昭 和 初 期 仏 英 和 高 等 女 学 校 の 概 要
油井 原 均
. はじ めに 本稿 は︑ 公文 書や 統計 資料 など を用 いて
︑昭 和初 期︵ 一九 二七
~三 五年 前後
︶の 仏英 和高 等女 学校 の概 要を
︑当 時 の歴 史的 状況 との 関連 をふ まえ つつ 論じ るも ので ある
︒ 仏英 和高 等女 学校 は︑ 白百 合学 園の 歴史 的源 流の ひと つと して 位置 づく 学校 であ り︑ 一九 一〇
︵明 四三
︶年 に設 立 され た︒ 同校 は関 東大 震災 によ る被 災を うけ 神田 猿楽 町の 全施 設を 失っ た後
︑二 七︵ 昭二
︶年 に麹 町区 富士 見町 に移 転︑ その 後新 校舎 など を建 設し てい る︒ また
︑三 五︵ 昭一
〇︶ 年に は﹁ 仏英 和﹂ から
﹁白 百合
﹂へ と校 名を 変更 して いる
︒昭 和初 期の 仏英 和高 女は
︑い くつ かの 転換 点を 経験 して いた とみ るこ とが でき よう
︒ この 時期 の仏 英和 高等 女学 校の 歴史 的概 観は
︑﹃ 白百 合学 園百 周年 記念 誌﹄
︵以 下︑
﹃百 年誌
﹄と 省略
︶に おい て︑ 同窓 会誌 など を中 心資 料と しな がら 描き ださ れて いる
︒し かし
︑﹃ 百年 誌﹄ 刊行 後の 資料 整理 の進 展な どに より
︑現 在で は昭 和初 期の 学校 財務 状況
︑在 籍者
・入 学志 望者 と入 学者 動向
・卒 業者
・卒 業後 進路 状況 など につ いて
︑あ る程 二五
度実 態把 握が 可能 とな って いる
︒ま た︑ 中等 教育 史研 究の 成果 によ り︑ 当時 の社 会的 状況 のな かで 高等 女学 校が 置か れて いた 状況 につ いて も研 究的 進展 がみ られ る︒ 以下
︑本 稿で は︑ 近年 の中 等教 育史 研究 の成 果も 参照 しな がら
︑公 文書 など を用 いて
︑仏 英和 高女 の財 政状 況と 移 転後 の校 舎建 設の 概要 を検 討す る︒ つい で︑ 統計 資料 と学 則︵ 後述 復刻 資料
︶な どを 用い て︑ 仏英 和高 女の 生徒 数・ 志願 者数
・卒 業者 動向
・学 科課 程の 特色 につ いて 論じ る︒ 最後 に︑
﹁仏 英和
﹂か ら﹁ 白百 合﹂ への 校名 変更 の経 緯を 公文 書な どに もと づい て概 観し
︑変 更理 由に つい て資 料を もと に論 じる
︒ なお
︑資 料調 査の 過程 で一 九三 五︵ 昭一
〇︶ 年前 後に 使用 され てい たと 考え られ る﹁ 仏英 和︵ 白百 合︶ 高等 女学 校 規則
﹂が 確認 でき た︒ 管見 のか ぎり では
︑そ の内 容に つい ては これ まで 紹介 され てい ない
︒し かし
︑学 校の 実態 を示 す重 要な 資料 と思 われ るの で︑ 本稿 の付 録と して 復刻 する こと とし た︒ .
公文 書に みる 仏英 和高 等女 学校
︵
︶ 財政 状況 の概 観 一九 二七
︵昭 二︶ 年︑ 授業 料増 額徴 収の 認可 関係 文書 と⑴
とも に東 京府 に提 出さ れた 同年 度歳 出歳 入予 算明 細書 に よれ ば︑ この 時点 の仏 英和 高等 女学 校の 収入 合計 は一 七万 七一 九〇 円で ある
︒た だし
︑こ のな かに は校 舎建 設の ため 拠出 され た設 立者 負担 分一 四万 三六 四六 円が 含ま れて おり
︑そ れを 除外 する と三 三五 四四 円と なる
︒お よそ この 金額 程度 が当 時の 通常 収入 であ ると みな せる だろ う︒ 収入 の内 訳を みる と︑ 大部 分は 授業 料で あり
︑そ のほ かに
︵お そら く府 から の︶ 補助 金︑ さら に受 験料 と入 学料 が加 わる
︒支 出に つい てみ ると
︑教 員・ 事務 員給 与が 一万 七一
〇四 円⑵
︑
二六
その ほか に雑 給︑ 校費
︵備 品費
・消 耗品 費・ 図書 費・ 印刷 費・ 器械 標本 薬品 費・ 通信 費等
︶が あり
︑支 出合 計は 二七 六九
〇円 であ る︒ 収入 と比 較す ると 六千 円弱 の余 剰金 がで るが
︑そ れは すべ て﹁ 校舎 本建 築ノ 予算 費﹂ とし て営 繕費 に算 入さ れて いる
︒⑶
次に
︑ほ ぼ一
〇年 後で ある 三六 年の 白百 合高 等女 学校 予算 状況 を︑ 文部 省普 通学 務局
﹃全 国私 立中 学校 高等 女学 校 実科 高等 女学 校経 費ニ 関ス ル調 査﹄
︵一 九三 六年
︶で 確認 して みよ う︒ この 資料 によ れば
︑収 入は 三九 五二 七円 であ る⑷
︒ 内訳 をみ ると
︑や はり 授業 料収 入が 大部 分を しめ てお り︑ その ほか は府 補助 金︑ 入学 考査 料の みか ら収 入を えて いる
︒ 支出 をみ ると
︑給 与が 収入 の六 割超 をし め︑ それ 以外 は雑 費︑ 修繕 費︑ 消耗 品費
︑備 品費 がわ けあ って いる
︒ 以上
︑二 七年 と三 六年 の仏 英和
︵白 百合
︶高 等女 学校 の財 政を 概観 して みた
︒ほ ぼ一
〇年 をへ だて た期 間の 財政 構 造に 共通 する のは
︑収 入の 大部 分を 授業 料に たよ り︑ 支出 の過 半を 給与 とし て支 出し てい るこ とで ある
︒こ のよ うな 財政 構造 は︑ 当時 の私 立中 等学 校の 多く に共 通す るも ので あっ た︒ 米田 俊彦 は︑ 三六 年時 点の 公私 立中 学校
・高 等女 学校 全体 の収 入構 造を 詳細 に分 析し てい るが
︑﹁
︵ほ とん どの 私立 学校 は︶ 授業 料に 九割 前後 を頼 って おり
︑ま た入 学 料と 考査 料は 二~ 三% 程度
︑補 助金 は三
~五
%程 度を 占め てい る﹂
﹁補 助金 を受 けて いな いこ とが 経営 にと って 致命 的に なる わけ でも なく
︑ま た受 けた から とい って それ ほど 経営 が安 定す ると いう わけ でも なか った
﹂と 概括 して いる
︵米 田︑ 一二 三頁
︶︒ 仏英 和高 女の 場合
︑二 七年 の校 地移 転前 後か ら︑ ほぼ 米田 の指 摘ど おり の状 況に あっ たと 考え る こと がで きる だろ う︒
二七
︵
︶ 九段 への 移転 と校 舎建 設の 概要 前述 した よう な財 政構 造の なか で︑ 仏英 和高 女は
︑附 属小
・幼 稚園 とと もに 新た な校 地を 購入 し︑ 移転 と校 舎建 設 をお こな って いる
︒そ の時 期は 二七
~三 三年 の七 年に およ び︑ 以下 にみ るよ うに 費用 も膨 大な もの であ った
︒東 京都 公文 書館 所蔵 の公 文書 類に もと づい て︑ 移転 時期 と場 所︑ 建設 時期
︑費 用な どに つい てま とめ てお こう
︒ 所在 地移 転に つい ての 公文 書は
︑﹁ 進達 願﹂ の名 称で 一九 二六
︵大 正一 五︶ 年九 月一 三日 付で 府知 事宛 に提 出さ れ てい る︒ 移転 地は
﹁東 京市 麹町 区富 士見 町二 丁目 三十 五番 地﹂ と記 され てい る︒ 記載 によ れば
︑同 年一
〇月 より 工事 に入 り翌 年七 月竣 工予 定と なっ てい る⑸
︒こ の文 書に は︑ 別紙 とし て土 地見 取図
﹁旧 南部 伯邸 分譲 略図
﹂が 付さ れて いる
︒見 取図 によ れば
︑靖 国神 社︑ 遊就 館境 内︑ 山階 宮邸 宅に 囲ま れた 一画 が該 当地 にあ たる
︒ 翌二 七︵ 昭和 二︶ 年二 月一 日付 で︑ 校舎 建築 認可 申請 が提 出さ れて いる
︒こ の時 点で 学級 数は 九
︐
生徒 総数 は四 四 五名 との 記述 があ る︒ なお︑﹁ 建築 ノ財 源ハ 日本 聖保 禄会 仏国 本部
﹂と 記さ れて いる のが 注目 され る︒ 予算 は十 五万 円︑ 竣工 は同 年七 月末 日予 定と ある
︒ま た︑ 附属 小学 校・ 幼稚 園に つい ても
︑同 日付 で同 一地 内に 移転 願い が出 され てい る︵ 昭和 二年 二月 一日 付﹁ 校地 校舎 位置 変更 ノ件 認可 申請
﹂︶
︒こ ちら の建 設予 算は 小学 校と 幼稚 園を あわ せて 十万 円 と記 載さ れて おり
︑や はり その 財源 を担 うの は﹁ 日本 聖保 禄会 仏国 本部
﹂で ある
︒な お︑ この 文書 によ れば
︑二 月一 日時 点の 小学 校在 籍生 徒数 三二 四名
︵学 級数 六︶
︑幼 稚園 は生 徒数 八○ 名︵ 学級 数二
︶で あっ た︒ 合計 して 二五 万円 程度 を⑹
担う とさ れて いる
﹁日 本聖 保禄 会仏 国本 部﹂ であ るが
︑組 織形 態な どの 詳細 はこ れら の 文書 では 不明 であ る︒
﹃百 年誌
﹄に は︑ 校地 取得
・校 舎建 設資 金に つい て︑ 二五 年一
〇月 に逝 去し た副 校長 スー ル・ アマ ンダ を中 心と した 募金 活動 の努 力が あっ たこ とが 記さ れて いる
︵﹃ 百年 誌﹄ 九一 頁︑ 九六 頁な ど︶
︒し かし
︑﹁ 日
二八
本聖 保禄 会仏 国本 部﹂ につ いて の記 載は 管見 のか ぎり
︑み られ ない
︒い すれ にせ よ︑ フラ ンス 本国 の修 道会 から の資 金援 助が
︑校 地取 得・ 校舎 建設 にあ たっ て相 当部 分を 占め てい たこ とを 示唆 する 記載 であ ると 考え るこ とが でき るだ ろう 校 ︒ 地移 転後 の施 設建 設は この 後も 続い てい る︒ 申請 書類 など で確 認で きる のは
︑以 下の 三件 であ る︒
三 一︵ 昭六︶年 三月 着工 女学 校寄 宿舎 建設
︵予 定工 費四 万三 千円
﹁日 本聖 保禄 会仏 国本 部﹂ 負担
︶
同 年五 月認 可 女学 校校 舎増 設︵ 体操・教 室 鉄筋 コン クリ ート 三階 建 予定 工費 七万 二千 円 財源 は﹁ 設立 者負 担﹂
︶
三 二年 八月 認可 女学 校講 堂増 設︵ 予定 工費 六万 七千 六五〇円 財源 は﹁ 設立 者負 担﹂
︶ 寄宿 舎建 築願 は三 一年 二月 二四 日付 で提 出さ れ︑ 同月 二七 日に 認可 され たよ うで ある
︒そ して
︑同 年五 月八 日︑ 校 舎増 築願
︵体 操場 及び 教室
︶が 提出 され
︑同 月一 五日 認可 され てい る︒ 翌年 七月 二三 日︑ 校舎 増築 願︵
﹁地 階屋 内体 操場 一階 家事 教室 二階 講堂
﹂で 鉄筋 コン クリ ート 造︶ が提 出さ れて いる
︒後 二者 の建 設費 につ いて
﹁設 立者 負担
﹂と 記さ れて いる のは
︑前 述し た本 国か らの 資金 援助 等の 推測 から する と興 味深 い記 述で ある
︒ なお
﹃百 年誌
﹄に よれ ば︑ これ らの ほか に︑ 女学 校校 舎増 設︵ 三一 年一 二月
︶︑ 附属 幼稚 園舎 増設
︵三 二年 四月
︶ もお こな われ てい る︵
﹃百 年誌
﹄︑ 一一 八頁
︶︒ それ らの 建設 費も 加え た費 用総 額は
︑二
〇万 円を 大き く越 えた こと だ ろう
︒こ の時 期︑ 日本 社会 は深 刻な 不況 にみ まわ れて おり
︑中 等学 校進 学者 も全 国的 には 減少 する など
︑学 校教 育に もそ の影 響は 及ん でい た︒ しか し︑ 仏英 和高 等女 学校 にか ぎっ てみ るな らば
︑校 地移 転後 おこ なわ れて きた 設備 が整 い︑ のち にみ るよ うに 生徒 数も 増加 傾向 にあ った と判 断す るこ とが でき る︒
二九
. 統計 資料 と学 則に よる 昭和 初期 仏英 和高 等女 学校 の状 況
︵
︶ 統計 資料 にみ る仏 英和 高等 女学 校
① 在籍 者数 と志 願者
・入 学者 数 表一 に︑ 一九 二六
~三 八年 の仏 英和 高等 女学 校︵ 35年 以降 は白 百合 高等 女学 校︶ の在 籍者 数を 一覧 化し た︒ 震災 後移 転し たの ち定 員五 百名 を越 える のは
︑三 一︵ 昭六
︶年 度か らで ある
︒二 六年 度の 入学 生が 他年 度に 比較 して 顕著 に少 ない
︒こ れは
︑移 転に とも なう 校舎 建設 が完 成し なか った ため
︑附 属小 学部 に在 籍し てい た生 徒の み を受 け入 れた ため とみ られ る⑺
︒生 徒数 が定 員を 越え た三 一年 以降 も︑ 基本 的に 生徒 数は 増加 傾向 のま ま︑ 三八
︵昭 一三
︶年 には 五七 四名 を数 えて いる
︒卒 業生 数に つい ても
︑二 六年 入学 者の 卒業 年を 例外 とし て︑ ほぼ 一〇
〇名 前 後を 数え るよ うに なっ てい る︒ 先に みた よう に︑ 当時 の私 立中 等学 校の 運営 費の 大部 分は
︑生 徒の 入学 金と 授業 料 にた よっ てい た︒ その 観点 から する と︑ 移転 を経 て数 年後 に生 徒数 が安 定し 増加 した こと のも つ意 味は 大き い︒ 表二 に入 学志 願者 数と 入学 者数 を一 覧化 した
︒一 覧化 した 時期 をと おし て定 員は 五〇
〇名
︵各 学年 一〇
〇名
︶で ある
︒二 六年 は例 外的 に志 願者 が少 なく
︑か つ入 学者 数と 一致 して いる のは
︑前 述の よう に附 属小 在籍 者の みを 受 け入 れた ため だろ う︒ 表二 より
︑二 七年 以降 の数 値動 向で 特徴 的な 点を 三点 指摘 して おき たい
︒ まず
︑一 貫し て一 学年 から のみ 入学 者を 受け 入れ てい るこ とで ある
︒他 学校 の例 をみ ると
︑二
~五 学年 にも 少数 なが ら志 願者 がい て︑ そこ から 入学 者も 受け 入れ てい るの が一 般的 であ る⑻
︒こ のよ うに なっ てい る理 由は 不明 だ が︑ ある いは 五年 一貫 教育 への 志向 によ るも のか もし れな い︒
三〇