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アメリカ社会における司法審査制度の機能論(4)

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Academic year: 2021

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(1)Title. アメリカ社会における司法審査制度の機能論(4). Author(s). 籾岡, 宏成. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 71(2): 17-31. Issue Date. 2021-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/11724. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第71巻 第2号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 71, No.2. 令 和 3 年 2 月 February, 2021. アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷ 籾 岡 宏 成 北海道教育大学旭川校法律学研究室. The Role of Judicial Review in American Democracy, Part 4 MOMIOKA Hironari Department of Law, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education. ABSTRACT Do courts make policy or lead public opinion? This article engages the literature of judicial politics, examining the effect of Supreme Court decisions on domestic policy making and common opinion in the United States of America. Starting with the Robert Dahl’s contention that the Court is a policy-making institution, recent researchers have confirmed that his argument generally holds true; federal courts made or influenced a noticeable amount of federal policy changes and several leading Supreme Court cases did move public attitudes in some spheres such as abortion and gay rights. Moreover, while some scholars focus on how media coverage of the Court in terms of procedural justice influences public support for the Court, others focus on how the Court affects popular opinion compared to other institutions such as Congress. Further explorations on each legal issue (e.g., public school integration, affirmative action, gay rights or abortion) are needed to attain more nuanced insight into the role of the courts in American society.. 「学問の研究にふさわしい時期があるのと同様に,世間のしきたりを 十分によく理解するのに適当な時期がある。」 . ルソー(今野一雄訳)『エミール(中)』249頁(岩波書店,1963年). Ⅴ.最高裁判決は世論に影響を与えるのか 前稿では,アメリカの司法政治学という分野において議論の絶えない「世論は最高裁判決に影響を与えて いるか」 ,換言すれば「最高裁は世論に従っているか」という論点を扱う数多くの研究成果を紹介し,その. 17.

(3) 籾 岡 宏 成. 内容を検討した1。この点が激しく議論される一つの理由は,仮に司法機関の頂点に立つ最高裁が先例拘束性 の原理に忠実に従い判例法理のみに依拠した判断を行い,世論を一顧だにせず純粋に法的な判断だけに従事 する機関で,場合によっては他の機関の意向を無視して暴走する「司法独裁」が許されることになれば,民 主主義社会の中での司法の存在価値や正当性を完全に失ってしまうという強い懸念である。アメリカでは, 実社会においても学界においても,民主主義という制度に対するある種の「信仰」のようなものがあり,司 法の独立が保障されていながらも,最高裁もまた民主的であり民意を反映して「いなければならない」とい う強力な信念が通底しているように思える。この点は,別稿でも見たような,司法機関に付随するエリート 主義に対する激しい反感と同根なのかも知れない2。 本稿では,上記とは逆のベクトルの研究成果を検討することにしたい。すなわち, 「最高裁判決は世論(さ らには政策形成を含めた社会制度)に影響を与えているか」を正面から論じた研究を検討してみたい。これ は,上記の世論の最高裁に対する影響に関する研究に比べると若干本数は少ないものの,「社会における司 法の役割」という観点からは極めて重要な論点でもあり,裁判所の機能論を語る上で示唆するところも大き いからである。 本稿の構成としては,主として司法政治学の分野における代表的な論稿7本の議論を紹介し,検討を加え る。最後に,全体についてのコメントを付し,今後の研究における検討課題を述べることとする。なお,前 稿と同様に本稿においても,紹介する論文中の数式,データ,グラフなどの再掲は割愛する。 1.政策形成者としての最高裁像を提示した画期的な論稿(1957年) 合衆国最高裁が単に法的な判断を担うだけの機関なのではなく,国政の中で重要な地位を占める政策形成 者としての機能をも果たしていることを指摘し,後の司法政治学の発展に貢献したのがイェール大学教授の ロバート・ダールによる論稿(ダール論文)である3。これは,最高裁判決が世論を変えるかという本稿での 中核的な論点に対して重要な示唆を与えるものであるため,その概要をここで紹介する。以下は,結論に相 当する部分の抄訳である。 政策形成の機関としての最高裁の役割は単純なものではないし,民主主義や倫理に関する理論から導かれ る単純な概念を通じてその機能を説明したり称賛したりできるという前提に立つのは誤りである。しかしな がら,政策形成の機関としての最高裁の役割に関して,いくつかの一般的な結論を導き出すことは可能であ る。 アメリカ合衆国における国家としての政治は,他の安定した民主主義国家と同様に,長期間にわたり持ち 堪えることのできる相対的に結束力の強い連合によって支配されている。歴史を振り返れば,トマス・ジェ ファソン崇拝者による連合,アンドリュー・ジャクソン大統領の支持者,南北戦争後の驚異的に長い期間に わたる共和党支配,フランクリン・ルーズベルト大統領によって形成されたニュー・ディール政策の連合な どが想起される。それらは,過去の政策との決別,激しい苦闘の期間,他の連合との併合,そして最終的に 連合の衰退と崩壊といった特徴が見られる。 1  拙稿「アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑶」北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)70巻1号1-16頁 (2020年)。 2  拙稿「アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑵」北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)68巻2号71頁(2018 年)参照。 3  Robert A. Dahl, Decision-Making in a Democracy: The Supreme Court as a National Policy-Maker, 6 J.Pub.L. 279-95 (1957).. 18.

(4) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. 古い連合が崩壊し新たな連合が政治組織の覇権を握るべく苦闘するごく短い過渡的な時期を除き,間違い なく最高裁判所は国家の中の支配的な連合の一部である。支配的な連合の政治的な指導的立場の一翼を担う 機関として,最高裁がその連合の主要な政策を支持するのは当然である。最高裁はそれ自体では,国家政策 の一連の流れに影響を与えるには無力に等しい。その連合の内部での実質的な合意がない中で,最高裁が国 家的な政策を形成しようとすれば,南北戦争の遠因となったドレッド・スコット判決(1857年)やニュー・ ディール政策に関する初期の諸判決の例が示すように,大惨事の引き金になりかねない。考えられる限りで は,黒人の自由権に関する過去30年間の判決が,ごく最近の公立学校での人種統合に関する有名な判決に結 実した流れは,上記の一般的事項の例外なのかも知れない。この件については,それにふさわしい別の機会 において詳述しなければならない。 しかしながら,最高裁はその連合の単なる代理機関ではない。最高裁は,政治的な指導的立場の中核の一 部をなしており,固有の権限の基礎を有しており,その中でも最も重要なのが,憲法解釈に基づく固有の正 当性(legitimacy)である。最高裁のこの正当性は,支配的な連合の主要な政策に最高裁があからさまに異 議を唱えようものなら,たちまち危うくなる。我々が見てきたように,通常は最高裁がこうした行為に関与 する誘惑に駆られることはないものだ4。 したがって,支配的な連合の根本的な政策目的によって規定された若干狭い範囲の中において,最高裁は 国家としての政策形成を行うことが実際に可能なのである。そうなると,最高裁の裁量は,連邦議会の中の 権限の強い委員会の座長と変わるところはないが,そうした座長は,一般的に言って,支配的な指導的立場 にある他の者によって実質的な同意を得た基本的政策を無効にすることはできないものの,上記の狭い範囲 の中においては,政策を実施するタイミング,効果,実施にあたっての細則などの重要な事項を決定できる ことが多い。そのため,最高裁はその時点での立法府の多数派に反対するには最も有能ではなく,しかもそ うした行為に関わる誘惑に駆られることが絶対にないのは明らかである。逆に最高裁は,公務員,代理機関, 州政府,地方に対する政策の範囲の設定――これは最近の最高裁の仕事の中でも非常に大きな比重を占める ようになってきた――に携わっている場合には,最も有能である5。 最高裁による政策決定の中で, 「多数派」対「少数派」という観点から明確に解釈できるものは少ない。 この点において,最高裁は政治的に指導的な立場にある他の機関と変わるとことはない。一般的に言って, 国家レベルの政策というものは,複数の少数派の間での対立,取引,および合意の結果である。その過程は, 少数派ルールでもなければ多数派ルールでもなく,「複数の少数派ルール」と呼んだ方がよいものである。 同ルールは,これにより少数派の1つの集合体が,別の集合体によって反対されていた政策を達成するもの である。 大統領としての指導的立場の主要な目的は,大統領の座と連邦議会の一方または両院で勝利を収める可能 性を高めるような,安定的で支配的な「複数の少数派」の集合体を構築することにある。最高裁の主要な仕 事は, 成功を収めた連立体の根本的な政策に正当性を与えることである。だが,特定の主要な政策について, その連立体が不安定な時期はある。最高裁は,自身の正当性に関する権限が侵される大きな危険を伴って, そうした事案に介入し政策を確立するのに成功することもある。恐らくは,そうした事案において最高裁が 成功を収めるのは,自身の行動が,政治的な指導的地位にある者によって幅広く認められた顕示的または黙 示的な規範と一致するかそれを促進する場合に限られる。そのような規範は,有能な立法的多数派の存在を 確保するほどに十分に強力で広範なものではなく,最高裁の正当性に関する権限に対する見事な攻撃をも退. 4  Id. at 293. 5  Id. at 293-94.. 19.

(5) 籾 岡 宏 成. けるのに十分に強力なものである。これが恐らくは,過去30年間の黒人の投票権の拡大や,かの有名な公立 学校での人種統合に関する判決における比較的成功した最高裁の仕事についての説明となるであろう6。 とは言え,最高裁はそれ以上の存在である。政治制度として考えた場合,民主主義とは,決定に至るまで の基本的な諸手続の集合体である。これらの手続の運営は,特定の権利,義務,自由および制約(手短に言 えば,特定の行動パターン)の存在を前提としている。同様に,こうした行動パターンの存在は,その行動 の妥当性や的確性に対する幅広い同意(とりわけ,公衆の中で政治的に活動的で影響力の強い層の間での同 意)を前提としている。過去の記録から見ても最高裁は重大な失敗に事欠かないものの,支配的な政治的連 合の特定の偏狭な政策にのみ基づいているだけではなく,民主主義の運営のために必要な基本的な行動パ ターンにも基づいて,最高裁は行動し正当性を確保しているのである7。 2.中絶をめぐる最高裁判決が世論に与えた影響に関する研究(1989年) 中絶を規制する法律の合憲性をめぐって連邦最高裁が下した1973年のロー対ウェイド判決(Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973))が世論をいかにして変えたかについて実証的に検討した論稿がある(フランクリン= コサキ論文)8。この研究では,同判決が確かに中絶に関する公衆の態度に影響を与えたことを示し,さらには, 母体の健康保護を目的とした中絶に関しては幅広い同意を集めているものの,「自由裁量」部分の中絶につ いての世論の態度は割れており両極化していることが指摘されている。その上で,その両極化が進行する過 程を説明する理論構築を試みている。以下は,その結論に相当する箇所の抄訳である。 他の論者は最高裁の役割について,「共和制の教師(republican schoolmaster)」という比喩を用いて表現 している。我々の研究結果では,市民は教師の言うことをよく聞いているが,同時に彼らは教室でそのこと について議論を交わしているということが示されている。母体の健康という観点からの議論においては,最 高裁は自身の立場への賛同を幅広く集めており,その説得力が力強いことを示す証拠を我々は見出したが, 他方において,自由裁量の中絶に関する議論においては,最高裁は集団間の差異を広げたに過ぎないという ことも判明した。いずれの議論でも明らかだったのは,最高裁の行為には影響力があり,公衆は最高裁の判 断に強く反応するということである。しかしながら,公衆の反応というものは,最高裁の多数派がとる立場 に対して支持が高まるといった単純な問題ではない。本研究の結果が提示しているのは,最高裁(あるいは 他の機関)の公衆の選好への影響力を考える際には,影響力に関する単一の物差しとして政策への支持の総 計だけに依拠してはならないという警告なのである。 世論の構造に対して判決が影響力を行使することは,最高裁の主導による政策に対する総計レベルでの支 持からは判別できない結果が判決に含まれていることも示唆している。例えば,最高裁の判決の後に,カト リックと非白人があらゆる形態の自由裁量の中絶に対して強力に反対するという変化が見られたことが判明 している。仮に自由裁量の中絶に好意的な割合が総計として変わっていなくても,その変化は極めて重要で あった可能性がある。ある宗教的または人種的グループが特定の地域または選挙区に集中することは,そこ で選出された公務員が,過去に例を見ないほど中絶という論点に深く関与する有権者に直面することを示唆 する。結果として,黒人またはカトリックの人口比率が高い選挙区から選出された議員は,反中絶の施策を. 6  Id. at 294. 7  Id. at 294-95. 8  Charles H. Franklin & Liane C. Kosaki, Republican Schoolmaster: The U.S. Supreme Court, Public Opinion, and Abortion, 83 Am. Pol. Sci. Rev. 751-71 (1989).. 20.

(6) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. 支持するよう強い圧力を痛感していた可能性がある。地理的な人口構成が,最高裁判決に強い影響を受けた 人口構成と一致する限りにおいて,世論における変化が,その地域選出の議員にとって極めて重大な意味を 持っていた可能性もある。公立学校における人種別学を憲法違反としたブラウン対教育委員会判決(Brown v. Board of Education, 347 U.S. 483 (1954))による世論に対する影響は,そのような状況に関する極端な例 である。南部の白人層による同判決への反発は,当然のことながら,主要な地理上の選出議員連合と一致す ることになった9。 我々は,最高裁が判決を下した直後に公衆の選好にどのような影響があったのかに焦点を当ててきた。そ の中で,公衆が公的な機関の行動に反応することを示してきた。しかしながら,最高裁による影響を過度に 狭く解釈しないよう注意しなくてはならない。我々は,ある判決が公衆の態度に与えた影響に関する証拠を 提示してきた。だが,最高裁の影響は判決が出された直後のものに限定されないのは確かである。ロー対ウェ イド判決が下されてから数か月および数年の間,激しい論戦の急増,集団の流動化,そして政治的行動が見 られた。こうした行動は,同様に,間違いなく市民の選好にも影響を与えていた。こうした影響もまた,最 高裁による影響なのである。判決直後の影響を調べた本研究は,それはそれで重要ではあるが,最高裁によ る影響が公衆の態度への直後の影響にだけで適切に測定することができると言っているわけではない。さら には, 「影響」に関する単一の基準など存在しないということを我々は言いたい。最高裁(または他の政府 機関)の役割を,その影響力に関するごく短い要約にまで切り詰めようとするのは,単純素朴に失する。そ うではなく,本研究で我々は,機関の行動に対する市民の反応を計測する問題の一側面を考察した10。 最高裁に対する公衆の反応を説明するために我々が提示した理論は,他の機関による行動についても適用 できる。我々は,大統領の行動にもこの理論を応用でき,さらには報道機関についての研究にも適用できる 可能性についても示唆した。この理論の根本的なメッセージは,公衆の反応には個人的・集合的の両方の構 成要素がある,というものである。観測された公衆の反応には,集団の意見としての配分と,個人の態度と しての部分があった。反応の対になる刺激が顕在化していることは,情報がどのように処理されるかに深遠 な影響を与える。集団による討論には時間を要するため,異なる時点で異なる反応を生み出す可能性のある 黙示的で動的な過程もある。以上のような概念が,政府による決定とそれに対する市民の反応との間の相互 作用に関する我々の理解を深めることになるだろう11。 3.地域世論に対する最高裁判決の影響に関する研究(2000年) 他の多くの研究が特定の分野または判決における世論と最高裁の関係を扱う中で,特定の地域の住民の世 論が最高裁判決からどのような影響を受けたかに焦点をあてたユニークな研究(ホークストラ論文)があ る12。この研究では,4つの合衆国最高裁判決を素材として取り上げ,それぞれの事件が始まった地域(都 市部や田園地帯ではなくアメリカの中でも最も平均的な地域を選定している)とその近郊の住民が判決の前 後で判決の論点についての考えが深まったかなどを中心に実証的な検討が加えられている。その結果,多く の住民が当該最高裁判決を知っており,判決後には最高裁に対する態度に変化が起こり,しかもそうした傾 向が近隣地区の住民よりも当該地域の住民について強く見られたことが判明した。以下は,この論稿の結論 部分の抄訳である。. 9  Id. at 768. 10 Id. at 768-69. 11 Id. at 769. 12 Valerie J. Hoekstra, The Supreme Court and Local Public Opinion, 94 Am. Pol. Sci. Rev. 89-100 (2000).. 21.

(7) 籾 岡 宏 成. 最高裁の判決は大きな意味をもつ。論点が重要であると認識されメディアによる報道がなされると,公衆 は驚くほど高いレベルの認知を示す。地理的な近接性に加え,その認知は,教育,性別,メディアへの関心, 政治的議論の頻度などに強い影響を受ける。少なくとも,我々は,最高裁判決が公衆に知られることなく素 通りするとする研究には懐疑的であるべきである。大多数の人々は最高裁判決の判示内容の大半は知らない し,多くを知っていることはないけれども,自分たちの共同体に何らかの関連性があるものについては聞い たことがあるものだ。さらには,そうした判決に満足することは最高裁に対するその後の評価に影響を及ぼ すことについての証拠がある。ただ,満足することが唯一の要素というわけではなく,判決の認知度が個人 レベルでの支持についての一要素である可能性があるということを言いたいだけである。評判の悪い判決の 効果は,最高裁が他の政府部門よりも非政治的・非党派的・非イデオロギー的なやり方でその判決を下した のだという認識がなされることにより,ある程度は和らぐということを立証した研究がある。他方では,最 高裁に対する以前の評価が持ち越されて,次の時期の最高裁の評価に影響されることを示す研究もある。 そうした先行研究の知見は,最高裁判決の影響に関して更なる一般化が可能な理論も示唆している。私は 特定の共同体を調査したが,関連する訴訟当事者を人々が特定し最高裁判決を見聞きする手立てがある限り においては,上記と同様の調査結果を期待することができた。これは,カトリックの人々は教会で中絶に関 する最高裁判決を耳にすることがあり得るとするフランクリン=コサキ論文や,人々は自分の仕事に関連す る判決について耳にするという別の論者の論文の調査結果と一致する。さらには,全米レベルでの判決に対 する認知度とも一致する。私は,先行研究のデータを自身の研究のデータに取り入れて,地元の認知度が全 米レベルの認知度を上回ることを示したのだが,多くの事例においても全米レベルの数字は意味のあるもの だった。特定地域に限定されることなく全米の人々が,それらの判決を耳にした場合には,最高裁について の印象が変わったと思った可能性があるとしても論理の大飛躍ではない。そうした効果を考えるにあたり地 理的条件は1つの観点であり,本研究でのメディアに関する調査結果はそのことがおそらくは一般的である ことを示している。だが,そうした効果が発生する可能性のある共同体の種類は多様であり,地理的条件の みでは説明できない。将来の研究では,調査対象者を拡大して,最高裁判決が彼らに届いた後の最高裁に対 する個人レベルでの支持の根拠に関して更に一貫性のある説明ができるようにすべきである13。 この研究で私が調べた4件の判決の出発点はアメリカ国土の中の様々な地域であるが,ニューヨークやロ サンジェルスのような大都市は含まれていない。そのため,大規模で多様な共同体に一般化することは不可 能である。所与の時点においては単一のニュースが他の多くのニュースに匹敵するため,極めて人口の多い 地域での影響は小さなものかも知れない。そうではあるが,人々がある事件を耳にして,ある地点において 大半の人々がその事件を知るときには,その事件には人々の最高裁に対する印象に影響を与える潜在性があ ることになる。 最高裁への支持に関する理論への影響は大きい。最高裁は他の政府機関と比較しても高い人気を誇る傾向 があるにしても,その理由を特定することができないままでいた。他の多くの総体的な計測方法では,個別 的な行動パターンは隠れてしまう可能性があることを示した先行研究もある。本研究における各地域での個 別の調査においては,判決に対する均一の賛成も反対も出現しなかった。最高裁判決の判示内容に快く思い 最高裁に好意的になった人もいれば,判示内容を不快に思い好意的でなくなった人もいた。全体としての世 論では,これらの論点については意見が割れていた。ゆえに,総体的データは個別的な行動パターンを覆い 隠す危険があるのである。 判決が最高裁に対する支持に対して影響を与えるという事実は,独特の問題を提示する。公衆は判決につ 13 Id. at 97-98.. 22.

(8) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. いて無知であると見做されているため,概して最高裁は相対的に世論から独立していると思われがちである。 本研究が示唆しているのは,最高裁判決に関する公衆の知識について我々は悲観的になってはいけないとい うことである。私の研究の焦点は地理的に地方の地域であったが,他の種類の共同体において同様の効果が 見られるかについて,我々は注意深くそして体系的に考察する必要がある14。 4.同性愛の権利をめぐる判決が世論に与える影響に関する研究(2006年) この研究では,同性愛の権利についての最高裁判決4件が個別に世論に対してどのような影響を与えてい るかとともに, 判決が総体的に世論に与える影響についても検討されている(スタウテンボロー=ハイデー・ マルケル=アレン論文)15。結論としては,最高裁判決は世論に対して影響を現実に与えているものの,その 能力は条件付きであるとしている。以下は,結論部分の抄訳である。 本研究は,世論への最高裁判決の影響について検討するものである。このテーマに関する先行研究は過去 25年にわたり大きな展開を見せてきたものの,その多くは理論上,方法論上の問題を抱えていることが頻繁 にあった。さらに言えば,これらの先行研究の中で,同性愛者の市民的権利の分野における最高裁判決の潜 在的影響力を検証したものは1つとして存在しない。本研究は,こうした限界を克服しようとする試みであ る。 我々はまず,いつどのように最高裁判決が世論に影響を与えることが可能なのかを説明しようとする多様 な理論を解明した。事件に特有な諸要素,報道機関の取り扱い,判決が下された政治的文脈を始めとする多 種多様な要素を考慮に入れるべきであると我々は考える。同性愛に関連する事項に関する法的評価に関して 総体的レベルと個別的レベルの分析を組み合わせることにより,我々は次のいくつかの重要な結論を導くこ とができた16。 第1には,総体的レベルの分析結果により明らかになったのは,同性愛の市民権の分野において,最高裁 判決が世論に対して有意な影響を与えることができるということである。この影響力はあらゆる判決の後に 見いだすことができたわけではないにせよ,特定の条件の下ではその可能性があることは明らかである。我々 の分析においては,中核となったのはその事件に固有の要素であった。すなわち,その事件には全米を巻き 込む重要性がなければならず,全米レベルのメディアにより幅広く報道されなければならない。本研究では, Bowers v. Hardwick, 478 U.S. 186 (1986)(以下,バウワーズ判決という)およびLawrence v. Texas, 539 U.S. 558 (2003)(以下,ローレンス判決という)の2つの最高裁判決は,他の多様な要素を考慮に入れても なお, 同性愛に関連する法的な事柄に対する世論による支持に対して有意な影響力を有していた。両判決は, 広く報道されており,同性愛を禁ずる法律を検討の対象としていた。これに対して,Romer v. Evans, 517 U.S. 620 (1996)(以下,ローマー判決という)およびBoy Scouts of America v. Dale, 530 U.S. 640 (2000)(以 下,ボーイスカウト判決という)の判決は,同性愛関連の法的な面において世論に影響を与えていない。影 響力の欠如が予想されるのは,いずれの判決も同性愛の権利を争点としておらず,報道もされず,政策的な 影響力も極めて限定されるからである17。. 14 Id. at 98. 15 James W. Stoutenborough, Donald P. Haider-Markel & Mahalley D. Allen, Reassessing the Impact of Supreme Court Decisions on Public Opinion: Gay Civil Rights Cases, 59 Pol.Res.Q. 419-33 (2006). 16 Id. at 430. 17 Id.. 23.

(9) 籾 岡 宏 成. 第2には,バウワーズ判決が世論に影響を与えているという知見は,正当化仮説(legitimation hypothesis) を裏付けるものである。しかしながら,バウワーズ判決を覆したローレンス判決は,同性愛関係の合法化の 支持の低下も伴っているのである。この知見は,正当化仮説の反証として解釈することもできる。だが,我々 の分析によれば,スカーリア裁判官の反対意見を強調することにより,ローレンス判決に対する報道機関の 扱いが否定的なものになり,最高裁の立場に関する微妙なシグナルを世の中に送っていたため,同判決は同 性愛の支持についての世論にマイナスの影響を与えてしまった。 バウワーズ判決もローレンス判決もともに世論を変えたことを我々の知見は示唆しているため,最高裁は 1つの論点において意見を変えないとする先行研究の知見は再考の必要に迫られている。特に我々の分析が 示唆しているのは,ある判決に重大な政策上の含意があり,ローレンス判決でも起こったように,最高裁の 先例を覆した場合には,いくつかの条件が世論の変化を促進する。しかしながら,こうした状況は相対的に 稀であるため,そうした先行研究の知見は,大半の機会において大半の論点について当てはまりそうであ る18。 第3には,最高裁が世論を変える能力があるかについての先行研究は,総体的レベルの世論のみ,または 個別的レベルの世論のみの分析しか行っていないことが多いため,方法論的な欠陥が見られるという点であ る。我々はこうした欠陥を克服し,総体的レベルでの知見を,バウワーズ判決およびローレンス判決の前後 での個別レベルでの世論の変化に関する知見から確認する分析を行った。個別レベルでの世論に関する我々 の分析は,従前の知見を確認するものとなった。すなわち,多様な個別の要素を考慮に入れてもなお,両判 決ともに,同性愛関係の合法化についての個別の支持に対しては,有意なマイナスの影響を確かに与えてい たのである19。 第4には,個別レベルでの世論に関する我々の分析は,構造的反応仮説(structural response hypothesis) を裏付けるものとなった。我々の分析においては,特定の個人集団が判決に対して反応を見せるという点に おいて現実的な違いが見られた。例えば,バウワーズ判決の後では,カトリックおよび富裕層は同性愛関係 の合法化を支持しない方向の態度を見せたのに対して,白人層は非白人層よりも支持する態度を見せた。そ して,ローレンス判決の後では,女性層とリベラル層が同性愛関係の合法化を支持する態度を見せたのであ る。全体として見れば,我々の構造的反応仮説は支持できるものである。ローマー判決およびボーイスカウ ト判決の前後における世論の変化についても調べれば,総体的レベルの世論の分析において見られたものよ りも大きな変化が個別レベルの世論の分析において見られるであろう20。 第5には,最高裁判決が恒常的に世論に対して影響を与えていると期待してはいけない。つまり,最高裁 の影響は限定的だということである。実際に,連邦議会および大統領が世論に与える影響力が限定的である ことに鑑みれば,この結果は恐らくは驚くに値しないのだろう。しかしながら,自身が下した判決を世に知 らせるために最高裁はほとんど何もしないこと,最高裁裁判官が判決文を書く際に世論を考慮に入れる場合 もあれば考慮しない場合もあることを勘案すれば,最高裁判決が世論に有意な影響力を行使している事実そ のものが驚くべきことなのである。ただ,我々が留意しなければならないのは,公衆に広く知られ理解され る最高裁判決はほとんど存在しないということである。だからと言って,アメリカの政治システムの中で最 高裁が重要な役割を担っていないということにはならないが,最高裁の潜在的影響力が実際にはいかに限定. 18 Id. at 430-31. 19 Id. at 431. 20 Id.. 24.

(10) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. 的に過ぎないかについては否応なく明確になった21。 最後に,将来の研究者は,先行研究に立ち返り,我々の方法論とともに一般的な理論的思考枠組みを適用 することにより,我々の分析を発展させることが可能となる。我々の思考枠組みと方法論は,判決の結果か ら生じる公衆の最高裁に対する信頼における潜在的な変化について検討するために用いることができる。さ らには,アメリカ社会の文脈での追加的な論点において,研究者はこの思考枠組みを検証するか,またはこ の思考枠組みを他の政治システムにおける最終審に適用することが可能となる22。 5.最高裁への公衆の支持と報道との関係についての心理学的アプローチ(2008年) 最高裁に対する公衆の支持について,それが単に最高裁での手続きの可視性に依拠するだけではなく,最 高裁がどのように報道されるかにも依拠していることを,心理学的な実験や手法を用いて考察した研究(ラ ミレス論文)がある23。以下はその結論部分の抄訳である。 この研究は,最高裁に関するメディアによる報道とその直後の最高裁に対する公衆の支持との間に介在す る心理的なメカニズムの解明を試みてきた。先行研究の中には,例えば2000年の大統領選挙に関する最高裁 判決が公衆の支持を得られたのは,最高裁の法的,政治的,実務的な動機をメディアが描いたことによるも のであることを示したものもあり,メディアが最高裁を政治的ではなく法的な機関であるとの報道を行った ことにより,最高裁が手続的に公正であるとの認識が広がったとするものもある。本研究での知見は,そう した先行研究を発展させ,最高裁への支持の分かれ目は,手続的正義に関する認識をメディアによる報道が いかに変えるかに依存していることを示した。手続的に公正な条件での回答者は,手続的に不公正な条件で の回答者に比べて,最高裁に対する支持が強かった。さらには,そうした支持の程度の違いは,メディアに よる報道の内容が手続的正義に関する認識にいかに影響を与えるかに起因する可能性があることが判明し た24。 さらに言えば,手続に関する認識は,裁判官に対する支持と機関としての最高裁に対する支持の両方に影 響を与えることが本研究において示された。民主主義の中核的な価値観に底支えされているために,最高裁 に対する幅広い支持は相対的に高く安定性もあるにせよ,最高裁の正当性は,同裁判所の意思決定プロセス における適法性および公平性に焦点を当てる情報でのバイアスによって増強されているように見える。メ ディアという組織はそうした情報を伝達する1つの導管を提供しているが,他の導管が存在するのも確かで ある。例えば,ある先行研究では,最高裁の「法による支配」という認識が最高裁への支持に影響を与えう ることが示されている。その検証結果は,最高裁への特定的な支持(つまり,少なくとも最高裁の裁判官に 対する支持)は,最高裁という機関に対する支持よりも,影響を受けやすいものであるということも示唆し ている。逆に言えば,機関としての最高裁が幅広いまたは長期の支持を集める限りにおいて,あまりにも長 い期間にわたり手続上のネガティブな情報に晒されることが頻繁に起これば,最高裁の正当性は浸食される こともある。本研究での設計では,実験参加者には1回の情報が与えられただけなので,最高裁に対する幅 広い支持があるかという問題に対しては,限定的または示唆的な証拠しか提示できていない。本研究での断 面的で実験的なデータは,最高裁に対する長期的な態度を人々がいかに更新するかという問題を論じるには. 21 Id. 22 Id. 23 Mark D. Ramirez, Procedural Perceptions and Support for the U.S. Supreme Court, 29 Pol.Psychol. 675-98 (2008). 24 Id. at 691-92.. 25.

(11) 籾 岡 宏 成. 不適切でもあった。この後者に関連するいくつかの問題は,後の研究に譲りたい25。 本研究の設計上の欠点は,実証的な知見の根拠が手続的正義の3つの側面の全てに等しく求められるとい うことである。これは,先行研究による手続的正義の概念化と一致するものの,手続的正義の各側面は互い に独立しているはずである。一定の数の人々が裁判官について信頼できないとか偏見があると考えるのは想 像できるものの,同時に他方においては組織としての最高裁は代表的であるとも考えている。手続的正義の 中の1つの側面が,手続的正義の認識と最高裁への支持の両方において,より重要な役割を演じている可能 性がある。 今後の研究においては,最高裁が期待することと,そうした期待を満足する最高裁の能力についての認識 が,最高裁に対する支持をいかにして形成するかに関しても検討する必要がある。コミュニケーション機能 理論によれば,対象とする態度に関する心理的動機を直接的に語っている情報は質が高く,関連性のある情 報が含まれていると認識されることが判明している。人々は手続的正義が司法府の重要な機能であると認識 しているため,手続的正義に関する情報は,最高裁についての市民の判断の形成において効果的であるはず である。最高裁は,政治的または個人的な思惑ではなく法に基づいて判断を行う客観的な機関として機能す るものと考えられているのである。そうした認識がメディアによって固定される限りにおいて,最高裁は公 衆の目の中に好印象を維持し続けるはずである26。 6.連邦議会との比較から考察する最高裁の世論への影響(2009年) 先行研究の中で,連邦議会などの最高裁以外の機関による世論への影響を扱っているものが極めて少数で あることを指摘し,連邦議会との比較で最高裁の機能について考察した論稿(バーテルズ=ミュッツ論文) もある27。以下はその結論に相当する部分の抄訳である。 ある機関が世論を先導することは可能なのか? 本研究の示唆によれば,この問いに対しては肯定的な答 えを出すことにはなるものの,影響力の行使の対象となっているのは,考えるための手がかりを求めて信頼 できる情報源を探している「無知で愚かな」人々だけではないため,影響力を期待できるような条件を特定 することはより複雑な作業である。機関による公衆の説得に関する研究の現時点での進捗具合からして,研 究者が行うべきもっと有用な問いは, 「どの機関が,公衆のどの層に対して,いかなる条件で,どの論点で, どのような説得的な影響力の過程を用いながら,影響力を行使しているか?」である。この問いの形式で始 まった研究こそが,機関が世論を動かすことのできる条件と程度について,より良く光を当てることにな る28。 期待されていた通り,世論を動かすための制度的な信頼性を活用していることから,最高裁は連邦議会よ りも世論に対する影響力が大きく,しかも,人々が論点に沿って考えるレベルの高さである洗練性の高低や 論点に関連した議論の顕在性の有無に関係なく,最高裁による世論への影響の行使はほぼ無条件で行うこと ができる。したがって,最高裁が公衆の意見を先導する過程は,実践的(heuristic)であるとともに体系的 (systematic)な形式によるものであった。最高裁に世論の変化の誘導の能力があるのは,最高裁が信頼の できる情報源であるからというだけではなく,判決に書かれている理由付けに説得力があり,その議論の方. 25 Id. at 692. 26 Id. 27 Brandon L. Bartels & Diana C. Mutz, Explaining Processes of Institutional Opinion Leadership, 71 J.Pol. 249-61 (2009). 28 Id. at 259.. 26.

(12) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. 向性における論点に即した配慮の深い考えを刺激するからでもある。最高裁による影響力に関する実践性と 体系性という2つの能力は,組織としての世論の先導性を理解する上で重要ではあるが,我々の知見が特に 驚くに値するのは,今まで研究者に理解されていなかかったやり方で連邦議会が世論を動かすということで ある。連邦議会によって認められることは,あまり洗練されていない人々の考えに重大な影響を与え,しか もそれだけではなく,連邦議会に是認された方向に一致する思考をさらに生み出したが,それは最終的には, アファーマティブ・アクションを認める態度に対する間接的な影響力を促進したのである。手短に言えば, 世論先導者としての連邦議会の役割は,多くの人が考えていたよりも有力である可能性もある。 重要なのは, 世論の先導に関連する影響力の過程は,典型的に考えられていたものよりも「無知で愚かな」 ものではないことを我々の研究結果が示しているということである。最高裁および連邦議会の両方について, 論点に関連する思考において人々が能動的に注意深く関与しているという証拠を本研究は明らかにした。規 範に関わる法的理由付けの観点からすると,合理性や論理的な裏付けは,法的な結論を正当化するために必 要なものである。特に最高裁について言えることであるし,連邦議会についてもある程度は言えることであ るが,一般市民にはある組織の是認があるだけで説得されてしまう傾向が見られるものの,議論の中身の合 理性や論理性もまた,組織による説得のための有用な道具であるということを,我々の知見は示唆してい る29。 実践的モデルに基づく典型的な予想とは対照的に,論点に即した思考に関与していた人々は,連邦議会に よる是認によって説得されることが多かったが,これは我々が当初想定していたのと正反対の知見である。 この知見により我々は,連邦議会のような信頼性の低い機関であっても,論点に即した思考を促進する能力 があるのではないかと考えた。こうした効果の証拠が,アファーマティブ・アクションの事件において見ら れた。アファーマティブ・アクションのような関与度が低い論点であっても,連邦議会には是認の方向の思 考を人々に行わせる能力がある。こうした思考の方向性はなぜ説得力のある影響があるかを説明することに なり,そのため,論点に沿った思考が媒介となって,世論の変化の連邦議会による是認の影響力が行使され るということを,我々の知見は示唆している。最高裁にもまた,是認の方向の思考を劇的に増大させる能力 があり,その影響力はアファーマティブ・アクションおよび旗を燃やす行為の両方の分野において発揮され ている。こうした知見は,機関による是認が,世論に対する直接的な影響力としても,是認の方向の思考の 度合いに対する影響力としても,その両方の役割を果たしているという考えを裏付けるものである30。 全体として見れば,それぞれの機関は,単純な実践的過程モデルが想定するよりも機微のあるやり方で世 論に影響を与えているというのが,我々の知見の示すところである。残念なことに,先行研究の大半は,純 粋に実践的な過程,体系的な過程,および両者の混合の間を区別することができていなかった。より複雑で 実体のある説得の過程から目を背けることになる単純な実践的な過程の重要性を強調し続けることに対し て,我々の知見は警鐘を鳴らしている。最も重要なのは,世論の先導性とは必ずしも,政治的実体のない説 得を意味するわけではないということである。組織が是認することによる影響の程度は,公表されたそうし た是認の理由付けに大きく依拠する。別言すれば,世論の先導性においては,多くの研究者が考えているよ りもはるかに大きな政治的な実体があるのである。さらに言えば,連邦議会といった世論先導者が影響力を 行使できる条件は,その時点での公的空間での是々非々を問う政治的議論の蓄積と何らかの関係性がある。 なぜならば,そこでは認知的な反応において個人が滔々と語ることのできる議論の集合が提供されるからで ある。本研究で見られた世論を先導するものとは,既に結果が決まっている類のものでもなければ,知性を. 29 Id. 30 Id. at 259-60.. 27.

(13) 籾 岡 宏 成. 必要としない類のものでもなく,エリートと公衆との間の政治的議論での意見交換が内包されており,そう した議論の力強さから切り離されたものではなかった。機関による世論の先導性は,以前に考えられていた ものよりも意識の高いものであり政治的に実体のあるものであるということを,我々の知見は強く示唆す る31。 7.最高裁が国政に与えた影響に関する包括的研究(2015年) 最高裁の判決による政策形成の貢献度は,従来考えられていたものよりもはるかに大きいことを示す最新 の研究がグロスマン=スウェドロー論文である32。この論文では,1945年から2004年までの14の分野に跨る 268もの政策において最高裁がどの程度の影響を及ぼしたのかを検討しており,全体の約3分の1の政策変 更に実質的に最高裁が関与しており,しかもそれらが特定の時期や分野に集中していることを示している。 以下は,この論稿の結論に相当する部分の抄訳である。 第二次世界大戦後の政策史に関する我々の分析は,国家の政策の変更に対する裁判所の貢献は少ないとす る公法学者の見解は誤解を招くものであるということを示唆している。国家の政策形成を行う機関に関する 我々独自の比較的分析によって導き出されたさらに正確な見解は,国家の政策の変更に対して裁判所は極め て大きな貢献を行っているというものである。 政策の変更に重大な影響を及ぼしていたのが,ウォーレン・コートおよびバーガー・コート時代の最高裁 であり,しかもそれは,刑事手続,市民権および自由の分野においてであるということに,公法学者は驚か ないであろう。アール・ウォーレンおよびウォーレン・バーガーの2人の首席裁判官が率いる最高裁が,刑 事手続において革命を起こし,市民権を保護するために他の国家機関を先導したことは周知の事実であ る33。 しかしながら,先行研究によって検討されてこなかったのは,裁判所がどの程度において国家の政策変更 に貢献したかである。活動が最も盛んであった時期に裁判所は,重要な政策変更の5分の1に関係していた。 同様に,裁判所が政策変更に最も重要な役割を果たしていた政策分野では,重要な政策変更の半数をはるか に下回るものについて裁判所が責任を負っていた。とは言え,最盛期での司法による政策形成は,ダールの 主張で言うところの「ほぼ無力」とか,ローゼンバーグの見解で言うところの「ほぼ皆無」からは大いに異 なっているのである。 本研究の知見の中で最も興味深いのは,ウォーレン・コートおよびバーガー・コート以外の時期での,刑 事手続, 市民権および自由など以外の分野において,裁判所が国家の政策変更に行った貢献の度合いである。 最高裁は,第二次世界大戦後のあらゆる政権下において重要な政策変更に関与していた。ウォーレンが任命 される以前の第二次トルーマン政権期の司法による政策への貢献度は,ニクソン・フォード政権期のバー ガー・コートのそれに匹敵する。その直後のレーンクィスト・コートは,レーガン政権およびH.W. ブッシュ 政権にあり,その政策への貢献度は,アイゼンハワー,ケネディー,ジョンソン,および初期ニクソン政権 の下にあったウォーレン・コートのそれを凌ぐものである。事実として最も興味深いのは,クリントン政権 期の終期を例外として,最高裁が国家の政策変更に対して恒常的に重要な貢献を見せていたことである。. 31 Id. at 260. 32 Matt Grossmann & Brendon Swedlow, Judicial Contributions to US National Policy Change since 1945, 3 J.L.& C t. 1-35 (2015). 33 Id. at 16.. 28.

(14) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. 連邦裁判所が刑事手続,市民権および自由の分野での40%以上の政策変更に関与していたことは驚きに値 しないかも知れないが,裁判所が金融・通商および社会福祉の分野での政策変更の30%近くに関係していた 事実は,公法の研究者には目新しいものに違いない。我々の研究が明らかにしたところによれば,後者の政 策分野は,司法による政策形成のための領域として,前者とほぼ同じ重要性を有している。それにも関わら ず,公法の学界では後者の分野への注目度は著しく低いのである。同様に公法学者にとって目新しいのは, 教育,エネルギー,衛生,労働・移民,科学技術および輸送などの分野での政策変更に裁判所が重要な影響 を及ぼしてきたことである。本研究の知見が示唆するのは,現在まで公法学が注目してきたよりもはるかに 多くの時期や分野において,司法による政策形成が行われてきたということである。 政策変更への司法による「直接的」な貢献に加えて,当然ながら,「間接的」な貢献もあり,それにより 裁判所は政府の他の部門での政策変更に影響を与えてきた。本研究は,1945年以降の機関による影響に関す る包括的で比較横断的な分析を行うことにより,そうした間接的な貢献の理解に向けて多くのものを提供し ている34。 司法による影響には,特筆すべき2つの特徴がある。第1には,司法が重大な影響を与える場合には,司 法自身が重大な政策形成を行う場合と同じくらい,大統領の政権運営に対する影響が多岐に亘っているとい う点である。第2次アイゼンハワー政権,ケネディ・ジョンソン政権,ジョンソン政権を例外として,どの 大統領の政権下においても裁判所は,他の政治部門での政策変更に対して重要な影響力を行使してきた。第 2には,裁判所は,自身が直接的に政策形成する分野とは若干異なる分野においても,他の機関の政策変更 に重大な影響を及ぼしてきたということである。すなわち,直接に政策形成が最も明らかに可能な分野とは 市民権,自由および刑事手続などであり,他の機関への影響が最も頻繁に起こりえるのは環境問題の分野で ある35。 直接的・間接的な貢献の両方を考慮に入れた場合,連邦の裁判所は,市民権,自由および刑事手続の分野 では政策変更のおよそ半分,金融・通商および社会福祉の分野では約3分の1,教育,環境および労働・移 民の分野では約4分の1もの割合で,影響を与えるか関与している。全体では,裁判所は,国内の政策の分 野の半分において,重要な政策変更に対して多大な影響力を行使している。当然ながら,そのことが示唆す るのは,政策変更の多くは裁判所の外で,裁判所による限定的な影響力の下で行われているということであ る。連邦議会,大統領および行政機関もまた重要な役割を演じているのであって,司法の役割も重要だと考 えなければならないにせよ,最も中心に位置する政策形成機関ではない。 我々が依拠する政策史が司法による政策形成や影響を過小評価している可能性があるため,本研究の知見 は公法学者にとっては極めて興味深いものであるに違いない。手続が閉鎖的であることや,公法学者以外の 者にとっては法原理なるものが不可解であるため,裁判所という機関は,無視されることが多く検証される ことも少ない「ブラックボックス」なのである。裁判所や法原理が政策史の研究家によって検証される限り において,そうした研究は,司法による政策形成や影響を控え目に表現することに結び付きやすい別のバイ アスを共有しているように思われる。政策形成の役割が裁判所にあると政策史の研究家が認定する場合,そ の認定される対象は合衆国最高裁であるのが通常である。連邦下級審や州の裁判所を軽視して合衆国最高裁 を研究することへのバイアスは,公法学者,政治学者,そして恐らくは社会科学から歴史学までを横断する 分野の研究者によって共有されているものである。しかし,一部の公法学者が強調するように,政策形成に 対する司法の貢献の多くは,最高裁の外で行われているのである。例えば,連邦下級審は,社会福祉および. 34 Id. at 17. 35 Id. at 17-18.. 29.

(15) 籾 岡 宏 成. 環境問題の政策の形成および影響において極めて重要な存在であり続けている。 裁判所が別の政策形成に対して及ぼす影響について,我々の政策史が過小評価していることも十分にあり 得ることである。裁判所は,政治的アクターの戦略に影響を与え,その影響は政策にも及ぶ。裁判所は,政 治的紛争を追い出したり,行動を変容させたり,てこ入れをしたり,他者を抑制したりするし,場合によっ ては「反動」を駆り立てたりする。裁判所はまた,政治的組織を構成する助力となり政策に影響力を行使す る。すなわち, 司法による解釈や規則は,公衆の「権利意識」の発展をはじめとした,政治的なイデオロギー, 利益,アイデンティティーを構築し,合法化し,標準化するのに,必要不可欠な役割を果たしているのであ る。裁判所のそうした影響力のほんの一部だけが,政策史について我々が行った符号化の中で捉えられてお り,しかもそれらを評価しようとする政策史の研究家はほとんどいない36。 8.小 括 以上,アメリカにおける司法政治学の論者による7本の論稿を見てきた。それによれば,「世論や政策の 形成に対して最高裁判決が影響を与えているか」という論点については,「従来の認識よりも」という留保 付きではあるものの,概ね肯定的に捉えているものが多いように思える。ただ,共通の論点を扱いながらも, それぞれ異なる研究課題を検討した各論稿の結論を統合して全体像の描写を試みれば,以下の通りとなるだ ろう。 まず, 政策形成に対する最高裁の影響ないし役割については,ダール論文(1957年)とグロスマン=スウェ ドロー論文(2015年)が主として扱っている。両論文も「最高裁が政策形成の中心的地位にあるわけではな い」という前提に立ちつつも,最高裁が政策形成に一定程度に寄与していることを認め,特に後者の論文は, 今までに認識されてきたものよりも多くの分野・時期において司法による政策形成が見られることを実証し ている。今後は,裁判所による政策形成への「直接的」および「間接的」な寄与の具体的な検討とともに, 分野横断的な実証的研究が期待される。 この分野の先駆的研究となったダール論文では,政治的な連合体の不安的な時期には,司法が積極的に固 有の政策を形成する分野があることが示唆されていた。この論文が執筆されたのが1950年代後半のことであ るから, その分野とは,黒人の選挙権の拡大や公立学校での人種隔離解消といったものを指すと推測される。 そうした人権に絡む分野に関連して本稿で取り上げたのは,中絶問題を扱ったフランクリン=コサキ論文 (1989年) と同性愛者の権利の問題を素材としたスタウテンボロー=ハイデー・マルケル=アレン論文(2006 年)であった。両者ともに,主要な最高裁判決が世論に対して統計的に有意なレベルで強い影響力を行使し ていることを実証しており,これは従来の認識を再確認するものである。しかしながら,前者の論文では, 自由裁量の中絶については,最高裁判決により世論の両極化が決定的になったことが指摘されており,後者 の論文では,2003年のローレンス判決後でも,同性愛の合法化について女性層とリベラル層以外は支持して おらず,いわば分極化状態に陥ったことなども指摘されている。すなわち,世論の反応の中には,全体とし てのものと個別の集団によるものが混在しており,世論の総体的・平均的な把握だけでは十分ではないこと が示唆されている。また,人権に関連するという点では共通していても,分野によって最高裁判決の世論へ の影響の内実は大きく異なることも判明した。 ところで,最高裁判決の世論形成への影響を考える上では,特定の判決についてどのような報道がなされ るかは極めて重要な要素であり,その意味では報道機関(メディア)は主要なアクターとも言える。この点 を扱ったラミレス論文(2008年)では,最高裁判決が手続的正義に適ったものであるという報道がなされる 36 Id. at 18.. 30.

(16) アメリカ社会における司法審査制度の機能論⑷. か否かによって,最高裁に対する公衆の支持が異なることが論じられている。ただ,メディアによる最高裁 の扱い方だけではなく,報道の量が世論を左右することもある。別の研究では,ローレンス判決後の同性婚 の是非をめぐる報道数の急激な増加により,世論が両極化したことが指摘されている37。まさに媒体(メディ ア)というアクターとしての世論への影響を検討する上では,最高裁判例をメディアがどのタイミングで, どのように,どの論点と関連させて,どの程度,報道するのかにも焦点を当てる必要があるだろう。 機関としての最高裁が,連邦議会との比較でどのように世論に影響を与えるかを論じたバーテルズ= ミュッツ論文(2009年)では,最高裁が議会よりも大きな影響力を有していることが主張されていた。しか も,実践性・体系性の両面において強い影響力があることが指摘されている。ただ,連邦議会にも,アファー マティブ・アクションのような分野では間接的ながら世論への影響力があるとされている。今後は,執行府 を含めた,ダールの言う「政治的な連合体」の中での,最高裁の位置づけという観点からの研究が俟たれる ところである。 世論の地域性に着目したのがホークストラ論文(2000年)であるが,この論稿では,最高裁判決の所縁の 地域の住民による最高裁そのものへの印象が判決後に大きく変化し,その傾向が周辺の住民よりも強いこと が指摘されている。ただし,同著者による他の著作では,態度が変化するのは機関としての最高裁に対して であって,特定の最高裁判決や論点に対する態度が変化するわけではないとされている38。ともあれ,世論 というものが,地域性を含めた様々な要素の複合体であることを示す重要な視角である。 なお,本稿で紹介した論稿以外にも,最高裁判決の世論に対する影響については,トマス・マーシャルと いう政治学者による1989年の著書の中でも触れられているが,世論データが存在する1930年代のヒューズ・ コート時代(1934年~40年)からバーガー・コート時代(1969年~85年)については否定的な見解が展開さ れている39。同人による次作においては,レーンクィスト・コートについても同様に判決の世論への影響力 は強くないと述べられている40。また,この論点に関する先行研究をまとめた論稿もあるものの41,紙幅の都 合で本稿での紹介は割愛した。 次稿以降では,刑事手続,中絶,同性愛,アファーマティブ・アクションといった個別の分野において, それぞれ最高裁判決がアメリカ社会の中でどのような機能を果たしてきたかについて,引き続き検討を重ね てみたい。 . 37 See Nathaniel Persily,. (旭川校教授). et al.,. Public Opinion. 38 See Valerie J. Hoekstra, Public Reaction 39 Thomas R. Marshall, Public Opinion. to. and the. and. Constitutional Controversy 242-45 (2008).. Supreme Court Decisions 145-47 (2003). Supreme Court, 90, 132, 155, 193 (1989).. 40 Thomas R. Marshall, Did the Rehnquist Court Influence Public Opinion? in Public Opinion. and the. Rehnquist Court,. 136-37 (2008). 41 Thomas M. Keck & Logan Strother, Judicial Impact, Oxford Research Encyclopedia of Politics (2016).. 31.

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