1.企画の目的・趣旨
本研究は,本COEの目的「企業社会の変 容と法システムの創造」の達成に,コーポ レート・ガバナンスという分野から貢献しよ うとするものである。21 世紀における企業 社会のあり方を考えるにあたっては,企業と それをとりまく様々な構成員(株主,従業員,
取引先,顧客,地域社会など)の行動とその 関係(コーポレート・ガバナンス)を考察す ることが不可欠である。そして,よりよい コーポレート・ガバナンスが実現されるため には,いかなる法が必要となるのかも検討さ れなければならない。さらに,これらの考察 を通じて日本の企業社会にとって必要な制度 構築の視点を提示するために,各国の文化的,
歴史的背景を十分に考慮した上で,市民社会 で企業が果たすべき役割は何か,そしてそれ は国ごとにどう違うのかを探求することが必 要となる。その意味で,本研究の方法は,本 拠点の1つの特徴「市民社会のあり方,その 背景にある思想や歴史,哲学をも対象とする,
掘り下げた研究を行い,それを踏まえてある べき姿を探求する」にそったものである。
本研究の具体的な目的は4つある。1つは,
各国の文化,歴史,慣習を十分踏まえた上で,
国ごとに望ましいコーポレート・ガバナンス
のあり方,そしてそれを支える制度と法体系 を理論的・実証的に考察することである。こ こ 10 年間,コーポレート・ガバナンス研究 においては,主としてアメリカ型のガバナン スが支配的なモデルとされてきたと思われる が,それは各国の文化,歴史的背景を軽視し た見方だというのがわれわれの考えである。
例えば,経営者のインセンティブを高めるた めには,アメリカにおいてはストック・オプ ションのような金銭的インセンティブが重視 されるが,イギリスや日本などのように「名 誉」や「他人の尊敬」を受けることに重きが 置かれる社会では,金銭とは別のインセン ティブを与える方法があるはずである。さら に,コーポレート・ガバナンス全体の構造を 見ても,意思決定がトップダウンのアメリカ では株主モデル(株主→経営者)が効果的だ としても,伝統的にトップと部下の協力関係 が重要となるドイツや日本においては,従業 員重視モデル,あるいはより広い意味のス テークホルダーモデルが組織特性にマッチし ていると考えられる。
本研究の2つ目の目的は,上記の研究を踏 まえて今後の日本のコーポレート・ガバナン スシステムおよび,それを支える法体系を検 討することである。ここで我々は,日本の企 業の競争力の源泉は,資本ではなく,人にあ ると考える。古くは戦国時代から,江戸時代 の幕藩体制,明治期と第2次大戦後の経済成 長にいたるまで,日本の組織の競争力を支え てきたものは,「物的資本」ではなく「人的 資本」(従業員)であるというのは適切な見
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―21世紀のコーポレート・ガバナン スと法システムの創造
―文化,伝統,慣習からみた望ましい日本的企業社会の考察―
宮島英昭
*1・広田真一
*2*1 早稲田大学 21世紀
COE
《企業法制と法 創造》総合研究所・副所長,早稲田大学商学 部教授*2 早稲田大学商学部助教授
方であろう。21 世紀の技術のよりいっそう の高度化は,「人的資本」に競争力のある日 本企業に新たな飛躍を与える可能性がある。
そこで重要なのは,「人的資本」中心の企業 のガバナンスをどのように構築するかという ことである。それも,日本の文化,伝統,慣 習にあった形でそれが行われなければならな い。この「人的資産重視型のガバナンスシス テム」の創造は,日本のコーポレート・ガバ ナンスの喫緊の課題に具体的な提案を行うと 同時に,日本の企業社会にとって必要な制度 構築の視点を提示することになる。また,人 が明示的に関与するガバナンスシステムは,
世界的に見て現時点ではドイツに1つの例が あるだけだが,ヨーロッパではEUレベルで 従業員の経営参加が議論されている。また,
これまでこの問題にそれほど積極的な対応を とってこなかったイギリスでも,取締役の義 務としてであるが,株主の利益だけでなく,
従業員その他の利害関係人の利益を尊重すべ きことを求める方向で制度の見直しが行われ つつある。こうしたヨーロッパの動向を踏ま えると,上記のようなコーポレート・ガバナ ンス・モデルを提唱することは,今後の世界 各国のガバナンスの変革に向けて大きな参考 になると確信するが,それだけにとどまらず,
21 世紀における株式会社像をどのように捉 えるべきかという会社本質論の新たな展開に もつながることであろう。
第3に,以上のような日本およびヨーロッ パ各国のコーポレート・ガバナンスを研究す る際の具体的な研究対象として,本研究では,
コーポレート・ガバナンスが企業の事業再構
築およびM&Aといった企業の戦略的意思決
定に与える影響を取り上げる。IT革命など 技術革新,中国の進出などの新興工業国の進 出,グローバル化などの進展によって,ビジ ネスチャンスの構造が大きく転換する中で,
成長可能性を失った事業分野から資源を引き 上げ,成長分野に資源を投入することは成熟 した経済にとって共通の課題となりつつある。
すでに 10 年にわたる日本経済の長期の低迷 の一因も,必要とされる事業再組織化が円滑 に進展しない点に求めることができよう。そ れに対して,90 年代に高いパフォーマンス を 回 復 し た ア メ リ カ 経 済 で は , 積 極 的 な M&Aを 介 し て , 事 業 再 組 織 化 が 比 較 的 ス ムーズに進展していると見ることができる。
本プロジェクトは,こうした問題関心から,
M&A,事業再組織化,コーポレート・ガバ
ナンス構造の3者の関係に焦点を合わせて,
その特徴と機能を,ヨーロッパ各国企業との 比較を通じて解明する。
本研究の第4の目的は,上の2つの目的達 成を通じて,早稲田大学に世界のコーポレー ト・ガバナンスの研究拠点を作ることである。
なかでも,アメリカ型のガバナンスよりむし ろ,日本・ヨーロッパ型のガバナンスの研究 に関する集中的な拠点とし,その情報を世界 に発信する。その際には,一方で,ヨーロッ パに現存するコーポレート・ガバナンスの研 究所との連携を図る。現在,オックスフォー ド大学ビジネススクール(英,Prof. Colin Mayer),ケンブリッジ大学the Judge Insti- tute of Management( 英 , Prof. Simon Learmount),Max-Planck Institute ( 独 , Prof. Klaus),European Corporate Gove- nance Instituteなどとの交渉をすすめている。
他方,アジア各国との連携も重要であり,現 在,早稲田大学においては,ファイナンス研 究所(所長,宮島)がコーポレート・ガバナ ンスの研究を活発に行っており,韓国の高麗 大学などとすでに実質的な共同研究を開始し ている。
いずれにしても,各国の文化,歴史,慣習 を考慮に入れた,アメリカ型ではないコーポ レート・ガバナンスのモデルを世界に向けて 提唱する社会的意義はきわめて大きいと考え られる。
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