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諸富徹著『資本主義の新しい形』

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Academic year: 2021

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【書評】

諸富徹著

『資本主義の新しい形』*

松下和夫

1 はじめに:本書のねらいと構成  著者の一貫した問題意識は,「資本主義をいか にして持続可能で公正なものにするか」である. 本書では 1970 年代以降に進展した資本主義の構 造変化を,「資本主義の非物質的転回」と規定し て分析し,その意味や政策的含意を展開している.  本書によると,資本主義の根本的変化は,デジ タル化やサービス化,知識経済化など「非物質化」 にある.その動きは 70 年代に始まり,90 年代以 降,急展開している.例えば世界各国で物的投資 は滞っているが,無形資産投資が急増している. 付加価値の源泉が物的資本から無形資産にシフト しているのだ.  本書は,このような現代資本主義の構造変化の 契機を捉え,いかにして環境と調和した『持続可 能な発展』の経路へ移行できるのか,という問題 設定をし,「資本主義の非物質主義的転回」の分 析を通じて,日本企業の産業競争力の低下,経済 格差の拡大,温暖化対策の停滞などの課題を理論 的かつ包括的に考察した力作である.  本書の構成は以下の通りである.   第一章 変貌しつつある資本主義   第二章  資本主義の進化としての「非物質主 義的転回」   第三章  製造業のサービス産業化と日本の将来   第四章 資本主義・不平等・経済成長   終 章  社会的投資国家への転換をどのよう に進めるべきか  この構成が示すように,本書が対象とする視野 は広くその射程距離は非常に長い.  第一章では経済成長論の学説史の子細なレ ビューを踏まえ,資本主義の「非物質主義的転回」 を位置づけ,第二章以降の日本が抱える問題や各 国との比較などでは,膨大なデータや先行研究を 引用し,それらを緻密に分析し説得力ある所論を 展開している.  コロナ禍と気候危機の進行に直面する今後の資 本主義の形,とりわけ日本の進むべき道を考察す るうえで是非参照すべき良書である.以下本書の 主要論点のいくつかを紹介する. 2 「資本主義の非物質主義的転回」と日本の経 済の停滞  本書における資本主義の「非物質化」とは,① 価値の源泉の知的財産・ソフトウェア・組織・ブ ランドなど非物質的なものへの移行,②消費者の 望むものの便利さ・快適さ・安全性・デザイン性・ シンボル性などの非物質的なものへの移行,さら に,③商品の生産に使う二酸化炭素の減少(脱炭 素化・持続可能性)をも意味する.本書ではこの 「非物質化」をメインテーマとし,日本の資本主 義のあるべき形を模索している.  それでは日本の資本主義がバブル崩壊以降長期 停滞しているのはなぜか.著者は上記「資本主義 の非物質主義的転回」に正面から向き合わず,結 果として適切な対応ができなかったことをあげる.  資本主義の非物質化にともなって,「投資の非 物質化」が進行する.だが日本の経営者たちは,「も のづくり信奉」が強すぎ,こうした資本主義の構 造変化に気づくのが遅れた.「経済の非物質化」 という変化の重要性を理解し,それに対応した事 * 諸富徹著(2020)『資本主義の新しい形』岩波書店, 2020年 1 月発売,270 頁,ISBN:978-4-00-028733-3, 本体 2,600 円+税 環境経済・政策研究 Vol. 14, No. 1 (2021. 3) 環境経済・政策研究 Vol. 14, No. 1 (2021. 3), 71 74

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業構造の転換が必要だと認識しなければ,投資の あり方を変革することはできなかったのである.  こうした変化への対応は,アメリカでは少なく とも 1990 年代に始まり,2000 年代以降,加速化 していった.ところが日本企業は,経済の非物質 化に対応できなかったことでビジネスモデルの変 革に遅れ,すっかり変わってしまった競争の土俵 で,次々と敗北を喫し,市場を失うことになった のである.日本経済が長期的に停滞してきた根本 的な原因は,資本主義の構造変化に気づくのが遅 れ,無形資産への新たな投資機会を見い出せな かったことにあると著者は指摘する.実は,新し い投資機会は生まれてきているが,従来型の「も のづくり」に執着する経営者には,その新たな機 会が見えていなかったのである. 3 なぜ日本では脱炭素化が進まないのか  本書ではさらに,資本主義の非物質的転回とし ての「脱炭素化」を論じている.そして脱炭素経 済を創出,軌道に乗せることが,21 世紀におい て資本主義が生き延びるための唯一の方途との認 識を示し,「脱炭素化」が今後の企業・産業のあ り方を左右する基軸となることを指摘している. 脱炭素化投資は,最も緊急性の高い投資であり, そこに大きな投資ニーズが存在し,脱炭素化のプ ロセスが高付加価値化のプロセスとなるとする. そして「環境保護政策は経済成長を阻害する」と の主張には十分な根拠がないことを,堅実なデー タで示している.  例えば,スウェーデンをはじめ,フランスやカ ナダなどでは,2000 年代以降に二酸化炭素の排 出量が抑制されても経済成長が維持されるという 「デカップリング」の現象がみられ,それらの国々 では,環境税や排出量取引のように,二酸化炭素 の排出に対して価格付けを行う政策(カーボンプ ライシング)が推進されてきた.それらの仕組み は「環境政策の手段」という次元を超え,「経済 成長の政策」として機能し,大胆な産業構造の転 換が進んだのである.すなわち温暖化対策が,企 業に事業構造の見直しを迫り,炭素集約的で低収 益な事業領域から低炭素だが高収益な事業領域へ の転換を促し成長を後押ししてきた可能性が高い と論じる.  ところが日本は長年にわたり脱炭素化の前に立 ち止まってきた.その背景には経団連を中心とす る日本企業が,脱炭素化を新しいビジネスとして よりも,コスト上昇要因,競争阻害要因としてと らえてきた事情がある.温暖化対策の強化は,コ スト上昇を通じて日本のものづくりを疎外し,そ の国際競争力を低下させてしまうというのが経団 連をはじめとする産業界の主張であった.その結 果脱炭素化投資という貴重な国内投資機会を逃し てしまい,生産設備は更新されず,ますます老朽 化し,生産性は低下する.このような状況が続く と脱炭素化のための製品・サービス,生産設備, 原材料をめぐる熾烈な開発競争で日本はさらに後 れをとり,国際競争力を喪失すると著者は憂えて いる.  日本は省エネ先進国・環境対策先進国である等 の言い古された神話は,産業別のエネルギー消費 原単位や炭素生産性の国際比較などの具体的な データや実証研究などでその誤りが検証されてい る.実際に主要国の炭素生産性の国際比較をみる と,日本が米国に次ぐ世界最下位水準であること に改めて衝撃を覚える. 4 「不平等と格差の拡大」  資本主義の最大の問題点の一つは「不平等と格 差の拡大」である.では,資本主義が非物質化し ていくと,この格差問題はどうなるのか.本書で は経済の非物質化の進展は不平等と格差を拡大さ せる方向に動きかねないと述べている.  拡がることが避けられない格差問題に対して, 具体的に何を行なっていくべきか.国は人的資本 への投資を積極的に行なっていくべきとし,人的 資本への投資を国が主導して行う国家を,本書で は「社会的投資国家」と呼んでいる.グローバル 化時代の国家は,税制や財政支出による「分配国 家/福祉国家」から,人に投資を行うことで長期 的に社会の発展を促す「社会的投資国家」に転換 しなければならないと提唱しているのである.  社会的投資国家とは,公共目的に資する資金配 分の決定権を国家が握り,市場に任せていては資 金が供給されない人的資本,自然資本,そして社 72 松下:書評『資本主義の新しい形』 環境経済・政策研究 Vol. 14, No. 1 (2021. 3)

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会関係資本の蓄積に投じることを意図している. 国家の役割を縮小するのではなく,グローバル化 と知識経済化という 21 世紀に入ってより顕著に なってきた経済構造の変動に適応すべく,国家の 役割を再定義しその機能強化を図ろうとしている のである.  そして,現下の日本の最大の問題は,企業でも 政府でも,人的資本投資があまりに過少なことを 指摘している.これが人的資本投資の重要性が高 まる現在の資本主義の中で競争力を失っている根 本的な要因ではないかと考察し,新しい資本主義 社会下で日本が成長を続けるためには,企業によ る人的資本への投資,無形資産への投資,そして, 脱炭素化に向けた投資と産業構造のイノベーショ ンに傾注していかなければならないと結論づけて いる. 5 社会的投資国家への転換  以上のような分析に基づき,著者は新しい資本 主義へと世界が動いていく中で,立ち遅れた日本 経済の課題として以下の 3 点を挙げる.  ① 資本主義の非物質主義的転向にいかに対応す るか(脱従来のモノづくり,サービスと一体 化する付加価値の高いモノづくり),  ② 労働生産性と炭素生産性の低迷をどう改善す べきか(変わりつつある資本主義のルールに 対応できる産業構造変革),  ③ 不平等・格差の拡大をどう防ぐか(社会政策 が長期的経済政策へつながる=人づくり).  そして,現実の経済を変えていく具体的施策と して次の 4 点を挙げている.  ① 人的資本投資(極端に低い日本の国家と企業 の人材への投資改善),  ② 同一賃金・同一労働(企業を超えた同一賃金・ 同一労働ルール化により,経営力の弱い企業 から経営力のある企業への人材シフト,企業 を守るのではなく労働者を守る政策へ),  ③ 失業・家族・住宅手当の拡充(労働者のシフ トに伴う一時的不遇を国が面倒を見ることで 長期的持続的成長を目指す),  ④ 脱炭素化へ向けた産業構造改革とカーボンプ ライシングの導入(非物質化と脱炭素化の同 時達成,そして炭素生産性の高い産業へのシ フト). 6 経済成長の形と国の役割  本書の主張や仮説の論証は概して極めて明快で あり,評者もそのほとんどに賛同する.ただし以 下の点をコメントしておきたい.  第 1 は「経済成長」の概念である.本文中では 注意深い記述がされているものの,ときとして「成 長」という言葉がやや無限定に使われているよう に思われる.非物質化した経済の内実はどのよう なものか.人々の生活はどうなるか.一方,非物 質化により絶対的なデカップリングは可能か.「経 済成長」が従来型の物的・量的拡大の意味で受け 止められると,地球の限界(プラネタリー・バウ ンダリー)論やハーマン・デイリーの「最適経済 規模」の議論とは齟齬が生じる.また,斎藤幸平 などが主張する「経済成長の罠」,「生産性の罠」, 「継続的な経済成長は(中略)不可能である,脱 物質化もこの制約を取り除くことはできない,デ カップリングは幻想である」(斎藤,2020)等の 問題提起にどのように答えるのか.著者の見解を 伺いたいところである.  第 2 は「社会的投資国家」についてである.現 在の民主主義的制度の下で,著者が提唱する「社 会的投資国家」の役割を果たしうる賢明な政府へ の移行はいかにして実現できるだろうか.果たし て政府は人的投資拡充に向けた適正な資源配分を できるだろうか.現実には,政治プロセスやガバ ナンスの課題が大きく立ちはだかるように思われ る.また,スウェーデンでの経験(「積極的労働 市場政策」)が紹介されているものの,それがど の程度普遍的な有効性をもつか,あるいは人的投 資拡充によって本書で取り上げられた多くの問題 が解決できるだろうか.とはいえ「社会的投資国 家」への転換の提起自体の意味は大きい. 7 おわりに  菅首相は 2020 年 10 月 26 日の就任後最初の所 信表明演説で「我が国は,2050 年までに,温室 効果ガスの排出を全体としてゼロにする,すなわ ち 2050 年カーボンニュートラル,脱炭素社会の 73 松下:書評『資本主義の新しい形』 環境経済・政策研究 Vol. 14, No. 1 (2021. 3)

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実現を目指すことを,ここに宣言いたします.」 と述べた.パリ協定の目標の実現に向け,世界の 多くの国がすでに「50 年に実質ゼロ」を表明し ている中で,遅きに失しているとはいえ,歓迎す べき動きである.  ただし現状の政策の延長上では「50 年に実質 ゼロ」達成はおぼつかない.その実現に向け当面, 2030年目標の強化,石炭火力からの撤退,再生 可能エネルギーの抜本的拡大,カーボンプライシ ングの本格的導入,原子力の段階的廃止など課題 は山積している.  それにもまして必要なことは 2050 年に向けた 社会のビジョンを描き,日本経済の抜本的転換(ト ランスフォーメーション)を図ることである.で はその方向はいかなるものか.そのためには「資 本主義の新しい形」そのものを考察する必要があ る.そうしたことを考えるうえでも本書は多くの 示唆を与えてくれる.  最後に,本書に関連して併せてお読みいただき たい文献を以下に記す.   スティグリッツ,ジョセフ(2019)『プログレッ シブ キャピタリズム』東洋経済新報社.   リフキン,ジェレミー(2015)『限界費用ゼロ 社会』 NHK 出版.   リフキン,ジェレミー(2020)『グローバル・ グリーン・ニューディール』 NHK 出版.  斎藤幸平(2020)『人新世の資本論』集英社. 参考文献 斎藤幸平(2020)『人新世の資本論』集英社. (まつした・かずお 京都大学/公益財団法人地球環境戦略研究機関) 74 松下:書評『資本主義の新しい形』 環境経済・政策研究 Vol. 14, No. 1 (2021. 3)

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