2018年10月1日 新野宏 :気象学者、東京大学名誉教授
「猛烈台風」の日本襲来が地球温暖化で急増のウ
ソとホント
9月初旬、「非常に強い勢力」で日本に上陸し、甚大な被害をもたらした台風21号。いまだに木が倒れたまま の大阪城公園 Photo:DOL 9月初旬、「非常に強い勢力」で日本に上陸し、関西を中心に甚大な被害をもたらした台風21 号。それから1ヵ月も経ない間に、やはり非常に強い台風24号が日本を襲った。非常に強い台 風が立て続けにやってきて、大きな被害がもたらされるのはなぜか。これから日本を襲う強い 台風が増えるという話は本当なのか。気象学の権威である新野宏・東京大学名誉教授が、日本 人が心得るべき台風のリスクについて教える。これまでとは明らかに違う?
台風21号の被害はなぜ拡大したか
8月下旬に発生した台風21号は、9月4日、25年ぶりに「非常に強い」勢力で日本に上陸 し、近畿地方を中心に甚大な被害をもたらした。なぜ、これほどまでに被害が拡大したのか。 このページを印刷する21号の上陸時の中心気圧は、約950hPa(室戸岬では954.7hPa)と、第二室戸台風の 925hPa(室戸岬では930.4hPa)に比べると高かったが、サイズがコンパクトだったため、 中心付近で非常に急な気圧勾配を持っており、第二室戸台風に匹敵する強い風が吹いたと思わ れる。 気象庁HPより 拡大画像表示 私はちょうど21号が来たときに大阪におり、ホテルで缶詰めにされていたが、19階建ての 建物全体がギシギシと揺れ、ものすごい風だった。モノが飛んで来てホテルのロビーのガラス が割れ、大騒ぎになった。子どもの頃に神戸で経験した伊勢湾台風(1959年/上陸時の中心 気圧929hPs)、第二室戸台風(1961年/925hPs)にも劣らぬ脅威を感じた。 また、大阪と神戸では高潮も、観測手法の変化はあるが、第二室戸台風を超えた。台風の移 動速度が時速60km以上と速かったため、短時間で急激な暴風雨に襲われる地域が続出した。 台風を押し流す周囲の風が台風の渦巻く風に加わっていたため、台風中心の東側で特に強い風 が吹いた。 この21号に象徴されるように、今年は台風が多いという印象がある。6月~8月は過去67年 間の平均の11.6個に対して18個と発生数が多かった。こうした状況を見て、巷からは「今年 の台風の傾向は異常だ」「地球温暖化の影響を受けているのではないか」といった声が聞かれ るようになった。果たして、本当にそうなのだろうか。 結論から言うと、今年がはっきり異常であるとは言えないのが現実だ。1年間に発生する台 風は平均的には約26個だが、年による変動は大きく、1951年以降で多いときは39個、少ない
ときは14個のこともあった。実は1967年、1971年にも8月までに22個、24個の台風が発生 しており、2018年の21個を上回っている。 2018年8月に台風の発生が多かった原因は、北半球の夏季にインド洋から太平洋西部にかけ て30~90日くらいの周期で起きる季節内変動と呼ばれる現象に伴って、低緯度の西太平洋か ら東に伸びるモンスーントラフと呼ばれる低圧帯が発達したことによる。モンスーントラフの 南側では南西風、北側で北東風が吹くため、その上では台風の卵となる渦ができやすい。今年 と同様、8月に台風の発生が多かった2004年の夏も、モンスーントラフが強く発達していた。
地球温暖化が進むと
強い台風が増える見通し
ところで、東京大学ほかがコンピュータを使って行った、将来地球温暖化が進んだ場合の気 候の予測実験によると、2075~2104年の30年間には1979~2008年の30年間に比べて、地 球上の熱帯低気圧(台風の仲間)の発生数は約22%減る一方、最大風速が33m/s以上の強い 台風の発生数は6%増えると予想されている。 このような将来の地球温暖化の予測は、大気の物理現象を表わす法則を数式にし、観測した 風や気温などの情報を与えて大型の電子計算機で解くといった、日々の天気予報と似たやり方 で行われている。しかし、100年先の気候を予測するには不確実性が残っている。現在の電子 計算機をもってしても計算量が膨大なため、台風を構成する積乱雲などを正確に表現すること がまだ難しいからだ。ただ、温暖化で海面の温度が上昇して大気中の水蒸気が増えれば、勢力 の強い台風が発生しやすいことは想像できる。 最近は、過去の観測データに基き、「実際に近年は台風の強さや寿命が増してきている」と 主張する研究者も出てきているが、先に述べたように、少なくと台風の発生数に関する限り、 現時点で明確な傾向は見えていない。 また気象庁によると、1951年以降に日本へ上陸した台風のうち、上陸時の中心気圧が低か ったもの(勢力が強かったもの)の上位10個を見てみると、7個が1970年代以前で、1990年 代以降は3つしかない。したがって、近年特に強い台風の来襲が増えているという事実はな い。これは、南の海上で台風が発生しても、日本にやってくるかどうかは太平洋高気圧の張り出 し具合や、中緯度の気圧配置に左右されることにもよっている。 たとえば、太平洋高気圧の張り出しが強いと台風は西へ進んで中国に向かい、張り出しが弱 いと日本の東海上へと進む。また、台風が北上するタイミングで、日本付近に気圧の谷が進ん でくると、台風は日本へ向かって来る可能性が高いが、日本付近が高気圧で覆われていると日 本へはやって来ない。 逆に言うと、北上する台風と中緯度の気圧配置のタイミングさえ合えば、伊勢湾台風や第二 室戸台風、あるいはそれ以上の猛烈な台風がいつ来襲しても不思議はないと思った方がいい。
台風に屋根を吹き飛ばされるな
「2段構え」の防災が重要に
では、強烈化する台風に対して、我々はどのように備えるべきだろうか。一般に、防災には 平時からの備えと、緊急時の適切な対応の2つが大切である。地震や集中豪雨と違って、台風 は南の海で発生してから来襲するまで、通常数日から1週間の余裕がある。台風によっては進 路の予想が難しいものもあるが、先日の台風21号では気象庁が3日前からその進路をほぼ正確 に予測していた。したがって、台風に対しては十分余裕をもって備えを行うことができるはず である。 まず個人レベルでは、日頃からハザードマップなどで想定し得る浸水などのリスクに注意を 払い、避難経路などを確認しておくことが必要である。また、台風が近づく前に、植木鉢や物 干しなど、風で飛ばされると周囲に被害を与えるものを片付たり、物が飛んできても窓を破ら れないような備えをする必要がある。 我々が子どもの頃は、台風が近づくと雨戸を閉めて板を打ち付け、窓や扉を破られないよう にしてきたが、基本的な防災の考え方は今も変わらない。最近は、窓に雨戸やシャッターのな い住宅も少なくないが、台風で強い風が吹きつけて来る南面と東面の窓はとりわけ要注意だ。 暴風に窓を打ち抜かれると、家屋に風が流れ込んで内圧が上がり、屋根が吹き飛ばされる恐れ もある。台風で家が甚大な被害を受ける典型的なパターンだ。 次に、いざ台風が来たら、とにかく屋外へ出ないようにすることだ。テレビ中継を見ている と、台風のさ中に軽装で繁華街を歩く若者の姿が散見されるが、風速が20m/sを越えると大人の男性でも立っているのが難しくなる。店の看板や木や屋根瓦が飛んできて直撃される恐れも ある。農村地帯では、田んぼが冠水していないか確かめに行き、風に煽られて用水路に落ち、 流されてしまったというケースもある。
予めリスクは想定できた?
関西空港をマヒさせた高潮の教訓
一方、自治体や企業・学校などでは、3日程度前から進路予報に合わせて、平時から対応の タイムラインを設定し、避難所の開設準備や対応要員の配備、非常時の帰宅ルールの設定など の手順を明確化しておく必要がある。また、今後公共施設を建設する際には、強い台風への備 えを万全にすることが大切だ。 今回の台風21号で関西空港は、滑走路やターミナル棟の一部が高潮で浸水すると共に、大阪 市内との連絡橋も通行止めになり、利用客ら3000人以上が孤立するという事態に直面した。 大阪では329cmの潮位を記録したが、第二室戸台風でも293cmを記録しており、竣工以来の 地盤沈下の影響もあったのかもしれないが、十分な備えがあったとは言えないように思われ る。 また、高潮の予測は台風の進路が決まるとある程度正確に予測できるため、気象庁は台風の 接近前から第二室戸台風を越える高潮になることを警告していた。にもかかわらず、予め旅客 を退避させるなどの対策がとられなかったことは、今後の教訓にすべきと思われる。 これに対して、鉄道の対応はほぼ適切だった。関西で最も風が強くなったのは9月4日の13 ~14時だが、JRも私鉄も朝の時点から順次運転本数を減らし、昼前にはほとんど取り止め て、混乱は少なかったように思われる。JRは架線の点検などのため復旧に1日以上かかった ところもあったが、私鉄は比較的早く運転を再開していた。 台風21号が襲った関西は、過去にも強い台風の経験があるが、首都圏は関西に比べて台風に 対するリスク意識が低いことにも言及しておきたい。今回の21号クラスの台風が東京湾の西方 を通過すると、非常に大きな被害が出る恐れがある。 東京の住宅や商業ビルは、ガラス張りの壁や出窓などファッション性を重視したものが多い が、こうしたつくりの建物は強風時の飛散物に対して脆弱だ。また、都内東部のいくつかの区 はいわゆる海抜ゼロメートル地帯のため、高潮に襲われると広範囲が浸水し、排水もままならない。伊勢湾・第二室戸クラスの台風がくれば、甚大な浸水害に見舞われる恐れがある。高潮 のハザードマップはあるものの、実際に3日後に台風が近づくとなった際に、十分な対策が取 れるか、現段階では心もとないように思われる。 台風は熱帯地方で発生してから、最初北西へ進み、北緯25度を越えると次第に北東へ進路を 変える性質があるが、前述の地球温暖化が進んだ場合の台風の経路は、現在よりもやや東にず れる可能性も指摘されている。そうなると、日本付近では関東に上陸する確率が高くなるかも しれない。その意味でも、沖縄や関西と同じように、関東でも平時からのリスク対策や台風災 害の啓発が必要だ。
台風の気象改変は容易ではない
「早く予測、完璧な対策」を重視
余談だが、台風をはじめとする大気現象を人間の手によって制御することは容易ではない。 実際、人類が台風を制御しようとする試みはなかったわけではない。 古くは終戦直後、米国が大西洋を北進しているハリケーン(台風と同じ熱帯低気圧の仲間) に対して、飛行機からドライアイスを撒き、雨粒ができるスピードを速めて雲を弱め、ハリケ ーンの勢力を弱めるという実験を行ったことがあった。しかし、ハリケーンは一時的に勢力を 弱めたものの、再び盛り返し、急に向きを西寄りに変えてジョージア州に上陸して大きな被害 を出し、大問題となった。 そうした経緯もあり、台風の気象改変は現在も実用化されていない。その代わり、なるべく 早く正確に予測し、できるだけ完璧な対策をとることに重点が置かれているのだ。 繰り返しになるが、地震は予測が難しいが、気象は予測可能であり、その予測精度は年々高 まっている。台風21号の進路は正確に予測されていたし、7月中旬から8月中旬にかけての猛 暑については、高温に関する全般気象情報や異常天候早期警戒情報で、数日前から注意が呼び かけられていた。 また、西日本豪雨については、特別警報が発令される可能性が高いことも十分以前から発表さ れていた。日頃から、自らが住んでいる地域の災害に対する脆弱性を、ハザードマップや土砂災害警戒 地区の指定などを通じて良く認識し、気象情報にもアンテナを高くして、個人・近所・企業・ 自治体などがそれぞれやるべき対策を早め早めにとれるよう、心がけていただきたい。
(気象学者・東京大学名誉教授 新野 宏)