「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コ ミュニティの現状 : マンション住民を焦点として
著者 鯵坂 学, 丸山 真央, 上野 淳子, 加藤 泰子, 堤 圭史郎
雑誌名 評論・社会科学
号 113
ページ 1‑106
発行年 2015‑06‑30
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014251
要約:名古屋市でも1990年代後半以降,都心部の人口が,減少から増加に転じる「都心回 帰」が顕著になってきている。そこにおいて,都心の地域コミュニティはどのような変化 を経験しているのか。また都心人口の再増加を牽引しているマンションの新住民の社会的 背景にはどのような特徴があるのか。官庁統計の分析,都心部の学区でのインタビュー調 査,中区内のマンション住民を対象とした質問紙調査を実施した結果,次のような知見が 得られた。①人口増加は主に単身世帯や夫婦世帯によって牽引されている。②マンション 住民は,区内からの転入が多く,居住満足度や定住志向はおしなべて高い。③社会階層は,
旧住民より新住民のほうが高い。④都心部の地域住民組織は,旧住民を中心に活動してお り,昼間人口である事業所を巻きこむ努力もみられるが,新住民の参加は低調である。と はいえ,⑤新住民の中にコミュニティ形成の契機は一定程度あるのは確かで,既存の地域 住民組織の活動との懸隔を埋めるとりくみが今後必要になってくると思われる。
キーワード:都心回帰,都心,マンション住民,コミュニティ,名古屋市
目次
1.「都心回帰」時代の名古屋市と本研究の課題 1−1.はじめに
1−2.名古屋都市圏の特徴 1−3.本論の位置づけ
2.名古屋圏における「都心回帰」の概況 2−1.都心人口の増加と転出入
2−2.年齢層および家族類型における変動 2−3.職業構成の変化および外国人の増加 2−4.マンション供給の動向
3.名古屋市中区の地域コミュニティの現状 3−1.学区別の特徴
────────────
1)同志社大学社会学部教授 2)滋賀県立大学人間文化学部准教授 3)桃山学院大学社会学部准教授 4)同志社大学社会学部嘱託講師 5)福岡県立大学人間社会学部准教授
*2015年4月8日受付,2015年4月21日掲載決定
論文
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における 地域コミュニティの現状
──マンション住民を焦点として──
鯵坂 学
1)・丸山真央
2)・上野淳子
3)加藤泰子
4)・堤圭史郎
5)1
3−2.都心商業地区の事例──栄学区 3−3.マンション増加地区の事例──老松学区 4.名古屋市中区マンション住民調査の概要
4−1.調査の方法 4−2.回答者の基本属性 4−3.回答者の世帯の特徴
4−4.回答者の社会階層──仕事,学歴,収入 5.マンション居住の実態
5−1.回答者の住宅状況 5−2.現在の住宅に入居する以前 5−3.住宅選択の要因
5−4.居住満足度と定住志向 5−5.生活環境への満足と不満 6.ライフスタイル
6−1.購買行動 6−2.文化活動 7.近所付き合い
7−1.マンション内での近所付き合い 7−2.マンション内活動への参加状況 7−3.地域住民との近所付き合い 8.町内会・自治会への参加
8−1.加入状況
8−2.活動・行事への参加経験 8−3.町内会・自治会に求めること 9.社会意識
9−1.コミュニティ意識
9−2.都心的ライフスタイルへの志向性 9−3.価値観
10.政治とのかかわり 10−1.政治的ネットワーク 10−2.支持政党
11.結論
11−1.本論の知見 11−2.今後の課題
付録1 名古屋市中区マンション住民調査の調査票 付録2 名古屋市中区マンション住民調査の単純集計表
1.「都心回帰」時代の名古屋市と本研究の課題
1−1.はじめに
これまで
2000
年前後からの日本の大都市における人口の「都心回帰」現象を焦点に して,大阪市北区,福岡市中央区,札幌市中央区,東京都中央区における人口動態や社 会構造,社会関係,空間構造の変動についての共同研究をおこなってきた。つまり,1960
年代以降に急激に人口が減少し,業務地区化や一部インナーシティ化した都心地域が,「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 2
バブル経済の崩壊を経て,都心への人口の再集住化により,どのように変動しているの か。どのような階層(職業や年齢層,世帯・家族形態など)の人々が,どのような地域
(近接地域か郊外地域か,さらに他の都市圏か)から都心に流入してきているのか,そ れらの新住民の社会文化的な特徴や近隣住民との関係はどうなっているのか(プライバ シー型なのかソシアビリティ型なのか),また以前からその地域に住んでいた旧住民と の関係のありようについて明らかにしようとしてきた。具体的な調査研究としては,各 都市の市役所および都心区の行政機関へのインタビュー,区及びその代表的な学区・地 域の地域住民組織の代表者へのインタビュー,各種の社会統計データの解析,そして都 心に住むマンション住民への質問紙調査(対象者は
1,000〜1,100
人,回答者は350〜500
人)をおこない,それらの資料や調査データを分析し共同研究の成果を公表してきた。今回は残されていた大都市として
3
大都市圏の一つである東海圏の中心市である名古 屋市に注目し,その都心区である中区を対象に調査研究をおこなった。そこでは,行政 資料の分析や中区役所へのインタビュー,地域住民組織の代表者へのインタビュー,そ して同区のマンション住民への質問紙調査をおこなった。この住民への質問紙の調査票 は,2013年秋に同じ時期に実施されたこともあって,先に公表した東京都中央区のマ ンション住民調査(鯵坂ほか2014)とほとんど同じ調査項目を使用した。そのため,
本論文では名古屋市中区の調査の分析をおこなうだけでなく,必要な範囲で,東京都中 央区の調査データとも比較する形で分析をおこなうこととした。
1−2.名古屋都市圏の特徴
本論文は,東京,大阪と並ぶ大都市圏である名古屋都市圏(1)の中心都市である名古屋 市の都心地域を対象としているが,その前提として東京都
23
区および大阪市と比較し た名古屋市・名古屋都市圏の特徴について,中田實などの研究を参照して確認しておき たい。名古屋市は,尾張徳川氏の城下町として発展し,江戸時代末には
10
万人を擁し,三 都および加賀百万石の城下町である金沢に次ぐ都市であったといわれている。現在の中 区はほぼこの徳川時代の城下の範域と一致している。1889(明治22)年の市制町村制
により市制をしいた名古屋市はその後背地には豊かな平野と伊勢湾が広がり,関東と関 西の中間にある中京圏の中心都市として明治以降,繊維産業や陶磁器業を中心として工 業化が進んだ。これらに加えて日露戦争以降,機械金属業や繊維機械工業も発展し,明 治後期から周辺の町村を合併して市域を拡大し,1934(昭和9)年には人口が 100
万人 を超え,日本の六大都市の一つとして発展を遂げた。また,中心都市名古屋市とは独自 に愛知・岐阜・三重の各県には窯業や繊維産業などの工業都市が多核的に存在していた ことも特徴であった。1904(明治37)年に熱田兵器製造所が兵器の生産を始めたこと
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 3
を端緒として,昭和に入って航空機などの軍事産業が盛んになり,戦時期には空襲によ り壊滅的な打撃を受けた(中田・谷口編
1990)。
戦後になって日本でも最も計画的な都市計画により,広い道路網と整然とした区画整 理がなされ,現代都市としての復興を見せ,繊維,窯業,木材などの軽工業が再生し,
次いで機械,金属,化学工業など重化学工業が発展し,1961年には戦前期の最高人口 を回復,1969年には,人口が
200
万人を超えた。これらに加えて,地域産業として繊 維機械製造を基礎とした自動車産業が名古屋市周辺の東三河地域の豊田市(旧挙母市)を中心にして発展し,名古屋市にも関連する製造業が発展していった。低成長期以降は 東海圏の中枢都市として卸売・小売業,サービス業も増加し,生産額としては,製造業 を上回るようになったが,東京や大阪に比べると製造業の比率は高いものとなってい る。
21
世紀なってからの名古屋市の産業の状況は,従業員数および製造品出荷額から見 ると,輸送用機械と非鉄金属の増加,一般機械,窯業・土石,繊維・衣服,家具・装備 などの業種の減少が見られ,自動車産業への特化傾向が見られる(梅原2013)。これら
のことを踏まえて,名古屋市についての先行研究の知見をまとめると,その社会構造・社会構成の特徴は,以下のようにまとめられる。
第
1
に,バブル経済の破綻やグローバル経済化や円高による生産拠点の海外への移転 により,東京が世界都市となり,大阪市が衰退を見せる一方で,名古屋市は2000
年代 には,製造業出荷額では大阪市を抜き,高度産業都市として全国の大都市における位置 を上昇させてきた。そして,職業構成では生産工程作業従事がある程度維持されてい る。ただ,高度な専門職層・ホワイトカラー層を受け入れる職種が少ないために,東京 圏などへの若年層の転出超過が目立っている(谷2015)。
第
2
に,三大都市圏における都心からの距離帯別に見た世帯あたりの等価収入でみると,図
1−2−1
のように,東京は都心地域が高く,大阪は都心地域が低いが,名古屋は都心と周辺の差があまりない構造となっており,都市圏の中での所得の格差の分散は大 きくなく,比較的安定している(豊田
2007)。
第
3
に,東京や大阪と違ってその都市圏の発展は比較的緩やかで,戦前から耕地整理 や土地区画整理事業もおこなわれており,スプロール的な都市の拡大を見なかったこと も特徴である(谷2015)。鉄道網,高速道路網の整備もあって,広い後背地に比較的安
価に住宅が得られるため,他の大都市に比べると,住宅面積も広いことがあげられる。第
4
に,そのため郊外化もいまだに進み,「都心回帰」が緩やかであることも特徴であろう(図
1−2−2)。結果として,名古屋市に移動してきた若年層が,子育て期には郊外
に流出していくことの遠因となっていると推測される。
第
5
に,愛知県の合計特殊出生率は2013
年で1.5
以上あり,東京や大阪や他の大都「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 4
市を擁する都道府県と比べると,人口の再生産率は 高 い も の と な っ て い る(中 田
2013)。第 6
に,東京や大阪の都市圏に比べると,人口の社会増減,自然増減が大きく変化せず,比較的安定しており,自律的な(これを「閉鎖的」とか「大いなる田舎」と か呼ぶ人もいる)人間関係や文化を維持してきている。第
7
に,それとの関係もあっ て,地域住民の関係も維持され,学区の人間関係・組織関係が残っており,町内会・自 治会についても,現在でもその加入率は高く,いわゆるソーシャル・キャピタルの資源 も高いものがある(中田2013)。
このような特徴を持つ愛知県の中心都市にある名古屋市の都心区の「都心回帰」状況 について,以下の各章では詳述される。
図1−2−2 名古屋市の区別の人口推移(1980〜2010年)
出所:鯵坂ほか(2013 : 12−3,図2−1−6)より抜粋。
図1−2−1 三大都市圏の距離帯別に見た世帯あたり等価収入の五分位値(2003年)
出所:豊田(2007 : 14)
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 5
1−3.本論の位置づけ
本論に入る前に,本論がどのような研究の文脈に位置づけられるかを確認しておこ う。
名古屋市の都心部に関する研究は,社会学の分野において一定の研究蓄積をもってい る。ここでその代表的な
2
つをとりあげて,それらと対照することで,本論の位置づけ はより明らかになるだろう。第
1
は,1970年代後半から1980
年代前半にかけての西山八重子の一連の研究であ る。当時,名古屋市は,都心区を中心に,人口が減少傾向に転じるなかで,「名古屋市 の都市成長の停滞・衰退現象が,現実にどのように進行し,各地域社会にどのような問 題を提起しているか」(西山1986 : 109),つまりインナーシティ問題の解明と解決が大
きな課題となっていた。西山は,中田實や谷口茂らとの共同研究の中で,名古屋市内の 全学区を「都心地域」,「旧市街化地域・住宅地域」,「旧市街化地域・工業地域」,「旧市 街化地域・混合地域」,「新市街化地域」の5
つに類型化したうえで(中田・谷口・西山1985 : 50−2),主として「旧市街化地域」にあたる西区のいくつかの学区を対象に実証
的な研究をおこなった(西山1986)。その関連で,「都心地域」についても,中区大須
学区,御園学区を対象に,高齢者の生活に焦点をあてて,都心部の空洞化に伴う生活環 境の変化を明らかにしている(西山1985)。また,中区栄東地区で進められていた都市
再開発をとりあげて,都心部における住民主体のまちづくりの可能性についても検討し ている(西山1979)。
第
2
に,それから約20
年後,1990年代半ばに松本康らによっておこなわれた名古屋 市の都心部の調査研究がある。当時,都心区の人口減少が進み,とくに昼間人口が著し く減少していた。松本らは,中区栄・伏見地区を対象として,住民(夜間人口)だけで なく事業所(昼間人口)も対象とした質問紙調査を実施し,昼間人口もとりこんだまち づくりの可能性を検討した(松本・安藤・川北1997;石原 1997)。
これとは別に,松本は,名古屋市の人口変化を,ファン・デン・ベルクらの「都市圏 の発展段階理論」をもとに検討する作業もおこなっている(松本
2001)。それによれ
ば,名古屋市は1960
年代半ばに,「都市化」から「郊外化」の段階へと移り,さらに1990
年代半ばに新たな発展段階に入った。ファン・デン・ベルクらの議論では,都市化,郊 外化のあと,都市圏全体の人口が減少する「反都市化(逆都市化)」へ,さらに中心都 市の人口が再増加する「再都市化」へと進むとされるが,名古屋市の場合,松本は「バ ブル経済期には地価の高騰により中心都市の人口空洞化へと傾いたが,バブル経済崩壊 とともに徐々に再都市化へと向かいつつあるように思われる」(松本2001 : 250)と指
摘している。これは1990
年代半ばまでのデータをもとにした暫定的な結論であったが,その後の新たなデータを加えた検討では,名古屋市でも,東京都や大阪市とともに,
1990
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 6
年代半ば以降,「反都市化(逆都市化)」の段階を経ずに「再都市化」の段階に入ったと 結論づけている(松本
2014)。
この松本の整理にしたがえば,上述の西山の研究は,郊外化が進んだ時期の都心部の 地域コミュニティを対象にしたものであり,松本らの栄・伏見地区の研究は,再都市化 が始まる最初期の都心部の地域コミュニティを対象にしたものと位置づけることができ るだろう。そして,本論で我々がおこなうのは,再都市化の趨勢が明確になった現時点 での名古屋市の都心部における地域コミュニティの現状と再形成の可能性を明らかにし ようとする作業であると位置づけることができる。
注
⑴ 名古屋都市圏については,愛知・岐阜・三重の3県をさすことが多いが,中京圏や東海圏といういい 方もある。
参考文献
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石原紀彦,1997,「都心コミュニティと街づくりの主体−名古屋市中区栄・伏見地区の事業所・住民調査よ り」『名古屋大学社会学論集』18.
北川隆吉・貝沼洵編,1997,『地方都市の再生』アカデミア出版会.
松本康,2001,「都市化・郊外化・再都市化−名古屋都市圏の構造変容」金子勇・森岡清志編『都市化とコ ミュニティの社会学』ミネルヴァ書房.
松本康,2014,「都市圏の発展段階−都市化・郊外化・再都市化」松本康編『都市社会学・入門』有斐閣.
松本康・安藤純子・川北稔,1997,「都心型コミュニティのモデルを求めて−名古屋市栄・伏見地区のまち づくりの事例から」『名古屋大学社会学論集』18.
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中田實・谷口茂編,1990,『名古屋−第二の世紀への出発』東信堂.
中田實・谷口茂・西山八重子,1985,「名古屋市の都市化と住民生活」『名古屋大学社会学論集』6.
西山八重子,1979,「都市計画と住民」安藤慶一郎・中田實・牧野由朗編『地域の社会学−東海地方の社会 学的研究』税務経理協会.
西山八重子,1985,「大都市インナー・シティと高齢者問題」『金城学院大学論集 社会科学編』27.
西山八重子,1986,「大都市の社会構造とその動態−名古屋市を事例として」安藤慶一郎・中田實・牧野由 朗編『東海社会論』東信堂.
谷謙二,2015,「名古屋大都市圏における空間変容と特質」日野正輝・香川貴志編『変わりゆく日本の大都 市圏』ナカニシヤ出版.
豊田哲也,2007,「社会階層分極化と都市圏の空間構造−三大都市圏における所得格差の比較分析」『日本 都市社会学会年報』25.
梅原浩次郎,2013,「経済のグローバル化と東海圏の産業構造変化」東海自治体問題研究所編『大都市圏の 構造変化−東海からの発信』自治体研究社.
(1−1・1−2=鯵坂学,1−3=丸山真央)
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 7
2.名古屋圏における「都心回帰」の概況
2−1.都心人口の増加と転出入
国勢調査によれば,名古屋市中区の人口は
1960
年の約113,966
人をピークに1980
年 まで減少し続けた(表2−1−1)。1985
年に微増したものの,1995年には63,006
人,ピ ーク時の約55.3% にまで減じた。その後増加に転じ,2010
年には78,353
人となった。こうした増減傾向は都心
3
区(名古屋市東区,中区,中村区)でもほぼ同様であり,1960 年をピークとして減りはじめ,2000
年をボトムに増加に転じた。名古屋市全体では,1995
年に前時点より約0.1%(約 2,600
人)減少したことを除けば,1950年から2010
年ま で増加し続けている。また,この間,名古屋圏(愛知県,岐阜県,三重県)および日本 の人口は一貫して増加している。名古屋圏と東京圏を比べた場合,東京都心
3
区(東京都千代田区,中央区,港区)は1955
年をピークとして1995
年まで減り続けた後,増加に転じており,名古屋都心3
区 と比べて減少しはじめた時期と再増加に転じた時期が早い(1)。また,東京圏では都心区 だけでなく東京23
区全体でも,1985年の一時点を除き,1965年をピークとして1995
年まで減り続けた。この点は,ほぼ一貫して人口増加をつづける名古屋市と異なり,2 つの都市圏における人口流入とそれにともなうスプロール化の圧力の違いを示してい る。図
2−1−1
は,名古屋圏および名古屋市の転入超過数の推移を東京圏および東京23
区表2−1−1 地域別の人口推移(単位:人)
全国 名古屋圏
名古屋市 都心3区 中区
1950年 84,114,574 6,396,320 1,030,635 299,809 87,128
1955年 90,076,594 6,838,396 1,336,780 358,074 108,955
1960年 94,301,623 7,329,766 1,591,935 396,430 113,966
1965年 99,209,137 8,013,485 1,935,430 392,915 103,099
1970年 104,665,171 8,688,200 2,036,053 362,553 86,256
1975年 111,939,643 9,417,549 2,079,740 326,915 73,226
1980年 117,060,396 9,868,681 2,087,902 300,586 66,562
1985年 121,048,923 10,231,019 2,116,381 291,910 67,278
1990年 123,611,167 10,549,686 2,154,793 281,244 65,833
1995年 125,570,246 10,810,009 2,152,184 269,621 63,006
2000年 126,925,843 11,008,339 2,171,557 265,415 64,669
2005年 127,767,994 11,228,893 2,215,062 273,799 70,738
2010年 128,057,352 11,346,216 2,263,894 287,789 78,353
注1:「名古屋圏」は愛知県,岐阜県,三重県,「都心3区」は名古屋市東区,中区,中村区を指す。
注2:1960年の長野県西筑摩群山口村と岐阜県中津川市の境界紛争地域人口(男39人,女34人)は,1960
年の「名古屋圏」の値に含まれていない。
注3:グレーの網掛けは前時点より人口が減少していることを示す。
出所:国勢調査。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 8
と比べたものである。1970年代初頭のオイルショックまでの動向は両都市圏で同じ傾 向を示しており,大都市圏に膨大な人口が流入するにつれ,中心都市が過密になり転出 超過に転じている様子がうかがえる。しかし,1970年代半ばからの動向は両都市圏で 異なる。東京圏はバブル崩壊後の一時期を除き,ほぼ一貫して転入超過であるのに対 し,名古屋圏は
1975〜1984
年,1996年,2000〜2002年,2009〜2010年の4
時点にお いて転出超過を経験しており,それ以外の時期でも転入超過は小幅である。また,中心 都市を比べると,東京23
区では1997
年から転入超過に転じているが,名古屋市が転入 超過に転じたのは2002
年と遅い。(a)名古屋圏および名古屋市 (b)東京圏および東京23区
図2−1−1 大都市圏および大都市の転入超過数の推移(1960〜2012年)
注1:1960年から1972年までは沖縄県の移動者数を含んでいない。
注2:「名古屋圏」は愛知県,岐阜県,三重県,「東京圏」は東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県を指す。
出所:総務省「住民基本台帳人口移動報告」をもとに作成。
図2−1−2 都心人口の推移(1950年を100とした場合,1950〜2010年)
注:「名古屋都心3区」は名古屋市東区,中区,中村区,「東京都心3区」
は東京都千代田区,中央区,港区を指す。
出所:国勢調査をもとに作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 9
両都市圏の人口圧力の違いは,都心人口の推移にも反映されている。1950年の都心 人口を
100
として2010
年までの推移を比べた場合,大まかな増減傾向は名古屋・東京 で似ているが,名古屋都心3
区は東京都心3
区より常に高い値を示す(図2−1−2)。強
い求心力をもつ東京では過剰な人口流入の結果,都心区が業務空間に特化していったの に対し,名古屋では都心区においても居住人口がある程度維持されていたことが分か る。2−2.年齢層および家族類型における変動
次に年齢コーホートごとの動向をみていこう。図
2−2−1
は中区,都心3
区および周 辺13
区について,5歳階級の年齢コーホート別に,1990年から2000
年にかけての増 減(「90−00年」)と2000
年から2010
年にかけての増減(「00−10年」)を示している。各コーホートの年齢は,各期間の終了時点での年齢を表している。たとえば「90−00 年」の「30〜34歳」とは
2000
年時点で30
代前半,つまり1966〜70
年生まれのコーホ ートを指し,1990年時点では20
代前半にあたる。まず
1990
年代の動向を確認する。都心3
区をみると,男性では20
代前半で1,854
人 増加していることを除けば,他の年齢コーホートでは減少ないし微増である。特に30
代前半と後半でそれぞれ2
千人近く減少していることが目立つ。これは高校・大学等の 卒業後に進学・就職を契機として都心へ流入した人口が,就職・結婚や住宅購入等で都 心から転出するためだろう。女性は男性より変化の絶対量が大きく,20代前半で2,626
人増加し,30代前半では2,920
人減少している。中区では女性の20
代後半でもある程 度増加している以外は(20代前半で1,023
人,20代後半で616
人増加),都心3
区と同 様の傾向を示している。周辺13
区は,全コーホートのうち20
代前半で最も増加量が大 きい点は都心3
区や中区と同じである。しかし,都心3
区や中区では,女性の30
代前 半で最も減少していたのに対し,周辺13
区でそうした傾向は見当たらない。また,50 代以下の男女で比べた場合,中区では10
代前半を除くすべての年齢コーホートで,都 心3
区では10
代前半と30
代後半を除くコーホートで,女性の方が男性より変化の絶対 量が大きいのに対し,周辺13
区では20
代後半を除くコーホートで男性の方が女性より 大きな変化を示している。つまり,名古屋の都心では女性の流動性が高く,郊外では男 性の流動性が高いと言える。2000
年代の傾向はそれ以前の10
年間とは大きく異なる。都心3
区において人口増加 した年齢コーホートが,1990年代の男性では10
代後半から20
代後半のみであったの が,2000年代の男性では10
代後半から50
代後半までに拡大し,最も増加量が大きい コーホートが1990
年代の20
代前半から2000
年代には20
代後半へとシフトしている。女性でもほぼ同様に増加する年齢コーホートの拡大と最も増加したコーホートのシフト
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 10
が起きている。また,都心
3
区の男女で変化の絶対量を比べた場合,10代前半から20
代後半までは女性のほうが大きく増加しているのに対し,30代前半から50
代後半はむ しろ男性の増加のほうが目立つ。こうした変化は中区でも同様である。周辺13
区では20
代後半でも人口が増加するようになったことが2000
年代の特徴としてあげられる が,都心3
区でみられたように30
代から50
代の増加は生じていない。まとめると,1990年代の名古屋都心は高校・専門学校や大学を出たくらいの若い人 口が流入する場所であり,30代前半には都心から転出していった。これらの年齢コー ホートでは男性より女性の流動性が高い点も特徴である。しかし,2000年代の都心で は
10
代後半から20
代後半までに加えて30
代以上の生産年齢人口でも増加がみられる ようになり,特に30
代以上では女性より男性で増加が顕著となった。図
2−2−2
は1990
年から2010
年における家族類型別の世帯数の変化を示したもので図2−2−1 年齢コーホート別の人口動向
注:「都心3区」は名古屋市東区,中区,中村区,「周辺13区」は都心3区以外の名古屋市を指す。
出所:「国勢調査」をもとに作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 11
ある。中区,都心
3
区,周辺13
区いずれにおいても変化の方向は同じである。すなわ ち,世帯数が増加している類型は夫婦のみ世帯,ひとり親と子から成る世帯,非親族を 含む世帯,単独世帯であり,減少している類型は夫婦と子から成る世帯,核家族以外の 親族世帯であり,2010年には全類型のうち単独世帯で世帯数が最多となった。こうし た変化は部分的には高齢化の影響であり,夫婦と子から成る世帯が夫婦のみの世帯やひ とり親と子から成る世帯に移行し,やがて単独世帯となったためと考えられる。しか し,都心区,特に中区においては2000
年から2010
年にかけて単独世帯数が急激に伸び ており,先ほどの年齢コーホート別の人口動向とあわせると,若い世代を中心とした生 産年齢人口にあたる単独世帯の増加も単独世帯の急増の一因と言える。結果として,全 世帯における単独世帯の比率は都心3
区で36.2%(1990
年)→57.1%(2010年),中区 では同じく45.1%→68.8% と,世帯数の大半を占めるまでに至った。
東京と名古屋の都心を比べると,人口増加の主な担い手の年齢や家族類型は異なって いる。2000年代の東京都心ではファミリー層の流入により
30・40
歳代に加え9
歳以下 の人口も増大しており,高齢化に歯止めがかかっていた。とりわけ東京都中央区では,臨海部の埋め立て地で比較的手ごろな価格のマンション供給が進んだため,ファミリー 層の流入と高齢化の抑制が顕著である。しかし,名古屋都心においては
2000
年代に入 っても人口増加の主な担い手は単身世帯と夫婦のみの世帯であり,子どもの増加をとも なわないため(2),高齢化は着々と進行している。2−3.職業構成の変化および外国人の増加
近年の都心居住者の階層を職業から確認しよう。都心
3
区では,専門・技術職の従事 者 が16,791
人(1990年)→20,592人(2010年)へ と こ の20
年 間 で28.3% 増 加 し た
が,他の職業は軒並み減少している(図2−3−1)
(3)。特に,生産工程等の従事者は46,524
図2−2−2 家族類型別の世帯数の変化(単位:世帯)
注:「都心3区」は名古屋市東区,中区,中村区,「周辺13区」は都心3区以外の名古屋市を指す。
出所:「国勢調査」をもとに作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 12
人→28,293人へと大幅に数を減らし(−39.2%),また,実数は少ないものの,管理職 では−43.9%(8,705人→4,887人)と全職業のなかで最も減少率が大きい。職業別の構 成比でみると,1990年の都心
3
区では生産工程等の従事者比率が30.1% と全職業の中
で抜きんでていたが,2010年には22.5% まで下がり,依然としてトップであるものの
事務職(22.1%),販売職(19.2%)とそれほど変わらない比率となっている(図表は省 略)。中区においてもこの
20
年間で,専門・技術職の増加とそれ以外の職業における減少 が生じた。1990年に中区で多い職業は販売職(従事者数9,209
人,従事者比率23.7%),
生産工程等(7,705人,19.8%),事務職(7,690人,19.8%)であったが,2010年には 事 務 職(7,208人,21.6%),販 売 職(7,195人,21.5%),サ ー ビ ス 職(5,983人,17.8
%),専門・技術職(5,890人,17.6%)となり,管理職をのぞけば各職業間の従事者数 の差が小さくなっている。
周辺
13
区では,この20
年間で最も増加率が高いのはサービス職であり(78,204人→107,753
人で37.8% 増加),専門・技術職も増加した(115,754
人→136,315人で17.8%
増加)。また,生産工程等の減少は著しい(346,129人→263,315人で−23.9% の減少)。
大まかに言えば,名古屋市全体として高階層の職業の増加と低階層の職業の減少が起 きていると言えよう。ただし,都心以外では生産工程等の減少を埋める形でサービス職 が増加しており低階層の職業の減少はゆるやかであると同時に,高階層も小さな伸びに とどまっている。相対的に名古屋都心では低階層の縮小と高階層の拡大が顕著で,中区 では特に
2000
年代に入ってから専門・技術職の存在感が増している。近年の中区の特徴は,外国人比率の高さにある(表
2−3−1)。名古屋市の住民基本台
帳人口および外国人登録人員数によれば,中区における外国人比率は2013
年で9.6%
図2−3−1 職業大分類別の15歳以上就業者数の変化(単位:人)
注1:「生産工程等」は,2000年は保安,生産工程・労務,運輸・通信の合算,2010年は生産工程,輸
送・機械運転,建設・採掘,運輸・清掃・包装の合算である。
注2:「都心3区」は名古屋市東区,中区,中村区,「周辺13区」は都心3区以外の名古屋市を指す。
出所:「国勢調査」をもとに作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 13
であり,名古屋市の
2.9%,都心 3
区の5.4% と比べてその高さが際立つ。中区では 1996
年の時点ですでに名古屋市のなかで最も外国人比率が高かったが,2000年代にさらに 増加している。国籍別で多いのは中国,フィリピン,韓国・朝鮮である。1996年以降,この
3
国で中区の外国人登録人員の約8
割を占めているが,増加のあり方は国籍によっ てかなり異なる。中国籍の増加は著しく,1996年に中区の中国籍の登録人員数は899
人で韓国・朝鮮籍(898人)とほぼ同数であったのが,2000年には韓国・朝鮮籍(943 人)を引き離し1,194
人となり,2010年に3,315
人と2000
年代の10
年間で2.8
倍に急 増した。また,フィリピン籍は1996
年に378
人で韓国・朝鮮,中国に次いで3
位であ ったが,2000年代半ばには韓国・朝鮮籍を抜き2
位となった。2013年現在,中区の外 国人人口7,546
人のうち,中国籍3,227
人,フィリピン籍1,539
人,韓国・朝鮮籍1,228
人である。2−4.マンション供給の動向
近年の都心居住者増加の背後にあるのがマンション建設の急増である。都心
3
区で は,1990年以降の20
年間で共同住宅に住む世帯数が持ち家では2.6
倍,民営借家では2.1
倍と急増している(図2−4−1)。中区では共同住宅の持ち家,民営借家いずれも 2.6
倍の増加であり,都心全体と比べて民営借家の伸びが目立つ。周辺13
区でも共同住宅 に住む世帯数は増加しているが(持ち家で2.4
倍,民営借家で1.6
倍),都心3
区ほどで はない。また,周辺13
区では共同住宅以外の持ち家も増加しているが,都心3
区では 横ばい,中区では減少している。マンション急増の結果,名古屋都心では共同住宅に住む世帯が大半を占めるようにな った。中区では住宅に住む一般世帯のうち共同住宅の民間借家に住む世帯が
36.9%(1990
年)→53.7%(2010年),共同住宅の持ち家では16.6%→23.5% となり,共同住宅に住
む世帯があわせて8
割近くにのぼる。都心3
区における共同住宅に住む世帯比率は2010
年で
62.8% であり,中区の比率の高さが分かる。また,中区における共同住宅の増加
の大部分は
2000
年代に起きており,2−2節で確認した若い世代を中心とした生産年齢 人口の受け皿となっていると推測される。表2−3−1 外国人比率の推移
1996年 2000年 2005年 2010年 2013年
名古屋市 2.0% 2.2% 2.7% 3.0% 2.9%
都心3区 3.0% 3.5% 4.7% 5.6% 5.4%
中区 4.3% 5.7% 8.9% 9.9% 9.6%
注:外国人比率は,日本人人口と外国人人口の合計を母数として計算した。日本人人口は住 民基本台帳上の日本人人口であり,外国人人口は,2010年までは外国人登録人員,2013 年は住民基本台帳上の外国人人口である。
出所:「名古屋市統計年鑑」の各年版をもとに計算。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 14
注
⑴ 本章で東京と比較する場合,東京に関する記述は鯵坂ほか(2014)の2章の分析に基づいている。
⑵ 2000年代の都心3区および中区では,4歳以下の人口は増加しているものの,5〜14歳人口の減少幅 の方が大きいため,年少人口の実数・比率ともに減少している。これは学齢期になると都心から転出 してしまうためであり,都心の小学校では児童数は増えず,1学年1クラスの状況が続いている(2014 年7月25日に実施した名古屋市中区役所に対する聞き取り調査による)。
⑶ 都心3区の農林漁業従事者はこの20年間で173.3% 増加しているが,従業者数は2010年で992人と 少ないため,ここでは分析の対象としない。都心3区における農林漁業者のほとんどは中村区で就業 している。
参考文献
鯵坂学・上野淳子・丸山真央・加藤泰子・堤圭史郎・徳田剛,2014,「「都心回帰」時代の東京都心部のマ ンション住民と地域生活−東京都中央区での調査を通じて」『評論・社会科学』111.
(上野淳子)
3.名古屋市中区の地域コミュニティの現状
「都心回帰」あるいは再都市化と呼ばれるような大都市圏の人口動向の変化は,都心 地区の地域コミュニティや住民組織に,どのような影響を及ぼしているのだろうか。こ こでは,名古屋市の代表的な都心区・中区の
2
つの学区において実施した現地調査か図2−4−1 住宅の建て方・所有の関係別の一般世帯数(1990年,2000年および2010年)
注1:「持ち家」「民営借家」については住宅の建て方を組み合わせて,世帯数を計算している。各区分
は以下のとおり。
(共同)=建て方が「共同住宅」のもの。
(その他)=建て方が「一戸建て」「長屋建て」「その他」のもの。
注2:2010年の「公営・公団・公社の借家」は「公営・都市再生機構(UR)・公社の借家」のことである。
出所:「国勢調査」をもとに作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 15
ら,その一端を明らかにしてみたい。調査を実施したのは,ひとつは,名古屋市を代表 する繁華街を中心とする「栄学区」,もうひとつは,栄をはじめ中心業務地区の外縁部 に位置する「老松学区」である。
3−1.学区別の特徴 3−1−1.人口動向
調査結果を報告する前に,中区の学区別の人口動向を整理しておこう。中区全体で は,1995年まで人口が減少しつづけてきたが,その後増加傾向に転じるようになった。
1995
年から2010
年の15
年間の増加率は24.4% にのぼり,名古屋市全体での同期間の
増加率
5.2% を大きく上回っている。
中区には
11
学区があるが,人口動向は学区によって違いがある(表3−1−1)。1985
年から2010
年の増減をみると,大きく2
つのパターンに分けることができる。ひとつは, 減少傾向にあったものが,ある時点で増加傾向に転じる という
U
字型 の人口の動きがみられる学区である。名城,御園,栄,老松,大須,平和の6
学区がこ れにあたる。中区全体の人口動向もこのパターンである。以下でとりあげる栄学区と老 松学区は,ともにこのパターンである。もうひとつは, ある時点まで増加していたが,いったん減少に転じ,再びある時点 で増加傾向に転じる というものであり,全体としてみれば,右肩上がりの傾向を示す 学区である。新栄,千早,松原,橘,正木の
5
学区がこれにあたる。表3−1−1 名古屋市中区の学区別の人口の推移と増減(1985−2010年)
人口 人口増減率
1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 85→90年90→95年95→00年00→05年05→10年95→10年
名城 5,751 5,090 4,417 4,052 4,233 4,782 −11.5% −13.2% −8.3% 4.5% 13.0% 8.3%
御園 2,627 2,425 2,149 2,053 2,248 2,592 −7.7% −11.4% −4.5% 9.5% 15.3% 20.6%
栄 7,069 6,385 5,629 5,893 6,299 7,184 −9.7% −11.8% 4.7% 6.9% 14.0% 27.6%
新栄 6,772 7,696 7,259 7,424 9,093 9,856 13.6% −5.7% 2.3% 22.5% 8.4% 35.8%
千早 2,886 3,499 3,475 3,614 3,645 4,100 21.2% −0.7% 4.0% 0.9% 12.5% 18.0%
老松 8,750 8,362 8,453 8,869 10,340 11,534 −4.4% 1.1% 4.9% 16.6% 11.5% 36.4%
大須 8,074 7,676 7,404 7,201 7,560 7,699 −4.9% −3.5% −2.7% 5.0% 1.8% 4.0%
松原 5,469 5,521 5,508 5,503 5,665 6,436 1.0% −0.2% −0.1% 2.9% 13.6% 16.8%
橘 7,403 7,781 7,714 7,987 8,773 9,780 5.1% −0.9% 3.5% 9.8% 11.5% 26.8%
平和 6,150 5,925 5,742 6,493 6,490 7,308 −3.7% −3.1% 13.1% 0.0% 12.6% 27.3%
正木 5,393 5,473 5,256 5,580 6,392 7,082 1.5% −4.0% 6.2% 14.6% 10.8% 34.7%
王子 934 − − − − − − − − − − −
中区 67,278 65,833 63,006 64,669 70,738 78,353 −2.1% −4.3% 2.6% 9.4% 10.8% 24.4%
名古屋市2,116,381 2,154,793 2,152,184 2,171,557 2,215,062 2,263,894 1.8% −0.1% 0.9% 2.0% 2.2% 5.2%
注:国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 16
3−1−2.2010
年国勢調査でみた学区別の特徴(1)人口と世帯の状態次に,2010年の国勢調査を学区別に集計した結果から,学区別の人口状態の特徴を 整理しておこう。
まず,中区の
11
学区の人口は,2千人強から1
万1
千人の範囲におさまり,平均は7,123
人,中央値は7,184
人である。世帯数の区平均は4,545
世帯である。世帯人員は区平均
1.57
人であり,名古屋市全体の平均2.22
人よりかなり小さい。11学区のうち2
人を超える学区はない。中区内で平均世帯規模が最も小さいのは新栄学区1.43
人であ る。人口密度は,全市に比べてかなり高く,中には1
万5
千人/km2を超えている学区 もある。栄学区や名城学区といった中心業務地区や商業地区に比べて,その少し外縁に あたるところの人口密度が高い(表3−1−2)。
年齢別の人口構成をみると,中区全体で
15
歳未満の人口比は全市の半分程度である。生産年齢人口や老年人口は全市平均とそれほど大きく変わらないから,15歳未満の人 口が少ないところに中区の大きな特徴があるといえる。中区内で,15歳未満の人口比 が区平均を下回っているのは,御園,老松,新栄,栄,大須,平和の
6
学区である。老 年人口比(高齢化率)は中区で18.2% であり,市全体より低い。区内で高齢化率が最
も高いのは大須学区の22.5% である。配偶者がいる人口比は,中区内の全学区で市全
体より低い。とくに女性の有配偶率が低く,未婚女性が区全体に多いのが中区の特徴で ある。またこうした未婚女性の多さは,歓楽街やその隣接地域にあたる新栄,大須,御 園,老松,千早学区などで顕著である(表3−1−3)。
表3−1−2 名古屋市中区の学区別の人口と世帯数(2010年)
学区 面積 人口
世帯数 世帯人員 人口密度 外国人
総数(A) 男 女 実数(B) 比率
(km2) (人) (人) (人) (世帯)(人/世帯)(人/km2) (人) ※B/A
名城 2.12 4,782 2,262 2,520 2,851 1.68 2257.8 141 2.9%
御園 0.64 2,592 1,291 1,301 1,781 1.46 4062.7 125 4.8%
栄 1.29 7,184 3,637 3,547 4,935 1.46 5569.0 371 5.2%
新栄 0.83 9,856 4,623 5,233 6,898 1.43 11846.2 787 8.0%
千早 0.40 4,100 2,025 2,075 2,699 1.52 10301.5 356 8.7%
老松 0.82 11,534 5,717 5,817 7,983 1.44 14065.9 674 5.8%
大須 0.69 7,699 3,568 4,131 4,943 1.56 11158.0 326 4.2%
松原 0.64 6,436 3,157 3,279 3,724 1.73 10087.8 264 4.1%
橘 0.65 9,780 4,485 5,295 5,744 1.70 15115.9 342 3.5%
平和 0.76 7,308 3,503 3,805 4,593 1.59 9628.5 228 3.1%
正木 0.55 7,082 3,456 3,626 3,849 1.84 12876.4 189 2.7%
(参考)中区 9.38 78,353 37,724 40,629 50,000 1.57 8353.2 3,803 4.9%
(参考)名古屋市 326.43 2,263,894 1,116,211 1,147,683 1,021,227 2.22 6935.3 52,485 2.3%
注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 17
学区別の世帯構成をみると,中区は,市全体に比べて,単独世帯の比率が
1.5
倍強と きわめて高い。中でも,御園,新栄,老松,栄学区は単独世帯の割合が7
割を超えてい る。区内で最低の正木学区でも56.0% であり,半数強の世帯が単独世帯である。核家
族世帯は,区全体としては少ないが,橘,正木,平和学区など,都心周辺の学区でその 比率がやや高い(表3−1−4)。
表3−1−3 名古屋市中区の学区別の年齢別人口構成と有配偶率(2010年)
学区
年齢3区分別人口構成
平均年齢 有配偶率
15歳未満 15〜64歳 65歳以上 男 女
(%) (%) (%) (歳) (%) (%)
名城 8.6 61.6 17.5 44.5 54.9 42.9 御園 4.2 59.3 20.4 47.5 53.1 36.4 栄 5.7 63.7 16.6 45.5 51.7 40.5 新栄 5.5 56.6 20.0 46.6 48.2 34.1 千早 5.9 60.2 19.0 45.3 47.5 39.3 老松 5.1 64.3 15.2 44.0 48.9 38.2 大須 5.7 60.9 22.5 47.3 48.3 36.5 松原 8.1 64.6 17.9 43.8 52.8 46.1 橘 8.5 65.5 17.0 44.3 57.7 46.0 平和 6.0 65.1 19.3 45.9 52.4 41.3 正木 10.0 64.9 17.8 44.3 57.4 49.2
(参考)中区 6.7 62.7 18.2 45.2 52.1 41.0
(参考)名古屋市 12.8 64.7 20.8 43.8 58.5 55.3 注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
表3−1−4 名古屋市中区の学区別の家族類型別の一般世帯の構成(%)(2010年)
学区
親族のみの世帯
単独世帯 (総数)
核家族世帯 核家族以外
夫婦のみ 夫婦と子 男親と子 女親と子 の世帯
名城 11.5 12.6 0.7 5.9 3.4 65.2 (2808)
御園 9.2 6.4 0.2 2.0 3.5 77.6 (1775)
栄 10.1 8.3 0.6 3.6 2.9 73.2 (4902)
新栄 9.0 6.4 0.6 3.0 2.8 77.1 (6881)
千早 10.4 9.2 0.6 4.3 3.1 71.2 (2671)
老松 9.7 7.9 0.7 3.1 2.8 74.5 (7956)
大須 10.4 9.2 0.8 5.2 4.2 68.9 (4910)
松原 12.1 13.2 0.9 4.2 6.0 61.7 (3718)
橘 15.6 12.9 0.7 5.3 3.8 59.8 (5739)
平和 12.6 10.6 0.7 4.3 3.9 66.4 (4582)
正木 14.2 17.5 0.9 5.4 4.8 56.0 (3840)
(参考)中区 11.3 10.1 0.7 4.2 3.6 68.8 (49782)
(参考)名古屋市 18.1 25.9 1.2 6.9 6.2 40.7 (1019381)
注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 18
6
歳未満のいる一般世帯の割合は,中区では3.8% と,市全体の半分にも満たない。
とくに御園,大須学区は低い。18歳未満のいる一般世帯でも,市全体では
2
割強であ るのに対して,中区は1
割に満たず,区内で1
割を超えているのは,11学区のうち4
学区のみである。他方,65歳以上の高齢者のいる一般世帯も,市全体より少なく,御 園,栄,新栄などの学区でとりわけその割合が低い。高齢者のみの一般世帯の割合,高 齢単身世帯の割合,高齢夫婦のみ世帯の割合のいずれも市全体より低い。ただ,高齢単表3−1−5 名古屋市中区の学区別の家族類型別の一般世帯の構成(%)(2010年)
学区 6歳未満の いる一般世帯
18歳未満の
いる一般世帯
65歳以上の
いる一般世帯
65歳以上のみ の一般世帯
高齢 単身世帯
高齢夫婦 のみ世帯 名城 4.1 11.6 20.4 12.9 8.9 4.5
御園 2.1 5.4 17.7 11.7 7.4 4.8
栄 3.0 7.1 18.5 12.2 8.8 3.8
新栄 3.0 5.9 18.6 13.7 9.7 4.1
千早 3.4 7.0 20.0 13.6 9.7 4.1
老松 3.2 6.4 16.8 11.0 7.8 3.4
大須 2.8 7.8 25.7 17.2 11.5 5.7 松原 4.7 10.8 22.8 12.5 7.8 5.0
橘 5.4 11.4 20.3 12.4 7.8 5.1
平和 3.6 8.0 21.5 13.7 9.1 4.9
正木 6.4 13.5 23.4 13.2 8.0 5.7
(参考)中区 3.8 8.4 20.3 13.1 8.8 4.5
(参考)名古屋市 8.7 20.6 31.6 17.6 9.7 9.0 注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
表3−1−6 名古屋市中区の学区別の住宅類型別の一般世帯の構成(%)(2010年)
学区 持ち家
公営・
都市機構・
公社の借家
民営の借家 給与住宅 間借り
住宅以外に 住む 一般世帯
(一般世帯 総数)
名城 36.5 7.2 41.0 12.8 1.1 1.5 (2808)
御園 34.0 −− 55.0 8.4 1.4 1.2 (1775)
栄 34.5 2.1 54.5 6.9 1.2 0.9 (4902)
新栄 22.1 9.7 63.2 3.3 1.2 0.5 (6881)
千早 22.4 26.7 44.5 3.2 1.0 2.2 (2671)
老松 22.3 6.4 64.1 4.5 1.1 1.6 (7956)
大須 30.3 8.2 55.3 3.8 1.2 1.2 (4910)
松原 39.9 5.1 48.1 4.5 1.3 1.0 (3718)
橘 45.7 −− 48.2 3.7 1.1 1.2 (5739)
平和 34.5 2.1 54.8 5.7 1.4 1.5 (4582)
正木 46.1 3.0 42.1 4.3 1.1 3.3 (3840)
(参考)中区 32.5 6.0 53.9 5.0 1.2 1.4 (49782)
(参考)名古屋市 46.5 10.3 36.5 3.7 1.0 1.9 (1019381)
注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 19
身世帯比率に関しては,大須学区は市平均を上回っている(表
3−1−5)。
3−1−3.2010
年国勢調査でみた学区別の特徴(2)住宅引き続き,2010年国勢調査の結果から,中区の学区別の特徴をみていこう。住宅の 種類と住宅の所有関係別では,中区は,市全体に比べて,持ち家に住む世帯の割合が低 く,民営の借家の割合が高いという特徴がある。こうした傾向は,新栄,千早,老松な どの学区で顕著である(表
3−1−6)。
また住宅の建て方別にみると,中区は,一戸建に住む世帯の割合が市全体の
3
分の1
程度ときわめて低く,6階建て以上の共同住宅に住む世帯の割合が高い。6〜10階建の 共同住宅に住む世帯は,市の平均の2
倍,11階建て以上では,市の平均の3
倍以上で ある。とくに,11階建以上の共同住宅に住む世帯の割合が高いのは,栄,御園,名城 学区などで,この3
学区では世帯の半数を超えている。(表3−1−7)
3−2.都心商業地区の事例──栄学区 3−2−1.概況
さて,ここからは,名古屋を代表する繁華街・栄を擁する栄学区での調査結果を報告 していくことにしよう。栄学区は,市立栄小学校の学区である。繁華街であり,市営地 下鉄の栄駅をはじめ名古屋市の交通の結節点にあり,JR名古屋駅の徒歩圏内でもある。
県庁や市役所などにも近い。住居表示では,栄
1
丁目,栄2
丁目,栄3
丁目,栄4
丁目 の約半分,栄5
丁目の約3
分の1,大須 1〜4
丁目と錦1〜3
丁目の一部にあたる。栄学区の大半は,商業集積地域の繁華街であるが,栄
1
丁目には一般の住宅も少なく表3−1−7 名古屋市中区の学区別の住宅類型別の一般世帯の構成(%)(2010年)
学区 一戸建 長屋建 共同住宅
1・2階建 3〜5階建 6〜10階建11階建以上 共同住宅計 その他 名城 10.1 0.1 0.7 12.1 24.3 51.0 88.1 1.7 御園 11.3 0.3 0.2 2.3 31.1 53.2 86.8 1.5 栄 8.5 0.6 0.7 3.5 28.6 56.5 89.2 1.7 新栄 8.5 0.6 1.1 12.0 43.0 34.1 90.3 0.6 千早 10.3 0.5 1.1 11.3 39.4 37.0 88.9 0.4 老松 7.5 0.1 0.6 10.4 52.2 28.6 91.9 0.5 大須 14.6 1.2 0.9 8.3 34.6 39.8 83.6 0.6 松原 16.2 1.0 2.0 10.5 25.8 44.0 82.3 0.5 橘 11.1 0.6 1.3 6.4 41.1 39.2 88.0 0.4 平和 11.4 1.6 2.3 10.0 35.0 39.2 86.5 0.5 正木 15.1 2.0 2.6 9.1 33.7 37.2 82.6 0.2
(参考)中区 10.9 0.8 1.2 9.0 37.6 39.8 87.6 0.7
(参考)名古屋市 33.4 2.7 9.0 23.8 19.2 11.8 63.7 0.2 注:2010年国勢調査の名古屋市独自集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 20
ない。また栄
1
丁目には中スポーツセンターがあり,栄2
丁目の白川公園内には名古屋 市美術館や名古屋市科学館などの文化施設が集積しており,栄3
丁目には若宮八幡社が あるなど,スポーツ・文化・歴史的環境を保持している地域でもある。3−2−2.「都心回帰」下での人口変化
上掲の表
3−1−1
で示したように,栄学区の人口は,1990年代半ばまで減少してきており,いわゆるドーナツ化が生じていたが,1995年を底として増加傾向に転じるよう になった。1995年の人口を
100
とすると,2010年には127.6
となっており,1985年時の
125.6
を上回っている。1995年と比べると3
割近い増加である。以下では,国勢調査の集計結果を用いて,こうした人口再増加のもとでの栄学区の現 状を明らかにしていくが,データについて一言しておく。国勢調査の名古屋市独自集計 は,学区ごとにおこなわれたものがあるが,項目データが限られている。このため,市 の独自集計で学区別のデータが得られない項目については,小地域集計を用いることと する。ただし,上記のように,栄学区は,隣接の学区との境界線が複雑に入り組んでお り,町丁目(住居表示)と重ならない部分を含んでいる。そこで,栄学区の近似値とし て,栄
1〜4
丁目の合算値を用いることとして,以下ではこの4
町丁目の合算値を「〈栄 地区〉」と表記する(市の学区別集計があるものについては「栄学区」と表記する)(1)。 まず,〈栄地区〉の年齢階級別にみた2000
年と2010
年の人口構成を図3−2−1
に示し た。2000年から2010
年の10
年間は,栄学区の人口再増加が顕著にみられるようにな る時期にあたるが,この期間に,20代後半から40
代にかけての若年〜中年世代と75
歳以上の高齢者が大幅に増加している。栄学区の人口再増加を牽引するのが,この2
つ の層であることがわかる。次に,住民構成の変化を,その従事する職業に注目してみてみよう。〈栄地区〉の
15
図3−2−1 〈栄地区〉の年齢階級別人口(人)
注:国勢調査の小地域集計から作成。
「都心回帰」時代の名古屋市都心部における地域コミュニティの現状 21