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18世紀~19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手法について

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Academic year: 2021

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(1)Title. 18世紀∼19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手 法について. Author(s). 小野, 亮祐. Citation. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第47号: 149-155. Issue Date. 2015-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7922. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第47号(平成27年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.47(2015):149-156. 18世紀~19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手法に ついて 小 野 亮 祐 北海道教育大学釧路校音楽教育教室. A Study on Relation between a research of Music-Instructions in 18c.-19c Germany and it’s Strategy. ONO Ryosuke Department of Musiceducation, Hokkaido University of Education KUSHIRO Campus. 筆者は近年18世紀から19世紀のドイツにおける音楽教授に注目して研究を進めているが、中でも従来着目されることの なかった手書きの教則本類、教授用曲集の研究を進めている。また一方で、同時期の教員養成学校における組織的な音楽 教授について、当時の資料の調査を含め研究を行っている。これらは従来注目されてこなかったが、当時は当然として広 く営まれていた音楽文化の一端である。近年情報技術の進歩により手軽に音楽資料へアクセスしたり、調査することが可 能になっているが、このような調査対象に未だなじみにくいものとなっている。これはいまだ、音楽研究の背後にある大 作曲家の作品を中心とした思想が根強くあることによると考える。近年の音楽研究や情報技術の発展展開を鑑みると、よ り汎用性の高いシステムツールを考案すべきであり、そのためにも古い研究思想を乗り越えていく必要があると考える。. はじめに…本論にいたる経緯と意図. れた教則本を中心に研究がなされるようになってきたⅱ。 この種の研究は、18世紀までの通奏低音奏者としての鍵盤. 筆者は鍵盤楽器の教授を中心に音楽教授を受ける人、施. 楽器奏者から、19世紀以降のロマン派音楽において、ショ. す人、そしてそれぞれの社会的な地位や職業などに注目し. パンやリストに代表されるような超絶技巧奏者化する流れ. ながら、その多様性について研究を進めてきた。以前から. と、それにともなう鍵盤楽器教本の性格をともに描き出し. 西洋音楽史では言われていることだが、現在のように一義. ていた。それらは、確かに大きな音楽史の潮流のひとつで. 的に一人の音楽家なりが一つの楽器を専門とするような音. あったといえる。しかしながら、音楽文化を支える人々は、. 楽家の在り方は、少なくとも19世紀以降に成立したもので. そのような超絶技巧奏者のみではないし、それにともなっ. ある。このことは、J.S.バッハは言うに及ばず、モーツァ. て音楽教授のありようもそのようなものに限らない。. ルト、リストがピアノだけでなく、オルガンも演奏し作品. そうした音楽文化および音楽教授文化に着目したとき. を残していることからも、19世紀以降でもそのようなあり. に、従来の音楽研究からいかに外れていかねばならない. ようがあったことがわかる。そして、そのようなことが音. か、そしてその研究手法や資料調査手法には傍流なりの方. 楽教授にも当てはまるはずであることを出発点に、特に鍵. 法論が必要とされることが今回の研究を進めるうえで実感. 盤楽器教授にクローズアップして調査を行ってきたのが筆. した。本論は、筆者の調査結果そのものではないが、いわ. 者の従来の研究である。. ばスピンオフのような形で、前述のように音楽研究やその. 当時の鍵盤楽器教授のありようを最も手軽に伝えてくれ. 手法をメタ認知するような視点を得ることを目的として進. ているのは、いわゆる教則本とか教本、練習曲集と言われ. めたい。. る、一連の出版された「教材」である。これらは、18世紀 ごろに始まり、19世紀に確立され出版が盛んになる。その. 1.当時の鍵盤楽器教授の史料. 一部ⅰは現在の日本においてもピアノの教育現場で用いら. 前述したように、当時の鍵盤楽器教授や音楽教授全般. れるなど、大きな影響力を持ち続けている。. を知る手がかりとして、出版された教則本類(以下単に. そもそも、作品史から始まった現在の学問としての音楽. 「教則本」)が、もっとも手近なものであるといえる。様々. 史や音楽研究において、教授活動へのまなざしは傍系でし. な鍵盤楽器用の教則本が出版されているが、レーライン. かなくクローズアップされることは少なかったが、出版さ. (1725-81)の鍵盤楽器教本(1765年)ⅲ をみるところから出. - 149 -.

(3) 小 野 亮 祐 れない。. 発しよう。以下の表は、その内容構成である。. これらの教本は、ヴィーデブルクの自習を前提にしてい る教本にしても、念頭に置いているのは教師について習う ということである。教師に音楽を習うということについて は、いわゆるフリーランスの個人教授が早くから成立して いたことが、北ドイツの都市を例にロスケが指摘している ところであるⅶ。 こういった個人教授はどのようになされていたのだろう か。これまで述べたような出版教本を使うこともあったよ うだが、よくみられたのは教師がその都度弟子のために何 らかの曲を書きながら教授するといったスタイルのようで ある。手書きの教本をないし、鍵盤楽器教授に用いられた 第1部は奏法編となっていて、基礎的な楽典から装飾音、. と思われる手稿譜が現存している。. 運指、楽譜を深く見るうえで必要な読譜上の知識、調律の. 私が2014年から行った2回のドイツにおける調査の結果、. 方法が含まれる。そこには、練習曲も含まれていて、楽譜. 18世紀から19世紀半ばにかけての教育用の手稿譜(主にピ. をみて演奏をするということが念頭に置かれている。第2. アノ教授用)以下のものが発見できた。なお年代について. 部はそれとは異なり通奏低音編となっている。いわゆる当. は、⑦以外は資料館やRISMの記録による。. 時の伴奏技法としての数字付低音から伴奏をリアライゼー ションする方法と、最後には即興演奏の方法論まで述べら. テューリンゲン州文書資料館(アルテンブルク). れる。音楽の基礎から、奏法、通奏低音、即興演奏に至る. ①Bey der Music hat man besonders Viererley zu. まで当時の職業としての鍵盤楽器奏者に求められたことが 一つに入った総合教本である。レーラインの教本は当時最 もよく売れ、またロングセラーの教本であったことから、. mercken(18世紀) ②Anleitung zum Forte-Piano(18世紀終わりから19世紀 初頭). このような鍵盤楽器教授の在り方はある種の定番であった と考えてよいだろう。レーラインは現在では無名である. テューリンゲン州文書資料館(ヴァイマール音楽大学). が、現在でもその教本と共に著名となっているエマヌエ. ③Adolf Henselt: Einige Bemerkungen und langjährige. ル・バッハの鍵盤楽器教本も、2分冊になっているものの、. Erfahrungen über den Klavierunterricht.(1868) ④Klavierbuch Diez.(19世紀). おおむねこのような構成を取っている。 ⅳ. また、子供用の鍵盤楽器教本 も出版され、子供になん らかの音楽教授を施すという習慣があったことがうかがえ. ライプツィヒ市立音楽図書館. る。さらに、目的がかなりはっきりと宣言されているとい. ⑤Klavierbüchlein(S. Hl. C)(1850-). う意味で興味深い教本として、完全に自習することを目的. ⑥Verschiedner Favorit Tänze für das Forte=. ⅴ. としたヴィーデブルクの鍵盤楽器教則本 の存在があげら. Piano(1825-49). れる。. ⑦Anweisung zum Klavierspielen u. d. J. 1780-90. そのまえがきや表紙の謳い文句的副題からは、当時の主. ⑧タイトルなしの舞曲集(1836ごろ). 要都市ではない地方において鍵盤楽器教授が必要とされて. ⑨Voss: タイトルなしの楽曲集(1800-1833). いるのにもかかわらず、良い教師がいないということを想 定していることがわかるⅵ。そして、このヴィーデブルク. ニーダーザクセン州文書資料館 (ヴォルフェンビュッテル). の教本もおおむねレーラインと同じような内容構成を有し. ⑩Notenbuch für Louise Reinecke(Lehrerseminar in. ている。3分冊に分かれており、第1巻は奏法にかかわる事. Braunschweig(19世紀). 項、第2巻は通奏低音 (数字付低音のリアライゼーション)、 第3巻は即興演奏となっている。この教本は、内容を見て. これら10の資料のうち、①と②は小野(2014)ⅷ で発表済み. みると教会で演奏されるコラールの引用が多く、教会でオ. で、近日その詳細を公刊する予定である。その他の資料に. ルガンを演奏する人材の育成が主眼に置かれているように. ついても、その詳細は別稿で取り扱う予定であるが、大ま. 思われる。また、レーラインの鍵盤楽器教本も、コラール. かな各資料の性格を記しておきたい。. の引用はないものの、やはり同じような内容を習得させる. ①は清書された手書きの手稿譜で、楽典の基礎から鍵盤. ことからは、ある程度オルガンを演奏するといったことに. 楽器の小品が含まれている(論文末図1)。. 応用が可能と思われる。つまり、何かのためだけの教本と. ②は『ピアノの手引き』と題されており、よりピアノ教. いう区別があまり意味をなさないと考えてもよいのかもし. 授向きの性格が明らかにされているが、これも内容は楽典. - 150 -.

(4) 18世紀~19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手法について から音階の指使いまで至る。練習曲は含まれておらず、簡. かれている。114の曲が含まれているがそのほとんど無名. 単な手引きとして造られたか、実際にはこの後曲集が続く. のものである。曲の中に指番号が書き込まれているのと、. 予定で構想されたのかもしれない(論文末図2) 。. 曲集の最後には種々の調による音階練習が含まれ(論文末. ③はアドルフ・ヘンゼルト(1814-89)が手書きで記した教. 図7)、単なる曲集以上の教授目的を明確に持って使用さ. 則本である。ヘンゼルトは出版した形では教則本を著わし. れたと考えられる。. ていないのだが、手稿譜の形で残している。これは、実際. ⑩は少し特殊なもので、いわゆる19世紀の教員養成学校. に誰かのレッスンで使用するというよりは、題名(ピアノ. Lehrerseminarの生徒記録の中に残っていたもので、当該. 教授についてのいくつかの注釈と経験)からもわかるとお. の生徒の音楽ノートが偶然一緒に残ったものである。後述. り、自分のピアノ教授経験をまとめたものである。. するが、早くから組織的に音楽教育が専門的に行われた場. ④は特に題名が付されておらず、Pauline Diezパウリー. 所としての教員養成学校での音楽教育の実態を知る手掛か. ネ・ディーツという女性の名前が楽譜の1ページ目下に書. りとして貴重な史料であると言える。. かれているのみである。おそらく、この楽譜の持ち主でこ の楽譜を使ってピアノの練習をしたものと思われる。冒頭. 以上の資料からでも、種々の音楽教授的意図を持った手. はA.E.Müllerと書かれ、4小節で1単位の8つの指の練習が. 稿譜が存在することが分かる。直接教授活動に用いられた. 記されている。 これは、 アウグスト・エバーハルト・ミュラー. と思しきものが大半だが、ヘンゼルトのもののようにある. の教則本からとられたものと思われる。曲集の形をとって. 種の集大成記録もある。大半は曲集に教授的意図もった楽. おり、作者の明記のないものやHüntenの作品から筆写さ. 曲や楽節を有するものもあるが、⑦のようにいわゆる教則. れたものなどが立ち並んでいる。既存の練習曲や教則本を. 本として文字によって埋め尽くされたものもある。また、. 筆写しながら、生徒に合わせて教授用の冊子を作っていっ. ⑩のように実際の学習記録としてのものも存在し、種々の. た過程が見て取れる。 (論文末図3). 方向から当時の出版された教本では見えない当時の音楽教. ⑤は④と異なり立派な装丁がなされ、表紙は革製で金文. 授の実態が明らかにされうる。. 字でピアノ小曲集(Klavier Büchlein)と題されている。 そのすぐ下にはS. hl.C、右下端にはB.R.と記されている(論. 2.手書きの教本の調査手法について. 文末図4) 。これらのうちどちらかは持ち主のイニシャル. 近年ではインターネットを介したデータベースが各図書. かと思われる(特に右下端のB.R.)が、これだけではその. 館において整備されつつあり、ものによっては現物をデジ. 意味するところは分からない。当然私的なものとして作ら. タルデータでダウンロードできるものもある。特に大作. れたのであって、他人の目に触れることは想定していない. 曲家の自筆譜や自筆譜に近い筆者譜などがその中心であ. だろう。内容は無名の作者による小品が並ぶが、練習曲が. るⅸ。こういったものを利用して検索をし、あたりを付け. 含まれ(論文末図5) 、ある種の教授目的を持ったものと. ることになるのだが、その中でもっとも包括的なデータ. 考えるのが妥当である。. ベースは音楽研究者の中でよく知られるRISM (Répertoire. ⑥は題名通りに言えば、種々のお気に入り舞曲集という. International des Sources Musicales)である。当初は、冊. ところだが、曲集の終わりには学習者が書いたと思しき練. 子体で発行されていたが、現在ではインターネットデータ. 習や、作曲の試みや、筆者譜が見られ、ある種の教授目的. ベース化され誰でも無料でアクセスが可能である(https://. で使われたことが明らかである。. opac.rism.info/)。どこにいてもインターネットにつながっ. ⑦は鍵盤楽器教本と題され、文字による説明が立ち並ぶ. てさえいれば、スマートフォンで検索することすら可能で. ものである。しかしながら、その内容は楽典的内容にとど. ある。このような手軽さは古い資料を用いた研究シーンを. まっており、鍵盤楽器用に編集される過程で中断されたも. 一変させているが、その検索項目も工夫されている。検索. のとも推測されるが、鍵盤楽器教本と題したのは後世の持. 項目として挙げられているのは、作曲家名、見出し、曲の. ち主であり何らかの勘違いや見当違いが含まれているのか. 出だしの音名、関連する人物、作品目録番号、調性、所有. もしれない。しかし、基礎的な楽典が説明されているとい. 者、資料のタイプ、透かし模様、典礼の種別、関連する施. う点で、教授目的を持ったものといってよいだろう。. 設、編成、現在所蔵する図書館、RISMの整理番号、日付、. ⑧は特に題名を持たないが、69の舞曲を含む曲集であ. 署名者、言語、出版社、版下のプレート番号などがある。. る。その舞曲も、無名のものがほとんどだが中にはオベー. これらの項目のほとんどは音楽作品を研究するに当たって. ルのものも含まれ、既存曲の筆写も含まれると考えられ. は、調査されるべき必須項目ばかりである。しかし、前節. る。また冒頭部分には楽典や、指使いの基礎(別の教則本. でみたように音楽教授にかかわる資料は、所有者も無名で. から引用したと思しきものも含まれる)が含まれ、やはり. あれば、作者も無名である場合が多い。しかも、複数の曲. 教授的な意図を持った曲集であると考えてよいものである. 集となっているので、様々な作曲者が混在している場合が. (論文末図6) 。. 多い。わからないことばかりの中で、このような検索項目. ⑨は堅固な装丁がなされ朱色の表紙にW. Vossとのみ書. にもどのような検索語を入れるのか見当がつかない場合が. - 151 -.

(5) 小 野 亮 祐 多い。. 校という従来音楽という点ではほとんど注目されてこな. 教授目的用の手稿譜については、種々検索した結果ほと. かったが、音楽を組織的に教授していた施設である。両者. んどは無名のCollectionとされている場合が多い。これと. は当時の音楽文化を明らかにすそ野で支えたと思われる。. は別にExcersiseという見出しもあるものの、そこに分類. しかしながら、従来の音楽研究の常識から幾分外れるとこ. される場合とされていない場合があり、その判断も実際に. ろがあり、その研究手法や研究ツールがうまく機能してい. RISM用のデータを作成した調査者によるのか、まちまち. ない側面がある。多かれ少なかれどのような研究でも、研. である。教育用手稿譜がありそうな検索語を入れてあたり. 究価値の転換を伴うわけで、必要ツールの設計思想にそぐ. を付け、実際に見に行ってみるほかないのが実情である。. わないことはあろう。本件の場合は、明らかに大作曲家に. このことはRISMの設計の基礎に、特定の作曲家の作品. よる作品中心主義の思想が背後にあると思われるが、もは. を検索することを念頭に置いていることで、それから少し. やそういった時代ではない今、そしてインターネット技術. でも外れるタイプの資料については途端に検索が難しくな. により誰でも手軽にアクセスし研究ができる現在、さらに. る一例であるといえよう。特定の作曲家や作品であればど. 研究を支える思想を見直し、より汎用性を高める取り組み. んなに無名でもたどり着く可能性はある。確かに作曲者や. が必要ではないかと考える。. 作品を一点狙いで検索するという研究タイプはなくはな い。しかし、社会史的な研究などむしろカオス的な史料の 中に真実を探るようなタイプの研究も多くなされること が、このインターネット時代においてはさらに考慮される 必要があると言えよう。 3.組織的な音楽教授の記録について 第1節において教員養成学校の資料に少し言及したが、 組織的な音楽教授がなされ始めるのも、この18世紀から19 世紀半ばにかけてである。今でいうところの音楽大学は19 世紀半ばになって本格化する。それらは、近年音楽大学の 資料室などが整備され、一部は生データがデジタル形式で ダウンロードできるところもあるⅹ。組織的な音楽教授の 始まりは、Sowa(1973)ⅺ があり、すでに研究がなされ始め ている。 こうした現在でいう音楽大学のような教授組織のほか に、先にも取り上げた教員養成学校も重要な組織的な音楽 教授の施設である。西洋において学校はキリスト教会との 関係から始まったことは言を俟たないが、国家との関係が かなり強くなったこの時期にあってもその性格は根強く 残っていた。その一つは、学校の教師が教会でのオルガン を演奏するという習慣である。第1節で取り扱ったヴィー デブルクの自習用の鍵盤楽器教本がコラールを含んでお り、教会でのコラールの演奏を念頭に置かれていたことは このような演奏家ニーズと一致しているのかもしれない。 つまり、学校教師は今では音楽家とはみなされないかも しれないが、18世紀から19世紀を通じて鍵盤楽器演奏を求 められたし、またその教授を必要とした人々であった。こ ういいた現在はあまり想定されない音楽や音楽教授の担い 手に焦点をあてることでまた異なった音楽文化像の提示に 供することができると考える。 4.おわりに 本設論で、主に教材と組織的な音楽教授を取り扱った。 前者については、従来取り扱われてこなかった手書きのい わゆる手稿譜を取り使った。後者については、教員養成学. - 152 -.

(6) 18世紀~19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手法について 論文末図一覧 図1:①Bey der Music hat man besonders Viererley zu merckenより. 図2:②Anleitung zum Forte-Pianoより. 図3:④Klavierbuch Diez.より. 図4:⑤Klavierbüchlein(S. Hl. C)より. - 153 -.

(7) 小 野 亮 祐 図5:⑤Klavierbüchlein(S. Hl. C)より. 図6:⑧タイトルなしの舞曲集より. 図7:⑨Voss: タイトルなしの楽曲集より. ⅰ. チェルニーの一連の練習曲や、ブルクミュラー『25の練. Kinder. Leipzig.. 習曲』などはその良い一例だろう。 ⅱ ⅲ. Georg Friedrich Merbach, 1782. Clavierschule für. ⅳ. ⅴ. 岡田暁生2008『ピアニストになりたい!』春秋社. Michael Johann Friedrich Wiedeburg, 1765. Der sich. Georg Simon Löhlein, 1765. Clavier=Schule, oder. selbst informirende Clavierspieler, oder deutlicher. kurze und gründliche Anweisung zur Melodie und. und leichter Unterricht zur Selbstinformation im. Harmonie, durchgehends mit practischen Beyspielen. Clavierspielen (General=baß; 1767, Fantasieren;1775).. erkläret. Leipzig und Züllichau.(Zweyte und vermehrte Auflage;1773, Dritte und verbesserte Auflage;1779,. Halle und Leipzig. ⅵ. vierte und verbesserte Auflage;1782).さらに、レーライ ンの死後も第9版(1848)まで改訂出版される。. Wiedeburg(1765) Titelblatt お. よ. び Wiedeburg(1765). „Vorrede “ ⅶ. Michael Roscke, 1985, Sozialgeschichte des privaten. - 154 -.

(8) 18世紀~19世紀前半ごろのドイツにおける音楽教授の諸相とその研究手法について. Musiklehrers vom 17. zum 19. Jahrhundert. Mainz ⅷ. 2014年8月1日に北海道教育大学旭川校で行われた日本音 楽表現学会北海道支部例会での発表。. ⅸ. 例えばBach Digital(http://www.bachdigital.de/)があ る。. ⅹ. 例えば、現存するドイツで最も古い音大であるライプ ツィヒ音楽演劇大学の資料室はその一例である(http:// www.hmt-leipzig.de/de/hmt/bibliothek/hmtarchiv)。. ⅺ. Georg Sowa, 1973. Anfänge institutioneller. Musikerziheung in Deutschland. Regensburg. - 155 -.

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