先月号の総論では、光ファイバを用いたセン シング技術全般について説明しているが、ここ では Raman 散乱光の原理を応用した分布型温 度センサ(ROTDR)について詳しく説明する。こ 1. 原 理 1. 1 温度測定 光ファイバにパルス光を入射 すると、その光は光ファイバ中 を伝搬していくにつれて、各部 においてごくわずかだが散乱し ながら減衰していく。この散乱 光の大部分は、レイリー散乱光 と呼ばれ、光ファイバ中の微小 な屈折率のゆらぎにより発生す るもので、その波長は入射した 光と同じ波長である。 散乱光の中には光ファイバの 石英分子の格子振動とエネル ギーの授受を行い、その結果、 入射光の波長が若干シフトする ものがある。これをラマン散乱 光という。このラマン散乱光に は 2 つの成分がある。1 つは格 子振動にエネルギーを与えた光 が長波長側にシフトするストー クス光と、もう 1 つは格子振動 からエネルギーを得て短波長側 へとシフトするアンチストーク ス光である。とくにアンチストー クス光の強度は散乱を起こした の ROTDR は DTS(Distributed Temperature Sensing system)とも呼ばれている。 なお、オーピサーモは、ジェイ・パワーシステ ムズの分布型温度センサの商品名である。
光ファイバセンシング−熱センシングとその応用
光ファイバセンシング−熱センシングとその応用
光ファイバセンシング−熱センシングとその応用
ジェイ・パワーシステムズ加藤 一
PE最新保全技術調査研究会 光源 入射パルス光 光ファイバセンサ ストークス光 アンチストークス光 ラマン散乱 ラマン散乱 強 度 レイリー散乱 波長 ブリルアン散乱 散乱光スペクトル 散乱光の種類 距離 後方ラマン散乱光 CPU 光検出器 オーピサーモ 高温時 低温時 ・ラマン散乱 光ファイバの温度に依存 ・ブリルアン散乱 光ファイバの歪みに依存 ・レイリー散乱 光ファイバの損失に依存 図表—1 温度測定の原理 入射光パルスの伝搬 氷水 湯 ラマン散乱光の強度分布 オーピサーモ OP-Thermo 光強度 時間 距離 光強度 温度 入射光パルス 0 A B A t1 t2 2t1 L1 B 2t2 L2 ラマン散乱光(後方散乱光) 光ファイバセンサ 図表—2 位置特定の原理位置での光ファイバの温度により、大きく変化す る。したがって、ラマン散乱光の強度を測定する ことによって、光ファイバの温度を知ることがで きるわけである(図表—1)。 1. 2 位置特定 光ファイバ中で散乱した光は、その大部分が 光ファイバ外に放出されるが、一部は光ファイバ 中を逆進し、入射端に戻ってくる。パルス光を入 射してから、散乱光が入射端に戻ってくるまでの 時間を計測すれば、光ファイバ 中の伝搬速度は既知であるため、 その散乱が生じた位置を特定す ることができる(図表—2)。 2. 特 徴 光ファイバ温度分布計測シス テムには、以下の特徴がある。 ① 光ファイバ自体がセンサ ② センサ部に電源不要 ③ センサ部は電磁誘導の影響 を受けない ④ 1m 間隔で数 km の温度分 布計測が可能 上記の特徴から、電力ケーブ ルの長手方向の温度分布を光 計 測 装 置 計 測 装 置 光 ス イ ッ チ 光ファイバセンサ 光ファイバセンサ シングルエンド方式 ループ方式 項目 システム 系統 特徴 ○配線が簡便でシンプル ○計測系統が 1 系統 ●断線時以降の区間計測 不可 ●配線距離長い ●計測系統が 2 系統(時間 が倍) ○1 個所の断線なら断線部 以外計測可 図表—3 シングルエンド方式とループ方式の比較 図表—4 FTR3000 の仕様 項 目 仕 様 備 考 測定レンジ 500m 1000m 2000m 測定時間(※ 1) 10sec. 20sec. 60sec.
温度精度(※ 2) ± 1℃(Typ.) 1 σ(1S.D.)
サンプリング間隔 1m
応答距離 2m(Typ.) 10-90% Step 3m(Typ.) Hot spot 適合光ファイバ GI 50/125 適合光コネクタ E2000-APC IEC60852-1-2001 自己診断機能 ファイバ断線、光源異常など インターフェース LAN/USB データ保存 SD カード 動作温度範囲 0 ~ 40℃ 保管温度範囲 - 20 ~ 60℃ 湿度範囲 最大 85%(無結露) 電 源 DC12 ± 1.5V(AC90-264V AC アダプタ付属) 消費電力 8W(20℃) 15W(最大) 寸 法 300W × 160D × 37(mm) 質 量 3kg (※ 1)USB/LAN 接続の場合 (※ 2)温度精度は当社の推奨する光ファイバセンサを用いた場合の代表値であり、使用する光ファイバセンサの仕様や中継接続点の数に依存する ファイバで計測することを目的に研究開発が行わ れ、現在ではさまざまな用途に用いられてきてい る。 3. システム 3. 1 計測方式 この ROTDR は、次の 2 種類の計測方式を選 択することが可能である。 1 つは、センサ用光ファイバを、ひとふで書き4 4 4 4 4 4 で配線し、その遠端を終端とするシングルエンド と呼ばれる方式で、もう 1 つは、センサ用光ファ イバを計測装置端まで戻して配線し、始端側お よび終端側の両端から計測するループと呼ばれ る方式である。 上記 2 方式を比較して、図表—3 に示す。 センサファイバ断線の際に、断線以降で温度 監視できないというデメリットがあるが、センサ 図表—5 FTR3000 の外観
ファイバ断線の確率が低いことから、通常であれ ば、シングルエンド方式が多く採用されている。 3. 2 計測装置仕様 最大 25km まで計測できる機種もあるが、こ こでは最大 2km の光ファイバの温度分布を計測 する計測装置である FTR3000 という機種の仕 様を、参考例として図表—4、5 に示し説明する。 この FTR3000 には、以下の特徴がある。 ● 小型・軽量(ポータブル) ● 制御 PC 不要(単独測定可能) ● 温度データ自動保存(SD カード) ● バッテリー駆動可能(低消費電力) ● 温度警報判定・出力機能 ● ネットワーク(TCP/IP)、USB 接続可能 3. 3 仕様定義説明 (1) 測定時間 散乱して戻ってくる非常に微弱な光を計測す る必要性があるので、信号光からノイズ成分を 分離していかなければならない。そのため、測定 時間は、数秒~数十秒必要である。 (2) 温度精度 散乱光は、光ファイバ中を伝搬していくにした がい減衰していくので、遠端側では、温度計測 のバラツキが大きくなる。このバラツキを評価す るのに測定値の標準偏差(1 σ)1S.D. の値で評価 する(図表—6)。 (3) サンプリング間隔 光ファイバの長さ方向数 10cm ~ 1m の範囲 で平均化処理を行う。分解能を細かくするには、 数 m のセンサ用光ファイバの束を、計測したい 個所に設けることで対応可能である。 (4) 応答距離 この ROTDR の特徴は、光パルスを送出して、 戻ってくる散乱光強度を計測しており、光パルス の幅が、そのまま温度ひろがりとなって計測され てしまい、ある一定ファイバ長がないと、その場 所の正確な温度を計測することができない。そこ で、その必要ファイバ長を、応答距離という仕様 40 温度分布 温度分解能(1S.D.) 温度分布 35 30 25 20 15 10 5 0 0 500 5sec 23sec 5sec_1SD 23sec_1SD 1000 Distance(m) Temperature (deg.C) Temperature Resolution (1S.D.) 1500 2000 8 7 6 5 4 3 2 1 0 温度分解能(1S.D.) 図表—6 温度精度 図表—7 応答距離の説明 光ファイバセンサ サンプリング間隔 応答距離 オーピサーモでの測定データ 距離(m) 実際の温度 平均温度 1.4m(@SUT-6) 6m(@SUT-2) オーピサーモ 平均温度 平均温度 20℃ 60℃ 90%ΔT ΔT 10%ΔT 20℃ 湯 60℃ 温 度
−20∼70℃(連続) 150℃以下(短時間) ●電力ケーブル温度監視 ●暗渠内ケーブル温度監視 ●工場内設備温度監視 ●空調制御・室温管理 等 −20∼75℃(標準) −200∼60℃(低温用) −20∼300℃(高温用) ●LNG 設備の低温検知 ●硫黄配管温度監視 ●ダム堤体コンクリート温度監視 ●地熱発電所蒸気井温度監視 等 −20∼75℃(標準) 2×4mm 直径 0.9∼3.2mm 直径 3∼5mm ●電力ケーブル温度監視(直埋設型) ●ケーブルラック温度監視 ●トンネル火災監視 等 テンションメンバ ノンメタリック平型 SUS 管内蔵型 PE 被覆付 SUS 管内蔵型 種 別 構 造 サイズ 温度範囲 ※測定温度範囲、測定環境など、要望、用途に応じた光ファイバを用意する 適用用途 光ファイバ心線 光ファイバ心線 SUS 管 光ファイバ心線 SUS 管 難燃 PE シース PE シース 1 2 で示している。この応答距離とは、光ファイバセ ンサ部に手前側 20℃とその後方に 60℃の区間 を構成し、計測される温度が 24℃(⊿T 10%) から 56℃(⊿T 90%)までの区間をいう。また、 HotSpot とは、実際の温度を 1 ポイント以上計 測できるための最小のファイバ長である(図表— 7)。 4. センサ用光ファイバケーブル 4. 1 光ファイバ 入射光量を多くとれるマルチモード光ファイバ GI-50/125 が一般的に常用される。ただし、高 温での長期使用や、長距離で低損失が必要な場 合は、シングルモードファイバで計測できる装置 もある。 光ファイバ自体は、石英ガラスで数 100℃ま での耐熱性があるが、必ず被覆を施し、保護し なければならない。光ファイバの被覆の種類は 限られており、用途に応じて選択する(図表—8)。 4. 2 ケーブル 布設環境により種々異なるが、基本的には、 温度変化や外的環境変化により、光ファイバに 歪みが加わったり、損失変動することなどがない ようにケーブル構造を設計・選定する(図表—9)。 コア シリコン樹脂 クラッド 紫外線硬化型樹脂 外径 約 0.25mmΦ −20℃∼70℃ ふっ素樹脂 外径 約 0.7mmΦ −20℃∼100℃(短時間 150℃) ポリイミド樹脂+シリコン樹脂 外径 約 0.7mmΦ −200℃∼60℃、−20℃∼300℃ 図表—8 光ファイバ被覆の種類 5. 応 用 5. 1 ネットワーク構成 本温度計測装置には、TCP/IP のポートを搭載 しているので、ネットワークを介して各所の計測 装置を中央で監視することが可能である(図表— 10)。 5. 2 火災検知 最近では火災検知の需要が多く、事前に有効 性確認のため種々火災模擬実験を行っている。 その事例を図表—11、12 に紹介する。 図表—9 ケーブル構造の例
2100 オイルパン 2100 模擬火災試験(試験 11 天井) 模擬火災試験(試験 11 側壁上部) 経過時間(秒) 熱電対 光ファイバ 熱電対 光ファイバ 300 250 200 150 100 50 0 300 250 200 150 100 50 0 300 250 200 150 100 −100 0 100 200 300 400 500 600 700 50 0 経過時間(秒) 300 250 200 150 100 −100 0 100 200 300 400 500 600 700 50 0 計 測 温 度︵ 度 ︶ 計 測 温 度︵ 度 ︶ 2100 2100 図表—11 火災の実験例 天井部に光ファイバを布設 図表—12 トンネル火災の実験例 6. 適用例 6. 1 電力ケーブル管理/設備監視 洞道天井部に光ファイバセンサを布設し、洞 道内異常温度や火災を検知する(図表—13)。 電力ケーブル表面に光ファイバセンサを沿わ 図表—10 ネットワーク構成例 複数の FTR3000、火災検知盤をネットワークで接続し、 監視サーバによる集中監視・表示やデータ収集も可能 *社内ネットワークが近くにあれば LAN ケーブルをつなぎこむだけ、なければ光メディアコンバータなど光ネットワークインフラが必要 監視サーバ 社内ネットワーク 火災検知用光ケーブル LAN ケーブル
6. 2 その他の事例(図表—15) せ、その表面温度から導体温度を推定し、送電 系統の効率運用や信頼度向上を目的に利用する 例である(図表—14)。 ■参考文献 1) ユニバーサル造船 木下氏 日本船舶海洋工学会誌 KANRIN 2 号 ’05.09「光ファイバ温度計を利用した船舶 火災感知」 P60 ~ 67 光ファイバセンサ構造 3.0mm 2.0mm 光ファイバ心線 SUS 管 PE 被覆 光ファイバセンサ 光ファイバセンサ シールド洞道 光ケーブル (1条は予備) 光ケーブル(2条) (1条は予備) 粘着テープ 粘着テープ 電力ケーブル 導体温度推定例 光ファイバセンサ ●LNG タンク監視(漏れ)ヒータ制御 ●パイプライン温度監視 ●油井╱ガス井 温度監視 ●ベルトコンベヤ火災検知 →硫黄╱樹脂液の硬化防止 →断熱材の不具合個所、ヒータの故障個所が即座に特定可能 採油サービス業務 ●石油地層構造の解析╱石油摘出の効率化 ●流量測定╱圧力蒸気の状態確認 <パイプライン構造> ヒータ 光ファイバセンサ 断熱材 温度 距離(m) ヒータ電源投入後 ヒータ電源投入前 ヒータ電源 順次投入中 ヒータ電源投入後 ヒータ電源投入前 ジョイント個所(外気温) ジョイント個所(外気温) ヒータ電源 順次投入中 ベルト 両脇監視 ベルト上部監視 ベルト下監視 上部両脇監視 ローラー 光ファイバセンサ 図表—13 洞道温度監視例 図表—14 電力ケーブル温度管理例 図表—15 その他の事例