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国定読本用語総覧4 : 第三期『尋常小学国語読本』

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国立国語研究所学術情報リポジトリ

国定読本用語総覧4 : 第三期『尋常小学国語読本』

大正七年度以降使用 あ〜て

著者 国立国語研究所

ページ 3‑1131

発行年月日 1989‑08

シリーズ 国立国語研究所国語辞典編集資料 ; 4

URL http://doi.org/10.15084/00001617

(2)

◎『 A国語読本﹄大正七年度以降使用 第三期﹁あ〜て﹂

国立国語研究所編

(3)

National Language Research IIlstitute

The

1989

(4)

刊行のことば

 国立国語研究所は︑その事業項目として国語辞典の編集を掲げている︒その一つは歴史的辞典であるが︑日本語の展開

発達を記述する基礎をなすものとして︑我々は日本大語誌とも名づけるべきものを構想した︒文献の上にたどられる限り

の日本語の足跡を︑用例として収集し整理しようとするものである︒

 時代をかりに三百年︑百五十年︑五十年等に区切って見るとき︑一八五一年以後の時期は︑日本語が近代的発展をとげ

た︑著しい一時代である︒そして一九〇一年からの五十年は︑現代語の基礎の確立した時期と見ることができる︒

 我々は︑まずこの五十年にしぼって︑用例収集の作業にとりかかった︒ここに取りあげる六種の国定読本は︑ちょうど

この時期に使用されたものであって︑この時期の国語教育の基本教材であり︑その用語は︑それ自身発展しつつ︑国民的

な現代語の成立の基礎をなすということができる︒

 この作業は︑もともと︑この時期の用語を採集する方法の検討のために︑試験的に行ってきたものであるが︑昭和六十

三年十月に国語辞典編集室が新設され︑その室の担当事業となった︒その結果は︑現代言語生活の基幹である︑いわゆる

標準語の確立の経過を示す基本的な資料となるものと考えられる︒

 ここで国定読本というのは︑明治三十七年四月から昭和二十四年三月までの間に使用された文部省著作の小学校用国語

教科書六種のことである︒その六種を使用時期に従ワて示すと次の通りである︒

   ノげ       ノお

弟弟弟弟弔 五四三ニー 期期期期期

明治三十七年より使用﹃尋常小学読本﹄︵今日イエスシ読本と俗称︶一〜八

明治四十三年より使用﹃尋常小学読本﹄︵今日ハタタコ読本と俗称︶巻一〜十二

大正七年より使用﹃榑鞘国語読本﹄︵今日ハナハト読本と俗称︶巻一〜十二

昭和八年より使用﹃小学国語読本﹄︵今日サクラ読本と俗称︶巻一〜十二

昭和十六年より使用﹃ヨミカタ﹂一〜二﹃よみかた﹂三〜四﹃初等科国語﹄一〜八

︵今日アサヒ読本と俗称︶

(5)

  第六期 昭和二十二年より使用﹃こくご﹄ 一〜四﹃国語﹄第三学年︵上下︶第四〜六学年︵各上中下︶︵今日みんな

      いいこ読本と俗称︶

 第一期国定読本については︑﹃国定読本用語総覧1﹄︵第一期 あ〜ん︶を︑第二期国定読本については二分冊とし︑第

一分冊を﹃国定読本用語総覧2﹄︵第二期 あ〜て︶とし︑第二分冊を﹃国定読本用語総覧3﹄︵第二期 と〜ん︶として

刊行した︒さらに第三期国定読本について作業を進めた結果︑ここに編集を完了したので︑﹃国定読本用語総覧4﹄及び

﹃同5﹄の二分冊で刊行することにした︒このたび刊行するのはその第一分冊﹃国定読本用語総覧4﹄であるが︑これには

第三期の用語﹁あ〜て﹂の部を収める︒

 この﹃国定読本用語総覧4﹄の編集作業及び諸本の調査にあたったのは︑主幹飛田良文︵言語変化研究部長︶︑木村睦

子︵国語辞典編集室長︶︑高梨信博︵主任研究官︶︑調査主群大︵前所長・名誉所員︶︑見坊豪紀︵元第三研究部長︶︑加藤

信明︑貝美代子︑服部隆である︒

 国定読本の諸本の調査にあたっては次の機関・大学及び諸氏のお世話になったことを記して謝意を表する︒

  国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館︑東書文庫︑大分県立大分図書館︑埼玉県立文書館︑藤沢市文書館︑

  横須賀市教育研究所︑御宿町歴史民俗資料館︵千葉県︶︑財団法人五倫文庫︑愛知教育大学附属図書館︑滋賀大学附

  属図書館教育学部分館︑奈良女子大学附属図書館︑筑波大学学校教育部︑増穂町教育委員会︵山梨県︶︑増穂小学校創

  立百周年記発出育資料展実行委員会︵山梨県︶︑文化庁文化部国語課主任国語調査官安永実︑国立教育研究所教育情

  報資料センター教育図書館事務室長中村紀久二︑大谷女子大学教授鈴木博︑山梨大学教授松井栄一︑岐阜大学助教

  授梶山雅史︑筑波大学専任講師塩澤和子

 また︑前三巻にひきつづき印刷刊行を引き受けられた三省堂にも謝意を表する︒

平成元年六月十日

国立国語研究所長

    野 元 菊 雄

(6)

(3)

(一

j

︵二︶

︵三︶

はじめに国定読本第二期から第三期へ

第三期国定読本について

(((

)))

(一

j はじめに

﹃紅痛国語読本﹄編集の考え方﹃榑輔国語読本﹂各巻の編集書誌・諸本・底本

 国定読本の資料的意味と第一期国定読本の概要とについては︑﹃国定

読本用語総覧1﹄の解説に︑第二期国定読本の概要については﹃国定読

本用語総覧2﹄の解説に記したので︑ここでは︑第二期から第三期への

読本改訂の事情と︑今回の作業対象である第三期国定読本の概要につい

て述べる︒

︵二︶ 国定読本第二期から第三期へ

 第二期のいわゆるハタタコ読本が使用され始めた明治四十三年四月か

ら︑第三期のいわゆるハナハト読本が使用され始める大正七年四月まで

の間に︑いくつかの大きな社会状勢の変化があった︒第一は︑大正三年

に起こった第一次世界大戦である︒大戦下の好景気は日本の資本主義を

急速に発展させ︑国内的には物価が高騰し国民生活は極度に圧迫され労

働争議や小作争議が各地に発生した︒一方︑国際的に日本はイギリス・

アメリカ.フランス・イタリアと並ぶ発言力を獲得して︑列強の仲間入

りをした︒第二は︑ロシア革命の成功が社会主義への関心を高めたこと

である︒先進諸国の社会思想が紹介され︑教育思想もその影響を受け︑

師範学校付属小学校や私立学校を中心に教師中心の画一主義から児童中

心の自由教育への運動が展開された︒

 このような状況の中で︑政府は大正六年九月二十一日内閣直属の諮問 機関︑臨時教育会議官制︵大正八年五月まで︶を公布し︑学制全般の改 革について諮問した︒その答申は︑国家主義を基調とする国民思想・国

民道徳の徹底を要求し︑教科書の編集に多くの影響を与えた︒

 これに先立ち︑文部省では明治四十四年に図書局を置き︑国定教科書

の編纂事務はここで扱うことにした︒大正二年この事務は普通学務局第二課の所管となり︑さらに国定教科書の編集に専任の図書官を置いた︒

大正五年六月十四日︵勅令第一六七号︶には大臣官房図書課ができ︑組

織を拡大して︑図書事務官︑図書監査官︑図書官︑図書官補を置いた︒ここで︑小学校の修身・歴史の教科書とともに︑第三期のいわゆるハナハト読本の編集が開始されたのである︒ また︑明治四十五年六月文部大臣は︑第二期国定読本の内容について

修正すべき事項を報告するよう各府県師範学校に内訓を発していた︒

﹃国定教科書意見報告彙纂﹄第一集〜第五集がその報告である︒大正五年の春には︑帝国教育会が第六回全国小学校教員会議を開き︑文部省の諮問に対して新しく読本を編集する場合の四項にわたる希望を答申した︒ 一︑他教科トノ連絡ヲ計ルコト

 ニ︑教材ハ主要課ト補助課トニ別ツコト  三︑行文ヲ平易ニシ分量ヲ豊富ニスルコト  四︑文章及挿絵ハ児童ノ性情二適切ナルモノヲ択ブコト  これらについては︑﹃榑韓国語読本巻一・巻二・巻三・巻四編纂趣意

書﹄︵大正六年十二月︶の緒言の中で﹁新二編纂スベキ小学読本ハ従来ノ

第一種本ヲ標準トシ︑高等師範学校及ビ各府県師範学校ノ他実地教授者

等ノ意見ヲ参酌シテ之ヲ編纂ス﹂︵編集の要旨︶と記されている︒

 さて︑第三期ハナハト読本は大正五年十一月から編集がはじまり︑大

正七年から学年進行で使用されることになるが︑この時期には第二期ハタタコ読本の修正も行われた︒﹃榑鞘国語読本﹄の新編集と﹃尋常小学読

本﹄の修正編集が並行したのである︒文部省内では︑修正編集の﹃尋常

小学読本﹄は﹁尋読﹂︑新編集の﹃榑韓国語読本﹄は﹁国読﹂といって区別

していた︒俗に︑月読は黒い表紙であったので黒表紙本︑国道は灰白色

(7)

(4)

の表紙であったので白表紙本の称も行われた︒

 尋読は従来の関係上︑教科用図書調査委員会の委員芳賀矢一︑乙竹岩

造︑三土忠造の三氏及び新たに補助委員に青木存義を嘱託して修正の任

にあたらせ︑国読は八波則吉︑高野辰之を図書官︵教科用図書調査委員

会の委員も兼任︶に任命して起草にあたらせた︒

 右の尋読は︑第二期国定読本に第一種第二種の両種あったうち.の第一

種本の修正であるが︑国読は︑これとは別に新たに編集されるものであ

る︒寸評と反読との編集作業が同時に進行することになった事情につい

ては︑詳細は不明であるが︑友納友次郎は﹃国語読本の膿系﹄︵明治図

書・昭和二年刊︶で︑

 現在の読本は現在の読本として適当に修正を行ひ︑更に新しく時代の

 要求に応ずるような読本を編集しようといふことにやっと省議が纒ま

 つた︒︵形態編制ページ︶

と述べ︑両者の作業が全然没交渉で進められたについては︑

 異った編纂者が異った気分異った思想で編纂に従事したら︑出来た読

   おの

 本も自つから其の色彩を異にするであらうといふ用意に外ならなかつ

 た︵同前七ページ︶

としている︒また︑大正九年から図書監修官であった高木市之助は﹃碍鞘

国語読本﹄︵中公新書・昭和五一年刊︶で︑

 この二組の関係は︑必ずしも緊密であったとは言えないらしく︑わた

 しの入る前にいろいろな軋礫があったようです︒それは︵中略︶代表

 者の方々の間がうまく行っていなかったというのではないと思いま

 す︒芳賀先生などは︑そうした抗争にかかわるほど狭量な方ではな

 かったし︑それは多分省内の官僚同志のありがちな競争心のあらわれ

 ではなかったでしょうか︒とにかく両派の対抗意識は相当なもので︑

 お互いに部屋を閉め切って︑極秘のうちにそれぞれ仕事を進めたとい

 いますから︑想像がつくでしょう︒

と書いている︒

 大正七年四月からは︑修身︑国語︑書き方手本の新しい教科書が︑こ

の年入学の一年生から学年進行で使用されることになった︒国語教科書は︑これまでの﹃尋常小学読本﹄を修正したものと︑新しく編集された﹃揖鞘国語読本﹄の二種が用意され︑府県知事の裁定によって︑どちらを使用してもよいことになった︒ しかし︑﹃尋常小学読本﹄を採用したのは東京︑栃木︑岐阜︑愛知︑広島︑山口︑長崎︑熊本の一府七県で︑﹃幽界国語読本﹄を採用した府県が圧

倒的であった︒前者を採用した府県も順次後者に変更し︑切り替えの最 も遅かった東京府でも︑新編集の読本が完成した大正十三年四月入学の

一年生から﹃梼韓国語読本﹄に変更している︒いいかえれば︑﹃尋常小学読

本﹄は昭和三年度に東京府の六年生が使用したのが最終であった︒

 この両種読本の巻八の編集が終った大正九年四月︑官制が改まって図

書局が復活し︑教科用図書調査委員会も教科書調査会という名の文部大

臣の諮問機関に改組された︒このとき︑芳賀矢一︑乙竹岩造︑三土忠造

が修正から手を引き︑八波則吉︑高野辰之は文部省を去り︑﹃尋常小学読

本﹄は図書監修官の青木豊麗と大岡保三が︑﹃榑輔国語読本﹄は図書監修

官の武笠三と高木市之助が担当し起草することになった︒大正十年には

待鳥清九郎が尋読に加わり︑井上赴が国読に加わり︑同十一年には高木

にかわって佐野保太郎が加わり︑大正十二年五月に至って両者とも全十

二巻の完成をみるに至った︒

 大正九年四月からの編集の状況を井上赴は﹁読本編集三十年﹂の中で

次のように述べている︒

 まず︑各人が文章を担当して書く︒︵中略︶教材ができるにしたがっ

 て︑まず各本担当の三人が会議をして批評し逐一修正する︒それが終

 ると今度は両本の担当六人が集まって実にしんらつな批評をする︒批

 評でなく悪罵に近いものがあり初心者は腹が立つが︑腹を立てたら

 ちゃかされるだけである︒友好友次郎君など実際家も参加して実際的

 な立場から批評する︒これらの批評を総合してまた書き直すほど修正

 し三訂四訂︑底止する所を知らぬ︒

  こうして一巻分まとまると清書ガリ版に仕立てた︸冊ができるが︑

(8)

(5)

 それが省内協議会の議案である︒当時の次官南弘氏はこの協議会が楽

 しみだとあって図書局長︑普通局長︑督学官︑文書課長の面々とわれ

 われを官邸に招き︑うなぎ飯を夕食に午後から夜深更まで会議が続

 く︒いろいろ格のちがった立場からかれこれ横槍が出︑時に大修正を

 命ぜられることもあるが︑協議会は内わであるだけにだいたい和気の

 うちに終了する︒そしてこの会議の結果を綜合して修正したものが教

 科書最後の大会議︑教科書調査会の議案となるのである︒

 このようにして作成された読本は︑さらに教科書調査会に提出され

た︒調査会のメンバーは次のような人人であった︒

 ︿会長﹀澤柳政太郎

 ︿委員﹀尾野筆写 芳賀矢一 小笠原長生 松原行一 馬場鉄一 林      春雄吉田熊次黒板勝美前田利定徳富猪一郎東郷安

     佐々木吉三郎 山内繁雄 穂積重遠 北澤種一 杉浦理太郎

     伊藤房太郎 ︵大正九年五月七日現在・文部時報第三号︶

 こうした審議の結果である﹃劇論国語読本﹄は︑大正七年から使われは

じめ︑第四期サクラ読本までの十五年間使用された︒その長所を井上赴

は次のように述べている︒

  ﹁国営﹂が﹁尋読﹂を圧倒的に︑子どもの興味と︑指導する先生がた

 の熱意をひつさらったのは︑実にその表現にあったと思います︒児童

 の生活︑田園趣味を打って一丸とした多くの低中学年の教材が︑芳賀

読本式の思想読本的な窮屈さを打破して︑趣味ゆたかな︑感動的な表

 現に導きました︒もっとも︑八波読本といえども︑たとえば﹁五一ち

 いさん﹂は労働の神聖を説くものであり︑コ本杉﹂にしても︑その底

 には露骨な教訓があります︒けれども︑これらの道徳や教訓が︑巧み

 な表現に包まれて︑しみじみとした味わいの中から︑自然に汲み取ら

 れるような趣きがありました︒﹁曾我兄弟﹂や﹁扇のまと﹂﹁くりから

谷﹂﹁弓流し﹂等は口語的表現ではありますが戦記物語の日調をそのま

 まに生かそうとしたところに︑やはり八波読本の表現主義が一貫して

 います︒

  編集の新味と︑教材の巧みな表現  そういう特色から私はこの読

 本を表現読本といったらよいかと思います︒ また短所として﹁八波読本の詩という詩は︑みんな道徳の歌でした︒

大正から昭和へかけ︑白秋や雨情の詩が世に出るにつれ︑こうした﹁国

読﹂の詩は︑しだいに鼻もちのならぬものになって来ました︒﹂︵国定読本の編集︶とも指摘している︒

︵三︶ 第三期国定読本について

︵三・一︶ ﹃樽韓国語読本﹄編集の考え方

 ﹃搏鞘国語読本﹄︵ハナハト読本︶の編集は大正五年十一月︑大臣官房図

書課に設けられた教科用図書調査委員会が編集方針を決定すると同時に

始まった︒その方針は︑

 新二編纂スベキ小学読本ハ従来ノ第一種小学読本ヲ標準トシ︑高等師

 範学校及ビ各府県師範学校其ノ他実地教授者等ノ意見ヲ参酌シテ之ヲ

 編纂ス︵﹃毒言国語読本巻一・重刷・巻三・巻四編纂趣意書﹄︶

というものであった︒第一種本とは第二期国定読本︵ハタタコ読本︶の

ことである︒したがって︑基本的には編集方針に変更はなく︑部分的に

修正が行われたといってよいであろう︒文章や用語については︑第一

期・第二期の方針がそのまま継承された︒

 第一期の編纂趣意書には︑︑文章ハロ語ヲ多クシ︑用語ハ主トシテ東京ノ中流社会二行ハルルモノ

 ヲ取り︑カクテ国語ノ標準ヲ知ラシメ︑其統一ヲ図ルヲ務ムルト有配︑

 出来得ル丈児童ノ日常使用スル言語ノ中ヨリ用語ヲ取りテ︑談話洋綴

 リ方ノ応用二目セシ甲唄リ︒

と記されており︑﹁東京ノ中流社会二行ハルルモノ﹂を﹁模範語﹂と呼ん

で標準としている︒

 第二期の編纂趣意書には

 口語ハ略東京語ヲ以テ標準語トセリ︒但シ東京語ノ託音・卑語ト認ムル

(9)

説 解

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 モノハ固ヨリ之ヲ採ラズ︒例ヘバヒラツタイトイハズシテヒラタイト

 イヒ︑イイ天気ヲ採ラズシテヨイ天気ヲ採レルが如シ︒国語読本ハ一方

 二於テ国語統一ノ実効ヲ挙ゲントスルモノナレバ︑教授者円成ルベク

 読本ノ言語二熟シテ︑誰音及ビ方言ヲ匡正スルノ覚悟ナカルベカラズ︒

と述べており︑﹁東京語ヲ標準語﹂として﹁国語統一ノ実効ヲ挙ゲン﹂こ

とを強調している︒

 第三期の編纂趣意書には︑

 用語ハ其ノ選択ノ方針従来ト更二挺ナル所ナシ︒タダ対話二於テ一層

 長幼尊卑ノ別ヲ明ラカニシテ︑日常口語ノ実際二近ヅカシメンコトヲ

 重罰ルノ差アルノミ︒︵二八ページ︶

と記されており︑用語についての方針が一貫していることは明らかであ

る︒ただ第三期編纂趣意書の中には標準語という名称が使用されていな

い︒が︑ハタタコ読本の編者の一人︑八波則吉著﹃輸麟国語の講習﹄︵教育

研究会発行・大正十一年刊・大正十三年修正七版︶には︑

 紺のふろしきつつみをしょって来て

 のしよっては︑たとひ漢字は﹁背負って﹂と書いても﹁しょって﹂と

 読むのが標準語です︒ついでに︑

 着物のすそをはしょった︵巻七﹁潮干狩﹂︶も︑漢字では﹁端折つた﹂

 と書くのですから︑地方に依り︑士人に依っては︑異様に感ぜられる

 方もありましようが︑これが標準語と極った以上は︑致方はありませ

 ん︒︵二四二ページ︶

と述べており︑標準語という名称と概念は︑すでに定着していた︒

 一方︑﹁実地教授者等ノ意見ヲ参酌シテ﹂という部分は︑先にふれた

﹃国定教科書意見報告彙纂﹄の意見をさしている︒

 文部省は明治三十七年一月︑高等師範学校及び各地方長官に通牒を発

し︑文部省著作の小学校教科用図書について高等師範学校及び府県師範

学校の付属小学校において︑国定教科書を使用した経験によって︑教授

者に﹁其ノ分量︑程度︑材料等ノ適否﹂を年年報告させていた︒この報

告が教科書改良に田下であると認められ︑明治四十五年六月には更に文 部大臣が内訓を発して意見報告を年々提出するように命じた︒これに対 する報告を集成したのが﹃国定教科書意見報告彙纂﹄五冊である︒その

報告は︑第二期国定教科書についての修正意見であって︑

第一輯

第二輯

第三輯

第四輯

第五輯

明治四十五年六月の内訓によって新しく提出したもの

明治四十五年・大正元年度に提出されたもの大正二年度に提出されたもの大正三年度に提出されたもの

大正四年・五年度に提出されたもの

を収録している︒

 教科用図書調査委員会は︑これらの意見を参考にして︑教科書の分量︑

文字︑教材︑挿画について︑修正方針を決定した︒すなわち︑

分量

文字

教材

挿画

従来ノ第一種読本二比シテハ︑低学年用二於テ約三割ヲ増加

シ︑高学年ニハ一割乃至二割ヲ増加ス︒

仮名並ビニ漢字ノ提出時期及ビ漢字ノ数二関シテハ︑略従来ノ 第一種読本二拠ル︒但シ漢字ノ配当ハ︑第一種読本二号シテ高

学年用二梢減少シ︑低学年用二増加ス︒教材ノ選択二就キテハ︑児童ノ日常生活二触レタルモノ︑田園趣

味ヲ養成スベキモノ︑理科実業経済及ビ公民ノ心得二関スルモ ノ︑国勢ノ現状世界ノ事情二通ゼシムベキモノ等ノ材料ヲ従来

ノ第一種読本ヨリモ梢増加ス︒練習文ヲ適宜各巻中二挿入ス︒

従来ノ第一種読本ノ画風ノ外二︑洋画風ノモノ及ビ略筆画ヲモ

加へ︑且成ルベク児童ノ性情二適合セシメ又地方ノ生活情態ヲ

描写ス︒

と決定したのである︒

 では︑どのように実地教授者の意見は尊重されたのであろうか︒大正

五年七月から大正九年の四月まで︑文部省にあって﹃輯蠣国語読本﹄の編

纂に従事していた難波則吉はその著書の中で次のように述べている︒

 私は国語読本が世に出ると間もなく︑﹁国語読本は実地教授者諸君の

 意見を尊重し︑其の手腕に信頼して之を編纂す﹂と明言し︑具体的に

(10)

(7)

 其の理由を開陳しました︒︵中略︶例へば︑﹁ハト・マメ・マス﹂又は

 ﹁ミノ・カサ・カラカサ﹂の如く︑単語を三つ宛一頁に出すに致しまし

 ても︑挿絵を一幅の画図に纒めて︑或は動物愛護魚雷は勤労の精神を

 示す様にしましたのも︑実地教授者諸君の意見を尊重したのでありま

 す︒従来の読本に﹁タコ・コマ・マリ﹂等の個々の品物が羅列してあ

 りましたところ︑あれでは興が無いから成るべく活動的に︑出来たら

 一幅の絵にしてくれよとの意見が方々の師範学校から出てゐましたの

 で︑早速﹁意見尊重﹂を実現したのであります︒︵中略︶従来の読本に

 ﹁アメ・カサ・カラカサ﹂とあったら﹁アメ﹂は直観教授に都合が悪い

 から﹁ミノ﹂とでも直してくれないかとあったのを見て︑意見尊重︑

 そのま・﹁ミノ﹂と改めたやうな次第です︒︵﹃幡弊国語の講習﹄三九

 ページ︶

 なお︑品薄則吉は︑ハナハト読本の特色を﹁児童本位﹂の読本だと豪

語している︒そして︑﹁汝のいはゆる﹃児童本位﹄とは何か︒蠕く︑児童

を大人の犠牲にしないこと︑即ち是れです︒﹂︵﹃幡弊国語の講習﹄二ペー

ジ︶と述べ︑その具体例を挙げている︒

○文の主人公︑若しくは副主人公に︑成るべく当該学年の児童を採用する

 事︑︵中略︶例へば巻六を一冊開いて見ましても︑第一﹁俵の山﹂の作者

 ﹁私﹂は第三学年の児童です︒︵後略︶︵﹃幡弊国語の講習﹄一〇ページ︶

○児童の個性を尊重すること︒︵中略︶私どもは国語読本に一切児童を笑

 ひの種子に使用しまいと考へました︒﹁ゆびのな﹂の課で︑

 ﹁二郎︑おまへ は その ゆび で 人 を さす か︒﹂

 の次に︑﹁といったので︑うちぢゆうのものが︑どっとわらひました﹂

 とは書かずに︑

 ﹁あし の ゆび は︑おやゆび と こゆび の ほか には な

  が ない のです︒﹂

 と書いてみるのが其の一例です︒︵同前=二〜一四ページ︶

○どの課も︑どの課も︑﹁希望と元気﹂に充ち満たしめようと企てまし

 た︒で萄も陰気臭く︑しめっぽい話は︑たとひ大人に取っては棄て難

 い材料でも︑思ひ切って割愛しました︒︵同前一六ページ︶

○低学年用書に︑童謡と童話が多く採用してあるのも﹁児童本位﹂の証

 左なのです︒︵中略︶一例を挙げれば︑巻一の如き全巻の頁数が僅か五 十四頁しかありませんのに︑童謡六首ほど引用し︑童話に二十一頁︑ 即ち三分の一触を割いてゐます︒︵同前一七〜一八ページ︶

 このほか︑八波則吉が意図したのは︑﹁世界を相手に﹂という方針で

あった︒

 世界を相手に︑これは現代人の標語でなければなりません︒私どもが  尋常小学国語読本を編纂する際にも︑これを標語の一つに選んで︑少

 国民に逸早く世界の事情に通ぜしめることを心掛けました︒二一二の例

 を申しますれば︑先づ外国の人名地名に単線や複線を引かないことに

 致しました︒︵同前二一七ページ︶

 このような世界化の考え方は︑たとえば︑巻十二第二十七課﹁我が国 民性の長所短所﹂などの教材になり︑世界の中で︑日本人の長所短所を

客観的に比較している︒ これら編纂の主眼は︑みな︑第二期国定読本の編纂趣意書にある﹁大国民ノ品格ヲ造成スル﹂ことを継承しているものであり︑第三期編纂趣意書の巻五に記された﹁国民性ノ滴養ト常識ノ養成﹂にあたるものであろう︒

︵三・二︶ ﹃醤国語読本﹄各巻の編集

 第三期国定読本は︑第二期の﹁小学読本ヲ標準﹂としたので︑根本方

針に変更はない︒﹃樽韓国語読本﹄の編纂趣意書は︑数回にわたって刊行

された︒

樽韓

糟齠ヌ本巻一・巻二・巻三・巻四編纂趣意書

榑鞘国語読本巻五・半尻編纂趣意書

縛韓

糟齠ヌ本巻七・巻八編纂趣意書

樽韓国語読本巻九・二十編纂趣意書

樽韓国語読本巻十一・巻十二編纂趣意書

その構成はそれぞれ同一ではない︒ 大正六年十二月大正九年三月大正十年三月大正十一年十一月大正十二年七月

それは編集担当者の交替したこと

(11)

(8)

を反映しているのであるが︑基本方針が一貫していることはいうまでも

ない︒ 以下︑編纂趣意書と読本から︑その要点を紹介しよう︒

 分量については︑

 ω教科用図書調査委員会の方針は﹁従来ノ第一種本二比シテハ︑低学

年用二於テ約三割ヲ増加シ︑高学年用平日一割乃至二割ヲ増加ス︒﹂であ

る︒巻一は五十四ページからなり︑第二期より一ページ減じているが︑

編纂趣意書によると︑文字数は一七四〇字に上り︑第二期の一一九三字

に比べて凡そ四割五分の増加となっている︒各巻のページ数を比較して

みると次のようになる︒

一巻巻巻巻巻

六五四三ニー

八八八七六五

六二三四六五

一一

○〇九九七五

八二六〇八四

巻巻口巻巻巻

寝十十九八七

ニー

一一一

ニー〇九九九

一八四六五二

====一一

二 二 二 _ 一 一

九〇四三六四

 文字と符号については︑

 ω片仮名は巻一に清音・濁音・半濁音・促音・転呼音として全部を提

出した︒その提出法は第二期とは大きく異なる︒

 従来ノ第一種本二於テハ︑片仮名ノ新字ハ専ラ名詞・形容詞・動詞等

 ニョリテ提出シ︑語ヨリ句二進ミ︑句ヨリ文二移ルコトトシ︑巻一第

 十九頁早速リテ始メテ完全ナル文ヲ提出セリ︒サレド是等ノ語ト句ト

 ハ教授ノ際︑文ノ形二於テ問答セラルルコト多キニ鑑ミ︑本書ハ成ル

 ベク早ク文二入リ︑文中ノ品詞ニヨリテ片仮名文字ノ提出ヲナスノ方

 針ヲ採りテ︑第四頁ヨリ文二入レリ︑コレ又仮名提示ノ間︑動モスレ

 バ事物教授二傾キテ︑言語文章ノ応用練習ヲ閑却スルノ憂ヲ除クニ便

 ナルベシ︒

 この﹁文﹂重視の編集方針は第三期国定読本の一大特色であり︑第四 期サクラ読本の︑最初から﹁サイタ サイタ サクラ ガ サイタ﹂に はじまる読本への橋渡しの役をしている︒そして八重則吉は﹁早れ語や 句を軽んずるに非ずして︑実に実地教授者の御手腕を信頼致してみるか

らであります﹂︵﹃二黒国語読本要義﹄︶と述べている︒ そのほか︑巻一にはコ一三ノ長音﹂︑巻二には﹁拗音・長音・拗長音﹂の片仮名の記し方を提出している︒

 偶五十音図は巻一の清音文字の提出が終わったところに掲げ︑濁音表

は巻一の濁音文字の終わったところに掲げてある︒

 いろは四十七字は従来は巻三の終りに提示したが︑第三期では﹁第四

二二﹃かるた取﹄ノ課ヲ設ケテ︑其ノ課ノ終二之ヲ提出﹂した︒そして︑

 いろは順ハ今ナホ世二行ハルルヲ以テ之ヲ掲ゲタレド彼ノ五十音図ノ  如ク学理的ニシテ将来語法学習ノ基礎トナルモノニアラザレバ︑タダ

 一応学バシムルニ止ムルモ可ナリ︒

と趣意書に記している︒いろは順から五十音順への注目すべき発言であ

る︒

 また︑未熟ノ片仮名文字を反復練習させるため︑巻一の四十三ページ に二十五個の略画を示しその便を図った︒その画は濁音・半濁音を含む

左の答を期待したものであった︒  メガネ    カギ    カザグルマ  ゲタ    ゴトク

ザクロダイコン

ヒバチラツパ

ピ・エフサ ンビ・ヂ・ジ

スズツヅミ

ブタコツプ ゼンフデタテツルベ

ペン

ω平仮名は巻三から提出した︒その提出法は︑

従来平仮名ノ提出ハ︑其ノ総べテヲ教授シ了ヘテ後︑ コゾウドビントンボタンポポ

一課全文平仮名

交りョリ入ルノ方法ヲ採りタレドモ本書ニハ第四課ヨリ平仮名ノ新字

ヲ欄外二掲グルコト漢字ノ場合ノ如クシテ︑成ルベク早ク平仮名交リ

ノ文ヲ提出スルコトトセリ而シテ此ノ間別二練習ノ語句ヲ設ケズ︒教

(12)

(9)

 授者宜シク適当ノ語句文章ヲ用ヒテ︑ヨク練習セシムベキナリ︒

と記しているように変更されている︒

 ㈲変体仮名は第二期では巻十から巻十二の韻文に二十六字を提示して

いるが︑第三期ではわずかに巻八重十六の﹁看板﹂に﹁宅藩て︵キソ

バ︶・すぞん︵ウドン︶・嵐る乳︵シルコ︶・些し︵スシ︶・第ん彦虞︵セ

ンベイ︶が提出されているだけである︒

 ㈲漢字は﹁実地教授者ノ意見心任ヅキ︑其ノ配当ヲ従来ノ尋常小学第

五六学年用書ヨリ百余字ヲ減ジテ︑之ヲ第一二一二学年用書誌加フル﹂の

方針により︑巻一に十字︵数字一から十まで︶を︑摺出に三十九字を提

出した︒巻二は第二期と比べると十五字の増加になる︒各巻の趣意書に

よって提出漢字数をまとめて第二期と比較すると次のようになる︒

  期巻第  二  期第  三  期

新  出読  替新  出読  替

巻一

δ字

○字一〇字○字

巻二二四

三九

巻三五一

七一一七

巻四六八一五一〇二四五

巻五一二二一三一五八八四

巻六一四六五四一四九六四

巻七一七四八九一八○九五

巻八一七七一一七一六三八六

巻九一五七一六八一三〇一二二

巻十一五六一八○=二一一五二

巻十一一四一一七〇一二一一七九

巻十二一二四一四九一二=二六

=二五〇九八四=三ハ五九八五  漢字の提出法は︑

 強ヒテ字形ノ類似︑観念ノ類似等二連絡ヲ求メズ︑字画ノ繁簡ト応用  ノ多少トヲ酌量シテ︑教材二適当セルモノヲ掲グルノ方針二出デタ

 リ︒而シテ其ノ字体ハママ従来ノ読本中ノモノト異ナルモノアリ︒コ レ世間通用ノ字体二鑑ミテ︑新二之ヲ定メタルノミナリトス︒と記されているように︑﹁教材二適当セルモノ﹂を優先させ︑字体も﹁世

間通用ノ字体﹂を参考にして新たに定めており︑第三期の字体には特色

が認められる︒編纂趣意書の巻五・巻六では︑﹁振仮名付ノ漢字ヲ多ク出シタルコト﹂と︑﹁世間通用ノ字体ニシテ簡略ナルモノハ︑其ノ正体ト共二教フル方針ヲ取リテ︑上欄二萬︵万︶翼︵蚕︶縣︵糸︶等ト掲ゲ﹂た︒後者は︑世間通用の字体にも通じさせようと意図したからである︒ 第三期の漢字の字体は︑第二期と比較すると︑﹁﹂←L﹂ ﹁羽←羽﹂

﹁ル←ハ﹂が注目される︒たとえば︑

L←L運遠近週進送達通道縫遊

羽←羽 羽 弱 習 曜

ル←ハ 商深 船

であって︑いずれも第四期・第五期へと受け継がれていく︒また︑第三期だ

け字形が他の期と異なるものがある︒たとえば︑次のようなものである︒

雨、

瘠f

T戦教荒止縣里聾成.耳罪夙帆乗税廠︒索㍉ 殿曳義収飢均屯

右の二十数字のうち︑*印をつけたものは︑﹃漢字整理案﹄の標準体と合致

するものである︒同案は︑この第三期読本の編纂進行中である大正八年十

二月に文部省普通学務局から発表されたもので︑その凡例に﹁尋常小学校

ノ各種教科書二使用セル漢字二千六百余字二就キテ︑字形ノ整理ヲ行ヒ

其ノ標準ヲ定メタルモノ﹂とある︒

 ω分かち書きは第二期と同様で︑巻四まで行っている︒その基準は

﹃縛鞘国語読本﹄の編纂趣意書には明記されていないが︑明治三十九年に

文部大臣官房図書課で編成し︑同年十二月国語調査委員会の議決を経た

﹁分別書キ方案﹂によるものと見られる︒

(13)

(10)

 圖送り仮名は第二期と同様で︑編纂趣意書の巻九のところで︑

 尚此ノ巻ヨリ書簡ノ文トシテ候文ヲ提出セリ︒シカモ読易ク解シ易キ

 ヲ旨トシ︑送仮名ノ如キモ世間ノ慣用白々ラズ︑他ノロ語文・文語文

 ト同様二扱ピタリ︒

とあって︑明治四十年六月文部省国語調査委員会の編纂に係る﹁送仮名

法﹂に準拠するものとしてよかろう︒しかし︑巻十一・十二においては︑﹁候

文ノ送仮名ハ巻九及ビ巻十二於ケルモノト梢く趣ヲ塾員シテ︑幾分世間

慣用ノ送仮名二近ヅカシメタリ︒﹂とあり︑世間の慣用を重視している︒

 紛句読法も第二期と同じである︒準拠しているのは︑明治三十九年文

部省官房図書課が編成し︑同年十月国語調査委員会の議決を経た﹁句読

法案﹂としてよい︒

 句読点はそれぞれに一字分をとっていない︒

 段落表示も改行一字下げを行っていない︒

 分かち書きで一語が二行にわたるものは︑前行の終りに11を用い︑改

行すべき個所で前行に余地のないものは﹂を用い︑第二期と同様である︒

 ⑩外国の地名・人名及び外国語は第二期同様すべて片仮名書きである

︵ただし︑巻四に﹁のきらんぷ﹂の例がある︶︒第二期では地名の右側に

双線一を施し︑人名には単線1を右側に施したが︑第三期では行ってい

ない︒八五則吉は傍線を施さないことによって﹁これで児童に外国の地

名や人名を日本語同様に親しめる事となります﹂︵﹃幡躰国語の講習﹄︶と

記している︒

 なお︑外国の地名・人名及び外国語では︑促音・拗音の書き方に小字を用

いている︒たとえば︑﹁ニューヨーク﹂︵黒八・七〇ページ︶︑﹁将軍ステッセ

ル﹂︵巻九・三九ページ︶︑﹁ピンセット﹂︵巻十二・五三ページ︶など︒

 ω字音仮名遣いは︑第二期の方針を受け継ぎ︑歴史的仮名遣いを採用

している︒巻三の十八﹁をの の たうふう﹂にある

 だんだん 高く とべる やう に なって︑ とうとう やなぎ

 に とびつきました︒︵五六ページ︶

の﹁とうとう﹂は問題のあるところであるが︑第二期でも﹁とうとう﹂ である︒到頭を宛字と見たものであろう︒ 文章については︑

 働口語は巻一から提示し三六まではすべて口語文である︒編纂趣意書

の巻二には﹁初歩ノロ語文ヲ学バシムルヲ目的﹂として種々の長短の文を収めている︒巻三には﹁叙述ハ成ルベク児童ノ観察及ビ用語ヲ尊重スルノ方針ヲ採り︑家庭ヲ中心トシテ記シタルモノ少カラズ﹂とあり︑巻

向では﹁教授者宜シク適宜二単元ヲ求心テ︵中略︶其ノ内容ノ難易ト新 形式ノ有無トヲ考慮シテ︑時二或ハ一白ヲ一単元トシ︑時二或ハ数行ヲ

一単元トナス﹂よう注意している︒巻五・巻六では﹁文章ハ内容二順応

セシメテ︑各課ノ長短格調ヲ雨垂﹂たとあり︑所々に写生文・日記・日

用文を掲げ﹁綴り方教授トノ間二連絡アラシメン﹂としている︒

 ⑯口語の用語については巻五・巻六編纂趣意書に﹁用語ハ其ノ選択ノ

方針従来ト更二異ナル所ナシ﹂とあり︑第二期の﹁東京語ヲ以テ標準語﹂

とする方針を受け継いでいるが︑対話に関しては﹁タダ対話二言テ一層

長幼尊卑ノ別ヲ明ラカ一一シテ︑日常口語ノ実際巾着ヅカシメンコトヲ期

セルノ差アルノミ﹂と相違のあることを記している︒これは︑第二期目

編纂趣意書に見える﹁然レドモ我がロ語ハ未ダ確乎タル標準ヲ得ズ︑社

会ノ階級尊卑等二於テ︑登戸児童ノ男女間二於テモ特殊ノ言語アルヲ以

テ︑学校用読本トシテハ純然タル自然的言語ヲ写スコト能ハザル憾言シ

トセズ﹂という記述と比較してみるとき︑東京語が統一され定着してき

たことを示すものとして注目される︒

 また︑直酒則吉は﹃論陣国語の講習﹄の中で︑

 此の﹁ハコ二八﹂の如く敬体の口語文で綴ってある文章は︑声音に出

 して朗読すれば︑これが其の儘で話し方になります︒︵六九ページ︶

と述べており︑口語は話し言葉の標準語として執筆されている︒

 ㈲文語文については巻六の編纂趣意書に﹁従来早天ヨリ提出シタレ

ド︑本書二言テハ巻七ヨリ之ヲ提出ス﹂とあるように︑巻七では冒頭の

﹁世界﹂を始めとして九課の文語文を提出した︒その割合は巻七全体の約

三分の一叢にあたる︒文語文の提出法は︑最初の二課又は三石ずつ連続

(14)

(11)

して提出し実地教授者の取扱上の便利を考慮している︒以下巻十二まで

ほぼ三分の一が文語文で三分の二が口語文である︒

 この文語文の量について井上赴は︑﹁小学読本編纂史﹂の中で︑

 文体にても︵中略︶各巻に著しく口語文が幅を利かせ︑最上級に於て

 すら教材の三分の一以上︵中略︶に至った︒旧読本が巻十一に於て口

 語五・文語二十三︑巻十二に於て口語四・文語二十四といふのに比べ

 ると︑けだし著しい変遷であり相違であるといわねばならない︒︵一八

 一ニページ︶

と指摘している︒

 ㈲候文は書簡文として巻九から提出した︒読み易さを重視して﹁送仮

名ノ如キモ世間ノ慣用ニヨラズ︑他ノロ語文・文語文ト同様二二﹂い︑

巻十一・巻十二において﹁行書ヲ以テ記スルモノ﹂を置き︑送り仮名も

﹁幾分世間慣用ノ送仮名二近ヅ﹂けたと記されている︒

 教材については︑

 ㈹教科用図書調査委員会の方針は先に述べた通りであるが︑第三期の

編纂趣意書は巻ごとに方針を示している︒

 巻一では犬・猫・馬・牛のような家蓄を選んで児童の喜ぶところに応

じ︑また猿蟹合戦・桃太郎のような昔話︑ほかに動植物・天然現象及び

器具玩具を加えて偏りのないようにした︒さらに﹁新字ヲ用ピザル練習

文﹂を所所に加えた︒

 巻二は﹁都鄙男女ノ何レニモ偏スルコトナキヲ期シ﹂︑地理・理科のよ

うな実科的教材を減じて文学的教材を多くした︒

 教材は修身・歴史・地理・理科・実業・国民科挙とし︑その他﹁以上

ノ類別二方ルベカラザル国語読本特有ノ教材﹂を仮りに文学的教材と呼

び︑以下巻ごとに類別表を掲げている︒各巻の編纂趣意書の分類をもと

に教材数を数えると下の表のようである︒

 なお︑教材の中には第二期国語読本から採ったものも毎巻込︑三ある

が﹁其ノ内容・文章ノ上ニハ面目ヲ異ニセルモノ多シ﹂︵巻四編纂趣意書

の結語︶と記している︒

文国実理地歴修

学民業審理史身

的科的的的的的

教的七教教教旨 材教材材材端材

25 15    1  4 5

26 12    4 2 3 5 三

24 9 1 2 3 2 3 4

26 7 1 2 3 4 5 4 五

26 9 1 2 4 2 5 3 六

26 9 1 2 2 4 4 4

28 9 2 2 2 3 5 5

25 8 2 3 3 4 2 3

27 8 3 3 2 3 4 4

28 8 3 3 3 4 5 2 ±

27 7 3 4 3 3 4 3 主

101172330314442

巻五では︑文学的教材を除く本書の教材の内容について次のように述

べている︒

○修身的教材ハ第三学年用ノ小学修身書ト連絡ヲ取りテ︑其ノ訓戒ノ予

 備トナリ︑応用トナルが如キ事例ヲ掲グルコトトセリ︒タダコレニア

 リテハ︑必ズシモ実在ノ人ヲ主トセズシテ︑寓話アリ︑仮作諌アリ︑

 マタ韻文ノ形式ニヨルモアリテ︑何レモ皆児童ヲシテ感奮興起セシメ

 ンコトヲ期セリ︒

○歴史的教材ハ他日学習スベキ日本歴史ノ準備トシテ︑上ハ神代ヨリ下

 ハ現代二至ルマデノ︑国史上重要ナル人物・事蹟ヲ選ビテ︑之ヲ第

 三・第四両学年二載スル方針ヲ取り︑第三学年用書旧訳神代ヨリ吉野

 朝二至ルマデヲ配当スルコトトセリ︒

○地理的教材ハ歴史的教材ト共二︑他日学習スベキ日本地理ノ予備知識

 トナルベキモノヲ採レリ︒

○理科的教材ハ成ルベク児童ノ目撃スルモノ一一シテ︑人生二関係深キ事

 物・現象二採リ︑時二珍奇ナル物ヲ紹介ストイフヲ方針トセリ︒

○実業的教材思量商工等ニワタリテ︑其ノ=一偏スルコトナク︑

○国民科的教材ハ日常生活二密接ノ関係アル制度ニシテ︑理解シ易キモ

 ノヲ採ルヲ方針トセリ︒

 巻七からは﹁外国ノ地名人名其ノ他外国二関スル材料﹂を加えた︒

 これらの教材について︑井上赴は﹁小学読本編纂史﹂の中で︑

(15)

説 解

(12)

 国語教材は︑押しなべて在来のよりも文学化せられ︑又よし中には不

 自然な表現があったにしても︑それが在来よりも児童といふものに接

 近して来たことは事実である︒︵一八二ページ︶

と評している︒

 ㈹挿画については︑﹁従来ノ第一種本ノ画風ノ外二︑洋画風ノモノ及ビ

略筆画ヲモ加へ﹂た点に特色がある︒また︑第二期では人物・家屋・衣

服はなるべく﹁多数国民ノ階級ヲ標準﹂とし貴族的にならないようにし

たとあるのに対して︑第三期では﹁地方ノ生活情態ヲ描写ス﹂となって

いて︑方針が変わっている︒

 以上は︑﹁梼鞘国語読本編纂趣意書﹂に述べるところを中心に若干の解

説を加えたものである︒

 なお︑用語の特色の一端をここに述べておく︒

 第三期の用語の特色は︑先にも述べたが︑編纂趣意書に﹁従来ト更二

二ナル所ナシ﹂とある︒やはり第一期で樹立された一人称・二人称の代

名詞︑あるいは﹁おとうさん﹂﹁おかあさん﹂などの親族名称の体系を継

承した点がまず挙げられる︒しかし︑一人称の場合︑﹁わたくし﹂﹁わたし﹂

﹁ぼく﹂﹁われわれ﹂など上品な語彙が使用され︑第二期で加わった﹁おれ﹂

は使われていない︒親族名称でも﹁おとうさん﹂﹁おかあさん﹂が使用され︑

第二期で加えられた山の手言葉の﹁おかあさま﹂︑下町言葉の﹁おっかさ

ん﹂は除かれている︒標準語を定め﹁国語統一ノ実行ヲ挙ゲン﹂とする第二

期編纂趣意書の方針が更に徹底してきたものと考えられる︒

       む

 しかし一方では︑ゆれのみられるものもあり︑﹁マツクロナ 目﹂﹁キ

  む       イロイ クチバシ﹂﹁黄色なのは﹂﹁赤いのは﹂という場合の﹁な﹂と

      む      む﹁い﹂︑また﹁タクサンナ種類﹂﹁たくさんの星﹂﹁仕合はせのよい事﹂﹁は  むるかの下に﹂のように体言に続くときの﹁な﹂と﹁の﹂にゆれが見られる︒

 用法の異なるものには︑      む   む        ○我が国で出来る品物ばかりでは用が足らない︒︵巻十・八六ページ︶         む   む    

○馬も誠に従順で︑けたりかみづいたりするやうな事は決してしませ

 ん︒︵巻十・一七ページ︶        む   む   む〇一包十箱が十銭ぐらゐで買はれる︒︵由来・一〇三ページ︶○毎日何処へか出かけたくてたまらないだらうと思ひました︒︵巻十・ 七七ページ︶などが注目される︒ 敬語の用法で異なるものに︑       む   む    ○おとうさんへ電報で御返事をいたしたやうに︵巻五・八四ページ︶       ゑ ま       む む む○先生が拝殿にかけてある絵馬のお話をして下さいましてから︑たんぼ の小道へ出て︑︵遺品・四〇ページ︶が目につく︒ 今日と異なるものには︑﹁景物﹂﹁活動写真﹂﹁最大急行の列車﹂﹁地下鉄道﹂﹁相持のもの﹂﹁赤さん﹂﹁調べかは﹂﹁学問をべんきやうしなさい﹂などがある︒ このほか︑第一期から受けついでいるのは﹁こうば︵工場︶﹂﹁ていしゃば︵停車場︶﹂の﹁ば﹂の読み方や﹁こがわ︵小川︶﹂の﹁こ﹂の読み方である︒ 表記では外国の国名表示に特色があって︑第一期 イギリス いぎりす

胱弟二期 アメリカ イギリス ロシヤ

第三期 アルゼンチン アルゼンチン國ブラジル ブラジル國

のように︑仮名書きされたものは︑第一期は文章の仮名表記に従い︑第二

期は片仮名に双線一を加え︑第三期は片仮名に﹁國﹂を加えたものがある︒

 今日と異なる表記には︑﹁中直り﹂︵仲直り︶︑﹁おなかを明けて﹂︵開け

て︶︑﹁仕合はせ﹂︵幸せ︶などがある︒

︵三・三︶ 書誌・諸本・底本

 ﹃榑鞘国語読本﹄︵いわゆるハナハト読本︶十二巻の編集は︑大正五年十

一月から開始され大正十二年五月に完成した︒その間に官制の改革があ

り起草者も交代した︒

 大正五年から大正九年四月図書局が復活するまでは大臣官房図書課の

(16)

(13)

図書官黒鳥則吉と高野辰之が担当していた︒巻一から巻八を起草し︑そ

の草稿本は教科用図書調査委員会の第三部会の修正を経て総会へ提出し

た︒大正九年四月からは図書局の図書監修官武笠三と高木市之助が巻九

から巻十二を担当した︒同十年からは井上赴が加わり︑同十一年には高

木が去り佐野保太郎が加わり完成したのである︒

 教科書調査会の任務は﹁文部大臣ノ監督二宮シ其ノ諮問二応シテ小学

校ノ教科用図書ヲ調査ス﹂るものであった︒当時文部省の図書監修官で

あった高木市之助は︑その回想録﹃縛鞘国語読本﹄︵中公新書 昭和五一

年刊︶の中で︑調査会の有様を次のように伝えている︒

  この巻九にわたしが盛り込もうとしたのは︑この教科書で学ぶ五年

 生の児童の熱情を鼓吹するような教材で︑それには︑叙事詩がふさわ

 しいだろうと考えました︒︵中略︶こんな気持から探したものが例の

 ﹃平家物語﹄六之巻の祇園女御の条でした︒︵中略︶わたしは苦心惨憺︑

 原典の表現を活写するよう推敲に推敲を重ねて一文を草し︑調査会に

 提出したのです︒

  ところが︑︵中略︶某代議士がいきなり食ってかかってきた︒

 ﹁こんな教材を国定の読本に入れるのはもってのほかだ︒なぜなら︑後

 白河法皇はそのとき人もあろうに愛妾のもとへお通いになるのではな

 いか︒おそれ多くも皇室に関してこんな事実をあばくのは教育上不敬

 千万である︒こんな教材は根こそぎ撤去すべきだ﹂

  代議士委員が威丈高になってそう発言すると︑ほかの二︑三の委員

 も︑さも我が意を得たりという顔をして同調する︒︵三〇〜三一二ページ︶

 こうした意見によって﹃壮語国語読本﹄巻九の草稿本にあった﹁第二十

四 忠盛ノ沈勇﹂は撤回され︑二九の最後にある﹁選挙ノ日﹂にさしか

え採択されたのであった︒

 教科用図書調査委員会及び教科書調査会が審査し決定した第三期国定

読本属輔国語読本﹄は︑文部省原本又はその修正原本として逐次刊行さ

れた︒詳細は﹁国定読本用語総覧5﹂の付録﹁口出国語読本︵ハナハト読

本︶の修正経過﹂を参照されたい︒  また︑個別的な訂正・修正事項については︑﹃国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄によって知ることができる︒ ①﹃国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄︵昭和六年七月︶文部省    尋常小学国語読本︵偶数巻︶ ︵昭和五年十月ヨリ使用分︶    尋常小学国語読本︵奇数巻︶ ︵昭和六年四月ヨリ使用分︶    尋常小学国語読本︵後期︶  ︵昭和六年十月ヨリ使用分︶    尋常小学国語読本︵前期︶  ︵昭和七年四月ヨリ使用分︶ ②﹃昭和九年度使用国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄︵昭和九年

  三月︶文部省

 ③﹃昭和十年度使用国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄︵昭和十年

  三月︶文部省

 ④﹃昭和十一年度使用国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄︵昭和十

  一年三月︶文部省  しかし︑その修正事項がどのように実現されたかについてはさまざま

である︒巻八についての実態は昭和六十三年度科学研究費補助金一般研

究個研究成果報告書﹃光学文字読み取り装置によるコンコーダンス作成

システムの開発﹄︵研究代表者 飛田良文︶にくわしい︒

 なお︑底本を決定するため奥付の年月日と本文の異同を調査したとこ ろ︑奥付の年月日が同じであっても使用年度に相違のあることが貝美代 子調査員によって明らかにされた︒奥付に付されている符号︵東京書籍

は変体仮名及び平仮名︑日本書籍は数字︶が︑使用年度を示していたのである︒詳細は先述の科学研究費の報告書にゆずりその結果を整理する

と十二の表の通りである︒なお︑大阪書籍発行本にも片仮名の符号があ

るが︑調査した冊数が少ないため詳しいことはわからない︒

 底本には︑この使用年度を示す符号の発見によって︑学年進行によっ

て使用された初年度使用本を確信をもって使用することができた︒その奥付の年月日・符号・所蔵は以下の通りである︒

巻一  大正6年11月24日翻刻印刷 大正7年−月31日翻刻発行

  東京書籍ア・国立国語研究所蔵本

(17)

説 解

(14)

巻二  大正6年11月27日翻刻印刷 大正7年6月20日翻刻発行

  東京書籍マ・藤沢市文書館蔵本

巻三  大正7年9月28日翻刻印刷大正7年10月12日翻刻発行

  日本書籍9横須賀市教育研究所蔵本 巻四  大正7年10月1日翻刻印刷大正8年3月30日翻刻発行   日本書籍9国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本

巻五  大正8年8月25日翻刻印刷大正8年12月5日翻刻発行   東京書籍る国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本

巻六  大正9年3月10日翻刻印刷 大正9年4月25日翻刻発行   日本書籍10横須賀市教育研究所蔵本

  ︿国定読本の使用年度と奥付の符合の関係﹀

東京書籍 定価欄の下 日本書籍 翻刻発行兼印刷者の住所の末尾共通 文部省検査日の下

東京書籍 日本書籍 共  通 教科書

明治43 (〇七五二) ハタタコ

明治44 (一七五二) g用開始

明治45

2 (二七五二)

大正2 3

大正3 4

大正4 5

大正5 6

大正6

7

大正7 8 ハナハト

大正8 9 g用開始

大正9 10

大正10 11

大正11 2 12

大正12

13

第  二  期         第  三  期       第四期

大正13 14

大正14

15

大正15

16

昭和2 そ 替 17

昭和3 18

昭和4 オふ 19

昭和5 苫. 20

昭和6 21

昭和7 22

昭和8 23 サクラ

昭和9 24 g用開始

昭和10 25

昭和ll 26

昭和12 27

巻七  大正9年10月9日翻刻印刷大正9年10月25日翻刻発行

  日本書籍11国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本

巻八  大正10年4月16日翻刻印刷大正10年4月30日翻刻発行

  日本書籍11国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本

巻九  大正10年12月5日翻刻印刷大正H年1月15日翻刻発行

  東京書籍ヨ横須賀市教育研究所蔵本

巻十  大正11年7月−日翻刻印刷大正11年7月23日翻刻発行

  東京書籍憂国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本

巻十一 大正11年12月24日翻刻印刷 大正12年1月20日翻刻発行

  東京書籍ろ横須賀市教育研究所蔵本

巻十二 大正12年7月1日翻刻印刷大正12年7月23日翻刻発行

  東京書籍ろ東書文庫蔵本

 解説の執筆にあたっては以下の文献を参考にした︒

古田東朔﹃小学読本便覧﹄第七巻 昭和五十九年十月 武蔵野書院

海後宗臣﹃日本教科書大系﹄近代編四〜九国語の〜因 昭和三十八年〜

 三十九年 講談社

井上赴著・古田東朔編﹃国定教科書編纂二十五年﹂昭和五十九年五月

 武蔵野書院

文部省﹃学制百年史﹄昭和四十七年十月 帝国地方行政学会

春日政治著﹃碍韓国語読本の語法研究﹄大正七年七月修文館

友納友次郎著﹃国語読本の髄系 形態編﹄﹃同 内容編﹄昭和二年五月

 明治図書

高木市之助述・深萱和男録﹃搏鞘国語読本﹄昭和五十一年二月 中央公論

 社

『距

」教科書教授法資料﹂第十二巻 編纂趣意書2昭和五十八年二月

 東京書籍

﹃複刻国定教科書︵国民学校期︶解説﹄昭和五十七年二月 ほるぷ出版

(18)

(15)

(一

j内容  ︵二︶底本  ︵三︶用語採集の範囲  ︵四︶見

出し語の立て方  ︵五︶見出し語の注記 ︵五・一︶見出し

︵五・二︶漢字 ︵五・三︶品詞 ︵五・四︶人名・地名などの注記

︵五・五︶度数 ︵五・六︶表記 ︵五・七︶活用形  ︵六︶見出し

語の排列  ︵七︶用例と所在 ︵七・一︶用例文 ︵七・二︶所在

︵七・三︶層別

(一

j 内 容

本書は︑大正七年度から用いられた第三期国定読本﹃面罵国語讃本﹄

︵いわゆるハナハト読本︒全十二冊︒︶の全用語を五十音順に排列し︑そ

の全用例のうちアからテの部までを収めたものである︒

︵二︶ 底 本

 国立国語研究所所蔵本を含め︑各種機関の所蔵本を底本として用い

た︒詳しくは本書所収の解説参照︒

︵三︶ 用語採集の範囲

底本のうち︑

 ①目録

 ②本文  ③図版

の部分を用語採集の対象とした︒ただし︑③のうち︑判読しがたい語は除いた︒ 表紙・扉・ページを示す数字・奥付などの部分は︑用語採集の対象としない︒

 なお︑本文の上部欄外に示された︑仮名・漢字の新出と読み替えの表 示は︑トの部以下の用例を収めた﹃国定読本用語総覧5﹄の巻末に別に

まとめて付録とする︒

︵四︶ 見出し語の立て方

 自立語は原則として文節から助詞・助動詞を切り離したものを一単位

とし︑助詞・助動詞は︑﹃現代語の助詞・助動詞  用法と実例﹄︵国立

国語研究所報告3︶を参考にして単位を決定した︒ただし︑

  ①形容動詞は立てない︒形容動詞の語幹にあたる部分を﹁形状詞﹂

   として一単位とし︑語尾にあたる部分を助動詞とする︒

  ②サ変動詞﹁する﹂︑および﹁いたす・くださる・なさる・もうし

   あげる﹂など意味上ほぼサ変動詞﹁する﹂にあたるものが︑体言

   または体言相当のものにしかに接続している場合は切り離さな

   い︒

  ③助詞・助動詞を構成要素に持つ副詞・接続詞等の処理は別に行

   う︒

  ④動植物名や固有名詞︵人名・地名・戦争名・課名・題名など︶は

   全体で一単位とする︒

  ⑤同語形であっても品詞の異なるもの︑口語・文語などで活用の

   異なるものは別見出しとして扱った︒ただし︑﹁会う﹂のように口

   語五段活用と文語四段活用の終止形が同形で併存するものは︑一

   つの見出しにまとめた︒

参照

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︵人 事︶ ﹁第二十一巻 第十號  三四九 第百二十九號 一九.. ︵會 皆︶ ︵震 告︶

 一六 三四〇 一九三 七五一九八一六九 六三

七圭四㍗四四七・犬 八・三 ︒        O        O        O 八〇七〇凸八四 九六︒︒﹇二六〇〇δ80叫〇六〇〇

一一 Z吾 垂五 七七〇 舞〇 七七〇 八OO 六八O 八六血

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

︵原著三三験︶ 第ニや一懸  第九號  三一六

四二九 アレクサンダー・フォン・フンボルト(一)(山内)

目について︑一九九四年︱二月二 0