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「出口管理Minimum Graduation Requirements」について : 教育資格と職業資格の研究(1) 利用統計を見る

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「出口管理Minimum Graduation Requirements」に

ついて : 教育資格と職業資格の研究(1)

著者

浅野 清

著者別名

Asano Kiyoshi

雑誌名

経済論集

40

1

ページ

87-106

発行年

2014-12

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006894/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

東洋大学「経済論集」40巻1号2014年12月

「出口管理MinimumGraduationRequirements」について

− 教 育 資 格 と 職 業 資 格 の 研 究 ( 1 )

-浅 野

1 . は じ め に 2.「学士」−「称号」から「学位」へ− 3.中教審答申と「出口管理」 4.「出口管理」の構成要素 5.明治の学校制度における「出口管理」 6.結びにかえて 1 . は じ め に 2005年の大学審議会答申で「出口管理」の強化がうちだされて、まもなく10年が経過する。この間、 教育の質向上や厳格な成績評価のためのさまざまな仕掛けが大学教育に導入されてきた。しかし素 朴な疑問として、小学校から高等学校まで、「入口管理」と自動進級主義を組み合わせた教育シス テムを温存したままで、大学においてのみ「出口管理」を求める現在の文科省の政策によって、改 革の目的を達成することができるのだろうか。それとも、かつて全国に800あった中学校を府県に つき1校に、全国では56校にまで削減して教育の質保証を成し遂げた明治政府の政策にならい、大 学教育の質保証を推奨し、800有余の大学を機能別に整理統合し、国内外に対して大学の信頼を勝 ち得ることに成功するのだろうか。 ここで便宜的に使っている「入口管理」とは、激烈な進学競争を支える思想であり、さらには大 企業や優良企業への就職戦線に参画して、採用試験に勝ち残ろうとする現代の大学生の心性と行動 や、大学で何を学んだかを問わない採用側の受け入れ方針の双方を含意している。アクターは学生 本人、教育費を負担する家族、最後に仕事世界の住人である。つまり、「入口管理」を教育システ ム内部だけの規範や行動原理として狭く理解するのではなく、「出口管理」ともども、教育・家族・ 雇用の三領域にまたがる事象として把握しなければならない。そうであれば、義務教育における履 修 主 義 と 個 別 的 絶 対 評 価 、 他 方 で は 1 点 刻 み の 受 験 競 争 体 制 に は 手 を つ け る こ と な く 、 大 学 と い う −87−

(3)

教育世界の中だけで厳格な成績評価に拠る「出口管理」社会への移行はどこまで可能だろうか。大

学こそがセルモーターにならねばならないという矢野眞和氏の主張')には大いに賛同できるし、私

立大学連盟が近年、精力的に大学の「出口管理」について報告書をとりまとめ2)、かつ「入口管理

から出口管理へのパラダイムシフト」について提言していることは先導的な行動として評価できる。 しかし、繰り返しになるが、教育システムは採用・昇進システムと深く連携しており、以上の主題 に取り組むには、学校制度を欧米から導入した明治の初めにまで遡って、後発国ゆえに背負わねば ならなかった文化接触と模倣、その後の変容過程にまで視野を広げる必要があり、歴史的な視点と 国際比較の視点が不可避である。

2.「学士」−「称号」から「学位」ヘー

まず事実の確認から始めよう。日本では長い間、大学の「学士」は学位資格ではなかった3)。明

治から大正そして昭和の時代、日本の高等教育の学位資格は「博士」だけであった。第二次大戦後 の新制大学制度のもとで「修士」が「学位degree」に格上げされたが、大卒の学士は放置されてき た。大学進学率が18歳人口の35%を超えるくらいになった1991年にようやく学士はたんなる「称号」 から「学士」学位になった。学生が急に熱心に勉強して学士学位の価値が上がったのではないこと は明らかであろう。では、なぜに1991年なのか。明治の「学制」から120年経過したこの時点で。 1991年の設置基準の「大綱化」において、規制緩和路線に沿って学部教育が多様化し、それまで 「法学士」、「文学士」「教養学士」など29種類の学士に限定されていたが、無数に増加する学部名称 にあわせて、「学士(..)」の表記に統一された。これもまた事実である。しかし、1991年の大学 審議会答申は「大学設置基準の大綱化」において、規制緩和と自由化路線を打ち出す論理の裏側に 米国発のグローバル・スタンダード準拠を表明し始める。「学士については、わが国では伝統的に 1 ) 矢 野 眞 和 氏 は 大 学 の 変 化 が 起 点 に な っ て 雇 用 シ ス テ ム も 変 わ る と 主 張 す る 。 「 新 規 学 卒 一 括 採 用 と い う 日 本 の 特 殊な採用方針を中途採用主義に変えるのはそれほど難しくないと私は考えています。家族・大学・雇用の構造を 変えるセルモーターは、家族にあるわけでも、会社にあるわけでもありません。唯一のセルモーターは、大学に あります。大学が変われば、会社は変わらざるを得ないでしょう。もし、大学卒業者の年齢がばらばらになれば、 会社の採用方針は変わらざるをえなくなります。」(矢野眞和[2011]、271-272頁) 2)「日本の大学が出口管理をおろそかにすれば対外的に日本の学位の価値が損なわれ、日本の大学の存在意義が根底 から損なわれることとなろう。ユニバーサル化が学生の学習意欲減退、大学の教育の荒廃を招いているかの議論 が多いが、日本の高等教育におけるこうした問題はいわゆるユニバーサル化によるものではなく、大学における 年齢主義に、そして出口管理の不在に起因しているのではあるまいか。初等・中等教育はさておき、大学にあっては、 学位の国際的通用性の観点から出口管理について早急な対応が求められる。」(日本私立大学連盟[2012]、10頁) 3)「帝国大学発足とほぼ同時に、学士は称号(1887年5月、勅令第13号、学位令)とされたこともあって、学位の 水準をめぐって社会的に大学卒業レベルを公認する環境がうまれなかった。卒業資格は各大学の問題として処理 されたのである。」(羽田貴史[2009]、28頁) −88−

(4)

「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 大学の学部を卒業した者の称号とされてきたが、国際的には、大学の学部段階の修了の証明として、− 第一学位degreeに位置づけられていることが多く、

位置付けるのが適当である4)。」

こ の 際 、 我 が 国 に お い て も 、 学 士 を 学 位 と し て この文章は「称号」から「学位」資格への変更を説明したことになるのだろうか。両者の違いは 何か。教育の質保証が十分にできるようになったからたんなる「称号」を「学位」に格上げしたの ではない。諸外国では大卒が学位になっているから、これまた、それを模倣して、グローバル・ス タンダードに合わせて、格上げしたのである。たんなる「称号」であれば、社会的で公的な資格に 必要な統一した質保証は必要ではない。それは「わが国では伝統的に」半ば私的な「称号」でしか なかった。それゆえ、戦後の日本では、大卒という学歴は学歴需要者の増加に合わせて大学院学歴 やフランスのような「グラン・ゼコール」などへ「高度化」することなく、大卒という学歴の中で の差別化をはかる「学校歴」社会になり、いわゆる偏差値で表示される学校歴社会と激烈な受験競 争社会になった。学士がたんなる「称号」であれば問題は生じないが「学位」となると、どこの大 学であっても学士として等価値であることが求められる。あるいは学位としての厳格化や社会的統 一化が必要となる。ここに「出口管理」の問題が発生する。大卒学歴の学校歴化とは学歴を出口管 理なき「たんなる免状」と化す。どこを出ても等価値であるのが社会的に統一化された「資格」と いうものである。しかし、どの大学を出たかではなく、どこの大学に入学したかに意味あるような 入口管理社会では、大学入学後の教育の質管理は不十分になり半ば自動進級化する。l991年の答申 を受け、政府は『学校教育法』を改正して大卒学位を免状から正式に学士学位に変更した。 毎度のことであるが、実態が伴っていないのに、名前だけ変える。どこの大学を出たか、従って、 どの大学に入学したかが問われる学校歴社会=入口管理社会から、どこの大学を卒業しても同等の 価値をもつ学士学位の布告は、出口管理社会への第一歩を画したことを意味する。爾後、1991年の バブル崩壊と時を同じくして、日本の大学世界はグローバル・スタンダードとしての「教育の質保 証」という問題に直面していく。

3.中教審答申と「出口管理」

1991年の「大綱化」以降、設置基準に基づく大学設置の許認可行政(事前)から、認証評価機関 による事後的な評価認証の義務付けへと文部省のスタンスは180度反転した。その結果、すべての 大学は今日では7年に一度の認証評価機関に拠る認証評価を受けることが法律によって義務付けら れた。この間、認証評価には大学自らの自己点検が求められ、その評価項目の裏付けとなる諸指標 が大学審議会と中央教育審議会大学分科会によって矢継ぎ早に提起されてきた。とりわけ、2005年、 4)1991年大学審議会答申「大学教育の改善について」 −89−

(5)

2008年、2012年の三度に及ぶ中教審答申によって、我が国の高等教育の改革の方向性がはっきりと 示された。 人口減少時代における教育の質向上の取り組みを急ぐ必要性から、矢継ぎ早に打ち出される大学 改革論の数々・FD,SDの実施学生による授業評価、シラバス作成とその開示、教員の相互理 解による成續評価の厳格化とりわけGPAによる成績評価の徹底,アドミッション・ポリシー、カリ キュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシー等、カタカナのオンパレードである。主として米国を 模範とするグローバル・スタンダードであるために、改革の装置はカタカナにならざるをえない。 そのなかでも唯一「出口管理」の強化、「出口管理」の徹底という、聞きなれない日本語でもって 答申案を作成したのが、2005年、烏居会長のもとでとりまとめられた中教審答申である。「これか らの知識基盤社会において求められる人材は,大学のみならず高等専門学校,専門学校,さらには 企業内教育等の社会教育においても育成することが期待される。しかし,こうした多様な機関によ る人材育成は,社会全体の共通基盤の形成という大学の役割を土台としてこそ最も効果的に行われ るものであり,社会にとっての大学の重要性を一層高めるものと考えられる。この意味でも,大学

においては特に「出口管理」の強化が重要である5)。」

2005年の答申は、教育の質保証だけでなく、労働力の流動化に沿った大學教育の質的変化(汎用 性のある教育)を求め、さらに生涯学習社会にふさわしい大学へのユニバーサル・アクセスを可能 にする方途を提言している。その意味では、2008年の答申は「厳格な成績評価による教育の質保証」 論、2012年の答申は「ユニバーサル・アクセス」論として、2005年答申の「各論」に位置づけられる。 2005年答申が大学改革の総論に位置づけられるのは、教育システムと雇用システムとの連携を強 く意識した構成になっていることである。答申は「答申の背景にある考え方は「補論」にある」と いい、「補論」の参照を求めている。 「補論l」=「我が国の経済は、バブル崩壊以後の停滞・低迷期から脱し、今後は回復・上昇局 面に差し掛かることが期待される。その中で、産業構造の転換とともに産業間移動による労働力調 堅の必要性が増大し、雇用形態も変化・多様化して、 人 材 の 流 動 化 が 一 層 進 む と 考 え ら れ る 。 そ の 過程で、いわゆる「勝ち組」「負け組」といった表現が使われるように企業間や個人間の経済的格 差が拡大することも懸念され、個人の職業能力の開発・向上と再挑戦の可能な社会システムを整備

することが課題となろう5)。」

5)2005年の中教審答申「わが国の高等教育の将来像」。なお、中教審や大学審議会の答申で「出口管理」という用 語を使用したのは「初めて」だという『朝日新聞』の記事が残っている。「中央教育審議会(烏居泰彦会長)は 2004年12月20日、「我が国の高等教育の将来像」の中間報告を提出し、教育の質を保証する観点から「出口管 理の強化」をうたった。文科省によると、高等教育に関する過去の答申でこの点を明記した例はないという。来 年1月下旬に最終答申を取りまとめる方針だ。」『朝日新聞』[2004] 9 0

(6)

-「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 「補論2」=「1990年代後半に入り、知識基盤社会への移行等により大学の教育・研究機能に対 する社会の期待が極めて大きくなってきた。それにもかかわらず、大学教育は逆に18歳人口の急激

な減少6)」に伴う大衆化(進学率の急激な上昇)や高等学校教育の多様化等によりその質について

大きな不安を抱えることとなり、高等教育の質の確保が改めて大きな課題になった。特に、大学の 人材養成機能については、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを前提に、企業が大学に求めているの は入試を軸としたふるい分けに過ぎないとの指摘もあった。しかし、企業内教育機能が低下すると 同時に、知識基盤社会においては企業で活動する上でも汎用性の高い知識を持ち自ら課題を探求し 解決できる能力がますます必要となったことから、大学の人材養成機能に対する社会の期待は極め

て高くなった7)。」

2005年答申は「学校歴社会」→「新卒一括採用」→「企業内の職業教育・訓練」というモノつく り段階の日本的システムの行き詰まりを見据えている。「企業内教育機能が低下」し、かつ労働力 の流動化が活発になり(終身雇用の終焉)、必要に応じて大学で学び直す「知識基盤社会」への移 行が不可避になる。「21世紀型市民」の育成と大学の役割に関して、2005年答申はEU高等教育圏を 形成しようとしていた「ボローニア宣言」以降のEUの動きにシンクロしている。 08年と12年答申では「出口管理」という用語はそれほど頻繁にはでてこない。新卒一括採用から 通年採用への移行、大学へのユニバーサル・アクセスと企業による採用時の年齢制限の撤廃など「出 口管理」という用語を使用することによって教育システムと雇用システムとの接続・関わりを明確 に守備範囲に入れた答申を作成することは、すぐには不可能である。そのため、「出口管理」の一 環として、「アドミッション・ポリシー」、「カリキュラム・ポリシー」、「ディプロマ・ポリシー」 の三点セットによって、「教育の質保証」を大学の中で推進する戦略に転換(各論化)したと考え 6)少子化による18歳人口の減少は、さらに加速化している。代ゼミの校舎が21拠点から7拠点に縮小されること が8月末日のニュースになった。今後の大学の姿を暗示する出来事だ。これから10年間に18歳人口は12万人減 少する。大学進学率が50%のままで推移すると仮定すれば、入学者で6万人、在学生数で24万人の減少が予想 される。同じく8月中旬に発表された文部科学省の『学校基本調査』(速報)によれば、地方の公立大学の在学生 数は過去3年間、ほとんど変化がないのに対して、私立大学セクター(全国)の過去3年間在学生数の減少が顕 著である。在学生の減少が私立大学セクターに偏っており、この傾向が今後10年間継続するとすれば、減少する 24万人の在学生数のうち、私立大学セクターの占める比率は、現行の収容定員比率(約75%)以上の数値、すな わち減少学生数の8割から9割をしめることになると予想される。 7)「出口管理の強化」という文言は、おそらく前年の4月に出た経団連の文書をうけているものと思われるが審議経 過の文書に拠って確認することはできない。「具体的には,各大学が,人材輩出機関としてどのような役割を果た すかという点について特色ある方針を立て,これを実施することが必要である。加えて,学生などによる授業評 価を通じて授業の質の向上を図るとともに,授業形式の工夫(例えば,教員側からの一方的な講義から対話型の 指導への転換など)に努めるべきである。その上で,成績評価の厳格化に基づき出口管理を強化し,将来の職業 生活においてベースになる知識を学生にしっかり身に付けさせてから社会に送り出すことを徹底すべきである。」 (日本経済団体連合会[2004]) 9 1

(7)

-られる。リメデイアル教育。シラバスに基づく授業の実施とGPAによる成績評価。及第点に達し ない者への補習授業と再試験による成績評価の実施などである。また、2008年答申では、米国の教 育制度の模倣と導入が顕著であることも、2005年答申との違いである。 2008年の答申「学士課程教育の構築にむけて」(2008年12月24日)の中心となるのは「GPA」 の導入である。GPA制度は文部科学省の審議会答申(大学審議会,1998)で厳格な成績評価とい う文脈のもとで開示され、諸大学での導入と運用が推奨されてきた。 GPAによる厳格な成績評価の導入については、2008年答申の「2節-2-(4)」で詳細に取り扱わ れているし、以後、今日にいたるまで各大学で実施されているので詳述はしない。しかし、厳格な 成績評価による退学学生の増加について、答申は「出口管理」論とのかかわりで興味深い記述を残 している。「厳格な成績」の目的は学生をふるい落とすことではなく「学生の利益の増進」である ことが認われる。「成績評価の厳格化や,卒業時の出口管理の強化は,単に学生を振るい落とすこ とが目的ではなく,学生の利益を増進する配慮も忘れてはならない。」(27頁)「我が国の学士課程 教育をめぐっては,卒業認定における評価の厳格化も大きな課題となっている。評価の厳格化は, 卒業時だけの問題ではなく,入学してからの教育指導の過程における成績評価についても,学生の 成長という観点から考えなければならない。」(26頁)「これまで,文部科学省は,成績評価基準の 明示,アメリカで一般的に普及しているGPA等の客観的な仕組みの導入を各大学に促してきた。 しかし修業年限での卒業率や中退率などの指標で見る限り,我が国の大学の成績評価が厳格化して きているとは言えない。中退者の少なさは国際比較でも顕著であり,そのこと自体は,否定すべき

ではないが,適正な評価が行われていない可能性も示唆される8)。」

国による支援策として、GPAによる「出口管理」を行う大学には奨学金の支給などで優遇する、 と述べる。「徹底した出口管理,成績評価の厳格化について先導的に取り組んでいる大学に対して 支 援 を 行 う 。 そ う し た 支 援 を 通 じ , 例 え ば , 当 該 大 学 に お い て , 成 績 優 秀 な 学 生 に 対 す る 経 済 的 支 援(授業料減免や奨学金の返還免除など)を行うことや,学生が自らの学習成果の達成状況につい

て整理.点検するための仕組みづくりなどを促進する9)。」

GPAの導入については、さらに踏み込んで、英米=グローバル・スタンダードに沿うよう指示 している。「国際的にGPAとして通用する仕組みとする(例えば,評価の設定を標準的な在り方 に揃える,不可となった科目も平均点に算入する,留年や退学の勧告等の基準とするなど)。アド

バイザー制を導入するなど,きめ細かな履修指導や学習支援をあわせて行う'0)。」どこの大学を出

ても等価な大卒学位資格にするために、アドバイザー制度を中心とした補習授業や再試験の実施な 8)「2008年答申」 9)「2008年答申」 10)「2008年答申」

、、、

掲掲掲

一別一別ユ別

。。◎

頁頁頁

677222

−92−

(8)

「出口管理MinirnuInGraduationRequirements」について ど、「学校歴社会」→「入口管理と平素の成績を加味した自動進級制」→「新卒一括採用」に慣れ 親しんできた日本の大学の「風景」を一変させる要素が充満している。 ここでは出口管理と関連して「落第」について述べた個所に注目しよう。「学生の成長」や「利益」 のための落第。一見理解しにくい表現であるが、次節に述べる義務教育における原級留置の目的や 理由づけとも関連する。学生やその親(つまり教育費負担者)にとって、自動進級制により4年間 で卒業できるのが「利益」になるのか、それとも、何年かかろうが、しっかりとした学力をつけて から卒業したほうが「利益」になるのか、という問題にかかわる。 また、私立大学セクターが75%以上をしめている我が国の特殊事情として、GPAによる原級者 を「収容定員」の内に算入するかいなかという問題が、私学助成金交付という経営上の問題になる。 現在、「1年以内(2セメスター)」の原級学生は収容定員から除外することができる。今後GPA による「厳格な成續評価」が全国すべての大学で実施されれば中退者は増える。だからアドバイザー 制度による指導と退学勧告の仕組みを大学がどのように構築していくかが鍵となる。

4.出口管理の構成要素

「出口管理」という言葉は「下水道」の出口における水量「管理」の方法を意味する用語として 日本では一般的に流通しており、教育システムや職業資格に関する用例はない。しかし文部科学 省のHPを検索すると審議経過報告をふくめて「出口管理」という用語は1,000件以上ヒットする。 出口管理という用語は2005年の大学審答申と、その直前の経団連による大学教育への勧告のなかに 登場するが、なかなか市民権をえない。その理由として、出口管理という教育資格の認定制度が日 本には存在しないからである、と言うと語弊があるし、正確さを欠く。日本国内で生産して主とし てアメリカに自動車や家電製品を輸出している企業は製品の「品質管理」を徹底している。消費者 が外国人だから厳格な品質管理が必要になる。製品(商品)の場合、日本企業の品質管理は世界で もトップクラスだといってよい。しかし、大学教育となると「厳格な質保証」が叫ばれても「出口 管理」という用語は市民権を獲得できていない。 職業資格制度という「出口管理」システムは市民社会における商品の品質保証といった商品交換 社会のルールと関連している。教育資格の認定制度は職業資格の認定制度に、職業資格の認定制度 は中世の同業団体等を根拠とする「職業資格付与団体(QualihedAssociation)」の歴史的実存に まで遡及する。職業付与団体に拠る「出口管理」は、職業資格と教育資格が癒着するがゆえに教育 の世界にも及ぶ。中世から近代に、さらに近代において市民社会のなかの独自圏域として自治と付 与権を保持していた同業組合の伝統は、日本ではわずかに「家元」制度に類似物をみつけることが できる程度である。家元が発行する職業資格は公共的で開放的性格のものではなく、あくまで秘伝 的で「私的」なもの(「イエ的構成」とでも呼ぼうか)であった。さらに第二次大戦後の日本にま −93−

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で目を転じれば、等級制をともなった職業資格制度は「職能資格」制度として定着し、企業内化した。 どの企業に所属していても同等な職業資格と賃金制度を構築する方向を戦後の日本は一時的(たと

えば「職務給」制度)に追い求めたが、1969年以降、放棄し'1)企業内的職業評価制度になった12)o

したがって「出口管理」を構成する要素は、まず2008年の中教審答申が強調する(A)「厳格な 成績評価」、次に(B)中等教育修了試験の存在とその結果生じるユニバーサル.アクセスの権利、 三番目に中世以来の(C)「職業資格付与団体」の存在、最後に(D)職業資格と教育資格の癒着 と両者を統合した公認表の存在の四点となる。 4−1.小学校から始まる厳格な成績評価」−「権利」としての落第一 「知育」「体育」「徳育」のうち義務教育段階では「知育」だけに限定して厳格な成績評価を実施 しているフランスを参照する。表1「進級・飛び級・原級比率」は中学生の成績評価である。 表1「進級・飛び級・原級比率」 進級.飛び級・原級比率(フランス中学終了時点2008年度) 公立・私立の合計。中学終了時点までに原級などを経験した者の比率。 出典:Ministeredelajeunesse,del'EducationnationaleetdelaRecherche 「落第」について2004年に国民教育省で行った聞き取り調査で興味深い話を聞いた。1年遅れる、 2年遅れるということ以上に、「落第」は生徒に社会的烙印を押すことになるのではないのか、と いう質問に対して、落第は「権利」だという答えが返ってきた。誰でも、もう一年かけて、「同じ ことを学習すれば修得することが可能になる。だから落第は(排除ではなく)学力を身につける機

会を与える、国民に与えられた権利である'3)。」

義務教育段階における落第制度の「復活」を山崎正和氏は主張する。「第二次世界大戦後の本質 11)日経連[1969]が職務給から職能給への転換を告示する。 12)拙稿[2010]、参照。 13)詳しくは浅野清[2005a]参照。なお、高等教育を受ける権利を「市民的権利」として是認し、初等教育を受ける「社 会的権利」と区分したマーシャル[1993]83頁の議論も参照。 −94− |チ 噌ぴ級 進 級 落第 2年以上落第 合 計 莞 攻(人) 女 12,622 255,557 99,777 14,757 382,713 男 12,762 231,856 128,018 17,881 390,517 合 計 25,384 487,413 227,795 32,638 773,230 比率(%) 女 3.3 66.8 26.1 3.9 100 男 3.1 59.4 32.8 4.6 100 合 計 3.1 63.0 29.5 4.2 100

(10)

「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 的な欠陥は、道徳教育の不足でも競争原理の欠如でもなく、「平等のための強制」という理念を忘 れ去ったことだと、私は考えています。落第制度、卒業延期制度を復活してでも、またはそれに問 題があるなら徹底した補習教育を設けることにして、全生徒に義務教育内容の完全な習得を強制す

る方法をうちたてるべきでしょう'4)。」

義務教育段階で個別的・観点別の絶対評価制度により、事実上、生徒を自動進級させているのに 対して、大学で厳格な成績評価はどこまで可能か。ここに2008年答申が提起した「学生の利益」の 問題がある。到達目標に達したら進級させる、また学部が設定したカリキュラムにそって修得条件 をクリアーした学生に学士の学位を授与する、というディプロマ・ポリシーの徹底をどこまで実現 していくことが可能か。十分な学力を身につけることなく卒業することは学生の利益になるのか。

今後「年齢主義」が支配する日本社会全体で議論すべき国民的イシューだろう'5)。

4−2.中等教育修了試験と大学入学資格一バカロレアとユニバーサル・アクセスー 中等教育修了試験の代表例はフランスのバカロレアである。バカロレアに合格しないと、「高校卒」 の称号を得ることができず、バカロレアが高卒=大学入学資格を兼ねていることに注意。また大学 の側は学生を選抜する権限がなく、生徒は希望する大学に入学できる。バカロレア制度は複々線コー スで一旦、差別化を図る。さらに高等教育進学者のふるい分けの役割を果たすことによって社会的 な地位達成における格差の正当化装置として機能している。 バカロレアを取得して大学入学資格を得てから、実際に大学に入学するまで20年の有効期間があ る。高校卒業後ただちに進学してもよいし、職業世界に入ってからDIF(職業訓練休暇)の権利 を行使しながら大学に進学してもよい。バカロレアが資格試験であって大学入学の選抜試験ではな いために、高校卒業と大学進学までの時間差が発生する。これはフランスだけではなく、西欧諸国 共通のユニバーサル・アクセスを可能にしている。それをOECDの資料から図表にしてみよう。 14)山崎正和[2007],189-190頁。 15)矢野眞和氏の問題提起に私は大いに賛同している。「日本の採用は学歴主義に特徴があるのではない。同じ年齢 の者を同じ賃金で採用するという方式にユニークさがある。22歳の学歴だけを学歴と定義し、30歳の学歴を学歴 として認めていないのである。この年齢主義が、学校と職場の関係を強く結びつけている。学歴と職場の関係が 弱くても、22歳の学歴が大事なら人々の意志決定は短期決戦の重要課題になる。やり直しがきかないからである。 採用だけでなく、日本人の人生を秩序立てているのは、学歴よりも年齢である。この年齢秩序は、人生設計の基 本原理とされている。」(矢野眞和[1998],「社会システムから見た学校改革」,『季干ll子ども学』,18号,ベネッ セ,118頁) −95−

(11)

図1大学型高等教育入学者の年齢分布の国際比較(2009)

ポルトガル スウェーデン スイス フィンランド デンマーク アメリカ合衆国 OECD各国平均 イギリス 韓国 ポーランド 日本 蕊辮鍵鍵蕊 ⋮燕撫織珂⋮鐸 30.7 ●認。.沮己■ 29.4 8 26 Z6.4 亜上 ず・芯畢 麓20パーセンタイル値 灘50パーセンタイル値 ■80パーセンタイル値 Z6.0 叩けⅡKIKⅡH1閣内禺則町尽日則q副国見副Q414■︲くミミロ可■︲n日日日“■面くげJ4画く

25.3 24.8 Z4.2 3.5

I

M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 M / 標 準 出典:OECD[20111,『団ucotノonotoG/qnceOECD/ⅣDノC47DRS201Z』より筆者作成 4−3.職業資格付与団体 日本では、「義務教育→高等学校→大学」という教育組織ごとに「出口管理」を厳しくする方向 ではなく、逆に「入口管理」を厳しくする選抜試験の方向に進んできた。他方、欧米諸国は「出口 管理」を厳しくしてきた。各教育組織が発行する「学位免状」の社会的信認を勝ち得るために、各 教育組織が成績評価や進級制度、卒業試験などを厳格に実施してきた。さらに、医者、法曹、教職 という三大専門職を初めとして各種の職業団体の力が強く、高等教育の整備と平行して、学位資格 と職業資格とを連携させてきたという歴史的経緯がある。国家による統一的な専門職資格試験制度

と、市民社会の構成要素である「職業団体」16)による資格認定制度を対比した場合、つまり国家と

市民社会との対抗において後者が力を保持し続けるためには、発行する職業資格のもつ社会的信認 と社会的威信を勝ち得ねばならない。ここに米国の大学団体が今日でも「デイプロマ・ミルズ」に 対処し、「出口管理」を徹底化する必然性がある。もし、そうでなければ、職業資格発行の権限は 市民社会の圏域から国家の圏域に移行し、国家による統一的な資格制度になる。国家による統一 16)「市民社会」概念は、ヘーゲル『法の哲学』の第三部2章「市民社会」参照。 −96−

(12)

「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 的な資格認証制度はそれはそれできわめてシンプルである。他方、市民社会圏域の職業団体による 認証制度は19世紀後半の英国医師資格認定をめぐる国家と市民社会の対抗の歴史にも見られるよう

に、モザイク模様となり、日本人から見ると殆ど理解不能である'7)。

4−4.教育資格と職業資格の融合一「学位免状と職業資格の公認表」一 専門職の場合、同業組合の伝統を引き継いだ職業資格付与団体(certifledassociation)が、「資格」 認定をおこなうが、後発国の場合は国家資格として国家が認定機能を一元的に掌握する。行政機関 や企業への就職機会が増大するにつれ、専門職や技術職ではない「一般職」の場合には、大学の「教 育資格」が職業資格を代替するようになる。医歯薬や理工などの学部は専門職的人材養成の性格が 強いが、文科系の場合には、企業や行政の一般職人材養成機関となる。戦後の日本の場合、大卒、 短大卒、高卒の3つのランク別に、国家や地方自治体の行政職採用、さらには民間企業の「職員」 採用の際に「教育資格」でもって採用時に職能資格のランク付けを行ってきた。文科系の学部では 別段意識して職業教育を実施してきたわけではないが、一般職人材が増加するにつれて文科系に進 学する学生の割合が増えてきた。教育資格が職業資格を代替している、教育資格が擬似職業資格化 する、と表現してもよい。 フランスでは、実学教育=グラン・ゼコール、科学研究=大学院という棲み分けが早くから行わ れ、学歴の高度化と分極化にともなう「職業資格と学位免状の公認表Homologation」なる国家公 認の学歴水準が設定されている。 表2「職業資格と学位免状の公認表」 水 準 I 修士より上級の学位を有するもの、博士号 [Bac+5plus] 水準Ⅱ 大学卒、 [Bac+3,Bac+]4 水準Ⅲ DUTとBTS [Bac+]2 水準Ⅳ BP[Bacprofessionnel],BT[Bactechnologique] [Bac+0] 水 準 V C A P B E P [sansBac] この「公認表」は1969年にできたもので『教育法典』と『労働法典」に記載されている。当初、 大学卒は「水準I」であったが現在はランクを下げている。新たな「職業資格」とそれに対応した「教 育資格」が生まれると、『官報』で告示され更新される。今では水準1−Ⅵまでの「学位免状」と「職 業資格」を発行する権限を認可された機関名と、それがどの水準にあるのかが、さらに、それがど 17)「規制緩和」とは市民社会を構成する職業資格付与団体による厳格な出口管理制度の構築を意味するのであって、 市場競争による淘汰ではない。 −97−

(13)

の「職種」に属するものであるかが、社会に告示される。新規ならびに中途採用する企業の側は、

この「公認表」を参考にして、採用時の賃金や等級を個別に決める'8)。

採用時点だけでなく、「昇進」の時点においても、課長職や部長職ポストに必要な「学歴」や「職 業資格」がついてまわるために、企業「内的」資格制度により内部昇進する日本の制度とは大きく 異なる。『社会職業分類』の「テクニシャン」から「カードル」への内部昇進制度はフランス企業 でもその存在が確認されている。ポストへの着任はこの「公認表」が目安となっており、空きポス トが出るとまず内部昇進希望者を優先し、内部に適任者がいなければ、課長職以上のカードルは外 部調達される。ポストに付着する教育資格を保持していなければ、生涯、課長になれない、「こう」 のままである。初職への着任と昇進には教育資格の取得が必要となる厳しい学歴社会、それがフラ ンスである。 英国のNVQ(NationalVocationalQualiflcation)もまた同様の「教育資格」と「職業資格」 の対応表であるが紙幅の都合で省略する'9)。 EU高等教育圏では学位ランクと職業資格水準の統合を図る作業が続けられている。EU加盟国 数(2014年1月現在18か国)よりもはるかに多くの国々がEU高等教育圏に加盟している。現在ロ シアを含め、44カ国。どの大学で単位を取得しても、移動先の大学で取得した単位と合算して「学 士」「修士」「博士」の学位を取得し、その取得した学位によってEU諸国内で就職する世界が展開 している。高等教育の「単位credit」の「蓄積」と「移転」可能性を認めた大幅な人材の「流動化」 政策である。そのため、どこかの大学で単位を取得し、別の大学の単位と合算できるためには、個々 の大学における「単位」の価値の平準化を図らねばならない。ここからでてくるのがEUの「教育 の質保証」である。 以上の「構成要素」に照らして、我が国の学校教育制度において「出口管理」がどのように行な われてきたのか。それを明治の時代にまで遡って検討しよう。

5.明治の学校制度における「出口管理」

5−1.「学制」における等級制の導入 明治5年、政府は『学制』を公布し、初等・中等・高等教育の理念と組織枠組みを定めた。その うち初等教育における厳格な成續評価、進級試験と卒業認定試験の導入について、英国ロンドンで 誕生したモニトリアル・システムと呼ばれる試験進級制が米国東海岸諸都市を経由して日本にもた

らされた20)。職業資格付与団体が強固に残存している英国経由の「出口管理」教育の理念が明治の

18)以上、浅野清[2005b]、参照。 19)柳田雅明[2004]多賀出版、参照。 20)モニトタリアル・システムについての研究について、もっとも早い邦語文献は、安川哲夫[1981]「実際的教育の −98−

(14)

「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 初めに導入された。「日本にも,履修主義ではなく修得主義の進級・卒業制度を基盤としたクラス編

成が行われた時期がある。学制期以降明治前期における等級制がそれである21)。」

「「学制」の規定によれば、・・・4年制の下等小学校は8つの等級からなっており、生徒は6か 月ごとに進級試験を受けるものとされた。このほかに各学校段階の切れ目には生徒は卒業試験にあ たる「大試験」をうけねばならなかった。この卒業試験が進学試験を兼ねるのは、ヨーロッパ諸国

の場合と同様であり、また試験で優等の成績を収めたものには「褒賞」を与えるものとされた22)。」

「初等教育における試験進級制度は、1900年の小学校令の改正により廃止され、自動進級制へと

転換される23)。」

山根俊喜、斎藤泰雄、斉藤利彦、天野郁夫氏らの研究によれば、明治初年の「学制」施行時の日 本の初等教育には、試験進級制と卒業試験認定制度による等級制の学校制度が導入されたことがわ かる。等級、すなわち「上等」小学と「下等」小学の「等」と、それぞれが1級から4級への階梯を 刻むが故の「級」、双方をとって「等級制」の学校である。 明治5年の太政官令による等級制の「学制」は(1)国民皆教育(「学制」21章)、(2)「知育」に、す なわち3R'sの習得に限定した教育、(3)教員の質が低い段階であるために、試験のみによる進級と 卒業認定の三点を基本としている。「「学制」と同年に文部省が出した「学制着手順序」において、

「毫も姑息の進級をせしむへからす24)」という強圧的な態度で教師に臨み、学校教員に対して「厳格

な成績評価」を強いた。 明治政府は学校の建築費をねん出して全国に小学校と中学校を建設し、教員を公務員として採用 し給与を支払ったわけではない。師範学校卒の教員数は不十分であり、寺小屋の教師や旧士族が教 師となった。身分制秩序を打破し「四民平等」を実現するために、たった一片の紙切れ(「学制」 という名の法令)により、明治政府は費用をかけることなく、すなわち「民間」のカネによって、 全国隅々にいたるまで、小学校と中学校を設立することができた。|日士族層が中心となって学校建 設が始まるが、そこに現れるものは「身分制」原理と「能力」原理の対抗である。身分制度の打破 のために、学校制度はまさに革命的な役割を果たした。他方で「民間」の側とりわけ旧士族は、も はや昔の身分への回帰は不可能であることを自覚し、積極的に新政府の能力主義(メリトクラシー) による「競争」の荒波に飛び込んだ。能力主義というルールは身分制社会を打破するために、学歴 改革者A・ベルの教育=訓練思想とその実践」(『金沢大学教育学部紀要』30号)であり、以後、数多くの研究が 蓄積されている。そのなかで英国→米国→日本のルートを解明した二論文に注目している。杉村美佳[2007]、森 田尚人[2010]。 21)山根俊喜[1999]、119頁。 22)天野郁夫[2006]、132頁。 23)斎藤泰雄[2003]、43頁。 24)斉藤利彦[2011]、53頁、出典は文部省内教育史編纂会編[1938]『明治以降教育制度発達史」第1巻、343頁。 −99−

(15)

の階段を登ってくる学生を官僚に登用する政府と社会的地位上昇を願う人民の双方にとって都合の よいものであった。 かくして、小学校における原級留置者や中退者の激増、下級クラスに生徒が溜まり、上級クラス はごくわずかというピラミッド型の構成ができあがった。小学校の卒業資格を得た生徒は中学への 入学資格を獲得して無試験で中学に入学する。中学もまた厳格な成績評価による試験進級制をとっ た。中学の卒業資格を得た学生は、高等教育の階梯に進む。高等教育の卒業生を明治政府は国家形 成の官僚として採用し、ここに『学制」の目的は達成される。初等・中等・高等教育のうち正系の 旧制高校(大学・予備)への進学熱は極めて高く、この進学需要の高まりに対して明治政府の採っ た政策が、「出口管理」の行方を左右することになる。 5−2.「出口管理」から「入口管理」へ そもそも専門職業団体とそれによる職業資格付与の伝統がない日本において、近代市民社会の屋 台骨を成す高度専門職の育成を明治政府はどのように可能にしたか。まさに「無」からの創造である。 官僚と医師・法曹などの高度専門職を育成するために、まず高等教育機関を創設して外国人教師に 拠る教育制度をつくる。「厳格な成績評価」と卒業試験−ここまでは西欧的な「出口管理」に倣っ て−合格者には無試験で官僚に登用する。無試験で高度専門職の「資格」を付与する。大卒者に のみ「独占」された高度専門職への登用であり職業資格の付与である。 しかし、帝国大学の数も少なく、厳格な出口管理ゆえに卒業資格を得る学生の数は限られている。 どうするか。公的支出を増加して国立大学の数を増やす方策がまず考えられる。そうすれば従来の 出口管理(試験進級十卒業認定試験)政策を維持することが可能であるが、明治政府は教育費支出 を増大しなかった。政府が採った政策は、高度専門職の不足分を選抜試験により補充するという方 策であった。従来の帝大卒業者の「独占」は、帝大卒業生の無試験認定という「特権」に代わる。 帝大卒業生は従来通り職業資格を授与されるが、民間の専門学校生には選抜試験に合格して高度専 門職の職業資格を入手することができる道を拓く。教育への公的支出の抑制と民間部門の活用とい う今日まで続く教育政策の第一歩が始まる。教育にカネを使う余裕のない明治政府の「やむをえな

い方策」25)として選抜試験による高度専門職人材の資格認定制度が始まる。と同時に私立の専門学

校の蘇生が開始される。 社会的上昇志向に応えるために私立の専門学校は、高度職業人の職業資格試験や官僚の登用試験 のための予備校として発足した。徐々に帝国大学や官立の専門学校に認められていた高度専門職試 25)天野郁夫[2006],233頁。ただし天野は中学から高等教育への進学にあたり、不足分を入学試験で補充した場合に この「やむをえない方策」という表現を使っているが、この言葉は、高等教育から高度専門職人材の選抜にも妥 当する。

(16)

-100-「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 験 の 無 試 験 「 特 権 」 が 私 立 専 門 学 校 、 の ち に 私 立 の 大 学 と な る 専 門 学 校 に も 認 可 さ れ て い く 。 こ う

して官立の中等・高等教育における出口管理と選抜試験の導入が公式に始まる26)。「出口管理」の伝

統のない明治時代、政府は西欧の「出口管理」を模倣した学校制度を創設し、高度職業人の養成と 勤勉な勤労人民の育成という二方面作戦を展開した。排他的で絶対的な職業資格制度を維持するこ とができず、無試験で職業資格を獲得することができる「特典」「特権」は、私立専門学校から押 し寄せる平等化圧力の前に屈して、ついには、特権そのものが溶解して、万人に開かれた入口管理 社会へと転化していく。 そして、明治期における「出口管理」政策の崩壊の道は、初等教育において明確になる。 5−3.教育政策の転換一試験進級制から自動進級制へ一 明治政府はわずか30余年をして、取るものをとった。四民平等の人民の中から優秀な国家官僚(行 政、専門職)と軍人を抜擢し要職に就けることに成功した。残るは国家臣民の育成と近代的な工場 労働者の確保問題である。 厳格な成績評価による試験進級制と課程修了認定試験、さらには国家官僚や専門職への無試験選 抜という出口管理を徹底したのちに、上級学校への進学需要がさらに増大していく過程で入学試験 が激化した。これに対して、政府は中学や高等学校の「数」を制限し一層入学試験を激化させる政 策をとった。他方では義務教育に相当する小学校では、国家臣民の育成という国家目標にそって「教 育政策」を大転換させてゆく。なぜに教育政策が転換したかについては、斎藤泰雄氏の記述が十分 に語っている。「しかしながら、1880年代になると、このような、西欧化志向の啓蒙主義的教育政 策にたいする反発の動きが現れてくる。宮廷官僚など政府の内部の保守的な勢力を中心に、西欧化 による風紀の乱れを指摘し、伝統的な道徳規範の復興を求める声も高まる。彼らは、天皇に働きか け1879年に「教学聖旨」を下させた。それは、教育の基本的方針として、仁義、忠孝、愛国心など の伝統的儒教倫理を重視すべきことを指示していた。それまであまり重視されていなかった修身を 最も重要な教科として位置づけることになった。こうした傾向は、1890年の「教育勅語」の発布で

より一層明確なものとされた27)。」

高度専門職人材の選抜は「個人」の能力主義に立脚し、それに即応して「学制」は「知育」に特 化した学校制度を維持してきた。しかし、1890年の「第二次小学校令」により、試験進級制度によ 26)「出口管理のもう一つの形態は、各種の職業資格である。近代日本における学校の普及と確立は、官僚養成や職業 人養成と並行して進んだ。試験制度による資格付与が基本でありながら、官立学校卒業者に特権として資格を付 与し、ついで私立学校にもその特権を分け与えた。特権の付与には、文官試験受験資格に関する特別認可学校規 則のように、政府に拠る監督・統制が同時におこなわれる」(羽田貴史[2009]、31頁) 27)斎藤泰雄[2003]前掲、44頁。

(17)

-101-る児童の「身体」発達を考慮して、義務教育においては「知育」よりも「徳育」と「体育」を重視 する教育に変えた。義務教育だけで終える人材に対しては、知育偏重を廃止し、そのための成績の 評価方法も変えていく。 より上位への進学需要がたえまなく増大し、高等学校の設立を抑制し続けることによって、高度 人材の確保は選抜試験という「個人」単位の能力主義に依存することになる。能力主義による行政 官僚の登用や専門職人材の確保が一方の極にある。他方で、初等教育は履修主義と年齢主義による 成績評価(試験進級制度と卒業認定試験制度の廃止)に変え、学級編成においては能力主義的学級 編成をとらずに、「同一年齢=異なる学力」による学級編成に組み替えていく。学級の中では学力 競争を極力排除して、協調、友愛などの集団主義を鼓舞する。選抜試験では「個人主義」原理。義 務教育の学級編成と成績評価においては非個人主義的=集団主義的原理に拠る運営という二面的な 評価制度が、1890年の政策転換から常態化し、明治の「学制」で敷いた出口管理の放棄を加速させ る。それは同時に国家が管理する学校教育(初等・中等・高等)の世界と、国家が直接に管理・介 入しない塾・予備校の世界という二面的で相矛盾する評価制度をとりいれる。 ここで教育政策の転換に関連する年表を作成しよう。 1873年「学制」 1879年「教学聖旨」 1887年「中学校令」全国の中学校をl府県l中学校に整理 1890年(第二次小学校令第一条)「小学校ハ児童身体ノ発達二留意シテ道徳教育及ビ国民教育 の基礎並其生活二必須ナル普通ノ知識技能ヲ授クルヲ以テ本旨トス」 1891年『教育勅語』発布 1894-95年日清戦争 1900年(第三次小学校令施行規則)「小学校二於イテ各学年ノ課程の修了若シクハ全教科ノ卒 業ヲ認ムルニハ別二試験ヲ用フルコトナク児童平素ノ成績ヲ考査シテ之ヲ定ムヘシ」 1904-05年日露戦争 再度確認しよう。厳格な「教育の質保証」「試験進級制」は明治の日本にもあった。修了試験に よる「教育資格」の認定が、上位の学校への入学資格になる制度は日本にもあった。同じく「教 育資格」=「学歴」が「疑似職業資格」化し、修了試験による教育資格の取得が、同時に職業 資格の取得になる制度が日本にもあった。つまり日本にも「出口管理」(Minimumgraduation requirements)はあったといえる。明治の最初の学校形成から明治大正・昭和へと「出口管理」制

度はあったことの確認作業が第一。ついで学歴の高度化と階層化のプロセスのなかで、下位の学校

は試験進級制や修了認定試験制度から自動進級制に変貌し、より上位の学校への入学は「選抜」試 験へと変化する。学校はより上位の学校への「進学」のための予備校化する。この段階で「出口管理」

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-102-「出口管理MinimumGraduationRequirements」について 社会は「入口管理」社会に変化する。学位の高度化が絶え間なく継続すれば、上昇移動の方は能力

主義的選抜=最高学歴は無試験による職業資格授与、他方、下位の学歴は自動進級制となる28)。

5−4.現在まで続く自動進級主義と選抜試験の二元論 濱名陽子氏は1890年以降の義務教育における評価制度と学級制度について論及し、「学年別学級

は,大正自由主義教育運動また戦後の教育改革を経て,なお今日の学級に引きつがれている29)」。

と述べている。 〔能力主義の進学競争=入り口管理〕と〔履修主義の義務教育における自動進級主義〕の併存が 今日なお続いている。学校歴社会と企業内職業教育・訓練制度が有効に機能していた日本的経営 (1956-1990)においては、矛盾は表面化しなかった。しかし、2005年の審議会答申が述べるように、 それが機能不全を起こし始めたのである。加えて、グローバル・スタンダードに照らして国際的に 信頼されない日本の高等教育学位の立て直しという課題が1991年以降、発生する。 義務教育の「年齢主義・自動進級主義」は戦後69年たった現在でも、健在である。それを存続さ せて高等教育の改革だけに限定すべきか、それとも教育制度と採用・昇進制度を含む改革を志向す べきか否かという問題は残るが、ここではどこに残っているのか。そしてまた日本的雇用システム と相補的な学校の成績評価システムがどのように機能したのかについて述べよう。 どこに?「学校教育法」本体ではなく、その「施行規則」のなかである。 現行法規:「学校教育法施行規則」57条「課程の修了・卒業の認定」の箇所(昭和22年5月23日文 部省令第ll号)(平成24年3月30日改正)。「小学校において、各学年の課程の修了又は卒業を認める に当たっては、児童の平素の成績を評価して、これを定めなければならない。」中学校についても 同79条において小学校の57条を準用するよう定めている。 欧米で普通に行われている修了主義にもとづいて「課程認定」する出口管理を行うのは日本では なかなかに困難である。「施行規則」の「平素の成績」による評価指示は、出口管理を妨げている 成績評価の仕方である。 『学校教育法」から「学校教育法施行規則」までは国会の法律審議事項である。だれも施行細則 や施行規則まで目を通さないかもしれない。しかし、国会の審議を経ることなく、「学校教育法施 行規則」に準拠(拠りかかって)して、大臣名すなわち文部省の意向として『学習指導要領」を定 め、定めるたびに「公布」し学校教員に徹底することができる(義務教育だけでなく、高校にまで)。 その『学習指導要領」に「特別活動」についての記載が載ったのはl956年である。1956年は高度成 28)前掲、斉藤利彦[2011]は、中学校や高等学校への入学試験が過熱化したこと、過熱化の指標として│日制高校合格 倍率と浪人比率などを導き出している。 29)濱名陽子[1983]、152頁。

(19)

-103-長が始まる年であり、相前後して労働力不足に対応して農村共同体から都市への集団就職が始まる 年である。 「特別活動」は小学校から始まり、『学習指導要領」に細かく規定されている。「学級活動」「生徒 会活動」「クラブ活動」「学校行事」(文化祭、運動会、遠足、修学旅行、奉仕活動など)が「特別活動」 を構成し、時間外を含めて「特別活動の準備活動」の指導に教員があたる。 学級活動では班活動による集団的管理が徹底している。これは「集団の一員としての自覚」を植 え付け、「協力」して物事に対処する精神を養う「道徳教育」の一種であり、残業問題と同様に、 自分の分担だけ終了して先に帰ることができない心性を形作る。

6.むすびに代えて

英仏独米などの諸国は、どうして教育の質保証を徹底化させる努力をし続けてきたのだろう。そ こには教育の質保証を必然的なものにするハードワエアーのごときもの、あるいは教育システムを 成立させている「隠れた構造」が存在するのではないのか。教育システムを成立させている雇用や 昇進に関わる評価制度や価値観、教育費負担にかかわる価値観や家族のサポート・システムを含め て本稿では「出口管理」という用語を使用してきた。グローバル・スタンダードだとされる教育のハー ドワエアーが異なる場合、いくら先進国から学校制度と資格試験制度を導入しても、輸入されたソ フト・ウエアーは異なるハード・ウエアーによって「変容」するのではないか。厳格な試験進級制度、 厳格な卒業試験制度という欧米の「出口管理」の根幹にかかわる制度によって発足した明治日本の 教育制度が、なぜに「試験進級制」から「自動進級制」に変容するのか、課程主義が履修主義に変 容するのか。異年齢で能力別の学級制度が同一年齢の学級制度に変容するのか、総じて「出口管理」 が「入口管理」になるのか。本稿は文化接触と受容・変容プロセスを直接に論じることを目的にし ていないが、グローバル・スタンダードだから導入しなければならない、という教育言説に触れる 機会のたびに、明治初期の「学制」(明治5年)制定とその後の急激な学校制度の変容プロセス(一 言でいえば、出口管理による教育の放棄から、さらには上級学校への激烈な入学試験と下位学校の 受験準備学校への変化)の問題に再度立ち戻る必要にかられる。 しかしその問題圏は狭く教育システムの問題に留めることはできない。教育資格は職業資格の問 題に繋がり、職業資格は採用や昇進の評価システムの問題につながる。採用や昇進は広く「雇用」 の問題につながり、「雇用」は農村共同体の解体と近代的賃金労働者の成立という「原蓄」の問題

圏30)へと遡及するからである。質保証や出口管理という思想が教育界の中だけで成立したのではな

く、中世から近代へ、農村共同体から市民社会へという大きな歴史のプロセスのなかで形成された 30)「原蓄」については浅野清[2012]を参照。

(20)

-104-「出口管理MinimumGraduationRequirements」について ことを想起しなければならない。 第二次大戦後には企業に就職する機会が圧倒的に多くなり、経営管理職層の職業資格=教育資格 の社会的、国家的制度化の必要性がありながら、日本社会では、経営管理職層は企業内教育・訓練 による企業内資格として整備されてきた。企業「内」資格から企業を超えた社会的資格、国家的資 格として再編するためには、入口管理ではなく、出口管理に基づく教育資格=職業資格の確立プロ セスに立ち戻る必要がある。 (参考文献) 浅野清[2005a]、「学歴社会フランスの学校制度」、浅野清編著『成熟社会の教育・家族・雇用システム」NTT出版。 浅野清[2005b],「階層化社会の雇用形態と賃金格差一職業資格と学位免状の公認表」前掲。 浅野清[2010]、旧本社会のイエ的構成」、『日本文化の中心と周縁』風媒社。 浅野清[2012]、「原蓄とアソシアシオンに関する一試論」中央大学『経済学論纂』52巻3号。 浅野清[2014]、「企業文化の明と暗一日本的雇用システムと教育システムの相互補完関係一」『日本文化の明と暗』風 媒社。 朝日新聞[2004]、2004年12月21日付記事、(http://www.asahi.com/edu/nyushi/TKY200412200225.html) 天野郁夫[2006]、『教育と選抜の社会史』(初出:1982年東大出版会)ちくま学芸文庫。 斉藤利彦[2012]、『試験と競争の学校史』講談社学術文庫。 斎藤泰雄[2003]、「留年・中途退学問題への取り組み−日本の歴史的経験一」広島大学教育開発国際協力研究センター 「国際教育協力論集』第6巻1号。 杉村美佳[2007]、「19世紀ニューヨーク市における一斉授業法の成立過程」(『上智短期大学紀要」第27号。 中教審答申[2005]、「わが国の高等教育の将来像」(http://www・mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyoO/ toushin/05013101.htm 中教審答申[2008],2008年の答申「学士課程教育の構築にむけて」。 (http://www.mext.go.jp/bmenu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/080410.htm) 日経連[1969]、『能力主義的管理』、日経連。 日本経済団体連合会[2004]、『21世紀を生き抜く次世代育成のための提言一「多様性」「競争」「評価」を基本にさら なる改革の推進を−』。 日本私立大学連盟[2012]、「大学教育の質向上を目指して−グローバル化とユニバーサル化の下での人材育成一」。 羽田貴史[2009]、「日本における高等教育の質保証の歴史と課題」羽田貴史他編『高等教育質保証の国際比較』東信堂)。 濱名陽子[1983]、「わが国における「学級制」の成立と学級の実態の変化に関する研究」、『教育社会学研究』第38集。 文部科学省[2013]、「学制120周年記念」)。 http://www.mext.go.jp/bmenu/hakusho/html/others/detail/1318221.htm 森田尚人[2010]、「伊澤修二の『進化原論』と『教育学』を読む」、滋賀大学『彦根論叢」383号。 柳治男[2005]、『学級の歴史学』、平凡社。 柳田雅明[2004]、『イギリスにおける「資格制度」の研究』多賀出版。 矢野眞和[1998],「社会システムから見た学校改革」,『季刊子ども学』,vol.18,ベネッセ。 矢野眞和[2011]、『「習慣病」になったニッポンの大学』、日本図書センター。 山崎正和[2007]、『文明としての教育』新潮新書。 山根俊喜[1999]、「明治前期の小学校における等級制,試験と進級一「日本的」学級システムの形成(1)一」『鳥取大 学教育地域科学部紀要.教育・人文科学』1999年9月号。

(21)

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