西
藏
傳
龍
樹
の
中
道
無
畏
疏
論
寺
本
婉
雅
譯
は し が き 西 藏 所 傳 龍 樹 の 著 ﹁中 道 無 畏 疏 論 ﹂ は 、 西 暦 七 世 紀 半 年 代 出 世 の 藏 王 の 勅 旨 を 奉 じ て 、 ル イ ーヂ ャ ル ・ツ ァ ン な る も の が 梵 語 原 典 よ り 忠 實 に 藏 譯 せ ら れ た も の で あ る 。 本 論 は 頌 疏 共 に 龍 樹 の 自 著 に し て 、 殆 ど 中 論 哲 學 の 綱 要 と も 稱 す べ き 程 の 書 き 振 り に て 、 長 行 文 は 非 常 に 簡 潔 明 瞭 で あ り 、 到 底 漢 譯 ﹁中 論 ﹂の 對 比 で は な い 。 漢 譯 の は 偶 頌 の み が 龍 樹 の 自 作 な れ ど も 、 長 行 疏 文 は 青 目 菩 薩 の 造 と し て 、 解 釋 頗 る 難 解 で あ り 漢 譯 を 藏 譯 に 對 研 す れ ば 、 漢 譯 の は 確 か に 藏 譯 の 原 典 を 基 本 と し て 重 疏 し た る 痕 蹟 の 存 す る を 窺 知 せ ら る の で あ る 。 從 て 漢 譯 ﹁中 論 ﹂ に よ り て 龍 樹 の 大 乗 教 學 の 哲 學 的 眞 髄 を 會 得 せ ん と 企 つ る は 甚 だ 容 易 の 業 で は な い 。 藏 譯 本 論 の 現 存 す る こ と は 、 げ に 復 興 者 と し て の 龍 樹敎 學 の 中 心 思 想 を 窺 ふ 唯 一 の 寳 典 と 稱 す べ き で あ 西 藏傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 る 。 本 論 頌 は 余 が 將 來 の 康 熈 版 、 丹 珠 爾 部( 論 藏 ) に あ り 同 疏 は 同 に 編 入 さ れ て あ り 。 本 論 の 梵 語 の 原 典 は 未 だ 發 見 せ ら れ て ゐ な い け れ ど も 、 西 暦 六 世 紀 頃 に 出 世 し た る 月 稱 の 著 は せ る (中 論 疏 ) あ り 。 藏 譯 に て は 月 稱 の 著 、 ﹁入 中 論 自 釋 あ り 。 月 稱 論 師 は 中 諭 駐 ﹂書 の 初 あ に 佛 護 (同 論 註 の 各 説 を 引 用 し て ゐ る 。 か の 梵 文 ﹁中 論 疏 ﹂は 西 暦 一 九 〇 三 年 に 、 白 耳 義 國 の 氏 は セ ン ト ・ ベ テ ル ス プ ル グ に て 發 行 し 、 梵 文 不 明 の 個 處 は 、 藏 文 に 對 照 し て 補 訂 せ ら れ て 、 龍 樹 の 中 論 研 究 に 於 け る 唯 一 の 珍 書 で あ る 。 曾 て 宇 井 博 士 は 國 譯 大 藏 經 (論 部 第 五 卷 大 正 十 年 五 月 ) に 於 て 、 ﹁中 論 疏 ﹂中 の 梵 文 偈 頌 を 引 譯 し 、 漢 譯 ﹁中 論﹂ 和 譯 と 對 照 し 、 ﹁中 論 偈﹂の 研 究 者 に 多 大 の 便 益 を 與 へ ら れ た 。 又 獨 逸 の 氏 は 藏 譯 州根 本 中 道 無 畏 疏 論 ﹂を 獨 譯 刊 令 せ ら れ た 。 固 と よ り 氏 の 獨 語 譯 に は 處 々 誤 譯 の 不 尠 も の あ れ ど 、 尤 も 難 解 の 中 論 哲 學 を 早 く 欧 洲 思 想 界 に 紹 介 せ ら れ た る 功 績 は 没 す べ き も の で は な か ら う 。 余 は 八 年 以 前 よ り 藏 譯 ﹁中 論 ﹂ の
研 究 を 開 始 し て ゐ た が 、 今 之 を 和 譯 す る に 、 か の 月 稱 の 中 論 疏 の 偈 頌 と 、 ワ レ ザ ー 氏 の 獨 逸 譯 文 と を 對 照 し 、 各 原 本 に 於 け る 各 偈 頌 の 頁 數 を 擧 げ て 比 較 研 鑽 の 便 に 供 し た 。 そ し て 月 稱 の ﹁中 論 疏 ﹂ の 梵 文 偈 頌 を 對 照 す る に 際 し 、 特 に 宇 井 博 士 の 許 容 を 得 て 、 國 譯 ﹁中 論﹂ の 引 用 原 文 を 參 照 す る こ と ゝ し た 、 茲 に 博 士 の 厚 意 に 對 し て 深 く 謝 意 を 表 す る 次 第 で あ る 。 尚 又 高 野 山 天 徳 院 の 碩 徳 金 山 穆 韶 師 は 、 先 年 余 に 懇 囑 す る に 、 本 論 和 譯 を 密 教 研 究 誌 上 に 發 表 し 、 以 て 龍 樹 の敎 學 研 究 に 質 せ ん こ と を 勸 め ら れ 、 當 時 巳 に 發 表 す べ か り し が 、 種 々 の 事 情 に 遮 ぎ ら れ 、 以 て 荏 苒 今 日 に 及 ん だ の で あ つ た 。 今 又 密 教 研 究 誌 編 輯 員 よ り 高 野 山 大 學 昇 格 記 念 に 掲 載 し た い と の 意 向 に 依 り 、 聊 か 祝 意 を 表 せ ん が 爲 め に 之 を 發 表 す る 所以 で あ る 。 譯 文 は 努 め て 原 典 の 意 を 傳 へ ん と し て 逐 字 的 に 直 譯 し た 、 從 て 精 練 を 鉄 き 難 澁 の 懐 あ ら ん も 讀 者 之 を 諒 せ ら れ た い 。 ( 附 言 )本 論 各 卷 の 品 題 に 、 原 典 各 巻 の 終 末 に 記 載 し て あ れ ど 、 今 は 漢 譯 に 倣 ひ て 各 々 の 頭 初 に 記 入 す ろ こ ご ゝ し た 。 西 藏 傳 龍 樹 の 中道 無 畏 疏 論 三
西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 梵 語 、 藏 語 、 國 語 、 根 本 中 (道 )無 畏 疏 (論 ) 第 一 卷 三 寳 に 敬 禮 す 、 文 珠 師 利 に 敬 禮 す 、 規 範 師 龍 樹 に 敬 禮 す 。 (此 句 は 後 人 の 附 記 ) 彼 (牟 尼 )は 生 と 畏 等 と を 此 理 趣 を 以 て 能 斷 す る に 、 縁 起 論 を 説 き 給 ひ し 彼 牟 尼 王 に 敬 禮 す 。 彼 に 由 て 緑 起 論 は 、 滅 な く 、 生 な く 、 斷 な く 、 常 な く 、 來 な く 、 去 な く 、 異 義 に 非 ず 、一 義 に 非 ず 、
戯 論 を 除 滅 し 、 寂 静 を敎 ゆ る 正 等 覺 者 、 諸 説 (中 )の か の 正 (塗 に 敬 禮 す ﹂。 (漢 ) ﹁不 生 、亦 不 滅 、 (梵 ) 不 常 、亦 不 斷 、 不 一 、亦 不 異 不 來 、亦 不 出 、 能 説 是 因 縁 義 滅 諸 戯 論 我 稽 首 禮 佛 諸 説 中 第 一 。﹂ (獨 ) 西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 彼 に 依 て敎 化 せ ら る ゝ 衆 生 は 、 自 在 天 と 、 神 我 と 、 兩 者 と 、 時 と 、 自 性 と 、 決 定 と 、 自 存 と 、 變 化 と、 極 微 の 因 に 由 て 邪 (見 )に 墮 す も の と 、 無 因 と 、 因 不 相 應 と 、 斷 と 、 常 見 と に 耽 着 し 、 法 身 を 見 る を 隠 蔽 し 、 か の 我 見 と 、 彼 と に 耽 着 し 、 彼 と 彼 等 の 無 因 と 、 不 相 應 と 斷 と 常 と の 顛 倒 見 の 故 と 、 法 身 を 證 悟 せ し め ん が 爲 め と 、 か の 我 見 と 、 か の 顛 倒 (見 )の 故 に 、 多 く の も の を し て 悉 く 清 淨 な ら し め 、 廣 大 慧 を 有 す る 甚 深 な る 教 器 た ら し め ん が 爲 め な り 。 (註 ) ① 自 在 天 濕 婆 。 ② 神 我 漢 課 の 世 性 。 教 論 の 神 我 。 ③ 兩 者 漢 譯 の 和 合 。 ④ 時 漢 譯 の 時 論 師 。 ⑤ 自 性 漢 譯 世 性 。敎 論 自 性 。 ⑥ 決 定 運 命 論 。 ⑦ 自 存 漢 譯 自 然 。 ⑧ 變 化 漢 譯 の 變 生 。 ⑨ 極 微 漢 鐸 の 微 塵 。
⑩ 無 因 ⑪ 因 不 相 應 ⑫ 斷 ⑬ 常 見 ⑭ 我 見 先 き に 説 け る 線 起 論 と は 、 滅 な く 、 生 な く 、 斷 な く 、 常 な く 、 來 な く 、 去 な く 、 異 義 に 非 ず 、 一 義 に 非 ず 、 戯 論 を 除 滅 し 、 寂 静 を敎 ゆ る 正 等 覺 者 、 諸 説 (中 ) の 、 か の 正 (法 ) に 敬 禮 す 。 と 言 へ る (意 )な り 。 如 來 の 稱 讃 を 宣 説 、 敬 禮 す と 云 へ る 此 施 設 に よ り て 眞 諦 を 全 く敎 示 す る な り 。 (註 ) ① 縁 起 論 ② 滅な く 漢 譯 不 滅 。 ③ 生 な く 漢 譯 不 生 。 ④ 斷 な く 漢 譯 不 斷 。 ⑤ 常 な く 漢 譯 不 常 。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 七
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 八 ⑥ 來 な く 漢 譯 不 來 。 ⑦ 去 な く 漢 譯 不 去 。 ⑧ 異 義 に 非 ず 漢 譯 不 異 、 梵 譯 不 異 義 。 ⑨ 一 義 に 非 ず 漢 課 不 一 、 梵 譯 不 一 義 。 ⑩ 戯 論 化 影 の 義 。 ① 眞 諦 ( 一 ) そ こ に 滅 な し と 言 ふ は 、 縁 起 (論 )中 に て は 滅 あ る こ と な し 、 何 故 と な れ ば 、 生 な け れ ば な り 。 ( 二 ) 生 な し と 言 ふ は 、 滅 な け れ ば な り 。 (三 ) 斷 な し と 言 ふ は 、 種 子 と 、 芽 と に 於 け る が 如 し ( 四 ) 常 な し と 言 ふ は 、 種 子 と 芽 と の 間 の 實 體 物 の 義 )の 如 し 。 (五 ) 來 な し 、 去 な し と 言 ふ は 、 虚 空 の 如 く (意 識 す べ き 何 物 も な し ) と な り 。 ( 六 ) 異 義 に 非 す と 言 ふ は 、 穀 物 の 粒 に 於 け る が )如 し 氏 の は 誤 譯 )。
(七 ) 一 義 に 非 ず と 言 ふ は 、 穀 物 の 種 子 に (於 け る が )如 し 。 氏 の は 誤 譯 )。 餘 の 諸 説 に 於 て も 亦 是 の 如 く 、 何 等 か の 品 類 に 語 を 纒 め て 説 明 せ ざ る べ か ら ず 。 此 に (問 て )言 く 、 何 に が 故 に 彼 等 の 八 (種) を 以 て )否 定 せ し む る や 。 此 に 釋 し て 曰 、 縁 起 (論 )は 、 こ の 名 目 (語 )の 眞 理 を敎 示 す る が 故 な り 。 勝 義 諦 に 入 る と は 、 か の 滅 等 の 八 種 語 の 執 着 を 退 け ん が 爲 め に 、 滅 等 の 八 戸(種 )語 を 説 き し な り 。 此 に (問 て )言 く 、 併 ら ば 何 が 故 に﹁ 滅 な し ﹂ の 語 を 先 き に 説 き し ぞ 。 此 に 釋 し て 曰 、 是 の 如 く 且 ら く ﹁生 ﹂の 語 を 定 ん で 先 き に 説 明 せ し か な れ ど 、 さ れ ど 尚 偈 文 に 纒 む べ き 利 力 に 依 て 、 ﹁滅 な し ﹂と 云 ふ 語 を 先 き に 置 き し こ と は 矛 盾 せ ず 。 又 ﹁滅 ﹂ と 云 ふ 名 は 、 實 體 物 ) に 於 て 能 く 耽 着 す る が 故 に 、 か の 耽 着 を 離 れ し め ん が 爲 め な り 。 世 尊 は (八 千 )般 若 經 中 に (説 き て 曰 )、 ﹁須 菩 提 ( 漢 譯 善 現 )よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 、 總 て 心 を 滅 せ ば 、 そ は 再 び 生 じ 得 る や 。 答 て 言 く 、 世 尊 よ 、 そ は (生 ぜ )ざ る な り 。 (世 尊 )曰 。 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 總 て 心 を 生 起 せ ば 、 そ は 滅 法 西 藏 傳 龍 龍 の 中 道 無 畏 疏 論 九
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 〇 を 有 す る や 。 答 て 言 く 、 世 尊 よ 、 滅 法 を 有 せ ざ る な り 。 曰 、 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 總 て 滅 法 は 、 そ は 滅 し 得 る や 。 答 て 言 、 世 尊 よ 、 そ は (滅 せ )ざ る な り 。 曰 、 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 總 て 不 生 は 、 そ は 滅 法 を 有 す る や 。 答 て 言 、 世 尊 よ 、 そ は (有 せ ) ざ る な り 。 曰 、 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 總 て 滅 法 は 、 そ は 生 じ 得 る や 。 答 て 言 、 世 尊 よ 、 そ は (生 せ )ざ る な り 。 日 、 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 總 て 心 の 滅 法 は 、 そ は 滅 し 得 る や 。 答 て 言 、 世 尊 よ 、 そ は (滅 せ )ざ る な り 。 曰 、 須 菩 提 よ 、 こ は 云 何 に 思 惟 す る や 。 法 は 自 性 に 由 て 自 存 な し 、 か の 總 て の 滅 (法) は 滅 し 得 る や 、 答 て 言 、 世 尊 よ , そ は (滅 せ ) ざ る な り ﹂ と 、 斯 く 説 き 給 へ り 。 ( 註 ) ① 自 性 漢 譯 世 性 、敎 論 自 性 。 ② 自 存 漢 譯 自 然 、 又 自 性 是 の 如 く 、 何 が 故 ぞ な れ は 、 (八 千 )般 若 經 中 に 、 ﹁滅 法 を 有 す る も の は 滅 す べ し ﹂ と 次 第 に 名 目 を 假 托 せ り 、 こ の 故 に ﹁滅 な し ﹂ と 云 へ る 語 句 を 先 き に 説 き し な り 。
又 滅 な し﹂ と 云 へ る 語 の 意 義 よ り ﹁斷 な し ﹁ と 云 へ る 語 に 至 る ま で ﹁斷 ﹂ に 關 係 し て 現 は る が 故 に 、 ﹁ 滅 な し ﹂ と 云 ふ 語 句 を 先 き に 説 き し (所 以 )な り 。 何 が 故 ぞ . ﹁斷 な け れ ば 、 滅 な し ﹂ と (云 ふ ) や 。 こ は 總 て 斷 ぜ ら る べ き も の は 、 そ は 滅 せ ら る べ し と 、 斯 く 見 る べ か ら ず 、 こ の 故 に ﹁滅 な し ﹂ と な り 。 何 故 ぞ な れ ば 、 ﹃生 な し ﹂ と 云 へ る 語 の 意 義 よ り ﹁ 常 な し ﹂ と 云 へ る 語 に 至 る ま で 、 常 (と 云 へ る 語 ) に 關 係 し て 現 起 す る が 故 に 、﹁ 滅 な し ﹂ と 云 ふ の 語 尾 に 固 執 す る ( に 至 る ) , 故 に ﹁生 な し ﹂ と 説 き し な り 。 何 故 ぞ ﹁滅 な け れ ば 斷 な き﹂ や 。 こ は 總 て 滅 せ ら る べ き も の は 、 そ は 斷 せ ら る べ し と 、 斯 く 見 る べ か ら ず 。 是 の 故 に ﹁斷 な し ﹂ と な り 。 何 故 ぞ 、 ﹁生 な け れ ば 、 常 な き ﹂ や 。 こ は 總 て 生 じ 得 べ き も の は 、 そ は 常 な る べ し と 、 斯 く 見 る べ か ら す 。 是 の 故 に 州常 な し ﹂ と な り 。 ( 一 ) 今 は 別 に 於 て 觀 察 す べ し 。 ﹁滅 な し ﹂ と は 、 己 滅 と 、 未 滅 と の 中 に は 、 現 滅 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 ﹁ 生 な し ﹂ と は 移 轉 な き を 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 そ は 昔 の 別 の 解 釋 に よ れ ば 、 ﹁滅 な し ﹂ と は 、 そ れ (不 滅 )よ り 別 の 住 位 中 に 滅 は 認 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 一
西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 二 む べ か ら す と 。 ( 二 ) 又 別 の 觀 察 に よ れ ば 、﹁ 滅 な し ﹂ と は 、 色 と 名 と は 認 む べ か ら ざ れ ば な り 、 生 な き が 故 に 又 境 と 名 と は 認 む べ か ら ざ る な り と 。 ( 三 ) 又 別 の 解 釋 に よ れ ば 、 ﹁滅 な し ﹂と は 、 自 存 の 存 在 を 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。﹁ 生 な し ﹂と は 、 自 存 の 存 在 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り と 。 ( 四 ) 又 別 の 觀 察 に よ れ ば 、 ﹁滅 な し ﹂ と は 、 自 存 は 空 な れ ば な り 。 ﹁生 な し ﹂ と は 、 自 存 は ま た 空 性 な れ ば な り と 。 ( 五 ) 又 別 の 解 釋 に よ れ ば 、 ﹁斷 な し ﹂ と は 滅 な け れ ば な り 、 ﹁ 常 な し ﹂ と は 、 生 な け れ ば な り と 。 ﹁異 義 に 非 ず﹂ と は 、 生 な け れ ば な り 、﹁ 一 義 に 非 ず ﹂ と は 、 滅 な け れ ば な り と 。 ﹁來 な し ﹂ と は 、 生 な け れ ば な り 、 ﹁( 現 )去 な し ﹂ と は 、 滅 な け れ ば な り と 。 ( 六 ) 又 別 の 觀 察 に よ れ ば 、 ﹁ 生 と 滅 と な き ﹂ が 故 に 、 そ の 餘 の 一 切 に 於 て も 、 是 の 如 く 耽 着 な し と な り 。 ( 七 ) 又 別 の 觀 察 に て は 、 (a) ﹁ 何 に 能 依 し﹂ 何 を 縁 起 (發 生 )す る や ﹂ 。 (c) ﹁ そ は 何 の 故 に や ﹂ と 。
又 其 自 體 (依 止 ) に も 非 ら ざ る が 故 に 、 亦 別 の も の に も 非 ず 、 こ の 故 に 三 種 に 由 る が 故 に 、 又 そ の 中 に は 生 は 認 む ぺ か ら す 、 こ の 故 に ﹁ 生 な し ﹂ 、 生 な き が 故 に 來 も な し 。 來 も な き が 故 に (現 )去 も な し と 。 ( 八 ) 又 別 の 解 釋 に て は 、 (a) ﹁何 に 依 止 し ﹂ 。 (b) ﹁何 を 縁 起 し﹂ 、 (c) 門 そ は 何 の 故 に や﹂ と 。 其 自 體 に も 非 ず 、 こ の 故 に ﹁ 常 な し ﹂ と 。 何 故 ぞ な れ ば 、 別 の も の に も 非 す 、 こ の 故 に ﹁斷 な し ﹂ と な り ( 九 ) こ は (又 ) 別 の 觀 察 に よ れ ば 、 (a)﹁ 何 に 依 止 し ﹂、 (b) ﹁ 何 を 緑 起 し ﹂、 (c) ﹁ 何 の 故 に や ﹂ と 。 其 自 體 に も 非 ず 、 こ の 故 に ﹁ 一 義 に も 非 ず ﹂。 何 故 と な れ ば 、 別 の も の に も 非 ず 、 こ の 故 に ﹁異 義 に も 非 す ﹂ と な り 。 ( 十 ) こ は 別 の 解 釋 なり 、 (a) ﹁何 に 依 止 し ﹂、 (b) ﹁ 何 を 縁 起 す る や ﹂。 そ は 自 性 な し 。 自 性 な き が 故 に ﹁生 な し ﹂、 生 な き が 故 に ﹁ 一 義 に も 非 す ﹂ 、 ﹁異 義 に も 非 ず﹂ 。 唯 生 な き が 故 に 、 來 も な く 、( 現 )去 も な き な り と 。 ( 十 一 ) こ は 別 の 解 釋 な り 、 (a) ﹁何 に 依 止 し ﹂ 、 (b)﹁ 何 を 縁 起 す る や ﹂。 そ は 自 存 身 。 な し 、 自 存 な き が 故 に 、 滅 等 の 名 の 一 切 差 別 的 自 存 を 能 く 耽 着 せ ざ る な り と 。 ( 十 二 ) こ は 別 の 解 釋 な り 。 そ は 前 の 四 句 の ﹁ 滅 な し ﹂等 に 於 て 、 ﹁常 な し ﹂ 等 の 究 竟 は 、 西 藏 傳 龍 樹 の 中道 無 畏 疏 論 一 三
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 四 大 概 自 己 (龍 樹 )の 宗 義 の 中 樞 に 馬 す る が 故 に 、 そ れ 等 は 精 釋 し 了 れ り 。 か の あ ら ゆ る 外 道 は 餘 の 宗 義 に 關 係 す る が 故 に 、 彼 等 を 精 釋 す べ し 。 數 論 派 は 、 因 と 果 と は 同 一 な り と 言 い て 、 一 切 を 成 ず る が 故 に 、 彼 に 反 對 せ ん が 爲 め に 、 ﹁ 一 義 に 非 ず﹂ と 云 へ る な り 。 勝 論 派 は、 因 と 果 と は 異 な り と 言 ひ て 、 一 切 を 成 ず る が 故 に 、 彼 に 反 對 せ ん が 爲 め に 、 異 義 に 非 ず﹁ と (云 へ る )な り 。 是 等 の 二 者 は 、 ま た 諸 の 實 體 中 に 於 て 種 々 の 異 作 用 あ り と 能 く 執 着 す る が 故 に 、 彼 等 の 行 者 を 集 め 、 彼 等 を 退 轉 せ ん が 爲 め に 、 ﹁來 な く ﹂、 ﹁現 去 な き ﹂を敎 示 せ り 。 茲 に 問 て 言 く 、 意 義 な け れ ば 、 滅 等 の 名 の 差 別 も 緑 起 (發 生 )せ ざ る が 故 に 、 こ の 故 に 總 て 意 義 あ ら ば 、 滅 等 の 名 の 差 別 は 縁 起 (發 生 )す と 思 惟 す (る に よ り )、 諸 の 實 體 (物 )は 存 在 す る な り 。 此 に 釋 し て 曰 、 名 形 式 )と 、 有 名
内 容 )と を 能 く 成 立 せ ば 、 滅 等 の 名 の 差 別 を 亦 能 く 成 立 す べ し と 計 量 す る と も 、 其 等 は 認 む べ か ら ず 。 云 何 と 云 ふ に 、 こ れ ﹁名 ﹂と﹁ 有 名 ﹂ と は 同 一 な る か 、 は た 異 な る か を 成 立 せ し む と 計 量 す る も 、 二 者 の 如 き は 亦 認 む べ か ら ず 、 何 故 と 云 ふ に 、 若 し 且 く 總 て の ﹁名 ﹂は 其 自 體 即 ち ﹁有 名 ﹂な り と 、 か く 見 れ ば 同 一 の ﹁有 名 ﹂ 其 者 と な る べ し 。 斯 く 同 一 な り と せ ば 、 ﹁名 ﹂と 云 ふ も 單 な る 言 葉 の み と な る を 知 る と も 、 言 葉 の 上 に 於 て は (二 者 は 同 一 と )な ら ざ る な り 。 復 此 に 諸 の 聲 論 師 即 ち 文 法 家 あ り 、 言 く 。 作 者 ( 具 格 )と 、 業 業 格 ) と は 、 分 別 の 故 に 一 功 を 成 立 す 、 こ の 故 に 二 者 は 同 一 に 非 ず と 。 何 れ に し て も﹁ 名 ﹂も ま た 別 な れ ば 、 ﹁有 名 ﹂も ま た 別 な る べ し 、 斯 く て は 差 異 と な る べ し 、 こ の 二 者 は 無 因 と な る が 故 に 、 そ は 謂 ふ べ か ら ず 。 又 ﹁有 名 ﹂の 名 を 認 め ば 、 ﹁無 名の 名 も (認 め )得 べ し 。 又 ﹁無 名 ﹂ に 於 て は ﹁有 名 ﹂と 云 ふ こ と を 認 む べ か ら す 。 總 て に 由 て そ は 名 を 假 托 せ ら れ た り 。 こ の 故 に か の 二 者 は ま た 異 性 に 非 ず 。 斯 く 何 の 故 ぞ な れ ば 、 か の ﹁名 ﹂と ﹁有 名 ﹂と の 二 者 は 同 一 な る か 、 異 な る か を 成 立 す る こ と は 認 む べ か ら ず 、 こ の 故 に 滅 等 の 諸 の 差 別 は 成 立 せ ざ る な り 。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 五
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 六 又 聖 教 量 に 據 る に 、 ﹁經 に 曰 く 、 名 と は 迷 妄 因 に 似 た り 。 若 し 迷 妄 因 に 似 た ら ば 、 そ は 顛 倒 な り 。 若 し 顛 倒 な ら ば 、 そ は 如 實 に あ ら ず 。 若 し 不 如 實 の 名 を 能 く 觀 察 せ ば 、 か の 分 別 は 如 實 な り と 云 ふ は 正 し か ら ず ﹂と 、 説 き 給 へ り 。 こ の 故 に 聖 教 量 に 據 る も 、 又 か の ﹁名﹂ と ﹁有 名 ﹂と の 二 者 は 成 立 せ ず 。 か の 二 者 の 成 立 せ す ば 、 滅 等 の ﹁名 ﹂ に 於 け る 觀 察 は 成 立 せ す 。 ( 一 ) 是 の 故 に 叉 滅 は 認 む ぺ か ら ず 、 何 故 に 言 ふ と な ら ば 、 世 間 に 現 見 す る が 故 な り 。 か く 世 間 に 於 て 諸 の 實 體 は﹁ 滅 な し ﹂ と 云 へ る を 見 る な り 。 初 劫 の 穀 物 等 の 總 て の 分 別 に 於 て 、 若 し 其 等 の 滅 は 滅 し 得 れ ば 、 今 の 時 に 於 て 穀 物 等 は 現 はれ ざ る べ し 。 さ れ ど (そ は )現 は る な り 、 こ の 故 に ﹁滅 な し ﹂と な り 。 ( 二 ) 此 に 問 て 言 く 、 然 ら ば 生 は 存 在 す べ き な り 。 此 に 釋 し て 曰 、 ﹁生 は なし ﹂ と 。 何 が 故 に と な ら ば 、 世 間 に 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 、 世 間 に 於 て 諸 の 實 體 は ﹁生 は な し ﹂ と 云 へ る を 見 る なり 。 斯 く て 初 劫 に 於 け る 總 て の 穀 物 等 も 、 そ れ 等 の (生 )な く ば 、 今 の 穀 物 等 は 決 し て な し 。 若 其 等 な く し て 今 の 時 の 穀 物 現 は れ 得 べ く ば 、 ﹁生 あ り ﹂と 云 へ る こ と は 合 理 な る
も 、 (そ は 現 は れ ざ る が 故 に 、 こ の 故 に ﹁生 な し ﹂ と な り 。 ( 三 ) 此 に 問 て 言 く 、 ﹁斷 は 存 す べ し ﹂ 此 に 釋 し て 曰 、 ﹁斷 は な し ﹂ と 。 何 故 と 云 ふ と な ら ば 、 世 間 に 於 て 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 世 間 に 於 て 諸 の 實 體 (漢 譯 萬 物 )は ﹁斷 な し ﹂ と 云 へ る を 見 る 。 穀 物 の 種 子 よ り 穀 物 の 芽 等 の 發 生 す る を 見 る が (如 し )。 若 し 斷 あ ら ば 、 發 生 其 者 は 意 識 す べ か ら す 、 さ れ ど 發 生 を 意 識 (縁 )せ ら る ゝ が 故 に 、 こ の 故 に 斷 は な き な り 。 ( 四 ) 此 に 問 て 言 く 、 ﹁常 は 存 す ﹂ と 。 此 に 釋 し て 曰 、 ﹁常 は な し ﹂ と 。 何 故 に 云 ふ と な ら ば 、 世 間に 於 て 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 、 世 間 に 於 て 諸 の 實 體 は ﹁常 な り ﹄ と 認 む べ か ら ず と 云 へ る を 見 る 。 穀 物 の 種 子 は 芽 の 時 に 意 識 (繰 )す べ か ら ず 、 何 故 と な ら ば 、 是 の 如 く 、 芽 の 時 に 種 子 は 縁 す べ か ら ざ れ ば な り 、 こ の 故 に ﹁常 は な し ﹂と な り 。 か の 穀 物 の 種 子 に 於 け る 如 く 、 一 切 の 實 體 も ま た 思 惟 せ ら る べ き な り 。 ( 五 ) 此 に 問 て 言 く 、 若 し 斯 く て は 、 是 れ が 爲 め に 諸 の 實 體 は ﹁ 一 義﹂ と な る べ し 。 此 に 釋 し て 曰 、 ﹁ 一 義 に 非 す ﹂ 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 七
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 八 と 。 何 故 に 云 ふ と な ら ば 、 世 間 に 於 て 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 世 間 に 於 て 諸 の 實 體 は ﹁ 一 義 に 非 ず ﹂と 云 へ る を 見 る 、 こ れ 穀 物 の 種 子 は 芽 に 非 ず 、 若 し 一 義 な ら ば 、 種 子 と 芽 と は 差 異 あ り と 稱 す べ か ら ず 、 さ れ ど 其 等 は 差 異 あ り と 稱 す る が 故 に 、 こ の 故 に ﹁ 一 義 に 非 ず ﹂と な り 。 ( 六 ) 此 に 問 て 言 く 、 若 し ﹁ 一 義 な り ﹂と 云 ふ べ か ら ず は 、 是 に 由 て 諸 實 體 は ﹁異 義 ﹂ と な る べ し 。 此 に 釋 し て 曰 、 ﹁異 義 に 非 ず ﹂ と 。 何 故 に 云 ふ と な ら ば 、 世 間 に 於 て 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 、 世 間 に 於 て 、 諸 實 體 は ﹁異 義 に 非 ず ﹂と 云 へ る を 見 る 。 こ れ 穀 物 の 種 子 と 穀 物 の 芽 ど 、 穀 物 の 葉 と 云 へ る な ど を 見 る 。 若 し そ れ を 異 義 な り と 云 は ゞ 、 穀 物 の 稱 子 と 、 穀 物 の 芽 と 、 穀 物 の 葉 の み と 、 確 か に 斯 く 言 ふ べ し 。 ゴ ダ ー ラ の 種 子 と 、 芥 子 の 芽 と 、 芥 子 の 葉 と 云 へ る に 、 又 何 が 故 に 斯 く 言 は ざ る や 。 何 が 故 に 是 の 如 く 成 ら ざ る や 、 こ の 故 に ﹁異 義 に 非 ず ﹂と な り 。 ( 七 ) 此 に 問 て 言 く 、 ﹃來 は 存 す ﹂と 。 此 に 釋 し て 曰 、 ﹃來 は な し ﹂ と 。 何 が 故 に 云 ふ と な ら ば 、 世 間 に 於 て 見 る が 故 な り 。 是 の 如 く 、 世 間 に 於 て 、 か の 諸 實 體 は 何 處 よ り も 亦 ﹁來 る こ と な し ﹂と 云 へ る を 見 る 。 こ は 穀 物 の
芽 が 或 方 向 よ り 來 り て 穀 物 の 種 子 中 に 決 し て 住 せ ざ る が (如 し )。 若 し 芽 が 他 境 の 方 向 よ り 來 り て 種 子 中 に 必 ず 住 す べ く ば 、 森 林 中 に 鳥 が 栖 み つ ゝ 出 現 す る が 如 し 、 さ れ ど 斯 く 現 は れ ざ る が 爲 に 、 こ の 故 に ﹁來 は な し ﹂ と な り 。 ( 八 ) 此 に 問 て 言 く 。 ﹁ 去 は 存 す ﹂ と 。 此 に 釋 し て 曰 。 ﹁ 去 は な し ﹂ 、 と 。 そ は 何 故 に 云 ふ と な れ ば 、 世 間 に 於 て 、 見 る が 故 な り と 。 是 の 如 く 、 世 間 に 於 て 、 か の 諸 實 體 は ﹁去 な し ﹂ と 云 へ る を 見 る 。 こ れ 穀 物 の 芽 は 種 子 よ り ﹁去 な き ﹂を 見 る な り 。 若 し 去 の 存 し 得 べ く は 、 山 (穴 )中 よ り 蛇 の (生 )現 は る が 如 く な る べ し 、 さ れ ど (生 )現 は れ ざ る な り 、 是 の 故 に ﹁去 は な し﹂ と な り 。 是 の 如 く 定 む 。 こ れ に 由 て 滅 等 は 認 む べ か ら ず 、 是 れ 第 一 の 觀 察 な り 。 ﹃ 觀 困 縁 品 ﹄ 第 一 此 に 問 て 言 く 、 併 ら ば 他 に 於 て 云 何 ぞ ﹁生 な き や ﹂、 此 に 釋 し て 曰 、 (1) ﹁自 よ り に 非 ず 、 他 よ り に 非 ず 、 二 者 よ り に 非 ず 、 無 因 に 非 ず 、 な べ て の 實 體 は 又 何 處 に て も 、 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 一 九
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 〇 決 し て 生 は 存 す る に 非 ず ﹂。 ( 漢 ) 諸 法 不 自 生 (梵 )
亦
不
從
他
生
不
共
不
無
因
是
故
知
無
生
。
( 獨 ) 自 よ う に 非 ず ﹂ と 云 ふ は 、 自 我 よ り (生 す る に )非 ず と な り 。 ﹁ 他 よ り に 非 ず ﹂と 云 ふ は 、 他 の 自 我 よ り (生 す る に )非 ず と なり。 ﹁ 二 者 よ り に 非 ず ﹂ と 云 ふ は 、 自 我 と 他 我 と よ り (生 ず る )に 非 ず と な り 。 無 因 と 云 ふ は 、 無 因 よ り (生 ず る )に 非 ず と な り 。 實 體 と 云 ふ は 、 諸 法 ( と 云 ふ 意 )に し て 、 實 體 と 云 へ る 語 は 、 こ れ 一 切 外 道 と 共 通 な り と 云 へ る も の に 比 較 せ る な り 。 ﹁な べ て ﹂ と 云 ふ は 、 總 て の 實 體 と (云 ふ 意)な り 。 又 ﹁何 處 に 於 て も ﹂ と 云 ふ は 、 又 云 何 な る 時 と 、 云 何 な る 境 に 於 て も と 云 ふ (意) な り 。 生 と 云 ふ は 、 已 生 と 、未 生 と 、 現 成 と な り 。 ﹁決 し て ﹂ と 云 へ る 語 は 、 又 或 度 と 云 へ る 意 義 な り 。 ﹁存 す る に 非 ず ﹂ と 云 ふ は 、 存 す る こ と あ ら ず と な り 。 何 故 と な ら ば 、 是 等 の 四 種 の 次 第 .に 由 て は 、 諸 實 體 を 生 す る を 認 む べ か ら ず 、 こ の 故 に ﹁滅 な し ﹂等 の 不 相 應 の 部 分 を 除 滅 せ し む る 諸 語 を 説 け る な り 。 此 に 問 て 言 く 、 汝 の 四 種 品 は 、 な べ て の も の に 由 て 諸 實 體 は 生 す る な し と 分 別 せ ら る ゝ や 、 そ は 何 の 理 由 に 由 て 云 何 ぞ 認 む べ か ら ざ る を 知 る や 。 此 に 釋 し て 曰 、 (2) ﹁諸 實 體 の 自 存 (自 性 )は 、 緑 等 の 中 に 存 せ ず 、 自 (我 )の 實 體 存 せ ざ れ ば 、 他 (我 )の 實 體 も 存 せ す ﹂。 ( 漢 ) ﹁ 如 昌諸 法 自 性 ( 梵 ) 不 在 於 縁 中 、 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 一
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 二 以 無 自 性 故 、 他 性 亦 復 無 。 ( 獨 ) ( 註 ) ① 自 存 漢 譯 自 性 。 ② 月 稱 論 の 梵 丈 註 釋 に て は 此 ( 二 ) 偈 に 同 註 釋 に あり て 、 次 の ( 三 ) 偈 は 同 註 釋 に あ り 、こ の 兩 偈 は 前 後 の 順 序を 顛 倒 れ て ゐ ろ 。 ﹁ 諸 實 體 の ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁諸 法 の ﹂ と 云 ふ (意 )な り 。 ﹁自 存 は ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁自 の 實 體 の 自 存 ﹂ に し て , 自 (我 )性 の 實 體 と 云 へ る 約 語 な り 。 ﹁縁 等 の 中 に ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁因 等 の 中 に ﹂ と 云 へ る 約 語 な り 。 ﹁ 等 の 中 に ﹂ と 云 へ る 語 の 説 明 は 、 他 の 諸 外 道 が敎 示 せ る ﹁ 一 切 の 縁 ﹂ を 攝 在 せ し む る が 故 な り 。 ﹁存 せ ず ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁因 の 説 明 ﹂ は 先 き に 與 へ た り 。 ﹁存 せ ず ﹂ と 云 ふ は 、 阻 止 の 義 な り 。 ﹁自( 我 ) の 實 體 ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁自 (我 )性 の 實 體 ﹂ と 云 へ る 約 語 な り 。 ﹁存 せ ざ れ ば ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁ 存 す る こ と 非 ざ れ ば ﹂ と 云 へ る 義 な り 。 ﹁他 ( 我 ) の 實 體 も ﹂ と 云 ふ は 、 他 の 自 性 は 、 他 (我 ) の 實 體 と (云 ふ 義 )に し て 、 自 (我 )性 の 實 體 に 非 ず ﹂ と 云 へ る 約 語 な り 。 ﹁存 せ ず ﹂ と 云 ふ は 、 ﹁ 存 す る に 非 ず ﹂ と 云 へ る
義 な り 。 何 故 と な ら ば 、 諸 實 體 の 自 然 (漢 譯 自 性) は 諸 縁 等 中 に 存 せ ず 、 こ の 故 に 諸 實 體 は 自 (我 )よ り 生 す る を 認 む べ か らず 。 何 故 と な ら ば 、 ﹁自 (我 )の 實 體 せ ざ れ ば 、 他( 我 )の 實 體 も 存 せ ず ﹂、 こ の 故 に 諸 實 體 は 他 (我 )よ り 生 ず る を 認 む べ か ら ず 。 自 (我 ) の 實 體 と 、 他 (我 )の 實 體 と 存 せ ざ れ ば 、 諸 實 體 は 二 者 中 に 生 す る を 認 む べ か ら ず 。 無 因 は 眞 に 最 終 な る が 故 に 、 そ れ よ り 尚 諸 實 體 の 生 ず る を 認 む べ か ら ず 。 此 に 阿 毘 曇 の 人 々 は 言 へ り 。 (3) ﹁ 諸 縁 は 四 な り 、 因 と 、 所 緑 と 、 次 第 緑 、 増 上 と は 是 の 如 し 、 第 五 縁 は 存 せ ざ る な り ﹂。 ( 漢 ) ﹁ 因 縁 、次 第 縁 、 ( 梵 ) 縁 々 、 壇 上 縁 、 四 縁 、生 諸 法 、 更 無 第 五 縁 。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 三
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 四 ( 獨 ) 諸 分 別 を 起 す も の は 、 こ の 註 釋 と 是 等 (四 縁 )と に 由 る 説 明 は 、 云 何 程 の 縁 を 説 明 す と も 、 其 等 一 切 (説 明 )は 、 こ の 四 縁 に 攝 せ ら る ゝ が 故 に 、 第 五 縁 は 存 せ ざ る な り 。 ﹁總 て 四 縁 に 攝 せ ら る ﹂ と 云 ふ は 何 ぞ や 。 ﹁因 の 縁 ﹂ と は 、 發 起 の 義 に 由 る と な り 。 ﹁所 縁 の 縁 ﹂ と は 、 依 止 の 意 義 に 由 る と な り 。 ﹁次 第 縁 ﹂ 等 無 縁 )間 と は 、 中 間 を 斷 せ ざ る に 由 る と な り 。 ﹁壇 上 縁 ﹂ と は 、 支 配 せ し む る 義 に 由 る と な り 。 是 等 の 四 縁 に 由 て 諸 實 體 の 生 と 發 生 (縁 起 )ど 、 因 と の 註 釋 を 説 明 す る な り 。 此 に 釋 し て 曰 、 (4) ﹁所 作 は 縁 を 有 す る も の に 非 ず 、 縁 を 有 せ ざ る 所 作 も な し 、 所 作 を 有 せ ざ る 縁 も な し 、
所 作 を 有 す る 縁 も な し ﹂。 、 ( 漢 ) ﹁果 爲 從 縁 生 ﹁ (梵 )
爲
從
非
縁
生
是
縁
爲
有
果
、
是
縁
爲
無
果
﹂。
( 獨 ) (註 ) ① 原 文 の 誤 寫 で あ ら う 。 汝 は 四 縁 を 以 て 諸 實 體 の 所 作 を 説 明 す れ ど 、 そ は 縁 を 有 す る や 否 。 縁 を 有 せ ざ る も の な り と 計 量 す る と も 、 そ は 有 す る か 、 若 は (有 せ ざ る も の )な る か の 二 者 中 に 於 て 、 又 諸 縁 を 要 す る こ と な き が 故 に 有 せ ざ る な り 。 諸 縁 も 亦 所 作 を 有 す る こ と あ り と 計 量 す と も 、 そ れ 等 は 亦 有 す る か 、 若 し は (有 せ ざ る も の )な る か の 二 者 中 に 於 い て 所 作 な き な り 。 所 作 し つ ゝ か 、 若 し は 巳 焼 四 蔵 傳 龍 樹 の 中道 無 畏 疏 論 二 五西 藏 傳 龍 樹 の 中道無 畏 疏 論 二 六 と 、 未 焼 と の 如 き な れ ば 、 そ は 四 縁 等 を 以 て 諸 の 實 體 の 所 作 を 説 明 す と 云 へ る 彼 總 て の 説 明 は 合 理 的 な ら ず 。 復 日 、 (5) ﹁是 等 に 依 止 し て 生 す す る に 由 る 、 是 の 故 に 是 等 を 線 と 稱 す ﹂。 ( 漢 ) ﹁因 是 法 生 果 、 ( 梵 ) 是 法 名 爲 縁 ﹂。 ( 獨 ) 是 等 に 依 止 し て 諸 の 實 體 は 生 ず る に 由 る 、 こ の 故 に 是 等 を 縁 な り と 稱 せ ら る 、 是 を 釋 す べ き な り 。 ﹁有 る 限 り 生 せ ず 、 そ の 間 だ 、 云 何 ぞ 是 等 は 非 縁 に 非 ざ る ﹂。 ( 漢 ) ﹁若 是 果 レ生 、 何 不 名 非 縁 、
( 獨 ) 有 る 限 り に 於 て 實 體 は 發 起 せ ず 、 そ の 間 だ 、 云 何 ぞ 又 是 等 は 非 縁 と な る や 、 (そ は ) 壊 と 未 壊 と の 如 し 。 復 日 、 (6) ﹁又 無 、 若 し は 有 の 義 中 に は 、 縁 は 適 當 に あ ら ず ﹂。 ( 漢 ) ﹁果 先 於 縁 中 、 有 無 倶 不 可 ﹂。 ( 獨 ) 縁 の 實 體 は 無 な る か 、 若 し は 有 な り と 計 量 す る と も 、 二 者 に 於 て は 有 な る を 認 む べ か ら ず 。 未 生 と 、 巳 生 と の 如 き も の な り 。 云 何 ぞ 言 ふ と な ら ば 、 釋 し て 日 、 ﹁若 し 無 な ら ば 、 何 の 縁 と な る や 、 若 し 有 な ら ば 、 縁 に 由 て 云 何 に せ ら る や ﹂。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 七
西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 八 ( 漢 ) ﹁先 無 爲 誰 縁 ﹁ ( 梵 ) 先 有 何 用 縁 ﹂。 ( 獨 ) 生 れ な が ら の 盲 目 の 如 き か 、 若 し は 一 切 智 者 の 如 き も の な り 此 に 問 て 言 く 、 諸 縁 は 一 般 に 滅 を 作 ら る ゝ と も 、 其 等 は 各 々 に 依 て 云 何 ぞ 滅 せ ら る べ き 。 此 に 釋 し て 曰 、 (7) ﹁凡 て の 時 、 法 は 有 と 、 無 と 有 無 と を 成 す べ か ら ず 、 云 何 ぞ 能 成 を 因 と 云 ふ や 、 斯 く 有 ら ば 不 合 理 な り ﹂。 ( 漢 ) ﹁若 果 非 有 生 ( 梵 )
亦
復
非
無
生
亦
非
有
無
生
何
得
言
有
縁
﹂
( 獨 ) こ れ 總 て の 法 は 因 に 由 て 成 せ ら る と き 、 そ は 若 し は 有 、 若 し は 無 、 若 し は 有 無 か の 何 れ か の 二 を 成 す べ し と 計 慮 す る と も 、 そ は 凡 て の 時 、 有 も ま た 成 ぜ ず 、 無 も ま た 成 せ ず 、 有 無 も ま た 成 せ ず 。 云 何 ぞ か の 成 ぜ し む る を 因 と 云 ふ や 。 斯 く 有 ら ば (そ は )不 合 理 な り 。 是 の 如 く 更 に 因 を 滅 し 了 れ り 。 云 何 ぞ 所 縁 を 滅 す と 云 ふ や 。 (此 に )釋 し て 曰 、 (8) ﹁ こ の 有 の 法 の 所 縁 は 、 唯 無 な り と 説 か れ た り 、 斯 く こ の 法 無 縁 な ら ば 、 何 處 に か 所 縁 あ ら ん 、 ( 漢 ) ﹁如 諸 佛 所 説 、 ( 梵 ) 眞 實 微 妙 法 、 西 藏傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 二 九
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道無 畏 疏 論 三 〇
於
此
無
縁
法
云
何
有
縁
縁
﹂
( 獨 ) 世 尊 は 八 千 )般 若 經 中 に 説 き 給 へ り 日 、 ﹁法 蘊 八 萬 四 千 あ り 、 總 べ て の 法 を 説 く と 雖 も 、 そ は 一 味 に し て 、 唯 無 所 縁 な り ﹂。 斯 の 如 く 、 法 は (す べ て )無 所 縁 (意 識 す べ き も の な き )な り と 説 き 給 へ り 。 そ は 何 が 故 に 所 縁 あ り と 説 き 給 ふ や 。 か の 所 縁 は 認 む べ か ら ず 、 そ は 虚 空 の 如 し 。 云 何 ぞ 次 第 縁 等 無 間 縁 )を 滅 す と 云 ふ や 。 釋 し て 曰 、 (9) ﹁諸 法 未 だ 生 せ ざ る と き 、 滅 ば 認 む べ か ら ず 、 こ の 故 に次 第 縁 ば 不 合 理 な り 、滅 法 に 於 て 亦 縁 は 何 に か せ ん ﹂。 ( 漢 )﹁ 果 若 未 生 時 、 ( 梵 ) 別 不 應 有 滅 、 滅 法 何 能 縁 故 無 次 縁 。﹂ ( 獨 ) 諸 法 の 生 を 説 き 給 ふ に 、 諸 法 の 未 生 中 に は 滅 は 認 む べ か ら ず 諸 の 巳 生 中 に (滅 を )認 め ば 、 何 す れ ど 次 第 縁 (等 無 間 縁 )を 云 ふ べ き や 。 そ は 不 合 理 な り 。 己 滅 中 に 縁 (關 係 )を 説 か る ゝ も 、 (そ は )認 む べ か ら ず 。 そ れ な く し て 縁 を 教 示 せ ら る ゝ も . そ は 何 に か せ ん 。 か の 次 第 縁 は 滅 し 了 れ り 。 云 何 ぞ 増 上 縁 を 滅 す と 云 ふ や 。 釋 し て 曰 、 (10) ﹁諸 の 實 體 は 無 自 性 な り 、 西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 一
西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 二 何 故 ぞ な れ ば 有 は 存 在 せ ず と せ ば 、 此 (事 )有 れ ば 、 此 (事 )を 生 ず と 云 ふ 、 そ は 認 む べ か ら ず ﹂。 ( 漢 ) ﹁諸 法 無 自 性 ﹁ ( 梵 ) 故 無 有 有 相 説 有 是 事 故 、 是 事 有 不 然 。﹂ ( 獨 ) 諸 實 體 (諸 法 )は 無 自 性 な り 、 何 故 と な れ ば 有 と 云 ふ も の 存 在 せ ず 、 こ の 故 に 是 れ 有 る か 故 に 、 是 を 發 生 す と 云 ふ 、 こ は 認 む べ か ら ず 。 こ の 増 上 縁 は 滅 し (了 れ )り 。 是 の 如 く 、 是 等 は 一 般 と 別 々 と を 滅( 否 定 )す る が 故 に 、 (11) ﹁別 々 と 集 合と の 諸 縁 中 に 、 か の 果 は な き な り 、
諸 縁 中 に 何 も の も な し 、 云 何 ぞ 、 そ は 縁 よ り 生 せ ん ﹂。 ( 漢 )﹁ 略 廣 因 縁 中 、 ( 梵 ) 求 果 不 可 得 、 因 縁 中 、若 無 云 何 從 縁 出 。﹂ ( 獨 ) 別 々 と 集 合 と の 諸 縁 中 に は 、 か の 果 は 無 な り と せ ば 、 別 々 と 集 合 と の 諸 縁 中 に は 何 も の も な し 。 か の 縁 よ り( 何 物 か の )生 ず る こ と は 不 合 理 な り 。 (12) ﹃ 若 し 又 か の (果 は )無 な る と も 、 か の 諸 縁 よ り 生 じ 得 る と せ ば 、 尚 非 縁 よ り 果 は 、 何 の 故 に 生ぜ ざ る や ﹂。 西 藏 傳龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 三
西藏傳龍 樹 の 中 道 無畏疏 論 三 四 (漢 ) ﹁若 謂 縁 無 果 、 (梵 )
而
從
縁
中
生
.
是
果
何
不
從
非
縁
中而
出
。﹂
( 獨 ) 著 し 又 か の 果 は 無 な る と も 、 諸 縁 よ り 生 す べ し と 思 惟 す れ ば 、 併 ら ば 又 か の (果 ) の 無 に 似 た る 非 縁 爲 より 何 に 故 に 生 せ ざ る や 。 此 に 問 て 言 く 、 汝 は か の 縁 と 非 緑 と 稱 す る 總 て の も の は 存 す る や 、 此 に 釋 し て 曰 、 (13) ﹁果 は 縁 よ り 生 す と す れ ど 、 諸 縁 は 自 性 よ り 生 す る に 非 ず 、 無自 性 よ り 總 て の 果は (生 せ ば )、 そは 何 ぞ 縁 よ り 生 せ ん ﹂。( 漢 ) ﹁若 果 從 縁 生 、 ( 梵 ) 是 線 無 自 性、 從 無 自 性 生 、 何 得 從 縁 生 。﹂ ( 獨 ) (14) ﹁ こ の 故 に 縁 よ り 生 す る に 非 ず 、 非 縁 よ り 生 す る 果 は 存 せ ず 、 果 な き を 以 て の 故 に 、 非 縁 を 縁 と す る も 何 處 に か 成 せ ん 。﹂ ( 漢 ) ﹁果 不 從 縁 生 、 ( 梵 )
不
從
非縁
生
西 蔵 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 五西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 六