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学校における暴力の対策について

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Academic year: 2022

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(1)

はじめに

 暴力に対して子どもは比較的に弱い存在であ る。それゆえ子どもと暴力を考える時には子ど もを暴力から引き離す方向を主眼とした保護の 視点を中心とした対応を暴力に対して我々は 行ってきた。緊急避難的な処置としての暴力に よる被害の防止はこれにより達成できるであろ うが子ども自身がなぜ暴力を行うことをやめな ければならないのかを学ぶ機会を失う。社会の 中で不当な暴力をなぜ認めてはならないのかを 学ぶ意味でも学校社会の人間関係は子どもに とっての大切な経験である。その中で学校の中 の暴力はどのような認識がなされて対策がなさ れてきたのか,「体罰」に注視し概括して私見 を交えて示したい。

1 体罰の禁止の歴史

 体罰の禁止規定についての我が国の歴史は古 い。1879(明治12)年の教育令は「自由教育令」

とも呼ばれたが,この第46条に「凡学校ニ於テ ハ生徒ニ体罰(殴チ或ハ縛スルノ類)ヲ加フヘ カラス」と,体罰禁止が法制上明文化された。

前年文部省が上奏した「教育令布告案」では次

のようになっていた。「第75条 凡学校ニ於テ ハ,生徒ニ体罰ヲ加フ可ラズ。」(1)

 このことは近代国家への仲間入りを急いだ 日本が欧米諸国のような学校制度をより早く 導入したことを示す意味があった[坂本

1995

:

17

-

22]。それ以前に少なくとも学問の教練の場 において,体罰のようなものについて問題視さ れるような記録は見当たらない。近代以前と現 在では暴力行為そのものに対する認識が全く異 なり,人権思想といったものも現在のような形 で成立していたとは考えられないので確証はで きないが,社会的な問題としての体罰行為が議 論されることはなかった。そもそも教育行為の 中で身体的な罰を行うことを体罰として認識す るのは近代的教育制度が成立した明治以降であ る。記録のないことは当然であるが,広義の意 味で教育行為の中で行われる身体的罰を現代的 視点に照らし合わせ体罰であるかを検証するの は可能である。そういった現代的視点によって とらえられる体罰は近代以前の教育の中で行わ れていたのであろうか。

 学校教育での体罰の歴史を扱ったものとし て,江森一郎『体罰の社会史』がある。江森の 研究は江戸時代の寺子屋,郷学,藩校ではほと

*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程4年(指導教員 後藤光男)

研究ノート

学校における暴力の対策について

川 辺   啓

(2)

んど体罰がなかったことを,資料を駆使して 立証している。(2)また,昭和初期に乙竹岩造の

『日本庶民教育史』全三巻(1929年刊)の寺子 屋教育の研究があるが,この著の下巻の「第6 篇 興隆期庶民教育の全国的総括 第6章

育の方法」で体罰を扱っている。乙竹の研究 は,「斯かる過酷なる体罰は甚だしき(3)頑童に たいしてのみ稀に加えられたもので,決して常 に慣用されたもので無いことは,前表の数字に 拠っても知られる」と言い切っている[秋本

1992

:

1]。

 では,日本では体罰がいつごろから行われる ようになったのか。それは近世以降,近代的教 育制度の整備とともに行われるようになったと される[坂本

1995

:

20

-

25]。体罰が日本の社会 に急速に浸透していったことには,近世以降の 富国強兵政策,軍事教育の関係が密接にみてと れる。学校教育が軍隊教育とどのようにして結 びつくかということについて,佐藤秀夫は次の ように述べている。「近代的な学校が,全国民 を対象にした低コストの教育をするためには,

どうしても集団的な教授の形態をとる。はみ出 る人間にはびしびし懲戒を加える必要が発生す るわけです。集団的な統制,規律というものが 近代公教育に不可欠であった時代には,日本の 場合も欧米の場合も,その直接のモデルは,軍 隊に求められました。ですから,軍隊の集団規 律がそのまま公教育の学校に入ってくる。」こ のように規律維持を契機として,軍隊教育の方 法が学校教育に入ってきたのである。(4)日本に おける近代化の流れは富国強兵の言葉にもある ように強い兵をつくる点を重視しており,軍人 の在り方は一つの教育的目標となり第二次大戦 後に至る時期までこの考えは特に初等教育の現

場で生き続けていた。昭和二十年代の教員が軍 事教練における修正(主に海軍で使われた体罰 を表す行為)という言葉を使用していたことな どからもうかがえる。野蛮行為としての体罰は 禁止するが秩序維持のための暴力行為はこのこ とによって掣肘されることにはならなかったの である[坂本

1995

:

23

-

28]。

 日本の教育制度近代化は制度として急速に発 展しつつも,こういった暴力行為についての問 題を内包しながら進んできた。軍事教育が目標 から外されるのを契機に日本は改めて体罰につ いてとらえなおすこととなる。第二次大戦後 に,日本は学校教育法11条において改めて体罰 は禁止された。

 第11条 校長及び教員は,教育上必要がある と認めるときは,文部科学大臣の定めるところ により,児童,生徒及び学生に懲戒を加えるこ とができる。ただし,体罰を加えることはでき ない。

 また体罰に関する昭和23年法務調査意見長官 回答には次のようなものがある。

 「身体に対する侵害を内容とする懲戒 なぐ る・ける の類がこれに該当することは言うま でもないが,さらに被罰者に肉体的苦痛を与え るような懲戒もこれに該当する。たとえば,端 座・直立等,特定の姿勢を長時間にわたって保 持させるというような懲罰は体罰の一種と解さ れなければならない」。

 日本国憲法により人権の存在が鮮明に打ち出 され,新たな市民を育成すべき教育を模索する 中で明治憲法下の野蛮行為の禁止から一歩進ん だ形での暴力行為の禁止が想定され始めた。こ の時点で日本は近代化以降半世紀以上進んでい て教育もある程度の伝統が出来上がっている。

(3)

その中で急激に現場が変化するといったことは 考えにくい。その結果体罰をめぐる裁判が今日 に至るまで多数争われている。

2 体罰の種類

 ここで裁判において体罰として争われたもの を類型化し分類してみる。

 ①通常の暴力行為

  顔面殴打・首の押さえつけ。

  平手で頬を二回殴り髪の毛をわしづかみに して引っ張る行為。

 ②行うものが暴力行為とは思わなかったもの 4,5回の平手打ち。

  腰部を蹴る行為,など。

 ③罰則が暴力行為と認定されたもの   砂浜に首まで生き埋め,など。

 確かにこれらの行為は社会において行われて も重大な暴力行為であるのだが,これらの行為 について相手を害するといったことを目的に行 われたことはない。①のように暴力を行う認識 があったとしても教育行為の一環という認識が あったからこそ体罰として争われたのである。

ここには教育行為という目的が存在し,その達 成のために行われてきた伝統がいまだに生き続 けているとみることもできる[早崎

2009

:

29]。

実際,教員新人研修の場などでこのような指導 法をベテラン教員から示唆されることもある。

生活指導法の内容にこういった方法は脈々と受 け継がれてきた。もちろん学校教育法の下で行 われる教育行為である以上,問題にならなけれ ば暴力として認識されることはなく記録されテ キストとして残ることはないが,概ね教育目的 達成のツールとしてこれらの行為は受け継がれ てきた。②のような行為はそういった伝統の表

れであり,③などは問題視されるまでは受け継 ぐべき慣習とされるような行為もある。

 それでは裁判で体罰と認められなかった行為 の例はどのようなものがあるのか。

 前額部を平手で一回押すようにたたき,拳を 軽く握り頭部をこつこつと数回たたく行為。

 判決文には次のようにある。「一定の限度内 で有形力(目に見える物理的な力)を行使する ことも許されてよい場合があることを認めるの でなければ,教育内容はいたずらに硬直化し,

血の通わない形式的なものに堕して,実効的な 生きた教育活動が阻害され,ないしは不可能に なる虞がある」。(5)

 出席簿で頭を軽くたたく行為。

 判決文は次のとおりである。

 「口頭による注意に匹敵する行為であって教 師の懲戒権の許容限度内の適法行為である」。(6)

 これらの行為は最終的に体罰と認定されずに 済んだため表現が柔らかなものとなっているが 行われた行為自体は前述の認定された場合と大 きく差異があるわけではない。これは教育行為 の範疇や懲戒権の一種と認定されている場合で ある。

 つまり体罰認定されるものの数よりもより広 い意味での暴力行為というものが多数存在して おり,それらの行為について,教育行為や懲戒 権の範囲としておさまってしまっている現況が あるのである[坂本

1995

:

95

-

99]。これらの行 為全般(広義の体罰ないし暴力行為)について 教育行政はどのような基準を持って認識してい るのであろうか。

3 体罰の認定について

 平成19年2月の文科省初等中等教育局長通知

(4)

第1019号によると「有形力(目に見える物理的 な力)の行使により行われた懲戒は,その一切 が体罰として許されないというものではなく,

体罰にあたるかどうかは,当該生徒の年齢,健 康,心身の発達状況,当該行為が行われた場所 及び時間的環境,懲戒の態様等の諸条件を総合 的に考え,個々の事案ごとに判断する必要があ る」としている。ここには当人たちの被害意識 といった主観的な視点の導入があり,本人が被 害意識を持つことと当該合意を隠そうとする何 らかの心理的圧力などが暴力行為の認定に関し て非常に難しい一面を作り出している。ここに 被害者側の証言に対する信頼の担保という問題 が生じる。

 一般の被害者に対する信頼の担保も教育を受 ける,指導を受けている者として難しくなるの だが,それがさらに強く表れるのが非健常者の 例である。行為の有無について難しくなった 判例として知的障害児への体罰があり,一審 で「当該障害児は架空の話を作り出すことはで きない」(7)と言う精神科医の証言に依拠し体罰 を認定したが,二審で「当該障害児は母親に促 されその意に沿うかのように述べている」(8)と して体罰を認定できないとした。このことは単 に障害児という特殊な事例に限り起きることと は考えにくく,むしろ体罰の認定について第三 者の客観的な検討機関の必要性を証明している とも言える。学校はとかく身内には甘くなるも のであるし現場にいなかった親側は事実の誤認 や恣意的な証言をしてしまう危険性がある。さ らに当該児童が死亡などにより証言が不可能に なった場合,残された証拠から事実を割り出す 作業は関係者たる学校側や親側だけでは困難を 極めることとなるであろう。

 体罰の事実認定が難しい上にさらに困難を 極めるのが精神的苦痛についてである。物理 的証拠(医学的根拠)を認定するにはまず当 事者の精神が存在することが必要であり体罰な どで自殺に至った上に遺書等の物件が存在しな い場合,周囲の客観的判断に依拠せざるを得な い。また教師による懲戒権が認められている以 上,どのあたりまでかを,教育行為の限界を超 えた暴力行為にあたるのかを一律の基準で定め るのは児童生徒の特質が一人一人違う以上不可 能に近いと言える。さらに体罰であるから違法 行為,そうでなければ許されると言った線引き は無形の力の乱用と言った危険を伴う[早崎

2005

:

35]。

4 暴力行為全般の中での体罰の扱い  文部科学省の2009年に行った「学校で起きる 暴力行為」の調査は次のような分類によって学 校内で起きる暴力を分類している。

 【対教師暴力】教師の胸ぐらを,つかんだ

/

教師に故意に怪我を負わせた。

 【生徒間暴力】中学3年の生徒と,同じ中学 校の1年の生徒がささいなことで喧嘩となり,

一方が怪我をした。

 【対人暴力】偶然通りかかった他校の見知ら ぬ生徒と口論になり,殴打の末怪我を負わせ た

/

卒業式で来賓を足蹴りにした。

 【器物損壊】トイレのドアを故意に損傷させ た

/

補修を要する落書きをした。

 調査結果について,近年は生徒間暴力が小学 校から高校まで通して圧倒的に多く,いずれも 五割に届く寸前か超える。ついで対教師暴力で あり小学校では二~三割程度を占める。それら は中学,高校と減少し,減った分を埋めるよう

(5)

に器物,対人の順で増加していく。

 ここには体罰に関する項目がなく教師の生徒 に対する暴力は対象外とされていたようであ る。

 文部科学省のこの調査についての説明は以下 の通りである。

 『調査について』

 この調査は,平成9年度を対象とする調査か ら小学校を調査校に加えるとともに,変化する 問題行動に対応するために,これまで「校内暴 力」としていたものを「暴力行為」に改め,調 査項目名,基準,対象等の見直しを行い実施し ている。(1省略)2

暴力行為について 「暴 力行為」 とは,「自校の児童・生徒が起こした 暴力行為」 をいい,「対教師暴力」 「生徒間暴力」

「対人暴力」 「器物損壊」 の四形態について,発 生場所を学校内・外に分けて(「器物損壊」に ついては学校内のみ)調査する。調査にあたっ ては,次のようなもの及び内容,程度等がそれ を上回るような行為を対象とした。(以下略)

 この視点には生徒の問題行動に対する対処の 側面が強調されている。暴力行為とはすなわち 生徒の行動であるとしている。学校を構成する 人間のひとつである教育をする側の人間が行う 暴力については教育問題の対象外として分離さ れてしまっていた感がある。対生徒暴力に対し ての認識は,その行為全般を指して体罰として 認識されている。つまり生徒ではなく教師が行 う暴力行為は懲戒権の範疇から考えるべき行為 であり,いじめ等が分類される問題行動として の分類には含まれていない。体罰等が問題行動 として認識されるには結果が悪い形で出てきて しまった事態などを待たねばならないようであ る。

5 体罰の禁止等に関する通知

 では体罰対策として政府はどのような対策を とっているか。文部科学省による体罰の禁止等 に関する通知は2013年3月に公示された。それ を以下に略示する。

 『体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導 の徹底について(通知)24文科初第1269号 平 成25年3月13日』

(前文略)

1 体罰の禁止及び懲戒について

 体罰は,学校教育法第11条において禁止され ており,校長及び教員(以下「教員等」という。)

は,児童生徒への指導に当たり,いかなる場合 も体罰を行ってはならない。体罰は,違法行為 であるのみならず,児童生徒の心身に深刻な悪 影響を与え,教員等及び学校への信頼を失墜さ せる行為である。

 体罰により正常な倫理観を養うことはでき ず,むしろ児童生徒に力による解決への志向 を助長させ,いじめや暴力行為などの連鎖を 生む恐れがある。もとより教員等は指導に当た り,児童生徒一人一人をよく理解し,適切な信 頼関係を築くことが重要であり,このために日 頃から自らの指導の在り方を見直し,指導力の 向上に取り組むことが必要である。懲戒が必要 と認める状況においても,決して体罰によるこ となく,児童生徒の規範意識や社会性の育成を 図るよう,適切に懲戒を行い,粘り強く指導す ることが必要である。ここでいう懲戒とは,学 校教育法施行規則に定める退学(公立義務教育 諸学校に在籍する学齢児童生徒を除く。),停学

(義務教育諸学校に在籍する学齢児童生徒を除 く。),訓告のほか,児童生徒に肉体的苦痛を与

(6)

えるものでない限り,通常,懲戒権の範囲内と 判断されると考えられる行為として,注意,叱 責,居残り,別室指導,起立,宿題,清掃,学 校当番の割当て,文書指導などがある。

2 懲戒と体罰の区別について

 (1)教員等が児童生徒に対して行った懲戒行 為が体罰に当たるかどうかは,当該児童 生徒の年齢,健康,心身の発達状況,当 該行為が行われた場所的及び時間的環 境,懲戒の態様等の諸条件を総合的に考 え,個々の事案ごとに判断する必要があ る。この際,単に,懲戒行為をした教員 等や,懲戒行為を受けた児童生徒・保護 者の主観のみにより判断するのではな く,諸条件を客観的に考慮して判断すべ きである。

 (2)(1)により,その懲戒の内容が身体的性 質のもの,すなわち,身体に対する侵害 を内容とするもの(殴る,蹴る等),児 童生徒に肉体的苦痛を与えるようなもの

(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわ たって保持させる等)に当たると判断さ れた場合は,体罰に該当する。

3 正当防衛及び正当行為について

 (1)児童生徒の暴力行為等に対しては,毅然 とした姿勢で教職員一体となって対応 し,児童生徒が安心して学べる環境を確 保することが必要である。

 (2)児童生徒から教員等に対する暴力行為に 対して,教員等が防衛のためにやむを得 ずした有形力の行使は,もとより教育上 の措置たる懲戒行為として行われたもの ではなく,これにより身体への侵害又は 肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当

しない。また,他の児童生徒に被害を及 ぼすような暴力行為に対して,これを制 止したり,目前の危険を回避したりする ためにやむを得ずした有形力の行使につ いても,同様に体罰に当たらない。これ らの行為については,正当防衛又は正当 行為等として刑事上又は民事上の責めを 免れうる。(以上)

 これらの手続きを経ることによって教員が生 徒に行う行為のなかに暴力行為が含まれること を極力排除することには成功している。それと 同時に教員が行う行為のうち有形力(肉体的な 形にならない)行為については分離されてし まっている。また正当防衛,指導上必要な場合 等の留保を設けてしまっていることは教員の教 育的指導上必要な行動に体罰の範疇に入るよう な行為を内包したうえで認めるといった形に なっているといえる。

6 体罰に対する罰則

 体罰をくわえた教員には,懲戒・分限処分,

刑事罰,民法に基づく賠償請求(国家賠償法に 基づく場合には求償請求)がなされ,地方公共 団体,学校法人,国立大学法人に対しても国家 賠償法もしくは民法による損害請求がなされう る。(9)それらを類型化し分類してみる。

 (1)賠償責任

 千葉県の私学で学年集会中に生徒を十数回に わたり殴った行為にたいして民法715条1項に 基づき損害賠償請求がなされた事件では学校法 人及び教諭に対して合計93万6千円の賠償金の 支払いが命じられた。(10)精神的苦痛単体にも 賠償責任が認められる判決が出されているが,

公立校の場合,暴力行為に伴う精神的苦痛の慰

(7)

謝料を地方公共団体に命じる場合がある。

 (2)懲戒・分限

 通常,体罰が認められた場合,懲戒処分がな されるが,行為が繰り返し行われた場合,事が 重大な結果をもたらした場合,懲戒解雇,分限 処分が行われる。教員が処分に不服を申し立て る裁判が行われており「職務の円滑な遂行に支 障を生ずる高度の蓋然性がある」(11)として訴え を棄却した場合や「最も重い懲戒解雇に付した のは過酷すぎる」として解雇を無効とした判例 がある。

 (3)刑事責任

 体罰が認められた教員は,正当行為等の違法 性阻却事由が認められない限り暴行,傷害,傷 害致死罪等の刑事責任が問われる可能性があ る。体罰行為がすなわち刑事罰の対象となるわ けではない。ごく軽い場合は可罰的違法性が認 められないであろう。また正当防衛や緊急避難 などの可能性もある。ただし公立学校の教員が 執行猶予付きであっても禁固刑以上の判決を受 けた場合,自動的に失職する。

 賠償責任で述べたように学校現場での暴力行 為について教育委員会ならびに地方公共団体は 一定の監督責任を負う。また暴力行為の存否,

及び体罰の認定について教育委員会が判断を行 うこともある。暴力行為にはいじめ等生徒間の 問題も含まれている。教育委員会は体罰の認定 等に対しても責任ある判断がもっとも可能な立 場であり,問題発生を事前に食い止め,刑事民 事といった司法にゆだねなければならなくなる 前に軽度で収束させることができると言えるで あろう。

 だが現在のところ教育委員会の着目点はひと えに暴力の事実があったか,それが体罰に相当

するかに集中していると言わざるを得ない[早 崎

2009

:

46

-

70]。

7 体罰対策の問題点

 体罰はその結果生じる被害者としての子ども の損益よりも行為者としての教育者がする問題 行動を規制するといった視点は日本では根強い ものである。暴力行為は行う側より被害者がど のような結果をもたらすかを注目すべきであ り,この件に関しての検討がどの時代でも足り なかったのではないか。教育行為は子どもにあ る程度の行動の制限を課し,指導という形で干 渉を行うものであり,その目的や方法を度外視 すれば広義の暴力行為と捉えることも可能であ るが問題となる結果に至ったときのみ「体罰」

の名前でよばれ問題となる。また体罰に至った 時点ではどのような結果がもたらされるのか。

 アメリカで体罰を受けた36

,

000人を対象にし

た調査(

Gershoff ET,

2002)では,「体罰は一

時的には親の命令に従う効果がある一方で長期 的には以下のリスクがある」と言うことが判明 した。1,攻撃性が強くなる。2,反社会的行 動に出る。3,精神疾患を発症する。これらの リスクは生徒の行う暴力行為とリンクしており 体罰を受けた生徒こそ暴力行為に走る可能性が 高くなる[片山

2008

:

188]。つまり生徒間の暴 力「いじめ」といった問題を考える時に「体罰」

に代表される教師からの暴力行為について検証 しないわけにはいかない。教育行為が指導を行 う上で自然に行われている行為の中にも教育の 権力性などに起因する暴力行為が内包されてし まう危険もある。学校制度の体制自体のなかに 体罰の原因となる要素が潜んでおり,そのこと が学校における暴力行為全体の原因となってい

(8)

尾木直樹 2000『子供の危機をどうみるか』岩波新 書

永井憲一 2014『憲法と教育法の研究』勁草書房 篠原清昭 2013『教育のための法学』ミネルヴァ書

小松茂久 2013『教育行政学』昭和堂

土屋基規 2005『いじめととりくんだ国々』ミネル ヴァ書房

る可能性があるのである。このことを考慮せず に,教員の不法行為の取締にのみ着目したよう な体罰対策には疑問が残る。暴力行為と単純に 取り締まる姿勢には,暴力をなぜ避けなければ ならないのかを学ぶと言った教育的観点が抜け 落ちているように感ずる。

〔投稿受理日2015. 12. 19/掲載決定日2015. 12. 22〕

⑴ 坂本秀夫 1995『体罰の研究』三一書房17頁。

⑵ 江森一郎 1989『体罰の社会史』新曜社190頁。

⑶ 乙竹岩造 1929『日 本 庶 民 教 育 史 』 目 黒 書 店 下巻六章六篇 1089頁。

⑷ 秋本信孝 1992「学校教育における体罰につい ての研究」概略『筑波大学論集』1頁。

⑸ 東京高判昭和58・4・1判例時報1007号133頁。

⑹ 浦和地判昭和60・2・22判例時報1160号135頁。

⑺ 名古屋地裁平成5・6・21判例時報1487号83頁。

⑻ 松山地方裁判所昭和51・3・29判例時報817号 118頁。

⑼ 米沢公一 2011『教育行政法』北樹出版165頁。

⑽ 千葉地裁平成10・3・25判例時報1666号110頁。

⑾ 東京地裁平成22・4・28判例タイムズ1335号119 頁。

参考文献

坂本秀夫 1995『体罰の研究』三一書房 江森一郎 1989『体罰の社会史』新曜社 乙竹岩造 1929『日本庶民教育史』目黒書店 秋本信孝 1992「学校教育における体罰についての

研究」概略『筑波大学論集』

米沢公一 2011『教育行政法』北樹出版

早崎元彦 2009『体罰はいかに処分されたか』法律 文化社

片山紀子 2008『アメリカ合衆国における学校体罰 の研究』風間書房

森田洋司 2010『いじめとは何か』 中公新書 坂田仰 2014『いじめ防止対策推進法』学事出版 新保真紀子 2008「現代のいじめ―大阪子ども調査

を中心に―」『神戸親和大学児童教育学研究』

市川須美子 2007『学校教育裁判と教育法』三省堂 尾木直樹 2006『新学歴社会がはじまる』岩波新書

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