日本語学習者のオノマトペ習得―音象徴の明示的指導による効果―
齊藤 莉子(SAITO RIKO)(博士前期課程 2020 年 3 月修了)
オノマトペは、日常生活の中で、特に話し言葉において頻繁に使用され、話し手の心情や
様々な事物の様態を描写する際に欠かせない語群である。日本語教師や日本語学習者も、そ
の重要性や使用頻度の高さについて強く意識しているが、文を構成する必須成分ではないた
め、進んで指導は行われていないのが現状である。一方で、オノマトペには特定の音が特定
の意味と結びつき、各音に共通したイメージを持つという音象徴性がある。本研究では、こ
の音象徴を指導することでオノマトペの習得が促進されるかどうかを明らかにし、その結果
からオノマトペの指導について検討することを目的とした。
調査では、日本の大学に留学している中上級日本語学習者 10 名を対象に、オノマトペの
音象徴について明示的な説明を伴う授業を行うとともに、授業前、授業直後、授業から約 3
週間後の 3 回、文脈の中で適切なオノマトペを選択する理解度テストを行い、指導の効果を
探った。研究課題として以下の 2 点を設定した。
(1) 音象徴の明示的な指導でオノマトペの習得が進むか。
(2) 音象徴の明示的な指導の効果について、清音と濁音、促音型と反復型、語頭の子音
の観点から見ると、それぞれどのような特徴があるか。
課題(1)では、3 回のテストの正答率から、清音と濁音、及び促音型と反復型の音象徴
を明示的に指導することで、オノマトペの習得がある程度進む可能性が示された。しかし、
同じ場面であっても、オノマトペを用いてイメージする程度や捉え方には、学習者、母語話
者ともに個人差が見られ、今回の出題形式では、対象者のイメージを完全に統一した上でオ
ノマトペの理解度を把握することが難しかった。
課題(2)では、まず、清音と濁音を観点に見ると、学習者にとって濁音にはなじみの無
さや聞き取りにくさがあり、濁音の音象徴がイメージしづらいため、清音の方が音象徴を理
解しやすいことがわかった。次に、促音型と反復型を観点に見ると、日本語のオノマトペで
最も使用頻度が高い反復型は、日常でのインプットが多いこともあり、促音型と比べると比
較的音象徴の理解や定着がしやすいことがわかった。最後に、語頭の子音を観点に見ると、
音象徴が理解しやすいものと、難しいものとに分けることができ、特に表面的なかたさを表
す子音 /k/、/g/ と、張力的なかたさを表す子音 /p/、/b/ の違いは難しいことがわかった。
以上の結果、および調査内で行ったオノマトペに関する意識調査や、授業中の学習者の反
応、テスト後のインタビュー結果に基づき、本調査から導き出せる効果的な指導方法につい
て論じた。
また、今後の課題として、本研究で明らかになった比較的習得が難しい音象徴について、
どのような指導が学習者の理解を助けるか検討すること、本研究で扱ったもの以外の音象徴
について、習得にどのような特徴があるか調査することの 2 点を述べた。
中国人初級日本語学習者のディクトグロス活動における学び合い
徐 会萍(XU HUIPING)(博士前期課程 2020 年 3 月修了)
中国の外国語教育の教室では、教師主導・知識伝授型の指導が一般的で、グループ活動は
あまり見られない。不完全な知識しか持たない学習者同士がグループ活動から果たして学べ
ることがあるのか、疑問を持つ教師や学習者も少なくない。その現状を改善することを目的
として、グループ活動の中でどのような教師でも実施しやすい活動としてディクトグロスを
選んで実践し、その効果を検証した。ディクトグロスとは短いテキストを聞き、グループで
そのテキストを再構築する活動である。
本研究では、中国人初級日本語学習者のディクトグロス活動における文法項目の習得と学
び合いの実態を明らかにするために、日本への渡航経験のない 6 名の中国人初級日本語学習
者を対象とし、ディクトグロスを 5 回実施した。ディクトグロスで用いたテキストには、「授
受表現」「連体修飾節」「〜とき、」「〜と、〜く/になる」「ている(状態・進行)」「そうで
す(様態・伝聞)」という学習者にとって習得が難しいと考えられる 6 つの文法項目を入れ、
これらの対象文法項目を中心に学習が進むことを想定した。文法テスト(文法選択及び正誤
判断)と個人ディクトグロス(グループではなく個人で短いテキストを再構築するもの)か
らなる事前・事後テストの結果をデータとして、以下の研究課題(1)を設定した。また、
ペアの話し合いの文字化資料及び学習者による評価をデータとして、以下の研究課題(2)
を設定した。
(1) 中国人初級日本語学習者のディクトグロスによる習得は、文法項目によってどう異
なるか。
(2) 中国人初級日本語学習者のディクトグロスにおける話し合いでは、どのような学び
合いが生じるか。
課題(1)については、ディクトグロスは、対象文法項目に焦点を当てた文法テストには
習得効果も各項目間の習得の異同も見られなかったが、個人ディクトグロスのテストからは、
学習者の聞く力、産出力を促したことが窺われた。
課題(2)については、学習者同士の話し合いにより、8 割以上の言語問題が正確に解決
された。また、対象文法項目以外の文法項目に関する学び合いも起きていた。更に、各ペアで、
片方が正確解決を提供し、より多くの正確解決を与えた学習者は教える立場に立つことが多
く、ディクトグロス活動に対して肯定的な評価をしていた。否定的な評価をした学習者は教
えられる立場にあった者であることが見られた。
本研究が残した課題としては、主に以下の 2 点である。(1)想定した対象文法項目が難し
すぎたこと、テスト作成にも工夫が足りなかったことから、事前・事後テストで文法項目の
伸びを見ることができなかった。(2)学習者の再生文の分析など、時間不足でできなかった。
定型的表現の習得がライティング能力に及ぼす影響
田邊 和佳(TANABE WAKA)(博士前期課程 2020 年 3 月修了)
イディオム、コロケーション、慣用句などの一つのまとまりとして記憶の中に備わってい
るパターン化した定型的表現は、言語に広くみられており、この定型的表現に関する知識や
その使用は、第二言語学習者の熟達度やスピーキング能力と大きく関連することがこれまで
の研究で明らかになっている。しかし、第二言語学習者のライティング能力と定型的表現の
使用との関係については、これまでに十分な研究がなされていない。
本研究は、海外のキャンパスで 5 か月、1 年または 1 年半の ESL 教育を受けた都内の某私
立大学の 3・4 年に在籍する女子大学生 20 名(3 年生 11 名、4 年生 9 名)を対象にライティ
ングのデータ(英文エッセイ)を収集し、定型的表現の使用頻度について調査した。また、
定型的表現の理解度を測るためのテストも同様に実施し、TOEIC のスコアを用いた総合的な
英語力およびライティング評価との関連について検証した。研究課題は以下の 6 つである。
(1)定型的表現の理解とライティングの能力に関連があるか。
(2)定型的表現の使用の頻度とライティングの能力に関連があるか。
(3)定型的表現の理解と定型表現の使用の頻度に関連があるか。
(4)総合的な英語力とライティングの能力に関連があるか。
(5)総合的な英語力と定型的表現の使用の頻度に関連があるか。
(6)総合的な英語力と定型的表現の理解に関連があるか。
今回の実験では、学習者の定型的表現の使用の頻度とその理解度、ライティング能力との
間に相関がみられた。しかし、定型的表現の使用の頻度と、総合的な英語力との間には相関
は見られなかった。このことからも、定型的表現を使いこなすことは、初級レベルの学習者
のみならず、留学経験のある熟達度の高い上級レベルの学習者においても難しい課題となっ
ていることが考えられる。また、定型的表現を理解し、高頻度で使用している学習者のライ
ティング評価が高いことから、定型的表現の習得がライティング能力の向上に必要な要素で
あることも考えられる。
今回の実験は、ライティング収集が一回のみであること、被験者の数が限定的であること、
定型的表現の分類について考慮していなかった等の問題点が残っているため、今後の課題と
していきたい。
今後の語彙指導・ライティング指導においては、いかに知識としての語彙を、使える段階
の語彙に持っていくかに尽力していくことが極めて重要であると考える。
場所を表す格助詞「で」「に」に関する明示的知識と暗示的知識の間のギャップ
―中級レベルの在日中国人日本語学習者を対象に―
李 夢穎(LI MENGYING)(博士前期課程 2020 年 3 月修了)
第二言語習得研究では、明示的知識と暗示的知識の 2 種類の知識があるとされる。明示的
知識は、教室で明示的に学習し、意識的に記憶している知識であるのに対し、暗示的知識は、
自分で分析的に説明できなくても、自然に使える知識である。これら両知識がどのような関
係にあるか、相互に移行するものであるか否かは、第二言語習得研究の大きな課題の一つで
ある。
場所を表す「で」「に」は、日本語学習の初級段階で導入される助詞だが、初中級段階で
は誤用が多く、「に」「で」の使い分けを調べた先行研究は少なくない。しかし、「に」「で」
を調べた先行研究は、ほぼ全てが学習者の明示的知識のみを測定し、明示的知識と暗示的知
識の双方を調べた上で両知識の関係を扱った先行研究はこれまでにない。そこで、本研究で
は、場所を示す「で」「に」に関する明示的知識と暗示的知識の間にどのような関連がある
かを明らかにすることを目的とする。そのため、以下のような研究課題を設定した。
場所を示す格助詞「で」「に」について、中級レベルの中国人日本語学習者が持つ明示的
知識と暗示的知識はどのような関係にあるか。
①「地名・建物を示す名詞+で」のユニット形成があるか。
② 助詞に後続する動詞は学習者の「で」「に」の使用に影響をもたらすか。
③「で」「に」に関する明示的知識と暗示的知識の間にはどのようなギャップがあるか。
本研究では、中級レベルの在日中国人日本語学習者 20 名を対象に、明示的知識を測る時
間制限なし文法性判断テストと暗示的知識を測る口頭模倣テストを用いた調査を行った。調
査項目としては、「位置を示す名詞+に」「位置を示す名詞+で」「地名・建物を示す名詞+に」
「地名・建物を示す名詞+で」の 4 つの項目を設定した。
その結果、研究課題①について、中国人日本語学習者には、「位置を示す名詞+に」を結
びつけて用いる「ユニット形成」の現象が見られ、先行研究では調査結果が分かれていた「地
名・建物を示す名詞+で」については「ユニット形成」の現象が見られなかった。
研究課題②について、学習者は文の主体を示す名詞を手がかりに「に」か「で」を選択す
るばかりでなく、後行する動詞も助詞の選択に影響をもたらす場合があることがわかった。
研究課題③について、明示的知識と暗示的知識の関連については、学習者が全般的に暗示
的知識より明示的知識の方を多く持っていること、「位置+に」「地名・建物+に」では暗示
的知識と明示的知識の差が大きく、明示的知識は持っていても口頭での運用が伴なわないこ
聴解ストラテジーの指導実践 ―「質問タイム」の活動を通して―
池口 純恵(IKEGUCHI SUMIE)(博士前期課程 2020 年 9 月修了)
言語の 4 技能のうち「聴く」は、目に見えない理解を扱うことや瞬時に音声が消えていく
ことから指導が難しいと考えられる。従来からの聴解指導は、言語表現を予め指導してから
聴解テキストを聴くという方法が主流であった。しかし、学習者が理解できない部分を自ら
の力で解決する聴解ストラテジーの指導が重要である。特に、JSL の学習者は、日常生活に
おいて常に未知語に遭遇する環境にいることから、理解できなかった部分については自ら質
問し解決するという能動的な聴解の姿勢とそのストラテジーを養成する必要がある。そこで、
本研究では、聴解ストラテジーを養成するために「質問タイム」の活動を実践し、その効果
を観察・分析することを目的とする。「質問タイム」とは、テキストを区切りながら聴き、
区切りごとに「質問タイム」を設けて質問をする教室活動である。質問は、学習者自ら推測
し仮説検証するものがよいとされる。また、学習者間で各自の質問を共有することで、質問
が促進され効果的な質問のしかたを学び合うことができる。
日本国内にある中国の大学で中国語を主専攻として学ぶ多国籍(ミャンマー、イギリス、
ベトナム)の中級日本語学習者 3 名(N3 レベル)を対象に、「質問タイム」を約 4 ヶ月全
12 回行った。第 1 回から第 12 回までの学習者の質問を「言語」「内容」「発展」に分類し
た上で、数量的および質的変化を分析した。その結果、数量的には第 1 回から第 12 回にか
けて漸進的な変化は見られず、学習者間の違いも見られなかった。質問の増減による要因と
しては、①テキストの特徴による単語の難易度やタイプ、②学習者の背景知識・経験などに
よる関心度、③学習者の体調などが大きな影響を与えたことから、学習者の聴解過程を反映
する縦断的な変化が見えなかったことを考察した。一方、学習者別の質的変化では、L1 と
L3 は質的変化が見られたのに対し、L2 には変化があまり見られなかった。その要因としては、
L1 と L3 は、授業回数を経て、テキストの広範囲から手がかりを得た質問ができるようにな
るという変化が見られたが、L2 は、局所的な理解に終始し、目立った質的変化が見られなかっ
た。しかし、インタビューでは、学習者 3 名とも、質問の共有や学習者間の学びの意義を理
解しており、「質問タイム」の実践が好影響を与え、学習意欲もより高まったことが確認で
きた。また、「質問タイム」で収集したデータの分析により、各学習者の聴解過程の特徴を
把握できたことは、教師として大きな収穫であった。
中日バイリンガル児童の日本語の習得
王 蕾(WANG LEI)(博士前期課程 2020 年 9 月修了)
グローバル社会の発展に伴い、言語・文化の異なる人々の国を超えた移動が盛んになり、
多言語・多文化の環境で育つ児童も多くなっている。両親の意志による移動で第二言語(以下、
L2)と接触し始め、言語や文化に不安を持つ児童は少なくない。日本社会にも日本語を L2
とする児童が多く住んでおり、その多くは日本語を母語とするモノリンガル児童と同じよう
に日本語での日常会話を操っているように見えるが、そのようなバイリンガル児童の日本語
能力はどのようになっているのだろうか。その実態を調査した先行研究はモノリンガル児童
との差を指摘しているが、まだ十分な実態が明らかになっているとは言えない。そこで、本
研究では、東京周辺に在住する中日バイリンガル児童 5 名の発話を同年齢のモノリンガル児
童 2 名と比べることにした。調査方法としては、『Frog, where are you』という文字のない
絵本を提示し、児童に自分の言葉で物語を語らせ、録音した。その発話を全て文字化し、7
つの言語項目を中心に使用回数、異なり使用回数と不自然な日本語表現(以下、エラー)を
分析した。
その結果、バイリンガル児童とモノリンガル児童の間では、言語項目の使用回数には大き
な異なりがなかったが、エラーの頻度と質については違いが見られた。バイリンガル児童は、
同年齢のモノリンガル児童よりエラー頻度が高いことが明らかになった。また、エラーの質
を見ると、モノリンガル児童には高度な言語表現を使おうとして生じたエラーが見られたの
に対し、バイリンガル児童のエラーには、格助詞などの基本文法によるエラーや意味不明な
発話などが目立った。バイリンガル児童間の比較では、日本生まれの児童よりも日本語との
接触開始年齢が 3 歳あるいは 5 歳の児童のほうがエラー頻度が高く、また、副詞類と複文に
関する使用は低かった。また、日本生まれのバイリンガル児童 2 人は、中国語能力を維持し
ていたのに対し、中国生まれの児童 2 人については、中国語能力を失っていた。今回の調査
対象者に関して言えば、中国語を維持した 2 人は加算的バイリンガルとして L2 である日本
語の習得も相対的に順調であり、一方、L1 である中国語を喪失した 2 人は減算的バイリン
ガルとなり、L2 である日本語の習得も遅れ気味であることが確認された。