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ドビュッシー歌曲作品に関する研究

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Academic year: 2021

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ドビュッシー歌曲作品に関する研究

ーヴェルレーヌ詩に対するドビュッシーの詩想、と音像化への試み一 教科・領域教育専攻

芸術系(音楽)コース 榎 本 あ ん な

[修了演奏曲目:ソプラノ独唱】

Achille=Claude Debussyドビュッシ一作曲 Paul Verlaine  ヴェルレーヌ詩

Melodiés~Ariettes Oubliées~ de 

歌曲集『忘れられし小唄』より C'est l'Extase それはやるせなき」

Il p 1 eure dans mon coeur  I私の心に涙降るJ L' ombre des arbres 木々の影j

Chevaux de bois 回鞍ド馬J

指導教員 草 下 賞

対して造詣が深く,詩によってインスピレーシ ョンを受けて作られた歌曲作品は,特に青年期 において重要な位置を占めている。そして,彼 の歌曲作品はメロディ (Melodie)の最盛期を彩 り,彼の音楽は同時代々殺の芸術家に大きな影 響を与えたとされている。 ドビュッシーの歌曲 作品に大きな影響と発展をもたらした詩人のな かに, 19世紀のフランス詩人ヴ、エルレーヌ (Paul Verlaine 1844‑1896)がいる。 ヴェノレレ Green  「グリーンJ ーヌは音楽性に富んだ美しい言葉の響きを用し、

Spleen  「スプリーンj Melodiés~Fêtes galantes 1er Recueil~ de 

歌曲集『みやびやかな宴第1集』より En sourdine 

Fantoches  Clair de lune 

はじめに

「ひそやかにJ

「操り人形j

「月の光」

「うたうこと」において,演奏者はその楽曲 における音締句側面の美しさを瑚卒し表現する と同時に,文学的側面としてのその歌詞の意味 や内包するメッセージなどを理解し,その上で 音楽と言葉を融合させていくことが肝要である

と考える。

フランスの作曲家ドピュッシー(Achille

Claude Debussy  1862‑1918)は守糖、と楽想の 最も深いところでの一致"を達成したと評され る作曲家である。 ドビュッシーは詩学や美学に

て詩作している。

本解説書では, ドピ、ユツシー歌曲作品を通し て,その詩想観や音楽観を探究することにより,

実際の演奏表現に具象化するため考察する。ヴ ェルレーヌ詩の解釈,さらにその詩による歌曲 作品の分析を通して,メロディの魅力を探究し,

演奏表現のよりどころとしたいと考える。

研究の概要

ま ず [1 

J

において,メロディについてその 定義と起源を明らかにし,その特性を概念化し た。メロディは,サロンとしづ特殊な環境の中 で発達した19;20世紀におけるフランスの伴奏 付き歌曲であり,フランス詩と音楽の融合をフ ランス独自の方法で目指した芸術家による芸術 作品であると考えられる。さらに,その中でド ビュッシー歌曲はどのような特徴を持っている のかを整理した。 ドビュッシーの旋律線は言葉 に極めて忠実に感

J

芯し,その結果,彼独自の朗

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語法を作り出した。過去のどのような音楽家た ちとも違う方法で きわめて暗示的で感覚的な その詩節を繊細な音楽表現有去をもって自ら成 立させることで如何なる陰影をも音像化してい

くことに成功した。

[II 

J

では,ヴェルレーヌの詩業を概観し,

さらにその『詩法』から彼の詩の音楽性の特徴 を角献した。奇数音節や同一母音による目立た ない脚韻の使用,さらに象徴的で唆昧な意味を もっ言葉の使用を勧め,暗示的な詩を創作した ことを明らかにした。彼は一方でそれまでの詩 人達の形式を踏襲しつつ他方では彼独自の新 しい形式によって暗示的で鱗固な精枠性を象徴 する音楽的な詩篇を創作した。

〔皿〕では,修了演奏で取り上げた楽曲につ いて分析し演奏解釈を述べ, ドビュッシーが どのように音像化したかを考察し九ドピ、ユツ シーはヴェルレーヌ詩に作曲する際,その詩句 ひとつひとつの意味以上にその本質的な観念的 世界を忠実に音像化していることがわかった。

ヴェルレーヌ詩を音像化したドビ、ユツシー歌曲 は一見,ヴェールに包まれているように暖味に 感じられるのだが,決して暖味なのではなく明 確に表現されるべきものである。歌曲集『みや びやかな宴』では人の憂し時精神性を夜の静寂 やナイチンゲールで象徴させることによって見 事に表出させている。つまり,ここでは 暖昧 さ"は 象依'と向義と捉えることができる。

歌曲集『忘れられし小唄』ではドビ、ユツシーは その詩句に添い,忠実に音楽で表現する。 ドビ ュッシーは詩に随伴することに甘んじず,その 雰囲気を引き伸ばしもせず大げさにすること もせず,そのまま聴き手の心により直接的に届 かせることを目指したと考えられる。 ドピ、ユツ シーは音楽で詩を翻訳しているとも言える。

今回, ドビ、ユツシーの歌曲作品を考察するに あたり,手掛かりになった言葉が 媛味"であ る。人間関係を築いていく中で,迷い,苦悩す ることは多くあるD 自分自身でも言葉で説明が 出来ないような複雑な想いを抱くのが人間であ る。しかし,その想いは暖味に抱いているので はなく,確固たる存在感をもってその想いは抱 かれているのた詩人ヴェノレレーヌもドビュツ シーもそのような想いを表現するために,それ までの既成概念に捕らわれず,自己の独自の表 現法を探究したと考えられる。

修了演奏にあたっては彼がその作品に表現 しようとした 媛味さ(象徴するもの)"を忠実 に表現することは必歪である。フランス語の抑 揚を生かしたドピ、ユツシーの朗論法やその音の 構成,鱗田で美しい Pの表現,さらにダイナミ クスや術輸分での表現等に留意し,歌唱表現 できるよう努力する必要がある。

おわりに

今後は,今回取り上げることが出来なかった 他の詩人の詩作によるドビ、ユツシーの歌曲や他 の作曲家によるメロディ,さらに他のフランス 歌曲であるロマンスやシャンソンについても取 り上げて研究を進めたい。また,青年期のドピ ユツシーが自己の成長段階に応じて何度もヴェ ノレレーヌ詩を角醸し直し作品を精錬させていっ たように,私自身も自己の歌唱技術や心の成長 段階に応じて,より精錬された芸体尚歌唱表現 を目指すことを課題としたい。さらに,詩想と 楽想、を統合し,自らの内心の再稽成された自我

(IL'象)を陶化的(正の価値を希求)に実現す ることで,単に聴き手へ一対句に想いを伝える だけではなく,聴き手の心的同調,つまり自我 の再編成を導き,新たな具象化による歌唱のあ り方と芸術表現よの進展を追究していきたし L

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