• 検索結果がありません。

在日コリアンの文化的実践とアイデンティティ -生野民族文化祭に着目して- [ PDF

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "在日コリアンの文化的実践とアイデンティティ -生野民族文化祭に着目して- [ PDF"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

目次 序章 1.問題意識・研究背景 2.研究目的・研究意義 3.先行研究 4.研究方法 第1 章 実践で構築されるアイデンティティ 1.アイデンティティとは 2.実践コミュニティ 3.実践におけるアイデンティティ 4.本論で用いるアイデンティティ 第2 章 在日コリアンの前史 1.生野区への定着 2.在日コリアン内の対立 3.韓国の民衆文化運動の影響 第3 章 在日コリアンたちの生野民族文化祭 1.生野民族文化祭概要 2.創成期:民族性の解放 3.転換期:世代交代と文化祭の役割 4.終結期:在日コリアンをとりまく状況の変化 第4 章 生野民族文化祭が与えた影響 1.実践としての生野民族文化祭 2.在日コリアン 2・3 世たちにとっての「私」 3.次世代へとつづく在日コリアンの歴史 終章 1.各章のまとめ 2.今後の課題と展望 序章 1.問題意識・研究背景 本研究では、在日コリアンの人々の文化的実践の一つ である「生野民族文化祭」に着目した。これは、在日コ リアン2、3 世たちが中心となって 1983 年から 2002 年 まで行った祭りである。「ひとつになって育てよう 民族 の文化を! こころを!」というスローガンのもと、失 われつつあった若者の民族的自覚を養い、民族の連帯を 取り戻すことを目的としていた。祭りは公立の小中学校 を転々と周りながら開催された。出演者は在日コリアン のみで、舞踊やマダン劇、プンムル(農楽)などが行わ れた。生野民族文化祭をきっかけに、全国様々な場所で 100 以上もの祭りが開催された。この祭りは在日コリア ンの人々の祭りの始まりであり、在日コリアン社会や日 本社会に様々な影響を与えた祭りである。そのためこの 祭りを検討することは在日コリアン2・3 世のアイデン ティティ構築、在日コリアン社会を理解する上で重要で あると考えている。 2.本論の研究目的・研究意義 本研究では、20 年間にわたって開催された生野民族文 化祭に着目する。先行研究において、生野民族文化祭は 民族の連帯を取り戻し、ネガティブに見ていた民族性を ポジティブに変えることのできた活動として、また在日 コリアン 2・3 世が民族的アイデンティティを模索する 場として取り上げられてきた。しかし、そこには個人の 差異や多様性が見えにくくなっており、どのようにアイ デンティティを構築していったかについては十分に明ら かになっていない。以上をふまえ本研究では、生野民族 文化祭に参加することで、在日コリアン 2・3 世たちは いかにアイデンティティを構築してきたのかを明らかに していく。 そのためには、生野民族文化祭がどのような実践であ ったかをみていく必要がある。したがってまず、在日コ リアンたちの前史をみていき、生野民族文化祭がなぜ行 われたのか、歴史的文脈から考察する。次に、生野民族 文化祭の変遷をインタビューやフィールドワークをもと に整理し、彼らが行った生野民族文化祭とはどのような 実践であったのかを社会的文脈からみていく。そして最 後に、実践コミュニティの視点から生野民族文化祭を考 察し、本研究の目的を達成させる。 生野区という小さな地域での実践ではあるが、現在で もその実践から波及した在日コリアンの祭りが様々な場 所で行われている。現在の在日コリアンの状況、アイデ ンティティを紐解くには、在日コリアンの人々の中でも 大きな転換期であった生野民族文化祭を考察することが 必要であると考えている。またすでに終わった祭りであ るが、筆者のインタビューにおいて「10 数年経った今だ からこそ語れる」と述べられたように、現在だから記述

在日コリアンの文化的実践とアイデンティティ

―生野民族文化祭に着目して―

キーワード:アイデンティティ,実践コミュニティ,生野民族文化祭,権力作用,差異化 所 属 教育システム専攻 氏 名 金子 真紀

(2)

できる生野民族文化祭の歴史があるのである。生野民族 文化祭を在日コリアンの歴史において連続したものと捉 え、彼らの変化を詳細にみていくことが重要である。奪 われた民族性を取り戻すための運動というだけの位置づ けや、一実践としての解釈にとどまらず、在日コリアン 社会内や日本社会への影響をダイナミックに捉えていく。 3.先行研究 在日コリアンのアイデンティティの多様性や、生野民 族文化祭の運動としての位置付け、在日コリアンの人々 にとっても重要な実践であったことは先行研究でも明ら かにされている(福岡 1999、金 1993、飯田 2006、稲 津 2007)。しかし、これまで生野民族文化祭の 20 年と いう変遷と、その実践に参加することでいかにアイデン ティティが構築されていったかという、構築の過程につ いては十分に明示したものはない。生野民族文化祭の変 遷をより詳細にみていきながら、その点を考察していく。 第1 章 実践で構築されるアイデンティティ 第1 章では、本論で用いるアイデンティティについて 提示した。特に、スチュワート・ホール(1999)が提唱 する概念を検討した。彼は、アイデンティティは完結せ ず、変化するものであり、「アイデンティティ化」という 過程が重要であるとしている。彼の言うアイデンティテ ィ化とは、他者との関係の中で、排除されていることを 意識したり、また排除されていることを自己の中で打ち 消すという選択の可能性を持ちながら、自己の位置取り を選ぶことなのである。 そして彼はさらにマイノリティのアイデンティティ を理解する上で、二つの政治学を提起する。「アイデンテ ィティの政治Ⅰ」と「差異のアイデンティティの政治」 である。「アイデンティティの政治Ⅰ」は、自分たちを周 縁化する社会に対抗して作られる、防衛的な集合的アイ デンティティの形成に関わるものである。それは自らの ルーツを見いだし、それをよりどころとする。しかし、 この政治Ⅰは内部の差異や多様性を覆い隠してしまう。 そこで、「差異のアイデンティティの政治」、つまり唯一 のアイデンティティをもっているのではなく、多重のア イデンティティをもっていることを認める政治学、を用 いる。ホールはこの2 つが折衷していることを強調して おり、この2 つが互いに関係し合い、変容していく過程 が、マイノリティのアイデンティティ化であるとした。 次にレイヴとウェンガー(1993)が提唱した「実践コ ミュニティ」モデルを批判的に発展させた田辺(2002, 2003)の実践コミュニティ理論をみていった。田辺はレ イヴとウェンガーの実践コミュニティモデルに対し、外 部などからの権力作用が考慮されていない点、実践の中 で人々が差異化していくベクトルが描かれていない点を 指摘している。それらから、田辺が考える実践コミュニ ティとは、権力関係のなかで、人々の相互行為によって、 協働したり差異化したりしながら実践が生まれる集団で ある。人々はその実践コミュニティの中でアイデンティ ティを構築させていく。 田辺が想定するアイデンティティとは「アイデンティ ティ化」、すなわち「権力関係のなかで自らの位置を占有 し、自分の生を求めて自分であることを承認する過程」 (田辺 2003:235-236)を経て構築される主体のあり方 なのである。人々はコミュニティに参加し、さまざまな 権力関係が作用する中、他者と交渉、協働しながら他者 との差異化を自覚し、実践していくことで、多様なアイ デンティティ化が展開していくのである。 以上をふまえ本論では、アイデンティティを自らの生 き方を求めて、世界に自らの位置を占有していき、自分 を承認していく過程を経て生まれる、完結しないものと した。 第2 章 在日コリアンの前史 第2 章では、在日コリアンの歴史的文脈から、彼ら/ 彼女らがなぜ生野民族文化祭を開催するに至ったのかを 考察した。まず要因の一つとして、生野区という在日コ リアンが多く居住している場の特殊性をあげた。生野民 族文化祭が開催できたのは、生野区に圧倒的な数の在日 コリアンの人々がいたからであった。在日コリアンの 人々が日本、そして猪飼野に定着していく過程には、戦 争の混乱の中、生活のための経済的な問題があった。し かし、日本での劣悪な労働環境や、文化的な活動への弾 圧、民族教育の禁止などによって、日本社会との溝を深 めていった。大阪は特に働き場があり、猪飼野も平野運 河開削工事などで多くのコリアンを雇用していた。その ため猪飼野に多くのコリアンが定着していったのである。 次の要因として、在日コリアン内の対立による民族の 分断をあげた。現在でも民団(韓国)と総連(北朝鮮) が在日コリアン社会を二つに分断している。しかしこの 2 つの団体は政治性が強く、組織運営等も不透明であっ たため、在日コリアンの人々は不信感をつのらせていっ た。それに抵抗する勢力として青年たちによる新しい運 動体の流れとネットワークが誕生した。そのメンバーの 多くが生野民族文化祭に関わっていたことから、その運 動の流れが生野民族文化祭をはじめとする、民族・民衆 文化運動へと向かう要因の一つであったと考えられる。

(3)

そして最後の要因として、韓国の軍事政権下に行われ た、民衆文化運動の影響を述べた。韓国での学生たちの 活動に共感し、共有したいと考える在日コリアンたちに よって「マダン劇の会」が発足した。彼らは、韓国の学 生たちが行った実践を共有することで、自分たちの民族 性を解放し、日本社会からの疎外、在日コリアンの知識 人による芸術からの疎外へ抵抗しようとしたのである。 そしてその活動は、生野民族文化祭に接合していった。 以上のような歴史的な文脈の中で、生野民族文化祭は開 催されたのである。 第3 章 在日コリアンたちの生野民族文化祭 第 3 章では、生野民族文化祭の 20 年の変遷をみてい った。1 世とは違い、生まれも育ちも日本である 2・3 世にとっては言語などの問題もあり、日本定住を選択す るしかない状態であった。しかし、自分たちの民族性を マイナスなものとして、隠して生きていくことへの苦し み、また在日コリアン内の対立によってもどかしさがつ のる一方であった。その中で、これまで実現できなかっ た、既存のコミュニティを横断し、包括するような新し いコミュニティ、新しい実践としてのコミュニティが彼 らには必要となった。そして誕生したのが生野民族文化 祭である。 創成期において、民団と総連の反発や、会場確保にお ける地域社会に住む日本人からの反発などの問題が浮上 した。それらを乗り越え、第1 回目は開催された。また、 生野民族文化祭の特徴として、在日コリアンのみしか出 演できないというこだわりがあった。しかし、その状況 によって民族性を解放させることができ、生野民族文化 祭が在日コリアンの人々にとって欠かせない祭りとなっ ていった。 10 回目から 14 回目になると世代交代が行われ、第 1 世代iは一線を退くこととなる。この転換期においては、 世代間の意見のすれ違い、祭りの捉え方の違いが顕著に なってきた。第1世代の人々は、他のコミュニティを巻 き込んだり、出演者の枠を広げるといった、次のステッ プへと進む必要性を感じていた。しかし、第2・第 3 世 代にとってこの祭りは在日コリアンのものであるという 意識が強かったのである。 そして後半になると徐々に祭りを続けていくことの困 難さを感じるようになった第2・第 3 世代は、20 回目で 生野民族文化祭を終わることにした。その要因として、 継承のつらさ、生野民族文化祭でなくても、楽器演奏や 舞踊を披露できるようになったという、文化祭が今まで 担っていた役割を終えてしまったこと、在日コリアンの 祭りということへのこだわりによって他のコミュニティ を巻き込むことができず、開かれた新たな実践を生みだ せなかったことをあげた。また、在日コリアン内の出自 の多様性や中心を担う生野区の若者の減少も生野民族文 化祭が終わる要因であった。このように生野民族文化祭 は創成期、転換期、終結期という変遷を経て終わったの である。 第4 章 生野民族文化祭が与えた影響 第4 章では、以上みてきた歴史的文脈と、生野民族文 化祭の変遷をふまえ、在日コリアン 2・3 世たちが祭り の実践コミュニティに参加することで、どのようにアイ デンティティを構築させていき、自分の生き方を見いだ していったのかを考察した。まず生野民族文化祭を実践 コミュニティの関係から捉え直した。生野民族文化祭の 実践コミュニティでは、さまざまな権力関係iiを背景に、 多様な構成員が交渉iiiと協働を行いながら実践を生みだ していた。手伝いとしてカメラマンや研究者など多くの 日本人がこの祭りに関わっていたため、構成員には日本 人も含まれる。彼らとの交渉も在日コリアンの人々にと って重要なものであった。筆者のインタビューでも、「手 伝ってくれた日本人がいたからこその祭りであった」と 述べられていた。このように、在日コリアン同士はもち ろん、日本人とも恊働しながら、実践が生み出していた のである。 しかし一方で、交渉を行う中で、差異化へと向かう在 日コリアンたちもいた。第1 世代と第 2 世代、第 3 世代 の世代間の葛藤は、この差異化によるものだと考えられ る。それは、第3 章で述べたように、意見の違いによっ てこの生野民族文化祭への関わり方を変える第1 世代か らよみとれる。また、世代間だけではなく、生野民族文 化祭に参加したことで、舞踊や楽器をより極める道へと、 自分の生き方を他へ見いだし、実践コミュニティの外部 へと向かう人々もいた。 それらをふまえ、生野民族文化祭における在日コリア ン 2・3 世のアイデンティティを理解するために、ホー ルの2 つの政治学を用いた。その結果、ポジティブな意 味で「在日コリアン」として再表象していく過程と、差 異化などにより多様なアイデンティティ化が行われてい たという過程の、2 つアイデンティティ構築過程を考察 した。この2 つは互いに関係しあいながら、不断に変容 する。 生野民族文化祭が行われる以前の 2・3 世は、日本人 と「在日」という狭間や、他にもさまざまな境界から包 括されたり、疎外されたりして葛藤を抱いていた。そん

(4)

な不安定な状況の中で、日本社会の政治的、社会的勢力、 また差別や排除によって形成されたカテゴリーである 「在日」というネガティブな表象を 2・3 世の人々は受 け入れることができなかった。また受け入れようにも日 本人ぶって生きていかなければならない社会状況があっ た。それはアイデンティティ化する中で、自分であるこ とを承認できない状況をさしている。しかし、生野民族 文化祭という実践コミュニティに参加することで、在日 コリアンをポジティブな形で再表象し、在日コリアンで ある「私」を「私」として承認していったのである。ま た、祭りを実践コミュニティの視点で捉え直した際に見 たように、差異化していく人々がいた。そこから2つ目 の過程が読み取れる。彼らは、生野民族文化祭に参加す ることで、2つのアイデンティティ構築過程を経ながら、 自らの生き方を模索していた。そしてそれは、各々の次 の実践コミュニティへの参加へと繋がっていくのである。 そして最後に、この生野民族文化祭がどのように次世 代に影響を与えているのか、現状と課題もふまえ考察し た。民族・民衆文化運動によって教育現場が変わり、ま たこの運動を経験した 2・3 世が親世代になったことも あり、民族文化に触れる機会の増加や在日コリアンであ る自分を表に出せる環境が少しずつできていった。しか し、現在でも残る差別や在日コリアンであることへの葛 藤が存在していた。この課題では、日本人と在日コリア ンとがよりよく生きていくための社会を構築していかな ければならないことが示唆できる。 終章 歴史的文脈と生野民族文化祭の変遷から、実践コミュ ニティとして生野民族文化祭を捉え直し、そこで在日コ リアン 2・3 世がいかにアイデンティティを構築してい ったのかを考察していった。その結果、在日コリアン2・ 3 世たちが「在日コリアン」として自らを再表象し、コ ミュニティ内の諸実践によって多様なアイデンティティ 化を行うという、2 つのアイデンティティ構築過程を見 出した。それらは互いに関係しあいながら、不断に変容 し続けるのである。田辺(2003)はアイデンティティの 形成とは、生き方の探求であると述べている。生野民族 文化祭にかかわった人々は、この実践をとおして未来に 向けた生き方を探求し続けていると考えている。 主要参考文献 飯田剛史2002『在日コリアンの宗教と祭り 民族と宗教 の社会学』世界思想社 2014「民族まつりの展開と課題」『民族まつり の創造と展開 上 論考編』 p3-40 稲津秀樹2006「在日韓国・朝鮮人運動のカルチュラル・ ターン―生野民族文化祭における〈民族〉と〈楽 しさ〉―」 上野千鶴子2005『脱アイデンティティ』勁草書房 太田順一1987『女たちの猪飼野』晶文社 金徳煥 1985「民族のマダン(広場)―生野民族文化祭―」 『月刊社会教育』1985,8,No.344 p29-34 1997「講演録:大阪・生野からのメッセージ- 生野民族文化祭がめざすもの-」『クルパン- 塾報 第21 号 第 52 期(1996 年 4 月-10 月)』 p2-23 現代語学塾 金賛汀2004『在日、激動の百年』朝日新聞社 金泰泳1999『アイデンティティ・ポリティクスを超えて –在日朝鮮人のエスニシティ』世界思想社 田辺繁治2003『生き方の人類学』講談社 田辺繁治、松田素二(偏)2002『日常的実践のエスノグラ フィ–語り・コミュニティ・アイデンティティ』 世界思想社 玄善允2014「在日の精神史から見た生野民族文化祭の前 史-在日の二世以降世代の諸運動と『民族まつ り』」『民族まつりの創造と展開 上 論考編』 p.41-62 平井京之介(偏)2012『実践としてのコミュニティ』京都 大学学術出版会 福岡安則1993『在日韓国・朝鮮人 若い世代のアイデン ティティ』中公新書 スチュアート・ホール1999「ローカルなものとグローバ ルなもの – グローバル化とエスニシティ」 (p41− 66)「新旧のアイデンティティ、新旧のエス ニシティ」(p67− 104) 『文化とグローバル化』A・ D・キング(偏) 山中弘、安藤充、保呂篤彦(訳)玉 川大学出版部 i生野民族文化祭に参加した人々は、第1~3 世代に区 切ることができる。第1 世代は 1 回目から約 14 回目 まで、第2 世代は約 5 回目から 20 回目まで、第 3 世 代は最後の方に関わった人々である。 ii実践が行われる背景には権力関係が存在する。なぜ なら「権力関係は日常生活の実践のなかで複合的に作 用する力の諸関係」(田辺 2003:232)だからである。 つまり、私たちの実践は全て権力関係のもとで行われ るのである。ここでの権力関係は強制や抑圧などの国 家権力のような装置だけを意味しない。家族、友人な どによる人間関係をも含めた、権力の網の目でもある。 iii彼らの交渉には言語によるコミュニケーションだけで なく、身体や道具、衣装などによる交渉も確認できた。

参照

関連したドキュメント

研究会活動の考え方

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

第I章 文献曲二研究目的       2)妊娠第4月末期婦人原尿注射成種

 21世紀に推進すべき重要な研究教育を行う横断的組織「フ

研究計画題目.

さらに体育・スポーツ政策の研究と実践に寄与 することを目的として、研究者を中心に運営され る日本体育・ スポーツ政策学会は、2007 年 12 月

社会学文献講読・文献研究(英) A・B 社会心理学文献講義/研究(英) A・B 文化人類学・民俗学文献講義/研究(英)

生命進化史研究グループと環境変動史研究グループで構成される古生物分