博 士 ( 国 際 広 報 メ デ イ ア ) 青 木 麻 衣 子
学 位 論 文 題 名
オーストラリアの吾語教育政策に関する研究
―多文化主義が内包する「多様性」と「統一性」をめぐってー
学位論文内容の要旨
オー ストラリアが自豪主義を諦め、公的に多文化主義を国是 としたのは、1970年代初頭のことであ る 。そ れ以 降 、多 文化 主義 政策 の理 念の 下、 国内 の多 様な 言語 や文 化 の価値が公的に認められ、
そ れら の維 持 ・涵 養を目的とした財政的・教育的な支援が 提供されてきた。1970年には移民の子ど も達に 対する英語教育プログラムが開始され、1980年にはエス ニック・スクールに対する財政的な支 援も提 供されるようになった。また、特に1980年代以降は、すべてのオーストラリア人が国内の様々な 言語や文化を知る機会として、多文化教育が重視されるようになった。
しか し、オーストラリアの多文化主義は、このような言語的・文化的多様性の承認と同時に、国民に 共 有さ れる べ き基 本的 姿勢 ・態 度や 基礎 的技 能の 必要 性も 求め てき た 。それは言語に関して言え ぱ、す べてのオーストラリア人が、@他者の言語の価値を認め る義務、◎公用語としての英語を承認 する必 要性に集約できる。両者はともに、国家という枠組みを維持することを目的としているが、前者 は言語 の「多様性」の尊重、後者は言語の「統一性」の維持を 志向している。このニつの理念から、
オース トラリアが国是とする多文化主義は、多様性と統一性と いう一見相反する理念を内包している と指摘 できる。また、政策上、これらニつの理念がうまく共存できると想定されていると考えられる。
これまでの多文化主義に関する一般的な議論も、基本的には、この「多(様性)」と「(統)一」を軸 に 展開 され て きた 。多様性の承認を支持・尊重する立場か らは、人々は支配的(統一的)な文化に 統合されるのではなく、逆にそれぞれのエスニシティ(個人)の多様性を「強み」として積極的に保持す べきことが主張された。また、そこから歴史的に自らの文化を「弱み」としてきたマイノリティ集団に特別 な 権利 を与 え る必 要があると主張された。その一方で、多 様性を一定程度承認しつっも、多文化主 義の過 度の推進は、社会の「統一」を脅かすとの批判も唱えら れている。これらの見解は、双方とも
「 多様 性」 の 尊重 を多文化主義国家における基本的理念に 掲げる点では共通する。しかし、各集団 の 「多 様性 」 を尊 重するか、それとも国家の「統一性」を 重視するかで、立場の相違が見られる。
本研 究は、オーストラリアにおける多文化主義が持っこのニ つの理念、っまり「多様性の尊重」と
「統一 性の維持」を、言語政策を通して考察する。「多様性」と「統一性」という考え方の調和と葛藤 は、政 策レベルのみならず、実際の現場においても常に見受け られる。そのため、同国でこれまでに 策 定さ れた ニ つの 言語政策に焦点を当て、政策文書で示さ れた理念がどのように今日まで受け継が れ、そ れが教育プログラムとしてどのように具現化されてきたのかを、政策の立案・実施過程の分析を 通して明らかにする。
―99―
1987年 に 制定 さ れ た同 国 の 最初 の 国 家言 語 政 策で あ る 『言 語 に 関 する 国 家 政策 』 (National Policy on Languages:以下NPL)では、オーストラリアの言語的・文化的多様性が承認・尊重されると 同 時に、 英語が同 国の事実上の国語(national language)であることが確認された。1991年に、新た な 国 家 言語 政 策 で ある 『 オ ース ト ラ リア の 言 語: オ ー スト ラ リ アの 言 語 と 識字 に 関す る政策』
(Australia SLanguage: Australian Language and Literacy Policy:以 下ALLP)が発表されて以降 は 、当時 の経済不 振を背景に、「国の経済発展への貢献」に重きが置かれた。そしてそのような観点 か ら 、 英語 と 特 定 のア ジ ア 地域 の 言 語( 以 下 アジ ア 言 語) の 教 育が 重 視 さ れる よ うに なった。
これ までの 研究ではNPLか らALLPへの移 行は、 政策上、 オース トラリア 社会の 多様性を 重視する 立場から、国の経済発展を重視する立場への移行であると考えられてきた。これはすなわち、「個」に 起因する「多様性」を重視する立場から、「国」の経済発展に重きを置いた「統一性」を志向する立場 への移行とも換言できる。
しか し、NPLの立案 ・策定 過程を分 析する と、確か に政策立 案過程 で民主的 手続き は採られ たも の の、唯 一の国語 および公用語としての英語の地位が繰り返し提唱され、それが国家のアイデンティ テ ィの形 成にとっ て重要であると主張された。また、国家の政治的・経済的発展のために近隣諸国の 言 語を学 習する必 要性も繰り返され、特に日本語やインドネシア語の教育が奨励されるべきとの文言 も見られた。これらのことは、ALLPで強く主張された「国」の発展に重きを置いた「統一性」の志向が、
既にNPL以前から繰り返し強調されてきたことを示している。
ま たしか し他方で は、言 語政策の 具体的 な実施過 程を分析 すると 、各地の教育活動・実践が「多 様性の尊重」と「統一性の維持」との折り合いをうまくっけていることも分かる。例えぱ、近年の英語の り テラシ ー教育の 推進が 、英語と ともに移 民や先 住民の母 語の教 育を推進 するという動きが見られ る 。また 、経済発 展への 貢献を主 眼として 進めら れた四つ のアジ ア言語の 教育は、政府が提示した 目標を達成することはできなかったものの、生徒・教員の「アジア」に対する理解を深めることに貢献し たと考えられる。さらに、エスニック・スクールや言語の学校(School of Languages)等、正規の学校教 育 以外の 機関を利 用して 、児童・ 生徒の多 様な教 育ニーズ を充足 させる活 動も活性化している。特 にエスニック・スクールにおける活動は、「第二世代」と言われる移民を中心に、強制ではなく自ら進ん でオーストラリア社会に溶け込む必要性をも感じさせている。これらの事例は、政策と実際の現場には
「積極的な」齟齬が見られること、「多様性の尊重」と「統一性の維持」が政策の理念レベルのみなら ず実際の現場においても決して対立するものではなぃことを示している。
本 研究は 、オース トラリ アの多文 化主義 が持っこ れらニつ の理念 の揺れを、言語政策・言語教育 政 策の文 書、その 立案過 程および 具体的な 教育プ ログラム の実施 状況の整 理・分析から提示する。
本 研究は 、今後益 々、多文化化するであろう国々に対して、言語政策のモデルを示そうとする試みで は ない。 また、多 文化主義が、単にヴェールを纏った白豪主義であると指摘するものでもない。本研 究を通して、「多様性」と「統一性」の調整と葛藤に喘ぐオーストラリアの多文化主義の現状を浮き彫 りにするとともに、同国がその葛藤を克服する可能性を提示する。
本研究の構成は、以下のとおりである。
序章研究の目的
第1部オーストラリアにおける国家言語政策の成立とその変遷 第1章オーストラリアにおけるニっの国家言語政策
ー100ー
第2章国家言語政策の必要性をめぐって
第2部オーストラリアにおける言語教育政策・その実施状況 第3章英語のりテラシー教育
第4章アジア言語の教育
第5章コミュニティ言語の教育 終章結論
‑ 101―
学位論文審査の要旨
主 査 助 教 授 橋 本 聡 副 査 教 授 杉 浦 秀 一
副 査 名 誉 教 授 笹 森 健 ( 青 山 学 院 大 学 )
学 位 論 文 題 名
オーストラリアの言語教育政策に関する研究
一多 文化主義 が内包す る「多様 性」と「統 一性」を めく゛っ てー
こ の論文は、 オ←スト ラリアの 国家言語 政策、と りわけ言 語教育政策を詳細に 分 析すること により、 同国の多 文化主義 政策の本 質に迫ろ うとした意 欲的試みであ る 。問題設定 、研究方 法ともに 最新の研 究動向を 踏まえて 的確に練り 上げられてお り 、また、オ ーストラ リアの連 邦レヴェ ルでの言 語教育政 策が当初か ら「国家の統 一 性・国民の 結束」と いう要請 と合意に 基づいて 出発した ものであっ たこと、しか し 実際の教育 現場にお いては当 事者たち のイニシ アティヴ により「国 内の多様性の 維 持涵養」と いう成果 と結びっ けられて いること 、したが って同国の 多文化主義が 必 ず しも2っ の 理 念の根本 的矛盾や二 律背反を 強める方 向に向か っている のではな い こと、とい った著者 の主張も 、妥当か つ検証可 能なもの である。以 上を含め、オ ー ストラリア の教育政 策に関す る長年の 研究に基 づぃて作 成された本 論文は、当該 研 究分野と研 究テーマ に対し、 多くの点 で意義深 い新たな 寄与を果た していると認 め ることがで きる。
以 下で は、本 論文の問題 設定、研 究方法、 学術的寄 与、審査 の過程で 指摘された 問 題 点 を紹 介 する 。
80年 代 の 後半 、 オー ス ト ラリ ア は連 邦 主 導の 言 語政 策 『 言語 に 関する 国家政策 (National Policy on Languages、 以 下NPL)』(1987年)を取り 纏めた。 この文書 は 、 そ れまで 州・地域に 任されて いた言語 教育行政 を連邦主 導のそれ へと改める こ と を 企 図した もので、同 国が国是 とする多 文化主義 を推進す る上で必 要とされた も の で あ った。 しかし、続 く1991年の『 オースト ラリアの 言語:オ ーストラ リアの言 語 と り テラ シ ーに 関 す る政 策(Australia SLanguage: Australian Language and Literacy Policy、以 下ALLP)』以降 、連邦政府 主導によ る同国の 言語教育 政策プロ グ ラ ム は、明 らかに国益 と経済原 理を重視 する方向 へと進み 始める。 この傾向は 現 在 に 至 る ま で 続 い て お り 、 研 究 者 の 多 く は こ う し た 展 開 に 批 判 的 で あ る 。