15.2 地域経営資源、地域インフラの整備策
本項においては、地方工業集積地域における地域経営資源、地域インフラの整備策につ いて論じることとする。
15.2.1項では、地域経営資源の整備策について、15.2.2項では、地域イン フラの整備策について、それぞれ論じることとする。
15.2.1 地域経営資源の整備策
本項では、第10章、第14章にて論じた通り、情報・技術・ノウハウを保有する人材 を地域における中核的経営資源と位置付ける。
図15−6に示されていた通り、グレードアップ型地域産業活性化策のロジックは、新 規創業、既存企業の既存事業強化、既存事業の新分野進出、地域外企業の移入、の四つの 意欲的企業家要因を把握し、意欲的企業家群の競争戦略を支援し、多数かつ多様な勝ち組 企業が地域に立地するようにするというものである。
地域外企業の移入については、第9章にて外発的政策として体系的に論じているので、
ここでは内発的政策についてまとめる。
内発的施策としては、スタートアップ企業増加を目指した創業前支援、社歴の浅い企業 向けの創業後支援があり、これらを「新規創業支援策」とする。
社歴の長い既存企業向けのリニューアル支援策を、ここでは「第二創業支援策」とする。
本項では、地域経営資源の整備策として、(1)新規創業支援策、(2)第二創業支援策、(3) 技術者・技能者等の充実策、の順に以下論じていくこととする。
( 1 ) 新規創業支援策
ここでは、地域経営資源の整備策の一翼を担う新規創業支援策を取り扱うこととする。
1)新規創業支援策に必要な諸要素、2)地域における新規創業企業の支援システム、3)若 手企業家の輩出促進策、について以下に論じる。
1) 新規創業支援策に必要な諸要素
これまで地域社会に定着していた常識が崩壊しはじめている。未だに保守的な価値観は 根強く残っているものの、かつてに比べて明らかに人生における選択肢が多様化している。
一方、新規創業した企業家は必ず成功するわけではない。
失敗した企業家の支払うコストは極めて高い。
失敗から再起に至る苦難の道のりが眼前にちらつく社会では、当然のことながら開業率 は低くなる。今後、こうした点は諸制度改革を通じて見直されていくと思われるが、米国 のような開業率も廃業率も高い多産多死型社会に至るにはさらに時間を要するだろう。
こうした「新規創業に伴うリスク」と「チャレンジしないリスク」とのバランスが、今 後の日本社会における意識変革速度に影響していく。
地域における創業状況は、第13章において示された事例地域法務局の法人設立データ 推移に見られるように、流通サービス業の割合が多いものの増加している。
しかし、第14章において示した通り、事例地域の学生を対象とした創業意識調査結果 によれば、大学生、高校生共に40−50%の学生が「やりたい職業」を見つけていない。
半数近くの若者が、何になりたいのかという夢も持たず20歳近くにまで成長している のが地域の現状である。
創業志向の学生は、全回答者1,061名の中で25名に限られていた。
親の営む事業の後継を希望する学生は各校とも非常に少ない一方で、創業意欲の高い学 生は自営業の家庭から輩出されやすい傾向があった。
また、創業志向の学生の約90%は、やりたい仕事が明確化されていた。
このように、創業の決意には、特別なスキルやノウハウが必要と言うよりも、「やりたい 仕事」が明確化されているか、仕事に思い入れを持っているかがカギとなる。
創業に際する正のモチベーションと負のモチベーションの問題にも留意する必要がある。
企業家に対する主なモチベーション要因は表15−2に示される通りである。これら諸 要因が満たされるほど企業家はやる気が増し、「正のモチベーション」がもたらされる。
表15−2 企業家をモチベートする主な要因
1.立ち上げた事業が人の役に立ち、その価値を認められる 2.価 値 に 対 す る 適 切 な 報 酬 を 得 て 経 済 的 基 盤 を 築 く 3.事 業 の 成 功 、 自 己 啓 発 な ど を 通 じ て 自 己 実 現 す る
一方、創業に対する「負のモチベーション」は加齢を通じて増減する。
例えば、サラリーマンは加齢するに従い、扶養家族が増え基礎的生計費が上昇していく ので、現在安定した職がある場合、それを捨てて創業することを躊躇しやすくなる。
「負のモチベーション」とは、このように創業を思いとどまらせることを言う。標準的な 加齢パターンとして「大学卒業時まで親に扶養され、大学卒業後20歳台後半に結婚し、
30歳台前半に二子を授かり、子供達を大学卒業時まで扶養する場合」を想定してみよう。
図15−7に示されている通り、創業に対する負のモチベーションは生涯変化する。
10歳台の間は、親に扶養されている手前、その意向に影響され、それが負のモチベー ションとなる。親の影響力は加齢に応じて徐々に減じられていく。
学生時代には若さと活動の自由があるが、資金も経験も不足し、学業と事業の両立が困 難となる。独身貴族時代には、親からの経済的な自立がはじめると同時にビジネスのスキ ルが身につき創業資金も貯まっていく。
一般的には、最も負のモチベーションが小さい時代だ。
一方、30歳以降は、子供の教育費や生活費、住宅ローンなどが膨らんでいき、創業に 関する負のモチベーションが増加していく。
時を経て50歳台後半に入ると、子供の扶養義務が軽減されていき、負のモチベーショ ンが減少しはじめる。この時、シニア企業家として自立する環境が生まれる。
新規創業支援の際には、創業志望者が「やりたい仕事」の明確化を通じて正のモチベー ションを持つと同時に負のモチベーションをコントロールしていくことが出来るようにフ ォローすることが重要となる。
図15−7 創業に対する負のモチベーションの生涯変化例
(野長瀬裕二他、25歳起業論を加筆修正)
新規創業支援では、創業予定者が「1.何をやりたいのか」、「2.何が出来るのか」、「3.
どうやって稼ぐのか」を論理的に考えることを促すことが重要である。
働くということは世の中に貢献して報酬を獲得するということである。ベンチャーキャ ピタルの出資を受けた企業を成功事例として取り上げるメディアもあるが、財務活動によ り資金を得ることは成功ではない。継続的に報酬を得ることこそが重要なのである。
創業するということは、世の中に貢献してその対価を得るということに他ならない。
創業に必要となるスキルを整理するなら、図15−8に示される通りとなる。
報酬を獲得する目途を立て、事業のオペレーションを確立し、各種経営資源(第10章で 論じた4M1I)を調達しマネジメントしていくスキルである。
この中で最も重要なものは、顧客から報酬を獲得するスキルである。
稼げる企業家のところには、人、モノ、資金、情報が集まってくる。稼ぐことさえ可能 であれば、コストマネジメント、キャッシュフロー管理を着実に行うことにより持続的経 営が可能となる。
報酬の獲得、オペレーションの確立、経営資源の確保の方策を具体的に示したものが事
負 の
モ チ ベ ー シ ョ ン
年齢
60 50
40 30
20
業構想であり、それを数値的に詳細に明示したものが事業計画である。
結局のところ、事業構想も事業計画も企業家という個人から生まれてくるものであり、
個人のそれまで歩んできた真摯な人生や高い志が、それらのクオリティを高める。
新規創業支援においては、創業予定者が自らの人生経験を棚卸しして、これからの人生 で何がやりたいのか、何が今出来るのかと向かい合う作業をフォローしていく必要がある。
図15−8 創業に必要となるスキル
事業構想立案上のポイントとなるのが、ドメインとなる市場を見極め、顧客から報酬を 獲得する上でのポジションを決めていくステップである。
事業領域が決まっていれば、図15−9、図15−10に示される9セル型マトリック スに基づき、ドメインを明確化することが出来る。
図15−9のマトリックスは、縦軸に「対象となる市場が広域にわたっているのか、狭 い地域内に限定されているのか」、横軸に「市場細分化の程度が幅広いのか、細かいのか」
を、それぞれとっている。
マトリックス(Ⅰ−Ⅸ)のどの領域を選ぶかにより、事業のタイプが異なって来る。
横軸の左の方にいくほど、市場を細かく分けてスキマ市場を狙う「ニッチ型」となり、
横軸の右の方にいくほど、市場をある程度幅広くとらえた「カウンターセグメント型」と なる。ニッチ型を目指す場合、他社との差別化は可能となるものの、市場は小さくなり報 酬は小さくなる。
成長意欲の強い企業家は、市場細分化を必要以上に行わずに報酬を大きくしようとする
顧客
創業に必要となる
スキル
経 営 資 源 管 理 オペレーション確 立 報 酬 の 獲 得
経 営 資 源 管 理 オペレーション確 立 報 酬 の 獲 得
経営資源 ( 4M1I )
可能性が高くなるので、その時の対処法を考えなければならない。
マトリックスの縦軸、すなわち市場の範囲(広域性)についても定める必要がある。
商圏が、世界レベル、国内レベル、地方レベル、市町村レベルのどれかということだ。
市町村レベルの市場を深耕し、手間がかかる仕事を一つ一つ丹念に拾い集めていくのも 立派な経営である。
図15−9 ターゲットとなる市場の類型 (野長瀬裕二他、25歳起業論を加筆修正)
図15−10の9セル型マトリックスは、縦軸に「事業領域の変革速度が速いか遅いか」、 横軸に「技術開発志向なのか流通サービス志向なのか」をとったものである。マトリック ス縦軸の最上段(Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ)は、最も変革速度が速く既存のスキルの効用が小さい領域であ り、縦軸の下段にいくほど、過去の経験や既存のスキルが役に立つ領域となる。
スキルの方向性は、技術開発志向でいくのか流通サービス志向でいくのかに分かれる。
横軸最左列(Ⅰ/Ⅳ/Ⅶ)は、独創的新技術にこだわりを持つ「研究開発企画型」で、横軸 の右列に行くほど、流通サービス系のスキルが役立つ領域となる。
ドメインが明確化され、事業構想が立案されたなら、創業支援は次のステップに入って いく。具体的な顧客確保に目処をつけ、注文を取った後に事業構想段階で想定されたサー ビスレベルを具現化する体制を立ち上げ、顧客満足を実現するためのコミュニケーション システムやアフタサービスのシステムを構築することを支援していくのである。
業務の流れを分析し、どのような経営資源がどれだけ必要かを正確に推定するスキルが、
こうした事業体制構築の支援には不可欠である。オペレーションを想定するスキルは、コ ストを見積もることにつながるので収益計画の基礎ともなる。このステップがクリア出来 たなら、次の新規創業支援上の問題は、経営資源の調達に移る。
Ⅸ
Ⅷ
Ⅶ
Ⅵ
Ⅳ Ⅴ
Ⅱ Ⅲ
Ⅰ
Ⅸ
Ⅷ
Ⅶ
Ⅵ
Ⅳ Ⅴ
Ⅱ Ⅲ
Ⅰ
←細かい
細分化の程度
幅広い→市 場 の 範 囲
狭 い
↓
↑ 広 域
資金・人材等の経営資源が、開業時には思ったように調達出来ないことが多い。
結果的に、外部経営資源活用の視点が創業支援を実施する上で必要となってくる。
ビジネスパートナーとの連携を成立させるためには、「自分は何に集中するか」、さらに は「自分は何をしないか」を明確化させることが必要となる。
外部経営資源活用の必要性については、表15−3の通りにまとめることが出来る。
図15−10 事業領域の変革速度とスキルの方向性
(野長瀬裕二他、25歳起業論を加筆修正)
まず、第一に、昔に比べてスピーディな事業展開が要求されるようになりつつある。
事業確立期の企業にとり、最適な人材を確保することは容易ではないことに加えて、非 コア業務のために社員を教育する時間がもったいないということである。
表15−3 外部経営資源活用の必要性
①スピーディな事業展開の必要性
(大量供給重視 ⇒ スピード重視)
②身軽な経営の必要性
(ストック経営 ⇒ フロー経営)
③環境変化への対応の必要性
(成熟化、サービス経済化、専門化)
第二に、変化の激しい時代を生き抜くためには、身軽な方向転換を可能とする「持たざ る経営」の方が適切となりつつある。必要性の低い経営資源を自前で抱えると、その活用
Ⅸ
Ⅷ
Ⅶ
Ⅵ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
Ⅸ
Ⅷ
Ⅶ
Ⅵ
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
←技術開発
スキルの方向性
流通サービス→↑ 速 い
事 業 領 変 域 革 の 速 度
遅 い
↓
を前提とした硬直化した経営戦略に陥るリスクが高まる。
第三に、最近は、供給能力余剰を抱える企業が増え、専門性の高い多彩なサービス事業 者も育ってきた。外部に仕事を任せやすい環境が整いつつあると言えるだろう。こうした 環境変化に対応し、外部経営資源活用のメリットを検討すべき時代なのである。
昔は、高度成長を背景に、終身雇用システムや系列システムの下で、大手企業が様々な 経営資源を囲い込んでいたが、そうした時代は終わった。
今や成熟経済環境下で、最適なパートナーと連携するスキルが重要となりつつある。
第13章にて、群馬県の中小創造法認定企業の調査結果を分析したが、ファブレスにつ いては、社歴が短い企業を中心に調査対象企業中の17%を占めていた。首都圏北部地域 のフロントランナー企業の中にも、社歴の短いファブレス企業が見られた。
中小創造法認定企業、フロントランナー企業の多くが社歴の長い製造企業であることを 考えると、製造系・技術系の事業領域で創業するには、ファブレスは重要な選択肢である ことがわかる。
昨今は、全国的に製造業の開業率は低調である。
これは大手企業の海外進出による仕事量の減少、グローバルな価格競争等の結果、製造 業分野における投下資本収益率が著しく低下したこと等を背景としている。
新規創業と同時に取引先を確保した上で、土地、工場、機械設備、熟練した人材等の経 営資源を社内に取り揃えることは、現状では極めてハードルが高い。
こうした従来型の製造企業を新規創業するのは、ソフトウェア開発企業等を新規創業す る場合に比し魅力が低いことは確かであろう。
手持ち資金の少ない企業家がスピーディに新規事業を立ち上げるには、他社の工場や設 備を活用し、自前の資産を抑えるフロー経営をしなければならない。ファブレス方式は、
製造企業におけるフロー経営の有力なスタイルの一つである。
しかし、ファブレス企業として成功するためには、マーケティングのスキルがなければ 注文は取れない。注文が取れなければ、腕のよい基盤技術型企業の協力が得られない。
他社に製造を委託しながら高品質と低コストを実現するには、生産管理のスキルが必要 となる。また、多くの場合、パートナーとなる腕のよい生産技術型企業は、自社より規模 が大きく社歴も長い。そうした生産技術型企業に一目を置いてもらうだけのコアスキルを 持っていなければ相手にしてもらえない。
事例地域で成功しているファブレス企業を見ると、マーケティング負荷が高い消費財で はなく生産財を販売するタイプが多い。生産財分野でファブレスを興す場合は、大企業の 資材調達部門のスタッフに代わって、便利屋のように部品調達を世話するところからはじ める企業家もいる。
また、バリューチェーンの中で利益を確保するには、研究開発のスキル、知的所有権戦 略が必要となる。折角受注しても、安く買いたたかれ、生産技術型企業に利益を根こそぎ 持っていかれては経営が立ちいかなくなるからだ。
ファブレスで成功することは一見難しそうに見える。しかし、これらのスキルを備えて いれば、財務的には身軽に製造企業を創業出来ることになる。知恵で資金不足を補うこと が可能となるのだ。
業種毎に、外部経営資源を活用する様々なスタイルがあり、必要とされる管理スキルは 異なる。外部経営資源を活用したオペレーションマネジメントの確立を支援することは、
新規創業企業にとり大いなる助けとなる。
2) 地域における新規創業企業の支援システム
近年は新規創業企業を支援するための公的支援策が年々充実してきている。
1995年にスタートした中小創造法は、本格的な地域の中小ベンチャー企業支援策で あったが、これは第13章に示されている通り、必ずしも新規創業企業支援策ではなく既 存企業のイノベーション支援策としての色彩が強い。
金銭的支援メニューとしては、中小企業庁系統の日本版SBIR(中小企業技術革新制度) をはじめとする各省庁の諸助成制度が年々充実している。テクノロジーに自信のある中小 ベンチャー企業にとっては、年々公的資金を得るチャンスが拡がっていると言っても差し 支えないだろう。
最近では、公的な非金銭的支援メニューを拡充する動きが目立つ。
第13章において示されている第二次調査によれば、地域の中小ベンチャー企業は金銭 的な公的支援に対する満足度は概ね高い。公的な非金銭的支援については、工業試験所の 試験サービス等、目的が明確化したサービスに対する満足度は高いものの、その他の経営 指導的な支援については今ひとつ評価が定まっていない。
企業家側からすると、公的支援であれ民間主導の支援であれ、目に見えて即効性のある 支援内容に人気が集まるのは当然のことである。
図15−11 民間主導支援の類型 民間支援の類型
ビジネスベース の支援
互助的な支援
複合型 個別採算確保型
先行投資型
多くの新規創業企業が何らかの悩みを抱えており、そこに支援ニーズがある。
そうしたニーズに対応する民間主導の支援は、図15−11に示される通り、各種タイプ に分類される。
まずはビジネスベースの支援と互助的な支援に分けられる。
ビジネスベースによる支援とは、企業等の組織体が、支援の対価を受け取り収益確保し ようとするものである。
互助的な支援とは、例えば企業家ネットワーク、NPO等によるものである。
事例地域における筆者らのネットワーキング事例は、互助的な支援の典型例である。
地方においては、高付加価値のコンサルティング市場が小さいため、互助的なスタイル の企業家ネットワークは馴染む。
企業家集積の厚い東京には、SOHO的な新規創業企業、新規創業予定者、顧客候補の 企業等、を会員として組織している企業家ネットワークの活動が見られる。少額の会費を 集め、勉強会を開催したり、仕事のパートナーを探したりする仕組みである。
ビジネスベースによる支援は、先行投資型支援、個別採算確保型支援、複合型支援に分 かれる。先行投資型支援とは、新規創業したばかりの時期には十分な報酬を取らずに、将 来成長してから先行投資を回収するというタイプである。
VCや、VC機能を持つ民間インキュベータ等はこれに該当する。
IPOやM&Aが早期に実現出来る企業、いわゆる「出口の見えた企業」を徹底的に支 援することで、キャピタルゲインを得ようとするものである。
優れた事業資質を持つ企業家を選び、インキュベータに入居させて支援していくのだ。
スタートアップ企業は財務的に脆弱な場合が多く、個別採算を重視した不動産賃貸料や コンサルティングフィーは取りにくいため、キャピタルゲインを重視することとなる。
しかし、こうした先行投資型民間インキュベータの経営は、新興企業向け株式市場の状 況、景況動向・金融動向等に影響されやすい不安定さを内包している。
個別採算確保型支援とは、個別案件毎に採算性を確保しながら支援を行うタイプである。
複合型支援とは、創業時の一時的支援、創業後も続く継続的支援を両方行うタイプであ る。創業時には、例えば不動産選定、店舗や工場の設計、設備投資といった分野で、一時 的な支援が必要となる場合があり、創業後には、例えば事務処理、情報処理、人材派遣等 の継続サービスが必要となる場合がある。創業時の一時的支援を行った後、オペレーショ ンの流れに入り込んで継続的支援を行うのである。
決して裕福とは言えない場合が多い新規創業企業に対し、複合支援サービスを提供し採 算性を確保するには、図15−12に示される通り、事業の内部に深く関与する必要があ る。こうした複合的支援、すなわちコアスキル供与、システム供与、経営資源供与に踏み 込むことは、公的支援機関には極めて困難である。
このスタイルでは、個別ビジネスに成功するためのノウハウを持ち、それをベースに自 己責任に基づき支援を行うからである。
図15−12 複合支援ビジネスの領域
こうした複合支援のスタイルは、流通サービス系企業におけるFCビジネスにおいては よく見られる。工業系サービス企業、ソフトウェア開発企業の場合も類似したスタイルは あり得る。しかし、注意しなければならないのは、企業としての自律性は、支援機関に依 存するほど減じられることである。
また、追随企業や競合相手が現れた場合に、支援機関が速やかに対応をとることが出来 るかどうかが重要なのであるが、その点に課題がある場合が多い。
伝統的な職人の世界の「のれん分け」も複合的開業支援の一形態である。
徹底した教育訓練、日々の厳しいOJTに耐えた者が、秘伝を伝授され、時には親方の 顧客を分けてもらい屋号使用も許可されて新規創業する。
こうした新規創業支援は、まさに志とスキルの高い民間人ならではのものである。
ユーザーである新規創業企業側から見れば、官・民のどちらから支援サービスが供給さ れるのかは本質的な問題ではない。それが有益かどうか問われるだけなのである。
重要なのは、「1.支援システム」とその中核となる「2.支援人材」の質である。
新規創業支援システムは、図15−13に示される通り、地域におけるインキュベーシ ョンサイクルを中核としたシステムである。
我が国におけるインキュベーション政策は、現状では新規施設整備の側面が強い。
地域ぐるみのインキュベーションとしての面展開が脆弱である。
そもそも、インキュベーションマネージャーのいるインキュベータすら少ない。
また、施設面でも、イギリスやアメリカにおいては、高失業率地域で古い建物や工場を
報酬の獲得 オペレーション
の確立 経営資源管理
コアスキル供与 システム供与 経営資源供与
<新規創業に必要なスキル>
<支援内容>
インキュベータへとリニューアルするという発想が当初は強かった。
それに対して、我が国においては失業率が急速に高まり出したのは、21世紀に入って からであり、従来は失業への警戒意識が相対的に弱かった。
イギリスの地域経済政策については、Armstrong,H. & Taylor,J.(1985)が、失業率に関す る地域間格差が政策の根幹にあるという視点から分析を行っている。イギリスでは、競争 力を失った輸出産業の立地する地域から、他地域に失業者を移動させようとする政策すら 行われてきた。
Struyk,R.J. & James,F.J.は、都心における開業率の高さをインキュベータ仮説として指 摘しており、Evans,A.W.(1985)はこうした都心部のインキュベータとしての機能について 肯定否定の両論を示している。経済地理学的アプローチにおいては、インキュベータとは、
必ずしも箱ものを意味しない。
図15−13 新規創業支援システム
インキュベーションサイクルとは、筆者による造語であるが、啓発・風土作りにはじま り、創業前育成につなげ、創業後育成に移る。
創業前育成から創業後育成の創業期プロセスにおいて、本項において論じた「事業構想 立案→顧客の獲得→オペレーション確立→経営資源管理」という流れのサポートを行う。
そして、インキュベーション過程を卒業した企業が、地域における元気な新規創業企業 として活躍し、後輩達を啓発していくというサイクルを回していくのである。
我が国の多くの地域では、このインキュベーションサイクルが組織毎に分断されている
多彩な新規創業企業の創出
創業前育成
創業後育成 事業基盤を
確立した企業 啓発・風土作り インキュベーション
サイクル インキュベーション
サイクルをトータル コーディネートする リーダーの必要性
事業構想立案
↓ 顧客の獲得
↓ オペレーション 確立
↓ 経営資源管理
創業期の
マネ ジメ ント
支援
場合が多い。インキュベーションサイクルをトータルコーディネートするリーダーが不在 の地域ばかりである。
IPO志向のVC型インキュベータであれば、こうしたサイクルは成立し得るが、典型 的成功企業を輩出し、後進の指導にまでつなげている事例が現状では不足している。
トータルコーディネートしようと努力している 意欲的リーダーが存在している地域も あるが、手弁当で過大な仕事量をこなしているのが実情である。この流れを意識して支援 システムを構築しているインキュベータの数は少ない上に、個人のポリシーがサイクル全 般に浸透している事例は非常に限られている。
システムとしてインキュベーションサイクルが地域に成立し、意識の高い個人がそれを トータルコーディネートするという状況を実現するには、第10章で論じた政策管理主体 に強い意思があり、さらに、周囲から尊敬されている人材(成功した企業家等)が地域に強 い貢献意欲を持つという状況が必要となる。
予算規模の大きい自治体が手掛けるインキュベータは、システムとしてはサイクルの一 貫性を意識していても、スタッフは細分化された各部門に散っている。そして、公的セク ターの性質上、一貫性を保証するような強烈なリーダーシップは成立しにくい。やり手企 業家がトップに立ち「持ち出し」で支援している事例を除けば、個人として一貫性を保証 することは、現状では難しいのであろう。
インキュベーションサイクルを回すには、全体を統括する 地域ディレクター と言え る個人の存在、それに 場 が必要である。
そこに行くと、いつも色々な新しいことをやろうとしている人が集まっている。
そして、苦労している人、失敗した人もいる。
上手くいった人に色々な相談も出来る。そうした 怪しげな場 が人を惹きつける。
地域ディレクターは、講座段階で 場に合いそうな雰囲気の人 を見つけ、事業計画を 作成させ、 場 に置き、事業化まで色々と世話を見る。
この仕組みは泥臭い。企業家側と支援側の個人的人間関係、信頼関係が重要となる。
この仕組みには、必ずしもインキュベーションセンタのような建物を必要とするわけで はないが、世話をするには一カ所に企業家がまとまっていた方が便利である。
製造系の事業計画を持つ創業予定者に貸し工場が用意されていれば、ソフトとものづく りの交流も可能となる。大学の近辺にインキュベーションセンタがあれば、そこに大学の 研究者がふらりと訪れてコミュニケーションするという構図が成立する。
その他、事業構想段階では、創業予定者の悩みを聞きメンタリングやコーチングを行う ことも有益である。メンタリングとは「キャリア成功のためのメンタルな側面の支援手法」
であり、コーチングとは「質問を通じて自律的能力を向上させる支援手法」である。
ここでは、事業構想を支援者が考えるのではなく、創業予定者が自分で考えるのを手助 けするのである。そのためには、創業予定者の過去の人生を共に振り返り、ディスカッシ ョンするという手続きを踏むこととなる。事業経験の少ない創業予定者に対しては、事業
企画面でのヒントを与えることも必要となる。
ただ、世の中全体を見回しても、事業企画面のスキルと実績を備える支援者は非常に少 ない。今後は各地域に支援人材の層を厚くしていく必要がある。支援システムを回してい くには、中核的人材以外にもやる気のあるサポートスタッフや外部協力者が欠かせない。
それでは、どのような支援人材の層を厚くしていけばよいのだろうか。ここでは、筆者 の作成した「地域支援人材チェックリスト」を表15−4に示す。
いくつかの支援機関において、スタッフ研修でこのチェックリストを使用したところ、
30点満点で20点以上取ることの出来る人材は少なかった。
このチェックリストで高得点を取るには、現場主義に徹し汗をかかなければならない。
各方面で、優れた人材と交流し、常に人の優れた知識や手法を吸収しようという意欲を 持っていなければならない。色々な人に世話をして、頼み事が出来る人間関係を各方面で 築いているかどうかも問われる。
高等な支援テクニックや専門知識と言うよりも、常にアクティブに動いて、企業家から 信頼され感謝されるかという観点でこのチェックリストは作成されている。
表15−4 地域支援人材チェックリスト 1.地域で何が起こっているのかデータで把握していますか?
2.地域の意欲的企業家30人にあなたは顔と名前を知られていますか?
3.熱心で実力のある大学の先生を地域で5人知っていますか?
4.行政機関の企画力を持つ人にアポなしで相談出来ますか?
5.企業の支援に地域外の企業や人の力を活用していますか?
6.産官学交流を自分が中心になって進めていますか?
7.事業評価能力の高い人と一緒に企業分析をする機会がありますか?
8.週に一社以上企業の現場に足を運んでいますか?
9.権威・権力を持つ人に必要に応じて反論出来ますか?
10.企業の持つ「コアスキル」とその事業の「成功のカギ」を見抜くことに 自信がありますか?
*A=全くそう思う(3点)
総合計{ }点 *B=まあそうである(2点)
*C=あまり自信がない(1点)
ただ、注意しなければならないのは、支援人材に必要な諸要素を色々と挙げていくと、
全て満たす人はほとんどいないということである。各地域で腕がよいといわれている支援 人材ですら、皆万能の神様ではない。自分に出来ることを、理にかなったやり方で周囲の 理解を得ながら着実にしているだけである。
先進的な支援人材は全国的に見ても数が限られている。
大学を活用して成功した事業展開型のビジネスコーディネータは、全国的に極めて数が 限られている。事業計画の勘所を瞬時に把握するアーティストタイプも非常に少ない。
会計、法律、特許といった分野の最新動向を詳細に把握しているスペシャリストタイプ は東京に集中している。
基本的には、地方都市では、縁の下の力持ちタイプを中心に、長期的な視点で支援人材 として雇用し、郷土愛と仕事への愛着をインセンティブに働いてもらうということになる。
そして、全体スキームのコンセプトは地域で確立し、不足している支援スキルは地域外 から調達して来るということも視野に入れる。
インキュベーションサイクルを地域ディレクターがトータルマネジメントし、地域外の フェローとも協力しながら、地域の企業家セクターの層を厚くするという構図を成立させ ることが重要となる。
地方が自主財源をベースに地域産業活性化策の一環として新規創業支援を主体的に行い、
地域の民間支援者の力を活用する。そして、産学官ネットワークや企業家ネットワークが 各地域に毛細血管の如く張り巡らされていき、これらネットワークが「目に見えないイン キュベータ」となるといった状況を創出していかなければならない。
3) 若手企業家の輩出促進策
先に述べた通り、首都圏北部地域の大学生、高校生達に対する意識調査の結果、東京等 の大都市に卒業後移りたい学生が、地元に残りたい学生より多く、創業したいと考えてい る学生は非常に少ないことが判明した。
また現状では、地域産業界に20代の若手企業家は数えるほどである。地方工業集積地 域において、元気な若手企業家を輩出するために、すべきことが多いのは間違いない。
もちろん、事業を興すことには当然リスクが伴うので、無責任に若者に創業を勧めるわ けにはいかない。あくまでも、創業意欲に満ちあふれている若者を、可能な限り失敗しな いように導くのが支援者の役割である。
事業に失敗すると、負債が返済できず自己破産に陥ったり、身内が連帯保証人として家 屋敷を失ったりする事例も多い。失敗してもまた再起すればよいと簡単に言う研究者もい るが、今の日本では、大きな失敗をしないようにリスク管理を行うことは新規創業者にと り必要不可欠である。
20世紀には公務員や大企業社員という職業が、ローリスク・ミドルリターンであった。
そのため、公的機関や大企業に就職し、そこに一生勤務するという選択には経済的合理 性があった。しかし、今や時代は変わりつつある。ローリスク・ミドルリターンの職場が 徐々に、ミドルリスク・ローリターンへと変化しつつある。
今後、今のようなペースで社会が変化し、それに加えて再起が容易になるよう法制度が 改正されていくなら、新規創業という選択肢が相対的に魅力的なものになっていく。
地域の大学生の6割以上が、公的機関や大手企業に就職しても終身雇用は保障されない
と既に考えており、学生もミドルリスクを理解しはじめている。
今後は、創業教育等の有効性が増していくことと推測される。
やる気のある自治体、大学、商工団体等が 人づくり に取り組み、リーディング事例 を作っていき、そのノウハウを広域に共有するという方向を早期に打ち出す必要がある。
一口に若手企業家といっても、図15−14に示される通り、様々なルートから輩出さ れる可能性がある。
図15−14 地域の若手企業家輩出の源泉
地域の企業内では、若手社員と若手後継者が企業家輩出の源泉である。
若手社員が外に飛び出すのは、元々独立を考えていた場合、何らかの都合で退職せざる を得なくなった場合、友人に誘われ共同で創業する場合等が考えられる。
若手後継者が経営者としての地位に立つ経緯は人により異なる。
親の急逝を機に若くしてトップに就任、親の方針で若いうちに権限委譲、あるいは子会 社や事業部門のトップに就任等の経緯が考えられる。
地域内の学生とは、地域内に立地する高校・大学の学生であり、若手Uターン人材とは、
高校あるいは大学卒業後他地域で学び働き、その後帰郷する人材である。
若手IJターン人材とは、地域外から何らかの理由で流入したIJターン人材である。
地域に若手企業家を輩出する上では、地域の学生(義務教育―高等教育)、地域の企業人
(社員、後継者)、他地域の人材(UIJターン)、を対象とした体系的な人材輩出育成シ ステムを構築しなければならない。
企業内の若手社員については、地域に一貫性のあるインキュベーションサイクルを構築 することが有益であり、意欲的後継者については刺激を受ける 場 が必要である。
その中からスピンオフベンチャーが登場する可能性がある。
流動性能力の高い若手企業家が台頭し、既存のフロントランナー達を刺激し、若手は逆 に結晶性能力の高い 大人 のやり方を学ぶというシステムが必要である。
学生については、意識調査結果からも明らかになったように、高校生はもちろん大学生 ですら、将来の職業選択について明確なビジョンを持っていない者が多い。
地域内企業の若手社員
地域内企業の若手後継者
その他 地域内の学生
若手IJターン人材 若手Uターン人材
若手企業家
創業教育以前に、義務教育から高等教育にかけて、職業選択について考える時間を提供 する必要がある。創業意欲の高い若者の裾野を広げ、若手企業家を育成し、地域産業活性 化につなげていくシステムが今地域に求められている。
創業希望の若者が少数派である現状においては、表15−5に示される諸システムの整 備を進めていくことが必要である。裾野を広げるためには、地域における、「1.モチベー ションシステム」を構築することがまずは不可欠である。
事例地域における調査結果では、創業志望者は自営業者家庭の子弟に多いことが判明し ている。一方、高度に分業化された現代社会では、自営業者の子供より、サラリーマン家 庭の子弟が多い。そのため、地域における体系的なモチベーションシステムを構築するこ とが必要となる。義務教育から高等学校までは、総合学習の時間内で進路選択について考 える時間を作り、希望者に限定して地域が主導する創業教育を実施する。
年少者ほど母親の影響が強いので「母と子のための自立した人生講座」として、家族で 考える機会を提供する。義務教育〜高校生段階で職業選択と自立に関する講座に母親を巻 き込み、学校教育、家庭教育にまたがる課題を解決しようとすることは検討するに値する。
女子高校生に多く見られる専門的資格を必要とする自営業希望者も含めて、自立志向の 生き方について啓蒙活動が必要である。様々な家庭で育った子弟に対して、自立した人生 について考える機会を与えるべきである。
表15−5 事例地域に必要な諸システム 1.創業希望者を増加させるための「モチベーションシステム」
⇒ 地域創業学校(学生向け講座、母親向け講座、社会人向け講座、情報発信等) 2.創業希望者を成功させるための「企業化システム」
⇒ 企業化ネットワーク(創業学校卒業生の育成、大学発ベンチャーの育成等) 3.地域企業家と地域大学・高校の「コミュニケーションシステム」
⇒ 地域産学連携(インターンシップ、技術系アルバイト、高校・大学連携講座等)
モチベーションシステムを通じて啓発された創業希望者は、次は企業化に挑むこととな るので、「2.企業化システム」が必要となる。
TLO、キャンパスインキュベータ、ファンド等の整備は重要な問題である。
地域産学連携を通じた、「3.コミュニケーションシステム」も整備が必要である。
実業高校の学生は、地元志向が相対的に高く、そして普通高校学生のように「地元志向
=公務員志望」ではない反面、進路未定者の比率が高い。実業高校の地元志向の学生が、
地域企業にて体験を積み、一旦地域企業に就職した後、地域の大学にて実践的学習機会を 得ることは重要である。
地域の高校・大学・企業間のコミュニケーションシステムは、早期に自立した人生観を 確立する上で一助となる。現在、実業高校教員の進路指導上の悩みは、地域大手企業によ
る大量採用の消滅であり、地域の中小・ベンチャー企業や地域の大学とタイアップした実 践的カリキュラムを拡充していくことは重要である。
地域の国立大学工学部では、今のところ創業希望者は少ない。
しかし、創業に関心があるものの学ぶ機会が不足していると考えている学生も多い。
社会人、高等教育、義務教育の各段階において、創業意欲を持つ人材を育成していくシ ステムを持つと同時に、大都市や海外に流出した地域人材・卒業生向けに地域情報(創業支 援策、求人等)を発信し、Uターン創業につなげていく仕組みが求められる。
大学生・大学院生レベルでは、創業に関する理論を含めたMOT講座を開講する。
その講座ではフロントランナー企業家達の技術を武器に生きていく様を見てもらう。
生産財分野、創業資金が小さくて済むIT分野等の実例を示す。
フロントランナー企業家側にはPRとリクルーティングのチャンスが増える。
それと同時に、MOT講座を通じてフロントランナー企業家から技術的なアルバイト、
インターンシップの機会を提供してもらう。
MOT講座を通じて模索型肯定派から行動型肯定派への転換を支援するのである。
地域企業は学生の技術的素養を活用し、学生は実践の機会を得るという関係構築が、今 後の課題である。
マッチングと事前教育を大学の地域共同研究センターが行う。本気で創業を考えている 学生には、インキュベーションシステムを用いた個別指導につなぐこととなる。
Uターン人材については、どの様な理由で一旦は地域から出ていったのかを考える必要 がある。調査結果に見られるように、進学高校の学生には、研究開発や企画系の仕事が集 中している大都市や海外に出ていきたいという傾向がある。
これは全国の各地方都市に共通する問題と思われる。
彼らが大都市や海外でキャリアを積んだ後、故郷にUターンしてそのスキルを活用する チャンスがあるのかどうかが重要なのである。
インドや中国のIT系技術者がシリコンバレーでスキルを磨いた後に母国で活躍する事 例と同様に、競争の激しい地域で体得したスキルを故郷に持ち帰ってもらうのである。
例えば、地域の高校・大学のOB組織をベースに、ネットワークを構築し、地域のフロ ントランナー企業への転職、地域における創業支援施策の情報を提供するのである。
IJターン人材については、地域のフロントランナー達の魅力に惹きつけられて有能な 人材が集まる地域にすることが重要である。インキュベータにUIJターン人材を誘致し ている自治体事例もあるが、こうした試みの成果に注目が集まる。
我が国では、松田修一(1996)が指摘しているように、創業支援制度は年々充実しつつあり、
これまで手薄であった大学院卒企業家は、地域の活力源となる可能性が残されている。
(2)第二創業支援策
ここでは、地域経営資源の整備策の一翼を担う第二創業支援策を取り扱うこととする。
1)第二創業支援策に必要な諸要素、2)地域における第二創業企業の支援システム、につ いて以下に論じる。
1) 第二創業支援策に必要な諸要素
第13章における第一次調査においては、事例地域の製造企業が、小企業、中堅企業、
中核・大手企業の三つの企業セグメントに分類された。
各セグメントの傾向の違いが統計的に分析されている。
小企業ほど平均として景況感が悪いが、高成長の企業も見られる。
規模の大きい中核・大手企業は安定的な成長を見込んでいるものの、地域を引っ張る高 成長企業は見あたらない。
一方、研究開発投資への意欲は、企業規模が大きいほど強い。
中堅企業は、研究開発投資を抑えた新市場開発戦略を、平均的な小企業は、消極的な市 場浸透化戦略をそれぞれ志向している。中核・大手企業は、研究開発行為の伴う新製品開 発戦略や多角化戦略を志向している。
地域の企業を平均値でとらえると、事業所数が多い弱者の意見が主流となる。そのため、
平均値に基づき政策立案すると、弱者保護策につながりかねない。
ここで重要なことは、セグメント数は地域によって二つかもしれないし四つかもしれな いが、地域企業を性格の異なるいくつかのセグメントに分類し、それぞれの特性に応じた、
きめ細かい支援を実施することである。
支援メニューとしては、研究開発に熱心な中核企業をターゲットとする場合、低利融資、
補助金、信用保証、優遇税制等の金銭的支援、技術シーズの紹介や産学官連携のコーディ ネート等の非金銭支援が考えられる。
新市場開発に熱心な中堅企業に対しては、上記に加えて、販路開拓支援、販売促進支援 が考えられる。高成長志向の小企業については、さらにインキュベーション、直接金融支 援といったメニューが考えられる。
一方、自治体の規模が小さくなると、支援対象となる革新的企業数が限られてくる。
市町村レベルや小規模の県レベルの場合、決まった顔ぶれの既存企業、すなわち常連組 が各種補助金を重複して受けることとなりがちである。
ここで、参考のため、1997年度に群馬県の第二創業支援制度中で最も多くの企業が 交付を受けた「新製品企業化対策補助金」交付企業の概要をまず紹介する事とする。
表15−6 新製品企業化支援補助金交付企業(群馬県 1994−1997b) 交 付 企 業 数
う ち 創 造 法 認 定 企 業 う ち 他 制 度 利 用 企 業 12社 4社 12社
表15−6に示されている通り、交付企業中に中小企業創造法認定企業が一定数含ま
れており、更に、全ての企業が過去3年間で群馬県の他補助金制度を重複活用している。
この事から、支援制度は数多くあっても、群馬県のように二百万人程度の規模の自治体 では、それを活用する企業が常連組に限られる傾向が指摘される。
太田地域の様に、市町村レベルで制度を運営する場合、その傾向は一層増す事となる。
中堅規模の自治体において新分野進出補助金制度を活性化するためには、施策担当者が 定期的に時間を割いて現場を歩き、制度の広報、支援対象企業の発掘、過去の交付企業が 得たノウハウの地域共有化、等を実施していく必要がある。
既存企業支援策については、自治体のスタッフがまめに企業を巡回し、コミュニケーシ ョンを通じて支援対象企業の実情を把握していくことが有益である。
しかし、こうした仕事のスタイルは、広域の自治体になるほど継続的に実施することが 困難になる。小規模自治体の場合、地域企業との密な交流は広域行政に比べて有利である が、支援対象企業の数が限られていることや財政的余裕が少ない点、専門性の高いスタッ フが限られている点が課題となる。
制度的には、広域的な県や国の制度では、不正流用防止等が求められるため、必然的に チェックが厳しくなり、企業側の事務負担も大きくなる。一方、市町村レベルの制度の場 合、申請する企業側も交付する行政側も顔見知りである場合が多く、信用のおける企業か どうかは申請段階で判明している場合が多い。
そのため、国や県の制度と比較して、金額は小さいものの制約や事務負担を低減させた 運営が可能となる。その反面、官民馴れ合いが生じ易いという問題があるので、公正な評 価方式を導入し、公正中立な審査委員を選定する事が不可欠となる。
太田市では、新分野進出補助金の運営に際して、総合評価方式を採用し、公正中立な体 制を作っている。各自治体の財政的な状況は厳しいが、今後ともこうした制度を通じて地 域企業を支援し、同時に行政も申請企業の動向から地域産業に関する洞察を深め更なる有 効な政策を立案する、といった形で運用していくべきであろう。
事例地域における新分野進出補助金に見られるように、近年、各地方工業集積地域にお いて、第二創業型の中小ベンチャー企業に対する支援策は手厚くなりつつある。
しかし、現実問題として、中小ベンチャー企業育成には手間がかかる上、高度なスキル が必要となる。また、手間の割に即効的効果が得られるとは限らない。
可能であるなら、昔も今も大企業誘致の方が効果は大きい。
しかし、大企業誘致は成功すれば儲けものという時代であり、グローバルな情勢次第で は一旦誘致に成功しても拠点が閉鎖されるリスクが高まっている。既存企業をベンチャー 化し、成功例を出していく努力が社会の活力を出していく上で求められている。
事例地域の既存企業は、系列組織の半開放化という現実に直面している。
系列組織をある程度維持しながら、協力企業は系列外需用確保を、親企業は系列外から の調達を、それぞれが増やそうとしている。
親企業にとっても、需要逼迫期に供給責任を果たす系列企業を切り捨てる事は出来ない
ので、系列組織を完全に開放するのでなく、最適なバランスを追求している。
図15−15 系列組織の半開放化
地方工業集積地域における下請け中小製造企業は、QCDに関する差別化が不十分であ れば、「距離的に近い親企業の工場へ低付加価値で物流費率が高い部品を納入する」という ビジネスに特化せざるを得なくなる。
近年は、その仕事すら、親企業の海外生産化を通じて失われるリスクが高まっている。
事例地域の自動車系・電機系の中小製造企業は、現在、岐路に立たされている。
先見性のある経営者は、親企業に力がある間に次の手を打とうと努力している。
合併により規模を大きくするという発想もあるが、地域企業の多くが同族経営であり、
特に自社が吸収される形式の合併は望まない傾向にある。
一方、第13章における新分野進出の優良事例を見ると、適切な分野を選択する事によ り、小規模な企業であっても規模がハンディとはならないことがわかる。
新分野進出には、図15−15に示されている通り、親企業の社内ベンチャーに協力す る場合と、親企業とは関連性の少ない分野を独自に開拓していく場合がある。
特に、従来の親企業との関連性が少ない新事業の構成比率を高めていけば、結果的に経 営の柔軟性は増大する。
太田地域新分野進出企業の進出分野を見ると、14社中4社が住宅系分野へ事業展開し ている。事例地域周辺には、機械金属系技術や木工技術が集積している上に、嵩張る住宅 関連部材を首都圏という一大市場に供給する拠点としては、交通、土地価格、等の面で良 い条件を備えている。その意味では、この地域の企業が住宅系の事業領域に着目する事は 自然な流れであると言えよう。
ただ、住宅産業は、構造不況産業となりつつある。そうしたリスクに配慮しつつ、地域 の建設系企業と機械金属系製造企業の融合化を狙った施策等は、検討に値するであろう。
新 規 顧 客
社内ベンチャー
系列外調達
既 存 顧 客
親 企 業
協 力 企 業
系列外納入
独自新分野
2) 地域における第二創業企業の支援システム
地方工業集積地域における革新的な企業家活動は、第二創業企業、すなわち新分野進出 等を通じた事業構造転換に挑む既存企業によく見られる。
一定の事業基盤、経営資源を持つ第二創業企業は、一般に社歴が長く、過去に程度の差 こそあれ成功経験を持っている。新規創業が盛んとは言えない地方工業集積地域では、こ うした第二創業企業が引き起こすイノベーションのウェートが高くなる。日銭を稼ぐ既存 事業や熟練した人材を保有する既存企業群の潜在能力は、地域にとり重要なものである。
図15−16に示されている通り、第二創業企業経営のポイントは、技術シナジー、販 売シナジー、生産シナジーのうち、どの要因をどれだけ重視するかにある。
シナジーを重視するほど、過去のしがらみに新事業が縛られる危険性がある。
何を活かして何を捨てるかを決める判断が極めて重要となるのである。
また、第二創業を目指す各企業が、どのような「自社の将来像」を抱いているかもポイ ントとなる。
製品開発型、研究開発型、応用技術型、生産技術型、販売サービス型のうち、どの将来 像を地域の意欲的企業群が目指しているかについて、第二創業企業支援政策立案の際には 把握する必要がある。
第13章における中小創造法認定企業の分析にて示されたように、将来像と現状のギャ ップを認識し、その解消策を検討していくことが必要となる。
図15−16 第二創業企業支援策のポイント
群馬県内の中小創造法認定を受けた地域ベンチャー企業を分析すると、優良な地域ベン チャー企業は、多くが第二創業企業であり、株式公開を視野に入れた経営規模ではない。
大手企業と巧みに棲み分けているニッチ企業である。
ここでは、こうした存在を「エクセレントニッチ企業」と造語により表現する。
第二創業のメリット 一定の事業基盤、
経営資源を持つ
新規創業のメリット 過去のしがらみが
ない
第二創業企業経営のポイント 第二創業企業支援政策 立案時のポイント
・シナジーの取捨選択 生産シナジー 販売シナジー 技術シナジー
・自社の将来像の明確化 製品開発型 研究開発型 応用技術型 基盤技術型 販売サービス型
・ 各企業の抱く将来像 と現状とのギャップを 把握
・ ギャップ解消策を検討
地域の中小ベンチャー企業のうちで、将来像と現状のギャップが小さく早期の成果が期 待できるのは、主として「元気な中小企業」と「優良中堅企業」を目指しているエクセレ ントニッチ企業であった。
そうした将来像と現状のギャップが小さい企業は、財務内容的にも一定の水準を維持し ている上に、さらなる高技術や新規事業創出を目指している。
エクセレントニッチ企業は、既にニッチ市場を押さえた実績からも明らかなように、経 営センスは一定の水準に達している場合が多い。
エクセレントニッチ企業を公的支援する場合、公的資金の投入に対する雇用・税収等の リターンは、「ローリスク・ミドルリターン」あるいは「ローリスク・ローリターン」とな る。公的機関が「ハイリスク・ハイリターン」な企業に公的資金を投入することについて はその是非が問われる。そのため、エクセレントニッチ企業向け支援を主軸に据えること は中小創造法運用上の重要な視点となる。
地域ベンチャー企業支援施策は、表15−7に示されている通り、1)エクセレントニッチ 化支援、2)エクセレントニッチ企業の支援、3)量的急成長志向の企業の支援、に分けて立案 する必要がある。
表15−7 企業タイプ別の支援と公側に必要な能力 1)エクセレントニッチ企業化支援
支援する上での 重点ポイント
スタートアップ支援 新分野進出支援等 公側に必要な能力 個別事業の評価能力 2)エクセレントニッチ企業の支援
支援する上での 重点ポイント
コアスキルの高度化支援 環境変化への適応支援等 公側に必要な能力 企業のスキルの評価能力 3)量的急成長志向企業の支援
支援する上での 重点ポイント
資金調達面の支援
外部経営資源の調達支援等 公側に必要な能力 リスク評価能力
1)のエクセレントニッチ企業化支援は、新規創業企業や既存企業をエクセレントニッチ企 業へと誘導するもので、公的機関側は各個別事業の評価能力が問われる。
スタートアップ支援や既存企業に対する新分野進出支援を行い、適性を見てエクセレン トニッチ企業化を促進するのである。
2)のエクセレントニッチ企業の支援は、既にエクセレントニッチ化している企業がその強
みを維持発展させていくもので、公的機関側は企業のスキルを評価する能力が問われる。
エクセレントニッチ企業にも、ある新技術の登場により存立基盤を失うといったリスク はある。そうしたリスクを回避して成長していくには、常に環境に適応したスキルを身に つけていく必要がある。
3)の量的急成長企業の支援は、公的機関にとりやや難易度が高い。
急成長を続けようとする企業は資金を含めて大量の経営資源を継続的に必要とする。
量的急成長志向の企業は、成長性のある大きなマーケットセグメントを狙うので、大手 企業と競合しても勝つほどのスキルや経営資源を保有しなければならない。
このタイプで株式公開の可能性を秘めた有望企業については、一般に、民間VCが投資 を行いたいと感ずる。場合によっては、失敗確率の高い企業や、VCが投資した後、上手 くいかない企業が公的機関に支援を求めてくる可能性さえある。
公的機関はリスク評価能力を問われることとなる。
地域ベンチャー企業には、財務が弱いにもかかわらず積極投資を行う企業も多い。
調査結果からも明らかなように、事業企画と財務管理(以下、事業企画等)のスキルが不足 している企業が多いので、自社のポテンシャルを上回る目標を持つとリスクが高まる。
事業企画等に問題を抱える企業が過大な目標を掲げた時に、それを公的支援の対象とす るかどうかは今後の政策立案時の重要な論点である。
中小創造法は、初めて導入された本格的な地域ベンチャー支援策であったこともあり、
各自治体が事業計画認定の際の絞り込みをさほど厳しく行っていない。
本来、事業計画の内容に加えて事業企画等のスキル評価を加味し、優れた企業を重点的 に支援することが、効率的な公的資金活用の観点からは必要と言える。つまり「認定企業」
中の「重点支援企業」に補助金や公的融資等の重点配分をしていくのである。
中小創造法の支援手法は、資金面の支援に傾斜しているが、事業企画等で問題がある企 業に対しては、目利き人材のアドバイスにより将来像やビジネスプランを修正する機会を 与えるといった非金銭的支援も必要である。
一方、公的機関のスタッフには事業企画等を具体的にアドバイスすることは難しい。
ベンチャー企業評価のスキルは、実際に事業を興し成功した人、あるいは多数のビジネ スプランを評価した経験と直感力を併せ持つ人に帰属する
こうした目利きの機会は東京に集中しているので、地方銀行傘下VCのスタッフには、
個人差はあるものの、一般的にベンチャー企業を評価し支援する経験が不足している。
行政サイドは、地域の内外を問わず、在野の目利きを活用することが求められる。
非金銭的支援には、その他、技術支援、マーケティング支援といった個別課題の解決も 含まれる。これらの課題解決のうち、マーケティング支援についても公的機関スタッフに は経験が無く、外部のプロの見識が必要とされる。
公的支援が有効なのは、企業家側にマーケティングや事業企画等の能力があり、技術支 援が必要な場合である。
各都道府県に工業試験所や技術系大学は必ずあり、産官学連携を通じて技術的問題解決