1. は じ め に 1.1. 教師の教授知識に関する研究 教師の専門的能力である授業力量を示す要素の一つ に教授知識がある(吉崎 1991).教授知識は,「知識」 と表現されたり,「教師の専門的知識」,「教師の知識」 と表現されたりすることもある.吉崎(1991)は,教 授知識を,SHULMANが提唱した「授業についての教師 の知識」のことだとしている.これらはいずれも「授 業を進める上で教師に必要な知識」という意味を表す. 教授知識に関連する研究は,主にアメリカで1980年 代から展開され,この中で最も言及されてきたのが, 教育的内容知識(Pedagogical Content Knowledge:PCK) である(久我 2007,八田 2010).PCK は,SHULMAN (1987)がまとめた7つの教授知識のカテゴリーのう ち,「ある教材をどのように教えたらいいのかという授 業を想定した教材内容についての知識」として特に強 調された知識である.GUDMUNDSDOTTIR(1990)は, 小説の読解の授業を対象に,教授知識としての PCK に 含まれる道徳的側面について議論している.日本にお いては,吉崎(1988a)が,PCK の考え方を踏まえて, 「教材内容あるいは教授方法についての知識」と学習 者との間に存在する複合的な知識に着目し,授業につ いての教師の知識として7つの知識領域を提案してい る.八木・吉崎(1990)は,PCK や吉崎が提案した知 識領域の枠組みを用いて,理科の授業で用いられる教 師の教授知識に注目し,若手教師とベテラン教師のも つ教授知識の違いを明らかにしている. これらの教授知識に関する研究は,授業における教 師の認知的な側面を明らかにするものとして1990年前 後に多く行われた. 1.2. 授業における1人1台の情報端末の活用に関 する動向 現在の日本における小学校の授業の様子は,1990年 代と大きく変わってきている.例えば,2011年度から 全面実施された小学校学習指導要領(文部科学省 2008)には,「児童がコンピュータや情報通信ネットワ 日本教育工学会論文誌 44(4),431-442,2021
1人1台の情報端末を活用した小学校の授業で用いられる
教師の教授知識の特徴
†八木澤史子
*1・堀田龍也
*1 東北大学大学院情報科学研究科*1 本研究では,1人1台の情報端末を活用した小学校の授業で用いられる教師の教授知識の特徴 を明らかにするため,授業で観察された教師の教授行動の背景にある意図について授業者にイン タビューを行い,その内容を「授業についての教師の知識領域」(吉崎 1988a)の枠組みを参考に 分類した.その結果,1人1台の情報端末を活用した授業においても,情報端末を用いる以前か ら示されていた枠組みが授業者の教授行動の背景として存在する教授知識あるいは考え方を分 類するうえで適用可能であることが示唆された.また,授業者が用いた教授知識の中には,学習 活動や学習機会,学年,教科の影響を考慮する必要がある特徴をもつ知識も示された.さらに, ICT に関する知識を吉崎が示した知識領域との関連の中に見出した.その結果,ICT に関する知 識は4つに分類され,吉崎が示した知識領域の拡張と捉えられるものとそうでないものがあるこ とが示唆された. キーワード:1人1台の情報端末,ICT 活用,教授知識,教師教育,授業研究 論 文 2020年8月31日受理 † Fumiko YAGISAWA*1 and Tatsuya HORITA*1 : Characteristic of the Teachers’ Teaching Knowledge of One-to-One Computing in Elementary Education Classes
*1 Graduate School of Information Sciences, Tohoku
University 6-3-09 Aramaki-aza-Aoba, Aoba-ku, Sendai, 980-8579 Japan
ーク等の情報手段に慣れ親しみ,コンピュータで文字 を入力する等の基本的な操作や情報モラルを身に付け, 適切に活用できるようにするための学習活動」等を各 教科等の中で充実させる必要性が記されている.また, 2020年度から全面実施された小学校学習指導要領(文 部科学省 2017)では,先の学習活動等に関連して,「児 童がコンピュータで文字を入力する等の学習の基盤と して必要となる情報手段の基本的な操作を習得するた めの学習活動」という記述があり,児童がコンピュー タで文字を入力するといった操作が学習の基盤となる コンピュータの基本的な技能として明記されている. これらの学習活動では,児童1人1台の情報端末の 活用が想定されており,これらの学習活動に取り組ん でいた小学校では,1人1台の情報端末を活用した授 業が行われている.また,2019年には,文部科学省か ら,1人1台の情報端末の活用を支援する目的で GIGA スクール構想が発表され,ハード・ソフト・指導体制 一体の施策パッケージが示された(文部科学省 2019a). その後,GIGA スクール構想の加速を促すため補正予 算が組まれ,1人1台の情報端末の環境を早期に実現 することが求められている(文部科学省 2020). 1人1台の情報端末の環境整備が進むことに伴い, 1人1台の情報端末を活用した授業を対象とした研究 も多く行われてきた(例えば高橋ほか 2014a,深見ほ か 2017).しかし,1人1台の情報端末を活用した小 学校の授業を対象とした教師の教授知識を含む教師教 育に関する学術的な研究は数が少なく,必要な知見が 十分に得られていないことが課題である(八木澤・堀 田 2018).小柳(2016)は,「学びの質や深まりを意識 したこれから求められてくる学習をデザインしていく 際に,教員には,ICT(Information and Communication Technology)の活用も含み込んだより多様な学習活動 のイメージ,学習内容と方法と評価に関する知識とそ れを実践に生かせる能力や態度が求められてくる」と 述べている.小柳がいう ICT には情報端末も含まれて おり,今後展開される1人1台の情報端末を活用した 授業で求められる教師の教授知識や能力,態度の詳細 を検討することは,今後求められる教師の授業力量を 明らかにする上で,必要なことと考える. 1.3. 1人1台の情報端末を活用した授業を行った 経験のある教師の意識に関する研究 1人1台の情報端末を活用した小学校の授業におけ る教師教育に関する研究の一つとして,YAGISAWA and HORITA(2018)および八木澤・堀田(2019)の研究が
ある.YAGISAWA and HORITAおよび八木澤・堀田は, フューチャースクール推進事業(総務省 2011)の実証 校に勤務する教師にインタビューを行い,授業におけ る教師の ICT 活用に対する意識について調査している. 具体的には,「普段の授業でどのような ICT 活用を行 っているか」,「授業で ICT を活用するために自分にで きる技能は何か」等の項目を教師に尋ね,その回答を, 技 術 と 関 わ る 教 育 的 内 容 知 識 ( Technological Pedagogical Content Knowledge:TPACK)(MISHRA and KOEHLER 2006)の枠組みを用いて分類し,特徴を分析 している.その結果,授業で ICT を活用する以前から 重視されている教師の知識や技術が,1人1台の情報 端末を活用した授業においても重視されていること, ICT 活用の主体が教師から児童にシフトしたことによ る影響が,観察された知識の一部にみられることが示 されている. TPACK は,教室におけるコンピュータ利用に注目し, PCK の考えに「技術」に関する知識を加え,「教育」「教 科内容」「技術」に関する知識の統合に目を向けたモデ ルである.小柳(2016)は,日本では TPACK に関連 する内容が教師教育の資料や論文としてあまり報告さ れ て い な い と 述 べ て い る . よ っ て , YAGISAWA and HORITAおよび八木澤・堀田で得られた知見は,1人1 台の情報端末を活用した教師教育に関する研究として 価値あるものと考えられる.
しかし,YAGISAWA and HORITAおよび八木澤・堀田 が行った調査は,調査対象者に,普段の ICT を活用し た授業の様子を思い出してもらいながら行ったインタ ビューであったことから,それ以外のことについては 聞き取りを行っていない.したがって,聞き取った内 容の分析によって得られた結果は,当然のことながら ICT 活用に関する知識に限定されている.YAGISAWA and HORITAは,今後の課題として,実際の授業で観察 された教授行動を基に,授業で用いる教授知識に関す るインタビューを行う必要性について言及している.
1.4. 1人1台の情報端末を活用した授業で観察さ れた教師の意思決定に関する研究
YAGISAWA and HORITAおよび八木澤・堀田で得られ た知見を参考に,八木澤・堀田(2020a)は,1人1台 の情報端末を活用した小学校の授業を観察し,実際に 観察した教師の教授行動の背景にある意思決定につい て調査している.具体的には,情報端末の活用が日常 化している学級の授業を観察後,授業映像を授業者と 視聴しながら授業中の教師の意思決定について半構造
化インタビューを実施している.その後,インタビュ ー内容を吉崎(1988b)の意思決定モデルの過程に対応 させて,1人1台の情報端末を活用した授業を前提と した場合に追加が必要な点を検討している. 結果として示されたのは次の3点である.1)意思決 定の手掛りとなるキューの把握では,児童の学習内容 に対する理解や作業の進捗,ICT の状況の把握が積極 的に行われていた.2)授業計画とのズレを感じた場面 における教授行動の代替策の呼び出しでは,ほぼ全て の授業において,「教材内容についての知識」「教授方 法についての知識」「児童についての知識」が観察され た.3)「ICT に関する知識」に基づいた代替策の呼び 出しも観察された. 以上の結果から,八木澤・堀田(2020a)では,1人 1台の情報端末の授業における教師の意思決定では, 情報端末を用いない授業と同様の意思決定の過程が観 察された一方で,その過程に「ICT に関する知識」と いった情報端末の活用を前提とする内容を加える必要 があることが示唆されている.しかしながら,八木澤・ 堀田(2020a)が行った研究では,1人1台の情報端末 を活用した授業における教師の意思決定の際に用いら れる教授知識の詳細は十分に明らかにされていない. 1.5. 1人1台の情報端末を活用した授業で用いら れた教師の教授知識の傾向に関する研究 八木澤・堀田(2020b)は,1人1台の情報端末を活 用した授業における教師の教授知識の傾向について調 査している.具体的には,1人1台の情報端末を活用 する授業における意思決定について調査した八木澤・ 堀田(2020a)のインタビュー内容を,吉崎の知識領域 を参考に分類し,分析している.その結果,1)1人1 台の情報端末を活用した授業において教師が用いる教 授知識には,吉崎が示す3つの単独の知識領域のほか に,「ICT についての知識」があること,2)「ICT に ついての知識」は,単独で用いられている場面以外に, 「児童についての知識」や「教材内容についての知識」 等と関連した複合的な知識(以下,「ICT についての知 識」とそれを含む複合的な知識とを合わせて「ICT に 関する知識」と表現)として用いられる場面で観察さ れたことが示されている.しかしながら,八木澤・堀 田(2020b)は,1人1台の情報端末を活用した授業で 観察された各教師の教授知識の活用の仕方の特徴や, 「ICT に関する知識」の種類や内容の詳細については 検討が不十分である.特に,新たな知識領域である 「ICT に関する知識」の特徴を詳細に分析することは, 1人1台の情報端末を活用した授業で求められる教師 の教授知識を含む授業力量を明らかにすることにつな がることが期待される. 2. 本 研 究 の 目 的 以上より,本研究の目的を,八木澤・堀田(2020b) のデータを,各教師の教授知識の活用の仕方の特徴や 「ICT に関する知識」の観点から詳細に分析し,1人 1台の情報端末を活用した授業で用いられる教師の教 授知識の特徴を明らかにすることとする. 3. 研 究 の 方 法 3.1. 調査対象 異なる小学校に属する5人の教師が行う1人1台の 情報端末を活用した授業(45分)を対象とした.いず れの教師も,1人1台の情報端末を活用した授業づく りに2年以上(調査当時)取り組み,授業実践を積み 重ねてきた.対象教師の教室には,電子黒板やプロジ ェクタなどの大型提示装置が常設されていた.情報端 末の活用については,端末の整備状況やよく端末を使 用する教科,使用頻度に違いはあるものの,いずれの 教師も情報端末を,学習目標を達成させるために必要 な道具として日々の授業で用いていた.各学級の児童 は,2年以上(調査当時)授業で情報端末を活用して おり,機器やソフトの操作は教師の支援がなくてもで きる状態であった.以上の状況から,5人の教師の授 業は1人1台の情報端末の活用が日常化していると判 断し,調査対象とした. 対象学級の属性および対象授業の詳細を表1に示す. 表1における主な授業形態,情報端末の活用場面は, 文部科学省(2014)に基づく分類とした.主な授業形 態は,45分の授業のうち半分以上の時間を費やした授 業形態,情報端末の活用時間は,児童が情報端末を操 作し,活動に取り組んだ時間とした. 3.2. 調査時期 2019年10月~12月に対象校ごとに実施した. 3.3. 調査方法 3.3.1. 授業の記録 対象教師に,学習指導案の作成後,それに基づく授 業を実施してもらった.対象となる5本の授業をそれ ぞれ1台のビデオカメラで録画し,記録の補助として IC レコーダーで音声を録音した.さらに授業を観察し た第一著者が,授業の記録を書き込んだフィールドノ ートを作成した.
3.3.2. 教授知識に関するインタビュー 授業を観察後,授業を録画した映像を対象教師とと もに視聴した.視聴の際に,半構造化インタビュー(120 分程度)を行った.インタビューでは,IC レコーダー で音声を記録した.半構造化インタビューは以下の手 順で行った. ①学習指導案を授業観察前に確認し,授業の展開や 計画されている学習活動等を確認した. ②授業実施後,授業を録画した映像およびフィール ドノートを基に,授業者に,観察された全ての教 授行動(教師の発話や板書,機器操作等,授業に おける指導に関する教師の行動)に対して「この ような行動をとった意図は何か」という教授行動 の根拠を尋ねる質問をした.相づちや雑談など, 反射的な反応や授業の展開に関係のない行動はイ ンタビューの対象に含めなかった. ③最初に教授行動が観察された場面では,授業者に 全てその意図を尋ね,それ以降,同じ教授行動が 観察された場面では,行動の意図が異なる場合に のみ回答してもらうようにした. 3.3.3. 教授知識の領域 インタビューの分類に用いた吉崎(1988a)の「授業 における教師の知識領域」について説明する. 吉崎は,授業で用いられる教師の教授知識として, 7つの知識領域を提案している(図1).この7つは, 「教材内容についての知識」「教授方法についての知 識」「生徒についての知識」の3つの単独の知識領域と, これら3つがそれぞれ重なって示される4つの複合的 な知識領域を合わせたものである.これら7つの知識 領域を設定することで,吉崎は授業で必要とされる教 授知識を,教材内容との関わりの中で生じる特殊な教 授方法や児童についての知識であると強調している.
前述した YAGISAWA and HORITAおよび八木澤・堀田
の調査では,教師の ICT 活用に関する知識の特徴を明 らかにするために TPACK の枠組みを用いている. TPACK の枠組みには学習者に関する知識は明記され ていない.小柳(2017)は TPACK 研究をリードして きた研究者にインタビューを行い,「TPACK は,学習 者に関する知識があまり考慮されていないように見え るかもしれないが,実際に授業計画を立てたりする際 に TPACK フレームを用いる場合には学習者に関する 知識は当然踏まえて行っている.」という回答を得てい る.このことから,TPACK の枠組みには,学習者に関 する知識は明記されていないものの,暗黙的に含まれ ているといえる. しかし,授業では,その過程を教授-学習過程という ように,学習者の存在は不可欠である.本研究の目的 は,授業で用いられる教師の教授知識の特徴を明らか にすることである.そのため,学習者に関する知識が 明記されていない TPACK の枠組みは授業における教 師の教授知識の実態を明らかにする上では分かりにく く,採用しづらいと判断した. 一方,吉崎の教授知識の枠組みは,学習者である生 徒の存在を重視し,その存在とほかの知識との関連を 表1 対象学級の属性および対象授業の詳細 教師 A B C D E 対 象 学 級 の 属 性 学年 第4学年 第5学年 第5学年 第6学年 第6学年 教職経験 14年 14年 5年 14年 19年 教師のタブレット活用経験 6年 2年 5年 7年 7年 児童のタブレット活用経験 3年 2年 5年 5年 3年 タブレット活用頻度 週1,2回 毎日 週1,2回 週1,2回 毎日 対 象 授 業 の 詳 細 教科 算数 社会 社会 国語 社会 主な授業形態 一斉学習 一斉学習 一斉学習 一斉学習 一斉学習 情報端末の活用場面 個別学習 協働学習 個別学習 協働学習 個別学習 情報端末の活用時間 12分 18分 10分 15分 12分 1 教材内容に ついての知識 2 教授方法に ついての知識 3 生徒について の知識 A B D C 図1 授業についての教師の知識領域 (吉崎 1988a)
表したものとして提案されている.したがって,本研 究では TPACK の枠組みではなく吉崎(1988a)の教授 知識の枠組みを採用した. 表2に吉崎が説明している各知識領域の内容および 本研究で観察されたインタビューの具体的な発言例を 示す.本研究では調査の対象を小学校としていること から,吉崎が「生徒」としているところを「児童」に 置き換えて用いた. 3.3.4. 教授知識の分析 インタビュー内容は以下の手順で分析した. (1)教授行動の文字化 ①授業映像およびフィールドノートから観察された 全ての教授行動を文字化した. ②文字化したものを,1つの単位に1つの教授行動 が含まれるように区切った. (2)インタビュー内容の文字化 ③全てのインタビュー内容を文字化した. ④②で文字化した教授行動の記録と,③で文字化し たインタビュー内容を照らし合わせ,各教授行動 に対する意図を対応させ,意図ごとの区切りを作 成した. ⑤④の際,共通する意図によるひと続きの教授行動 については,まとめて1つの区切りとした.繰り 返し観察された教授行動については,既に教授行 動が観察された際に説明された意図を当てはめた. (3)教授知識の分類 ⑥④で区切られた各意図に対して,意図の概要を表 す見出し(以下,小見出し)を付けた. ⑦⑥で作成した小見出しに対して,吉崎(1988a)の 知識領域の中から該当するものを当てはめた. ⑧小見出しに当てはめた知識領域が妥当であるかど うかを検討するため,第二著者が確認を行い,一 致しない項目については協議の上,決定した. ⑨対応する知識領域がない場合は,小見出しを基に 新たなカテゴリーを作成した. ⑩知識領域を含むカテゴリーを決定した後,各カテ 表2 吉崎(1988a)の知識領域および本研究における具体的な発言例 知識領域 説明 具体的な発言例 (斜体は発言例,括弧は筆者による補足) 教材内容 についての知識(領域1) 教材の中心的概念や概念観の相互関係,さら には他の教材との関係などについての知識 (国内生産というキーワードを覚えるよう 指示したことに対して)「学習内容である国 内生産という社会科用語を,それをきちんと 教えたかった」 教授方法 についての知識(領域2) 「導入・展開・まとめ」といった授業構造, 講義法や発見学習法といった学習指導法,授 業におけるマネージメントやしつけなどの授 業運営に関する知識 (活動内容を板書していることに対して) 「これは映像資料を見て詳しくやろうとい うことを(説明)しています」 生徒 についての知識(領域3) 一般的な発達段階における生徒の認知的・情 意的・技能的特徴,さらには個々の生徒の知 的特性,学習スタイル,自己概念,社会性, 性格などについての知識 (机間指導で留意していることに対して) 「この子はかなり自分の世界に入る子なの で」 教材内容・教授方法 についての知識(領域 A) ある教材を教える時に教師が用いる説明,演 示,概念の表現,例証などについての知識 (児童一人一人ばらばらに音読をさせてい ることに対して)「自分で頭に入れるためで すね.今日は解釈の勉強なので」 教材内容・生徒 についての知識(領域 B) ある教材について生徒が既に理解しているこ と,または生徒がもつ誤った考え,あるいは その教材に対する生徒の感情などについての 教師の知識 (児童の発言に対して)「千の位までの概数 と言ってほしいのに,二千の位とか急いでい っている人がいた」 教授方法・生徒 についての知識(領域 C) 様々な特性やニーズをもつ生徒を教えたり, 動機付けたりする方法についての知識 (計画を変更して隣同士で話し合わせたこ とに対して)「みんな結構言いたそうだった ので,みんなに話す機会をあげました」 教材内容・教授方法・生徒 についての知識(領域 D) 生徒の誤り(つまずき)を未然に防止する, あるいは治療するための教授方法のような, 3つの領域が複合したところの教師の知識 「この子の分け方を見て,ま,(本時の課題 に迫るために)先に扱うかどうかの悩みはあ ったんですど,取り敢えず先に出しておこう と思って当てました」
ゴリーの割合を算出し,割合および内容の考察を 行った. (4)ICT に関する知識の分析 ⑪⑨で新たな知識領域として作成された「ICT に関 する知識」に当てはまる小見出しを抽出し,関連 した内容ごとに分類した. 例)「機器の接続,プロジェクタの操作,ワークシ ートの撮影の仕方」 「説明内容の焦点化,拡大機能を利用した説明」 ⑫分類された小見出しに共通する内容を表す名前を つけた. 例)「機器の接続,プロジェクタの操作,ワークシ ートの撮影の仕方」は,「ICT 機器やソフト, ネットワークの特徴や操作,トラブルについ ての知識」と命名 「説明内容の焦点化,拡大機能を利用した説明」 は,「ICT 機器やソフト,ネットワークを用い た教師の指導についての知識」と命名 ⑬⑫で命名された各教授知識名と,吉崎で示されて いる知識領域の内容との関連を考察した. 4. 結果および考察 分析結果を表3に示す.合計に対するカテゴリーの 割合が上位3位のものに網掛けを施している.以下, 「 」内の斜体で表した部分はインタビュー内容,「 」 内の( )は著者による補足,〈 〉は小見出しを表す. 4.1. 全体の傾向 4.1.1. 生成されたカテゴリーおよび各カテゴリー の割合 吉崎による7つの知識領域以外に,新たに知識領域 が8つ,知識領域とは異なるカテゴリーが2つ生成さ れた. 生成されたカテゴリーのうち,8つは,「ICT に関す る知識」である.表3で「ICT」と付いているカテゴ リーである.これらの知識領域では,「(今行ったのは) 教師用の接続です.前のプロジェクタにちょっと.特 別な機械が必要なので」〈授業に必要な機器の接続〉と いった ICT に関する内容が観察された.生成されたカ テゴリーのうち,知識領域とは異なるカテゴリーの1 つ目は,「教授ルーチン」である.このカテゴリーでは, 表3 各カテゴリーの数および割合 教師 A B C D E カテゴリー 数 割合(%) 数 割合(%) 数 割合(%) 数 割合(%) 数 割合(%) 知 識 領 域 教材 28 17.3 14 10.6 15 10.6 3 3.6 3 2.9 教授 65 40.1 31 23.5 19 13.4 18 21.7 27 26.2 児童 6 3.7 7 5.3 17 12.0 4 4.8 9 8.7 教材・教授 8 4.9 14 10.6 8 5.6 10 12.0 15 14.6 教材・児童 20 12.3 17 12.9 32 22.5 6 7.2 20 19.4 教授・児童 18 11.1 8 6.1 7 4.9 9 10.8 9 8.7 教材・教授・児童 5 3.1 14 10.6 18 12.7 4 4.8 6 5.8 ICT* 0 0.0 3 2.3 4 2.8 5 6.0 4 3.9 教材・ICT* 1 0.6 3 2.3 3 2.1 0 0.0 0 0.0 教授・ICT* 2 1.2 7 5.3 6 4.2 6 7.2 2 1.9 児童・ICT* 1 0.6 4 3.0 5 3.5 2 2.4 1 1.0 教材・教授・ICT* 3 1.9 0 0.0 1 0.7 1 1.2 0 0.0 教材・児童・ICT* 2 1.2 1 0.8 4 2.8 0 0.0 1 1.0 教授・児童・ICT* 2 1.2 1 0.8 0 0.0 4 4.8 0 0.0 教材・教授・児童・ ICT* 0 0.0 1 0.8 0 0.0 0 0.0 0 0.0 教授ルーチン* 1 0.6 5 3.8 3 2.1 3 3.6 4 3.9 教育観* 0 0.0 2 1.5 0 0.0 8 9.6 2 1.9 合計 162 100.0 132 100.0 142 100.0 83 100.0 103 100.0 ※教材:教材内容,教授:教授方法 ※割合は,合計に対する各カテゴリーの数を百分率で表したもの ※網掛けは,各授業における上位3位までのカテゴリー ※「*」は新たに作成したカテゴリー
「いつもしているから」〈普段行っている活動〉といっ た活動のパターン化を目的とする内容が観察された. 知識領域とは異なるカテゴリーの2つ目は,「教育観」 である.このカテゴリーでは,「できるだけ子供とどう するかっていうのを決めていきたいから」〈児童と共に つくる授業〉といった授業づくり全般に関する教師の 考えのような内容が観察された. 各カテゴリーの割合を見てみると,いずれの授業も, 観察されたカテゴリーの約8割以上を,吉崎が示した 7つの知識領域が占めていた.また,いずれの授業も, 授業で用いられた教授知識の上位3位は,この7つの 知識領域の中に含まれていた. 生成されたカテゴリーのうち,「教授ルーチン」と「教 育観」については,吉崎(1988b)や岡根・吉崎(1992) が,教師の意思決定に関連する選択肢や背景の一つと して取り上げている.したがって,今回観察されたカ テゴリーのうち,「ICT に関する知識」以外は,情報端 末を活用する以前から示されていた枠組みの中に収ま るものであると考える.実際,観察された知識のうち 約8割以上の知識は吉崎の知識領域に当てはまるもの であった. 一方,「ICT に関する知識」は,これまでの枠組みで は示されていない知識領域である.たしかに,全体に 占める割合のうち「ICT に関する知識」の割合は低い ものの,全ての授業で観察されていた.教師の意思決 定について調査した八木澤・堀田(2020a)においても, 「ICT に関する知識」が観察されていることから,「ICT に関する知識」は1人1台の情報端末を活用した授業 において必要な教授知識であると考える. 4.1.2. 各教師の教授知識の共通点 続いて,対象者 A~E にみられた教授知識の活用に 関する特徴の共通点と相違点について述べる. まず,共通点を2点述べる.1点目は,いずれの教 師の授業も,「教授方法についての知識」が上位3位ま でに含まれていることである.岡根・吉崎(1992)で も同様に「教授方法についての知識」が多く観察され ている.岡根・吉崎はその理由について具体的な考察 を述べていないが,本研究では次のように考える.「教 授方法についての知識」とは,授業構造や学習指導法, 授業運営,資料の提示等に関する知識である.授業中, 教師は2分に1回以上の割合で意思決定を行うといわ れており(吉崎 1991),その都度,授業の様子を確認 しながら,教師は教授行動を選択している.教授行動 の選択場面では,教師は授業構造や授業運営に関する 教授知識を用いて,児童が学習活動に集中できるよう 支援していると考えられる.また,一斉学習が中心の 授業では,教師が教科書を中心とした資料を示し,説 明や指示を行うことが多く(高橋・堀田 2008),この ような場面では,教師は学習指導法や資料の提示に関 する教授知識を用いて,児童の学習内容の理解を支援 していると考えられる.これらのことから,教師は授 業中に「教授方法についての知識」を用いる可能性が 高いことが示唆される.したがって,「教授方法につい ての知識」は,情報端末の有無にかかわらず教師にと って必要な知識であるといえる. 加えて,「教授方法についての知識」は,情報端末を 活用する授業において,より一層教師に求められる知 識となる可能性もある.高橋ほか(2014b)は,児童に よる,ICT(情報端末を含む)活用は,調べる・集め る,まとめる・つくる,伝える・共有するといった目 的で行われているとしている.これらの目的を伴う情 報端末を活用した学習活動では,児童自身が情報端末 を操作,作業しながら学習活動を進めるために,教師 は活動の進捗状況や活動にかかる時間,授業全体の流 れ等を的確に把握し,授業を進める必要がある.した がって,情報端末を活用した授業では,学習活動の影 響により,従来の授業に比べて,より深い「教授方法 についての知識」が必要であると考える. 2点目の共通点は,いずれの教師の授業も「児童に ついての知識」の割合が高くない一方で,「教材内容・ 児童についての知識」は,D を除く教師の授業で,上 位 3 位 ま で に 含 ま れ て い る こ と で あ る . SHULMAN (1987)は,教師は教材内容を理解すること,自身が 理解した教材内容を児童の文脈に合わせて変形させる ことが重要であると主張する.八木・吉崎(1990)は, 授業を実施するためには複合的な知識が必要で,教師 は,「生徒についての知識」を基に授業を設計し,教材 内容と教授方法の進展から生徒理解を試みていると述 べている.これらの主張から,情報端末の有無にかか わらず,児童に関する知識は,単独の「児童について の知識」よりも複合的な知識である「教材内容・児童 についての知識」を重視する必要性が示唆される. ただし,この点についても1点目の共通点と同様に, 情報端末を活用する授業において深い理解が求められ る知識である可能性がある.児童が情報端末を活用し た授業では,情報端末の活用を通して,教師から教え られた教材内容についての知識ではなく,児童自身が 教材内容についての知識に関する情報を収集,選択,
分析する.このような場面で,教師は児童の学習活動 の指針を示すといった役割を担う必要があり,その役 割を果たすためには,「教材内容・児童についての知識」 を十分にもっておく必要があると考える.したがって, 情報端末を活用した授業では,従来の授業に比べて, 特に,「教材内容・児童についての知識」を重視する必 要があると考える. 4.1.3. 各教師の教授知識の相違点 次に,相違点を1点述べる.教師 A の授業は,ほか の教師に比べて,「教材についての知識」「教授方法に ついての知識」の割合が高かった.教師 A の授業は, 第4学年の算数であった.算数の授業では,1つの答 えあるいは考え方を導き出すために授業が展開される ことが多く,結論に至るまでに教師主導で授業を進め る必要がある.教師 A の授業もそのような展開であっ た.そのため,教師 A は「教材についての知識」や「教 授方法についての知識」を頻繁に用いて,発問や指示, 説明を行ったと考える.また,第4学年という児童の 発達段階を考慮に入れれば,授業では,第5,6学年 と比べて,教師による細かい指示や丁寧な説明が求め られる.そのため,教師による教材内容の説明や学習 活動の指示,教材内容の理解のための発問の際に用い られる「教材内容についての知識」や「教授方法につ いての知識」の割合が高くなったと考える.これらの 特徴は,情報端末の活用によるものというより,対象 学年や教科による影響と捉えることができる. 4.2. ICT に関する知識の傾向 ICT に関する知識は,いずれの授業においても観察 され,それらは大きく次の4つに分類された. (1)ICT 機器やソフト,ネットワークを教師が活用す る際の指導についての知識 (2)ICT 機器やソフト,ネットワークに対する児童の 実態や経験についての知識 (3)ICT 機器やソフト,ネットワークを児童が活用す るために必要な指導や学習活動の設計についての 知識 (4)ICT 機器やソフト,ネットワークの特徴や操作, トラブルについての知識 分類された4つの ICT に関する知識と吉崎の知識領 域との関連をまとめたものを表4に示す. 以下,各内容の詳細を述べる. 4.2.1. ICT 機器やソフト,ネットワークを教師が 活用する際の指導についての知識 「(電子黒板で提示した資料について)シンプルに可 視化と共有化を図りたかった」〈教師が提示したコンテ ンツの意図〉,「(実物投影機でノートを映したのは,口 頭で説明しただけでは伝わらない)問題をそういう風 に解くのねっていうのを分かってほしかった」〈実物を 用いた指導〉といった内容が観察された. この知識は,吉崎が示した知識領域でいう「教材内 容についての知識」あるいは「教授方法についての知 識」を拡張したものと考えられる.今回観察した授業 では,授業の半分以上の時間で教師による一斉学習が 行われており,その中で,教師が ICT 機器やネットワ ークを活用して教材を提示したり,学習活動の説明を 行ったりしていた.高橋ほか(2014b)は,小学校にお けるタブレット端末を活用した実践事例を分析してい る.その結果,教師による ICT 活用が一定数観察され たこと,一斉学習での ICT 活用が多かったことを明ら かにし,1人1台の情報端末を授業で活用する場合で も,従来の授業形態にタブレット端末を組み込んでい くような活用が多いと推測している.このことから, 1人1台の情報端末を活用した授業において,一斉学 習に取り組む場面がある場合には,教師による ICT 活 表4 本研究で観察された ICT に関する知識と吉崎(1988a)の知識領域との関連 観察された ICT に関する知識 吉崎(1988a)の知識領域との関連 (表3との対応) 1 ICT 機器やソフト,ネットワークを教師が 活用する際の指導についての知識 教材内容,教授方法についての知識の拡張 (教材・ICT 教授・ICT 教材・教授・ICT) 2 ICT 機器やソフト,ネットワークに対する 児童の実態や経験についての知識 児童についての知識の拡張だが,より重要な内容 (児童・ICT 教材・児童・ICT) 3 ICT 機器やソフト,ネットワークを児童が 活用するために必要な指導や学習活動の 設計についての知識 教授方法,児童についての知識の拡張 一部は含まれない (教授・児童・ICT 教材・教授・児童・ICT) 4 ICT 機器やソフト,ネットワークの特徴や 操作,トラブルについての知識 含まれない (ICT)
用も求められており,ICT 機器やソフト,ネットワー クを用いて教師が指導することに関連する知識も必要 とされていると考えられる. 4.2.2. ICT 機器やソフト,ネットワークに対する 児童の実態や経験についての知識 「文字的に認識が苦しいお子さんがいるので,その 子にとっても映像資料の方がいいかと思った」〈メディ アの特性に対する児童の実態〉,「だいたい(振り返り の時間は)3分から4分で(キーボードを)打たせる ことにしていて.」〈これまでの児童のタイピングの経 験〉といった内容が観察された. この知識は,吉崎が示した知識領域でいう「児童に ついての知識」を拡張したものと考えられる.吉崎は, 「児童についての知識」を「児童の認知的・情意的・ 技能的特徴や知的特性,学習スタイル,性格などにつ いての知識」と定義しており,この知識は,吉崎が挙 げた内容に,ICT 機器やソフト,ネットワークに関す る視点を加わえたものと考えられる. ただし,1人1台の情報端末の環境においては,よ り一層この知識が必要であると考えられる.文部科学 省(2019b)は,「1人1台端末」の環境では,子供た ち一人一人の反応を踏まえた一斉授業や,各人が同時 に別々の内容を学習できる個別学習,子供同士で双方 向の意見交換が可能となる協働学習が可能になると述 べている.これらの学習では,児童個人の学びがより クローズアップされる.その場合,先に書いたような メディアの特性に対する児童の実態や児童のタイピン グの経験のような,ICT に対する児童の実態や経験に ついての知識が教師に必要になってくると考えられる. 4.2.3. ICT 機器やソフト,ネットワークを児童が 活用するために必要な指導や学習活動の設 計についての知識 「(授業で用いるファイルを)授業前に(共有フォル ダに)持っていくと(児童が)気になって開いちゃっ たりするので,このタイミングで出すように指示を出 した」〈ネットワークの特性に対応した指示〉,「(ファ イルの)一番はじめ(のシート)はピンクなんですけ ど,ピンクの次は黄色(のシート)なんですね.(一覧 提示では)ピンクとか黄色の子がまだいるかどうかと かそういう確認をしたかった」〈ソフトの一覧表示機能 を利用した児童の学習状況の把握〉といった内容が観 察された. この知識では,吉崎が示した知識領域を拡張した内 容と想定されていなかった内容があると考えられる. 児童に何らかの知識・技能を身に付けるために必要な 教師の指導についての知識,その指導を行いどのよう な学習活動を設計するかについての知識は,「児童につ いての知識」,「教授方法についての知識」としてこれ までも存在した.しかし,先に示した例のように,授 業前に児童自身が授業で用いる教材を直接見ることが できる機会があったり,教師が全員の学習の進捗状況 を同時に確認することが可能であったりといったこと は,1人1台の情報端末の環境が整備されるまでは不 可能であった.よって,1人1台の情報端末の環境が 整備されたことで可能になった場面における児童への 指導や学習活動の設計に関する知識については,教師 にとって新たに必要な教授知識として求められるもの と考えられる. 4.2.4. ICT 機器やソフト,ネットワークの特徴や 操作,トラブルについての知識 「(確認しているのは)提出ボックスをここにすれば 子供達が提出できますみたいなとこだと思います,た ぶん.提出の仕方ですね.」〈ネットワークの構造によ るフォルダの作成場所の検討〉,「ペンで操作しようと 思ったけどうまくいかなかったので,パソコンの画面 で操作しようと思って」〈ICT 機器のトラブルへの対 応〉といった内容が観察された. この知識は,吉崎が示した知識領域には含まれてい ない内容である.ICT 機器やソフト,ネットワークの 特徴や操作といったことに関連する知識は,「教材内容 についての知識」や「教授方法についての知識」とは 異なる知識である.八木澤・堀田(2017)は,1人1 台の情報端末の活用が日常化している教師が身に付け ている ICT の操作に関する技能として,電源のオンオ フや機器の接続など,授業で行う日常的な操作を挙げ ている.技術の進歩や ICT 環境の変化により,具体的 な内容は常に更新されるものの,1人1台の情報端末 を活用した授業では,授業で ICT を用いる際に必要な 日常的な操作やそれらに関するトラブルへの対応など の知識は必要であると考えられる.また,皆川ほか (2009)は,ICT の活用に関する校内研修プログラム に,模擬授業や研究授業を取り入れ,授業という文脈 での ICT の活用を重視している.情報端末を含めた ICT を道具として用い,授業の充実を図るためには, 教師は,ICT の特徴や授業で必要な操作に関連する知 識を,教材内容や教授方法,児童の実態等と関連させ た文脈に応じた知識として身に付けていく必要がある と考えられる.
4.3. 総合考察 1人1台の情報端末を活用した授業で用いられた教 授知識を分析したところ,情報端末を用いる以前から 示されている枠組みが,教授行動の背景にある教授知 識や考え方として適用される,一方で,「ICT に関する 知識」には,吉崎が示した知識領域の拡張と考えられ るものとそうでないものがあることが示唆された.ま た,教授知識の活用のされ方には,情報端末を活用す ることによって強調される特徴と情報端末の有無にか かわらずみられる特徴があることが示唆された. 中原ほか(2015)は,教師の知識について,「どのよ うな場面においても有効な特定の方法や知識,そのよ うな理論があるということではなく,それぞれの教師 の経験や今置かれている状況の中でそれぞれの教師が 自分なりに知識をもっている」と述べている.つまり, 調査対象の教師は自分がこれまで実践してきた授業で の教授知識を基にしながら,1人1台の情報端末とい う新たな文脈に応じて,その文脈に適応するための知 識を身に付けていると考えられる.このため,1人1 台の情報端末を活用した授業で用いられる教師の教授 知識を検討する際には,吉崎が示した知識領域に「ICT に関する知識」を加えたような枠組みが用いられる必 要があるのではないだろうか.情報端末が活用される 以前に示された教授知識の枠組みを土台として,情報 端末を活用することにより変化する部分を検討してい く必要があるのではないかと考える. 5. まとめと今後の課題 本研究では,1人1台の情報端末を活用した小学校 の授業で用いられる教師の教授知識の特徴を明らかに するため,授業で観察された教師の教授行動の背景に ある意図について授業者にインタビューを行い,その 内容を「授業についての教師の知識領域」(吉崎 1988a) の枠組みを参考に分類した.その結果,1人1台の情 報端末を活用した授業においても,情報端末を用いる 以前から示されていた枠組みが,授業者の教授行動の 背景として存在する教授知識あるいは考え方を分類す る上で適用可能であることが示唆された.また,授業 者が用いた教授知識の中には,学習活動や学習機会, 学年,教科の影響を考慮する必要がある特徴をもつ知 識があることも示された.さらに,ICT に関する知識 を吉崎が示した知識領域との関連の中に見出した.そ の結果,ICT に関する知識は,(1)ICT 機器やソフト, ネットワークを教師が活用する際の指導についての知 識,(2)ICT 機器やソフト,ネットワークに対する児童 の実態や経験についての知識,(3)ICT 機器やソフト, ネットワークを児童が活用するために必要な指導や学 習活動の設計についての知識,(4)ICT 機器やソフト, ネットワークの特徴や操作,トラブルについての知識, の4つに分類された.このうち,(1),(2),(3)(一 部)は吉崎(1988a)が示した知識領域の拡張と捉えら れるが,(3)(一部)と(4)については,新たな知識で あると考える. 本研究は,5人の教師の5本の授業を分析したのみ であり,その結果や得られた知見は限定的である.し かし,今後求められる教師の専門的能力を検討する際, 本研究によって得られた知見は,教員養成や教員研修 等への応用の可能性がある.例えば,理科の実験場面 では,教師が,子どもの操作の傾向(例えば,よくあ る間違いや学習と直接関係のない行動等)に関する知 見を有しているか否かによって,実験時の子供に対す る注意喚起の仕方が異なってくる.ICT を活用した授 業においても同様に,ICT に関する知識の有無は,そ こでの指導の仕方に影響が出ると考える.したがって, ICT に関する知識,特に既有の知識領域に含まれない 知識を,教員養成や教員研修で十分に押さえる必要が あると考える. 本研究では,授業に関するインタビュー内容につい て,教職経験や ICT 活用経験,教科内容や授業形態等 の影響は検討していない.また,久我(2007)は,教 師の専門性を捉えるためには,信念(教育に関する基 本的な考え方)の抽出を含めた分析が求められると述 べているが,今回は,信念に関連する教育観について は分析できていない.今後は,これらの点も含めて教 師の教授知識に影響を与える要因についても分析を行 うことで,1人1台の情報端末を活用した授業に求め られる教師の授業力量をより詳細にしていくことがで きると考えられる. 付 記 本論文は,八木澤・堀田(2020b)で発表した内容を 発展させて,成果をまとめたものである.調査にご協 力いただきました調査対象校の先生方に感謝いたしま す. 参 考 文 献 深見友紀子,佐藤和紀,森谷直美,中平勝子,堀田龍 也(2017)小学校音楽科リコーダー学習における
一人1台端末を活用した家庭学習が技能に及ぼす 効果.日本教育工学会論文誌,41(1):89-96 GUDMUNDSDOTTIR, S. (1990) Values in Pedagogical
Content Knowledge.Journal of Teacher Education, 41(3):44-52 八田幸恵(2010)リー・ショーマンにおける教師の知 識と学習過程に関する理論の展開.教育方法学研 究,35:71-81 久我直人(2007)教師の専門性における「反省的実践 家モデル」論に関する考察(1)-教師の知識研 究の知見による考察を中心に-.鳴門教育大学学 校教育研究紀要,22:23-29 皆川寛,高橋純,堀田龍也(2009)「授業中に ICT を 活用して指導する能力」向上のための校内研修プ ロ グ ラ ム の 開 発 . 日 本 教 育 工 学 会 論 文 誌 , 33(Suppl.):141-144
MISHRA, P. and KOEHLER, M. J. (2006) Technological pedagogical content knowledge: A framework for teacher knowledge. Teachers College Record, 108(6):1017-1054 文部科学省(2008)小学校学習指導要領(平成20年告 示). https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/you ryou/syo/index.htm(参照日 2020.11.01) 文部科学省(2014)学びのイノベーション事業実証研 究報告書. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shou gai/030/toushin/1346504.htm(参照日 2020.11.01) 文部科学省(2017)小学校学習指導要領(平成29年告 示). https://www.mext.go.jp/content/1413522_001.pdf (参照日 2020.11.01) 文部科学省(2019a)「児童生徒1人1台コンピュータ」 の実現を見据えた施策パッケージ. https://www.mext.go.jp/content/20200219-mxt_joga i02-000003278_301.pdf(参照日 2020.08.15) 文部科学省(2019b)GIGA スクール構想の実現へ. https://www.mext.go.jp/content/20200625-mxt_syo to01-000003278_1.pdf(参照日 2020.08.15) 文部科学省(2020)GIGA スクール構想の実現へ(令 和2年度補正). https://www.mext.go.jp/content/20200625-mxt_syo to01-000003278_2.pdf(参照日 2020.08.15) 中原淳,脇本健弘,町支大祐(2015)教師の学びを科 学する データから見える若手の育成と熟達のモ デル.北大路書房,京都 岡根裕之,吉崎静夫(1992)授業設計・実施過程にお ける教師の意思決定に関する研究 即時的意思決 定カテゴリーと背景カテゴリーの観点から.日本 教育工学雑誌,16(3):171-184 小柳和喜雄(2016)教員養成及び現職研修における「技 術と関わる教育的内容知識(TPACK)」の育成プ ログラムに関する予備的研究.教育メディア研究, 23(1):15-31
小柳和喜雄(2017)TPACK の Pedagogical Knowledge 概念の検討.日本教育工学会研究報告集,17(3): 189-196
SHULMAN, L. S. (1987) Knowledge and teaching: Foundations of the new reform. Harvard Educational Review, 57(1):1-22 総務省(2011)教育分野における ICT 利活用推進のた めの情報通信技術面に関するガイドライン(手引 書)2011 ~フューチャースクール推進事業をふま えて~. https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/ky ouiku_joho-ka/pdf/future_school-guideline_2011.pdf (参照日 2020.11.05) 高橋純,堀田龍也(2008)小学校教員が効果的と考え る普通教室での ICT 活用の特徴.日本教育工学会 論文誌,32(Suppl.):117-120 高橋純,高坂貴宏,前田喜和,森谷和浩,堀田龍也 (2014a)韓国の公立小学校における1人1台の情 報端末の導入初期段階での ICT 活用および授業過 程・授業形態の特徴に関する事例分析.日本教育 工学会論文誌,38(3):317-327 高橋純,稲場恵美,堀田龍也(2014b)小学校における タブレット端末を活用した実践事例の分析.日本 教育工学会第30回全国大会講演論文集,357-358 八木節夫,吉崎静夫(1990)高校理科授業における教 師の知識に関する研究-ベテラン教師と若手教師 の比較を通して-.科学教育研究,14(1):26-32 八木澤史子,堀田龍也(2017)1人1台端末の環境に おける若手教師とベテラン教師の ICT 活用に対す る意識比較.教育メディア研究,23(2):83-94 八木澤史子,堀田龍也(2018)1人1台の情報端末を 活用した授業に関する研究の傾向分析.日本教育 工学会研究報告集,18(1):247-254
of Teachers’ Knowledge of 1-to-1 Elementary Education. 2018 International Symposium on Educational Technology. ISET2018:133-137 八木澤史子,堀田龍也(2019)児童が情報端末を活用 する授業において用いられる教師の知識 技術と 関わる教育的内容知識(TPACK)による類型化と 細分化.教育メディア研究,25(2):29-43 八木澤史子,堀田龍也(2020a)1人1台の情報端末を 活用した小学校の授業における教師の意思決定の 特徴.日本教育工学会論文誌,44(Suppl.)(印刷中) 八木澤史子,堀田龍也(2020b)1人1台の情報端末を 活用した小学校の授業における教師の教授知識の 傾向.日本教育工学会研究報告集,20(2):107-114 吉崎静夫(1988a)授業研究と教師教育(1)-教師の知 識研究を媒介として-.教育方法学研究,13:11-17 吉崎静夫(1988b)授業における教師の意思決定モデル の開発.日本教育工学雑誌,12(2):51-59 吉崎静夫(1991)教師の意思決定と授業研究.ぎょう せい,東京 Summary
In this study, we interviewed teachers to investigate their teaching knowledge of One-to-One computing in the context of elementary education. We visited a lesson
that utilized One-to-One computing and asked the teacher to describe the intention of the teaching behavior we observed. The interviews were categorized with reference to the framework of teaching knowledge entitled Teacher's Knowledge Area about Classes, by Yoshizaki (1988a). It was found that the previous framework for One-to-One computing is being applied to knowledge of the contents of teaching materials, teaching methods, and children or that the teaching routines and educational views are drawn from the previous framework. In addition, it was observed that the teaching knowledge used in the lessons has the characteristics that could be influenced by learning activities, learning opportunities, grades, and subjects. It was suggested that knowledge of ICT has only recently become required. We investigated the details of the knowledge of ICT and examined its relationship to Yoshizaki’s framework. It was found that knowledge of ICT is classified into four types, where some may be considered to be expansions of the knowledge domain describe by Yoshizaki (1988a) and others are not. KEY WORDS: ONE-TO-ONE COMPUTING, ICT UTILIZATION, TEACHING KNOWLEDGE, TEACHER EDUCATION, LESSON STUDY