宮本健市郎著『アメリカ進歩主義教授理論の形成過程~教育における個性尊重は何を意味してきたか』(2005年,東信堂)
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(2) 原動力として落第生徒や中退者の存在が、教育の能率化という点で忌むべき ものであり、その対策として個別化や個性化の動きがあったことも明らかに されている。学校経営の能率化と子どものニーズへの対応が、時には同時に、 あるいはどちらかに重点を置いて進められてきたのであろう。. 19世紀末までのこうした動きには、生徒の個性は変化するもので、予測で きないものであるという考え方が根底にあった。子どもたちに合った学年や 学級を見出すために、進級試験がたびたび行われていたという。しかし、20 世紀に入って状況は一変する。知能テストが開発されたことによって、IQと いう数字が子どもの能力を表すと同時にその限界をも示すという観念が定着 するようになったことを挙げ、「固定的能力観の出現」であるとしている。知. 能テストは通常の学年制の枠組みにはまらない生徒たちを「異常児」として 分類し、特別学級を編成してそこで教育をすることになるのである。同時に、 英才児の教育も同じくこの頃に端を発していることが明らかにされている。 アメリカの教育が追い求める子どもの個性というものに関して、筆者自身 が疑問に思ったり関心を持ったりしていたことがいくつかあるのだが、本書 はそのうちの三つについて明確な答えを出してくれている。そのうちの二つ については、この固定的能力観の端緒であり、また特殊教育という枠組みで 障碍を持った子どもたちと同時に英才児たちが扱われていることであった。 スティーブンソンとステイダラー(1992)の研究によれば、アメリカ人の 教師は、子どもたちの能力はどちらかといえば固定化されたものであり、変 化はないと信じている一方、日本人教師らは子どもたちの成績は努力によっ て左右されるものであり、生得的な能力によって生徒のパフォーマンスを判 定することに対しては快く思っていないことが明らかになっている。この違 いはいったいどこから来るのか、といった疑問に対して文化的な背景を探っ てみたのだが、なかなか明確な答えは得られなかった。日本では家制度など の伝統的な価値観の片鱗が残っているものの、戦後の改革によって階層意識 が薄くなり、階層ならびに社会経済的地位によって子どもたちの学業達成が 影響されるといった現象は表立って認識されてこなかった。さらに入試制度 による機会の均等化によって、努力の結果が成績すなわち将来の進路を決め ていく、という観念が日本社会全体で共有されるようになった。人格は長い 間に形成され陶冶されるものである、というのが教育者として一般的な考え 方であると筆者は信じていたのだが、アメリカ式の遺伝による生得的な能力 一94一.
(3) が全てという考えは、どうも個性を追い求めている姿勢とはかけ離れている ように思われたのである。しかし、個々のニーズに合わせて最良の教育を施 すという意味において、本書はこの固定的能力観はアメリカの教育が個別化 を目指した結果であることを教えてくれた。. また英才児教育が特殊教育の枠組みで行われている点については、個の ニーズに応えるという目標のもと、知能テストによる能力の判定が、「異常 児」とされた子どもたちと英才児とされた子どもたちの両方に特別に教育を 施すという方針に理論的根拠を与えていたことが分かる。しかしその動機と. なったのは、学校経営の能率化ということであった。心理学の隆盛と測定 ツールとしての知能テストの流布が、工業化を突き進んでいた当時のアメリ カにおいて、教育の能率化を一層追い求める結果をもたらしたのであるg こうした知能テストに絶対的な信頼をよせる風潮が、個人の能力が生まれ つきのものであり、固定化されたものである、という信念を生んだのであろ うか。科学の進展が教育に与えた影響力は計り知れないものがある。. 科学的な方法という点については、本書で分析されているウィネトカ・プ ランの紆余曲折は興味深い。子どもたちの能力と、その時期にあった適切な 教育内容と教材を、大規模な調査とともに検証していくことによって、完壁 な教育プログラムを目指していたのである。彼の頭の中では、最終的に誰に でも当てはまるような最良のカリキュラムができ上がることを想定していた のであろうか。しかし結局のところ、ウィネトカ・プランは「プランはなく、 プランニングがあったのみである」というウォッシュバーンの言葉に象徴さ れるように、万人に通用する単一の教育プログラムはあり得ないのかも知れ ない。基礎基本の個別の習得を目指して、その部分を集団活動から切り離し た当初のプランから、1930年代以降は知識技能の習得を総合的な活動に統合 しながら共同体化を目指すようになった。科学的手法によって標準を求める ような教育研究から離れ、教師ら自身によるアクション・リサーチの積み重 ねが子どもたちのためになったことを考えると、ウィネトカでの教育実践の 変遷は、教員研修がいかに教育の質を支える鍵となるかということを如実に 語ってくれているように思えてならない。どんなに優れたプログラムであっ ても、それを担うひとりひとりの教師の自覚と研鐙がなければ、子どもの個 性を生かすような教育はできない。個性化とは、テストによる選別がもたら した個別化とは異なり、自発的に学習をしょうとする子どもたちの意欲をく 一95一.
(4) み取りながら、その個性が共同体の形成につながるべきものだからである。 筆者の三つ目の疑問であるが、それは各国で発展してきた進歩主義的な教 育が、どのように伝播していったかということである。フレーベルの教育が 財物主義に陥ったり、モンテッソーリが教具中心に走っていったりしたよう に、さまざまな優れた試みが、拡がりをもち時代をくだるにつれてその形を 変えて行く。19世紀末に興ってきた新教育は、どのように拡がってきたので あろうか。その伝播において、何が正確に伝わり、何が誤解されてきたので あろうか。本書では、パーカーストもウォッシュバーンも、サンフランシス コ州立教員養成学校のフレデリック・リスター・パークの影響を受けている ことが示されている。パークの自学法が両者に影響を与え、それぞれの発展 をとげていることが詳細に述べられており、同じ根を持つ考え方が共通の理 念を含みながら異なった形で顕現していく様子が窺えて興味深い。ことにド ルトン・プランにおいては、それがさらに伝わっていく段階で、あまりにも 自由の側面が強調されすぎていたことが描かれている。その理由としてパー カースト自身が書いた『ドルトン・プランの教育』が自由をあまりに全面に 押し出していたことが挙げられているが、一方で大切にされていた集団づく りというのは、彼女の実践の中でも後になって実現してきたことであること が記されている。それに加えて「共働の原理」を目指した集団での活動は、 他者がそれを見た時に全容を理解するには難しいことが考えられるのではな いだろうか。形として目に見えることは理解もしゃすく、他の場所でも実践 に移すことは容易であるが、共同体を形成するという部分は、そのノウハウ が他の実践者に転移しにくいことがある。本書では20世紀の進歩主義教育は 市民または共同体の形成が重要な目標として掲げられたことを述べているが、 それが現在に至るまでの過程で、どのようになっていったのであろうか。進 歩主義教育がどのように伝播していったかについては、本書においてその一 部が解明されているが、この19世紀末から20世紀初頭にかけての進歩主義教 育の興隆が、1950年代以降現在に至るまでのアメリカおよび世界的な規模で唱 の潮流をどのように形作ったのか。また、それが日本における教育改革にど のような影響を及ぼしたのかについて、さらなる興味を呼び起こされた。. 日本における個性重視の教育は、1980年代から盛んに議論されるように なってきた。その結果として、愛知県東浦町立緒川小学校の実践(加藤、 1982)など、個別化された基礎基本のプログラムと総合的な学習を合わせた 一96一.
(5) 形で、個性化の道を探る動きが出てきた。また、福島県三春町立桜中学校な どでは、モジュールによる柔軟な時聞割を採用したカリキュラムが模索され ており、生徒一人ひとりが自分のペースで学習を進めていったり、教科教室 の間をクラス集団が移動しながら総合的な学習もこなしていったりする実践 が行われている。こうした教育のあり方を改革:しょうとするものの中には、. かつて本書で取り上げられたパークやパーカースト、ウォッシュバーンらの 実践にその芽を見ることのできるアイデアが多く詰まっている。これらの学 校で育つ子どもたちの様子を見てみると、いかに一人目とりが生き生きとし ているか、そして彼らがいかに自分の人生を見据えながら学んでいるかが分 かる。2002年に総合的な学習が本格実施に至った途端に、その反動であるか のように基礎基本の重視が言われるようになってきたが、あまりにそのどち らかに振れきってしまうことの愚かさを見てしまったような気がする。. ドルトンやウィネトカでの試みは、そのいずれにも偏ることのないよう、 バランスに悩み苦しみながら最良の方法を探し当てようとして先駆者たちが 努力していたことを教えてくれている。教育を行おうとする際には、基礎基 本の習得と、個人の興味関心の重視、それに基づいた共同体を形成すること の意味を同時に考えなければならない。この三点について、学校レベル(願 わくば教育委員会レベル)での包括的な構想力が必要であり、そのいずれか に偏った場合、教育全体として破綻をきたすのではないかということを予測 しておくべきなのである。行き着くところは、子ども一人ひとりが何を望み、. 何を成し遂げようとしているのかを、教育者が真摯に受けとり、そのために 何が必要なのかをその都度考えながら、共に歩んでいくことが大切なのであ ろう。本書の中で描かれているのは、アメリカの進歩主義教育の主眼が、19 世紀において個性に応じるということをひたすら目指したところがら、20世 紀に入って共同体を形成する、ということに転換しているさまである。その 背景には当時のアメリカ社会としての共同体の崩壊がある。現在われわれが 直面している時代の局面にも、当時との違いはありこそすれ、相通ずるとこ ろがあるのではないだろうか。世界が多様化する価値観を抱えながら平和を 目指そうとしているこの時代にあって、個性を尊重し共同体を形成するとい うことは非常に重要な意味を持つのである。. 我われ教育研究者は、著者が願うところの、個性を、命を尊重し、平和な 社会を築き上げるための教育を推し進めていく義務があるのではないだろう 一97一.
(6) か。その意味で、本書は教育に携わる者にとって道標となるべき著書である と改めて感じるのである。. 参考文献 Stevenson, H. W. and Stigler, J. W.(1992). The leaming gap:Why our schools are failing,. and what we can leam from Japanese and Chinese education. New York:Summit Books.. 加藤幸次(1982)『個別化教育入門』教育開発研究所。. 一98一.
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