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2002年度 中央大学 商学部 卒業論文

「日本における能力主義的賃金制度の行方」

―労働者の支持を集める能力主義的賃金制度は

本当に労働者に満足をもたらすのかー

中央大学 商学部 商業・貿易学科 河邑ゼミナール

99

C3149010i 大野雅史

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(目次) I はじめに ...4 II 能力主義的賃金制度とは? ...5 1 能力主義と成果主義...5 2 「能力主義的」とは...6 3 能力主義的賃金制度の進行...7 III 能力主義的賃金制度の成り立ち ...7 1 第1期(戦後から1960 年代高度成長期) ...7 2 第2期(1960 年代高度成長期から 70 年代半ばオイルショック) ... 10 3 第3期(オイルショックから1992 年ごろバブル崩壊) ... 13 4 第4期(バブル崩壊以降)... 15 IV これまでの日本的制度に対する認識... 18 1 年功賃金とは... 18 (1) 年の功 ... 18 (2) 年と功 ... 19 2 通念との比較... 19 (1) 日本の人事評価は能力をまったく評価していなかったのか... 19 (2) 欧米では年齢や勤続年数を重視することはなかったのか ... 20 3 日本の賃金制度... 21 V 能力主義的賃金制度は労働者に満足をもたらすのか∼各論者を検討して∼ ... 22 1 満足の定義... 22 2 ゆとりについて... 23 (1) 肯定側 ... 23 (2) 否定側 ... 24 3 人事考課への納得性、公平性... 26 4 機会の平等について... 27 (1) 肯定側 ... 27 (2) 否定側 ... 29 VI 労働者にとってより平等な制度とは... 31 1 人事考課における納得性、公平性の確立... 31 2 全ての労働者に平等に活躍のチャンスを... 34 VII おわりに ... 35

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(図表目次) 図表 1 希望の賃金体系...4 図表 2 電通における成果の定義...5 図表 3 能力主義的な賃金制度 ...7 図表 4 年俸制導入推移... 16 図表 5 パート労働者の割合の推移 ... 17 図表 6 パート労働者の割合の推移グラフ(規模別)... 17 図表 7 年齢別賃金の日・欧比較 ホワイトカラー(男、製造業、1972,76 年) .... 20 図表 8 年齢別賃金の日・欧比較 ブルーカラー(男、製造業、1972,76 年)... 21 図表 9 年間総実労働時間(原則として製造業、生産労働者) ... 22 図表 10 年間総実労働時間グラフ... 22 図表 11 評価結果の印象 ... 26 図表 12 フィードバックの有無、異議・苦情の取り扱いの現状 ... 27

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出所 東京商工会議所「新入社員の意識調査について」2002 年 4 月調査。

I はじめに

バブル崩壊以後、能力主義的賃金制度の導入が叫ばれ、そして労働者はそれを望んでいる。 少し古くなるが、1995 年 10 月の総理府の世論調査では、年功序列から個人の能力や業績 を重視する賃金制度に切り替える企業の動きを63%の人が好ましい傾向としている。20 代、 30 代ではこの比率は 70%以上であった。図表 1 を見ていただきたい。2002 年 4 月の東京 商工会議所の調査した新入社員の意識を見ても、希望の賃金体系として、能力主義型賃金 体系が約 72%の人が望んでいる。かくいう私も就職活動の際、志望企業に、結果を評価さ れるということを求めていた。もちろん、私だけではなく就職活動で出会った学生のほと んどがそれを望んでいた。 しかし、右肩上がりの成長は望めない現在において、能力主義的賃金制度は多くの人に労 働賃金の減少、リストラをもたらしている。その影響をもろに受けているのは40 代から 50 代の人たちである。私たちはまだ若く、賃金の減少やリストラを跳ね返す力を持っている だろう。しかし、私たちもいずれ年をとり、40,50 代になったときに能力主義的賃金制度 が隆盛を極めていたらどうだろうか。一握りの勝者よりも圧倒的に大多数の敗者になる可 能性が高いということを忘れていないだろうか。 図表 1 希望の賃金体系 この論文では「私たちが望んでいる能力主義的賃金制度が本当に満足をもたらすのか」と いうことを考えてみたい。さらに労働者にとってのよりよい制度というものを考えてみる ことにしたい。 Ⅱではまず能力主義的賃金制度という言葉の意味を考える。潜在能力への評価つまり属人 給と顕在能力への評価つまり仕事給、そして能力開発によるインセンティブが働くかとい う個人査定の有無などを組み合わせにより一体どのような制度が本当に能力主義的な賃金

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出所 労務行政研究所『労政時報』1998 年 7 月 3 日 25 頁。 制度なのかということを明らかにする。 Ⅲでは能力主義的賃金制度がどのように成り立ってきたのかおもに 4 つの期間に分けて 振り返る。 Ⅳではこれまでの日本的制度についての通念に関して、欧米との比較などによって真実の ほどを確かめたい。 Ⅴでは能力主義的賃金制度が労働者に満足をもたらすのかどうかを 1ゆとり 2人事 考課への納得性、公平性 3機会の平等 の3つの面から成果、能力主義肯定論者と否定 論者の見解を踏まえながら検証する。 ⅥはⅤを踏まえ、労働者にとってより平等な制度とは何かということについて考える。

II 能力主義的賃金制度とは?

1 能力主義と成果主義 ここでは能力主義的賃金制度とは一体どのようなものなのかを明らかにする。それを明ら かにする上でまずは、「能力主義」と「成果主義」というものについて考えてみる。 現在、われわれが何気なく使用する「能力主義」、「成果主義」という言葉であるが、一般 的に混同されているように思う。しかし実際には、明らかに違う意味を持つものなのであ る。ではどのように違うのか。 図表 2 電通における成果の定義 「能力主義」とは人に内在し、仕事を 遂行する上で発揮される、例えば、やる 気、交渉力、実行力といった客観的な指 標を持たないものを評価して、賃金に反 映させるということである。一方「成果 主義」とは、個々人が能力を発揮し、そ の結果生み出された実績、成果を評価す るものでこちらはより客観的な指標が基 準となる1 こうした違いから「能力主義」は仕事 が同じだからといって、やる気、交渉力、 実行力といったものの評価が違うならば 賃金が異なるということから、属人給、人に属したものといわれている。それに対し、「成 果主義」はやる気、交渉力、実行力などの評価が同じでも生み出した実績、成果が異なれ ば賃金も異なるということから、仕事給、仕事に属したものといわれる。 1 図表 2 も参照。

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高橋俊介氏は成果主義と能力主義についてこう述べている。 「マスコミを含め、一般社会では両者『成果主義と能力主義』の混同が良く見られるが、能力主 義はその人の能力そのものをランク付けし、給与や序列と結び付けようとするものである。…こ れに対して、成果主義においては、能力の高い人間に大きなチャンスを与えるが、能力そのもの に給与を与えるわけではない。ここに決定的な違いと誤解がある2 また、「能力主義」は労働者の潜在能力(意欲や頑張りなど内に潜んでいる能力)に対し て、「成果主義」は労働者の顕在能力(具体的に成果として表れたもの)に対して賃金の支 払いをする、という見方もある。次では、一体何が「能力主義的」なのかということを見 ていく。 2 「能力主義的」とは 熊沢誠氏は潜在能力に賃金を支払うのか、顕在能力に支払うのかという区分、つまり「能 力主義」か「成果主義」かの区別自体は、賃金システムが「能力主義的」であるかどうか ということを示していないと述べている。「能力主義的」かどうかはもう1 つの区分によっ て判断される。その区分についてこう述べている。 「第二の区分は、潜在能力・顕在能力のいずれを基準にするにせよ、それはおよそ労働者個人に 対する評価なのか、それとも職種、勤続、年齢など労働者の何らかの集団的属性に対する評価な のかを問うものである。『労働者個人』に対する支払いとは属人給と同じ意味ではない。ここでの 区分軸は個人別人事考課(査定)があるかないかである。査定がない場合、仕事の種類や勤続年 数や年齢が同じであれば個人に支払われる賃金は同じである。『横並び』の非人格的な支払いとい ってよい。査定がある場合はしかし、それらにおいて同じであっても、一人一人の働きぶりや頑 張りの評価によって賃金が個人ごとに違ってくるのである3 支払いシステムにおいて能力の開発や発揮をするために個人の努力をあおるインセンテ ィブ(刺激)が仕掛けられていることこそが「能力主義的」であるという。人事考課の有 無が大きいということである。 この論文では能力主義的能力主義的賃金制度を「個人処遇(1人1人を見るということ) の人事考課、かつ人事考課の賃金への影響を大きいこと」とする。 2 高橋俊介『成果主義』 東洋経済新報社 1999 年 65-66 頁。 3 熊沢誠『能力主義と企業社会』 岩波新書 1997 年 9-10 頁。

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出所 熊沢誠『能力主義と企業社会』岩波新書 1997 年 12 頁。 3 能力主義的賃金制度の進行 図表 3 能力主義的な賃金制度 図表 3 を見ていいただきたい。これが 先ほど述べた潜在能力、顕在能力、それに 加えて個人査定の有無を示したものであ る。この図表に基づいて今日の「能力主義 的」な賃金管理の進行を見ていきたい。 1 の象限は実績、成果のみが評価される ということである。2 の象限は同一労働同 一賃金、つまりどんなに能力が違っても仕 事が同じだから同じ賃金ということであ る。3 の象限は「完全な4」年功賃金である。 年齢や勤続年数により、賃金が上がってゆ く。4 の象限は年齢や勤続年数にくわえ、 潜在能力が評価される。高度成長期のころ から現在まで日本はこの4 の象限に属して いるといってよいだろう。 では、現在進行している「能力主義的」 賃金管理はどこへ進むということなので あろうか。それは「より右へ、より上へ」 である。

III 能力主義的賃金制度の成り立ち

1 第1期(戦後から 1960 年代高度成長期) ここでは能力主義的賃金制度が戦後からどのようにして、成り立ち、発展してきたのかと いうことを振り返る。まずは第1期として戦後から1960 年代の高度成長期にかけての賃金 制度を振り返ってみる。 第二次世界大戦後の日本は戦争を戦ったことによる物資の不足などで極端なインフレに 見舞われていた。過度のインフレは実質賃金を著しく低下させることになった。そんなな かで賃金体系に大きな混乱が起こっていた。 戦後、労働諸条件は戦後より初めて認可された組合による企業内の労使交渉により決定さ れることになった。労働組合は賃金体系の混乱の中、生活していくことができる賃金を要 求することとなる。晴山俊雄氏はこう述べている。 4 「完全な」と述べたのはこれまで日本で年功賃金と呼ばれるものが年齢や勤続年数だけで 決まっていたわけではないからである。詳しくは後述する。

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「昭和22 年、当時の電気産業労働組合(いわゆる電産)は、年齢給を中心とした賃金要求をし、 その後の各会社の賃金体系に大きな影響を及ぼすこととなった。その意義は、第一に日本資本主 義史上、労働組合の手によって作成された唯一の賃金体系であること、第二に年功基準を明確化5 した点にあった6 「それはまさに当時の極貧状態を背景にした生活給であり、本人の年齢と家族数と勤務地の特殊 性で賃金が決まる内容であった。ここでは携わる仕事のウェイトが低下し、同じ仕事にあっても 家族や年齢が異なれば賃金も相違するのであり、同一労働同一賃金の原則に対応していなかった 7 戦後の混乱期の中、生活できるだけの賃金を要求し、それが認められたことから年功賃金 が広まっていったのである。 その後1950 年代に入ると合理化が進むようになる。組合主導の大幅なベースアップ8に対 して、日経連は「定期昇給制度9」の導入を提唱することとなる。日経連は次のように述べ ている。 「賃金体系の方向性が、生活給的賃金から職務および能率に対する賃金へと指向しつつあること は、他の社会諸制度の方向性から背馳し得ない限り必然的である。従って生涯雇用制度から生ま れた昇給制度は、そのままでは存続しえず、消滅か、変貌かの岐路に立っている。完全に職能給10 5 賃金総額の約 80%を生活保障給で充当するように構成し、企業の生産性に左右されない 最低生活を保障したこと。企業の枠を超えて同一産業労働者の生活保障を志向したことな ど。 6 晴山俊雄『石巻専修大学経営学研究』「現代賃金管理の展開(1)」 2000 年 3 月 8 頁。 7 同上 同頁。 8 「社会情勢、経済情勢の変化に伴い現在の賃金額を全労働者あるいは大部分の労働者を対 象にあらかじめ定められていない金額を増額させる方法…ベースアップは昇給基準線その ものの増額ということになる」 労働省編『最新労働用語辞典』 日刊労働通信社 1993 年 720 頁。 9 「定期給与の増額の一種である。定期給与の増額は一定期間勤務し、一定の条件を満たし たものはある金額を増額させることが労働協約、就業規則などであらかじめ定められてい る」ものが定期昇給制度 同上 同頁。 10 「賃金を決める場合に、労働者の職務を遂行する能力を基準にする賃金制度の一形態で あり、それは同一能力同一賃金の意味を持つものである。この場合の能力は、現在の職務 において、どの程度の仕事のこなし方をしているかという顕在能力のみならず、各人が持 っている潜在能力を含めた総合的な能力を意味する。…職務遂行能力の程度を評価し、能 力の伸長度に賃金を対応せしめるものであり、必ずしも厳密に評価する必要はない。しか し、能力に応じて賃金が決められるので、各労働者の能力の測定評価を適正かつ公平に行 う必要があ」る。 同上 425 頁。

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体系に移行し、労使はもちろん社会一般も、そのような思想を当然のことと思うようになれば、 消滅してもかまわないが、そこまで到達させるには相当の長年月を要し、形式よりもむしろ思想 変換ということにその重要性がある以上、一挙的な変革は望み得るべくもない。これは職務給制 度の導入にしても戦後いち早く実施した企業がその運用面において行き詰まりを来たしている原 因を考え合わせて見れば、容易に納得できるであろう。従って徐々にその浸透度を高めてゆく以 外に方法はないと考える11 賃金体系の行方は職務や能率に基づいたものに変革することが必要であると述べながら も、それは大変な時間を要すると述べている。そのため、定期昇給制度を積極的に導入し、 活用すべきということを主張している。定期昇給制度を提唱する日経連の狙いは賃上げの 抑制などの労務管理の刷新、人事考課の導入などであった。また、定期昇給制度は次のよ うな影響ももたらした。 「定昇制度の普及は次のような効果を及ぼしたと、孫田良平12は指摘している。すなわち定昇制 度は、『従来の一律アップ要求によって標準化されがちであった賃金の勤続年数別あるいは年齢別 格差をもう一度是正しようとしたものであり、このような経営側の努力によって、賃金の年齢別、 勤続年数別格差はいっそう大きく開』いた。その結果、『年功的格差が昭和29 年の時点において も最も拡大している』と述べている13 その一方では年齢、勤続年数を重視する生活給的なものから欧米では一般的であるとされ た「職務給」の導入が図るようになる。日本経営者団体連盟は1955 年『職務給の研究』を 出版している。その中で職務給の本質的意義を公平に心理的要求を満たせるものであり、 勤労意欲の向上にもかなうと述べている。職務給は国家公務員や大企業などに率先して受 け入れられるようになった。しかし、その限界も次第に見えてくる。晴山俊雄氏は次のよ うに述べる。 「職務給は、職務の賃金であり、人の賃金ではない。また賃金の高さは、職務の相対的価値、職 務価値によって決定されてくる。その点では年齢、性、勤続年数とは直接関係考慮されることは ないのであり、従って当時のわが国の賃金・職務条件、また労働者意識は、容易に職務給の実施 を困難にしていた。 まず当時の賃金水準の低さから職務給に固有の賃金の頭打ち問題を解消し得なかった。また職 務が客観的に固定化標準化の域に達せず、従って職務の価値付けを困難にしていた。わが国の職 場の特徴であり、強みでもある柔軟な人の移動配置にとって、職務給は、機能的ではないと明ら 11 日経連『現下の賃金政策と賃金問題―現下の日本経済の課題―』1957 年 216 頁。 12 孫田良平『年功賃金の歩みと未来』 産業労働調査所 1970 年 40 頁。 13 岩田憲治『大阪大学経済学』「能力主義管理の変容と批判論」 2001 年 12 月 40 頁。

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かになる。というよりもそれ以前に職務給実施の社会的条件の無いところに導入を図ったとして もそれは成功しなかったというべきである。この経験は、経営制度の国際的移転のいい例証であ ろう。しかも導入された場合でもそれは、範囲職務給であり、その範囲はかなり大きくまた基本 給と並んで設けられた職務給であり、また『3 割職務給』といわれるようにその割合もかなり小 さかった。こうして期間的産業たる鉄鋼業や電力業などの代表的企業の職務給も、それが伝統的 な年功賃金の部分修正に終わったのである14 第1 期をまとめると、戦後の貧困などから、年功賃金は労働組合主導で導入された。その 後、経営の合理化策により、定期昇給制度さらには年功賃金の職務給への変革の試み。し かし、職務給を導入した企業は運用に問題を抱え、職務給の限界が露呈し始めることとな る。ここから「日本的」を求め賃金体系は能力主義に傾斜してゆく。 2 第2期(1960 年代高度成長期から 70 年代半ばオイルショック) 第1期において職務給の導入の失敗が目に付くようになったと述べた。今一度振り返って みよう。 「職務給は職務の質の差により賃率差が設けられ、職務に賃率が固定するから、労働者が上位の 仕事に異動しない限り昇給しない。ところが、日本企業は長期雇用慣行であるから、ライフサイ クルに応じた生活費を保障しなければならない。生活費のかさむ中高年には高い賃金の支払いが 必要だから、賃金と生産性のバランスをとるためには、低ランクの仕事に従事する労働者にも、 将来は高位の職位を担当できるように、労働能力の開発を促す仕組みが、労働者の生涯を通じて 必要であった。 一方、経営環境の変化に応じて職務構成が変化するので、変化後の職務構成と既存の能力構成 にミスマッチが生じる。その場合は人員配置を機動的に変更する必要があるが、職務給はそれを 柔軟に解決できず、むしろ効率的な人員配置の阻害要因であった。すなわち、既存の能力構成よ りも職務構成が高位または低位に変化すると、職務給の下では新職務に必要な技能を修得できな いものを解雇し、他方で技能を有するものを新規採用するという異なる方向の雇用調整が同時に 必要になる。だから、時々の職務構成の変化に対して能力構成を適合させるのは、職務のみに依 拠する人事・賃金体系でなく、能力構成に基づく資格体系が必要になる。それを解決するのが職 能給の課題であった15 つまり終身雇用であるために保障すべき生活給が保障できないこと、日本の強みである配 置における柔軟性の欠如、これらが職務給が受け入れられなかった大きな理由である。ま 14 前掲「現代賃金管理の展開(1)」 9-10 頁。 15 前掲「能力主義管理の変容と批判論」 7 頁。

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た、上位の職務は数が限られており、どんなに優秀な人がいてもポストが空かなければ上 位の職務にはつけないなど労働者の意欲を削いでしまうという問題もあった。そこで職務 給に変わって、能力をもとにした管理、賃金制度が第 2 期(1960 年代高度成長期から 70 年代半ばオイルショック)にかけて登場するのである。 折りしも、時代は自由化の波が押し寄せ、国際競争の激化を予測させていた。そんな中「高 能力経営」「高効率経営」などが叫ばれていた。 日経連は 1964 年「新段階に処する経営者の見解」を発表し、その中で、「人間能力開発 の推進」、「賃金の安定化と合理化の促進」などを重視すると述べている。翌1965 年「現段 階に処する経営者の見解」においても「産業人の能力開発と人間像の確立」を重視すると 述べている。そして1966 年の「現段階に処する経営者の見解」において明確に「能力主義 管理」に進むことになる。第2 項「企業における能力主義体制の確立」を見よう。 「今後技術革新、企業再編等をめぐる雇用条件の変化を考えれば、これまでの終身雇用、年功序 列、学歴偏重などの雇用体制を続けることは明らかに限界に突き当たりつつある。かかる段階に おける労務管理の基本方向としては従来の考え方や慣行を是正して、人的能力の有効活用を図り、 能力本位の精鋭主義に徹すべきである。このため採用および登用にあたっては学歴偏重に陥るこ となく広く人材を求め、雇用量の適正化、雇用調整策の整備等の雇用諸対策を進めるとともにあ わせて組織、給与、訓練、配置等日常の労務管理全般を通じて能力主義の体制を確立する必要が ある16 1966 年にはさらに「能力主義管理研究会」が設けられ、研究が進められることになる。 また労働者の側も能力主義化をある程度認めるようなところが見られる。熊沢誠氏はこう 述べている。 「『同じ年齢ならば同じ必要生計費だから同じ賃金を!』と言う考え方が、旧型年功賃金の労働者 解釈である「年の功」賃金をいったんは享受した日本の労働者の平等感にほかならなかった。そ の考え方からすれば、単一昇給線の年齢給への固執はもう無理としても、『昇進はなくても昇給は ある』職能給が妥協の限界であった。一方、穏健な労働者の中には、能力の開発にそれなりに報 いるこの体系のほうがむしろ『公平』と見る思考も芽生えていた17 企業が競争力を持つための妥協、あるいは能力主義こそ平等であるとする人たちもいたと いうことである。能力主義化はさらに進む。日経連・能力主義研究会は1969 年『能力主義 管理』を刊行する。能力主義管理の具体的内容を見ていく。 16 日経連『二十年の歩み』 1968 年 70 頁。 17 前掲『能力主義と企業社会』 27 頁。

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「能力主義管理の中心的考え方は職務中心主義をもとにして各人の適性に応じた個別管理である 18 「集団主義についてはこれを再認識し、むしろ小集団による能力の発揮を測るべきである19 そしてこの目的を実現するための内容はキャリア育成、モチベーション・インセンティブ の重視、年功・学歴による学歴別年次管理、形式的処遇からの脱皮、能力による真の平等 処遇の確立、人事考課を中心とする個人別人事情報管理などである。これらを総合し、1969 年当時の能力主義管理の特徴把握に努めるとすれば、それは『能力主義管理』に示されて いるように、従業員1 人 1 人を評価する個別管理、日本特有の集団主義的な小集団として の能力発揮の 2 つが挙げられるだろう。旧来からの集団主義的な要素を残しつつ、より 1 人 1 人を評価していくということである。また、終身雇用を前提として、少数精鋭を実現 しようとする向きもあった。このように能力主義が普及した理由を岩田憲治氏はこう述べ ている。 「(1)労働力不足により初任給が上昇したので、総人件費抑制のため年功賃金体系を修正する必 要があった。一方では、よりいっそう労働生産性の向上のために技術革新が必要であり、その担 い手である若年労働者に報いる賃金体系に変更することが求められた。しかし、年功制では技術 変化に適応力の高い若年者に十分報いることが出来ない、という矛盾があった。 (2)長期雇用慣行の日本企業では、昇進・昇格のモチベーションを特に若年者に与える人事体 系が必要であるが、職務給体系はその機能が劣った。 (3)能力主義管理には、個々人の提案を報償する制度なども含め、小集団によるZD 運動や QC グループによる活動等、労働者の創意を促す仕組みがあった。すなわち、本来の職務に加え、職 務に関連する問題点や小改善を提案し実施することにより、能力を伸ばし、企画力や実行力を評 価する仕組みがその制度の中にあった20 第2 期をまとめると職務給の限界がささやかれ、1960 年代はそこから日本的な制度を求 め始めた。日経連は能力主義というキーワードをもとに能力開発、または能力を評価した 賃金制度を先導し始めることになる。時代もそれを後押しした。自由化による国際競争力 の強化などが叫ばれ、日経連のそれとリンクする形となる。そして、高度成長から時代の 転換点であるオイルショックへと向かうことになる。 18 日経連能力主義管理研究会『能力主義管理―その理論と実践』1969 年 68 頁。 19 同上 同頁。 20 前掲「能力主義管理の変容と批判論」 9 頁。

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3 第3期(オイルショックから 1992 年ごろバブル崩壊) 1973 年のオイルショックにより高度成長期は終焉を迎える。経済成長率が鈍化し、低成 長時代に入った日本企業は「減量経営」とともに輸出の増大に活路を求める。「減量経営」 とは出向、希望退職者の募集や残業削減、パートタイマーの解雇などを行い、新卒採用も 控えるなど合理化を追求する経営である。それが功を奏し、貿易黒字は一気に拡大するな ど、速やかに回復した。しかし、逆にそれが貿易摩擦などの問題を引き起こし、さらに円 高を招くことになる。結果、さらなる合理化が求められるようになる。 では本題の能力主義管理の成り立ちについて話を戻そう。第2 期(1960 年代高度成長期 から70 年代半ばオイルショック)において、日経連は能力主義を明確に打ち出し、それを 広める意図を発表したと述べた。その結果、大企業にはある程度能力主義管理である職能 給などが導入され始めていた。しかし、そのなかでもいまだ年功的な要素は色濃く残って いることは明白であった。年功的要素の色濃く残る労務管理は、高度成長という隠れ蓑の もとに確実に生き残ってきたのである。しかし、1973 年のオイルショックを契機に日本の 労務管理は大きく転換する。ではその内容を見ていこう。 「経営内外の環境変化に対応するための人事管理制度の見直しや改定の方向は、第一に専門職制 度など役職の複線化、第二に役職と処遇の二元管理、第三に職能資格制度の重視の三点に要約さ れるものであった。 従来の年功制度、学歴・性別・勤続年数といった属性を中心とした処遇制度のもつ問題の認識 とその克服として新しい処遇制度としての能力主義管理が注目され、その内容整備が進められて いく。こうして…能力主義管理の骨格が明確になってくる。「トータル人事賃金システム」として の能力主義管理である。即ちそれは『職能資格制度』と『人事考課』と『職能給』の三本柱であ る。三位一体の関係である。すなわち職能資格制度を軸として、人事考課を通じ従業員の配置や 移動、職能開発・育成、賃金や賞与などを相互に関連させながら、総合的な制度として運用しよ うとする点が、新しい人事管理の特徴であり、これを『職能資格制度を軸としたトータル人事管 理システム』と呼んでいる21 学歴・性別・勤続年数といったものを重視するのではなく、「人事考課」により職務遂行 能力を「職能資格」という資格に当てはめ、段階的に位をつけて、その位によって「職能 給」という形で賃金に大きく反映させていこうということである。さらに晴山俊雄氏は必 要性などを含め能力主義を次のように述べている。 「能力主義管理の普及に大きな貢献した楠田丘は、年功人事・賃金が行き詰まり、職能人事・賃 金(日本的能力主義)の必要性を次のように説明する。 21 晴山俊雄『石巻専修大学経営学研究』「現代賃金管理の展開(2)」 2001 年 3 月 31 頁。

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『職能人事は同じ社員基準人事でありながらも、学歴・性別・勤続といった属性にこだわらず、 そのつどの各人の社員としての能力の伸びを確実の捉え、これもって処遇しようとするいわば、 非属性主義人事であるといえる。努力すれば報われるのが職能人事である。』 『能力主義において大切なのは、能力とは何かをまず持って明示することである。能力とは何 かが明確でないのでは、能力の評価や能力の開発も進めようがない。社員基準としての能力は、 社員として期待し求められる職務遂行能力つまり職能に他ならない 能力主義の基準…期待し求められる職能像(つまり企業の期待職能像) さらには、その職能のほかに適正、社会性、人間性、気力などをも含めたところの期待される 人間像ということにもなる。つまり期待人材像である。』 こうしてこの期待する職能・人材像を軸として、「トータルシステムとしての能力主義人事が主 張されている。 こうして従来の年功学歴人事という属性主義では、能力向上策として不適であり、いくら努力 しても年功学歴というものが変更できないからである。それにたいし能力主義人事は、努力主義 を重視する22 努力すれば報われる、だからこそ能力向上などに適しており、かつ労働者にも報いるこ とになるということである。たしかにそうしたことも言えるかもしれない。しかし、一方 で企業側の支払い総賃金の抑制という目的から始まったということは忘れてはならない。 日経連の動きを見てみよう。1980 年、日経連は『新職能資格制度』を刊行、職能資格制 度の普及を呼びかける。その目的はなんだったのか。①企業の効率化 ②能力開発の促進 ③管理職の制度改革などが挙げられる。23①企業の効率化は年功制の修正や少数精鋭経営な どである。②の能力開発推進は能力開発の手段であるOJT や自己啓発が機能するようにそ れらが昇進や賃金に結びつくような制度が必要ということである。③管理職の制度改革は 厳正な昇格の徹底、若手の有能な人材の登用といったことである。このような改革を日経 連は進めていく。 能力主義化が労働者にもたらした影響についてみてみよう。熊沢誠氏はこの時期(オイ ルショックから1992 年ごろバブル崩壊)を次のように述べている。 「この時期になると、正社員たるものはいっそう、その生活の全側面を『仕事第一』『会社大事』 で律する生き様を求められるようになった。『会社人間』という言葉が登場するのもこの時代であ る24 オイルショックによる合理化、人減らし、ME 化、JIT 方式などが進んだからである。人 22 前掲「現代賃金管理の展開(2)」 33-34 頁。 23 前掲「能力主義管理の変容と批判論」 12 頁も参照。 24 前掲『能力主義と企業社会』 39 頁。

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減らしにより、個々の作業ペースのアップとともに営業スタッフのノルマ増大による残業 の延長。ME 化、JIT 方式による変化への要請の強要。パソコン操作の取得の強要。応援、 配転、遠隔地赴任、出向などの頻繁化。このような企業からの強制を労働者はこの時期か ら受けるようになる。その結果、「会社人間」が生まれたのである。 人事考課の内容もフレキシビリティへの要請が高まるにつれて変化した。 「日本の企業が正規従業員に求める能力は、ブルーカラー、ホワイトカラーを問わず、まずもっ てフレキシブルに(柔軟に、弾力的に)働きうる能力である。…このような能力の概念が、従業 員の処遇を個人的に決定する日本型人事考課の内容と密接不可分であることはいうまでもない。 日本の人事考課は今、遂行している仕事の実績の程度ばかりでなく、いずれ行うかもしれない仕 事に適応できる潜在能力の有無をも査定の対象とする。だからたとえば人減らしや欠勤で不在に なったチームメンバーの仕事、技術革新や配点や昇進によって変わる仕事、不測の事態が生じた ときの緊急の仕事・・・・・・、それらに対処できる能力も評価されるわけである。だが、いったい顕 在化していない潜在能力はどのように秤量されるのか?『生活態度』をみることによって、であ る!ここに従業員の態度・性格を直接的に問題にするいわゆる情意考課の枢要性が立ち上がるの である25 つまり情意考課と呼ばれる人事考課の項目が重視されるようになったということである。 フレキシビリティの要請の中で問われる能力が生活態度にまで及び、それは、「やる気はあ るか」「新しい技術を学ぶよう勤めているか」など休日の過ごし方さえも人事考課の対象と なったということだ。こうした管理の中生活する労働者はまさに「会社人間」と呼ぶにふ さわしい。このように労働者は能力主義化により、人間的な生活を奪われてきたのである。 能力主義的賃金制度の成り立ちの第 3 期をまとめると、オイルショックによる低経済成 長への移行、その過程での経営の合理化、結果、能力主義管理は日本の中に深く溶け込ん でゆくことになる。それは80 年代も続いた。そして世はバブルを迎える。 4 第4期(バブル崩壊以降) 1980 年代後半は世に言うバブル期であり、日本は好景気に沸きかえっていた。しかし、 それも長くは続かない。1991 年ごろからバブルは崩壊し始め、そこから今日まで「失われ た10 年」などに表現されるように平成不況が続いている。ではこのころの人事管理を見て いこう。 第3 期において(オイルショックから 1992 年ごろバブル崩壊)において、能力主義管理 は再編、浸透してきたことはすでに述べた。しかし、2 期、3 期を通じて減ったとはいえ年 功的要素は残っているがために、企業における人件費は企業の業績にかかわらず増大して 25熊沢誠『甲南経済学論集』「日本的能力主義の惰力」 1996 年 3 月 136-137 頁。

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出所 http://www.jpc-sed.or.jp/teigen/index.html (2002 年 12 月 1 日調べ) 社会経済生産性本部「日本的人事制度の変容に関する調査」2001 年調査。 ゆく。バブル崩壊により未曾有の不況期に入った日本において、企業はさらなる合理化が 求められたのである。そこでターゲットとなったのが、能力主義管理においてなお残る、 年功的要素である。この部分をできるだけ排除することが企業にとっての課題となる。さ らなる能力主義の厳格化は年齢層は主に高齢者層、そして部門でホワイトカラー管理職を 中心26に成果主義、年俸制が導入されるようになる。 こうした中で日経連は1995 年、『新時代の「日本的経営」』を刊行、人事管理の方向性を 示す。主な主張は雇用に関してである。 雇用のタイプを①長期蓄積能力活用型グループ(期間の定めのない雇用契約で管理職や総 合職が対象) ②高度専門能力活用型グループ(有期雇用契約で企画、営業などの専門部 門が対象) ③雇用柔軟型グループ(有期雇用契約で一般職などが対象)に分けて活用す 図表 4 年俸制導入推移 26 ブルーカラーに関してはすでに工場などでは減量経営の時代から JIT などが導入され、 省力化も進んでおり、能力評価基準も仕事の実績を確実に予測させるかたちで整備されて いた。

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ることを提案する。この提案の狙いについて熊沢誠氏はリストラを正当化するもので終身 雇用の適用するものを限定することにより①長期蓄積能力活用型グループに活をいれるこ とにあると述べている。27 現在は人事管理はどのように変わったのか。図表4,5,6 を見ていただきたい。年俸制の導入 は増加し、パートタイマーも年々増えていることなどからまさに日経連が提案したとおり に進んでいるのである。 図表 5 パート労働者の割合の推移 図表 6 パート労働者の割合の推移グラフ(規模別) 27 前掲『能力主義と企業社会』 70 頁。 平4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 調 査 産 業 計2) 12.4 11.5 13.0 12.8 13.6 14.0 14.2 17.4 17.7 18.1    1000人以上 6.8 9.5 9.3 9.5 11.4 11.3 12.2 16.9 15.4 16.0    300∼999人 12.8 8.5 11.9 8.1 13.2 11.8 12.6 16.9 17.4 19.0    100∼299人 13.5 12.0 9.8 11.7 11.1 12.5 13.3 16.4 15.4 16.7 30∼99人 13.7 13.6 14.6 16.1 14.9 12.6 13.8 18.1 20.3 18.0 5∼29人 15.4 13.0 17.5 15.9 15.8 18.4 17.1 18.3 19.6 20.5 鉱 業 1.2 1.3 2.8 2.1 2.6 2.3 1.6 5.1 3.8 1.6 建 設 業 1.8 2.5 2.1 2.3 2.6 2.6 1.7 1.5 2.5 1.9 製 造 業 10.2 10.4 10.4 10.5 10.0 10.6 11.4 11.5 11.6 12.7 電気・ガス・熱供給・水道業 1.5 1.4 1.7 1.9 1.8 1.5 2.8 2.1 1.6 2.0 運 輸 ・ 通 信 業 4.4 5.3 5.0 6.1 7.2 7.2 8.8 9.9 8.5 10.6 卸売・小売業,飲食店 23.7 20.0 25.9 25.3 27.8 27.5 27.6 33.5 35.3 34.9 金 融 ・ 保 険 業 4.3 3.8 3.8 4.6 4.6 6.1 6.2 7.8 8.4 8.6 不 動 産 業 6.9 14.4 7.5 17.7 3.5 6.7 6.3 11.2 13.8 12.2 サ ー ビ ス 業 12.9 12.6 13.4 12.4 13.9 14.9 14.7 17.3 16.5 17.0 区   分 全労働者に占めるパートタイム労働者の割合 出所 図表5 は厚生労働省「雇用動向調査」 図 6 はこれを元に作成。 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 平4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 調 査 産 業 計2)    1000人以上    300∼999人    100∼299人 30∼99人 5∼29人

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IV これまでの日本的制度に対する認識

1 年功賃金とは (1) 年の功 まず年功賃金とはなんなのか、定義を見ていきたい。 「賃金が、年功(勤続あるいは年齢など)すなわち属人的な要素によって決められるものをいい、 わが国では、大企業を中心として支配的な賃金体系となっており、欧米諸国において、主として 職務内容によって賃金が決められているものとは根本的に性格を異にする28 つまり年齢や勤続年数といった客観的で、変更することが出来ない要素に応じて賃金が増 加していくという賃金制度である。年齢や勤続年数といった指標を重視することから年功 賃金の中でも「年の功」賃金と呼べるものである。我々が一般的に使用する年功賃金とい えば、この「年の功」賃金をさしているといってよい。「日本は年功賃金だ」と私たちは何 気なく言う。それは上記の「年の功」賃金をさしている。本当に日本は「年の功」賃金な のだろうか。 Ⅲの能力主義的賃金制度の成り立ちでも見たように「年の功」賃金が適用されていたのは 戦後のわずかな期間といってよいだろう。現在も戦後初期に力を持った組合をいまだ持つ 企業には存在するかもしれない。しかし、比率にすれば決して多くはない。「年の功」賃金 は以下のような理由で誕生した。 「戦後初期、経営者の論理と力がきわめて弱くなっていた時期、台頭した企業別組合は、日本の 労働者それなりの競争制御の考え方に基づいて、旧型年功賃金のあいまいな恣意性に対抗した。 対抗の形は、賃金決定にかかわっていた多くの要素の限定である。具体的にはなによりも労働者 世帯の必要生計費の多寡を反映する年齢に、副次的には合わせて勤続年数に、昇給の基準を鈍化 させることであった。戦後日本の労働者思想としての<従業員としての平等>が、自動昇給の要 求を呼び起こしたのである29 現在のように合理化を極限まで迫られるという状況ではなく、従業員一人一人の能力の開 発を問われるということも無かったため、こうした「平等」が保たれたということもある。 しかし、時代の流れとともに「年の功」賃金は過度の総賃金コストを招くようになり、そ れが是正されてきたのはⅢで見たとおりである。 28 前掲『最新労働用語辞典』 664 頁。 29 前掲『能力主義と企業社会』 18 頁。

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(2) 年と功 現代において、「年の功」賃金はほとんどないと述べた。現在日本においての年功賃金と はそれは「年と功」賃金なのである30。つまり「年」(年齢や勤続年数)と「功」(人事考課 をもとにした職能資格給)ということである。 「たいていの企業には、それぞれの職務遂行能力が定義された職能・資格のいくつかのランク(グ レード)がある。各ランクには上にゆくほど上がり方が大きくなる昇給線がついている。労働者 の勤続、学歴、性などが、どのランクから歩み始め、どのランクまで進めるかを大体決める。そ の上で労働者は、下位ランクでは割合自動的に、上位ランクではより厳しく査定されて、各ラン クのうちに設けられた号棒の間を昇給してゆく。ランクを上へ行こう(昇給)するのも、勤続年 数の資格を満たしたあとは人事考課の結果次第である31 つまり年齢や勤続年数によって昇給への挑戦権を得、人事考課によって判定が下されると いうわけである。 藤田若雄氏は年功賃金を次のように述べている。 「年功賃金とは、賃金が仕事に対応することから離れ、終身雇用(停年まで)と生活保障賃金が 設定され、労働能率は昇進競争の人事考課において上司ならびに企業に対する忠誠度合いに重点 を置くことによって、不特定の労働量と忠勤的精神態度を抽出するものである32 まさに「年」と「功」賃金と呼ぶことができるだろう。 2 通念との比較 (1) 日本の人事評価は能力をまったく評価していなかったのか 日本では通念として「日本は年功で実力などは見ない。それに比べて欧米は実力を見てく れる。」といった考え方が広まっている。これは正しいのだろうか。日本の人事評価は年齢 や勤続年数だけで能力などをまったく測ってこなかったのだろうか。 これまで読んでいただいた方にはこの通念はまったくのでたらめであるということがわ かるだろう。「年の功」賃金、「年と功」賃金でも述べたように、日本では人事考課により 能力の測定が確実に行われてきているのである。年齢や勤続年数で賃金が決定されていた わけではなく、むしろ能力を測る人事考課のほうが重視されてきたといっても良いほどな のである。 30 「年と功」の年功賃金も現在においては、その真価を問われている。それが成果主義な どで呼ばれているような業績、成績を判断基準におくというものである。 31 前掲『能力主義と企業社会』 21 頁。 32 藤田若雄『日本労働協約論』 東京大学出版会 1961 年 138 頁。

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(2) 欧米では年齢や勤続年数を重視することはなかったのか 逆に「欧米は実力を見てくれる。」というところを検証しよう。つまり欧米では年齢や勤 続年数はまったく関係なかったのかということである。 まずはホワイトカラーについて各国の年齢別賃金の図表7 を見てほしい。日本と同じよう に各国の賃金が年功カーブを描いていることがわかる。つまりホワイトカラーに関しては どこの国も同じように年齢、勤続年数を重視しているということである。それにはホワイ トカラーに必要な能力を身に付けるためにはある程度の期間が必要ということなどの理由 があるからである。 次はブルーカラーについての図表8 見てみよう。ブルーカラーに関しては年齢や勤続年数 はあまり重視していないようである。小池和男氏は西欧のブルーカラーの賃金に関して、 未成年者の場合は急激に上昇するが、20 歳代半ばをすぎると 10∼15%程度しか上がらず、 横ばいに近い。それに比べて日本は大企業はもちろん中小企業も西欧に比べて賃金が上昇 する割合が大きいと述べている 図表 7 年齢別賃金の日・欧比較 ホワイトカラー(男、製造業、1972,76 年) 出所 小池和男『仕事の経済学』 1999 年 東洋経済新報社 P89 原出所 日本:労働省『昭和51 年賃金構造基本統計調査』

EC:Structure of Earnings in Industry for the year,1972,13vols,1975-76. イギリス:Dep. Of Employment, New Earnings Survey, 1975.

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出所 前掲『仕事の経済学』 88 頁。 原出所 図表7に同じ。 図表 8 年齢別賃金の日・欧比較 ブルーカラー(男、製造業、1972,76 年) まとめると、ホワイトカラーに関しては各国共通で年齢や勤続年数が重視されており、ブ ルーカラーに関しては日本のみが年齢や勤続年数を重視しているといえるだろう。つまり、 欧米でも年齢や勤続年数を重視することはあるといえる。また、日本の特徴としてブルー カラーのホワイトカラー化がある、といえるだろう。 3 日本の賃金制度 これまでの流れを踏まえ、日本の賃金制度というものをまとめてみたい。簡単にいうと、 年功(年の功)賃金→能力主義賃金の浸透→成果主義賃金の導入ということになる。戦後 の年の功賃金、その後の合理化の過程での能力主義賃金の浸透、バブル崩壊後の成果主義 賃金の導入となる。 つまり、戦後直後以外、1960 年代からすでに日本は「個人処遇(1人1人を見るという こと)の人事考課、かつ人事考課の賃金への影響を大きいこと」と定義した能力主義的賃 金制度を導入してきているのである。そして、今日においてもその流れは続いており、今 後もその流れは続いていく、というのが日本の現状である。 これまで能力主義的賃金制度の成り立ちや日本の通念の誤りなどを検証してきた。その中 で、能力主義的賃金がどのようなものであるのかを理解していただいた。次では論文タイ トルにもあるように論文の主旨である能力主義的賃金制度は労働者に満足をもたらすのか ということについて考えていきたい。

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出所 同上 原出所 厚生労働省「就労条件総合調査」、EU および各国資料より厚生労働省労働基準局賃金時間 課統計。 出所 日本労働研究機構『データブック国際労働比較(2003 年版)』 原出所 厚生労働省「毎月勤労統計調査」、EU および各国資料、厚生労働省労働基準局賃金時間課 統計。

V 能力主義的賃金制度は労働者に満足をもたらすのか∼各論者を検討して∼

1 満足の定義 まず、満足の定義を示しておきたい。はじめに「ゆとり」を挙げる。過労死という言葉が 一般的なように、日本人の働きすぎはかねてから問題のひとつとして取り上げられている。 各国の年間総労働時間を比べると図表9,10 のとおりである。最近ではいくらか日本の労働 時間が短くなったとはいえ、もうひとつの問題が起こり始めている。それは労働時間では 推し量れない労働の密度の問題である。リストラと称した首切りが横行する中で、リスト ラされた人の分の仕事が残った人々に押しかかり、結果、勤務時間以外の労働が増えると いったことがおきている。その結果、結局は労働時間が長くなっているということもある。 ゆとりは働く上で労働者にとっては必要不可欠である。過労死するほど働くことが労働者 にとって満足であるはずがない。ゆとりが能力主義的賃金制度が進むにつれて、どうなる のかということを考える。 図表 9 年間総実労働時間(原則として製造業、生産労働者) 図表 10 年間総実労働時間グラフ

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また話の流れから「人事考課への納得性、公平性」ということに関しても触れることにす る。 そして「機会の平等」を挙げる。ここでいう機会の平等とは、これまで働き手として主 力であった健康な成人男性に比べて差別的待遇を受けてきた女性や高齢者、障害者といっ た人たちが「主戦力」と同じように働く機会、能力を発揮する機会を得られるかというこ とを問題にしている。高齢化や出生率の低下は日増しに進んでおり、それによる労働力人 口の減少も進んでいる。その結果、今後女性や高齢者の労働現場への進出は必要なものと なる。また障害者の中にも働きたいと考えている人は、たくさんいると考えられる。そう した人たちが機会の平等を得るということは労働者にとっての満足であるといってよいだ ろう。よって機会の平等が能力主義的賃金制度が進むにつれて、どうなるのかということ を考える。 2 ゆとりについて (1) 肯定側 まずはゆとりについて能力主義的賃金を肯定する側の意見から見ていく。 八代尚宏氏はまず、長期の雇用を保障する慣行であるいわゆる終身雇用とこれまでの日本 の長い労働時間、頻繁な転勤などは不可分の関係であり、それらは終身雇用の代償である という。それらの代償がなぜ終身雇用と不可分であるかを次のように述べている。 「第一に、平均的に長い労働時間は、企業負担で形成された熟練労働者の稼働率をできるだけ高 めるとともに、不況時に減らせる労働時間の幅を維持するためにも不可欠となる。労働時間の短 縮が掛け声だけに終わることに背景には、仮に平時から短い残業時間であれば、不況時に直ちに 雇用削減が必要とされることが、労使の暗黙の共通理解となっていることがある。これは日本企 業の雇用調整のスピードは、米国と比べて遅いが、労働時間も含めたマンアワーベースでは大差 ないという分析にも裏付けられている。 第二に、企業による労働者の頻繁な配置転換と転勤は、サラリーマンの職名とされているが、 これは雇用保障の代償としての職種や働き場所の選択権の放棄を意味する。とくに、中高年者の 転勤は、それにともなう家族生活の著しい犠牲をもたらすだけでなく、単身赴任という欧米の労 働者の基準で見れば『野蛮な慣行』を生んでいる。これは共働き家族の増加とともに、いっそう 拡大し、大きな社会的コストを生む要因となる33 つまり、現代の低い経済成長率の時代には終身雇用という長期雇用は労働者にとって多大 なリスクであるということである。その結果、現代のこうした状況においては長期的な雇 用慣行よりも、雇用の流動化を促進すべきであると述べている。流動化に際し、どういっ 33 八代尚宏『ジュリスト』「働き方の多様化と労働市場方の役割」 27 頁。

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た賃金制度にすればよいかということについて八代尚宏氏は次のように述べている。 「今後の低成長時代には、高い成長期に形成された、個人の生涯を通じてその仕事能力と賃金が 均衡するという長期的な雇用契約のリスクが、労働者にとっても著しく高いものとなっている。 このため、ホワイトカラーにとっては、より短期間で企業への貢献と報酬との収支の清算が可能 となるような賃金・雇用制どのほうが、むしろ安定した仕組みとなる。…短期清算型の賃金制度 は、ホワイトカラー労働者の企業への定着度を損なうというデメリットの反面、外部からの引き 抜きを用意とすることで、それだけ企業組織内部に限定されない労働者間の競争を活発にするこ とができる。これは画一的な技能が重要であったキャッチアップ期から、個人の相違がより重視 される働き方に沿ったものでもある。今後とも、労働者の主たる熟練形成の場が企業内であるこ とには変わりはないが、雇用流動化の下では、その教育・訓練投資リスクの負担が、従来の企業 集中型からより個人へとシフトすることが大きな違いである34 つまり、雇用の流動化に際しては、人事考課を短期化、さらにはより格差を明確にするた めに個人別に厳格に行うことが必要ということである。 まとめると、長期雇用35は長時間労働、転勤などを常態とするような異常な働き方に身を 投じさせ、労働者からゆとりを奪うものである。その是正には雇用を流動化し、人事考課 を短期的かつ個人処遇化を進めることが必要である、ということである。それは能力主義 的賃金制度を推し進めるということである。 (2) 否定側 では、肯定側である八代尚宏氏の意見を踏まえ、本当に能力主義的賃金制度を進めること でゆとりを得られるのかを考えていきたい。 まず、人事考課とはいかなるものなのかを説明していきたい。大辞林によると「従業員の 業務遂行能力・性格・適性・将来性などの人的評価を行うこと。」とあり、労働者が評価さ れる機会であるということだ。人事考課は賃金や昇進、昇格にかかわる重要なものである。 評価項目として、大辞林にもあるように業務遂行能力・性格などがあるが大きく分けると、 「成績考課」、「能力考課」、「情意考課」に分けられる。成績とは実際に行った仕事の成果 で売上などである。能力とは知識、理解力、判断力といったものである。情意とは積極性、 責任感、協調性といったものである。「成績考課」は客観的評価が可能であり、「能力考課」、 「情意考課」は主観的評価がどうしても入らざるをえない。しかし「成績考課」を重視す 34 八代尚宏『雇用改革の時代』 26-27 頁。 35 八代氏は長期雇用を全ての職業にとって不要なものであるといっているわけではない。 八代氏の主張は主にホワイトカラーに関してである。ブルーカラーに関しては「工場で必 要とされる技能には固定的な雇用慣行のもので熟練形成が必要」、「年齢に伴う賃金上昇の 度合いがホワイトカラーより小さい」などの理由により、長期雇用は優位性を持っている と述べている。

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るということはなかなかすべての仕事には適用できないということを念頭におかなければ ならない。営業など成績の見えやすい仕事ならばまだわかるが、事務や研究職などはなか なか難しい。 日本では、フレキシブルに働きうる能力を求められてきたこともあり、その結果として「能 力考課」、「情意考課」が重視されてきたことは前にも述べたとおりである。 本題に戻ろう。能力主義的賃金制度である人事考課の短期化、個人処遇化を進めることで ゆとりを得られるのかということである。まず、人事考課において短期化、個人処遇化が すすむことで「成績考課」よりも「能力考課」、「情意考課」が進む恐れがあるということ である。どういうことかというと、まずは成績だけで評価できる仕事はまれであるという こと。また、評価期間の短期化により、成績の差が現れにくくなるということ。そして、 それ以上に重要なのが、個人処遇化が進むことはより個人間により明確に差がつくという こと、また評価側にとっては差をつけなければならなくなるということで、どうしても一 人一人を詳細に検討する必要があり、成績ではなかなか差をつかないという条件では「能 力考課」、「情意考課」により、差をつけざるをえないからである。では、「能力考課」、「情 意考課」など主観的な要素を多分に含む評価が進むとどういうことになるか。以前に、1970 年代∼90 年代にかけて能力主義的管理が強まり、そのなかで情意考課なども強まったとの べた。その際にどのようなことが起こったか。熊沢氏はこのころから「会社人間」という 言葉が生まれたと述べている。もう少し詳しく見てみよう。 「たえまない新技術の導入、職務割り当ての転変、ノルマの増大、ひんぱんな配転、単身赴任、 そして出向……、それらを引き受けうるためには『チャレンジ精神』だけでなく、体力増強も勉 強も、アフターファイブにおいては私生活上の都合よりも例えば残業やQC 活動を優先させる志 向、要するに『精鋭会社員』らしい生活態度が必要であった。こうした生活態度が会社で仕事を 続けるに不可欠な広義の能力の一つとみなされるようになった。そこで多くの従業員は、これを も身に付けようと腐心するようになったのである36 つまり、会社にすべてをささげざるを得なくなったということである。今一度、現代にお いても「能力考課」、「情意考課」といった主観的評価がさらに強化されたらどうなるのか。 いうまでもないだろう。 八代氏も評価の客観性、透明性の確保が必要であるということは述べている。特にどのよ うな基準で個人の評価が下されたのかということを被評価者に開示することなどは重要で ある。しかし、前にも述べたように、人事考課を短期化、かつ個人処遇化し、より明確に 格差をつけなければならないなかで、全てが成績など客観的な指標ではかれるものではな いということや、現在の日本の制度から客観性、透明性の維持は難しいのではないだろう 36 前掲『能力主義と企業社会』 39-40 頁。

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出所 労務行政研究所『労政時報』1997 年 3 月 14 日号 17 頁。 か。 現代において「能力考課」、「情意考課」といった主観的評価が進むと、それに歯止めをか けることはより困難となる。なぜなら、労働組合の組織率が低下し、かつ労働組合の意味 合い自体も薄れてきているという現状があるからである。ヨーロッパなどでは労働組合の 力はいまだ強く、主観性の排除といった目的を成し遂げている。今の日本においてはそれ は望むべくもない。 人事考課を短期化、個人処遇化するということはこのようにゆとりを生むものではなく、 逆にさらにゆとりを奪うものなのである。 3 人事考課への納得性、公平性 「能力考課」、「情意考課」といった主観的要素を多分に評価するものが強化されることに より、労働者の人事考課への納得性が限りなく低まっていくという問題も現れる。目標管 理37と呼ばれる能力主義管理に関して、労働者が人事考課に納得できているかを示している のが図表11 である。38 図表 11 評価結果の印象 「納得がいく」という人の割合は 30%強であ り、部署、評価者により偏りが見られるという 意見も含め、「納得がいかない」という人の割合 は55%にも及んでいる。労働者にとって、人事 考課は賃金、昇進などに大きく影響する重要な 事柄である。自分に対する会社の評価に対して、 自分が納得できないという状況が続けば、仕事 に対するモラルダウンは必至である。 さらなる問題点は人事考課に納得できないと して意義申し立てを行う機会が設けられていな い点である。どうしても主観的な評価が入らざ る得ない限り、すべての人に納得のいく評価をす ることは難しい。だからこそ、人事考課の結果に 37 「目標管理は…個々の従業員は職場での目標(日常業務、問題解決、独創的・啓発的目標) を企業全体の目標から割り出して自主的に決め、共有化しながら、目標を達成する過程や 手順も自主的に管理する。また、期中におけるチェックと期間後の目標達成度評価を通じ て、責任の所在や統制不可能な要因について反省するという仕組みである。ただし、目標 とこれに到達する方法が、管理監督者の期待や支持によって他律的に決められることのな いよう注意して運用する必要がある。」 前掲『最新労働用語辞典』 1421 頁。 38 この図表の評価結果は目標管理と管理職年俸制と連動している中でのアンケート結果で ある

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出所 http://www.rosei.or.jp/headline/whats/pdf/200204.pdf (2002 年 12 月 15 日調べ) 労務行政研究所「成果主義下の人事考課制度の最新実態」。 対して、労働者が何らかの形で評価者に対して評価の理由を聞く、あるいは意義申し立て ができる機会が設けられていなければならない。しかし、日本の現状はどうか。 図表12 を見てほしい。「申し立て方法を規定等に定めて制度として受け付けている」企業 は22.9%、「当人から申し立てがあった場合は受け付けている」企業が49.8%となっている。 「特別な事由が認められる場合のみ受付ける」企業を含めると、異議申し立てが可能な企 業は80%弱となる。しかし、80%弱というこの結果を額面どおり受け入れることは到底出 来ない。なぜなら「当人から申し立てがあった場合は受け付けている」、「特別な事由が認 められる場合のみ受付ける」などは申し立てをすれば人事考課に響くといったことを思わ せるため、実質上異議申し立てが出来ないのと同じだからだ。つまり異議申し立てが可能 なのは約 23%とみていいだろう。また、内容にも問題がある。異議申し立てをしても考課 結果の変更がありうるのは 42.5%しかない。つまり、異議申し立て制度が実際に機能して いるのは約10%くらいしかないと見て良いだろう。このような状況では納得することなど 到底できない。 図表 12 フィードバックの有無、異議・苦情の取り扱いの現状 4 機会の平等について (1) 肯定側 では機会の平等についてみていこう。機会の平等は満足の定義でも述べたが、これまで働 き手として主力であった健康な成人男性に比べて差別的待遇を受けてきた女性や高齢者、 障害者といった人たちが「主戦力」と同じように働く機会、能力を発揮する機会を得られ るかということとする。 では奥林康司氏の考えから見ていこう。 まず、奥林氏は従来の終身雇用・年功序列は賃金あるいは人事考課において個人間の格差 をあまりつけないようにするものであり、「悪平等主義」ともいえるものである。39そして、 39 奥林康司『同志社商学』「21 世紀における人事労務管理の展望」 88 頁。

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その「悪平等主義」を打ち壊すものとして能力主義的賃金制度が導入されていると述べて いる。能力主義的管理である目標管理についての奥林氏の見解を見てみよう。 「目標管理とそうでない従業員の間の人事考課の幅が従来よりも大きくなるように設計されてい る。すなわち、『結果の不平等』がより明確に示されているのである。能力や成果の相違により、 報酬においても格差が生じるのは当然であり、むしろ、合理的であると従業員から儲けと得られ るようになったのである。それが従来の平等主義的な処遇に対して『結果の不平等』と言われる ゆえんである。 この『結果の不平等』は、その大前提として『機会の平等』を想定している。たとえば、この 目標管理の適用者から女性従業員を除くとすれば、それは男女の間に機会の平等を保障していな いことになる。目標管理に参加する機会が従業員に平等に与えられており、その目標を従業員の 自主的な判断で決定することができ、従業員が自由にその達成に努力しえたなら、その結果に不 平等が生じても、個人の責任として納得しうる40 つまり、女性や高齢者なども目標管理制度のもとに男性社員と同じように評価されるとい う「機会の平等」があれば結果が不平等であっても個人の責任として納得しうるものであ り、それは平等が保障されているといえるということである。 次に八代尚宏氏を見ていこう。 まず、氏は男女間の差別についてこう述べている。 「先進国の中でももっとも大きな日本の男女間の賃金格差も、男女の固定的な役割を前提とした 働き方から派生する。これは、特定の労働者に企業内訓練を集中する仕組みでは、家庭の事情等 で自発的な退職可能性の大きな女性に、大量生産のきかない貴重な企業内訓練機会を提供するこ とは企業にとってのリスクが大きいためである。このため、企業外の訓練を主体にする働き方と 比べれば、女性に良い訓練機会が与えられがたく、男女間での技能・賃金格差が生じやすい。 また、こうした職場での男女格差を前提とすれば、夫は仕事、妻は家事・子育てという家庭内 の垂直的な役割分担が労働者にとっても有利となり、企業も配偶者手当や社宅等によってこれを 推奨する。これは、企業が多くの投資を行った男性の熟練労働者の稼働率を高めるために有効な 手段となる41 男女の固定的な役割が制度的にも前提とされており、それがさらに男女格差を生むとい うことである。そして、家庭内の固定的な役割の分担に加担している現行の社会制度の改 革を訴えている。 40 前掲「21 世紀における人事労務管理の展望」 同頁。 41 前掲「働き方の多様化と労働市場方の役割」 同頁。

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