イ
ン
ド
の
仏
教
信
仰
中
国
人
求
法
僧
の記
録
よ
り
ー
田
中
純
男
(海
量
)は
じ
め
に
( ↓ 紀
元
四世
紀
か ら 七世
紀
を 中心
に数
多
く
の 中国
人求
法
僧
が イ ン ド を 目指
し た 。 し か し彼
ら のう
ち の ほ と ん ど は 記録
を残
す
こ と が な か っ た 。 た とえ
記
録 を留
め た と し て も 、 そ れ が後
世 に ま で伝
え ら れ 、断
片
的 に し ろ 現存
し て い るも
の と な る と 、 そ の数
は極
め て 限 ら れ て し まう
。 そ の 中 で も 完 全 な姿
を留
め て い る の は わず
か 数書
で あ ろう
。 こ こ で は そ れ ら のう
ち
、玄
奘
( 六 〇 二 生1
[ 六 二 九 出 発1
六 四 五 帰 国 ]1
六 六 四 寂 ) 『大
唐
西
域
記
』 、( 2 )
法
顕 ( 三 三 五 生1
[ 三 九 九出
発
ー
四 一 二帰
国 ]1
四一 =寂
) 『法
顕伝
( 仏 国 記 〉 』 を 中 心 に 、 そ こ に記
さ れ て い る イ ン ド に おけ
る仏
教
信
仰
のあ
り
方
に注
目
し 、さ
ら に 広く
イ ン ド 文学
に表
れ た信
仰形
態
と も 比 較 し つ つ 、 そ の信
仰
と は い か な るも
の であ
っ た か を考
え て み た い 。 し た が っ て考
察
の対
象
と な る 時代
は法
顕 か ら 玄奘
ま で 、 つま
り
イ ン ド史
で は概
ね グ プ タ朝
( 三 二 〇年
チ ャ ン ド ラ グ プ タ 一 世 創 始 ) か ら ヴ ァ ル ダ ナ朝
( ハ ル シ ャ ヴ ァ ル ダ ナ [戒
日 王 、 シ ー ラ ー デ ィ テ ィ ヤ 、在
位 六 〇 ⊥ バー
六 四 七 ] よ り
始
ま る ) に か け て の時
代 と な ろう
。NII-Electronic Library Service こ の
時
代
の イ ン ド の歴
史
、文
化
、 思想
界
の動
向
、 仏 教教
理等
に つ い て は詳
細
に論
じ ら れ て き て い る が 、 仏教
が社
会 で 一 般 の人
・あ
る い は 一般
の仏
教信
者 と い わ れ る 人 々 に よ っ て ど の よう
に信
仰
さ れ て い た の か ・ 仏 軅教
は宗
教 と し て 人 々 に い か な る作
用 を及
ぼ し 、ま
た イ ン ド 世界
に お い て い か な る位
置
を占
め て い た の か 、 と いう
点
に な る と い さ さ か曖
昧
の度
が 増す
よう
に思
わ れ る 。求
法
僧
た ち の見
聞 に は そ の当
時 の イ ン ド ( 西 域 を も含
め て ) の 風俗
、 習慣
が記
さ れ 、 仏 教信
仰 に関
す
る 記 述 も少
な か らず
見
ら れ る 。そ
れ ら に 拠り
つ つ 、仏
教
の信
仰形
態
の イ ン ド 的様
式
と で も呼
びう
る も の を考
察
し ( 3 ) て み た い 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
一 西 域 、 イ ン ド
各
地 で 仏 陀 の 聖 な る遺
物
が 祀 ら れ て い た 。 『 西 域記
』 に は次
の も の が挙
げ
ら れ て い る 。 頭 髪 . 爪ー
ハ ル ク ( ℃ G 凸 ) 、 カ ー ピ シ ー (漣
) 、 ナ ガ ラ ハ ル ( で 幽 ) 、 ス ル ク ナ ( 歹 嵩 O ) 、瞿
毘
霜 那 ( で・ 一 鶉 ) 、 カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ ( で≒
O ) 、 ア ユ ダ ー ( で. 嵩 一 ) 、 阿耶
穆怯
( 唱「 一譯
) 、 プ ラ ヤ ー ガ ( ℃° 一誤
) 、 コ ー シ ャ ー ン ビ ー ( 唱・ 嵩 ) 、拏
索
迦 ( で 」 Q。 b⊃ ∀ 、 ク シ ナ ガ ラ ( 卜⊃ 一 一 ) 、 ヴ リ ジ ( で 』 心 O ) 、 ナ ー ラ ン ダ ー ( ℃. ω OOV 、 阿輩
荼
( 歹 G。 Q。 ) 。仏
歯ー
ハ ル ク ( で鹽 G。 ) 、 バ ー ミ ヤ ー ン ( で 」 ) 、 カ ー ピ シi
( マ望
、 乳歯
と 記 さ れ る ) 、 ナ ガ ラ ハ ル ( で゜ 謡 、昔
存
在
し た ) 、 カ シ ミ ー ル ( ℃ 」 。。 一 ) 、 カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ ( 唱 」 Φ ) 、 シ ン ガ ラ ( ス リ ラ ン カ 、伝
聞 国 、 で゜ 。。食
) 。 頂 骨ー
カ ー ピ シ ー ( ℃. α 心 ) 、 ナ ガ ラ ハ ル ( 唱゜ 。。 O ) 。イン ドの仏教信仰 (田 中) 眼
晴
ー
ナ ガ ラ ハ ル ( で゜ Q。 O ) 。仏
鉢
i
ガ ン ダ ー ラ ( ℃. 。。 駆。 、昔
存 在 し た ) 、 ヴ ァ イ シ ャ ー リi
( や器
α ) 。楊
枝
i
カ ー ピ シ ー ( や駿
) 、靱
索
迦
ハ鷺
q。 b。 ) 、 ナ ー ラ ン ダ ー ( 賢 。。 OO ) 。錫
杖
i
ナ ガ ラ ハ ル ( や Q。 O ) 。 サ ン ガ ー テ ィ ( 袈 裟 )ー
ナ ガ ラ ハ ル ( や 。。 O ) 。掃
箒
ー
ハ ル ク ( 唱゜ 。 。 Φ ) 。水
瓶
ー
ハ ル ク貧
。。 Φ ) 。 宝冠
ー
ー コ ー ン カ ナ プ ラ ( 歹 c。ミ
) 。仏
足
石…
ク チ ャ ( も゜ 一 叭 ) 、 ナ ガ ラ ハ ル ( やお
) 、 ウ ッ デ ィ ヤ ー ナ ( ℃璽 δN
δ A ) 、 カ ピ タ カ ( で゜ 一 O ) 、 パ ー タ リ プ ト ラ ( ℃’ トっ&
) 、 グ リド
ラ ク ー タ ( 霊鷲
山 、 唱゜ 悼 。。 ) 、伊
爛
拏
鉢
伐
多
( G。 一 一 ) 。 .仏
影
ー
ナ ガ ラ ハ ル ( 唱 袖 ◎。 ) 。舎
利
ーー
コ ー タ ン ( 歹 鮮 OOと
、 カ ー ピ シ … ( やま
) 、 ガ ン ダ ー ラ ( や Q。 癖 V 、 ウ ッ デ ィ ヤ ー ナ ( 唱 」 O “ ) 、 カ シ ミ ; ル (三
罐
) 、 チ ー ナ ブ ク テ ィ ( で゜ 一 凸 ) 、 ス タ1
ネ ー シ ュ ヴ ァ ラ ( 噂. 一お
) 、 カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ (P
一ざ
) 、 シ ュ ラ ー ヴ ァ ス テ ィ ー ( 唱 μ g。 刈 ) 、 カ ピ ラ ヴ ァ ス ト ゥ ( で 」 り q ) 、 ラ ー マ ( 歹 卜⊃ O じ 、 ク シ ナ ガ ラ ( 歹 鬯 鱒 ) 、 戦 主 国 ( 梦 トっ ト。9
、 ヴ ァ イ シ ャ ー リi
〈 や圏
曽 ◎。 O > 、 パ ー タ リ プ ト ラ ( 三 基 、 や b。 驫 勧 虧 ◎。 麺鰹
) 、 ブ ッ ダ ガ ヤ ー 〈鷏
。。 〉 、 ピ ー タ シ ャ イ ラ ( 。。零
) 。次
に 『法
顕伝
』 より
聖
遺
物
の 記 録 を見
る と 、 頭髪
・爪
ー
ー
チ
ガ ラ ハ ル ( 歹き
) 、 サ ン カ シ ヤ ( 。。 〉 。NII-Electronic Library Service
仏
歯
ー
カ ッ シ ャ ( タ シ ュ ク ル ガ ン、 ℃ 』 O ) 、 頂骨
ー
ナ ガ ラ ハ ル ( や QooQ ∀ 。仏
鉢
i
プ ル シ ャ プ ラ ( ワ Q。 α ) 。楊
枝
ー
ア ヨ ; ド ゥ ヤ ー 地方
( 梦 α 為 ∀ 。 相 翊杖
ー −ー
ナ ガ ラ ハ ル ( ℃麟 QoQO ) 。袈
裟
ー
ナ ガ ラ ハ ル ( 唱゜ G。 q。 ) 。仏
唾
壷 カ ッ シ ャ ( 唱 勧 OV 。仏
足 石ー
ウ ッ デ イ ヤ ー ナ ( や トっ ) 。仏
影
ー
i
ナ ガ ラ ハ ル (呈
O ) 。舎
利 ーi
コ ー タ ン ( で. 一 ) 、 ラ ー マ グ ラ ー マ こ の よう
に な る で あ ろう
。 ナ ガ ラ ハ ル ( や 。。 。。 ) 、 師子
靉
( ア ヌ ラ ー ダ プ ラ、7
一 三 〉 。 ( で゜謡
) 、 ラ ー ジ ャ グ リ ハ ( 王 舎 城 、 唱’ Q。 “ ) 。274
N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
義
浄
( 六 三 五 生!
冖 六 七 一 出 発…
六 九 五帰
国 ]−
七 二 二 寂 ) の 『南
海 寄 帰内
法
伝
』 は イ ンド
の僧
院
内
で の規
則
、慣
行
を記
す
こ と が 主 で 、僧
院
外
で の出
来
事
に は ほ と ん ど 関 心 が向
け ら れ て は い な い 。 し か し 同 じく
義
浄
の著
わ し た 『大
唐
西域
求
法
高
僧
伝
』 に は 、玄
照
法
師
が訪
れ た カ ー ピ シ ー の頂
骨
の話
が 出 る の で 、後
に触
れ る こ と に し た い 。上 記 の よ
う
に 仏陀
自
身
の身
体
の 一部
、あ
る い は仏
陀
と直
接
関
連
あ る とさ
れ る品
の数
々 が 、西
域 、 イ ン ド の各
地 で 祀 ら れ て い た 。 そ の中
でも
ナ ガ ラ ハ ル (北
イ ン ド の 境 、 現在
の ア フ ガ エ ス タ ン ・ ジ ェ ラ ラ バ ー ド 付 近 ) は 聖遺
物
を
祀
る国
と し て特
に有
名
であ
っ た よう
で 、 そ こ に は 、玄
奘
に よ れ ば 、 頭髪
、 爪 を初
め 、頂
骨 、 眼 晴 、イン ドの仏教信仰 (田 中〉
( 4 )
錫
杖
、袈
裟
、 仏足
石 、 仏影
ま で 揃 っ て おり
、 さ ら に 仏歯
も 以 前 は 存在
し て い た と い う 。法
顕 の記
録
に よ っ て( 5 )
も
、頭
髪
、 爪 、 仏歯
、頂
骨
、 錫杖
、 袈裟
、 仏影
が す で に祀
ら れ て い た こ と が知
ら れ る 。 『法
顕
伝
』 か ら は こ れ ら の 聖遺
物
が 中国
人
僧
た ち をも
惹
き
つ け て い た よう
す
が知
ら れ 、 そ の 一端
を 見 る と 、 プ ル シ ャ プ ラ で 仏 鉢 を拝
す
る と 、 「 [ 一 行 のう
ち
]慧
景 、 慧達
、 道整
は ナ ガ ラ ハ ー ラ 国 に先
に行
き
、仏
影
と 仏歯
お よ び 頂骨
を
供
養
し た 」 と い い ( で゜ 。。 ) 、 そ の後
を 追 っ て法
顕 は 一 人 で ナ ガ ラ ハ ル に向
い 、諸
聖跡
を 巡 っ て い る ( で凾 。。 Q。 ム O ) 。特
に 頂骨
は注
目 の 的 でも
あ
っ た よう
で 、国
王以
下 、 「 人 に 奪 わ れ る こ と を 恐 れ て 」厳
重 な警
戒
の 下 に こ れ を供
養
礼
拝
し て い た と いう
( で ム O ) 。 ナ ガ ラ ハ ルも
玄奘
の時
代 で は 、 「命
令
す
る君
主 は な く 、 迦畢
試国
に隷
属 し て 」 い た が 、 人 々 は 「仏
法
を篤
く敬
」 っ て い た と いう
( や朗
) 。 玄 奘 は ナ ガ ラ ハ ル の頂
骨
に つ い て こ の よう
に記
し て い る 。 「 運 の善
悪
の相
を知
ろう
と 思う
も
の は 、香
の粉
抹
を泥
と ま ぜ頂
骨
の印
を取
れ ば 、 そ の福
運 の程
度 に随
っ て文
様
が は っ きり
出
る 。 」 と し て 運勢
を占
う
た め に 祀 ら れ て い た 。 ま た こ の頂
骨
は 、法
顕 の 述 べ る よう
に特
に 人気
が あ り 、 玄奘
の当
時 で は 、参
拝
者
の あ ま り の多
さ の た め、料
金 を取
れ ば少
し は静
か に な ろう
と 、 「如
来
の頂
骨
を拝
観
し よう
と 思う
も
の は 、金
銭
一枚
を納
め る 。 も し印
を
取
ろう
とす
るも
の は 、 金銭
五枚
を納
め る 。 そ の他
の段
階 は 順 序 に従
い 規 則 し た 。 」 と 、種
々規
制し
た の で あ る が 、 「拝
観
礼拝
す る 人 は い よ い よ多
い 。 」 と いう
結 果 で 、 人気
の盛
ん な様
、 そ の 混雑
ぶ りも
依
然
と し て 健在
であ
っ た よう
であ
る ( ℃. 。。 O ) 。義
浄
は 『求
法
高
僧
伝
』 で カ ー ピ シ ー の頂
骨
に つ い て 述 べ て い る 。玄
照法
師
の伝
中
に 、 「 迦畢
試
国 に 至り
て如
来
の頂
骨
を礼
し 、香
華
を具
に設
け て そ の印
文
を取
り
、来
生 の善
悪 を 観 る 。 」 と 、 こ の頂
骨
も 運 勢 の吉
凶( 6 ) を
占
う
遺
物
と し て 礼拝
供
養 さ れ て い た 。 ナ ガ ラ ハ ル と並
ん で ハ ル ク も 聖 遺物
の集
ま る国
であ
っ た 。 ハ ル ク は古
代
バ ク ト リ ア の バ ク ト ラ であ
る が 、玄
奘
は こ こ が “小
王舎
城 ” と呼
ば れ て い た こ と を伝
え て い る 。 王舎
城 と は古
代
イ ン ド ・ マ ガ ダ 国 の 都 であ
っNII-Electronic Library Service
( 7 ) た ラ ー ジ ャ グ リ ハ の こ と で
あ
る が 、 ハ ル ク が仏
陀 に因
む数
々 の遺
品 を有
す
る こ と に よ る た め か 、 「 伽 藍 は 百余
ヵ所
、僧
徒
は 三 千余
人 」 ( 唱. ω Q。 ) と いう
大
規模
な 仏教
国 の 主 都 で あ っ た こ と に よ る た め も あ っ て か 、“ 小 王
舎
城 ” と名
付
け
ら れ た の であ
ろう
。 ち な み に ハ ル ク 付 近 の 国 で は バ ー ミ ヤ ー ン が 「 伽 藍 は数
十
ヵ所
、僧
徒
は 数 千 人 」 ( やお
) 、 カ ー ピ シ ー が 「伽
藍 は百
余
ヵ 所 、僧
徒
は 六千
余
人 」 ( ミ ) と ハ ル ク に匹
敵
す
る規
模
を有
し た国
の よう
で あ る 。 ヒ ン ド ゥ ー ク シ ュ 山脈
を 越 え た 北 側 の 地 域 にあ
っ て は 、 ハ ル ク の み が大
都
城 で あり
、 し かも
古
代
バ ク ト リ ア の 都 バ ク ト ラ の栄
華
を誇
る都
で あ っ た 。 『大
唐
大
慈
恩寺
三蔵
法
師
伝
』 に 「 そ の城
邑 は 郊郭
顕
( 8 )
敞
に し て 川 野 腴潤
、 実 に勝
地 と なす
。 」 と描
写 さ れ る と こ ろ か ら 、 そ の城
郭
、街
並 が 整然
と 建 ち並
び 、 城外
に は 地味
豊 か で美
し い 自然
が 広 が っ て い る 様 子 を 想 起 せ し め る が、 仏陀
と共
に あ っ た 時代
の 王舎
城 の繁
栄
ぶり
を し の ば せ る 都 市 と し て “ 小 王舎
城 ” と呼
ば れ た の でも
あ
ろう
。276
N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
聖
遺
物
は 供養
礼
拝
さ れ た の であ
る が 、 で は実
際 ど の よう
な方
法 で な さ れ た の か 、 まず
『 西 域 記 』 より
見
る こ と に し よう
。 ハ ル ク に 祀 ら れ て い た 頭髪
、乳
歯
、 頂骨
の 「 三 つ の も の は 六斎
の 日 に な る ご と に、 王 お よ び大
臣 が散
花
し供
養す
る 」 こ と に な っ て い た ( 唱゜鰹
) 。 ハ ル シ ャ ヴ ァ ル ダ ナ 王 の都
カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ に 祀 ら れ て い た 仏歯
は多
く の参
詣
人 を集
め て い た 。 「宝
函 の中
に は 仏 の [ 歯 ]牙
の 長 さ 一寸
半 に余
る も の が あ り、妙
な る光
、 珍 し い 色 を な し 、朝
な夕
な に 色 が変
わ 」 るも
の であ
り
、 「 礼拝
敬仰
す
る も の 日 々 に 百 人千
人 と い う よう
に多
」 く 、斎
日 に は 「 [ 仏牙
を ]出
し てき
て高
座 に安
置
す
る 。数
百
数
千 の群
衆
は 焼香
し散
花
」 し て い た ( で゜ 一 り ) 。伝
聞国
の シ ンイン ドの 仏教信仰 (田 中) ガ ラ ( ス リ ラ ン カ ) に も 仏
牙
が あ り、 「 王 は 仏牙
を 日 に 三 た び 濯 ぎ 洗 い 、 香水
や 香末
で 或 は濯
い だり
或
は香
で薫
じ たり
す
る 。珍
し いり
っ ぱ な宝
物類
を で き る だ け 使 用 し て供
養
」 し た ( 唱゜ 。。ミ
) 。 仏 足 石 も ウ ッ デ ィ ヤ ー ナ で は 、 「 遠近
の 人 は み な 出 か け て花
や香
を供
養
」 し た と いう
( 唱6 一 〇 卜。 ) 。 『法
顕
伝
』 にも
供
養
の 模様
が 記 さ れ て い る 。 プ ル シ ャ プ ラ の仏
鉢
は 、 「 日 が ま さ に 真南
に さ し か か る と き 、衆
僧 はす
な わ ち 仏鉢
を 出 し 、在
家
の信
者
〈白
衣 〉 ら と種
々供
養
」す
る 。 「夕
暮
と なり
香
を た く時
も ま た 同 じ であ
る 。 」 と し、 そ の鉢
の中
に花
を 投 げ 入 れ て 供養
す る 法 を 記 し て い る ( 唱゜ 。。 ) 。 ナ ガ ラ ハ ル の頂
骨
の供
養
法
は詳
細
であ
る 。守
護
を司
ど る 八 人 の 豪姓
が 戸 を 開 け 、 そ れ か ら 「 香汁
で手
を洗
い 、 仏 の頂
骨 を 出 し、 [ こ れ を ]精
舎
外
の高
座 の 上 に置
く 。 」 こ の頂
骨
は真
珠 で飾
ら れ た瑠
璃
製
の 壺 で覆
わ れ て い る と いう
。 そ し て 「毎
日 、 日 の 出 の後
、 … … 王 は精
舎
に参
詣
し 、花
や香
で 供 養 す る 。 」 「居
士 、 長者
も ま た 供養
を 先 に行
い 、 そ れ か ら家
事
を修
め る 」 の を常
と し て い た 。 「精
舎
の 門前
に は、毎
朝
つ ね に花
や香
を売
る者
が おり
、 お よ そ供
養
し よう
とす
る者
は 、 い ろ い ろ と こ れ を買
う の で あ る 。 」 と いう
( で. 。。 。。 −お
) 。 こ の国
の 仏歯
も
同 じ方
法
で 供養
さ れ て い た ( 唱 眞 OV 。師
子
国 ( ス リ ラ ン カ 、 ア ヌ ラ ー ダ プ ラ ) の 仏歯
の供
養
は大
掛
り
で 、 王 主宰
の 下 、 九 十 日 間催
さ れ る 。様
々 な姿
を模
っ た 五百
体
の 人形
が 立ち
並 ぶ道
路
の 中 央 を仏
歯
は 進 む 。 そ の 「道
々供
養
を受
け な が ら 、無
畏
山精
舎
の仏
堂 の 上 に 至 る 。出
家
者
も在
家
者
も
雲 の ご とく
集
まり
、香
を たき
、 灯 を と も す 。種
々 の法
事
は 、 昼夜
を わ か たず
行
な わ れ る 。 」 ほ ど の国
家
的
大
行事
であ
っ た ( ℃ 」 一 ) 。 以 上 の例
か ら見
る と 、供
養
礼
拝
と は花
を 撒 き 、香
を たく
こ とを
中心
と し た 崇敬
の方
法
と いう
こ と に な る が 、 で は そ の時
、供
養
す
る 人 々 の心
中
に は い か な る 想 い が 生 じ て い る の であ
ろう
。そ
れ を玄
奘
の 記録
『西
域記
』 か ら見
よう
。 カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ に髪
と 爪を
収 め た塔
が存
在
し て い た が 、 そ れ は 「病
気
に か か っ て い る 人 が心
を こ め て旋
繞
す
れ ば 、必
ず
全
快
す る こ と が で き 仏 の福
徳 を蒙
る 」も
の であ
っ た ( ℃° ミ O ) 。 コ ー シ ャ ー ン ビ ー のNII-Electronic Library Service 頭
髪
. 爪 の塔
は 「病
に 苦 し む も の が祈
願
す
れ ば治
癒
す
る こ と が多
い 。 」 ( ℃ 」 。。 O ) 。 ま た ナ ー ラ ー ン ダ ー の 頭髪
・ 爪 を 祀 っ た 塔 も 、 「病
気
に か か っ て い るも
の が経
回 [ り敬
礼
す
] る と治
癒
す
る も の が多
い 。 」 と 述 べ ら れ て い る ( 唱゜ 。。 OO ) 。舎
利 を 祀 っ た 塔 で も同
じ であ
っ た 。 ガ ン ダ ー ラ の カ ニ シ カ 王塔
は 、 「病
気
に か かり
平 癒す
る よう
祈 ろう
と 願う
者 は 、香
を 塗り
花 をま
き 、 真 心 を こ め て帰
依
す れ ば 、 全治
の御
利益
を蒙
る こ と が多
」く
( で゜ 。。 轟 ) 、 プ ー マ 国 ピ ッ パ ラ村
の灰
塔
も 「病
気
の あ る 人 が祈
願す
る と治
癒
す
る も の が多
」 か っ た ( 唱 団 O 鼻 ) 。 こ の よう
に 聖遺
物
を収
め た 塔 は病
気
平
癒
を 願う
人 々 に よ っ て 、 そ の御
利 益 を受
け る た め 専 心祈
願 さ れ る対
象
とも
な っ て い た こ と が 知 ら れ る の で あ る が 、 こ の病
気
平
癒
が 「 仏 の福
徳
」 に よ る と 認 識 さ れ て い る点
( 祈 願 す る 当事
者 た ち に よ っ て の み に し て も 、 ま た は 記 録 者 玄 奘 の 個 人 的 見 解 で あ っ た に し て も ) は 、塔
を供
養
す
る 側 の 、 仏陀
と遺
物
と塔
と自
分
と の関
係
を考
え る上
で 、 興味
を引
く
一文
であ
る 。 仏 、菩
薩
の像
を 対象
とす
る 礼拝
の場
合
も 記 述 さ れ て い る 。 コ ー タ ン に は コ ー シ ャ ー ン ビ ー 国 ウ ダ ヤ ナ 王 の作
と 伝 え ら れ る栴
檀
製
の 仏像
が 祀 ら れ て い た 。 「 甚 だ霊
験あ
ら た か で 、 時 に光
明
を輝
かす
こ と があ
る 。疾
病
のあ
る も の は誰
で も そ の病
む場
所
に 随 い 、 金箔
を像
に は る とす
ぐ に快
復 す る 」 と 、病
気
平癒
を祈
願す
る対
象
で も あ っ た が 、 同 じく
「専
心祈
願 す るも
のも
願
い を 聞 き 届 け ら れ る こ と が多
い 」 と所
願 を成
就
さ せ て く れ る仏
像
で も あ っ た ( で 眞 O α ) 。所
願 を 叶 え てく
れ る 、 あ る い は姿
を現
わ し 願 い を聞
き
届 け て く れ る 菩薩
と し て 、観
音
菩
薩
の 例 が挙
げ
ら れ て い る 。 カ シ ミ ー ル の観
音
菩
薩
立像
は 、 「断
食
を し 死 ぬ ま で も と誓
っ て菩
薩
を見
た て ま つ ろう
と 願う
も の があ
れ ば 、像
中 か ら妙
色 の姿
を 出す
。 」 と いう
( o° 一 。。 卜⊃ ) 。 マ ガ ダ 国 に あ る 孤 山 の 山 上 の精
舎 に 祀 ら れ て い た観
音
菩
薩 の 記 述 は詳
し い 。 「体
長
は小
さ い が威
厳
は粛
然
と し て い る 。手
に は 蓮華
を も ち頭
部
に は仏
像
を戴
い て い る 。 278 N工工一Eleotronlo Llbraryイン ドの仏教信仰 (田 中)
常
に数
人 の 人 が断
食
誓
願
し て菩
薩
を見
た て ま つ ら ん こ と を求
め 、 七 日 ・ 二 七 日 か ら 一 と 月 にも
及
ぶ 。感
応 のあ
るも
の は観
自
在
菩
薩
がり
っ ぱ な お姿
に身
を 飾 り威
光赫
々 と し て 、像
の 中 より
出 て 来 ら れ て、 そ の 人 を教
え
諭
さ れ る の を見
た て ま つ る こ と が あ る 。 」 ( ℃° 。。 O − 刈 ) 。 こ こ に は 明確
に当
時
イ ン ド で行
な わ れ て い た 一種
の “ お籠
汐
の様
子 が語
ら れ て い る 。 七 日 か ら 一 ヵ月
に も及
ぶ 断食
、誓
願 、菩
薩
の顕
現
、 お告
げ ( 願 い の成
就 ) と いう
一 連 の次
第
を と お し て 、 人 は菩
薩
に ま み え 、 そ の お告
げ を聞
く こ と に な る 。断
食
の例
は他
にも
あ る 。 プ ン ナ ヴ ァ ッ ダ ナ の観
音
菩
薩
像
は 、 「 そ の神
威
は蔽
わ れ る こ と な く 、霊
験
あ
ら た か で あ る 。 遠近
の 人 々 は穀
物
を絶
っ て祈
願
し て 」 い る の であ
る ( 。。 一 幽 ) 。 南 イ ン ド ・ マ ラ ヤ 山 の東
に観
音
の 霊場
と し て有
名
な ポ ー タ ラ カ (補
陀 落 迦 、 普 陀落
) 山 が位
置 し て い る と いう
。 こ の観
音
菩
薩
に関
す
る記
述
は 注 目 に値
し よう
。 「 山 道 は危
険
で 、巌
谷
は険
峻
であ
る 。 山頂
に 池 が あ り 、鏡
の如
く
澄 ん で い る 。 … …観
自
在
菩
薩
が往
来
し
泊 ま ら れ る所
であ
る 。菩
薩
を見
た て ま つ ろう
と 願う
も
の は 、身
命
を 顧 みず
河水
を 渡 っ て 山 に 登 る 」 が 、行
き
着
く
者
は少
な い 。 し か し 「 山 下 の住
民
で お姿
を見
た てま
つ ろう
と祈
願す
れ ば 、 [観
自
在
菩
薩
は ]時
に は自
在
天 ( 湿婆
神 ) の姿
で 、時
に は 塗 灰外
道
の姿
と な り 、祈
願す
る 人 を慰
諭 し て 望 み を 遂げ
さ せ て や る こ と があ
る 。 」 と 記 さ れ て い る ( で゜ 。。 c。 ア Q。 ) 。 つま
り
、 こ の ポ ー タ ラ カ 山 の観
音
菩
薩
は 、 こ の文
章
か ら推
量
す
れ ば 、自
ら 山 を 下 り て祈
願
す
る 人 の前
に現
れ て願
い を叶
え てく
れ る と いう
こ と に な ろう
。 し か も そ の時
、 ヒ ン ド ゥ ー教
の神
で あ る シ ヴ ァ の姿
を と っ たり
、あ
る い は 塗 灰外
道
、 つ まり
ヒ ン ド ゥ ー 教 の 一派
の行
者姿
と な っ て 顕現
す
る と いう
。祈
願す
る者
たち
に と っ て仏
教
、 ヒ ン ド ゥ ー 教 と いう
区分
は ど の よう
に 理解
さ れ て い た の であ
ろう
。後
に詳
しく
見
る こ と に し た い 。観
音
以
外
の 菩薩
で は 、 バ ー ラ ー ナ シ ー の東
隣 り に 位 置す
る 戦 主 国 に 慈氏
( 弥勒
)菩
薩
が祀
ら れ て い て 、 「形
は 小 さ い け れ ども
威
光
は た かく
、照
鑒
は 人知
れず
通 じ奇
跡 が ま ま 起 こ る 。 」 と い わ れ ( で 』 卜⊃ ) 、祈
願
者
と菩
薩
NII-Electronic Library Service と の
感
応
を表
し た も の で あ ろう
か ら 、前
の観
音
菩
薩
の感
通、 顕 現 と 同趣
旨
と解
せ よう
。多
羅 ( タ ー ラ )菩
薩
80
も ナ ー ラ ン ダ ー付
近
で 祀 ら れ て い た 。大
き
な像
で 、霊
験も
あ ら た か で 、毎
年
元 日 か ら 七 日間
、 王 や大
臣 ・豪
2
族
とも
ど も香
や花
、管
絃
の吹
奏
で 盛 ん に供
養
さ れ て い た ( や G。2
) 。 仏 教 以外
の神
々 を 信仰
す
る者
た ち の 場 合 は ど の よう
であ
っ た ろう
。 玄奘
は いく
つ か の例
を提
供
し てく
れ る 。 ガ ン ダ ー ラ で の例
であ
る 。 そ こ の高
い 山 に青
石
で作
ら れ た ビ ー マ 天女
の像
があ
っ た 。 ビ ー マ は シ ヴ ァ神
の 妃 と さ れ る女
神
であ
る 。 「 霊験
も
多
く
、祈
祷
す
る 人も
衆
い 。印
度
の 諸国
か ら 福 を求
め て願
を かけ
、貴
賎
と も に多
く
来 たり
遠近
を問
わ
ず
み な集
ま っ て 」 く る の であ
る が 、 こ こ で も や はり
「 心 を こ め て 一 心 に絶
食
す
る こ と 七 日す
れ ば 」 、女
神
の姿
を見
る こ と が あり
、ま
た 願 い は 叶え
ら れ る 。 こ の 山 の 下 に は シ ヴ ァ神
が 祀 ら れ て い た ( マ α − ) 。次
は西
イ ン ド の 例 であ
る が 、 そ こ で は黄
金 で造
ら れ た ス ー リ ヤ ( 太 陽 ) 神 が崇
拝
さ れ て い た 。 「 そ の神
の照
覧
は い た る所
に 通 じ 、 そ の 霊験
は 人知
れず
及 ぶ 。婦
人 に よ る音
楽
は次
々 に演
奏
さ れ 、神
前
の 燈火
は 日 を継
い で点
ぜ ら れ る 。香
花
の供
養
は最
初 より
廃
止 さ れ た こ と は な く 」 、 と いう
ほ ど崇
敬
を集
め て お り 、 「諸
国
の 人 々 で こ こ へ来
て願
い を かけ
る も の 、常
に千
をも
っ て数
え
る ほ ど 」 であ
っ た と 、 そ の殷
賑 ぶ り を 伝 え て い る ( 唱. 。。爵
) 。先
に 出 た カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ の 仏歯
を 祀 っ た 精舎
の付
近 に ス ー リ ヤ神
が 祀 ら れ 、 ま た そ の 近く
に シ ヴ ァ神
が祀
ら れ て い た が 、 こ こも
「 [ 浄 人 は ] そ れ ぞ れ千
戸あ
り 、 そ の 清掃
の 用 に充
て 」 る ほ ど大
規模
な寺
院
で あり
、 「太
鼓
を打
ち
弦
を ひ く音
楽
は 昼夜
や む こ と が な い 。 」 と 記 さ れ ( で 」 O ) 、 そ の 賑 い が想
像
さ れ る の で あ る が 、 こ こ でも
や は り供
養
礼 拝す
る 人 々 は香
花
を捧
げ
、願
を かけ
て い た の で あ ろう
。 上 述 の 諸例
か ら見
る と 、当
時
の イ ン ド 世 界 に お い て 、 仏 陀 の 聖遺
物
に対
す
る供
養
と は 、 仏陀
そ の 人 に対
す
る供
養
礼拝
であ
る こ と はも
と より
、主
に病
気
の平
癒
、諸
々 の願
い の成
就
を祈
願
す
る礼
拝
の行
為
であ
っ た 。 ま た “ お籠
り
” の よう
な行
為
を通
じ て 、直
接
菩
薩
た ち に会
い 、“ お
告
げ
” を得
て 諸 々 の願
い を叶
え ても
らう
こ N工工一Eleotronlo Llbraryと も 行 な わ れ て い た 。 そ の
折
の 供 養 に は花
と香
と を 用 い る こ と も 一般
的 であ
っ た 。 し か も病
気
平
癒
、所
願
成
就 を 願 い 、 お籠
り に よ っ て菩
薩
に 会 い 、 そ の お告
げ を受
け
る と いう
行
為
は い わ ゆ る 仏教
の信
仰
者
に限
ら れ た も の で は なく
、 い わ ゆ る ヒ ン ド ゥi
教 の 信仰
者
に も等
しく
見
ら れ る こ と でも
あ っ た 。 そ の例
を ハ ル シ ャ 王 と 同時
代 で 、 『 ハ ル シ ャ チ ャ リ タ ( ハ ル シ ャ 王 行 状 記 ) 』 を も著
わ し た ダ ン デ ィ ン の 『十
王 子 物語
』 で さ ら に 見 る と 、 「 シ ヴ ァ 天 に対
し て 、香
料
、 花環
、薫
香
、燈
明
、舞
踊、 唱 歌 、器
楽
な ど を捧
げ
」 る 、 「夢
に象
の鼻
を も つ た [ ガ ネ ー シ ャ ]神
が現
わ れ て 、 お告
げ が 」あ
る 、 「神
殿 に平
伏
し て、熱
心 に 二 人 の 子 供 を [授
け
て 下 さ る よう
に ]祈
り
ま し た 。す
る と女
神
が夢
に 現 わ れ て 、告
げ 」 る 、 「 ヴ ィ ン デ ィ ヤ山
に住
む女
神
( シ ヴ ァ 神 妃 ド ゥ ル( 9 ) ガ ー ) が
今
日 、私
の夢
枕
に 立ち
、 お 恵 み を 垂 れ 」 る 、 と い っ た例
を 挙げ
る こ と が でき
る 。 イン ドの仏教信仰 佃 中 )玄
奘
が イ ン ドを
訪
れ た 時 の 王 は ハ ル シ ャ ヴ ァ ル ダ ナ ( シ ー ラ ー デ ィ テ ィ ヤ 、戒
日 王、 在 位 六 〇 六−
六 四 七 ) であ
っ た 。 ハ ル シ ャ 王 は 、玄
奘
の 記 録 に よ れ ば 、 父プ
ラ バ ー カ ラ ヴ ァ ル ダ ナ 王 の後
を承
け た 兄 の ラ ー ジ ャ ヴ ァ ル ダ ナ が 、東
イ ン ド の カ ル ナ ス ヴ ァ ル ナ国
の シ ャ シ ャ ー ン カ 王 に奸
計
に よ っ て殺
さ れ て し ま い 、 そ の後
を襲
っ て 王位
に就
い た と さ れ る が 、 そ の時
、自
分
は 王位
に就
く
に相
応 し い か 、 ガ ン ジ ス河
の岸
辺 にあ
る観
自
在
菩
薩
の像
に 、 「 断食
し て祈
」り
、 そ の お告
げ を 得 た と いう
(三
ω − 幽 ) 。 そ の後
「 三 十年
に な ん な ん と し て 、兵
乱
は起
こ らず
政情
は平
和
に 、倹
約
に努
め福
徳
を行
な い慈
善
を
施
し た 。 … … ガ ン ジ ス河
の ほ とり
に数
千
の スト
ゥ ー パ の高
さ
百余
尺 のも
の を建
立 し た 。 … …仏
陀
の 聖跡
のあ
る所
に は 、 ど こも
伽
藍 を建
て た 。 五年
に 一 度無
遮
大
会
を行
な い 、国
庫
を 傾 け て 群集
に施
し 、 … …年
に 一度
諸
国
の沙
門 を集
め 、 三 七 日 ( 二 十 一 日 ) の 間 、 四事
、
NII-Electronic Library Service ( 飲 食 ・ 衣 服 ・ 臥 具 ・
湯
薬 ) の 供養
」 を し た り す る 仏教
王 で あ っ た ( ℃° 一 駆 − α ) 。 ハ ル シ ャ 王 は 五 九 〇年
頃
生 ま れ た 。前
述
の ご と く兄
は若
く し て 死 ん だ が 、妹
ラ ー ジ ャ シ ュ リ ー が い て 、 カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ に都
し て い た アヴ
ァ ン テ ィ ヴ ァ ル マ ン 王 の息
子 グ ラ バ ヴ ァ ル マ ン に嫁
い だ 。 し か し夫
が 殺 さ れ た た め彼
女
は 尼僧
に な っ た と いう
。 こ の時
ハ ル シ ャ は こ の 国 をも
引
継
ぎ 、 こ の カ ニ ヤ ク ブ ジ ャ を自
分
の 都 と し た 。妹
の嫁
い だ 王家
の 氏族
は マ ウ カ リ族
で 、古
く か ら の由
緒
あ
る家
柄
で 、 シ ヴ ァ教
を奉
じ て い た 。 ハ ル シ ャ の 兄 は仏
教信
者
で あり
、妹
も出
家 し、 ハ ル シ ャ 自身
も
少
なく
と も晩
年
に は 仏 教 に帰
依
し た と い わ れ て い る 。 ハ ル シ ャ 王 の 父 の代
ま で は ス ー リ ヤ神
を信
仰
し 、 さ ら に遡
れ ば シ ヴ ァ教
徒
であ
っ た と いう
。 ハ ル シ ャ は仏
教
を 奉ず
る 以前
は 、 シ ヴ ァ教
徒 を 自称
し 、自
分 の 印章
に シ ヴ ァ神
の乗
り
物
で あ る ナ ン デ ィ ン ( 牡 牛 V を 用 い 、 ( 10 ) ま た 戦勝
を シ ヴ ァ神
に祈
っ た と も い わ れ て い る 。彼
が 仏 教 に 帰依
し た と い わ れ る根
拠 の 一 つ が、 彼自
身
の 手 に な る戯
曲 『 ナ ー ガ ー ナ ン ダ (Z
四 σQ豐
咢
号
、 龍 王 の 喜 び ) 』 で 、 こ れ が 仏教
的
色
彩
の濃
い作
品 で あ る が ゆ え で もあ
る 。 し か し 仏教
的
主
題 を 扱 っ て は い る が、 仏 教信
者
の み を 対象
と し た戯
曲 で は な い と こ ろ が 興味
深 い 。 『 ナ ー ガ ー ナ ン ダ 』 は 「結
末
が ガ ウ リ ー女
神
の恩
恵 に よ る点
か ら見
て 、 仏教
劇
と は いえ
な い が 、仏
教
の説
く
慈
悲
、 利他
行 お よ び 堅 固 な信
仰
を戯
曲
化
し た と こ ( 11 ) う に 独特
の興
味
があ
る 。 」 と評
さ れ て い る 。 以 下 に こ の戯
曲 の梗
概 を 述 べ 、 仏 教 的 と い わ れ る モ チ ー フを
検
討
し て み よう
。 ( 12 ) 『 ナ ー ガ ー ナ ン ダ 』 は 五 幕 か ら な る 戯 曲 で 、 主 人 公 ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ ( 乗 雲 太 子 ) と 半神
的
性
格
を帯
び た ヴ ィ ド ヤ ー ダ ラ族
の 王女
マ ラ ヤ ヴ ァ テ ィ ー と の 恋愛
を主
題 と し て い る が 、後
半
二幕
は ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ の仏
教
的
慈悲
に徹
す
る姿
を 中 心 とす
る 。第
一幕
の 口 上 に、 「禅
定 に、 ひ と た び 入 れ ば成
道
の 、 日 ま で断
じ て動
かず
と 、 眺 め み ら れ し牟
尼 の長
( 仏 ) 、 ま も り た ま え 、 汝 ら を 。 」 と の 一文
が 入り
、 仏陀
へ の帰
敬
を表
明
す
282 N工工一Eleotronlo Llbraryイン ドの仏教信仰 (田 中) る 。
続
い て 座頭
は 、 イ ン ド ラ 天 の 祭 り に ハ ル シ ャ 王 が も の し た 「菩
薩
一代
記 」 を上
演す
る旨
を
述 べ る 。 そ の 「 一代
記 」 つ ま り 『 ナ ー ガ ー ナ ン ダ 』 の梗
概
は次
の よう
であ
る 。第
」幕
、 ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ は 父母
に孝
行
を
尽
く
し 、 王国
を 正 し く統
べ 、民
も安
ら か に暮
ら し て い た 。 そ こ に敵
の マ タ ン ガ国
が攻
め 入 る が 、無
用 の争
い を 避 け る べ く 、親
子 とも
ども
マ ラ ヤ山
へ赴
き 、修
行
の場
を
求
め る 。 マ ラ ヤ 山 は 、 栴檀
の森
か ら馥
郁
た る風
が吹
き、 渓 流 岩 を か み、霧
た ち こ め る清
涼
な 地 で 、修
行
の 場 と し て 理 想 的 で あ っ た 。 こ こ に は苦
行
林 が あり
、 聖 者 た ち は 口 に ヴ ェ ー ダ の 聖句
を 唱え
、 行者
は 樹皮
の衣
を身
に つけ
、行
者 の娘
た ち は若
木
に水
を 注 い だり
、 と の ど か な 風景
を見
る こ と が で き た 。 そ の 中 に琴
を弾
く
王女
マ ラ ヤ ヴ ァ テ ィ ー の姿
があ
っ た 。彼
女 は良
縁
を 願 っ て 、“ お
籠
り ” を し て楽
を奏
し な が ら ガ ウ リ ー女
神
に祈
っ て い た 。 そ の甲
斐
あ
っ て つ い に 、女
神
は “夢
枕
” に 立 っ て 、 「 ひ た す ら な る信
心 の 深 さ に 、我
は満
足 し た 。 さ れ ば ヴ イ ド ヤ ー ダ ラ の転
輪
王 、久
し か らず
し て そ な た を 娶 ら ん 。 」 と の “ お告
げ
” を 下す
。 そ し て そ の と おり
二 人 は出
会
う
。第
二 幕 、 し ば し の 別 れ 、 思 い違
い に よ る 二 人 の焦
燥
、 そ し て結
婚
の 許 し 。第
三幕
、 結婚
の決
ま っ た 二 人 が楽
しく
過 ご し て い る情
景
。第
四幕
、 ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ は 王女
の 兄 ミ ト ラ ー ヴ ァ ス と 連 れ だ っ て海
岸 を 散策
し て い る 。す
る と 遠 く に 秋 の白
雲
が た な びく
よう
な マ ラ ヤ 山 が 目 に 入 る 。 し か し ミ ト ラ ー ヴ ァ ス の 言葉
に よ っ て そ の白
雲
と お ぼ しき
も の が 、 実 は 蛇 の骨
のう
ず
高く
積 も っ たも
の で あ る こ と を知
る 。鳥
の 王 ガ ル ダ が 日 々 一 匹 の 蛇 を食
べ て い る た め ヒ マ ラ ヤ 山 の ご とき
白
い山
と な っ て し ま っ て い た の であ
る 。慈
悲
深
い ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ は 、 「 私 は自
分
の身
体
を投
げ
う
っ て 、 一 尾 で も よ い か ら 、 蛇 を救
っ て や れ な い も の か 」 と 思 案す
る 。 そ し て蛇
の身
代
り と な る こ と を決
心す
る 。 「我
す
で に 利他
を行
ぜ ん と願
う
こ と 久 し く 、今
ま さ に好
機
到
」 る と し て 、 「身
を
殺
しNII-Electronic Library Service て
仁
を
な 」 そう
と 、 ガ ル ダ に連
れ 去 ら れ る ま ま に 、 マ ラ ヤ山
の頂
に 到 っ た 。第
五幕
、 獲物
を得
た ガ ル ダ は そ れを
食
べ る が 、 「 そ の肉
を切
り食
め ば 、 悲痛
の あ る と 思 え ども
、喜
色
に顔
の輝
く 」 のを
見
て驚
き
、食
べ る の を 止 め る が 、 そ れ を 見 て ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ は 、 「今
も な お 、 血滴
る を君
見
ず
や 。 わ が身
に は肉
も 耒 だ に な お残
る 。 」 「 わ が 血肉
に て飢
餓
を医
や 」 せ と急
き た て る 。 ガ ル ダ は 獲物
が か の慈
悲深
き
ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ であ
る こ と に気
付
き
、 「 即ち
わ れ は菩
薩
を殺
害
し て し ま っ た の だ 」 と そ の大
罪
を後
悔
す る 。自
分
の 犯 し た罪
は 「愚
き無
明
」 の せ い であ
る と悟
り
、今
や 「 眼醒
め 」 た ガ ル ダ は 「今
日 より
こ の方
一切
の 、 殺 生 の 業 より
身
を ひ 」く
こ と を 誓う
。 死 に 瀕 し た ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ の た め 両親
は火
葬
の準
備
をす
る 。 王 女 マ ラ ヤ ヴ ァ テ ィ ー は良
縁 を 約 し た女
神
ガ ウ リ ーを
嘘
を告
げ
た と責
め る が 、 そ の時
女
神
が姿
を現
わ し 、 「 己 が命
を な げう
っ て 、 世 の 人 々 を救
っ 」 た行
為
を嘉
し て 、彼
に 水 を 注ぎ
、 「身
体
に傷
一 つ なく
」 生き
返 ら せ た 。 ジ ー ム ー タ ヴ ァ ー ハ ナ は 「 霊 験 い と も あ ら た か に 、信
者
の 厄 を除
け 」 てく
れ た ガ ウ リ ー女
神
の足
下 に 跪 き感
謝す
る 。 さ ら に女
神
は もう
一 つ の “ 恩寵
” と し て 、彼
を転
輪
王 に 就け
る 。 こ の戯
曲
の最
後
は こう
締
め くく
ら れ て い る 。 「 な べ て 生き
と し 生 け る も の 、強
く
は る けく
す
ご や か に 。 一切
生類
他
を恵
み 、諸
悪
は挙
げ て 滅す
べ し 。民
安
ら け く 、 と こ し え に 。 」 以 上 の 粗筋
か ら興
味
あ る 言葉
を拾
っ て み る と 、 仏 教 的戯
曲 と い わ れ る よう
に 、牟
尼 の長
( 仏 ) 、菩
薩
一代
記
、転
輪
王 、 慈悲
、 利 他 を行
ず る 、身
を殺
し て 仁 を なす
、 血 肉 で飢
餓
を治
す
、暗
き
無
明 、殺
生 より
身
を引
く 、 一 切 の 生類
を恵
む、 諸 悪 を 滅す
、 と いう
よう
に訳
語 だ け か ら でも
そ の 仏 教 的 内容
の大
方
は知
ら れ る 。 し か し他
方
、 こ の 戯曲
は、 イ ン ド ラ神
の祭
り に 際 し 上演
さ れ たも
の であ
り、 ガ ウ リ ー女
神
が重
要
な役
割
を 担う
。女
神
に対
す
る 祈願
、 お籠
り
、 ひ たす
ら な信
心 、夢
枕
に 立 っ て の お告
げ、 あ ら た か な 霊験
、 厄除
け
、恩
寵
と い っ た い わ ば ヒ ン ド ゥ ー 教 的 世 界 を表
象
す
る 言葉
も 、 こ の戯
曲 の重
要
な構
成
要素
と な っ て い る 。 つ まり
ハ ル シ ャ 王284
N工工一Eleotronlo Llbraryイン ドの仏教信仰 (田中 ) が