氏 名(本籍)
学位の種類 学位記番号 学位授与年月日 学位授与の要件 学位論文題名
論文審査委員
上野 瞳(栃木県)
博士(学術)
甲第16号
平成18年3月15日 学位規則第3条第2項該当
Novel techniques for analyzing the expression of two isoform−groups derived from the gene encoding the microtubule−associated protein
tau and a tertiary structure of the gene products(微小管結合タンパク質タウの構造と発現を解析するためのアイソフォ ーム特異的な検出法および定量法に関する基礎的研究)
(主査)松 田 基 夫
(副査)岩橋和彦
佐 俣 哲 郎 村 山 洋
論 文 内 容 の 要 旨
神経原線維変化は、過剰なリン酸化によって微小管から遊離したタウの細胞内蓄積が原因となって 脳内の神経細胞に認められ、この病変が進行すると神経細胞死を引き起こすと考えられている。
「Front temporal demen廿a with parkinsonism linked to chromosome 17(m DP−17)」に、タウ遺伝子の
家族性変異が同定されたことから、認知症を伴う神経変性疾患の発症においてこのタウが重要な役割 を担うと考えられる様になった。
一方、ヒト脳において、タウは選択的スプライシングにより6つのアイソフォームとして発現して おり、反復配列の数により3リピートタ(3Rtau)と4リピートタウ(4Rtau)の2つのグループに分け られる。ヒトの初期発生では3Rtauが選択的に発現し、成長に伴い6つのアイソフォーム全てが発現す るようになる。また、神経原線維変化を伴う疾患ごとに、蓄積するアイソフォームの種類が異なって いる。すなわち、生理的あるいは病理学的に異なる役割を各アイソフォームが持っている可能性があ る。そこで、筆者は3Rtauと4Rtauを高い特異性で分子識別できる方法、あるいは高感度に定量する方 法を確立し、これらを用いてタウの生化学的特徴や発現量について検討することを目的として本研究
を開始した。
まず、合成ペプチドを免疫原としてポリクローナル抗体、3リピート特異的抗体(T3R)と4リピー ト特異的抗体(T4R)を作製した。使用した合成ペプチドは、βシート構i造のコァ配列(PHF6モチー フ)が含まれるようにデザインしたものである。作製した抗体は、3Rtauおよび4Rtauそれぞれに高い
特異性を示すだけでなく、βシート構造が形成されるとタウに対する結合活性が低下する特徴を持っ ていた。これら2つの抗体が認識する配列は、合成ペプチドの配列と矛盾なく微小管結合部位内の局 所に限定された。このことから、各抗体を用いて3リピートおよび4リピートそれぞれの局所における 構造変化を特異的に検出することができると考えた。それ故に、この局所の構造変化は、おそらくタ
ウタンパク質全体の構造変化に先行して起こる変化と考えられる。
次に、タウタンパク質の微小管結合領域からC末端にかけて段階的に欠失させた変異体を作製し、
T3RとT4Rのこれら変異体に対する結合親和性について検討した。その結果、前述したPHF6モチー フよりC末端側を欠落させた変異体に対するT3RとT4Rの結合親和性は、野生型の全長タウタンパク 質に対する親和性に比べて高くなり、特に驚くべきことにPHF6モチーフ直後からC末端までの全配 列を欠失した変異体に対して最も高い結合親和性が観察された。このことは、T3RとT4Rの認識配列 の高次構造がC末端側の領域に依存していることを強く示唆している。更に、組換えタンパク質を用 いた自己会合実験を行ったところ、C末端欠失変異体ではβシート構造形成のレベルが野生型の全長 タウと比べて低下していた。この結果は、βシート構造の形成と共にT3RとT4Rのタウへの結合が抑 制されることと矛盾しない。神経原線維変化に見られるタウの凝集とβシート構造の形成が密接に関 連していることを考慮すると、T3RとT4Rがタウの凝集過程を詳細に観察する上で有用なプローブと して、タウの生化学的あるいは病理組織学的解析への利用が可能である。また、T4Rは3RtauのC末端 欠失変異体に結合するが、一方、T3Rによる4RtauC末端欠如変異体に対する結合活性はT4Rの場合と 比べ非常に低いものであった。このことは、3Rtauと4RtauのPHF6モチーフを含む領域の構造が、異 なっていることを示唆するものであり、タウの凝集メカニズムを解明する上で興味深い結果である。
脳神経系の神経細胞で発現しているタウタンパク質の量は、主に翻訳後の修飾と代謝に依存してい るとする考えが従来一般的に受け入れられてきた。しかし、翻訳後修飾や代謝に関する研究に比べて、
転写のレベルにおける発現量の調節に関する研究は進んでいない。そこで、次に筆者はタウ遺伝子の 転写レベルでの発現調節をアイソフォームごとに検討することを目的とした定量法の確立のための研 究を行った。
PCR法を応用した3Rtau及び4RtauのmRNAの定量法がすでに2つのグループから報告されている が、各アイソフォームに対する特異性及び感度の少なくともいずれかについて、より詳細な検討が必 要である。そこで、各アイソフォームに対するPCR増幅反応の特異性がより高くなるように検討した 上で、これまでに報告されていない特異的なPCRプライマーセットを決定し(特許出願済)、 TaqMan プローブによって増幅DNA断片を検出するリアルタイムPCR法による3Rtau及び4Rtau mRNA量の高 感度定量法を確立した。その結果、定量に影響を及ぼす非標的配列の増幅をほぼバックグラウンドレ ベルに押さえることができ、従来のリアルタイムPCR法と比べ、本定量法の検出感度は10〜100倍で あった。この様な特異性および感度については、培養細胞(COS7細胞、 SH−SY5Y細胞)に強制発現さ せた各アイソフォームのmRNAを用いて検討した。また、定量結果の精度をより高くするために、本 定量法における検量線の作成には、各アイソフォームの標的領域に対するキャップ構造のついたcRNA
を利用するように条件を決定した。本法の各アイソフォームに対する特異性を確認するために、ヒト 胎児および成人の脳由来の全RNA(Biochain社製)を鋳型として用いて定量を試みたところ、胎児に おいては3Rtauのみが、成人においては3Rtauおよび4Rtauの両者のmRNAが検出され、これまでにノ ーザンプロット法等で得られた結果と一致するものであった。ただし、成人における両アイソフォー ムmRNAの量比は1:1であるとされてきたが、本定量法を用いた結果では約2:3の割合で4Rtauの 方が多く発現していることを示す結果となった。これは、特異性および感度が大幅に改良された本法 を用いて初めて得られた結果であるが、今後本法を用いて多くの検体を対象とすることで各アイソフ ォームmRNA量の差異を明らかにすることができると考えている。更に、本法を用いてアルツハイマ ー病患者の脳由来の全RNA中に含まれる各アイソフォームmRNAの量比を調べたところ、患者と健常 者とでは異なっており、3Rtauの転写量の割合が増加していることを示す結果が得られた。これは認知 症発症メカニズムを解明する上で大変に興味深い結果であり、従来考えられてきた発症メカニズムに
アイソフォームmRNA量の調節メカニズムを加えた新たな仮説を提示することができるものと考える。
更に、単一あるいは数個の細胞を標的として、各アイソフォームmRNA量を上述の方法によって定 量的に検出することが可能かどうかを検討した。マウス脳の凍結ブロックより切り出した40μm厚の 切片をレーザーマイクロダイセクション(LMD)用スライドグラスに固定しトルイジンブルーで染色 した。LMD装置(Leica社)を用いて、海馬錐体細胞をCA1、 CA2およびCA3領域からそれぞれ約 20〜30個日細胞に相当する部分を切り出し、全RNAを抽出した。この全RNAを鋳型として検討した 結果、2〜5個程度の細胞に由来する全RNAを鋳型として各アイソフォームmRNA量を定量すること が可能であることが確認された。そして、CA1、 CA2およびCA3領域問の4RtauのmRNA量を比較す ると加齢に伴った発現量の変動パターンが領域間で異なる可能性の存在することが示された。この各 領域問の差異は、投射による錐体細胞間の相互作用と関連しているのではないかと考えている。更に、
アルツハイマー病モデルマウスでは発現量の変動パターンが、野生型マウスと異なっていた。個体差 や検体数について詳細な検討が必要ではあるが、海馬錐体細胞の変性は認知症発症と密接な関係にあ
り、発症メカニズムを解明する上で興味深い結果である。
以上のように、本研究では、非常に類似した構造を持つタウァイソフォーム(3Rtauと4Rtau)をタ ンパク質およびmRNAレベルでの特異性の高い検出・定量方法を確立し、更にこれを利用して得られ た結果から、認知症発症メカニズムに対する新しい考え方を提示出来ることとなった。これらの方法 を組み合わせることで、神経変性病理を伴う痴呆性疾患に対する新しい治療法や診断法の開発を促す ことが期待できるものと考える。
論文審査の結果の要旨
神経原線維変化は、過剰なリン酸化によって微小管から遊離したタウの細胞内蓄積が原因となって 脳内の神経細胞に認められ、この病変が進行すると神経細胞死を引き起こすと考えられている。
「Front temporal demenUa with parkinsonism linked to chromosome 17(FTDP・17)」に、タウ遺伝子の
家族性変異が同定されたことから、認知症を伴う神経変性疾患の発症においてこのタウが重要な役割 を担うと考えられる様になった。
一方、ヒト脳において、タウは選択的スプライシングにより6つのアイソフォームとして発現して おり、反復配列の数により3リピートタウ(3Rtau)と4リピートタウ(4Rtau)の2つのグループに分 けられる。ヒトの初期発生では3Rtauが選択的に発現し、成長に伴い6つのアイソフォーム全てが発現 するようになる。また、神経原線維変化を伴う疾患ごとに、蓄積するアイソフォームの種類が異なっ ている。すなわち、生理学的あるいは病理学的に異なる役割を各アイソフォームが持っている可能性 があるのである。
そこで、筆者は3Rtauと4Rtauを高い特異性で分子識別できる方法、あるいは高感度に定量する方法 を確立し、これらを用いてタウの生化学的特徴や発現量について検討することを目的として本研究を
開始した。
まず、合成ペプチドを免疫原としてポリク襟下ナル抗体、3リピート特異的抗体(T3R)と4リピー ト特異的抗体(T4R)を作製した。使用した合成ペプチドは、βシート構造のコァ配列(PHF6モチー フ)が含まれるようにデザインした。作製した抗体は、3Rtauおよび4Rtauそれぞれに高い特異性を示 すだけでなく、βシート構造が形成されるとタウに対する結合活性が低下する特徴を持っていた。こ れら2つの抗体が認識する配列は、合成ペプチドの配列と矛盾なく微小管結合部位内の局所に限定さ れた。このことから、各抗体を用いて3リピートおよび4リピートそれぞれの局所における構造変化を 特異的に検出することができると考えた。それ故に、この局所の構造変化は、おそらくタウタンパク 質全体の構造変化に先行して起こる変化であると考えられる。
そこでまず、タウタンパク質の微小管結合領域からC末端にかけて段階的に欠失させた変異体を作 製し、T3RとT4Rのこれら変異体に対する結合親和性について検討した。その結果、前述したPHF6 モチーフよりC末端側を欠失させた変異体に対するT3RとT4Rの結合i親和性は、野生型の全長タウタ ンパク質に対する親和性に比べて高くなり、特に驚くべきことにPHF6モチーフ直後からC末端まで の全配列を欠失した変異体に対して最も高い結合親和性が観察された。これは、T3RとT4Rの認識配 列の高次構造がC末端側の領域に依存していることを強く示唆している。更に、組換えタンパク質を 用いた自己会合実験を行ったところ、C末端欠失変異体ではβシート構造形成のレベルが野生型の全 長タウと比べて低下していた。この結果は、βシート構造の形成と共にT3RとT4Rのタウへの結合が 抑制されることと矛盾しない。神経原線維変化に見られるタウの凝集とβシート構造の形成が密接に 関連していることを考慮すると、T3RとT4Rはタウの凝集過程を詳細に観察する上で有用なプローブ として、タウの生化学的あるいは病理組織学的解析への利用が可能である。また、T4Rは3RtauのC末 端画引変異体に結合するが、一方、T3Rによる4RtauC末端欠失変異体に対する結合活性はT4Rの場合
と比べ非常に低いものであった。これは、3Rtauと4RtauのPHF6モチーフを含む領域の構造が異なっ ていることを示唆しており、タウの凝集メカニズムを解明する上で興味深い結果である。
脳神経系の神経細胞で発現しているタウタンパク質の量は、主に翻訳後の修飾と代謝に依存してい
るとする考えが従来一般的に受け入れられてきた。それ故に、翻訳後修飾や代謝に関する研究に比べ て、転写のレベルにおける発現量の調節に関する研究は進んでいない。そこで、次に筆者はタウ遺伝 子の転写レベルでの発現調節をアイソフォームごとに検討することを目的とした定量法の確立のため の研究を行った。
PCR法を応用した3Rtau及び4RtauのmRNAの定量法がすでに2つのグループから報告されている が、各アイソフォームに対する特異性及び感度の少なくともいずれかについて、より詳細な検討が必 要である。そこで、各アイソフォームに対するPCR増幅反応の特異性がより高くなるように検討した 上で、これまでに報告されていない特異的なPCRプライマーセットを考案し(特許出願済)、 TaqMan プローブによって増幅DNA断片を検出するリアルタイムPCR法による3Rtau及び4Rtau mRNA量の高 感度定量法を確立した。その結果、定量に影響を及ぼす非標的配列の増幅をほぼバックグラウンドレ ベルに押さえることができ、従来のリアルタイムPCR法と比べ、本定量法の検出感度は10〜100倍で あった。この様な特異性および感度については、培養細胞(COS7細胞、 SH−SY5Y細胞)に強制発現さ せた各アイソフォームのmRNAを用いて検討した。また、定量結果の精度をより高くするために、本 定量法における検量線の作成には、各アイソフォームの標的領域に対するキャップ構造の付加した cRNAを利用するように条件を決定した。本法の各アイソフォームに対する特異性を確認するために、
ヒト胎児および成人の脳由来の全RNA(Biochain社製)を鋳型として定量を試みたところ、胎児にお いては3Rtauのみが、成人においては3Rtauおよび4Rtauの両方のmRNAが検出され、これまでにノー ザンプロット法等で得られた結果と一致するものであった。ただし、成人における両アイソフォーム mRNAの量比は1:1であるとされてきたが、本定量法を用いた結果では約2:3の割合で4Rtauの方 が多く発現していることを示した。これは、特異性および感度が大幅に改良された本法を用いて初め て得られた結果であるが、今後本法を用いて多くの検体を対象とすることで各アイソフォームmRNA 量の差異を明らかにすることができると筆者は考えている。更に、本法を用いてアルツハイマー病患 者の脳由来の全RNA中に含まれる各アイソフォームmRNAの量比を調べたところ、患者と健常者とで は異なっており、3Rtauの転写量の割合が増加していることを示す結果が得られた。これは認知症発症 メカニズムを解明する上で大変に興味深い結果であり、従来考えられてきた発症メカニズムにアイソ フォームmRNA量の調節メカニズムを加えた新たな仮説を提示することができるものと筆者は考える。
更に筆者は、単一あるいは数個の細胞を標的として、各アイソフォームmRNA量を上述の方法によ って定量的に検出することが可能かどうかを検討した。マウス脳の凍結ブロックより切り出した40μm 厚の切片をレーザーマイクロダイセクション(LMD)用スライドグラスに固定しトルイジンブルーで 染色した。LMD装置(Leica社)を用いて、海馬錐体細胞をCA1、 bA2およびCA3領域からそれぞれ 約20〜30個の細胞に相当する部分を切り出し、全RNAを抽出した。この全RNAを鋳型として検討し た結果、2〜5個程度の細胞に由来する全RNAを鋳型として各アイソフォームmRNA量を定量するこ
とが可能であることが確認された。そして、CA1、 CA2およびCA3領域問の4RtauのmRNA量を比較 すると加齢に伴った発現量の変動パターンが領域間で異なる可能性の存在することが示された。この
各領域問の差異は、投射による錐体細胞間の相互作用と関連しているのではないかと筆者は考えてい る。更に、アルツハイマー病モデルマウスでは発現量の変動パターンが、野生型マウスと異なってい た。個体差や検体数について詳細な検討が必要ではあるが、海馬錐体細胞の変性は認知症発症と密接 な関係にあり、その発症メカニズムを解明する上で興味深い結果である。
以上のように、本研究では、非常に類似した構造を持つタウアイソフォーム(3Rtauと4Rtau)のタ ンパク質およびmRNAレベルでの特異性の高い検出・定量方法を確立し、更に、これらを用いて得ら れた結果から、認知症発症メカニズムに対する新しい考え方を提示することが可能となった。更に本 研究で開発されたこれらの方法を組み合わせることで、神経変性病理を伴う痴呆性疾患に対する新し い治療法や診断法の開発も促進することが期待でき、それ故に本研究はアルツハイマー病及び認知症 の基礎及び応用の研究に多大な貢献をするに十分独創的であり、博士(学術)を授与するにふさわし いものと、本博士論文審査員一同が判断した。