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恵泉蓼科ガーデン 恵みの30年原嶋 夕佳

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Academic year: 2021

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蓼科ガーデン30周年記念感謝会によせて

恵泉蓼科ガーデン 恵みの30年

原嶋 夕佳

(恵泉女学園中学・高等学校教員 花と平和のミュージアム実務委員)

Keisen Tateshina Garden; Thirty years with Grace from God

HARASHIMA Yuka

 「この樹、大きくなったなぁ…。

20

年ぶり…かな…。」やわらかな木漏れ日の さしこむ、小雨にぬれた庭で耳にした呟きから、土や草木や人の上に、静かに 積み重なった時間の長さを想いました。

 森山倭文子さん、百瀬和子さんをはじめとする恵泉園芸センターのスタッ フ、フラワースクールの方々が、文字通り身を粉にして働き、日本のフラワー アレンジメント界に新しい知識と色彩感覚とを導入した

1960~70

年代。そ の歩みを経て、恵泉園芸センターは「自然と人間生活の融和」を基本理念に かかげ、事業展開の中で“Living With Flowers”を実践する場としてガーデン

(研修施設)創設の夢を育てていきました。そして 1985

年に念願の「恵泉園芸

センター蓼科ガーデン」開設。成長したガーデンは今年開設

30

周年を迎え、

7

月4日、学園内外から関係者

100

名余が集まり、記念感謝会が催されました。

当日はあいにくの空模様でしたが、「静謐」と表現される庭のたたずまいを感 じるのに、かえって私たちの五官を研ぎ澄ませてくれたように思います。

 この庭の始まりは「私たちには、お金も力もない。けれども心だけはあ る!」と互いを励ましあいながら、希望とともに石を拾い、木の根をおこし、

土を耕し、堆肥を入れ、苗を植え、水を注いだ園芸科卒業生を中心とする先達 の志と、その志を実現しようとする祈りでした。

 志と祈りに支えられ、歩みを始めた蓼科ガーデンでしたが、八ヶ岳の自然 が人間の計画した景観を受け入れるまでには予想以上に長い時間が必要で、

更に時代の流れは学園や園芸センターにも変化をもたらしました。その間

(2)

- 98 -

じっと、この庭を育んできたのもやはり自然の営みです。「自然から学ぶ」こ とは、人の思いを越える命の輝きを感じること。庭を見守り続けた歴代の ガーデナーが生き物に注ぐ温かいまなざしと深い洞察力は植物の個性を生 かし、計画した景観は蓼科の環境にも植物にも無理のない「そこにあるのが 自然」な景観へと導かれました。

 恵泉の園芸では「土を耕すことは心を耕すこと」を生徒に伝えます。ただ ひたすら自分の務めを果たし、与えられる結果を待つ。神さまが創られた 自然の摂理を前に、人も自然の一部であることに気付くとき、私たちは蓼科 ガーデンの本質的な美しさ―志と祈り、生命が育つ時間とが自然へとけこ み、結晶した美しさ―に心を動かされるのでしょう。

 感謝会の終わりに、来賓の古清水光牧師がここに思いを寄せる皆さまと恵 泉女学園のためにお祈りくださいました。古清水先生は夫人が恵泉の卒業 生であり、ガーデン開設当時、近隣の富士見高原教会の牧師でいらしたご縁 で、蓼科ガーデン献堂式の司式をお願いした方です。

30

年の時を経て再び祈 りと感謝が与えられた庭は、雨のやんだ鈍色の空からの淡い日ざしの中で、

八ヶ岳の遅い夏の訪れを静かに待っているようでした。

蓼科ガーデン略年表

1954年 4月 

恵泉女学園世田谷校内に「恵泉園芸センター」開設

1983

年3月~ 恵泉園芸センター次長百瀬和子、英国にて研修(8ヶ月)

帰国後、ガーデン創設の検討を始める。

1984

3月 

恵泉園芸センターの新しい事業展開のために進むべき方針 として「自然と人間生活の融和」を掲げ、ガーデン設立のため 理事会の承認を得て、長野県茅野市蓼科高原(現在地)に土地 を購入。

1985

年7月  「恵泉園芸センター蓼科ガーデン」オープン

1988

年6月  百瀬メモリアルガーデン、フォンテンガーデン、ハーブガー デンを増設。

2006年 4月 

「恵泉蓼科ガーデン」に改称

2014

11月 

恵泉女学園花と平和のミュージアム創設。蓼科ガーデンを

サテライト施設に指定する。

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じっと、この庭を育んできたのもやはり自然の営みです。「自然から学ぶ」こ とは、人の思いを越える命の輝きを感じること。庭を見守り続けた歴代の ガーデナーが生き物に注ぐ温かいまなざしと深い洞察力は植物の個性を生 かし、計画した景観は蓼科の環境にも植物にも無理のない「そこにあるのが 自然」な景観へと導かれました。

 恵泉の園芸では「土を耕すことは心を耕すこと」を生徒に伝えます。ただ ひたすら自分の務めを果たし、与えられる結果を待つ。神さまが創られた 自然の摂理を前に、人も自然の一部であることに気付くとき、私たちは蓼科 ガーデンの本質的な美しさ―志と祈り、生命が育つ時間とが自然へとけこ み、結晶した美しさ―に心を動かされるのでしょう。

 感謝会の終わりに、来賓の古清水光牧師がここに思いを寄せる皆さまと恵 泉女学園のためにお祈りくださいました。古清水先生は夫人が恵泉の卒業 生であり、ガーデン開設当時、近隣の富士見高原教会の牧師でいらしたご縁 で、蓼科ガーデン献堂式の司式をお願いした方です。

30年の時を経て再び祈

りと感謝が与えられた庭は、雨のやんだ鈍色の空からの淡い日ざしの中で、

八ヶ岳の遅い夏の訪れを静かに待っているようでした。

蓼科ガーデン略年表

1954

年4月  恵泉女学園世田谷校内に「恵泉園芸センター」開設

1983

3月~

恵泉園芸センター次長百瀬和子、英国にて研修(

8ヶ月)

帰国後、ガーデン創設の検討を始める。

1984

年3月  恵泉園芸センターの新しい事業展開のために進むべき方針 として「自然と人間生活の融和」を掲げ、ガーデン設立のため 理事会の承認を得て、長野県茅野市蓼科高原(現在地)に土地 を購入。

1985

7月 

「恵泉園芸センター蓼科ガーデン」オープン

1988

6月 

百瀬メモリアルガーデン、フォンテンガーデン、ハーブガー デンを増設。

2006

4月 

「恵泉蓼科ガーデン」に改称

2014

年11月  恵泉女学園花と平和のミュージアム創設。蓼科ガーデンを サテライト施設に指定する。

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蓼科ガーデン30周年記念感謝会 2015年7月4日(土)

松下倶子学園長挨拶

森山倭文子さんスピーチ

歓談のひととき1)

参照

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