障害者権利条約下における
コミュニケーション支援の課題
松本正志 皆さんこんにちは。初めに自己紹介をさせていただきたいと思います。司会 の方からご紹介いただきました、全日本ろうあ連盟手話通訳対策部長の松本と 申します。よろしくお願いします。私は今、日本障害フォーラムという 13 団 体が結集している議論の場で、障害者の権利条約を中心に活動しています。日 本障害フォーラムには全日本ろうあ連盟から 3 名が代表として派遣されている のですが、私はそのうちの1人で、そういった関わりもあって、連盟から指名 を受けて今日ここにやってまいりました。とにかく頑張って話しますので、よ ろしくお願いします。 基調報告の内容についてですが、障害者権利条約下におけるコミュニケーシ ョン支援の課題ということに絞って報告させていただきたいと思います。 聴覚障害者のことを、あるいは障害者権利条約のことをあまりご存知ない方 を想定してお話しするのですが、障害者権利条約下におけるコミュニケーショ ン支援についてよく勉強されている方にとっては、今からの私の話は大変おも しろくないというか、眠たい話になっていますので、寝ていただいてけっこう だと思います。 さて、コミュニケーションに関する現在までの動きについてです。今日お配 りしている資料に書いてありますように、「手話は言語」であるということが 障害者権利条約のなかに記入されています。 「言語とは、音声言語及び手話、その他の形態の非音声言語を言う」と定義 されています。ここに定義されたということは、手話は言語であるということ がはっきりしている。世界人権宣言に謳われておりますように、言語は平等で あるということがあります。世界人権宣言の第二条に、「すべての人は、人種、 第 12 章皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見⋯⋯いろんなことがあっても 平等でなければならない」ということが謳われています。障害者権利条約のな かに「手話は言語」と認めている以上、手話は平等に扱わなければならないこ とになるでしょう。 さて、(2)のところの権利条約採択の目前に、実は抵抗というか、反対意見 が出ました。中国とロシアの 2 カ国です。当初、中国は手話は言語であるとい うことを認めていたのですけれども、採択が目前に迫ってくると反対に転じま した。私たち全日本ろうあ連盟としましては、そのことを大変危惧しまして、 国連のロビー活動といいますか、一生懸命ロビー活動を展開して、国々の方に 説得にあたって、中国に手話を言語として認めるように説得したり、中国に対 してかなり強く働きかけ、やっと中国が手話を言語として認めるという話が伝 わってきました。そういう経過の中で、権利条約は採択されました。なぜ中国 が反対したのかといいますと、次のような理由によるものです。中国は非常に 大きな国で、少数民族が国内に多く居住しています。例えば、今話題のチベッ トだとか、新疆ウイグル自治区の民族等、いろいろな民族がいます。もし手話 を言語として認めた場合には、他の少数民族の言語も認めなければいけないと いうことになるのではないかと中国政府は困惑し、反対に転じたということの ようです。それが本当なのかどうか分かりませんが、そういうことを伺ってお ります。ある意味では、手話を言語として認めるという考え方がまだまだ浸透 していないということが実際あったんじゃないかと思っています。 障害者権利条約が 2006 年 12 月に採択されまして、署名が 2007 年 9 月 28 日 にされたわけです。2007 年 3 月 30 日に開放して、日本の署名はほぼ 6 ヵ月後 ということになったわけですね。なぜ 6 ヵ月後だったかといいますと、大きな 理由として挙げられるのは、権利条約のなかに、差別の定義の中に「合理的配 慮の否定を含む」と明記されており、政府は、その考え方が日本の国内法には 馴染まないということで、なかなかすぐに署名に至らなかったようです。障害 者運動の積極的な働きかけの中で、政府はしぶしぶ署名をしたという経緯があ ります。国内法の中に「合理的配慮の概念」というのは今までなかったという ことですね。
今の政府は障害者自立支援法の廃止を表明していますが、障害者自立支援法 ができたときに、市町村がコミュニケーション支援事業をやるということ、そ れ自体はいいことではあると思いましたが、実際には、市町村の財政力などに より、かなり地域格差があります。 現在の政府レベルにおいて、どうなっているのかということですが、障がい 者制度改革推進会議が進んでおり、かつてないことだと思っています。これま では、福祉・社会保障の法律を作るときには、専門家あるいは大学の先生とい った方々が集まって進言を行なったり意見を聞いたりして、そのやり取りのな かで決まっていくという方法だったのですが、今回はそうじゃなくて、障害当 事者あるいはその家族が参加して、自分たちの意見で、自らの手で作っていこ うという方法になっています。これは今までの歴史のなかで画期的な出来事で はないかと思っています。 我々全日本ろうあ連盟としましては、障害者権利条約に関して、今まで要 望・意見をいくつも挙げてきましたが、これからは、要望・意見についてきち んと理論的に構築して示していくという部分では必要だと思っております。 今、試されている時期だと思っています。 コミュニケーションについての考え方についてですが、連盟としましては、 コミュニケーションはろう者の基本的な権利である、ということをはっきり打 ち出していますが、今までの流れをみますと、コミュニケーションは福祉のサ ービスというような範疇で考えられてきたきらいがあります。しかし、豊かな 社会をつくっていこうと考えたときには、やはりコミュニケーション権利と いうのは基本的な権利として広げていかなければなりません。そうでなければ、 手話は福祉サービスの範疇で矮小化されてしまいます。決してそうあるべきで はありません。司法の場でも、教育の場でも、ありとあらゆる生活の場におい て、コミュニケーションは権利保障の基盤となる部分であるべきです。それ が実現されて初めて他の人たちと対等な立場に立つことができるという意味で、 我々連盟としましては、コミュニケーションは基本的な権利であるということ を今後も積極的に訴え続けていきたいというふうに考えております。 3 番目のところで、情報・コミュニケーション法というのは仮称なんですけ
れども、我々連盟が考えているものです。中身はまだ全然詰められているわけ ではないんですが、さっき言いました障がい者制度改革推進会議の中で、今後、 障害者自立支援法に代わって新たな障害者総合福祉法を作ることになっていま すが、障害者総合福祉法の基本的な考え方の中に、応能負担という考え方があ ります。しかし、例えば、手話通訳派遣を依頼した時、利用者は自分の給与所 得に応じてお金を払わなきゃいけないのかというような問題が生じてくるわけ ですね。それはやっぱり正しくない。そこの部分は切り離して新しい法律を作 る。そういう意味で、仮称ですけれども、情報・コミュニケーション法という ようなことを打ち出しているということです。情報・コミュニケーション法と いうのは決して手話だけを対象としたものではなく、文字などの様々な方法も 検討し、他の団体ともコミュニケーションに関する意見交換をしながら、幅広 いものとして整備をしていかなければならないと思っています。どういうふう に作っていくのか、どのようにしていくのかが今後の課題になっています。 手話について話をします。手話を学びたいという人は広まっていますが、そ の一方で、手話は言語であるという考えはまだ浸透しているわけではありませ ん。我々連盟としましては、手話とジェスチャーの違いは何なのかということ について、手話表現の七原則というのをここに掲げました。たとえば、具体的 な表現、「山」というのはこういう形を示します。置き換えということになる わけですが、空間利用、同時性だとか、指差しとか、表情だとか、繰り返しと いう七つの原則を掲げました。たとえば、こう指を 2 本出します。これで「立 つ」ということになりますね。空間を使ってこれをこういう向きに変えると、 足をどういうふうに考えて、置き換えて、これでこういうふうに動かしますと、 泳ぐというような、身振りであれば、ジェスチャーであればクロールをするよ うな仕草、けれども手話の場合は足に見立てている指を横に動かしてこういう ふうにする、これをゆっくりするような表現の仕方もあるわけですね。こうい うような、さっき申し上げたような法則がある。それに基づいているのが手話 であって、言語として認められるべきだというふうに連盟としては考えていま す。そのためには、運動の面と学術・学問の面の両面が必要であると思います。 運動の面といいますのは、「我々聴こえない当事者がコミュニケーションする
ためには手話が必要だ。そういう事実があって、そういう事実のもとに、手話 は大事なんだ」ということで、運動としてこれまでも声を上げてきました。そ の一方で、学問といいますのは、手話は言語であるかどうかといいますか、そ の辺りのことを深めることにあります。というのも、その二つを一緒に同時に しなければならない。そこを混同させてはいけなくて、それぞれきちっと突き つけていく。実際、手話を使っているという事実から運動が始まっているわけ で、その一方で、手話が言語であるということをきちっと立証していくという、 そういう二つのことが必要ではないかと思っています。 今後の動きですが、障がい者制度改革推進会議と連動していくことが極めて 重要です。昨年(2009 年)の 3 月 30 日に、障害者権利条約の批准と障害者基 本法改正をセットにするという政府の意向があったらしいのですが、連盟だけ ではなく、他の障害者団体もその意向には反対をしています。障害者基本法と いうのは障害者福祉の憲法に該当するわけですが、政府は障害者権利条約批准 と一緒に障害者基本法の改正を行なうつもりで、我々はそれに反対しました。 なぜかといいますと、以前、子どもの権利条約について、まずは批准してから 国内法を整備したらよいということで、何とか条約に批准したのですが、その 後、実際のところは何も実態が変わらなかったという過去の歴史があります。 その二の舞になってはならないということで、我々は反対をしました。障害者 権利条約と国内法の整備の関係を申し上げますと、内閣府の考え方は、障害者 基本法を変える、それと障害者総合福祉法、障害者差別禁止法の 3 つを考える、 それを合わせて障害者権利条約を批准したいというふうな意向を持っているよ うです。厚生労働省はといいますと、どちらかと言えばあまり乗り気ではない といいますか、もし手話が言語であることが認められた場合はものすごい予算 がそこに絡んでくる、なのであんまり今申し上げたようなことには乗り気では ないといったような状況です。お隣の韓国では、手話言語法制定の動きがあっ て、この来年の 3 月中、国会に出されるというような話を聞いています。2 年 前だと思いますが、韓国の障害者差別禁止法の中に手話が言語であるというこ とを載せたかったのですが、国に強く反対されたために、その部分が載らなか ったという経緯がありました。今回は手話が言語であるということに絞って運
動が展開されているようです。日本でも似たような状況が生まれるのではない かなと思います。例えば、障害者総合福祉法のなかに手話は言語であるという ことを載せるのがよいのかどうか、今後の課題になっているのではないかと思 います。 最後に、時間ですが、私たちは「手話は言語」であるということで国民の理 解を得る、説明というのではなくて、運動をやっぱり展開しなきゃいけない、 それがやっぱり大きな鍵になると思います。啓発だとかで意識してもらうこと も含めて、それができた暁に、コミュニケーションの保障というのが実現する のではないかと展望を持っております。もう 20 分になりましたので、これで 私の報告を終わります。