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刑罰論と社会福祉の連携に関する一研究 : 刑務所出所者等の就労支援に関する取組みを中心に: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

小西, 吉呂; 外間, 淳也

Citation

沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL

OF LAW & ECONOMICS(23): 1-13

Issue Date

2015-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/18230

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1.はじめに  近年の犯罪情勢の目まぐるしい変化とその対策の多様性に、われわれは驚かされるばかりであ る。とりわけ、刑務所出所者等の社会復帰に関する施策は、法務省が厚生労働省と連携して対象 者の就労支援を実施していることからも端的に示されるように、福祉的な要素が多分に盛り込ま れた複雑な制度となっており、全体の把握を困難なものにしている。それは、ひとたび単一の視 点に拘泥してしまうと途端に理解を誤るのではないかと思われるほどであるが、古くから、再犯 防止に対する福祉政策の重要性は指摘されており、今後もますますその重要性を増すことが予想 される。  しかし、理論刑法学の方に目を転じてみると、非難可能性や応報という規範概念によって規定 されている刑事責任論や刑罰論から、上で触れたような社会福祉的要素の色濃い刑事政策が、ど のような論理からその妥当性を獲得できるかについての問題提起もありうる。このことが的を射 ているとすれば、その出発点となる理論的根拠を刑法学は模索し、提供する任務を負っているの ではないであろうか(1)  というもの、近時のもう一つの傾向として、やはり厳罰化に触れないではいられないからであ る。これは、今日の刑事政策の多様性とは逆行するものと理解できる。応報刑を率直に理解した 場合、ある意味では当然の帰結ですらあるといえるが、再犯防止等の刑事政策的観点からすれば、 厳罰化による長期間の自由刑もしくは短期の自由刑であったとしても(2)、肯定的なものとはい い難い。長期にわたる社会的隔離が後の社会復帰にとっては極めて悪影響であることは、おそら く多言を要しないであろう。 【論文】 専 門 分 野:刑法・刑事政策 司法福祉 キーワード:刑事政策 更生保護 就労支援 再犯予防 社会復帰

Collaboration between Penal Theory and Social Welfare

―Focused on the Employment Support for Prisoners Who Released from Prison after Serving Sentence― 小 西 吉 呂* Yoshiro KONISHI 外 間 淳 也** Jyunya HOKAMA

刑罰論と社会福祉の連携に関する一研究

―刑務所出所者等の就労支援に関する取組みを中心に―

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 では、なぜ一方では厳罰化が進められ、他方では再犯防止を喫緊の課題として刑事政策の充実 が図られているのであろうか。わが国の刑罰論は、相対的応報刑論が通説の地位を占めていると はいえ、現実には応報刑論と抑止刑論とが密接な連絡をとることなくそれぞれが別個に機能して いるかのような様相を呈している。学説上、近時の刑事立法の傾向に対して肯定的な評価を示し ているものは少数であるといえるにもかかわらず、なぜこのような状況に至っているのであろう か。わが国の責任論や刑罰論が刑法の謙抑主義や行為責任論、罪刑の均衡といった基本原則を堅 持するための役割を果たしているとはいい難いように思われる。しかし、近時の傾向、とりわけ 犯罪被害者等への配慮からなされる量刑の引上げ等について、これを一概に否定することは、刑 事司法に対する国民の信頼を損ねる一因にもなりかねない。このように、刑法の目的や意義及び 刑罰という手段の有効性、犯罪の抑止が結局誰の利益なのかについて、時代の趨勢はわれわれに その再考を迫っていると考える。  以上の問題意識から、本稿は、刑事責任と刑罰、そしてこの両者のいわば実践というべき刑事 政策、とりわけ更生保護の現実に触れつつ若干の考察を試みるものである。  筆者らは、たとえ罪を犯そうとも、それを贖罪しさえすれば再び社会へと復帰していく権利を 誰しもが享受すべきであり、同時に、その権利を保障することが社会の責任であると考えている。 したがって、「場当たり的な刑事立法は、国民(ないし被害者)の一時の憤りを鎮める効果はあっ ても、再発を防止する効果はほとんどなく、むしろ真の問題解決を遅らせる役割さえ果たしかね ない」(3)という指摘や「われわれがどのような刑罰制度を採用するかは、われわれがどのような 社会を形成しようとしているのかに大きく関わっている」(4)という問題提起を受け止めること、 すなわち最良の刑事司法・刑事政策とは何かという途方もない問いに対して、真摯に向き合わな ければならないであろう。このあるべき刑事政策を模索するという課題に、本稿がわずかなりと も寄与するところがあれば幸いである。 2.わが国の更生保護の現状  ⑴ 現状の概観  以下においては、わが国の更生保護制度について、刑務所出所者等(5)に対する就労支援を中 心に現状を概観し、現在指摘されている課題に言及していきたい。  われわれの生活の基本として、衣食住の安定的な確保は不可欠であり、そのためには、安定し た就労環境が必要である。仮に生活保護を受給したとしても、概ね65歳以下のいわゆる稼働年齢 にある者は、疾病や障害等の特別な事情がない限りは、福祉事務所のケースワーカーやハローワー ク等の就労支援・指導を受けることとなる。生活保護制度は社会的弱者に対して最低限度の生活 を保障するセーフティーネットであるだけでなく、その者の自立を促進するためのものでもある。 刑務所出所者等が生活保護を受給したとしても、稼働年齢であるうちは就労することが求められ ることを考慮すると、生活保護に至る前段階からの就労支援により、その者の自立を目指すこと が望ましいと思われる。  まずは再犯の防止という刑事司法の古くからの課題が、近年特に喫緊の課題として注目を集め ている背景を素描する。そうすることにより、就労支援対策の重要性をも明らかにすることがで きると考えているからである。

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 法務総合研究所(6)は、戦後約60年間の各種統計資料を様々な視点と手法とを駆使した結果(7) 次のことを明らかにした。すなわち、生涯を通じて1度だけ有罪の確定裁判を受けた初犯者と有 罪の確定裁判を2度以上受けた再犯者との量的傾向において(8)、その者が生涯で何度犯罪を犯 したのかを示す総犯歴数別の人員構成比は、初犯者が約70%を占めるのに対して再犯者は残り の約30%を占めるに過ぎなかった。しかし、そのことをもって再犯防止対策の重要性は低いと判 断するのは早計であって、視点を変えて犯歴の件数構成比を見ると、約30%の再犯者によって約 60%の犯罪が行われているという事実が判明したのである。なお、平成14年以降、犯罪の認知件 数・発生率ともに減少していることをここで付言しておく。これと関連して、刑務所の入所人員 を見ると、初犯者及び再犯者ともに減少しているが、初犯者の減少の割合が再犯者のそれよりも 大きく、よって再犯者率は増加している。要するに、犯罪数の増加に歯止めをかけるという意味 で、再犯の防止が位置づけられているわけではないことに留意が必要である。  この他にも様々な角度からの分析が進められているが、本稿との関係でとりわけ重要なものが、 少年・若年犯罪者への対策である。というのも、「年齢層別にみた一般的再犯危険性では、20歳 代前半(20歳から24歳)の者が、最もそれが高く、加齢とともにそれが減少していくこと、およ び20歳代前半の犯罪者の実人員は、他の年齢層に比べてかなり多い」(9)ので、この世代の再犯を 防止することは極めて重要と考えられるからである。無論、近年注目されている高齢犯罪者対策 の必要性が低いというわけではない。むしろ、就労の有無が犯罪からの立ち直りに大きく影響を 与えるとすれば、その機会が若年層に比して激減する高齢犯罪者への対策は、ある意味ではより 困難な課題を抱えているとさえいえる。要するに、犯罪数の増加に歯止めをかけるという意味で、 再犯の防止が位置づけられているわけではないことに留意が必要である。  ところで、刑務所出所者等の就労支援対策という場合には、当然、刑務所等の矯正施設内にお いても職業訓練を行っているとはいえ、その主なものは更生保護の果たす役割が極めて大である。 本稿は、その重要性に着目して更生保護へと焦点を当てたわけである。更生保護は、刑務所等の 矯正施設内で行われる受刑者等に対する処遇を施設内処遇と呼ぶのに対して、社会の中で対象者 に対する処遇を行うことから社会内処遇とも呼ばれている(10)  その歴史(11)は徳川幕府が1790年に設置した石川島人足寄場にまで遡るといわれるが、直接的 な更生保護の先駆けは、1888年に金原明善が川村矯一郎とともに静岡県に創設した「出獄人保護 会社」(勧善会)である。現行の更生保護制度が整備されたのは、まず、1947年に憲法73条7号 に基づき恩赦法が制定され、恩赦法施行規則により広く本人の出願が認められたことにより、恩 赦を本人の改善更生その他の刑事政策的観点から運用する道が開かれたことに端を発する。また、 翌1948年には、現行少年法によって少年に対する保護観察処分ができ、1949年には、犯罪者予防 更生法が制定された。さらに、近年における社会情勢や国内外における刑事政策思想の変化に伴 い、社会内処遇の新しい方策の確立と一層の充実が要請されるようになったため、1995年に、「更 生保護事業法」並びに「更生保護事業法の施行法及びこれに伴う関係法律の整備等に関する法律」 が公布され、1996年4月1日に施行された。そして、2007年6月8日には更生保護法が成立した のであった。この新しく制定された更生保護法は、従来、犯罪者予防更生法と執行猶予者保護観 察法の二法に分かれていた更生保護に関する基本的な法律を整理統合して一本化し、更生保護の 機能の充実・強化を図ったものであるといわれている(12)

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 この更生保護法の施行から既に7年目が経過しつつあるが、やはり刑務所出所者等の就労支援 対策の重要性は、ますます強く認識されている(13)。その背景には、無職で保護観察を終了した 者の再犯率と有職で保護観察を終了した者の再犯率の比較において、平成14年から平成23年まで の累計でそれぞれ36.3%と7.4%となっており、無職者の再犯率は有職者のそれよりも約5倍程 度高いという量的観点からの分析結果がひとつの例として挙げられる。また、入所受刑者の就労 状況別構成比(14)を見ると、5度以上入所している受刑者に占める無職の者の割合は約8割と非 常に高い。以下、現在実施されている刑務所出所者等に対する就労支援のその主なものを概観し、 若干の考察と課題の検討を試みていきたい。  ⑵ 各種就労支援対策の現状と課題  ここで就労支援対策に焦点を当てる理由を整理しておくと、差し当たり次のふたつの点を挙げ ることができよう。ひとつは、前述のとおり、少年・若年犯罪者、特に20代の再犯防止が重要で 且つ彼らはいわゆる働き盛りであること、ふたつには、無職者の再犯率が有職者のそれを大きく 上回ること(無職者36.3%、就職者7.4%)、である。つまり、この世代に対する就労支援対策の 成功を仮定した場合には、再犯の防止という課題に対する肯定的結果へと至る可能性が高いこと をわれわれに期待させるのである。  ① 刑務所出所者等総合的就労支援対策  本対策は、刑務所出所者等に対する就労支援対策の重要性が社会的にも認識されたことを受け て、2006年から厚生労働省と法務省が連携して実施している施策である。その内容(15)は、矯正 施設及び保護観察所並びにハローワークの連携のもとで的確な就労支援の早期実施により、刑務 所出所者等の就労意欲を喚起し、就労のために必要な知識等について指導及び助言することを主 軸にしている。これは、出所前からハローワークの担当職員が矯正施設へ出向き、対象者との面 談等を行う中でその者に対する支援を選択し、同時に職業相談等を行うという方法で実施されて いる。加えて、雇用の受け皿となる協力雇用主の拡大を図り、就労の機会を確保することにも重 点が置かれている。というのも、たとえ対象者に対する就労支援を密に行ったとしても、その受 け皿がなければ元の木阿弥であろう。そのことを思えば、この取組みの重要性は多言を要しない と思われる。協力雇用主に対しては、奨励金や身元保証システムを実施し、その確保や拡大を図っ ている。  現在までに一定数の刑務所出所者等の就労を確保してきた本施策ではあるが(16)、当然のこと ながら課題もいくつか指摘されている。例えば、就労に向けて動き出す前の段階において、「支 援対象者の選定に当たっては、就労意欲や稼働能力を有することなどが要件として求められてお り、そもそも就労意欲に欠けていることから、支援の第一歩として、面接指導等を重ねて就労 意欲の喚起を図るところから始めることが必要な者も少なくない」(17)ということが指摘されてい る。また、対象者と協力雇用主とのマッチングの問題も深刻である。というのも協力雇用主の業 種のほとんどを建設業が占めているため、対象者のニーズに対応できるだけの業種の幅が現状で は満足な整備がなされていない(18)。ただし、出所者に限らず一般社会においても、同様のこと が指摘されうる現実を考えたとき(19)、次に取り上げる更生保護就労支援モデル事業や自立更生

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促進センターも含め、結果を急ぐよりも着実に実績を積み重ねつつ、対象者の適切な就労支援に 努めていくべきであろう。ある意味では、われわれ国民の忍耐ともいえる問題である。  ② 更生保護就労支援モデル事業  前述の刑務所出所者等総合的就労支援対策が一定の成果を挙げつつも、なお就労できない、あ るいは就労しても直ぐに離職する者たちが多数いるといわれている。このような事実を踏まえ、 2011年から、宇都宮、東京及び福岡の保護観察所において、更生保護就労支援モデル事業を民間 の法人に委託して実施されている(この翌年から札幌・名古屋・大阪の保護観察所においても実 施されている)(20)  このモデル事業は、就労ないし雇用に関する蓄積の豊富な民間団体が国から委託を受けて更生 保護就労支援事業所を設置し、当該事業所に配置された就労支援員が関係機関等と連携して支援 を行うものである(21)。これは、矯正施設入所中から就労支援員による就職活動支援業務に始まり、 就職後には職場訪問を通じて職場定着に向けた支援を行う職場定着支援業務へと移行する事業で ある。また、平成25年度からは新たな施策として協力雇用主の確保・拡大といった雇用基盤整備 業務も開始されている(22)。とりわけ、事業の性質上注目されるのが、委託を受けた各事業所に 設置されている就労支援員の存在であろう。  就労支援員からは、モデル事業に携わりながら、「就職活動支援や職場定着支援を通じて、支 援対象者との意思疎通が深まり、対象者の人を信じる気持ちの高まりが感じられるようになった」 「就労先確保のための事前確認や就労後のサポートなど、昼夜を問わず職場訪問をするなどして、 支援対象者と協力雇用主相互間の良好な関係維持に努めており、協力雇用主から『安心感がある』、 『対象者が真面目に働いてくれている』等の評価をいただいている」などの成功体験が寄せられ ており(23)、全国的な展開が待たれると同時に、「少年や女性、薬物事犯者等の就労が難しいもの の支援方策、更生保護施設在所者向けの就労と住居をセットで確保する支援方策が必要である」等 の、より綿密な多職種機関との連携が不可欠であることを窺わせる内容の課題が提出されている。  以上、近年実施されている刑務所出所者等に対する就労支援対策を概観してきたが、これに関 連して、地域の理解の重要性についてもここで付言しておきたい。この点は、次に扱う刑罰論に 対する社会の態度として表出するものでもあると考える。  刑務所出所者等の受入れが地域の理解を得ていないことの問題は、自立更生促進センターの設 置が、地元住民からの反発を受けて進展していないという事態から窺うことができる。筆者らも、 医療観察制度をめぐる諸考察において、同様の状況を確認してきたところである(24)。やはり同 様に、刑務所出所者等に対する地域の偏見を緩和していく必要性をここで指摘しておきたい。犯 罪防止という取組みを当事者だけの問題としている限りは容易に改善されない問題として、これ をわれわれも強く認識しなければならないといえよう。 3.わが国の刑法学説の状況  以下においては、わが国の刑事政策との関連を意識しつつ、刑事責任論や刑罰論といった刑法 学説の状況を概観する。ここまで、刑務所出所者等に対する就労支援の取組みを中心に論を進め てきたが、これらの取組みは、理論的にどのような基礎づけがなされるのであろうか。冒頭でも

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触れたが、近時の厳罰化傾向ないし刑事立法の乱立という現象が理論と実践との乖離をその一因 としているという問題意識を背景として、考察を進めていきたい。  わが国の刑罰論は、相対的応報刑論であると先にも触れたが、これまでみてきた刑事司法の現 状を背景に、刑事責任論及び刑罰論を巡る学説の対立を概観し、いくつかの課題を抽出していく。 端的には、刑事責任の本質については規範的責任論と可罰的ないし実質的責任論との対立が、刑 罰論については規範的責任論に基づく相対的応報刑論と可罰的ないし実質的責任論に基づく抑止 刑論との対立を見て取ることができる。  まず、相対的応報刑論とは、「過去の犯罪を根拠とする応報的処罰を通じて、将来の犯罪防止 をはかろうとする見解」(25)である。この「応報」という語は、刑罰が行為者の違法な意思決定に 基づいた違法行為とそれにより生じた法益侵害ないしその危険性の程度に見合った責任非難を根 拠として、行為者に対する不利益処分を科すという意味で解される(26)。すなわち、この刑罰論 からは、行為者の刑事責任を超えた刑罰を科すことは許されない。これは、「責任なければ刑罰 なし」という消極的責任主義や行為責任論からの要請である。  筆者らにおいても、理論的には規範的責任論に基づいた相対的応報刑論が妥当であると考えて いる。それは、刑事責任という概念が、違法行為に対する非難ないしその可能性であるという理 解に基づいていると同時に、刑法の機能・目的としての刑罰賦課を通じた犯罪の予防という観点 が重要であると考えているからである。すなわち、非難可能性という回顧的な概念が刑罰権発動 の契機であることを認めつつ、犯罪の予防という展望的な視点から犯罪者を矯正・改善すること を可能とする刑罰論として、相対的応報刑論が妥当であると考えているのである。このように理 解する場合、やはり刑法の謙抑主義や消極的責任主義、行為責任論といった原理を逸脱した刑罰 は否定される。ひいては、犯罪の予防という観点からも、刑法の基本原則を逸脱した刑罰は、一 般予防のためにといい、あるいは特別予防のためにといったところで、そのどちらにも寄与しな いという理由により、否定されるべきものであると考えている。  これに対する有力な見解としては、可罰的ないし実質的責任論及びそこから導き出される抑止 刑論を挙げることができると思う。両者は、ともに予防目的に重きを置く理論である。前述の相 対的応報刑論が行為者の他行為可能性を前提とした非難可能性にその根拠を求めるのに対して、 刑事責任を予防目的によって基礎づけようとする見解である(27)。近年では、髙山教授によって「実 質的行為責任論」(28)が主張され、この立場をより説得力のあるものにしている。同教授が主張さ れる「実質的行為責任論」とは、「刑罰が害悪賦課による法的非難であることを前提に、これによっ て社会復帰を図ろうとする」(29)ものである。しかし、従来から指摘されているように、消極的責 任主義の要請から、刑罰の限界設定について「特別予防の必要性だけに着目する見解は、そのこ との理由づけを提供できないのである」(30)という批判なされているが、これに対して同教授は、「特 別予防を重視するからといって、刑罰によって無制限に予防を追求するわけではない」(31)と反論 されている。従来の非難可能性による刑罰の限界設定という理解に代わり、比例原則の要請から 軽微な罪に対しては再犯の危険性に基づく長期の刑罰を科すことが許されないと理解する立場を 示されたのであった(32)  以上のように実質的責任論及び抑止刑論は刑事政策に親和性を有する理論である。本稿でみて きた刑務所出所者等の再犯防止に係る取組みも、この観点からは一貫した理解も容易であろう。

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しかしながら、刑事政策的配慮が犯罪論においても重要視されてからこの方、通説的地位を堅持 しているのは規範的責任論であり相対的応報刑論である。先述のように、筆者らもそれが妥当で あると考えている。というのは、特別予防を前面に押し出したこの理論は、非難可能性に予防目 的という本来矛盾する要素を加えることにより、刑事責任の理解をより困難にしているからであ る。つまり、刑事責任を予防目的から基礎付けるのであれば、本来の意味を逸脱し、再犯の危険 性に対する非難として刑事責任が解釈されるおそれ、すなわち、再犯の危険性があるから非難す ると解釈できる可能性が開かれてしまうのではないかという疑問が生じてくるのである。少なく とも現在のところ、この疑問に明確な回答を与える見解を筆者らは知らない。以下においては、 学説を整理しながら検討をさらに進める。  まず、他行為可能性ないし期待可能性を根拠とした行為者に対する非難可能性という規範的評 価を前提として、それが認められる範囲で行為者の可罰性を判断する従来の理論構成の見解を素 描する。この見解は、予防目的は非難可能性の範囲で考慮されるということは自明であり、「し たがって予防が責任を基礎づけること(責任と予防の一体化)は理論的に許されない」(33)として、 予防目的による刑事責任の基礎づけを否定している。この見解によれば、予防目的の考慮に先立っ て、まず、規範的な観点から行為者の非難可能性が導き出される。そして、その非難可能性を前 提として、刑法における予防目的(行為者の可罰性)が考慮されるのである。  次に、予防目的により刑事責任を実質化しようとする見解は、「刑罰目的から切り離された裸 の責任(非難)は、実証可能のない意思自由に基づく他行為可能性または人々の不合理な感情に 左右されうる社会倫理的評価のほかには拠り所を有しないものであって、必ずしも具体的・限定 的な内容をもっていない」(34)として、通説の規範的責任論を批判する。基本的にこの立場をとる 論者は、「予防目的が重要な役割をはたしている事実は否定すべくもない」(35)として、予防目的 を前面に押し出す理論構成を刑事責任に付与する。その帰結として、非難可能性を予防目的と置 き換えることは可能と主張するのである(36)。この見解によれば、規範意識に根ざす非難可能性 とは、違法行為を行った行為者を処罰するための根拠としては不十分であり、刑法による予防目 的によって根拠づけられるべきものであるとする。ただし、その予防目的の内容に関しては、必 ずしも一致していないことに留意しなければならない。予防目的を一般予防と捉えるのか、ある いは特別予防と捉えるのかについては、論者により違いがみられる。  通説の規範的責任論からなされる批判として、まず、「非難可能性」に予防目的といった展望 的な内容をもたせることは妥当かというものがある(37)。というもの、可罰的責任論や実質的責 任論が行為者の他行為可能性を前提とした非難可能性を否定し、予防目的から非難可能性を導き 出すという理論を採るものだからである。しかし、責任は、過去の行為に向けられた規範的評価で あることを前提として予防目的という将来に対する配慮をすることがあるにせよ、結局、その対象 は過去に向けられているのであり、責任という語を用いる以上、これを専ら将来起こりうる犯罪の 抑止という予防的配慮から基礎づけることはできないという批判が妥当であろうと思われる(38)  また、「一方で、予防目的が非難可能性の実質的判断として責任を基礎づけるとしながら、他 方で予防目的は責任を軽減ないし阻却する方向でしか機能しないとすることは妥当か」(39)とする 疑問が向けられている。確かに、予防目的が責任を基礎づけるとしながらも、それを限定する機 能しか有しないというのは矛盾であるように思われる。予防目的があれば責任があるというので

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あれば、そこに限界など存在しないと考えるのが自然ではないであろうか。展望的観点からなさ れる可罰的判断に、本来的には責任を限定する原理は存在しないといってよい。したがって、非 難可能性が行為者の刑事責任を限定する機能を有し、その範囲で予防目的を考慮するという理論 構成が最も妥当であると思われる。  しかしながら、予防目的により刑事責任、ひいては刑罰論を基礎づける見解が主張されるのは、 理由のないことではない。折にふれて、わが国の現行の刑罰制度を取ってみても、受刑者や刑務 所出所者等に対する処遇をこの立場に依拠しつつ理解することは、さほど難しくないことを指摘 してきた。それは、規範的責任論や相対的応報刑論が、主に規範的な観点から抽象化された人間 を措定するのに対して、実質的責任論や抑止刑論は、行為者の個別的具体的な客観的事情へと目 を向けているという、構造上の特徴として理解することができる。  とはいえ、「可罰的評価のまえに一般規範的評価を論じておく必要がなくなるわけではない」(40) といわれるように、やはり、刑事責任とは、まず規範的観点から非難可能な行為を確定する必要 があると思われる。そのためには、「まず犯罪評価の構造を規範的評価と可罰的評価という二つ の次元に分析した上で、さらにそのそれぞれの評価についてその構造を分析するという基本的態 度で、理論展開をする」(41)のが妥当であると考える。すなわち、予防目的を責任判断において考 慮する前提として、非難可能性が責任の本質として位置付けられなければならず、したがって、 行為者の他行為可能性ないし期待可能性に基づく非難可能性を本質とする規範的責任論をなお堅 持すべきであると考えるのである。  ただし、いずれの見解に依拠するにせよ、現在のわが国の刑罰制度に対して、刑事責任論及び 刑罰論はいかなる役割を果たしているのであろうか、また今後いかなる役割を果たし得るのであ ろうかという疑念を払拭することは困難であるといえよう。「従来の刑罰論は、国家が法の逸脱 者に対して何故、刑罰を科しうるかという形而上学的な論点をめぐって展開されており、どのよ うな刑罰を科すべきかという論点は看過されてきたのではないか」(42)という指摘に対して、われ われは反論する術を持たないのではないであろうか。本稿の冒頭でも述べたように、現実の刑罰 制度と刑法理論との乖離を自覚し、より実践に耐え得る理論の構築を志向しなければならないこ とをわれわれは痛感せざるを得ない。 4.おわりに  本稿では、再犯の防止が喫緊の課題であるという認識を背景にして、刑務所出所者等に対する 就労支援対策を中心にわが国の更生保護制度を、次いで刑法学説における責任論及び刑罰論を概 観した。この一連の議論を通じて、両者の乖離を自覚すると同時にこれを架橋するという課題が 存していることを明らかにできたと思われる。また、高齢犯罪者の再犯の問題を背景に、「刑罰 =刑務所」(43)という自明性に対する疑問も、本稿と同一線上の問題意識に根ざすものである。す なわち、刑罰論が想定する犯罪者と現実の犯罪者、理論と現実の乖離といえよう。  刑法学がそれを批判しながらも、この現状に対抗できないのは、前述の「どのような刑罰を科 すべきか」という問いを顧みなかったことに、その一因があることを認めなければならない。も しもそうであるとすれば、この問いに応じるのが道理であろう。筆者らの考えるひとつの方向性 としては、多機関の連携にその特徴を有する刑務所出所者等に対する就労支援の有効性に着目し、

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その連携を円滑に行うことを可能とする刑罰論を構想することである。その意味においては、前 述した髙山教授の主張される実質的行為責任論が興味深い。しかし、実質的行為責任論のみなら ず、非難可能性を予防目的によって規定するという論理は、なお検討を要することもまた前述し たとおりである。  考えてみれば、刑罰権行使の契機を違法行為に対する非難可能性と解し、また、刑罰を行為者 に対する害悪の賦課と解することと、その害悪としての刑罰を通じた行為者の改善・矯正を考慮 することとは矛盾するものではない。ここでいう「害悪」とは、国家権力としての刑罰が受刑者 等の自由ないし権利を制限するという意味での「害悪」であると解され、故に法に則った形での「害 悪賦課」である。いたずらに苦痛を科すことに終始することは許されず、犯罪抑止の目的を志向 しなければないはずである。この理解は、相対的応報刑論のそれであろう。しかし、このように 刑罰の在り方を規定した場合、当然予想されるのが、犯罪被害者等及び国民の処罰感情との摩擦 あるいは衝突である。そこでは、相対的応報刑論とは異なる同害報復という意味での「応報」が 過度に主張され、それが刑事立法の乱立という形で通用してしまい、刑罰賦課という犯罪抑止の ための手段が最終的には目的とされる懸念を払拭できない。  興味深いことに、ある研究者は、刑罰=刑務所が「そこに拘禁されている人々よりも、むしろ、 そうなりうる人々に関係する」と論じ、さらに、「刑務所の働きの現実よりも、高い塀、自由の剥奪、 そして、完全な監視という象徴の方が、社会的にははるかに重要となる」(44)としている。この見 解は、刑務所の存在自体が社会的には重要な意味を持つと説き、故に、その廃止が極めて困難で あること主張しているが、実際の刑務所内での処遇にはあまり関心が払われないという特徴をも 指摘している。この点は、刑罰を象徴する刑務所という制裁の手段が、いかに社会から表面的に しか捉えられていないのかを示していると思われる。  しかし、同時に「刑務所の働きの現実」には社会的関心があまり払われていないことを事実と 仮定した場合には、刑務所内で福祉分野と連携を可能とする刑罰論を構想することの妥当性を示 唆しているとも考えられるのである。既に実際の刑事政策においては、社会福祉に関わる諸機関 との連携を推し進めていることを筆者らは概観しており、論理的には、刑法学もこの事実を無視 した刑罰論を展開することはできないものと思われる。犯罪は、個人の規範意識の問題だけでは 収まらない、貧困や健康問題、社会情勢といった様々な要因が重複している以上、行為者及び社 会の規範意識への働きかけ(あるいは威嚇)に終始する刑罰論はもはや機能不全の誹りを免れら れない。他分野との連携は必須ともいえる。このような刑罰論を構築することにより、「厳罰化」 という現象を避けることができ(そもそもこの表現が当てはまらなくなり)、社会復帰の手段と して刑罰を位置付けることができるものと思われる(45)。ただし、考察は途上にあり、今後、犯 罪論との関連も含めて、さらなる検討を加えたいと考える。  奇しくも、本稿の執筆中に、死刑制度容認の声が依然として高いという世論調査結果が公表さ れた(制度容認80.3%)(46)。予てより日弁連等から死刑制度容認へと誘導する質問内容である旨の 指摘や批判がなされており、調査結果をどのように捉えるのかについては議論の余地があろう(47) 死刑制度の存続を容認する理由(複数回答)としては、53.4%が「廃止すれば被害者や家族の気 持ちが収まらない」であり、また、52.9%の「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」や47.4%の「生 かしておくとまた同じような罪を犯す危険がある」等といった、厳しいものである。犯罪者に対

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する応報ないし処罰感情の過激なことが窺われる。この調査結果に関連して、「修復的司法」の 議論について若干触れておく(48)。修復的司法の観点からは、犯罪を被害者と加害者の関係、さ らには第三者との関係の侵害と捉えるが、その修復には現実のコミュニケーションを通じた被害 者支援の充実が求められることとなる。そこから、「被害者支援の充実化とコミュニティを構成 するわれわれ一人一人が被害者を支えるという社会の構築が望まれ」(49)、ひいては死刑制度を廃 止できるという見解が主張されている。現在の死刑制度存廃論のひとつの指針を示しているよう に思われるが、修復的司法という考え方自体の妥当性も含め、この観点から加害者の社会復帰の 機会をどの程度保障されるのかについては、本稿の立場からなお考察を要すると思われる(50)  犯罪を許さない社会は、ひとつの正しい社会の在り方であると思われるが、皮肉にも、犯罪者 を許さない社会は彼らの社会復帰を阻害し、ひいては犯罪を誘発するというジレンマを有するも のである。このようなジレンマの克服が、刑法学に責任論と刑罰論の見直しを要請している。実 際に、現行の刑罰制度は、他分野との連携を模索し、推し進め、犯罪の抑止という課題に対して 様々なアプローチを試みているのであり、これに理論面からの基礎づけは必須であるといえる。 「われわれがどのような刑罰制度を採用するかは、われわれがどのような社会を形成しようとし ているのかに大きく関わっている」(51)とすれば、われわれは不断の努力によってそれに応じなけ ればならないであろう。今後もその動向が注視される問題である。 ――――――――― * 沖縄大学法経学部法経学科教授 ** 沖縄大学地域研究所特別研究員 (1)内田博文「刑法学は、なぜ、刑務所を語らなくなったか」犯罪社会学研究37号(2012)24-39頁。 この論考の中で、内田教授は、刑法学が事実を前提としない刑罰論を展開してきたのでは ないのかという実務家等の指摘を踏まえて、「従来の刑罰論は、国家が法の逸脱者に対し て何故、刑罰を科しうるかという形而上学的な論点をめぐって展開されており、どのよう な刑罰を科すべきかという論点は看過されてきたのではないか」(26頁)と問題提起をさ れている。 (2)法務省総合研究所編『犯罪白書平成26年度版』参照。例えば、無期刑の仮釈放許可人員に ついて、刑の執行期間が20年以内で仮釈放が許可された者は、2004年以降存在しない。ま た、有期刑の執行猶予率は、2004年の61.6%対して、2013年は55.9%と漸減している(2-3-1-1表)。 (3)浅田和茂「刑事立法の重罰化」前野育三先生古稀祝賀論文集刊行委員会編『刑事政策学の 体系―前野育三先生古稀祝賀論文集―』法律文化社(2008)331頁。浅田教授は、さらに、「重 大な事件が発生した場合肝要なのは、被害者に十分補償を行うとともに、その原因を究明 し、未然防止のための方策を考えることである。対処療法的な刑事立法は、刑法の基本原 則を軽視しがちであり、それにもかかわらずあまり役に立たない」(349頁)と、近年の刑 事立法の傾向に対して疑問を提起されている。 (4)内田前掲注(1)31頁。 (5)高齢や障害を抱える出所者の更生あるいは再犯防止が大きな問題になっているが、この問

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題に関しては、就労支援にも増して一層包括的な福祉の支援が必要である。その意味にお いて、本稿のテーマとの関連でも、今後、極めて重要な研究分野となるであろう。とくに 全国都道府県に配置された地域生活定着支援センターは、矯正と福祉の「架け橋」となる べく活動を進めつつある。この地域生活定着支援センターについて、沖縄県の活動を本誌 39頁以下で詳しく紹介しているので、併せて参照していただければ幸いである。    法務総合研究所編『研究部報告42―再犯防止に関する総合的研究―』(2009)。同研究は、 わが国の再犯に関する研究を行う上で大変有益な情報を提供している。本稿でその全体に 触れることはできないので、詳細は直接参照されたい。 (6)法務総合研究所編『研究部報告42―再犯防止に関する総合的研究―』(2009)。同研究は、 わが国の再犯に関する研究を行う上で大変有益な情報を提供している。本稿でその全体に 触れることはできないので、詳細は直接参照されたい。 (7)同上19頁以下。同研究では、①戦後約60年間の電算犯歴(検察庁における電子計算機によ り把握している有罪の確定裁判に関する記録)、②矯正及び更生保護関係の統計資料を対 象にして、再犯の実態等に関する研究を進めている。 (8)同上26頁。なお、 本稿で用いる「初犯者」と「再犯者」の定義・使用法は、法務総合研究 所のそれに準ずることとする。この用例は、通常、過去に不起訴・起訴猶予の処分を受け た者も「再犯」とされて「初犯」と区別されていることを考えると、これよりも狭いもの となっている。 (9)同上348頁。 (10)岩井宜子『刑事政策』第6版(2014)に基づいて、更生保護の定義を整理しておこう。岩 井教授によれば、「広義には、行刑その他の施設内処遇を矯正と呼ぶのに対して、犯罪者 の社会復帰を促進するために社会内で行われる公共的な活動を一般に指す」ものであり、 さらに、「狭義には保護観察のように強制的に行われるものを除いた、…任意に行われる、 金品貸与、宿泊所供与、就職援助等の犯罪者の更生を保護し援護する活動」(207頁)を更 生保護という。ここでは、この理解に則って矯正と更生保護の語を使用する。 (11)藤本哲也「更生保護の課題と展望―更生保護法施行5年を経過して―」法律のひろば66巻 6号4-5頁。 (12)このほぼ同時期は、明治から存続していた監獄法の全面改正がなされ、「刑事収容施設及 び被収容者等の処遇に関する法律」(「刑事収容施設法」)が成立している。この「刑事収 容施設法」は、第1条に刑事施設の適正な管理運営と受刑者の人権の尊重、個別の適切な 処遇の三つを規定し、上記更生保護法の改正と相まって、対象者に対する社会復帰のため の支援策を施設内処遇から社会内処遇という連続したタームにおいて講ずる道を拡大した と評価することができよう。 (13)同上5-7頁。 (14)前掲注(2)図4-1-3-8参照。 (15)板谷充「社会内処遇の現状と課題」論究ジュリスト5巻(2013)182頁。 (16)同上182頁。これら対策によって、2006年から2011年までの6年間で約1万2,700人の就労 を確保し、協力雇用主の数も1万を超えているという。

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(17)弥永理絵「刑務所出所者等の生活基盤づくりの取組について~就労支援を中心に」犯罪と 非行171号(2012)98頁。 (18)同上95頁。 (19)「雇用ミスマッチ顕著」琉球新報2015年1月3日1面。筆者らが在住する沖縄県内の雇用 情勢は、この問題が一般的にも顕著である。記事によれば、正社員希望者76%に対して、 実際の正社員枠での求人は28.3%であった。 (20)林寛之・奥田幸生「更生保護における住居・就労支援」法律のひろば66巻6号26頁。 (21)同上。 (22)犯罪対策閣僚会議第22回会合(2014年12月16日)資料参照。また、各種奨励金だけではなく、 公共工事等の競争入札に際して、刑務所出所者等を雇用する事業主に対して加算ポイン トを付与する制度も設けている。なお本資料は、首相官邸HPから参照可能である(URL http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/)。 (23)弥永前掲注(17)101頁。 (24)小西吉呂「医療観察法・指定入院医療機関の現状と課題―沖縄県の例にも触れながら―」 前野育三先生古稀祝賀論文集・前掲注(3)394-395頁、小西吉呂・外間淳也「責任能力 基準についての一考察―裁判員制度下における責任能力判断―」沖縄大学法経学部紀要14 号(2010)49-67頁、同「医療観察法に関する一考察―沖縄県の事例にも触れて―」沖縄 大学法経学部紀要15号19-34頁、同「医療観察法における通院医療について」沖縄大学法 経学部紀要17号(2012)25-33頁、同「医療観察法施行を巡る現状と課題―法施行10年を 迎えるにあたって―」沖縄大学法経学部紀要22号(2014)15-25頁。 (25)井田良『講義刑法学・総論』有斐閣(2013)8頁。なお、井田教授の基本的な立場も相対 的応報刑論を支持している。 (26)同上9頁。 (27)堀内捷三「責任主義の現代的意義」警察学研究61巻10号(1990)3-22頁。また、山中敬一 山中敬一『刑法総論第2版』成文堂(2008)586頁は、「このような規範的責任論は、形式 的に、責任とは評価であって、その評価とは非難可能性であるとしただけであり、いかな る実質的な情感がある場合にのみ非難可能なのかという内容の問題については、それだけ では何も言明されていない」として、堀内教授と同様の見解を示されている。 (28)髙山佳奈子「『責任主義』と『比例原則』」刑法雑誌53巻1号71-83頁。 (29)同上79頁。 (30)安田拓人『刑事責任能力の本質とその判断』弘文堂(2006)3-4頁。 (31)髙山前掲注(28)79-80頁。 (32)同上80頁。 (33)大山弘「可罰的責任論の構造」神戸学院法学34巻3号(2005)23頁。 (34)松原芳博「可罰的責任論の現状と展望―一段階的構成と二段階的構成―」九州国際大学法 学論集5巻2・3合併号(1999)119頁。 (35)堀内前掲注(27)8頁。 (36)同上10頁。

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(37)大山前掲注(33)13頁。 (38)内田文昭「決定論と予防論―最近の『予防的責任論』をめぐって―」内藤謙・芝原邦爾・ 西田典之編『刑事法学の課題と展望―香川達夫博士古稀祝賀論文集―』成文堂(1996)254頁。 続けて、「責任はあるが予防の必要性はないということは可能であるが、予防の必要があ るから責任があるとか、予防の必要がないから責任もないという理論は、刑法上邪道なの である」という批判がそのまま妥当しよう。 (39)大山前掲注(33)13頁。 (40)鈴木茂嗣「松原芳博『可罰的責任論の現状と展望―一段階的構成と二段階的構成―』九州 国際大学法学論集5巻2・3合併号(1999)」法律時報72巻9号(2000)74頁。鈴木教授は、「犯 罪の処罰がウルティマ・ラチオであることを明らかにするためには、一般規範違反の規範 的有責行為の中でとくに可罰的評価の妥当するものが犯罪であるということも明らかにし つつ犯罪論を展開する必要がある」とされている。 (41)同上。なお、鈴木教授は、責任阻却事由を「結局は可罰的責任阻却事由であることは、筆 者の指摘するとおりである」とするが、私見は、まず一義的には規範的責任阻却事由と解 するべきであり、刑法上の責任阻却事由を全て可罰的責任阻却事由と解することには、否 定的態度を取らざるをえない。 (42)内田前掲注(1)26頁。 (43)赤池一将「はしがき―刑務所研究の現在と『監獄の誕生』後の刑罰論―」犯罪社会学研究 37号(2012)4頁。「本来、犯罪に対抗すべき『刑罰=刑務所』の存在自体が、犯罪を誘 発していると現実がそこに認められるからである」とされ、わが国の刑罰制度を再考する 必要性を強調している。 (44)ピエール・ラスクーム(訳:相澤育郎=赤池一将)「刑務所―困難な政治的課題の輝かし き履歴―」犯罪社会学研究37号(2012)78頁。 (45)しかし、刑罰を社会復帰の手段と位置づけた場合においても、謙抑性や補充性を逸脱して はならないと考えている。ここでもやはり、刑罰は、最終手段として把握されなければな らない。 (46)「死刑制度『容認』80%」琉球新報2015年1月25日1-2面。 (47)これに関連して、井田良「最近の刑法学の動向をめぐる一考察」法学研究84巻9号(2011) 221頁以下の議論が興味深い。とりわけ本稿との関係では、「最近の量刑水準の上昇や法改 正による法定刑の引上げは、必ずしも実態としての犯罪の増加や凶悪化を背景にもつこと なく生じた」という見解が注目される。 (48)高橋則夫「死刑存廃論における一つの視点―応報的正義(Retributive Justice)から修復 的正義(Restorative Justice)へ―」法学研究86巻6号(2013)13-20頁が興味深い。 (49)同上19頁。 (50)同上19頁においては、仮釈放のない終身刑の導入を実現可能なものとして、受刑者は被害 者とその遺族の再生・回復を一生義務づけられるとされている。この点についても、本稿 の立場との関連を考察する必要があるといえよう。 (51)内田前掲注(1)31頁。

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