〔ペストロジー 35(1):23-26(2020)〕 23 は じ め に 巣を離れ,採餌等の巣外活動後,巣に戻ってくる動物の 習性は,帰巣性,もしくは回帰帰巣といわれる.帰巣性は, 自然界で多くの動物で観察され,ツバメ,ハト,サケ,ウ ナギ,ミツバチ類でよく知られている.帰巣性は動物が有 する本能といわれている(桑原,1970). 社会性昆虫ではミツバチ以外でも,アシナガバチ,スズ メバチ類等にも帰巣性は観察される.餌や水,巣材の採取 等で巣を飛び出した個体は,外役行動を終えると巣に戻っ てくる. スズズメバチ類に関する帰巣性の報告は少なく,松浦・ 山根(1984)が,野外に設けた餌場に集まる個体をその場 でマークし,巣に戻るハチを観察した.コガタスズメバチ Vespa analisでは,マーク個体が確認された巣の大部分 (94%)が1 km以内に存在していた.また,養蜂場に飛来 したオオスズメバチVespa mandariniaの例では,平均1 ~ 2 kmの半径内であったが,最大で8kmあったことが報告 されている(Matsuura and Sakagami,1973).
今回,越冬から目覚めた女王バチから飼育を始め,生育 したコガタスズバチの飼育巣を用い,本種の帰巣性の行動 観察を行ったので報告する. 試 験 方 法 1. 室内飼育 飼育は,5月3日,屋外で捕獲したコガタスズメバチの 女王バチ(越冬から目覚めた個体)から開始した.室内飼 育は,金山・小曽根(2002)に準じて行った.飼育巣には 前年度の古い巣盤(育房5~8個)を用いた.巣盤は70% エタノールで2~3回洗った後風乾し,厚紙に取り付けた. 巣盤を取り付けた厚紙を径11cm,高さ6cmのプラスチッ ク容器に被せた.女王バチを容器内に放し,暗条件下で静 置し,産卵させた.女王バチの餌として,幼虫が孵化する までは,ハチミツと水を入れた小シャーレを飼育容器内に 設置した.幼虫孵化後は,小昆虫動物(ハエ,クモ類等) を直接女王バチに与えた(写真1-左).幼虫の発育に合わ せ,巣は逐次,大きな容器に移し変えた.蛹化後は金網の 容器(径18 cm,高さ25 cm)に移した.容器内には,巣 材となる古い巣の巣板や外被,朽ち木を入れた.最初のハ タラキバチ羽化後は,ハエ,ミツバチ,甲虫類をピンセッ DOI: 10.24486/pestology.35.1_23 事例報告
飼育巣を用いたコガタスズメバチの帰巣性
金 山 彰 宏
〒252-0813 藤沢市亀井野626-1 キーワード:コガタスズメバチ,帰巣性,飼育巣 (受領:2020年1月7日;登載決定:2020年2月10日)Homing instinct of Vespa analis (Fabricius) on the breeding nest
Akihiro KANAYAMA
626-1 Kameino, Fujisawa, Kanagawa 252-0813, Japan
Abstract: The homing instinct of Vespa analis was observed on a breeding nest in 2017. Several workers marked with white paint were
released from different points. Individuals released from distances of 320, 640, and 1000 m were confirmed on the nest surface, but the homing instinct from 1700 m was not confirmed.
Key word: Vespa analis, homing instinct, breeding nest.
*Corresponding author: [email protected]
写真1 室内飼育(左:5月30日,右:6月20日)
24 金山彰宏 トで直接女王バチ,働きバチに与えた.働きバチが5~6 個体羽化するまで室内飼育を続けた(写真1-右). 2. 屋外飼育 室内飼育の段階で働きバチが6個体羽化後,巣を金網 ケージ(30×30×30cm)の天井部に取り付けた.その後, ケージは一階,居間のガラス戸の外,30cmの位置に設置 した(写真2).ケージの西方向は全面開口した.巣が大 きくなるに伴い,巣の出入り口は初期の底部から最終的に は西側に開口した.観察巣は,巣回り63cm,高さ20cmで あった. 3. 働きバチの飛行ルート 羽化後,巣内での作業を終えた働きバチは,やがて外役 (採餌・採水,巣材採取等)に移る.働きバチは巣を飛び 出すが,いきなり飛び去ることをせず,巣の周辺を漂う様 に緩やかに飛行し,数分ですぐ巣に戻ってくる(定位飛 行).定位飛行で巣の位置を認識した働きバチは,巣材, 餌を求めて勢いよく直線的に飛び去っていく.観察の結果, 巣口を飛び出した働きバチの飛行ルートは,以下の3方向 が確認された.①直進して西方向に飛び去る.②飛び出し た直後,方向を南に向ける.③飛び出した直後,東方向に 飛び去る(図1). 4. 放逐個体のマーク 供試個体(放逐個体)には,巣から飛び出した直後に ネットで捕獲したハチを用いた.放逐個体のマークには, 白のアクリル・カラースプレーを用いた.捕獲した個体は 個々に小型プラスチック容器に入れた.小型容器は保冷剤 を詰めた大型容器内に押し込みハチを低温麻酔した.動き の弱まった個体を取り出し,所定の箇所に筆でマークした. マーク個体は,金網の容器内に入れ,通風して,油剤によ る影響(麻痺)を防いだ(写真3).マーク箇所は,胸部 と腹部,並びに翅とし,放逐ごとにマーク部位を変えた. 5. 放逐日時と場所 放逐場所の選定には,ハタラキバチの飛行ルートに合わ せ,東方,南方と西方向と定めた.また,放置場所は樹木 の茂った林で,放逐地点は巣の方向が開けた地点とした. 表1に放逐日時,放逐場所と方位,マーク部位と放逐個 体数を示した. 放逐は,8月19日~10月1日の間に4 地点で(A・B・C・ D)行った.放逐地点と巣からの距離,景観は以下の通り で,地図と景観を図2と写真4に示した. A: 巣から南に直線距離で320 mの地点で,小高い丘陵 部の茂み. B: 巣から西に直線距離で640 mの地点で,小高い丘陵 部の林を控える草地. C: 巣から東に直線距離で1000 mの地点で,小高い丘陵 写真2 観察用の巣(屋外飼育) 図1 飛行ルート 写真3 マーク個体(胸部と腹部にマーク) 図2 放逐地点の概要 P23-26_35-3.indd 24 2020/03/18 9:56
25 飼育巣を用いたコガタスズメバチの帰巣性 部の林を控える草地. D: 巣から東に直線距離で1700 mの地点で,森林公園 の一角で西方向が開けた林の中. 放逐地点の概要と景観を図2と写真4に示した. 6. 放逐と帰巣の確認 マーク個体は放逐地点まで車で運んだ.放逐に当たって は,個体が十分覚醒した段階で,金網の口を開き,ハチが 飛び出すのに任せた. 帰巣確認は,原則早朝と夕方に行った.確認には,巣の 入口,巣上を注意深く観察した.帰巣したハチは,巣口近 くの巣上に止まり,その後,巣口に入り込むことから,そ の際にマーク個体の確認を行った.また,巣を軽く刺激し て,巣上に群がる個体でマークを確認した.放逐地点Dで は, 3回放逐を行ったことから,10月1日の放逐後一週間 まで,先の放飼個体も含め帰巣の確認を行った. 今回の観察では,1個体でも帰巣が確認できれば帰巣あ りと判断した. 結 果 飼育巣から南に320 m(A),西に640 m(B),東に1000 m(C)の地点で放逐した個体は,1~3日中に3地点から の帰巣が確認された.帰巣結果(A, C)を写真5に示した. 一方,東に1700 mのD地点からは,3回合計15個体放 逐したが,帰巣個体は確認できなかった. 考 察 スズメバチは,巣を基本に女王,働きバチで生活を営む 社会性昆虫の代表である.営巣初期は,女王バチが巣造り のため忙しく,巣からの出入りを繰り返すが,生育した巣 では,働きバチが頻繁に巣を出入りする.巣を出た働きバ チは必ず前述の定位飛行を行う.室内飼育中のスズメバチ も室内で,同様の飛行行動が観察された. ミツバチ社会では,この定位行動がよく知られている. 定位飛行で周辺の光景を記憶し,地図として残し,巣を離 れても地図として記憶を頼りに帰巣が可能となる(Menzel et al., 2005).ハチにとって定位飛行は極めて重要な行動で ある. 多くの昆虫は,採餌,交尾相手,巣,生息場所等,様々 な目標に向け行動を起こす.弘中・針山(2009)は,視覚 情報を用いる定位を視覚定位としている.また,定位行動 を起こさせる手掛りには,直接的なもの(花の色等)と間 接的なもの(地上の視覚的目印)があることも示してい る. 飼育巣を用いた今回の観察では,巣周辺に多くの雑木林 が存在することから,巣を出たハチがどの雑木林を餌場, 巣材の採取場所に選んでいるかの確認が極めて困難であっ た.本観察では,巣の直近で無作為に捕獲した個体を用い た.従って,それぞれの個体が日頃,主にどの方向の餌場 等を利用しているか不明である. 今回の観察では,320 m,640 m,1000 m 地点で放逐し た個体の帰巣が観察された. 松浦・山根(1984)が観察した放逐では,帰巣の確認さ れた大部分が,巣から1 km以内に存在した餌場からであっ た.放逐観察の方法が異なるため単純に比較はできないが, 働きバチが一度訪れた場所であれば,視覚定位による帰巣 が可能であると考える.一方,巣からの直線距離で1700 mの地点からの帰巣個体は確認されなかった.放逐個体に は,そこまでの飛行ルートに関する地図情報が,取り込ま 写真4 放逐地点の景観 ☆放逐ポイント 写真5 帰巣個体(左:A地点放逐個体の胸部マーク, 右:C地点放逐個体の腹部末端のマーク) 表1 放逐時期と時間およびマーク部位 放逐月日 放逐地点* 放逐時間 マーク部位 放逐個体数 天候 8月19日 A:南方320m 12時~ 胸部か翅に白 8 曇り 8月29日 B:西方640m 12時~ 腹部と翅に白 6 晴れ 9月1日 C:東方1000m 12時~ 腹部末端に白 10 晴れ 9月23日 D:東方1700m 12時~ 胸部と腹部に白 5 曇り 9月26日 D:東方1700m 12時~ 胸部と腹部に白 5 晴れ 10月1日 D:東方1700m 15時~ 胸部と腹部に白 5 晴れ *巣からの距離 P23-26_35-3.indd 25 2020/03/18 9:56
26 金山彰宏 れていなかった可能性が十分に考えられる. 今回の観察では,各放逐場所で複数の個体をマークした が,個別間識別が可能となる詳細なマークができなかった. また,帰巣が確認できた段階で以後の観察を終えたため, 各放逐地点における帰巣割合は不明である. 今後は,日頃どの方向に飛行している個体かを見定め, 個体の飛行ルートに合わせた場所からの放逐を行うこと で,より詳細な帰巣性を観察することができると考える. ま と め コガタスズバチの飼育巣を用い,本種の帰巣性を観察し た.飼育巣から南に320 m,西に640 m,東に1000 mの地 点で放逐した個体は,1~3日中に帰巣が確認された.し かし,東方1700 m地点からの帰巣は確認できなかった. 引 用 文 献 弘中満太郎,針山孝弘(2009)昆虫の視覚定位行動とその人工光 による変化. 応動昆, 53(4): 135-145. 金山彰宏,小曽根惠子(2002)コガタスズメバチ Vespa analis の 飼育.ペストロジー学会誌,17(2): 81-85. 桑原萬壽太郎(1970)帰巣本能 その神秘性の追究,203 pp. 日本 放送出版協会,東京.
Matsuura, M. and S. F. Sakagami (1973) A bionomic Sketch of the Giant Hornet, Vespa mandarinia, a Serious Pest for Japanese Apiculture. J. Fac. Sci. Hokkaido Univ. Ser. Ⅵ, Zool., 19 (1): 125-162.
松浦 誠,山根正気(1984)スズメバチ類の比較行動学,428 pp. 北海道大学図書刊行会,札幌.
Menzel, R., U. Greggers, A. Smth, S. Brger, R. Brand, S. Brunke, G. Bundrock, S. Hülse, T. Plümpe, F. Schaupp, E. Schüttler, S. Stach, J. Stindt, N. Stollhoft and S. Watzl (2005) Honey bees navigate according to a map-like spatial memory. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 102: 3040-3045.