子どもにおける学習方略と学業成績の関係
著者 豊田 弘司, 森本 里香
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 10
ページ 1‑5
発行年 2001‑03‑31
その他のタイトル Relationship between Learning Strategy and Academic Performance in Children
URL http://hdl.handle.net/10105/4137
豊 田 弘 司 (奈良教育大学心理学教室)
森 本 里 香 (奈良市立済美小学校)
Relationship between Learning Strategy and Academic Performance in Children
Hiroshi TOYOTA
(Department of Psychology, Nara University of Education) Rika MORIMOTO
(Seibi Elementary School, Nara)
Abstract : The present study was carried out to examine the relationship between the learning strategy and the academic performance in elementary school children. Ninety‑three sixth graders were required to respond the 40 statements representing the four learning strategies, namely "Motivation" , "Thinking" , "Calculation , and
"Memory" strategies. Multiple regression indicated that the "Thinking" strategy scale predicted 22 % of academic test performance. Factor analysis yielded three factors which comprised 27 0f theoriginal40statements.
Each factor consisted of six or more items with loadings. 40 and having minimal overlap with other factors.
Multiple regression indicated that Factor I which was called "Frequency of Thinking" predicted 29 % of test performance, but Factor II (careful study) and H (devised study methods)did not. These results were interpreted as showing that "Thinking was critical to the academic performance in children.
Key words :学習方略Iearning strategy,学業成績academic performance,重回帰multiple regression
1.はじめに
学習の効率を高めるための手段や工夫は、学習方略 (learningstrategy)と呼ばれている。そして、学習 方略の個人差が実際の学習成績に反映されることが多 くの研究によって示されている。例えば、 Schmeck, Ribich & Ramanaiah (1977)は、様々な学習方略を 記述した文を因子分析によって整理し、統合‑分析、
学習法、事実の保持及び精轍的処理という4因子から なる学習過程インベントリー尺度を完成させた。そし て、この尺度で測定された因子ごとの得点と実際の記 憶テスト成績との間に関連性のあることを明らかにし ている。豊田(1991)の研究Iは、 Schmeckら(1977) が開発した尺度を邦訳し、因子分析によって29項目か らなる尺度を作成した。この日本版尺度は、精練化、
学習法及び記憶効率という3つの下位尺度から構成さ れていたが、学習法尺度得点が学業成績を予測する事 が示されている。また、研究Ⅱでは、児童版を作成し、
小学生における学習方略の個人差と学業成績の関係を 検討し、精微化尺度得点が学業成績と関連する可能性 を示している。さらに、豊田・江口(1992)では、精 微化尺度を改訂して、児童版の精微化尺度を作成して いる。しかし、これらの児童版は、大人を対象にした、
Schmeckら(1977)の質問項目に基づいている。そ れ故、実際に児童が用いている学習方略と大人のそれ が異なっていれば、そこには児童の学習方略の個人差 は反映されないことになる。そこで、豊田・森本 (2000)は、児童の学習方略の個人差を調べるために、
現行の学習指導要領に沿って作成されている指導要録 の観点別学習状況の4つの観点(「関JL、 ・意欲・態度」
「思考・判断」 「技能・表現」及び「知識・理解」) (秩 谷・石田・高岡, 1991)に対応させた具体的場面を設 定し、 4つの方略(「やる気を出すための工夫(動機 づけ方略)」 「文章問題を解くための工夫(思考方略)」
「計算問題を解くための工夫(計算方略)」及び「漢字
を覚えるための工夫(記憶方略)」)を児童に自由記述
させた。その結果、学業成績の上位群と下位群では、
自由記述された方略に顕著な違いが認められた。した がって、児童においても学習方略の違いが学業成績に 影響することが確かに示されたのである。ただし、豊 田・森本(2000)では、自由記述の分析であるために、
それぞれの学習方略と学業成績の関連性の強さを比較 できなかった。
本研究では、豊田・森本(2000)において自由記述 された具体的な方略を示す項目を4つの方略ごとに10 項目ずつ、合計40項目用意した。被調査者にこれらの 項目に示された方略を使用するか否かの判断を求め、
披調査者ごとに4つの方略得点を算出する。そして、
4つの方略得点を説明変数、学業成績を目的変数とす る重回帰分析を行い、各方略と学業成績の関連性の強 さを比較するのが、本研究の第1の目的である。
さらに、40項目をまとめて因子分析を行い、共通し た因子を抽出する。そして、その因子ごとの得点を説 明変数、学業成績を目的変数とする重回帰分析を行う。
この分析によって学業成績との関連性が強い因子を明 らかにするのが、本研究の第2の目的である。
2.方 法 2.1.調査対象
調査対象は小学6年生93名(男子47名、女子46名)
であり、平均年齢は12歳2か月(11歳7か月〜12歳7 か月)であった。
2.2.調査内容
豊田・森本(2000)の自由記述の中から学業成績上 位群と下位群の差が顕著である記述を各方略ごとに10 個ずっ選択し、学習方略の個人差を査定するための調 査項目が作成された。これらの調査項目は4つの学習 方略(動機づけ方略、思考方略、計算方略、記憶方略)
ごとに10項目ずつB5判の用紙に印刷され、小冊子に された。この小冊子は5ページからできており、各ペー ジの上郡には各方略の使用状況をたずねる質問、その 下に調査項目が10項目、「いっも」「ときどき」「いい え」の3段階評定尺度とともに印刷されていた。各方 略の質問の内容は以下の通りである。
1)やる気を出すために、あなたはどのような工夫 をしていますか。(動機づけ方略)
①いろんな本を読む。
②勉強の後でする好きなことを考える。
③楽しいことを考える。
④辞典や資料を使う。
⑤自分の目標を立てる。
⑥疑問が出てきたら、調べる。
(診時々休けいして、気分転換する。
⑧図書館で調べる。
⑨時間を決めて勉強する。
⑲やり始めたら、一気に済ませてしまう。
2)文章問題を解くために、あなたはどのような工 夫をしていますか。(思考方略)
①よく考える。
②問題集で練習する。
③問題をたくさん解いて、答え方のパターン 見つける。
④大事な言葉には線を引いておく。
⑤問題をたくさんして慣れる。
⑥簡単な例題をして、決まりをつかむ。
⑦問題文を読んで、分かったことから書いて いく。
③身近なものにたとえて考える。
⑨いろいろな問題をする。
⑲問題に合った答え方をする。
3)計算問題をするために、あなたはどのような工 夫をしていますか。(計算方略)
(む復習する。
②ていねいに落ち着いてする。
③間違った問題をやり直す。
④できるだけ多くの問題をする。
⑤いろんな種類の問題をする。
⑥何度も練習する。
⑦はっきり数字が分かるように書いて計算す る。
⑧ゆっくりと計算式を書く。
⑨教科書やドリルの問題を何回もする。
⑩なるべくていねいにすき間をあけて書く。
4)漢字を覚えるために、あなたはどのような工夫 をしていますか。(記憶方略)
①覚えたい漢字のへんやつくりを使って、文 章を作る。
②忘れた漢字は、漢字辞典で調べる。
(診部首を調べる。
④分からない漢字は、漢字辞典で調べて書く。
⑤漢字のへんやつくりを覚え、それを組み合 わせて漢字を作る。
⑥難しい漢字は、漢字辞典で調.べる。
⑦漢字は、部首で覚える。
⑧覚えにくい漢字は、意味を調べる。
⑨覚えにくい漢字は、その漢字を使った語句 を調べる。
⑲漢字の成り立ちを調べる。
表1学業成績に関する回帰分析
説明変数 重回帰分析
標準化偏回帰係数 t値
単回帰分析
標準化偏回帰係数 t値 動機づけ方略
思考方略 計算方略 記憶方略
2 8 1 0
0 4 0 0
5.18***
重相関係数 決定係数
自由度修正済み決定係数
回帰式の分散分析 F値
* * *8 3 9 0 4 2 1 6 5
.48
.23
.22 26.85***
2.3.調査手続
クラス単位による集団調査を実施した。調査者は小 冊子の各ページに印刷されている質問及び方略項目を 読み上げ、披調査者に「いっも」「ときどき」「いいえ」
のいずれかに○印を記入するように教示した。被調査 者は、1項目につき約10秒で調査者が読み上げる項目 に対して、「いっも」「ときどき」「いいえ」のいずれ かに当てはまるものに○をっけていった。
2.4.学業成績
学業成績は、調査された方略との対応も考慮したが、
今回の分析については担任教諭から提供してもらった 1学期の国語、算数、理科及び社会の素点を用いた。
素点は195点からから788点の間で分布していた。各教 科の平均点は国語79.87(SD:18.89)、社会76.22
(SD:22.50)、算数80.40(SD:22.04)、理科75.02
(SD:18.50)であった。垂回帰分析の目的変数とす る学業成績には、.これらの教科の得点を合計した得点 を用いた。
3.結果と考察 3.1.4つの方略と学業成績の関連性
動機づけ方略、恩考方略、計算方略及び記憶方略得 点と学業成績の関連性を検討するために、学業成績を 目的変数、4つの方略得点を説明変数とする垂回帰分 析を行った。ここでの各方略得点は、いずれも10項目 に対する反応の合計であり、「いっも」は2点、「とき どき」は1点、「いいえ」は0点とカウントした。重 回帰分析の結果が表1の左欄に示されている。この表 から明らかなように、思考方略得点における標準化偏 回帰係数のみが.48で有意であった(t=3.25,pく.0 1)。したがって、学業成績に及ぼす効果は思考方略に おいては実質的であるが、他の方略については実質的 ではないと言えよう。また、動機づけ方略、計算方略 及び記憶方略の効果が実質的なものでないことが示さ
れたので、恩考方略得点を説明変数とする単回帰分析 を行った。その結果が表1の右欄に示されているが、
**pく.01***p〈.001
この単回帰式の自由度修正済み決定係数は.22であり、
有意であった(F=26.85,p〈.001)。
上述の分析から、児童が用いる方略の中で最も学業 成績に関連する方略は思考方略であることが明らかに
されたのである。
3.2.因子分析による共通する方略の抽出 全40項目について主因子法による因子分析を行い、
その後、バリマックス回転を施した。複数の因子に渡っ て因子負荷量の高い項目及びどの因子に対する負荷量
も低い項目を削除し、最終的に27項目について改めて 因子分析を行った。その結果が表2に示されている。
第1因子には、「問題をたくさんして慣れる」、「い ろんな種類の問題をする」、「問題をたくさん解いて、
パターンを身につける」、「問題集で練習する」などの、
問題を解く機会を多くし、考える回数について言及す る項目が集まった。そこで、第1因子は「思考の頻度」
の因子と命名した。
次に、第2因子には「忘れた漢字は、漢字辞典で調 べる」、「分からない漢字は、漢字辞典で調べて覚える」、
「ゆっくり計算する」、「なるべく丁寧にすき問をあけ て書く」などの項目が認められ、「学習のていねいさ」
の因子と命名した。第3因子には、「漢字のへんやつ くりを覚えて、それを組み合わせて漢字を作る」、「覚 えたい漢字のへんやつくりを使って、文章を作る」、
「図書館で調べる」、「漢字の成り立ちを調べる」といっ た、具体的な学習の方法について言及する項目が集まっ たので、「学習法の工夫」の因子と命名した。
3.3.抽出された3つの因子と学業成績の関連性 調査項目40項目について行った因子分析によって抽 出された3つの因子ごとの合計得点と学業成績の関連 性を検討するために、学業成績を目的変数、各因子ご との合計点を説明変数とする重回帰分析を行った。そ の結果が、表3に示されている。
「恩考の頻度」因子の標準化偏回帰係数が,62で有
意であったが(t=6.10,p〈.001)、「学習のていねい
さ」の標準化偏回帰係数は一.11(t=一1.18)、「学習
表2 抽出された因子構造
第1因子(α=.91)思考の頻度 問題をたくさんして慣れる。
いろんな種類の問題をする。
いろいろな問題をする。
問題をたくさん解いて、パターンを身につける。
問題集で練習する。
できるだけ多くの問題をする。
疑問が出てきたら、調べる。
時間を決めて勉強する。
自分の目標を立てる。
問題に合った答え方をする。
何度も練習する。
間違った問題をやり直す。
復習する。
よく考える。
4 3 0 0 6 5 3 3 2 1 9 9 3 3 7 7 7 7 6 只 U
︵ n
▼ 丘 U 6 6 5 5 5 5
6
9
5
仁
U
3
1
9
8
5
7
3
3
9
8 2
0
1
0
1
0
1
0
1
0
3
0
2
0
2 2 6 9 7 6 0 2 0 9 4 5 8 8
0 1 0 1 0 1 1 0 1 0 0 1 2 0
第2因子(α=.77)学習のていねいさ 忘れた漠字は、漢字辞典で調べる。
分からない漢字は、漢字辞典で調べて覚える 難しい漢字は、漢字辞典で調べる。
ゆっくりと計算式を書く。
時々休けいして、気分転換する。
なるべくていねいにすき間をあけて書く。
ていねいに落ち着いてする。
一
一
一
6 5 4 8 6 6 6
6 6 6 5 4 4 4 O
l l 1 7 9 7
0 1 1 2 1 2 1
一一
第3因子(α二.68)学習法の工夫
漢字のへんやつくりを覚えて、それを組み合わせて漢字を作る 覚えたい漢字のへんやつくりを使って、文章を作る。
図書館で調べる。
漢字の成り立ちを調べる。
覚えにくい漢字は、意味を調べる。
漢字は、部首で覚える。
3 9 1 5 5 3
2 0 0 2 3 3
一
一
一
4 6 3 2 1 1
6 5 4 4 4 4
寄与率(%)
表3 抽出された3つの因子と学業成績の回帰分析
説明変数 重回帰分析
標準化偏回帰係数 t値
単回帰分析
標準化偏回帰係数 t値 思考の頻度
学習のていねいさ 学習法の工夫
.54 6.06***
重相関係数 .56 決定係数 .31 自由度修正済み決定係数 .29 回帰式の分散分析 F値 13.33***
.54
.29
.28 36.77***
法の工夫」の標準化偏回帰係数は−.11(t=−1.13)
で、いずれも有意でなかった。したがって、学業成績 に及ぼす「思考の頻度」の効果は実質的であるが、
「学習のていねいさ」及び「学習法の工夫」の効果は 実質的なものでないとは言えよう。なお、この3因子
による重回帰分析の自由度修正済み決定係数は.29で あり、有意であった(F=13.33,pく.001)。
「学習のていねいさ」と「学習法の工夫」の効果が 実質的なものでないことが示されたので、「思考の頻 度」のみを説明変数にして単回帰分析を行った。その 結果が表3の右欄に示されている。標準化偏回帰係数
***pく.001
が.54で有意であり(t=6.06,p〈.001)、この単回帰 式の自由度修正済み決定係数は.28で、有意であった
(F=36.77,pく.001)。上述の分析から、「思考の頻度」
が学業成績に貢献する程度が高いことが明らかになっ た。したがって、児童に多くの問題を与え、それに対 する解答を考える機会を提供することが学力の向上に 貢献している可能性が示唆されたのである。
4.まとめ
本研究は、動機づけ方略、思考方略、計算方略及び
記憶方略に対応する項目によって児童の各方略得点を 算出し、それらの得点と学業成績の関連を検討した。
その結果、思考方略と学業成績の間に実質的な関連性 のあることが示された。さらに、因子分析によって抽 出された3つの因子のうち、「思考の頻度」因子か学 業成績へ貢献する程度の高いことが示された。
参考文献
Schmeck,R.R.,Ribich,F.,Ramanaiah,N.:
Development of a self−repOrtinventory for assesslngindividual differencesinlearnlng PrOCeSSeS.AppliedPsychologlCalMeasurement,
1,413−431,1977
渋谷憲一、石田恒好、高岡浩二:平成3年改訂「小学 校児童新指導要録の解説と実務」図書文化杜、
1991