動的会計観と損益計算書の
重要性に関する立論基盤
一アメリカにおける損益計算的会計理論の展開を中心にして一
可児島
俊雄
目 次 1.はじめに 2.簿記と会計学の整合性 3.動的会計観と損益計算的会計理論 4.アメリカにおける損益計算的会計観 5.損益計算書の重要性に関する実質的吟味 6.当期業績主義会計の理論構造 7.むすび 1 はじめに 現代会計学において,損益計算書の重要性に関する会計観ならびに理論的研 究は,今世紀最大の問題提起であるのみならず,会計学の原点にかかわる重要 課題である。 本小稿は,会計学の原点にかかる損益計算的会計観,いわゆる動態的会計観, あるいは損益計算的会計理論体系について,主としてアメリカにおける今世紀 前半の動向ならびに会計理論の形成と展開について考察するものである。そこ では財務諸表の中で損益計算書がいかなる重要な意義をもってきたか,損益計 算的会計理論の立論基盤は何か,損益計算書の本質と機能は何か,これらの会 計学の重要課題をいくつか研究・考察する。16 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 永年にわたって会計学,とくに会計情報学ともいうべき重要な研究分野で活 躍されてきた清水教授の御退官・御停年に際して,心から慶賀の意を表すとと もに,会計学の重要課題に関する一文を献じて,私の祝意としたい。 2 簿記と会計学の整合性 2−1.財務会計の発展 「会計学という科学は近代の発展産物である。これはその系統をバチオリに ひくけれども,会計の技術(art of accounts)が実際の経営状態に適応するこ とによって会計学は洗練されて来たのである。」マーフィー(M.E. Murphy) 1) はその会計学原典の冒頭においてこのように述べているが,更に続けて,「会社 の経営組織が益々複雑に成るに従って会計学に対するその需要と,財務報告の 要請とを満たす為に,会計学は方法論的に改善されて,徐々にその学問的研究 が与えられて来たのである」と言っている。換言すれば,この事実はメイ (G. 2) 0.May)も指摘しているごとく,「財務会計は近代的な科学的研究の下にある 技術であり,その実務は新しい専門職業に成っている。……云うまでもなく財 務会計の重要性とその使命は,その経済社会的関係において見出されなければ ならない」ものである。 財務会計の発展を考察するに際してメイは更に次のように述べている。「今日 の経済社会において会計の占める分野の極めて重要なることは今更言を重ねる までもないが,会計に関する諸問題は,その法律的要因,経済社会的要因,経 済政治規制的要因等から惹起される場合が極めて多い。……」従ってメイにお いては,財務会計の重要なる意義としてその報告的機能並びに報告的目的が意 識されている。そして会計は結局,利益の測定をその過程とするものであって, 例えば会計が政府諸団体によって政策の道具として利用される場合には,それ 1) Selected Readings in Accounting and Auditing, edited by M. E. Murphy, p. 2. 2) G.O. May, Authoritative Financial Accounting, The Journal of Accountancy, August 1946, pp, 102−119 Financial accounting is a modern art, practice a new profession;……として小節を 続けていく。
が常識的に,正当に,賢明に利用され,その結果調和が乱されないように留意 すべきであるとする。もちろん財務会計の発展において注目すべき二点として, 貸借対照表から損益計算書への重要性の移行と,損益計算における損益要素の 分析研究(much more searching analysis of the elements of income)一(費 用収益対応の原則)とが指摘されている。しかしその結論として,財務会計の 発展は経済社会的に多くの分野からの強調と親和を要請し,従ってこの発展の 可能性とその限界を,財務会計のもつ報告的機能に帰着せしめようとしている ものと思われる。 2−2.財務会計の報告的機能 財務会計のもつ報告的機能には通常経営外部への報告的機能が考えられるけ れども,これに対して時には,財務会計のもつ経営内部め報告的機能が意識さ 3) れる必要がある。岩田教授も指摘しておられるごとく,“accounting”と“report・ ing”は本来異質的なものである。前者は通常経営管理上の意義がより強いもの であり,後者はこれに対して経営外部報告貴意i義が強調されている。従って財 務諸表は通常後者においてより一層意義が認められ,財務会計の発展をもこの 方向において跡付けられているであろう。しかしながら“reporting”の中にも 内部用の“reporting”は,即ち経営管理上の任務を多分に包含する財務諸表も 必要となるであろう。少なくともこれは損益計算書においてその意義が見出さ れなければならない。会計実務においてすでにこれが附属明細表を設けること によってある程度までその目的が達成されている場合もある。 通例損益計算書は財務諸表の中において財務会計の立場から,主として報告 的機能の観点から分析されるのであるが,これとは別に損益計算書自体の内容 吟味から同一の課題が提起されることがある。すなわち報告的任務を主とする 財務諸表の中において,損益計算書がその中心的重要性を占めるに至っている が,「経済活動の複雑化及び企業の発展に伴って,これら諸表のもつ機能,形式 自体について内在的に多くの問題が生じ,これら諸表自体の発展が考えられる 3)岩田巌稿,最近における決算報告書の傾向,簿記,第6巻,第7巻,4−12頁。
18 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 4) べきことは当然である。……」このような観点から損益計算書のもつ機能に附 加的意義を考慮しつつ,更には損益計算理論体系における企業利益の概念に再 吟味を加えつつ,損益計算書自体に内包されている諸問題の考察に当ったもの として,第1には,アメリカ会計士協会会計手続委員会の損益計算書小委員会 が,当該損益計算書についてなお多くの欠陥を認識し,これが解決あるいは改 5) 善に向かって一つの報告書として研究結果を公表している。そして第2には, 同じく会計手続委員会から公刊されたいくつかの会計研究公報(Accounting Research Bulletins)の中で,特に損益計算書の吟味に関するものを抽出し,こ れを損益計算書の意義において考察を試みているベイリー(G.D. Bailiy)の論 6︶ 文に注目しなければならない。 3 動的会計観と損益計算的会計理論 3−1.ドイツおよびアメリカにおける動的会計観 今世紀に入って以来企業の財務諸表は,その形式,内容共に可成りの変化を とげ,従ってこれがその目的,その機能においても著しい発展を呈したことは 周知の通りであるが,就中,損益計算書の発展,すなわち財務諸表の中に占め る損益計算書の地位,その意義その重要性については顕著なる動向が見られ 4)大塚俊郎稿,資金計算体系と損益計算体系,国民経済雑誌,神戸大学経済経営学会,第 90巻,第4号,27頁。 大塚教授においては表題のごとく,損益計算体系の吟味から資金計算体系を展開し,従 って主として損益計算書の機能と比較しつつ資金表の発展が考察されている。我々におい ては未だ展開的思考に進まず,損益計算書自体に滞って,損益計算書の機能的吟味からそ の考察に向かっている。すなわち本来の経営計算:制度の観点から先ず分析したいのである。 5) Nature and Purpose of the lncome Statcment, A Report of the Subcommittee on the Income Statement to the Committee on Accounting Procedure of the American Institute of Accountants, The Journal of Accountancy, September 1945, pp. 2e5−206. (以下この小委貝会をThe Subcommitteeと略記する。) この報告書についてはM.E, Murphy, op. cit. p.147.及び大塚教授による上掲論文,30 −33頁にその紹介がある。 6) George D. Bailey, The lncreasing Significance of the lncome Statement, The Journal of Accountancy, January, 1948, pp. 10−19.
たところである。 この発展,この動向の最も重要なる基盤と成るものは,いうまでもなく会計 理論における動態論的見解である。 すなわち第1にはドイツにおける会計理論の発展の中に見られるところであ って,今世紀の初期には既に動態論的構想を発芽させ,その理論的展開として 1) 第1次大戦後の1919年に「動的貸借対照表論」を公刊して,会計学における損 益計算的理論体系を確立したシュマーレンバッハ(E.Schlnalenbach)の見解 2) である。山下教授も指摘しておられるごとく,「会計学における基本的な思考と しての損益計算的見解が一貫した理論体系をもって全面に明確に押し出され, ……ゥくて損益計算的理論体系が明示されて,そこには損益計算中心の動的会 計観が見事に結実するにいたっている」のはシュマーレンバッハの理論である。 第2にはアメリカにおける会計理論の展開の中に特記されるところであって, シュマーレンバッハの動的理論展開により約20年おくれて,漸く1940年に「会 3) 社会計基準序説」を公刊して,会計理論学界にも実務界にも多大の関心をひい たペイトン(W.A. Paton)及びリトルトン(A. C. Littleton)の見解である。 この見解はその主流においては全くドイツにおけるシュマーレンバッハの動的 4) 理論と同一思考であり,木村教授も指摘しておられるごとく,「損益計算中心の 構造であることと,原価主義会計であることの2点において,理論の倫理的構 造や経路は別として,全く動的論と同じである。……」アメリカにおけるこの 1) E. Schmalenbach, Dynamische Bilanz, 1 Aufl., 1919. 2)山下勝治稿,会計学に於けるケルナーシューレ,神戸大学会計学研究会編「シュマーレ ンバッハ研究」5−6頁。(国民経済雑誌,神戸大学経済学会,第88巻,第5号,シュマー レンバッハ特集号,1−2頁) 山下教授はここでは表題のごとく会計学におけるケルン学派を究明し,従ってケルン学 派の確立にも最も意義ある理論家を二人上げておられる。すなわちいうまでもなく,シュ マーレンバッハとワルプである。然もこの動的理論の先駆者であり,このケルン学派の確 立者としての中心は,他ならぬシュマーレンバッハであることを重ねて述べておられる。 3) W. A. Paton and A. C. Littleton, An lntroduction To Corporate Accounting Stan− dards, 1940. 4)木村和三郎稿,シュマーレンバッハ動的論とペイトン,りトルトンの損益計算論。上掲 書,「シュマーレンバッハ研究」113−115頁。
20 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 動的論的見解の展開は,ドイツにおける損益計算理論体系に比較すれば必ずし も優位の列に在るとは言い得ないが,しかしながら損益計算の論理的構造を眺 むるに,努力と成果の対比としての費用と収益の対比を損益計算における基本 的思考となし,従って会計学における費用収益対応の原則を確立して,損益計 算中心主義の理論体系を築き上げているのである。 3−2.損益計算的理論的体系の確立 会計学における以上の二つの大きな理論的展開は,必ずしも会計理論分野に おける問題提起と成るばかりでなく,会計実務界においてもあるいはまた広く 経済社会全般にわたって可成りの注目されるべき問題を惹起せしめるところと なった訳である。この事実は会計学の学問的,科学的性格の一つを探って考え 5) ても明白なるところであるが,更に我々の研究室をして単なる「紙の墓場」た らしめないで,この科学の生きた真実の研究所となすべきことを考えても,容 易に理解出来るところである。 さて両理論の発展を考察するにあたっては,先ずその歴史性とそれが占める 時代の経済社会的諸条件に注目しなければならない。さらに動的理論の基本的 思考たる損益計算的思考そのものにその考察を向けなければならない。ただ我 々が当面の問題としたいのは,損益計算的理論構造の発展について,その基本 的思考たる損益計算,損益計算制度と,その終局の目標としての成果の表示た る損益勘定,損益計算書との関連が如何に成るかということである。すなわち 会計理論並びに実務において損益計算が以前より重要視されるにいたったこと は,本来の経営計算制度においては財産計算ももちろん重要ではあるが,更に それ以上に損益計算の重要なる意義が認識された結果である。従って企業の財 務諸表の中で特に本来の経営計算制度の立場からは,貸借対照表よりも損益計 算書が重要視されるにいたったのである。ここに先ず財務諸表の中に占める損 益計算書の地位,その重要性について考察する必要がある。これと関連して損 益計算書はそれ自体についても,本来の経営計算制度の立場から今一度吟味す 5)土岐政蔵稿,シュマーレンバッハ先生の生涯,(シュマーレンバッハ著,土岐政蔵訳,「11 版・動的貸借対照表論」附録,251頁。)
べき段階にいたるであろう。すなわち損益計算書の本質,その基本的要素,そ の任務,使命について考察されなければならない。 以下の節においてはこれらの諸問題を,主としてアメリカにおいて損益計算 書の意義をその考察の対象とする若干の論文に見出しつつ,これらの問題の整 理を試みるものである。 4 アメリカにおける損益計算的会計観 4−1.会計原則の成立基盤 1930年に「会計職務全般にわたって致命的な重要なる事項について調査研究 をなし,その報告をなすべく」アメリカ会計士協会から特別委員会が任命され た。続いて3年後には更に,会計理論,会計原則の発展に関する特別研究委員 会が各種分野の代表者を含めて構成された。周知のように,この頃の経済情勢 は,大恐慌の後をうけて恐慌期並びに恐慌後の産業界の’合理化高揚時代であり, この事情は,丁度ドイツにおける第一次大戦後のそれに類似する点が多い。す なわちこの時において会計がその機能的に極めて重要視されたのであり,アメ リカでは更に附加的要件として,株式会社制度の発展に際して産業界と一般大 衆との間は株式証券を媒介として一層緊密に成り,特に産業界の一般経済社会 に及ぼす影響を考慮して,先ず証券取引法並びに証券取引委員会が設立され, 従ってこれらの連結帯の任務あるいはその調整すべて会計によってなされた。 かような意味からも特にアメリカにおいては会計の一般経済社会的意義が認識 されたものということができるであろう。この様な経済諸条件を背景幕として 1934年には,アメリカ会計士協会は「会計五原則」によって広く会計と法律と の調整を意とし,株式会社会計の監査問題に触れたのである。 かくして前述の二つの特別委員会は幾多の重要な問題に遭遇しつつ,年代的 に1936年までその活躍を続け,多くの業績を残して来た。これとは別に会計理 論,学会の面では,1935年に研究学会を中心に再発足した。アメリカ会計学会 1) は,内外の情勢からその翌年に「会計原則試案」を公表し,後の会計原則,会 1) A Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports, The /
22 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 計基準の発展に大いに貢献するところとなった。また,1937年には会計士協会 において前述の二つの特別委貝鐘の任務を負って,新しく会計実務並びに会計 理論,学界の両代表者を集めて会計手続委員会が発足した。この委員会の最初 の会合に当りメイ(G.O. May)は研究機関の進むべき方向を明示して,次のこ 2) とく述べている。「財務会計においては利益の決定,表示が最:も重要な問題であ ることを前提におかねばならない。従って本来貸借対照表に関心をもっていた 伝統的会計観から離脱して,現下の情勢においては,収益力の指標(aguide to earning capacity)としての損益勘定に特別の注意が向けられねばならない。」 この点にこそ財務会計の発展,そして会計学の進農による財産計算的思考から 損益計算的思考への重大な変革,改善があり,本来の企業会計の機能からも明 確にされて来たのである。 続いて1938年には,企業利益の決定に関して本質的に問題である資本利益の 区分問題を第一に取り上げ,これを明確にして先の会計五原則に体系を与えて, 3) 会計諸原則を網羅しようと試みたところの「S・H・M会計原則」が公表され た。ここでは特に会計における保守主義が重要視されていた。 4−2.ペイトンおよびリトルトンの動的会計理論 その後1940年にはペイトン及びリトルトンの動的論的見解が「会社会計基準 序説」として公刊された。ここでは主として1936年の会計原則試案の解説の意 味もあって,会計基準並びに会計原則の本質的要素である基礎概念を明確にす ることに努力が向けられた。本稿の始めに述べたごとく,ここにはアメリカに おける動的理論の展開が考察され,損益計算中心の理論構造が築き上げられて いるものといわねばならない。当該問題に関してペイトン及びリトルトンの説 4) 述せるところを聴いてみよう。 X American Accounting Association, 1936, 2) M. E. Murphy, op. cit., p. 15. 3) A Statement of Accounting Principles, by Sandars. Hatfield, and Moore. この頃の事情並びにいわゆる会計原則論争を惹起した諸問題とその経過については,黒 沢教授の「近代会計学」を参照されたい。 4) W, A. Paton and A. C. Littleton, An lntroduction to Corporate Accounting Stan− dards, A. A. A.,1940, pp.98−101.中島省吾訳,「会社会計基準序説」169−170頁。
「ある会社の期間純益及びその確実に収益力水準を知ることが関係者すべて にとって如何に重要であるかは,どんなに強調しても誇張に過ぎない。 それゆえに実業家や公共会計士達が近年ますます損益計算書に重点を置くに いたったこと 利益に関する報告書が貸借対照表に代って関心の的となって 来たこと も驚くには当たらない。その上,以前は貸借対照表が主として信 用上の目的の為に財政状況を示すものと考えられていたが,現在の傾向として, この対照表が期間利益測定の手続と不可分のものと目されていることも顕著な 5) 事実である。」更に「昔の損益計算書は資産の活用から生ずるすべての変化を報 告した。しかし現在の実務では,損益計算書の形式,内容そしてその機能に改 善が附加されて,企業の当期の収益力並びに将来の経営指針を明らかにし,ま た強調しようとする努力が重ねられている」。 アメリカ会計学会では続いて1941年と48年にそれぞれ会社財務諸表の基礎を 6) なす「会計原則」及び「会計諸概念と諸基準」を公表して,会計原則の発展に 貴重なる貢献を残した。これらは何れも1936年の「会計原則試案」の改定の意 味もあるが,主として前者では理論的展開が進められ,後者ではより実際的な 考察が附加されて,その結果,専ら会計処理の基本的準則並びに基準の確立に 意義が向けられたものと推測出来る。この間の情勢について特に会計学の研究 分野から会計諸団体による会計学の発展を考察したヅラッコヴィッチ(Charles 5)W.A. Paton and A. C. Littleton, ibid., p.100.邦訳,172−174頁。 「昔の損益計算書」については,中島教授の註もある通り,原文では,old”loss and gain statement”と成っている。中島教授によれば,これは期間純益の計算と特に区別して,す べての利得と損失を報告したものを指していると解し得る。従って現代では,Profit and Loss Statementという言葉が全く支配的に成っている。更に大塚教授によれば(上掲論 文,40頁)近時においては,Operating Statementなる語を使用する会社が多くなってい るのであって,これは単なる用語,術語の問題に終わるのでなく,財務報告内容が変化す るにつれて企業会計にも,特に損益計算書においてその形式,内容そしてその機能におい て積極的な発展,展開が要請されて来た事情が理解出来るのである。 6) Accounting Principles Underlying Corporate Financial Statements. A. A. A., 1941. Accounting Concepts and Standards Underlying Corporate Financial Statements, A. A. A., 1948. これらの詳細な考察については,明確な説述のある黒沢教授の上掲書を参照されたい。
24 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 7) T.Zlatkovich)の論文を眺めてみよう。 彼によれば先ず会計の研究は二つの方向に分れ,一つは過去の会計及び現在 の会計を問題にするものと,他は会計が将来如何に在るべきかを問題にする態 8) 度である。もちろん会計はリトルトンも指i摘しているように,「時代の必要に応 じて時代の環境の中に芽を発したものであって,その時代の環境に適応して成 長し発展をとげて来たものである。」従ってこの会計の研究は正しくこのような 意識に基付いて進められねばならない。更に会計は投資家及び経営管理者のた めの道具(aservice tool of investors and management)であると認識し,従 って財務報告の要請の変化が同時に会計の発展と成って現れることを述べてい る。このような事情における会計研究に最も重要なる要件として,会計実務の 多様性を可及的に縮小せしめてその統一化を計画することであると強調した。 これは換言すれば,一連の会計原則,会計基準の研究に相通ずるものである。 彼はアメリカにおける会計研究団体として,会計士協会,原価会計士協会及 び会計学会の三つを上げ,そのうち会計士協会と会計学会の研究方向には何か 共通の目標が存することを認めるが,しかしその研究接近方法においては,前 者がいわゆる帰納的接近方法であるに対して,後者は演繹的接近方法を主とし ていることを指摘する。従ってこの事情から周知のように,前者には実務的精 神が,後者には理論的精神が見られる訳である。また,原価会計士協会は,よ り良き会計慣習の生きた展開を基本思考として研究接近したのであるという。 かくしてすべての研究成果は,会計に与えられた経済社会的意義において見出 されている訳である。 7) Charles T. Zlatkovich, Accounting Research, The Texas Accountants, June 1951, pp. 1−6. この論文は1951年3月23日にTexas, Austinにおいて開かれた社会学学会の総会席上 で発表されたものの要旨である。ヅラッコヴィッチ教授は当時C・P・AのTexas, Austin の支部長の要職に在り,またTexas大学の会計学の教職にも在って,会計理論,実務の両 面に精通せる会計研究者である。 8)A.C. Littleton, Accounting Evolution To 1990,1933, p.362.片野一郎訳,リトルトン 会計発達史」491頁。
動的会計観と損益計算書の重要性に関する立論基盤 5 損益計算書の重要性に関する実質的吟味 5−1.当期業績主義と包括主義 損益計算書の重要性に関して,損益計算書自体の実質的吟味が極めて重要に 成って来たことは前にも述べたが,その一つの例として,比較思考にもとつく 比較損益計算書が財務諸表の中で注目されるところと成って来た。これは前述 の損益計算書小委貝会の報告の第1の点であって,ここに再思する迄もないと ころである。 その第2の動きとして損益計算書の実質を規定する二つの基礎概念の議論が ある。いう迄もなく当;期業績主義と包括主義である。損益計算は当該期間の純 成果を出すことを目的とし,企業のある;期間の純成果は当該期間の費用と収益 から計算されることは周知の通りであるが,本来の損益計算はあくまで当該期 問に帰属する費用と収益の計算であって,費用収益対応の原則を基礎にして当 期業績主義によるものでなければならない。しかし損益計算には継続性の原則 1) が作用してして,前期に所属すべき費用と収益もこの期に計算され,当該期間 に発生あるいは実現した費用,収益が包括的に損益計算に入れられることと成 る。この場合には「当該期間の経営活動の損益が正確に示されないことと成り, その期間に固有の経常反覆的な費用,収益と,臨時の,期間外の費用,収益が, 同一期間の損益計算に混在することと成る。……その結果は経営損益判定の材 2) 料として甚だ不明瞭と成り,企業の経済性が歪められることと成る。」したがっ てこれを是正するために,「当期の業績にかかる費用,収益を可及的正確に計算 して,継続性から由来するその期間外の費用,収益を別に計算し,そして継続 3) 性を遮断して比較性を守ることが経営経済上必要と成る。」かくして「期間損益 計算が,包括主義の幼稚なる計算から当期業績主義の計算に進歩せる結果,そ 4) こには合理的なる損益計算に一つの期間を劃することに成ったものと言える。 1)E. Schmalenbach, a.・a.0, S.51日置.邦訳,46頁以下。同「動的貸借対照表論」(7版訳) 94頁以下。土岐政蔵著,「損益計算」187頁以下。 この問題については既に極めて多くの文献が見られるところである。 2),3),4>土岐政蔵,上掲書,190−191頁。
26 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) ……v我が国の企業会計原則も利益剰余金計算を別個に計算することを規定し ているのは,この趣旨からである。 これらの実質的吟味を前述の会計研究公報を通じて成しとげ,その結果,損 益計算書についてその目的あるいはその機能を明確にし,かくして損益計算書 5) の重要なる意義を強調している立場として,ベイリーの見解がある。 彼は先ず最近の会計学における基本的傾向として損益計算書の意義の重要性 を指摘し,さらに貸借対照表から損益計算書への重要性の移行の中で,すなわ ち会社財務事情の表現において,損益計算書の方が貸借対照表より以上に効果 6) があることの認識に他ならないという。そしてこの事実はひとり企業経済社会 において意義が存するのみならず,広く社会機構全般にわたって会計の発展を 立証するものであり,従って会計の側から見れば,ある種の圧力活動(impal− pable pressure)が附加されたことになる。然もこの無形の強調が年々増加して いることは疑いを入れないところである。この損益計算書強調の圧力は一体, 損益計算書の基本目的あるいは基本原理に如何なる意義をもって来るであろう か。 例えばこの問題を実証的に取り上げたグレゴリー(Rebert H. Gregory)も 7) 指摘しているように,近年確かに損益計算書が重要視されて来ているが,実際 にそれが理論通りに進んでいないのであって,ここに損益計算書に関して再吟 8) 味が要請される訳である。そこでベイリーはまたいう。「本来会計は,経営の活 動進歩並びにそこから生まれる経営成果を説明する任務があるのはもちろんで 5) G. D. Bailey, op. cit. ベイリーはこの論文において,損益計算書の重要性の意義を考察するに当って以下のよ うな五つの基本問題を提出し,この諸問題の吟味にアメリカ会計士協会が如何なる努力を 続けているか,あるいは如何なる貢献があるかを述べんとしているものと思う。彼は詳細 に会計研究公報を取り上げて説述しているが,我々はここで会計研究公報の一々を眺める 紙数は持たない。何れ他日を期することにする。 6) G. D. Bailey, ibid., p, 10, M. E. Murphy, op. cit., p. 148. 7) Robert H, Gregory, Recent Changes in Corporate Annual Reports to Stockholders, The Journal of Accountancy, November 1947, pp. 386−396. 8) G. D. Bailey, op. cit., p. 10.
ある。しかし会計の唯一の適応性は将来に関する眺望(throwing light on the 9) prospects for future)に在る」と。 10) かくして彼は次のごとき五つの問題を提起している。 (1)損益計算書の経営外部者への有効性。 (2)損益計算書の純利益明確表示の責任。 ③ 経営能率の指標として,また経営の収益性に関する判断の基礎として, 損益計算書の再吟味。 ④ 損益計算書と当該年度の経済諸条件との関係。 (5)会計実務の多様性を縮減せしむべき方向。 5−2.損益計算書の本質と機能 先ず彼は経営外部者(Non−lnsider)を定義して,ブラッキー(William Black− ie)の言葉を引用し,「経営外部者,すなわち財務諸表を読む人は,聴衆(audi− 11) ence)であるはずであって,監査人(auditors)ではない……」という。そして 会計報告書全般が殆んど経営内部者の為に準備されているがために,本来の公 開性の原則が充分に意義がないとする。もちろんこの公開性の原則は,同時に 12) 公正表示の原則を意味するものである。次に第2の点については,いう迄もな く当期業績主i義にもとつく見解を採り,損益計算書は一定期間の経営活動の成 果を表示するものであって,これこそ経営管理のための報告書でもあり,同時 にまた,将来的な投資家への報告でも在るという。純利益の明確表示について 9) Arthur Andersen, Present−Day Problems Affecting the Presentation and lnterpreta− tion of Financial Statements. The Journal of Accountancy. November 1935, pp. 330− 344. 「会社そして会計士は本来的に予想屋(forecaster)ではない。…経営活動から生ずる将 来的結果を予想したり,経営の状態に関して将来的に推察することは,会計のもつ機能に は含まれない。会計は本来経営活動の実際の成果を可及的に正確に記録し,報告すること にその機能が存ずる。…」Andersenはかようにいっているが,その結論は別としても,こ こにも当該問題の提起される発芽を感ずる。 10) G. D. Bailey, op. cit., p. 19. 11) M. E. Murphy, op. cit., p. 149. 12)阪本安一稿,公開性の原則,会計学辞典,神戸大学会計学研究室編,273頁。
28 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) は,先ずその利益概念が吟味されねばならない。すなわち利益の測定が早くか ら問題に上りながら,今日も依然として根本的な問題として課されている。こ れは財務諸表における損益計算書の重要性が,正に企業利益の問題の意義を示 すものであって,リトルトンも指摘しているように「支払能力よりもむしろ企 業利益を重要視する近代の傾向は,経営管理者が貸借対照表を通じて報告する 場合よりも,損益計算書を通じて報告をなす場合の方がより秀れていることを 13) 暗示する」のである。またこの傾向は同時に,「損益計算書の使命が最:終的な純 利益の額を示すことではなく,正に経営活動の流れにおける努力としての費用 14> と,成果としての収益の実質的内容を物語ること」を意味するのであろう。 第3の点は彼がこの論文において最も強調しているところであり,「会計が国 民経済のうちで現代的意義を有しているのは,正に損益計算書の持つかような 15) 任務が可及的充分に達成されて始めて言い得ることである。」これこそ損益計算 書の経営管理的任務であり,使命である。従って経営経過の管理統制が損益計 16) 算書の目的であり,同時に重要な機能と成る訳である。これがために彼はその 必須条件として,更に第4の点並びに第5の点を指摘している。すなわち,損 益計算書とその経済諸条件との関係は,全く経営比較の問題として我々が既に 注目して来たところである。また会計実務の多様性については,実務界はもち ろんのこと,理論研究分野においても前述の如く顕著なる努力が払われて,会 計諸基準並びに諸概念の明確化に進んでいる。 要するに彼が云うように,「損益計算書の最:大効用を求めんとすれば,二つの 条件,すなわち一つは体系的な会計基準(損益計算体系にもとづいたもの)の 13) A. C. Littleton, Structure of Accounting Theory, A. A. A., 1953, p. 21. 14) A. C. Littleton, ibid., p. 24 15) G. D. Bailey, op. cit., pp. 18−19. 16)E.Schmalenbach, a. a,0., SS.36−40.邦訳,30−34頁。 経営経過の管理統制機能については,すでに我々は主として月次損益計算の問題を中心 にして,ドイツにおける経営管理的思考を若干考察した。拙稿,月次損益計算の理論的性 格について,(シュマーレンバッハの理論を中心に),彦根論叢,第28号。同,純粋経営成 果の抽出把握について,(月次損益計算の経営管理使命から),彦根論叢,第30号。
17) 確立と,他は(それによる)会計実務の統一がなしとげられねばならない。」こ れは決して二つの条件ではない。損益計算書が本来の機能を充分に発揮して, 従って会計が本来的に企業経営の計算制度たり得るための一つの重要なる基盤 であるといわなければならない。この時同時に,一般経済社会における会計の 18) 意義も向上され,また,会計自体の発展も期待され得る訳である。 6 当期業績主義会計の理論構造 6−1.期間損益計算の立論と期間限定 以上のような推移を経て1945年に会計手続委員会の損益計算書小委員会から ユ〉 「損益計算書の本質と目的」と題する研究報告書が公表された。これは損益計 算書の形式的考察はともかく,その実質的分析に主眼を置き,財務諸表の中で 中心的重要性をもつ損益計算書に再吟味を加えたものである。すなわち損益計 算書が現代の会計の発展のうちにあって,如何なる意義を有しているか。また 貸借対照表に代替するに損益計算書をより重要視する傾向において,この損益 計算書には如何なる目的,如何なる機能が附与されているかの諸問題を投げか けたことにおいて注目すべきであると思う。 2) 先ずその要点を概観するに,第1に,一定期間の計算結果よりも数年間の結 果を観察することに重点をおかねばならない。第2に,表示された純利益金の 額よりも,その純利益の額の決定に際して当該期間の利益から除外されたる項 目に注意すべきである。第3に,表示されたる当該期間の純利益に対して,如 何なる利益概念(general concept of net income)を以て判断することが実際 上効果があるかを決定すること。そして第4に,損益計算書において経常の利 益勘定から除外されて,臨時的区分または剰余勘定に記載されることのある項 目について,かくすべきための諸条件を明確にすることである。 17) G. D. Bailey, op. cit., pp. 12−13. 18) G. D. Bailey, ibid., p. 19. 1) The Subcornmittee, op. cit., pp.205−206. 2) The Subcommittee, ibid, p. 205. M. F.. Murphy, op. cit., p. 147. 大塚俊郎稿,上掲論文,30頁。
30 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) 第1の主張は数期間の成果の分析の必要性を説いたもので,必然的に継続企 業(going concern)の前提をおいて成果比較,経営比較の範疇にまで押し進め んとしたものである。言うまでもなく経済することは比較することであり,経 営計算制度はすべての比較思考から構成されている。シュマーレンバッハも重 3) ねて指摘しているように,「経営上の年次成果を測定するためには絶対的な尺度 (Absolutes Mass)が願望されるであろう。しかながら実際上はかような数字 は極めて稀にしか用いられないし,また作ることも出来ないのである。かかる 尺度的数字が欠如する場合には,同じ種類の経営を相互に比較し得るならば, 経営成果の測定には大きな意義を有するのであろう。また,「特に経営経過の測 定並びに経営過程の管理には,多くの場合時間比較(Zeitvergleich)が最上の 手段と成るであろう。……」かくしてその絶対的数値よりも相対的数値による 比較思考が,特に経営比較においては重要視される訳である。小委員会の主張 は主として投資家に向って強調されていることであるが,彼らがその損益計算 書から会社の経営能率を判断すべき指針を得ようとし,そして会社の回顧的, 未来的収益力の指標を見出さんとする時,それは最も重要なる要件と成るであ ろう。 6−2.経営実体観と費用収益対応の原則 第2の点以下は概括的にみて企業利益の決定並びに表示の聞捨に帰着する。 その主張は,経営実態(business entity)の概念を前提にして,費用収益対応 の原則をその基盤にするものと思う。すなわち利益の概念が異なる立場から, また種々の目的から規定されることがある。この場合にその損益計算書はそれ ぞれ異質的なものと成り,諸種の目的の為に諸種の利益概念が設けられること に成る。ここに実際上損益計算書について多くの問題が提起される源泉がある。 我々の立場としては,これら問題に対して本来の損益計算の意義を認識して, 経営実体の観点から考察しなければならない。例えば「会計理論における最近 3)E.Schmalenbach, Dynamische Bilanz,11 Aufl., S.37.土岐政蔵訳,「11版 動的貸借 対照表論」31頁。
4) の発展」と題する中で,ベイトンが彼自身以前からの主張であった経営実体説 を取り上げ,会計理論においてそれが如何に展開されていくかについて説述し ているところを聴こう。 彼は先ず,会計は周知のごとく経営活動の分野において開花せるものであっ て,特に企業経営の道具(tool of private business enterprise)として見られ るにいたっていることを述べ,極く最近にいたって経営会計には顕著なる制度 上の特徴(institutional flavor)が附与されたという。すなわちこれは会計理論 における最近の進展として,財産計算的見解(企業主体説における所有主計算) (proprietary reckoning)という狭い限界から解放されて,損益計算的見解(企 業実体説における経営会計)(business or enterprise accounting)という広い 分野に進んだことを意味するものである。この事情はいうまでもなく会計理論 における企業実体説の導入であり,その展開である。そしてこの概念の理解が 他ならぬ経営管理的見解の展開(development of the managerial point of view)を促進せしめたものとして,彼は例えば,最近の原価会計の分野の発展 を促進せしめる一つの有効な手段と成ったことを述べている。この論理の展開 は必然的に継続企業の前提をも理解することに成るであろう。そして経営活動 を絶えざる活動の流れとして認識し,利益測定並びに利益報告にますます考慮 が傾けられて来た事実は,正しく企業経営の勢力(企業実体en business entity theoryの理解)を表明するものであり,従って経営管理的見解の展開を意味す るものと考えられるであろう。 7 むすび 以上において私は,会計の発展が損益計算書の意義に如何なる影響を与えつ つあるかを考察するに際しての諸問題を見て来た。すなわち,会計理論におけ る動的論的見解の展開が,必然的に損益計算制度の確立を意味し,そしてこれ 4) W. A. Paton, Recent and Prospective Developments in Accounting Theory, Harvard Graduate School of Business Administration, Business Research Studies, No.25, March 1940, pp. 1−19. M. E. Murphy, op. cit, pp. 28−30.
32 清水哲雄教授退官記念論文集(第293号) は,財務諸表における損益計算書の重要性を高揚するところと成った。特にア メリカにおいてはこの傾向が会計実務界に発芽しており,すなわち近代的資本 主義経済の極度の発展は先ずその産業界から飛火して,その隆盛,発展の中に 会計は意識的に,あるいは無意識的に導入され,これが株式会社制度の展開を 通じて,会計に対する経済社会的意義の台頭と成って来たのである。 これはいう迄もなく,財務諸表に関する問題と研究である。しかしながら財 務諸表に関してかような飛来的問題の提起には多くの疑問が内包され,その本 質的,実質的問題と研究に食い込まなければならなかった。この間の事情は, 主としてアメリカ会計士協会の一連のその努力を考察する時,容易に理解出来 る訳である。そしていわゆる会計原則論争なる経過を経て,会計実務と会計理 論の調和が結実され,会計諸基準並びに諸概念の示すところとなったのである。 しかし多くの問題の中でも特に企業利益に関する分析,研究は,ますますその 重要性を増し,この利益概念利益測定並びにその表示の問題は,本来会計全 般の注目すべき点ではあるけれども,就中,損益計算,損益計算書を通じて一 連の問題を提起する源泉と成った。すなわちそれは他ならぬ損益計算書に関す る実質的吟味であり,機能的分析の問題である。 その基礎理論には,前にも述べたごとく,会計における企業実体説の展開が あり,これはすなわち経営管理的見解の展開である。ここに我々は会計理論に おける動的論的見解の展開が,実際には損益計算書を通じて経営管理的見解の 展開と成ったものと信ずる。換言すれば,損益計算書が貸借対照表に代って財 務諸表のうちで優位に占めるにいたった事実は,それが本来の機能的意義にお ける重要性であって,本来の経営計算制度におけるその理解に依るものではな かろうか。従ってそれは単なる財務報告形式における重要性のみならず,損益 計算:書の経営管理的意義における重要性でなければならない。これは確かに会 計の発展の過程において一つの期を劃するものではあるが,また同時に損益計 算書に関する実質的吟味を通じて,企業経営の計算制度としての会計に,新し い経済社会的意義を理解することに成るであろう。 かくして我々は損益計算書の意義を通じて当該問題に関する考察に際して,
その経済諸条件を理解しつつ,問題の所在を分析し,そしてこれらの問題の整 理を試みた訳である。就中,損益計算書の実質的吟味において,我々の基本問 題とする経営利益の分析と理解を考察した次第である。