気づきが生まれ る可能性がある。 そこで教師Aの所属大学では,同僚とのやりとりの機会を 増やすため,翌学期から自律型クラス担当者に対してメンタ ー制度を開始した。自律型クラスを担当する教師は授業記録 をつけ,担当経験が豊富な教師がメンターとなり,その記録 を共有して,随時意見交換を行うこととした。また,1 学期 中に3 回,2 名の担当者と2 名のメンター,日本語プログラ ムコーディネーターが集まるミーティングも始められた。こ れにより,教師Aおよび次の学期に新たに自律型クラスを担 当する別の教師の気づきが促されることが期待される。 本研究では自律型クラスを初めて担当した教師Aの気づ きとその契機を明らかにした。本研究は1 名の教師の事例で あり,一般化できるものではない。また,今回使用したデー タはインタビューデータに限られていた。今後は教師Aに継 続的にインタビューを行い,データを分析するとともに,メ ンターと共有する授業記録やミーティング記録を分析対象 に加え,研究を進める。このような事例研究を積み重ねてい くことで,学生の自律的な日本語学習の実践に貢献したい。 注 1)リソースとは学習に利用するもののことで,日本語学習 用の市販の教材の他,新聞やインターネット,映画やドラマ, クラスメートや教師もこれに含まれる。 2)日本語クラスは,初級(前半・後半),中級(前半・後半), 上級(前半・後半)の6 つのレベルがある。自律型クラスは 中級(前半・後半)で設置された。 3)日本語能力試験にはN1(最も高いレベル)からN5 まで のレベルがあり,N3 は初級後半から中級前半の日本語レベ ルに相当する。 付記 本研究は,2016 年度慶應義塾学事振興資金研究補助を受 けて実施した。また,2016 年日本語教育国際研究大会口頭 発表「教師の実践的知識の形成・変容過程-自律型日本語学 習クラスを初めて担当した教師のインタビューから-」の内 容を大幅に加筆・修正したものである。 引用文献 青木直子(2001)「第Ⅲ部 教師の仕事 第1章 教師の役割」 青木直子・尾崎明人・土岐哲(編)『日本語教育を学ぶ 人のために』世界思想社, 182-197. 青木直子・中田賀之(2011)『シリーズ言語学と言語教育23 学習者オートノミー 日本語教育と外国語教育の未来 のために』ひつじ書房 文化審議会国語分科会(2018)『日本語教育人材の養成・研 修の在り方について(報告)』 大学英語教育学会学習ストラテジー研究会編著(2005)『言 語学習と学習ストラテジー―自律学習に向けた応用言 語学からのアプローチ―』リーベル出版 平野紀英子・齋藤英敏(2017)「どのような気づきが,英語

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教師を成長させるのか-自律的な教師への道-」『茨城 大学教育実践研究』36, 173-188 金久保紀子(1996)「中級日本語学習者会話クラスにおける 「モニター活動」の試み-自律的学習の応用-」『筑波 大学留学生センター日本語教育論集』11, 133-144 河合靖(1999)「外国語自律学習研究の3 要素 : 動機づけ, 学習スタイル,学習ストラテジー」『言語文化部紀要』 37, 68-85 川森めぐみ(2015)「ストラテジーを使った読解授業の成果」 『同志社大学日本語・日本文化研究』13, 163-178 川添良幸・才田いずみ(1994)「マルチメディアと日本語教 育」『情報処理学会研究報告人文科学とコンピュータ』 23-8, 57-62 工藤節子(1990)「自律的学習を考える」『文化外国語専門 学校日本語課程紀要』5, 6-31 メリアム,S. B.(2004)『質的調査法入門-教育における調 査法とケース・スタディ-』堀薫夫・久保真人・成島美 弥(訳),ミネルヴァ書房,Merriam, S. B., (1998) Qualitative Research and Case Study Applications in

Education, Jossey-Bass 三宅若菜(2008)「学習支援者としての教師の意識-短期滞 在型留学生クラスの場合-」『桜美林言語教育論叢』4, 93-107 三宅若菜・福島智子(2005)「自律学習を基盤とした個別対 応型日本語授業に関する一考察-教師の役割を手掛か りに-」『日本語教育論集』21, 45-53 桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」(2007)『自 律を目指すことばの学習 さくら先生のチュートリアル』 凡人社 齋藤伸子・松下達彦(2004)「自律学習を基盤としたチュー トリアル授業-学部留学生対象の日本語クラスにおけ る実践-」『Obirin Today-教育の現場から』4, 19-34 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法 原理・方法・実践』 新曜社 佐藤学(1997)『教師というアポリア』世織書房 田中望・斎藤里美(1993)『日本語教育の理論と実際―学習 支援システムの開発―』大修館書店

How a Japanese Language Teacher Fostering Learner Autonomy Develops Awareness in Class

: In the case of Teacher A managing a course fostering learner autonomy for the first time

Satoko Suzuki (Keio University, Shonan Fujisawa Campus),

Hiromi Hakuto (Keio University, Shonan Fujisawa Campus), Yumi Sugihara (Keio University, Shonan Fujisawa Campus)

This article examines what kind of awareness a teacher develops when managing a Japanese language class fostering learner autonomy through self-directed learning and in what occasions a teacher develops awareness. The interview survey was conducted on a teacher who experienced this type of class for the first time. In this class, students analyze the strengths and weaknesses of their Japanese language abilities and their future plans, then decide their study plans, monitor themselves and evaluate their own studies autonomously. Teachers support these processes through interaction, thus the role of the teacher differs from a class where the teaching content is fixed. Based on analysis of the interview data, there were six types of awareness: “perception toward students”, “teacher’s perception of this class”, “significance of this class for students”, “what a teacher should do for their students”, “necessary knowledge for teachers”, and “importance of exchange with colleagues”. It was revealed that “interaction with students” and “exchange with colleagues” played an important role in developing these six awareness

Keywords : Learner Autonomy, Awareness of a Teacher, University, Japanese Language Teaching, Interaction with Students, Exchange with Colleagues

表 2:教師 A の気づきの分類と発話例  カテゴリー  サブカテゴリー  発話例  a.  学生に対す る認識 ア .  学生の自律性 は信頼できる  私が思っているよりも,この人たちは自律型に対する不信感がないし,その方法論に別に懐疑の心もなければ,勝手にやっていくという感触があって。(1-11) イ

参照

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