アンカー工の長寿命化に関する検討
日本工営(株) 正会員 ○太田 敬一 1.本検討の概要と目的 地すべり対策工として施工されたアンカー
工の荷重は,施工後の地すべり変動などで増加する場合がある
1)
.「グ ラウンドアンカー維持管理マニュアル」2)
では,発生した荷重値に基づ いたアンカー工の健全度の目安が示されており,設計アンカー力を超 過した場合は,「経過観察により対策の必要性を検討する」,許容アン カー力を超過した場合は,「対策を実施」と示されている.対策の方法 は様々であり,その1つにアンカー工の更新として,既設アンカー工 の間に新たなアンカー工を打設することが示されている.新たなアンカー工を打設する目的は,図 1 に示すように,施工済み
である既設アンカー工に作用している荷重を新たに増し打ちしたアンカー工でも受け持たせ,作用している荷 重を分散させることで,既設アンカー工の機能維持を期待するものである(図 1 の「①機能維持」).また,増し 打ちするアンカー工を打設する際に,それまでに既設アンカー工に作用していた荷重を緩めることで,既設ア ンカー工の機能回復も期待できると考えられる(図 1 の「②機能回復」).
このように新たに増し打ちアンカー工を施工することで,既設アンカー工の機能維持と機能回復を見込むこ とができれば,アンカー工の長寿命化に役立てることができる.そこで本稿では,アンカー工の長寿命化を前提 とした増し打ちアンカー工を検討する際の設計条件の目安を得るため,地すべりを模擬した数値解析モデルを 用いて,増し打ちアンカー工による既設アンカー工の機能維持と機能回復の効果を検討した.
2.解析モデルの設定 検討に用いた数値解析モデルとして,図 2 に示 す幅 150m,長さ 120m,深さ 30m の円弧状のすべり面を有するモデルを想 定した.アンカー工はモデル下方に 5 段,3m 間隔で配置した.この内,偶 数段のアンカー工は,奇数段の既設アンカー工に対し,増し打ちアンカ ー工として千鳥配置した.解析に用いた地盤定数の設定を表 1 に示す.
本稿では先ず,既設アンカー工を配置した後,すべり面に沿うせん断 変形により地すべりを発生させ,次に増し打ちアンカー工を配置した 後,更に地すべりを発生させた.地すべりの発生方法は,すべり面の強
度を低下させることとし,すべり面の強度は,粘着力と内部摩擦角(
tanφ)
をそれぞれ強度低減定数で除して低 下させることとした.すべり面の強度は,地すべりを発生させる前に粘着力を 20kN/m2
とした上で,すべり面に 作用するせん断力と抵抗力の比から算出される安全率が 1.1 程度になるように内部摩擦角を逆算で設定した.アンカー工の諸元は,既設アンカー工と増し打ちアンカー工それぞれで同様とした.
3.検討結果① 増し打ちアンカー工の「機能維持」の効果を確認するため,既設アンカー工に初期緊張力を作 用させた後,地すべりを発生させ,既設アンカー工に地すべりによる荷重を作用させた.その後,増し打ちアン
時間 荷
重 対策無し
①機能維持
②機能回復
③機能維持+機能回復
新たなアンカー工の設置
② 機 能 回 復
①機能維持
図 1 機能維持と回復のイメージ図
①機能維持+②機能回復
表 1 地盤定数の設定
垂直バネ剛性 せん断バネ剛性 粘着力 内部摩擦角 引張強度
[kN/m3] [kN/m3] [kN/m2] [°] [kN/m2] すべり面 5,000 5,000 20.0 各モデルで安全率1.10と
して逆算で設定 30.0
項目
変形係数 単位体積重量 粘着力 内部摩擦角
[kN/m2] [kN/m3] [kN/m2] [°]
移動層 50,000 基盤 1,000,000
項目 ポアソン比
20.0 0.3 (弾性挙動を示
す値を設定)
(弾性挙動を示 す値を設定)
500,000
すべり発生前に安全 率1.1になるよう逆算
増し打ちアンカー工
(偶数段)
アンカー工の主な諸元 設計荷重:423kN/本 初期緊張力:170kN/本 テンドン規格:F70TA 相当 地すべりの規模
幅:150m 長さ:120m 最大深さ:30m
図 2 数値解析モデルの設定
モデル全体
すべり面 すべりの向き
対策無し
土木学会第71回年次学術講演会(平成28年9月)
‑911‑
Ⅲ‑456
カー工を配置せず,更に地すべ りを発生させた場合(ケース 1) と,増し打ちアンカー工を配置 した後に更に地すべりを発生さ せた場合(ケース 2)を解析した.
増し打ちアンカー工の効果は, モデルのほぼ中央付近の既設ア ンカー工と増し打ちアンカー工 に作用する荷重値を比較し確認 した.図 3 にそれらアンカー工
の荷重の変化を示す.図 3 左はケース 1 の解析結果で,既設アンカー工の荷重はすべり面の強度低減定数 2.6 を越えた時点で設計荷重を超過している.図 3 右はケース 2 の解析結果で,増し打ちアンカー工を配置したこと で,既設アンカー工の荷重はケース 1 より低減している.またすべり面の強度低減定数 2.7 時点での既設アンカ ー工と増し打ちアンカー工の荷重はほぼ同じ値となり,この時点で設計荷重を超過していない.これらの解析 結果から,地すべりの進行に伴い既設アンカー工の荷重が設計荷重を超過する状況に対し,増し打ちアンカー 工を配置すれば既設アンカー工の荷重は設計荷重以下になり,それぞれのアンカー工には,ほぼ同じ荷重が作 用するなど,増し打ちアンカー工による既設アンカー工の機能維持の効果が得られた.
4.検討結果② 増し打 ちアンカー工の「機能回 復」の効果を確認するた め,先のケース 2 に対し ケース 3 として,増し打 ちアンカー工の配置と 同時に既設アンカー工 に作用していた荷重を 緩めた後,地すべりを発 生させた場合を解析し
た.図 4 左はケース 2 の各段の全アンカー工の荷重の変化を示したもので,グラフの横軸は段数毎のアンカー工 の配置を示し,縦軸は荷重の変化を示している.その結果,増し打ち後の地すべりによる既設アンカー工の荷重 は増し打ちアンカー工より大きいこと,既設アンカーと増し打ちアンカー工の荷重のバラツキが示されている.
図 4 右は,ケース 3 の各段の全アンカー工の荷重の変化を示したもので,既設アンカー工の荷重を緩めた後の地 すべりによる荷重は,ケース 2 に比較すると既設と増し打ちアンカー工でバラツキは小さいこと,また既設ア ンカー工の荷重は,ケース 2 よりやや小さいが示されている.またケース 2 と 3 のすべり面の沿った地すべり移 動層の変位を確認すると,ケース 3 の方がケース 2 より小さい分布となっている.これらの解析結果から,既設 アンカー工の荷重を緩めることで,既設アンカー工の荷重の増加の抑制および,地すべりの変位の抑制に効果 があり,増し打ちアンカー工による既設アンカー工の機能維持と共に,機能回復の効果も得られることが分か った.
5.まとめと今後の課題 数値解析モデルを用いて増し打ちアンカー工の効果,既設アンカー工の荷重を緩めた 際の増し打ちアンカー工の効果から,増し打ちアンカー工による既設アンカー工の長寿命化に繋がる結果を示 した.引き続きアンカー工や地盤の条件等を変えた検討を進める予定である.
参考文献 1)独立行政法人土木研究所(2014):グラウンドアンカーの適正な緊張力計測手法に関する研究共同研究報 告書,第 458 号,2)独立行政法人土木研究所,社団法人日本アンカー協会(2008):グラウンドアンカー維持管理マニュアル
図 3 増し打ちアンカー工の有無の違い(左:無し,右:有り)
160 210 260 310 360 410 460 510
1 1.2 1.4 1.6 1.8 2 2.2 2.4 2.6 2.8 3
アンカー工の荷重(軸力)[kN]
すべり面の強度の低減係数:F 既設アンカー(増し打ち無し)
設計荷重
既設アンカー
(増し打ち無し)
設計荷重 を超過する
初期緊張力 の作用時
強度の初期値
160 210 260 310 360 410 460 510
1 1.2 1.4 1.6 1.8 2 2.2 2.4 2.6 2.8 3
アンカー工の荷重(軸力)[kN]
すべり面の強度の低減係数:F 既設アンカー
既設アンカー(増し打ち無し)
増し打ちアンカー 設計荷重
増し打ちアンカーの設定 既設アンカー
(増し打ちあり)
設計荷重を 超過しない
初期緊張力 の作用時
強度の初期値
増し打ちアンカー 既設アンカー
(増し打ち無し)
100 150 200 250 300 350
アンカー工の荷重(軸力)[kN]
既設アンカー工 最下段
既設アンカー工 中段
既設アンカー工 最上段
地 す べ り 発 生 増し打ちアンカー工
下段
増し打ちアンカー工 上段
左 右
100 150 200 250 300 350
アンカー工の荷重(軸力)[kN]
既設アンカー工 最下段
既設アンカー工 中段
既設アンカー工 最上段
② 地 す べ り 発 生 増し打ちアンカー工
下段
増し打ちアンカー工 上段
① 荷 重 を 緩 め る
左 右
:既設アンカー工. :増し打ちアンカー工
左 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 右 最上段
2 3 4 最下段
図 4 既設アンカー工の荷重を緩めた場合の結果(左:緩め無し,右:緩めた場合)
土木学会第71回年次学術講演会(平成28年9月)