172 氏名(生年月日) 本 籍
学位の種類
学位授与の番号 学位授与の日付 学位授与の要件学位論文題目
論文審査委員「
(70) イ トウ伊東ゆたか(昭和
博士(医学) 乙甲1416号平成6年1月21日
学位規則第4条第2項該当(博士の学位論文提出者)
高頻度に認めた被虐待児の脳波異常についての検討 (主査)教授 福山 幸夫 (副査)教授 田村 敦子,門間 和夫論 文 内 容 の 要 旨
目的 本研究は,幼小児期に受けた強度のストレスが大脳 辺縁系の成熟に影響を及ぼし,精神症状を含めた神経 生物学的変化を起こすとする仮説を確かめる目的で実 施した.小児精神科入院病歴における虐待の既往と神 経学的検査結果の相関から,被虐待児の神経学的異常 が高頻度であることを確かめ,これらの異常所見に基 づいて特定の神経生物学的変化を推測することを目指 した. 対象および方法 小児思春期精神科病棟に入院した神経学的基礎疾患 のない患児104例の病歴に記載された虐待の既往,神経 学的異常を調査した.各例の虐待を評価し,非虐待群 と虐待群,さらに虐待群は身体/性的虐待群,心理的虐 待群とに分類した.また独立に神経学的診察,並びに 神経心理,神経放射線,神経生理学的諸検査を正常あ るいは異常に判定した.これらの判定は同一患者にお ける他の情報に全く影響されないよう工夫した上でな され,2人以上の判定者の判定が一致したものを採用 し,虐待の既往と神経学的異常の関連を検討した. 結果 神経学的診察,神経心理学的検査,神経放射線学的 検査ではその異常率と虐待の間に相関はなかった.神 経生理学的検査の異常率は,非虐待群の26.9%に比べ 虐待群で54.4%と高く(p=0.021),特に脳波全体(一 般的脳波,Brain Electrical Activity Mappingでの脳 波,輝波数分析)の異常率は虐待群で極めて高かった (41.2%vs 11.5%, p=0.007).神経生理学的異常は 前頭部・側頭部あるいは頭蓋前半部の特に左側で2群 問に差が認められた.左側への異常の偏りは心理的虐 待群に多く,この傾向は神経心理学的検査結果にも示 されていた. 考察 本研究は当初の仮説を支持し発展させた.神経学的 異常と虐待の因果関係については,脳波異常を持つこ とで虐待の対象となり易い可能性,また家系的に脳波 異常と虐待行為が合わせて受け継がれている可能性が あるが,筆者は幼小児期に受けた虐待の影響による脳 波異常と考える.その理由として,高度のストレスの 持続により上昇した糖コルチコイド濃度により海馬錐 体細胞が死滅する可能性があること,心理的外傷を繰 り返すと辺縁系にkindlingを招き神経学的異常が出 現するという学説があること,そして前前頭葉(pre- fronta1)皮質へのドパミン投射は軽度のストレスによ り特異的に活性化し,繰り返し活性化することで逆に 発達・成熟は阻害される可能性があることが挙げられ る.被虐待児の左半球障害は,結果として右半球への 機能依存を高めることが示された.これは虐待の体験 のある患者にしばしば認められる強い陰性感情の感受 性と外傷体験の記憶の想起という臨床的所見と一致す ると考えられた. 結論 被虐待児の神経学的異常は高頻度であり,その原因, 症状,治療そして予防を深く理解することは重要であ ることが示された.さらに熟慮された大規模な前方視 的研究の展開が必要である. 一778一173