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金融負債の公正価値評価に関する一考察

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金融負債の公正価値評価に関する一考察

Fair Value Measurement of Financial Liabilities

城 間 かのこ

Kanoko SHIROMA

【要 旨】

 本稿は、金融商品の全面公正価値評価に関して、金融負債の公正価値評価を中心にその 是非を検討することを目的としている。金融負債の公正価値評価に関しては、とくに「負 債のパラドックス」について強い懸念が示されてきた。そこで本稿では、金融負債の公正 価値評価に関して、現行会計基準と公正価値会計との差異を明確にするとともに、公正価 値評価の代替案となりうるいくつかの方法について検討を行った。その結果、いずれの方 法もより多面的な検討が必要であり、公正価値による評価が負債についても合理的である と考えられる論拠は得られなかった。金融負債を公正価値で測定する1つの理由は、金融 資産の公正価値測定に対応するためであるが、金融負債を公正価値で測定することによっ て、投資意思決定の有用性が改善するのか否かについて、今後も様々な視点から検討する 必要があると考えられる。

キーワード:

金融負債、公正価値、負債のパラドックス、信用リスク、その他包括利益

1.はじめに

 企業会計審議会(現 企業会計基準委員会:Accounting Standards Board of Japan :  ASBJ)は、1999年1月22日に「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」を公 表した。2000年4月1日以降開始する事業年度から「金融商品に係る会計基準」が適用さ れ、デリバティブ取引や有価証券に時価評価が導入された。このような変化の背景として は、金融の自由化・国際化の進展や金融技術・情報通信技術の発展などにより、金利や為 替の変動リスクが高まるとともに、それらのリスクを緩和するために新しい金融商品が 次々と開発され、これらの金融商品をいかに評価するかが重要な問題となってきたことが 挙げられる。金融商品にとって最も適切な測定値は、金融商品が将来もたらすであろう キャッシュ・フローの現在価値を表す時価であるとの認識から時価評価の導入が強く求め られるようになったのである。

 また、国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board : IASB)を

中心に、会計基準の国際的調和化が進められている。ASBJ と IASB は、日本基準と現行の

(2)

国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards : IFRS)との重要な差 異について2008年までに解消し、その他の差異も2011年までに取り除くことを目的とし、

「東京合意」を公表した。このような背景のもと、ASBJ は両会計基準のコンバージェンス に向け、2007年にプロジェクト計画表を公表するなど、コンバージェンスへ向けた取組は 活発化している。

 しかしながら、金融商品の評価基準に関しては問題点も指摘されている。IASB は以前 より、金融商品に関しては「損益を通じた公正価値評価」で統一することが望ましいとの 方向性を出しており、金融負債に関しても長期的には「全面公正価値評価(金融資産・金 融負債の全てを公正価値評価)」となることが考えられる。しかし、IASB および FASB はいまだに事業活動を反映した保有目的別に測定属性を使い分ける処理方法を採用してい る。現在もなお混合属性モデル(保有目的ごとに評価方法や会計処理方法が異なるモデル)

が採用されている理由のひとつは、金融負債の公正価値測定について未解決の問題が存在 するからである。とりわけ、報告企業の信用状態(信用リスク)の変化に合わせて金融負 債の測定額の変動を、当期の純利益として認識することに強い懸念が表明されてきた。な ぜならば、報告企業の信用状態が悪化したときに、金融負債を公正価値で評価すれば正の 利益が計上され、直感に反する結果(負債のパラドックス)が生じるからである。事実、

IASB により IAS 第39号「金融商品:認識および測定」の IFRS 第9号への置き換え等を 目的に公開草案「金融負債に関する公正価値オプション」が公表されているが、IASB は かかる懸念を考慮して、分類と測定に関する定めを金融資産に限定し、金融負債に関する 論点をもっと十分に検討し議論するまで金融負債に関する現行の定めを維持すべきとし、

金融負債についての定めの確定を見送ることにした。

 一方、米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board : FASB)は 近いうちに金融商品の会計処理に関する会計基準改定の案を公表する予定であり、その内 容は金融商品に関する新たな包括的基準の提案であり、金融資産及び金融負債の分類と測 定、現存の方法論並びにヘッジ会計に関する提案を含むもので、その提案によると、ほと んどすべての金融資産及び金融負債は基本財務諸表において公正価値で測定されることと なる。

 このように、金融負債の公正価値測定について議論が活発化するなか、わが国において

も国際会計基準とのコンバージェンスに向け、金融負債の公正価値測定に関して、IASB

及び FASB の動向を見守りつつ検討を行う必要があると考える。事実、ASBJ は、平成23

年2月25日に「金融商品会計基準(金融負債の分類及び測定)の見直しに関する検討状

況の整理」を公表、コメントの募集を行った。その内容としては、IFRS 第9号を基礎と

して、主に金融負債の分類及び測定に関して、金融負債の分類及び測定の方向性を示して

おり、金融負債の信用リスクの変動に起因する公正価値の変動の取り扱いについても触れ

られている。上述したとおり、この問題に関して解決策は見つかっておらず、IASB も現

(3)

行の定めを維持するとし、事実上棚上げ状態といっていい。そこで、本稿では特に金融負 債のパラドックスを中心に、金融負債の公正価値評価についてその是非を考察する。

 なお、本稿では「時価評価」と「公正価値測定(評価)」をほぼ同義で使用している。

2.公正価値会計  

(1)公正価値概念

 SFAS 第 157 号は、公正価値を以下のように定義している。

 「公正価値とは市場参加者の間での通常の取引における資産の売却もしくは負債の返済 に際して受け払いされる価格である

(1)

。」つまり、一定の人的要因(知識レベル、自発的意 思、独立性)を満たした当事者間で成立したと想定される「仮定上の取引」に基づく見積 交換価格をいう

(2)

。この定義は、公正価値を市場価値とする含意をもっている点で 100 年 来の公正価値の法概念と同じように見える。しかし市場価値の含意をもって設定された FASB の公正価値は、そのなかに市場価値の意味とは離れた評価方法をあえて市場価値に 準ずるものとして包含されており、この点が一世紀前の法概念と異なる。

 また、IASB においても公正価値は「知識のある、意思ある当事者間で、独立した第三 者間取引によって資産が交換され、もしくは負債が決済される金額(IAS32 para.11,  IAS39 para.9 )と定義されるため、FASB と IASB の間で公正価値の定義に大差はない と思われる。

 この公正価値の特性としては、次の3つが挙げられる

(3)

①公正価値は、主観価値(使用価値)客観価値(交換価値)の 2 つの側面を有しているこ と。

②公正価値の本質は、「将来キャッシュ・フローの現在価値」としての使用価値にあり、完 全・完備した市場においてのみ「使用価値=交換価値(市場価格)」となること。

③活発な市場がない場合、オプション算定モデルや類似商品の市場価格等の市場価値の算 定方法を採用し、金融商品の公正価値を見積もる必要のあること。

 

(2)取得原価主義会計と公正価値会計

 公正価値会計とは、公正価値を持って測定された数値をもとにした会計処理を行う会計

上の考え方である。伝統的な取得原価主義会計の立場から、公正価値会計を批判すること

があるとすれば、端的にいうと、公正価値会計は貸借対照表における清算価値時価を計算

し、B/S の期間評価差額である包括利益の計算を指向していると考えられる。以下ではな

ぜ、公正価値会計が金融商品について適用されているのかを会計理論の観点から論じる。

(4)

図表 1 取得原価会計 対 公正価値会計の図式

①測定時の違い(4)

 日本基準について、金融商品に関する会計を考えた場合、特に重要なものとして1999年 の「金融商品に係る会計基準」の公表が挙げられる。それまでは、企業会計原則や商法の 一部に記載された会計処理に従い取得原価主義会計を堅持してきたが、前章でも述べたよ うに、金融商品の市場拡大と金融商品の利用拡大などを背景に、伝統的な取得原価主義会 計は経済実態開示のために変化を余儀なくされた。

 ここで、なぜ金融商品に対して公正価値会計を適用するべきかと考えると、取得原価主 義会計の限界の露呈と、会計の目的がより投資意思決定上の有用性へと軸足を移してきた こと、および、信頼できる市場環境が整ってきたことが公正価値会計の金融商品への適用 の前提にあったと思われる。

 公正価値会計では実務的には公正価値は時価で代表され、時価が把握できないものにつ いては合理的に算定された時価を公正価値と考える。一方、理論的には、公正価値は将来 キャッシュ・フローの割引現在価値であり、時価はその中でも市場参加者である公正な第 三者間取引の当事者により合意されたものである。取得原価も時価も、公正価値である点 で共通している。ただし、測定時点が過去(取得原価)か、現在(時価)であるかの違い があるだけであると整理することで、公正価値会計の金融商品への適用を理論的に説明す ることができる。

公正価値会計 伝統的会計(取得原価主義会計)

論 点

投資意思決定に有用な情報 提供機能

利害調整機能 目的

会計責任論(委託された資産の額としての 取得原価とその検証可能性)

分配可能利益算定(貨幣性資産の裏づけあ る収益認識:現実主義)

キャッシュ獲得能力 将来において現金に変わるもの

(将来費用説、計算的に擬制された現金説)

資産の意義

将来におけるキャッシュ・フ ローがあること

過去においてキャッシュ・アウト・フトー があったこと(これを満たさないとオフバ ランスなのでデリバティブなどはオフバラ ンスとなる)

資産の計上用件

市場価格が入手できない場 合、評価に経営者の恣意性 が介入

過去の事実に基づく評価は市場価格との乖 離があった場合に、経済的実態を示さない。

経営者の恣意性判断で損益操作が可能。

欠点

公正価値=時価会計 取得原価主義会計の本質を変質しないでそ

の中に時価会計を導入 時価会計との関係

収益性の低下に伴う取得原 価の修正

回収可能価額の減少を決済前に反映 減損会計の位置付け

(出所:金子康則『公正価値会計の実務』中央経済社、2009年、57頁を加工修正。)

(5)

②取得原価主義会計が公正価値会計と整合的とする説の論拠

 一方、金融商品に関しては、公正価値会計を導入しても、従来の取得原価主義会計との 整合性を説明可能とする説もある。

図表 2 取得原価主義会計と公正価値会計の関係に関する考え方

3.金融負債の公正価値評価  

(1)金融負債の公正価値評価の近年の動向

 IASB は、以前より金融商品については長期的には単一の測定方法、具体的には「損益 を通じた公正価値測定」で統一することが望ましいと方向性をだしている。したがって、

金融負債に関しても、長期的には全面時価評価(金融資産・金融負債のすべてを公正価値 で測定する)の方向性が考えられる。しかし、財務諸表利用者の間からは、金融負債につ いては伝統的な償却原価による評価を支持するものも多く、特に、公正価値評価により自 社の信用状態の悪化に伴って金融負債の評価益が認識されることに対する違和感が指摘さ

説  明 論  拠

考え方

実現概念の拡張、投資のリスクからの開放も 現実に含む。現実の用件①財貨用役の引渡と

②貨幣性資産の流出のうち、②を市場での換 金可能性が担保する。

時価評価益と取得原価主義会計にお ける収益の同一性

時価会計は取 得原価主義会 計の延長線上 にあり首尾一 貫している

売買目的有価証券は貨幣性資産の投資により 得られるが、貨幣性資産に再び転換されてい なくても投資(事業)リスクから実質的に開 放され、投資の成果を得たものと見なせると 考える。

実現概念と、売却目的有価証券の時 価評価に矛盾なし

非実用資産の減損においては、期末の棚卸資 産の価格下落が残存有用性や回収可能性の下 落を意味し、棚卸資産に時価を付すことの論 拠となる。原価とは有用性の測定値あるいは 回収可能額であり、その意味では時価を付す こととは取得原価を費消したものと未費消し たものに分配し適正な期間損益計算を行うこ とを意味する。時価に基づく資産価額の期間 配分は適切な原価の付け替えという意味で原 価に基づく期間配分の一形態にすぎない。

費用性資産の減損会計に伴う期末時 価評価は取得原価主義会計と矛盾し ない

時価評価されるべき資産は金融投資目的で保 有する資産で、キャピタルゲインを得ること を目的にして保有するもの。それは市場価格 の変動に影響を受けるので、市場価格で評価 することが有用。

事業投資目的保有資産は使用することで価値 を有する。キャピタルゲイン獲得に関心はな いことから取得原価評価。

事業資産は価格変動を会計処理に持 ち込まない取得原価基準で、金融投 資目的であれば時価で評価するので 異なる属性を併存させることになる が、情報利用者の意思決定(有用性 の観点)から財務会計を構築すべき という観点から容認すべき

時価会計は取 得原価主義会 計の延長線上 にあり首尾一 貫しないが、

実務上の要請 から必要とな

(出所:金子康則『公正価値会計の実務』中央経済社、2009年、59頁を加工修正。)

(6)

れており、現在はその方向性は途上という現状である

(5)

 事実、IASB はかかる懸念を考慮して、金融負債の分類と測定に関して、IAS 第39号の ほぼすべての規定を維持することを決定した。これに関連して、IASB は2010年5月、公 開草案『金融負債に関する公正価値オプション』を公表し、金融負債に公正価値オプショ ンを適用した場合、信用リスクの変動に起因する公正価値の変動をその他包括利益として 認識することを提案した

(6)

 また、FASB は2010年5月に公開草案『金融商品会計とデリバティブ及びヘッジ会計 に関する改訂』( 以下、 「公開草案」という ) を公表した。公開草案は、 「金融商品に対して 公正価値を標準定な測定属性 (default measurement attribute)」(FASB 2010,par.BC59) と定め、一定の要件を満たすものを除き、金融負債を公正価値で測定することを提案した (FASB 2010,par.19)。その際に、金融負債の公正価値の変動は、原則として、当該期間の 純利益として認識する会計処理が提案される (FASB 2010,par.20)。ところが、公開草案 は、次の要件を満たす金融負債について、その公正価値の変動をその他の包括利益として 認識することを容認する (FASB 2010,par.24)。すなわち、①元本と一定の期日に利息を 支払う負債性金融商品であること、②決済ではなく、元本と利息の支払を通じてキャッ シュ・フローを支払うというビジネス戦略を有すること、③組み込みデリバティブが主契 約から分離して処理されるハイブリッド商品ではないことである (FASB 2010,par.21)。

 ここで、かかる会計処理が容認されるのは、契約上のキャッシュ・フローを受け取り又 は支払うために保有する金融商品の測定方法に関して、「公正価値対償却原価の議論の双 方を支持する強固な見解がある」(FASB 2010,par.BC58) からである。FASB は、金融商 品の「公正価値モデルが投資家と経営者の意思決定プロセスから(経営者)行動の会計的 帰結(accounting consequences)を排除する」(FASB 2010,par.BC87) ことを期待する ために、公正価値を標準的な測定属性と捉える。

 その一方で、FASB は報告「実体が契約上のキャッシュ・フローを受け取り又は支払う ために保有する特定の金融商品にとって、償却原価情報が目的適合的である」(FASB  2010,par.BC79) ことも考慮する。そこで、契約上のキャッシュ・フローを支払うために保 有する金融負債にとって、支払利息として「支払ったキャッシュ・フローの金額……は、

将来キャッシュ・フローの金額、時期、そして不確実性を評価するために目的適合的であ る」(FASB 2010,par.BC159) ことから、「当期のキャッシュ・フローの実現に係る情報を 純利益で提供する」(FASB 2010,par.BC100) ために、公開草案は、当該金融負債の公正 価値の変動をその他の包括利益として認識することを容認したのである。

 さらに、公開草案は、金融負債の公正価値の変動をその他の包括利益として認識するた

めの要件に加えて、金融負債の公正価値の測定によって、確認済みの資産と負債の測定属

性のミスマッチを創出または贈幅するという要件を満たす場合、金融負債を償却原価で測

定することを容認する (FASB 2010,par.28)。ここで、報告「実体の大半の資産が公正価値

(7)

で測定される状況では、公正価値は(償却)原価よりも適切な測定属性」(FASB 2010,  par.BC111) と期待されるが、多くの資産が公正価値で測定されない場合、金融負債を公正 価値で測定すれば、資産と負債のミスマッチによって損益のボラティリティが生じると懸 念される (FASB 2010,par.BC117)。そこで、契約上のキャッシュ・フローを支払うために 保有する金融負債を公正価値で測定したときに利益のボラティリティが大きくなる場合、

「償却原価オプション」(FASB 2010,par.BC79) の適用が容認されるのである。

 以上のように、FASB は、 「あらゆる公正価値の変動を純利益として認識する公正価値は、

金融商品に採って標準的な測定」(FASB 2010,par.BC90) 基準と提案する。ただし、公開 草案は、報告実体のビジネス戦略として契約上のキャッシュ・フローを支払うために保有 する金融負債について、その公正価値の変動をその他の包括利益として認識することを容 認する。それに加えて、公開草案は、金融負債を公正価値で測定したときに資産と負債の ミスマッチによって利益のボラティリティが大きくなる場合、金融負債を償却原価で測定 することも容認する。

 

(2)わが国の現行基準と IFRS 第9号の比較

 金融負債の分類及び測定の取扱いに関して、我が国の現行基準と IFRS 第 9 号を項目別 に比較すると、以下の表のようにまとめられる。

図表3 我が国の現行基準と I FRS 第 9 号との比較

IFRS 第 9 号 わが国の現行基準

項 目

目的別に分類 主に、法的形態から別に規定

金 融 負 債 の 分 類 ア プ ローチ

・公正価値

・償却原価 ( 実効金利法 )

・IAS 第37号に従って算定された価 額と当初認識額から IAS 第18号に 従って算定された累計償却額を控除 した額のいずれか高い方

・公正価値

・償却原価

・債務額 金融負債の測定方法

償却原価 ( 実効金利法 ) 償却原価

金融負債の原則的測定 方法

一定の要件を満たすことを前提として、

認められている 認められていない

金融負債に対する公正 価値オプションの適用

公正価値オプションを使用した場合、

負債の信用リスクに係るその他の包括 利益累計額は組替調整しない

該当なし その他の包括利益累計

額に表示された金額に 関する組替調整

区分処理が求められるもの デリバティブ部分:公正価値 主契約:原則、償却原価(実効金利 法)

区分処理が求められるもの 任意に区分処理を行うもの  デリバティブ部分:公正価値  組込対象:原則、償却原価 複合商品に関する取扱

基本的な処理

(8)

4.負債のパラドックス  

(1)金融負債の公正価値測定と報告企業の信用状態の変化

 金融負債を公正価値で測定すれば、所謂「ダウン・グレーディング・パラドックス」(以 後、パラドックスという)が発生すると言われている。債務者の信用状態が悪化すると債 務の公正価値が小さくなり評価益が計上される。債権者にとって、与信先の信用状態が悪 化すれば債権の価値が下がるため、市場における価値の認識という観点からみれば、金融 負債の原価は自然なものとなるが、第三者からみれば、債務者の信用状態が悪化すると利 益が生じるという一般の直感に逆行する

(7)

(Upton,2009,para.48)ことになるため、パラ ドックスと言われている

(8)

 報告企業の信用リスクが上昇して負債の市場価格が下落した場合、これを時価評価 ( 公 正価値測定 ) すると負債の額が小さくなり評価益が出てくる。反対に借手の信用リスクが 減少すると、市場価格が上昇し、評価損が出ることになる。財務状況の悪化しているとき に利益が出る

(9)

。多くの人々は、このような結果は直感に反するし、金融負債の信用リス クの影響による変動を純利益に認識することは有用な情報を提供しないとの懸念を表明し た

(10)

 信用リスクの上昇によって金融負債の評価益が発生することへの経済学的な説明(例)

は以下のとおりである。ある債務を負っている企業の業績が悪化して当該企業の経済価値

区分処理が求められないもの

 原則、償却原価(実効金利法)

区分処理が求められないもの  原則、償却原価

基本的な処理

次のすべての要件を満たすこと

・ 組込デリバティブの経済的性格及び リスクが、主契約の経済的性格及び リスクに密接に関係していないこと

・ 組込デリバティブと同一条件の独立 の金融商品がある場合、それがデリ バティブの定義に該当すること

・ 複合商品が、公正価値で測定して公 正価値変動を純利益に認識するもの ではないこと

次のすべての要件を満たすこと

・ 組込デリバティブのリスクが現物 の金融負債に及ぶ可能性があるこ

・ 組込デリバティブと同一条件の独 立したデリバティブが、デリバ ティブの要件を満たすこと

・ 複合金融商品について、公正価値 の変動による評価差額が登記の損 益に反映されないこと

区分処理の要件

認められていない 上記要件を満たさない場合が、管理

上、組込デリバティブを区分してい る場合

区分処理の選択適用

同左 全体を公正価値測定し、評価差額を 純利益に認識

区分処理が要求され るものの、組込デリ バティブの公正価値 が測定できない場合

一定の要件を満たすことを前提として、

認められている 認められていない

公正価値オプション の適用

(出所:企業会計基準委員会『金融商品会計基準(金融負債の分類及び測定)の見直しに関する検討状況の整理』2011年2月25日、

33頁。)

(9)

が負債の償還義務(決済)額を下回る可能性が出てくると、株主が債権者に対して権利行 使価格(負債の償還義務額)以下の価値(信用リスクの上昇によって減価した債務額)を 押し付けることによって、株主が債権者に「転嫁したリスク分だけ評価益が発生

(11)

」する のである。言い換えれば、 「企業の信用状態の悪化から生じる負債の公正価値の現象は、債 権者から株主への富の移転を意味する

(12)

」(Barth and Landsman 1995,p.104,Upton  2009,para.32)のである。しかし、この現象に対して経済学的には矛盾がないため、制度 上、あるいは実務上でそのまま債権者は信用状態の変化を自身の負っている金融負債の評 価に織り込むべきだということにはならない。会計上の評価は必ずしも経済学上の価値の 変化を追跡している訳ではないので、会計に固有の評価方法に起因するパラドックスが発 生するケースがあるのである

(13)

 以下では、負債のパラドックスに関して、現行の会計処理と公正価値会計について比較 検討を行い、各々の差異を明らかにするとともに、負債のパラドックスを回避する処理方 法の検討を行う。

 

(2)金融負債の現行の会計処理と公正価値会計(14)

 ここでは、報告企業の信用状態が悪化した場合における現行の会計処理と公正価値会計 の違いについて、設例1

(15)

を用いて、両者の差異を明らかにする。

  

図表4 現行の会計処理と公正価値会計

【設例 1】

ABC 社は、期間1の期首(期間0)に償却価格 $20,000のゼロ・クーポン債を発行し、期 間3の期末に償還する。期間1の期首時点で ABC 社と同等の信用状態の会社が発行した ゼロ・クーポン債の利子率は10% である。期間2の期末に ABC 社の信用状態が悪化して 利子率は12% に上昇した。それ以外の利子率の変動はないものとする。

公正価値会計 現行の会計処理

社債評価益 社債利息

社債の帳簿価格 社債利息

社債の帳簿価格

15,026 15,026

期間0

1,503 16,529

1,503 16,529

期間1

1,653 18,182

1,653 18,182

期間2′

(325) 信用状態悪化

325 17,857

18,182 期間2

2,143 20,000

1,818 20,000

期間3

325 5,299

4,974 合計

 

(出所:草野真樹「金融負債の公正価値測定と報告企業の信用状態の変化」『日本簿記学会年報』第25号、2010年(a)、

154頁を加工修正。)

(10)

①現行の会計処理の場合

 ABC 社は、期間1の期首に利子率10%で償還価額 $20,000のゼロ・クーポン債を発行 し、$15,026の現金を受け取った。そこで、その現金受取額を社債の帳簿価額として記入 し、帳簿価額と償還価額の差額は、償還期に至る各会計期間に配分される。現行の会計処 理では、期首の社債の帳簿価額に当初認識時の利子率(10%)を乗じた金額を社債利息と して計上することによって、社債の帳簿価額を増加する。かかる手続きを各会計期間で行 うことによって、償還期(期間3)に帳簿価額と償還価額は等しくなる。

 現行の会計処理では、当初認識後、報告企業の信用リスクが上昇し、利子率が変動(本 説例では、期間2に利子率が10%から12% に上昇)したとしても当該影響は、金融負債 の測定額と社債利息の金額に反映されない。つまり、当初認識時に市場参加者が要求した リターンに基づいて期間損益が計算される。したがって、現行の会計処理では、当初認識 時の信用リスクが期間損益に反映される。

②公正価値会計の場合

 ABC 社は、期間1の期首に期間3に $20,000で償還されるゼロ・クーポンを発行したの で、当該キャッシュ・アウト・フローの金額をその時の利子率(10%)で割り引くことに よって、各期間の負債の帳簿価額が計算される。本設例では、報告企業の信用状態の悪化 によって、利子率は、当初の10%から期間2に12% に上昇したので、それ以後、当該利 子率を用いて社債の帳簿価額が計算される。このように、公正価値会計では、測定時の報 告企業の信用リスクが負債の帳簿価額に反映されるのである。

 一方、公正価値会計では、社債利息は、期首の社債の帳簿価額に期首の利子率を乗じて 計算される。本設例では、利子率は10%から12% に上昇したので、当初の利子率10%で 計算した $18,182と改定後の利子率12%で計算した $17,857の差額 $325が期間2に社債 評価益として計上される。

 このように、利子率の変動に評価損益が計上されるのは、それ以後、市場参加者が要求 するリターンに基づいて期間損益を計算するためである。したがって、公正価値会計では、

期首の報告企業の信用リスクが期間損益に反映されるのである。

③現行の会計処理と公正価値会計の差異 

 以上のように、説例を用いて金融負債の現行の会計処理と公正価値会計の比較をおこ なったが、当初認識時の帳簿価額と償還価額の差額が3期間の損益の合計額となるので、

3期間全体を通してみれば、現行の会計処理(社債利息 $4,974)と公正価値会計(社債利 息 $5,299−社債評価益 $325= $4,974)の間に損益の差はない。

 ところが、各会計期間の期間損益は、現行の会計処理と公正価値会計との間で差異が生

じる。報告企業の信用状態の変化などで利子率が変動した場合、公正価値会計では、それ

(11)

以後、当該利子率に基づいて期間損益が計算されるために、利子率の変動時に評価損益が 計上されるのである。

 市場における価値の認識という視点から見れば、金融負債の減価は自然なものとなるが、

第三者から見れば、債務者の信用状態が悪化すると利益が生じるという一般の直感的認識 と逆行する。そこで、特に自らの信用状態の変化によって生じる評価損益の扱いについて は再考することが求められているのである。次節では、負債のパラドックスを解決するた めの方策および公正価値評価の代替案について考察する。

 

(3)負債のパラドックスを解決するための方策

 上述したとおり、金融負債を公正価値で測定した場合に負債のパラドックスが生じるこ とに強い懸念が示されてきた。

 負債のパラドックスが生じるのは、報告企業の信用状態の変化が事業機会の現在価値の 増減に起因する場合、現行の会計システムの下では、無形財の価値の増減が財務諸表上で 認識されないので、金融負債を公正価値で測定すれば、かかる評価損益のみが認識される 状態が生じるからである

(16)

 では、負債のパラドックスを解決するためには、どのような方策が考えられるのであろ うか。(以下では、草野を参考に負債のパラドックスを解決するための方策について検討 を行う。)

 まず、負債のパラドックスを根本的に解決する方法として、貸借対照表の純資産簿価が 株主価値を表示する「理念的な公正価値会計

(17)

」 (Penman and Nissim 2008,p.17)の採 用が考えられる。つまり、貸借対照表で企業価値(負債価値と株主価値)を表示し、株主 の富の変動を会計上の利益として計算する会計システムを採用するのである。かかる会計 システムの採用によって、報告企業の信用状態の変化の原因である事業機会の価値の増減 を財務諸表上で認識・測定することが可能となる。しかし、この解決策は、現行の財務報 告の目的に抵触することに注意しなければならない。なぜならば、現行の「財務報告(の 目的)は、投資者、債務者、その他の情報利用者が、当該企業に期待される正味キャッシュ・

フローの金額、時期、そして不確実性を評価する際に役立つ情報を提供する」(FASB  1978,par.37)ことであって、「企業の価値を直接測定することを目的としていない」

(FASB 1978,par.41)からである。そこで、負債のパラドックスを回避するためには理念 的な公正価値会計以外の方策が必要とされ、その代替案として、以下の方法が考えられ る

(18)

①金融負債を償却原価で測定する方法(19)

 金融負債を契約上のキャッシュ・フローと当初認識時の実効利子率を用いて測定するの

である。金融負債を償却原価で測定すれば、償却期間の途中で報告企業の信用状態が変化

(12)

したとしても、当該影響を測定額に反映する必要はない。

②金融負債を報告「実体自身の信用リスクの変化を無視する現在価値」で測定する方法(20)

 この方法は、当初認識時に現金受領額に基づいて金融負債を測定するが、当初認識後、

契約上のキャッシュ・フローを信用リスクの変化の影響を控除した市場利子率で金融負債 を測定する

(21)

(Upton 2009,par.62(c))。当初認識時の信用スプレッド(当初認識時の実効 利子率と無リスク利子率の差)を固定した割引率を使用して金融負債を測定するために、

償却期間の途中で報告企業の信用状態が変化したとしても、当該影響は測定額に反映され ない。

③当初認識時より報告企業の信用リスクの影響を控除して金融負債を測定する方法(22)

 契約上のキャッシュ・フローを無リスク利子率で割り引いて金融負債を測定するために、

償還期間の途中で報告企業の信用状態が変化したとしても、当該影響は測定額に反映され ない。負債の公正価値は、契約上のキャッシュ・フローを無リスク利子率で割り引いた部 分とプット・オプションに区別できるが

(23)

(Merton 1974)、当初認識時に契約上のキャッ シュ・フローを無リスク利子率で割り引いて金融負債を測定すれば、当該測定額と現金受 領額にとの間に差異が生じる。このプット・オプションを資産として計上する考え方は、

以前より言及されてきた

(24)

(Crooch and Upton 2001,p.ln:JWGSS 2000,par.4.53)。先行 研究では、このプット・オプションの性質を考慮して、当初認識時に費用処理する会計処 理

(25)

(Heckman 2004)、あるいは株主持分の減少と捉える会計処理

(26)

(Chasteen and  Ranson 2007) が提案されている。

④金融負債を公正価値で測定するが、報告企業の信用状態の変化から生じる公正価値の変 動を純利益又は純損益に計上しない方法(27)

 以前より、純利益は「一(会計)期間の業績の測定値」 (FASB 1984,par.34)や「企業 と経営者の業績指標」(IASB 2010b,par.BC20)と捉えられてきた。そこで、報告企業 の信用状態の変化から生じる公正価値の変動を、その他の包括利益として計上すれば、償 還期間途中で報告企業の信用状態が変化したとしても、当該影響は純利益又は純損益に反 映されない。当該方法は、その他の包括利益から純損益にリサイクルを容認しない方法

(IASB 2010a)に分類される。

 このように、理念的な公正価値会計の採用以外に、負債のパラドックスを回避するため

の対策として、大きく以上の 4 つが考えられる。これら4つの方法のうち、FASB は、金

融負債を償却原価で測定する方法、そして金融負債を公正価値で測定するが、報告企業の

信用の変化に起因する公正価値の変動をその他包括利益として認識する方法を提案する。

(13)

 

(4)金融負債の代替的な測定方法における利益測定の特徴(28)

 理念的な公正価値会計の採用以外に、負債のパラドックスを回避するための対策といて、

上述した4つの方法が考えられる。そこで③当初認識時より報告企業の信用リスクの影響 を控除して金融負債を測定する方法について、草野2010(a) の設例をもとに、Heckman ア プローチおよび Chasteen and Ransom アプローチについて検討を行う。

① Heckman アプローチ

 Heckman は、当初認識時に現金受領額(公正価値)と割引現在価値の差額を「借入ペ ナルティ」 (borrowing penalty)として費用処理する方法を提案した(以下、 「Heckman アプローチ」という)。その結果、企業の信用状態にかかわらず、負債は同じ金額で計上さ れるが、信用状態の差異は当初認識時の損益として表れる。以下の図表は、設例2につい て各期間の ABC 社の取引の内容を整理し、その仕訳を示したものである。

        

図表5 Heckman アプローチにおける取引内容と仕訳

 ABC 社は、期間1の期首に期間3に $20,000で償還されるゼロ・クーポン債を発行した。

当該キャッシュ・アウト・フローの金額を無リスク利子率(6%)で割り引くことによっ

【設例 2】

ABC 社は、期間1の期首(期間0)に償却価格 $20,000のゼロ・クーポン債を発行し、期 間3の期末に償還する。無リスク利子率は6%で3年間変動がないものと仮定する。一方、

期間1の期首時点で ABC 社と同等の信用状態の会社が発行したゼロ・クーポン債の利子率 は10%である。期間2の期末に ABC 社の信用状態が悪化して利子率は12% に上昇した。

それ以外の利子率の変動はないものとする。

社債利息 社債の帳簿価額

1,766 16,792

期間 0

1,008 17,800

期間 1

1,068 18,868

期間 2′

信用状態変化

18,868 期間 2

1,132 20,000

期間 3

4,974 合計

金額 貸方科目

金額 借方科目

16,792 社債

15,026 現金預金

期間 0

1,766 社債利息

1,008 社債

1,008 社債利息

期間 1

1,068 社債

1,068 社債利息

期間 2

1,132 社債

1,132 社債利息

期間 3

(出所:草野 2010(a),156頁を加工修正。)

(14)

て、社債の帳簿価額 $16,792が計算される。その一方で、ABC 社と同等の信用状態の会社 が発行したゼロ・クーポン債の利子率は10%であるため、ABC 社はゼロ・クーポン債の 発行によって、現金 $15,026を受け取った。Heckman アプローチでは、当初認識時に社 債の帳簿価額と現金受取額の差額 $1,766が社債利息(借入ペナルティ)として計上される。

 Heckman アプローチでは、将来キャッシュ・フローの金額を測定時の無リスク利子率 で割り引くことによって、各期間の負債の帳簿価額が計算される。そこで、社債利息は、

期首の社債の帳簿価額に期首の無リスク利子率を乗じて計算される。したがって、償還期 に至る途中で報告企業の信用状態が悪化し、利子率が変動したとしても、報告企業の信用 リスクの変化の影響は、金融負債の測定額と社債利息の金額に反映されない。

② Chasteen and Ransom アプローチ

 Chasteen and Ransom は、当初認識時に現金受領額(公正価値)と割引現在仮の差額 を株主持分の減少として処理する方法(以下、「Chasteen and Ransom アプローチ」と いう)を提案した。その際に、企業「実体の信用状態は借入コストに影響するべきであ る

(29)

」(Chasteen and Ransom2007,129)ことから、信用状態の違いは、利子費用の金 額として損益計算書に反映される。図表6は、設例2について、各機関の ABC 社の取引の 内容を整理し、その仕訳を示したものである。

図表6 Chasteen and Ransom アプローチにおける取引内容と仕訳

株主持分の 控除    プット・ 

オプション 無リスク利子率

信用リスク調整後利子率

社債の 増加額 社 債 の

社債利息 帳簿価額 社 債 の

公正価値

1,766 1,766

16,792 15,026

期間 0

(495) 1,271

1,008 17,800

1,503 16,529

期間 1

(585) 686

1,068 18,868

1,653 18,182

期間 2′

325 (325)

信用状態変化

1,011 18,868

17,857 期間 2

(1,011) 0

1,132 20,000

2,143 20,000

期間 3

(325) 3,208

5,299 合計

金額 貸方科目

金額 借方科目

16,792 社債

15,026 現金預金

期間 0

1,766 社債利息

1,008 社債

1,503 社債利息

期間 1

495 1,068 社債

1,653 社債利息

期間 2

585 1,132 社債

2,143 社債利息

期間 3

1,011

(出所:草野 2010(a),156頁を加工修正。)

(15)

 ABC 社は、期間1の期首に期間3に $20,000で償還されるゼロ・クーポン債を発行した。

当該キャッシュ・アウト・フローの金額を無リスク利子率で割り引くことによって、社債 の帳簿価額 $16,729が計算される。その一方で、ABC 社と同等の信用状態の会社が発行し たゼロ・クーポン債の利子率は10%であるため、ABC 社は、現金 $15,026を受領する。

Chasteen and Ransom アプローチでは、当初認識時に社債の帳簿価額と現金受領額の差 額 $1,766が株主持分の減少として処理される。Chasteen and Ransom アプローチでは、将 来キャッシュ・アウト・フローの金額を測定時の無リスク利子率で割り引くことによって、

負債の帳簿価額が計算される。その一方で、信用状態の違いが利子費用に反映されるので、

社債利息は、期首の社債の公正価値に期首の信用リスク調整後利子率を乗じて計算される。

ここで、社債の帳簿価額は無リスク利子率を用いて計算されるので、社債の帳簿価額の増 加額と信用リスク調整後利子率に基づいて計算された社債の金額との間に差異が生じる。

当該差異は、株主持分の増加として処理される

(30)

(Chasteen and Ransom2007,130)。

 Chasteen and Ransom アプローチでは、償還期に至る途中で報告企業の信用状態の変 化によって利子率が変動した場合、無リスク利子率が変動した訳ではないので、帳簿価額 に影響は与えない。その一方で、社債利息の金額は、信用状態の違いを反映するため、報 告企業の信用リスクが変化した場合、当該変化の影響はその後の期間損益に反映されるの である。

 

(5)FASB の提案方法の特徴

 報告企業の信用状態が悪化したときに、金融負債を公正価値で測定すれは、評価益が計 上されるが、かかる「見かけ上の利得は真空(状態)で発生しない」 (IASB 2008, par3. 

74(c))。報告企業の信用状態の悪化が資産価値の減少を原因とする場合、当該資産を公正 価値で測定したときに、金融「負債の信用リスクの変化を反映しないことは、資産と負債 の会計上のミスマッチをもたらす

(31)

」(Upton 2009,par.42) ことになる。

 FASB は、特定の金融負債を公正価値で測定するが、その公正価値の変動をその他の包 括利益として認識することによって、負債のパラドックスを回避するとしている。自己の 信用リスクの変化に起因する公正価値の変動額を、従来の「損益に計上する方法」から、

「(その他の包括利益として)包括利益に計上する方法」へ変更することを提案しているの である

(32)

 具体的には、次のような2段階アプローチを提案している。第1段階では、企業は公正 価値オプションが適用された金融負債の公正価値変動の全体を純損益に表示する。第2段 階では、企業は公正価値変動のうち当該資産の信用リスクの変動に起因する部分を純損益 から控除し、その金額をその他の包括利益に表示する。また、信用リスクの変動に起因す る部分は、純損益にリサイクリングされない

(33)

 その他包括利益から純利益にリサイクルを容認しない処理方法の場合、金融資産の価値

(16)

の減少は評価損や減損損失として純利益で認識されるのに対し、金融負債の評価益はその 他包括利益として認識される。その他包括利益から純利益へのリサイクルが容認されない ので、純利益で見る限り、金融資産と金融負債の会計上のミスマッチが生じる可能性があ る。一方、FASB では、その他包括利益から純利益へのリサイクルが認められているため、

金融資産の評価損や減損損失の認識に合わせて、金融負債の評価益に関してリサイクルを 行えば、会計上のミスマッチは回避される。しかしながら、当該会計処理を行うためには、

「貸借対照表の対応(34)」(Nissim and Penman 2008,p.9)、すなわち金融資産と金融負債の 対応が必要とされる。

 以上のように、FASB では、金融資産と金融負債の会計上のミスマッチを回避するため に、特定の金融負債を公正価値で測定するが、その公正価値の変動をその他の包括利益と して認識する。ところが、当該会計処理によって、金融資産と金融負債の会計上のミス マッチが起こる可能性はある。つまり、FASB は、金融資産と金融負債の会計上のミス マッチを回避することを目的に特定の金融負債を公正価値で測定するにもかかわらず、当 初の目的が達成されないのである。

 

(6)まとめ

 本節では、まず金融負債の公正価値測定への懸念を回避する方法として、草野2010(a) および (b) を参考に、Heckman アプローチと Chasteen and Ransom アプローチ、なら びに FASB の提案する方法の利益測定の特徴を明らかにした(35)

 Heckman アプローチは、当初認識時の損益に報告企業の信用リスクを反映し、当初認 識以後の期間損益に時間の経過のみを反映する。一方、Chasteen and Ransom アプロー チは、当初認識以後、期間損益は市場参加者が要求するリターンに基づいて計算されるの で、期間損益に期首の信用リスクが反映され、その限りでは、公正価値会計と同じ特徴を 有する期間損益を報告する。もちろん、当初認識時にデフォルト・プットを株主持分の控 除項目として処理し、当初認識以後、現行の会計処理と同じ特徴を有する期間損益を計算 するように、Chasteen and Ransom アプローチを修正することは可能である。この場合、

クリーン・サープラス関係は保たれるが、当初認識以後の株主持分の増加がどのような取 引の実体を表しているのか明らかにする必要がある。

 最後に、FASB 提案方法では、金融資産と金融負債の会計上のミスマッチを回避するた めに、特定の金融負債を公正価値で測定するが、その公正価値の変動をその他の包括利益 として認識する。ところが、当該会計処理によって金融資産と金融負債の会計上のミス マッチが起こる可能性があることを指摘した。

 以上、報告企業の信用状態の変化を考慮して、金融負債を測定する場合、その懸念を回 避する測定方法の利益測定の特徴について検討した。ただし、今回負債の公正価値測定の 懸念を回避するすべての代替案について検討したわけではない。さらに、代替案の検討で

(17)

は、契約上のキャッシュ・フローを無リスク利子率で割り引いて負債を測定することを前 提としたが、かかる測定方法が金融負債に妥当なのか否か、多面的

(36)

に検討する必要があ る。金融負債のみならず、他の負債にも検討対象を広げ、負債の測定方法に関する検討が 引き続き必要とされる。さらに、金融負債の公正価値測定による評価益計上の根拠に関し て意義を唱える声もある。金融負債の公正価値測定の評価益計上の根拠は、発行企業が市 場から自社の社債を買入れ、これを償却することが可能であるという前提で決められたも のである。しかし、このような利益は容易に実現し難く、横瀬(2010)は、「利益計上に より確実性が要求される IFRS にあってこの基準は理論倒れの巻を持たざるを得ない

(37)

」 と指摘した。

 金融商品の全面公正価値会計に関する公開草案の検討においては、自己の信用リスクの 変動に起因する部分を除いた割引率で金融負債を測定する方法など、さまざまな方法が検 討された。しかし、最終的には IAS 第39号の会計処理を多く引き継いで、最低限の修正 に止めるような公開草案が提案された。2009年11月に公表された IFRS 第9号において、

金融資産については新しい分類と測定が決定されたが、金融負債についての取扱いは見 送った。そのため、金融負債は IAS 第39号の分類と測定の考え方が継続しており、当面 の間は金融資産と金融負債とで必ずしも対照的な会計処理が行われない状況である

(38)

5.おわりに

 本稿では、IFRS とのコンバージェンスへ向けた金融商品の会計基準の近年の動向と課 題について、金融負債の公正価値測定を中心に論じてきた。とくに、公正価値評価により 自社の信用状態の悪化に伴って、金融負債の評価益が認識され、直感に反する結果になる

(負債のパラドックス)ことに対して強い懸念が示されていることから、当該問題につい て取り上げ考察を行った。

 負債のパラドックスが生じるのは、報告企業の信用状態の変化が事業機会の現在価値の 増減に起因する場合、現行の会計システムの下では、無形財の価値の増減が財務諸表上で 認識されないため、金融負債を公正価値で評価するとその評価損益のみが認識されるから である。そこでまず、現行会計処理と公正価値会計との差異を設例を用いて比較検討を 行った。その結果、償還期間全体を通してみると現行の会計処理と公正価値会計との間に 損益の差はないが、各期間の期間損益は、現行の会計処理と公正価値測定の間で差異が生 じることになることが明らかになった。

 次に、負債のパラドックスを回避するための代替的な測定方法とその特徴について、草 野(2010  (a))を参考に検討を行った。負債のパラドックスを解消する1つの方法として、

貸借対照表の純資産簿価で株主価値を表示する「理念的な公正価値会計」の採用が考えら

れる。だが、貸借対照表で企業価値を表示し、株主の富の変動を会計上の利益として計算

する会計システムを導入することは、現行の財務報告の目的に抵触する。そこで、公正価

(18)

値会計に変わるであろう処理方法の中から、「当初認識時から報告企業の信用リスクを控 除して負債を測定する方法」について検討を行った。負債の公正価値は、契約上のキャッ シュ・フローを無リスク利子率で割り引いた部分とプット・オプションに区別できるが、

契約上のキャッシュ・フローを無リスク利子率で割り引いて金融負債を測定した場合、当 該測定額と現金受領額との間に差異が生じる。当該差異の取扱いに関して、Heckman  (2004) および Chasteen and Ransom(2007) 両者の会計処理の比較検討を行い、その代替 的な測定方法における利益測定の特徴を明らかにした。さらに、FASB の提案する「金融 負債を償却原価で測定する方法」および「金融負債を公正価値で測定するが、報告企業の 信用状態の変化に起因する公正価値の変動をその他包括利益として認識する方法」に関す る検討も行った。その場合、金融資産と金融負債の会計上のミスマッチが生じる可能性を 指摘した。このように、公正価値評価の代替案となるであろういくつかの方法について検 討を行ったが、いずれの方法もより多面的な検討が必要であり、公正価値による評価が負 債について合理的と考えられる論拠は得られなかった。金融負債を公正価値で測定する1 つの理由は、金融資産の公正価値測定に対応するためであるが、金融負債を公正価値で測 定することによって、投資意思決定の有用性が改善するのか否かについて、よりいろいろ な視点から検討する必要があると考えられる。

 2010年3月期から、わが国においても IFRS の任意適用が始まり、IFRS を適用した財 務諸表が公開されるなど、IFRS とのコンバージェンスが進みつつある。2011年5月、

IASB は IFRS13号「公正価値測定」を公表した。同基準では、公正価値を市場参加者の 観点からの出口価格と定義するとともに、公正価値に関する開示要件を定めている。また、

FASB も同日、会計基準更新書(ASU)第2011−04号を公表、Topic820(公正価値の 測定及び開示)に関して同様の改訂を行っている。これにより、公正価値測定のコンバー ジェンスが実質的に完了した。

 しかし、会計基準を国際的に一元化しても、各国の周辺制度がそれに歩調を合わせて変 わらなければ、会計実務は統一されず、財務情報の比較可能性は達成される保証はない。

さらに、基準設定主体のグローバル・ポリシーは、市場のニーズに応じたイノベーション を妨げて、基準の品質を高める景気を失わせる可能性もあるとの指摘の声もある。また、

金融商品の全面公正価値会計導入の必要性として、JWG は「金融商品の認識および原価主

義に基づく測定に関する伝統的な会計概念は、再検討することが明白になってきてい

(39)

。」とし、原価主義会計の再検討と金融商品の包括的時価評価の導入を全面的にうたっ

てきたが、公正価値会計にも混合属性会計とは異なる問題点が指摘されている。混合属性

会計が問題を抱えているというだけの理由で全面公正価値会計を支持するのではなく、公

正価値による評価が、どのような資産や負債について合理的と考えられるのか

(40)

に関す

る論拠を明らかにするとともに、状況に応じた公正価値測定の議論が必要になってくると

考えられる。

(19)

 

【脚注】 

 

(1)FASB,  Statement  of  Financial  Accounting  Standards  No.  157,  Fair  Value  Measurement,  2006, para. 5.

 

(2)古賀智敏「公正価値測定の概念的構図と課題」『企業会計』第56巻 第12号、2004年、18˜24頁。

 

(3)古賀智敏「金融商品と公正価値会計」『會計』第157巻第1号、2000年、27頁。

 

(4)金子康則『公正価値会計の実務』中央経済社、2009年、57˜59頁。

 

(5)佐藤嘉雄「IFRS 金融負債について」『企業会計』第62巻 第9号、42˜48頁。

草野真樹「金融負債の公正価値測定と報告企業の信用状態の変化」『日本簿記学会年報』第25号、

2010年(a)、153頁。

 

(6)草野真樹「金融負債の公正価値測定の動向と報告企業の信用状態の変化」 『會計』第178巻、第4 号、2010年(b)、58˜59頁。

 

(7)Upton,W.S.Jr.(2009)Staff Paper Accompanying Discussion Paper DP/2009/2,Credit Risk  in Liability Measurement:A Paper Prepared for the IASB by its Staff,IASB,para.48.(草 野 真 樹 前掲論文 2010年  (a))

 

(8)徳賀芳弘「公正価値会計の行方−パラダイム転換の分岐点としての金融負債の公正価値評価」『企 業会計』第62巻第1号、2010年、18頁。

 

(9)田中健二「負債の時価評価序説」『JICPA ジャーナル』第467号、1994年、28˜32頁。

 

(10) 田中健二「IFRS における負債の認識と測定」『企業会計』第62巻 第9号、2010年、23頁。

 

(11)  岩村充『企業金融講義』東洋経済新報社、2005年、104˜105頁。

 

(12)Barth, M. E., and W. R. Landsman  (1995),  Fundamental Issues Related to Using Fair Value  Acounting  for  Financial  Reporting,  Accounting  Horizons  Vol.9,No.4,p.104,  Upton  2009,para.32(徳賀芳弘 前掲書、2010年)

 

(13)  徳賀芳弘 前掲論文、2010年、18˜19頁。

 

(14)  草野真樹 前掲論文、2010年(a)、154頁。

 

(15) 草野真樹 同上論文、2010年(a)、154頁。

 

(16) 草野真樹 前掲論文、2010年(b)、61頁。

 

(17)Nissim, D. and S. H.Penman (2008)White Paper No.2,Principles for the Application of Fair  Value  Accounting,Center  for  Excellence  in  Accounting  and  Security  Analysisi

(CEASA),p.17(草野真樹 同上論文、2010年(b))

 

(18) 草野真樹 前掲論文、2010年(b)、61頁。

 

(19) 草野真樹 同上論文、2010年(b)、61頁。

 

(20)  草野真樹 同上論文、2010年(b)、61頁。

 

(21)  Upton 2009,ibid.,p.i.par.62(c)(前掲書)

 

(22) 草野真樹 前掲論文、2010年(b)、61頁。

 

(23)Merton,  R.C.  (1974),  On  the  Pricing  of  Corporate  Debt  :  The  Risk  Structure  of  Interest  Rates,  The Journal of Finance,Vol.29,No.2,pp.449-470.(草野真樹 前掲論文、2010年  (b))

 

(24)Crooch, G. M. and W. S. Upton Jr.(2001),  Credit Standing and Liability Measurement,   Understanding the Issues,Vol.4,Series1,p.ln(草野真樹 前掲論文、2010年  (b))

JWGSS  (2000),  An  Invitation  to  Comment  on  the  JWG s  Draft  Standard,Financial  Instruments and Similar Items, JICPA.par.4.53.(日本公認会計士協会訳『金融商品および類似 項目』日本公認会計士協会、2001年)

 

(25) Heckman, P. E. (2004),  Credit Standing and the Fair Value of Liabilites : ACritique,  North  American Actuarial Journal,Vol.8,No.1,pp.70-85.(草野真樹前掲論文、2010 年  (b))

 

(26) Chasteen,  G.  M.  and  C.  R.  Ranson  (2007),  Including  Credit  Standing  in  Measuring  Fair 

Value of Liadikities-Let s Pass This One the Shareholders,  Accounting Horzons, Vol.21, 

参照

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