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観光と県経済: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

観光と県経済

Author(s)

石川, 政秀

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 7(1): 83-106

Issue Date

1983-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6672

(2)

〔研究ノート〕観光と県経済

石川政秀 L観光地化すすむ県経済 2.基軸産業としての観光 a観光産業の効用性 4観光収入の波及効果 5.これからの観光開発 観光地化すすむ県経済 沖縄県の経済構造は昔から土地狭〈、人口は過剰傾向にあり、生産物は少な いため貿易に依存する割合が高かった。そのため各地では特産物を生産し、そ れと他地域との生産物とを交換して生活を維持してきた。しかし自給自足経済 圏を目標にするにしても、沖縄の島々では小宇宙を築いていくこと自体無理が あった。そこで首里王府はこれら50有余の島々に分業化を促進し、各地で有 利な特産物を生産して流通し、その効率的運営を図ることに努めたが、封建体 制の下では寄食者が多く、農業、漁業だけでは社会的必要を充すことはできな かった。 そこで明治時代にやっと経済の近代化が始められたが、農業のなかでも糖業 の占める分野が大きくなり、沖縄県の産業、経済も糖業を中心にして動いてい た。県政50年史の著者、大田朝敷翁はこの辺の事情を「わが県の産業は糖業 に偏重している」と叫んだほど、砂糖価格の騰落は沖縄県の経済を動かしてき

た:)従って本県の農業は戦後でもさとうきび、パインなどの畑作と蓄産を主体

にした耕作体系となったのである。 -83-

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戦後、沖縄県は27年間にも及ぶ米軍統治下で軍事基地の建設がすすみ、第 二次産業のなかでも建設業が大きく伸びた。しかし製造業はあまり発展せず、 昭和47年の本土復帰の時点で他の類似県と比較すれば製造業のウエイトは低 かった。すなわち沖縄県の産業構造は第一産業(農林水産業)が復帰後の48 年の16.9%から52年の162%へ、第2次産業(建設、製造業)は48年の 21196から52年の206%に減少し、とくに製造業の縮少がいちじるしい。製 造業の場合、復帰とともに本士から優秀な製品が流れ込み、その競争に伸び悩 んでいることを示すものであろう。

図1-1産業別就業者の綱成比

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運輸・通信業、電気・ガス・水道業、サービス業、公務などの多様な産業群か

ら構成されているが、経済構造の高度化に伴い、構成比率が高まっている。日 本全体では第3次産業の就業者数は3,000万人といわれ、全就業者数の55% にも及んでいる。また第3次産業の純生産額は全体の60%に達し、経済のサ -84- Mi嗣習 BiFUH」、11,.5 ■ ̄H6 24.9 軍 7.2  ̄■

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-ビス化がすすんでいることを示している。沖縄県の場合でも48年の62% から52年の637%に増加し、これを全国水準と比較すると52年は第1次産

業が119%、第2次産業が34896,第3次産業が537であるから、わが沖縄県

の産業構造は第2次産業の比率が低く、第3次産業がいちじるしく肥大化して

いると指摘されてきた。

そこで第1次振興開発計画が昭和46年9月3日の閣議で決定され、昭和47

年度を基準年次として向こう10ヶ年の産業振興開発計画が出発したわけであ るが、本土と比較して第2次産業、とくに製造業の基盤が弱いところから第2

次産業の振興に努めることが強調された。すなわち沖縄県の産業構造は東京都

のように都市型で、第3次産業の構成比がいちじるしく高いから政策的には第

2次産業の振興に努めるべきだというのである。

第1次振計の政策目標は大きく分けると3つの分野から成り、(1)沖縄県の人

口規模を100万人規模にふやすこと、②基地経済から脱却し、(3)本土との較差 を是正する方向に持っていこう、という前提に立っていた。まず沖縄県の人口

規模を100万人を超えさせ、その90%の人口を首都圏の那覇市を中心にして

中南部に配置し、製造業。建設業を振興しつつ、観光リクレーション施設を充

実させながら空と海の交通体系を整備する。すなわち目標年次の昭和56年に

は県民所得を1兆円規模に持っていき、1人当り所得額を96万円と、全国平

均の約80%に抑えている(表1-1参照)。 そのため戦略産業としては重化学工業系の資材産業の誘致と工業開発を積極

的に推進し、中城湾、金武湾、読谷村を中心に臨海性重化学工業を導入し、生

産性の向上を図りつつ第2次産業の生産所得を18%から56年には30%程

度に高度化したい。しかしこれらの振興開発計画は昭和48年、54年の2度

にわたる石油ショックで挫折し、県は本土企業の誘致に努めたものの、昭和56

年末までに1件の誘致で失敗に終ったということが実'盾であろう。 第2の基地経済からの脱却は昭和47年の米軍のベトナム撤退作戦によって 基地従業員の大量解雇を見た。すなわち昭和43年当時28,000人といわれた

基地従業員は次第に解雇され、昭和56年末には約8,000人程度に縮少された

といわれる。これらの解雇i者に失業保険丁就職促進手当を与えられたものの、 -85-

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表1-1沖縄振興開発計画の主要経済指標 目標年次 ■ □ 人人万95103 1.08 L (注)1.価格は昭和45年1画価格である。 2()書は構成比を示す。 3.基準年次は昭和45年7月~46年6月、目標年次は 昭和56年4月~57年3月である。 再就職への道はきびしかった。中高年令層の労働者のなかにはサービス産業、 建設業、商業関係に吸収された人も多い。 第3は本土との較差是正であるが、1人当りの県民所得は昭和47年の全国 平均でみろと56%であるが、54年には全国平均の66%に縮まってきた。 これは復帰後大規模な公共投資が行なわれ、社会資本の整備状況が1o年間に 1兆2,000億円にものぼり、その結果道路、港湾、空港、学校校舎は本土並の

水準まで達した。しかし公共工事の契約の際には本土企業が優先され、資本、

技術力の劣った県内企業は取り残され、工事費の大半は本土側に流れたといわ

の れる。 これらの振興開発計画のなかでも観光産業の進出が目ざましく、観光客は本 土復帰による渡航の自由化と昭和50年の海洋博を契機として大幅にふえ続け

た。観光入込者数から見ると47年の44万人から海洋博当時には156万人に

伸び、翌51年には一時減少したものの、52年以降は順調に伸び続け、56

年には193万人に達した。これを復帰時に比較すると、約46倍の伸びである。 -86- 区分 単位 基醸年次 目標年次 B 総人人ロ 万人 95 103 1.08 就業者数 第1次産業 第2次産業 第3次産業 〃が〃〃 39 10 7 22 6 4 6 37 12 。 9 3 1682 ■●●■ 1011 生産所得 第1次産業 第2次産業 第3次産業 1人当り県民所得 10億円 J汐 タグ J汐 万円/人 310(100.0) 23(7.6) 56(18.1) 231(74.3) 33 990(100.0) 51(5.1) 294(29.7) 645(65.2) 96 3.19 215 5.23 「、 2.91

(6)

従って観光収入も入込者数とともに噺次ふえ続け、昭和56年には約2,000億

円の受取高となり、観光産業は最近2,000億円産業といわれるようになった。 (万人) PIC 47年48年49年50年51年52年53年54年55年56年 -87-

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基軸産業としての観光 なぜこのように観光産業が急速に伸び続けてきたのか。それは復帰前、沖縄 県の総合経済開発の目玉とされたものが昭和50年の国際海洋博覧会であり、 その後における政策目標が、(1)国際的リゾート。ゾーンの形成、②海洋開発研究

機関の誘致など各種の研究教育の場として南北センターの設置にあった。3)こ

れらの政策目標は国の側から県庁をつうじて実施された「沖縄県振興開発,0 ケ年計画」に次のように要約されている。 「沖纒県の自然環境は、広大な海洋と亜熱帯性気候のもとに、豊かな太陽エ ネルギーと清らかな大気に包まれて点在する島しょ、変化に富む海洋線、さん ご礁と熱帯魚が織りなす神秘的な海中景観、緑豊かな原生林など多彩な特色を 有している。このすぐれた自然環境は、ひろく国民にとってかけがえのない資

産であり、あらゆる開発に優先して、これら自然の積極的保全をはかる:)」

このように沖縄観光の在り方については貴重な資産である海洋環境を活用す る方向が打ち出され、国内および国際的観光地の-拠点として位置づけられて いるが、海洋博を契機として大規模な観光開発が進められた結果、道路、港湾、 空港などの社会基本施設の整備が進められ大きく県民に寄与した半面、観光客 をあて込んだ大型ホテルやおみやげ品店の増設で相次ぐ倒産を招じたり、大型 工事で建築資材が高騰するなどの不安感を与えたことも事実である。しかし海 洋博後の落ち込みにもかかわらず昭和52年ごろから順調に観光客はふえ続け、 ここ数年にして2千億円台に乗ってきているのは、国民の沖縄観光への期待感 であろう。 いま国民の家計費調査のなかの余暇関連の支出状況から見ると、旅行支出と 教養、スポーツ、外食関連の伸びがいちじるしい。日本人が戦後、経済復興に 全力を尽くした結果、昭和28年にはもう「戦後は終った」との声が聞かれ、 昭和34年ごろから経済成長路線への道を走り続け、休みも返上して只働き蜂 のようにせっせと働き続けてきた。しかし昭和45年,ごろから「人間はどうし て長時間、退屈な労働までして所得をふやそうとするのか」、「物資はますま す豊かになり、その必要性は低下しているのに、なぜ超勤までして働かねばな -88-

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らないのか」という疑問が日本人の脳裏をかすめ、これまでの経済生活重視の 考え方に反省がおこった。 昭和40年代から高度成長中心の考え方に大きな転換を促がしたのは公害の 多発、大企業専横など、おどり高ぶった大企業への反感と住環境への不安感が あふられた結果、住民運動、反公害闘争の高まりは物質中心の価値体系へ基礎 をおいた現代の産業が人間の肉体と精神を荒廃に落し入れ、やがて精神の安定、 肉体の安全をも脅かすようになった。もはや都市化の進展に伴う不安感、焦燥 感など、都市環境を取り巻く住環境の激変に目覚めた市民は、美しい生活環境 づくり、自然との触れ合いを求めて旅行への欲求をいちじるしく高めてきた。 余暇関連支出については国民のレジャー、余暇生活への関心が高いため、こ こ数年の不況にもかかわらず旅行支出は動かない。昭和56年の9月に実施さ れた総理府の「国民生活に関する世論調査」から見ると、「レジャー・余暇生 活は石油ショックを契機に一時減少したものの、その後漸増傾向にあり、55 年には前年に比較して減少したが、56年には再び増大を示した」と報告され、 消費支出の伸びが低迷しているなかで、このような回復の動きが見られること は、総体としての消費支出の増減等、家計面でのやりくりをつけてでも宿泊観 光レクリエーションが行なわれており、旅行が国民生活に欠かせないものとし 5) て定着してきたことを示している。 図’-3は家計消費中の宿泊料・パック旅行費、交通費および旅行かばん等 の-世帯当り年間支出合計額の推移を示しており、それらを昭和55年価格に 換算してみると、昭和56年の実質消費額は7万1,065円と前年に比べいくら か増加しているものの、第1次石油ショック以後は51,52年を除き、ほぼ 同水準にとどまっている。これら全国民の可処分所得は昭和56年度の場合、 貯蓄残高が-世帯当り551万円で、負債残高は167万円となっている。いつぽ う負債保有世帯のみの平均は327万円で、ほとんど住宅ローンの返済にかかわ るものが多く、住環境はとうてい欧米並までいかないのが現状である。 日本人の国内旅行の回数は1人当り平均が2.2回であり、延べにすると国民 全体で約2億5,900万回の宿泊旅行を行ったことになるが、日本人の旅行傾向 としてはあまり遠出せず、あまり長居をしないことで、東京周辺の日帰えり観 -89-

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図1-31kijlX1迦支出の推移 (川Ⅱ) 8 5 7 6 5 4 3 (注) l総理II1統計局「家糀MljIlE」、「川脳物llli指数」に基づき、淀理M1春と宝で 作成したものである。 g金紅(はl帯世当たりのllさ間IMiAllであり、55年lllli桁に換梓してある。 今国内て迄一番行きたい所はとこて・すか ●行△たい〃7ベスト10 (回答者敏男1073.女1114人)

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-90-

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光地といえば房総、伊豆半島、富士五湖めぐり、関西地区では京都、奈良の古 都めぐり、九州では長崎市、鹿児島の指宿温泉、大分県の別府温泉、四国では 高知市が観光地として有名である。 日本国内の観光地のうち「いま一番行きたい所はどこですか」の質問にもっ とも人気のあった観光地は札幌、知床、摩周湖、金沢、十和田湖、京都市内、 萩、函館、伊豆、能登半島の順で、行きたい都道府県のベストは北海道が1位、 2位、3位、7位を占めた。この調査は昭和56年蟇に日本世論調査会が20 才以上の男女を全国250地点で、30,000人に直接面接して得られたもので、 そのうち男は1,073人、女は1,114人が回答しているが、そのうち沖縄県と答 えた人は男107人、女68人となっており、沖縄県は九州諸県ではトップに立 っている。 観光産業の効用性 沖縄観光の魅力は日本唯一の亜熱帯地域であること、さらに豊かな旅情の味 わいと特異な文化的風土を持っていることであるが、季節的にいえば夏は若者、 冬は老人向きの保養地、春秋は新婚夫婦の旅行と、ほぼ1年をつうじて旅行ス ケジュールが組めるところに観光業者のやりがいがある。近年消費者の観光地 選択はきびしく、多様化、大量化しており、利用客はあまり遠出せず、あまり 金を使わないで存分に楽しみたい、という節約志向の対応である。しかし北海 道と沖縄県は国内でも遠い航空距離にあるので、航空会社や観光業者にとって は経営戦略の拠点とされているが、また海洋博以後、空港、港湾の整備がすす み、宿泊施設の受入れ態勢もかなり整えられていることは、今後の発展は期待 できるところであろう。 旅行に関する国民の期待は昭和55年に旅行市場が11兆円にも達し、全余暇 市場のなかでも35%も占める最大の市場となったが、この15年間で年19 %の伸び率を誇っている。しかし近年所得の上昇よりも自由時間の増加が大き く、金銭消費型のレジャー活動より時間消費型のレジャー活動へ移行し、単位 -91-.

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時間当りの消費額は体操、トレーニング、園芸、庭いじり、手工芸などの金を 使わないレジャー活動がふえてきた。この傾向はあまり長居をしない3泊4日 型が本県観光客の主流を占め、おみやげ品にも余り金をかけないで通る節約型 に移りつつあることでもわかると思う。 旅行関連産業のうちで大きな部門を占めるのはホテル、旅館関係であるが、 全国的に見れば7万4,942事業所があり、従業員は55万6,916人に達する。 (昭和53年現在)そのなかでも沖縄県内の業者912事業所で、従業員は、 5.825人となっているが、宿泊施設のなかには料理、おみやげ品店も含め、宿 泊施設自体は地域の結婚式、宴会なども受け、複合的な機能を果している。昭 昭和56年規餌別種勘車 刊加 9C 8C 7C 60 50 卜均 40 30 ' $ 小 、/ V 〆 一大(300人以上収容) -----中(100人~299人収容) ------小(100人未満 一平均 20 10 0 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月 -92-

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昭和56年地区別匝画率 飼叩 一一一一 }一一一口 ’’’一 囲部部古山 重 北中南宮八 90 80 70

60

5C / 中即 八函 杣 30 少の・・・‐・・二0 b・.  ̄曰 20 。 C ①△ ● ・ザ 久米島 lOH.-…---s 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月 ポロ54年度で見ると、ホテル、旅館の総売上げに占める部門別売上高は、平均 して宿泊部門が51.8%、飲食部門が36.79'6,おみやげ品部門が8.4%となって いる。 現在、沖縄県では海洋博を契機として本士資本が進出し、大手ホテルはほと んど県外資本で占められ、中小ホテル、旅館は県内資本であるため、駐車場、 その他の付帯設備に乏しく、豪華なシティ・ホテル等の機能を有する部門はた いてい県外資本によって占められている。県内の宿泊施設を地区別、規模別に 分類すると、沖縄本島が187軒、宮古地区が33軒、八重山地区が51軒、そ の他離島が30軒となっており、離島では民宿が多い。沖縄本島では南部地区 -93-

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に82軒も集中し、那覇市内に大手業者のシティ・ホテルが多い。 昭和55年度の利用調査から見ると、年平均の稼動率は南部地区が63.196、 八重山が54%、北部が48%、宮古が39.2.96、中部が34196、久米島が 25.5%と久米島に民宿が多いため稼動率が落ちていろ。それを規模別稼動率で 見ると、シティ・ホテルの多い南部地区では300人以上も収容できる大型ホテ ルが76.7%、100人から300人までの中規模が51.496,100人未満のノl、規模 が43.2%~G昨今の観光客の上昇はほとんど大規模施設に集中し、中小規模施 設にはつながらない。

観光ホテル整備法は昭和37年琉球政府時代、第77号をもって立法化され、

本土復帰後に特別措置法(運輸省関係)令の適用を受け、従来の登録ホテル、

登録旅館業者は本土と同じく見徹し法人の取扱いを受け、国定資産の特別償却、

固定資産税の軽減措置によって保護されたが、国際ホテルなどになると建物構

造上、種々の規制措置を受けるため、復帰前後にかけて県は業者の講習会、懇

談会を設けて、国観連に加盟するよう業者に働きかけ、平均533%の業者が投

資を行い、ホテルの増改築、付帯工事の改造などを行ったが、本士資本の進出

によって供給過剰となって、長く稼動率の低下を招いた。

これら稼動率の落ち込みは時の沖縄県庁にとって大きな社会問題となり、県

は51年4月、県観光振興局を設置して屋部副知事を先頭に本土各県に観光宣

伝隊を送った。沖縄県では宿泊業者を中心にして「沖縄観光連盟」を組織して

いるが、連盟は昭和29年1月に設立された公益法人で、那覇市にまず観光協

会として設立され、その後名護、コザ、宮古、八重山でも設立されたが、これ

らの地区協会は昭和43年4月発展的に解散し、新らしく社団法人「沖縄観光

連盟」として再出発した。昭和42年4月以降、全国各地に観光宣伝隊を送り、

観光客の誘致に努めたが、昭和45年4月、那覇市旭町4番地に観光会館をつ

くり、昭和50年の海洋博開催に備えたものの、海洋博後の苦況に遭遇し、県

庁とタイ・アップして活況を取り戻し、現在、観光'盾報センターとして整備さ

れている。

宿泊業者の経営内容は沖縄地域科学研究所の調査によると、人件費26.7%、

原材料費302%、広告・宣伝費1.8%、減価償却費111%、課税31%、その -94-

(14)

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(15)

他27.1%となっており、このなかでも原材料費が高いのは飲食部門の材料購 入費が含まれているからで、原材料購入費は当然コックの腕によって69.8%の 付加価値をもたらし、宿泊収入を421億円とすれば、294億円の付加価値をも 6) たらすことになる。 観光収入の波及効果 観光収入はひとりひとりの観光客の消費額から成り立っているが、その内容 は宿泊費、おみやげ費、交通費、飲食費、娯楽費、その他で構成されている。 たとえば昭和56年度の観光客1人当り消費額は前頁の表のとおり10万2,100 円で、それに入域客数を掛けたものが、その年の観光収入である。それによる と昭和56年度は1,975億円で、昭和57年度は入城客は減少したものの、個 人消費額が10万5,900円と前年度に比較して37%増加したため、名目上は 2,010億2,100円とはじめて2千億円台の壁を突破したことになる。これは 57年度が県の予想に反して入城客は189万9,000人に落ち込んだが、逆に 消費額がふえた結果に外ならない。これを復帰時(47年度)の408億5,000 万から見ると53年度で1,434億9,800円で3.5倍、57年度は2,010億2,100 円で6倍強という伸びである。 これを県全体の県外受取高から見ると、観光収入は昭和47年次の11.6%か 表1-2県経済に占める観光収入の推移 単位:億円(%) 観光収入 砂糖・パイン 石油製品 軍関係受取 の他 県外受:I 408 (116) 178 (5.0) 473 (】34 59 (17 777 (221 1626 (462 3521 (100 1276 (16.4) 308 (39) 1623 (209) 76 (09 1016 (132 3477 ( 7776(100 1435 (155) 410(44) 1330(144) 107 (12 984 107 4956 ( 9232 (10 1822 (170) 441 (41) 1540 (144 153 (14 1005 (94 5742 (537 】0703 (100 1803 (146) 210(17 】OBI (88 6648 (538 資料:県民所得統計 -96- 観光収入 砂糖・パイン 石油製品 農水蓄魔 軍関係受取 その他 県外受取 昭和47 (11.6)408 178(5.0) (13.4)473 (17)59 (221)777 10626(46.2) 30521(IOC) 50 1,276(164) 308 (3.9) 1.623(209) 76 (0.9) 1,016(13.2) 3、477(447) 70776(100) 53 1,435 (15.5) 410 (44) 1,330(144) 107 (1.2) 984 (107) 40956(53.8) 9,232(100) 54 1,822 (17.0) 441(4.1) 10540(14.4) 153 (1.4) 1,005(94) 5.742(53.7) 10,703(100) 55 1,803 (14.6) 375 (3.0) 2,24()(181) 210 (1.7) 1,081 (88) 6,648(53.8) 12,349(100)

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ら55年次は146%まで上昇し、いつぽう軍関係収入は復帰時の22.1%から 55年次の8.8%まで下降している。戦後、基地から得る外貨によって支えら れていた沖縄経済は砂糖、パイン、軍用地料をしのいで優に県経済のリーディ ング・セクター(主軸部門)になってきた。従って観光消費の地域に及ぼす波 及効果は大きく、ふつう地域乗数は05~08と計算されている。たとえば地 域で10億円の観光消費増があれば5~8億円の所得増が期待できるといわれ ている。これまで日本観光協会および日本交通公社の調査によると、日光では 6) 0532,七尾で0631、草津で0764、小豆島で0.817となっている。 沖縄県の「観光収入の経済効果調査報告」によると、観光収入の総波及効果 は0346で、本土と比較するといちじるしく低い.たとえば昭和54年の観光 収入をモデルにとると、1,786億3,000万円のうちから第1次関連産業部門か ら第2次以降関連部門への波及効果は618億円となり、付加価値率が低めに抑 えられている。これは県外から輸入される商品が大きく、県内で調達される地 元産品は市場に余り出回らないためである。そのため乗数効果は地域の輸入性 向によって決まり、地元の商品調達がその鍵となるのである。折角身近に市場 がありながら外部経済に依存していたのでは市場競争力も伸びず、地元の生産 力の低さは克服できない。 観光客の消費支出は個人の趣味、嗜好、動機によってもちがうが、県内に入 ってから消費された金額を県商工観光部企画課はあらかじめ設問用紙をホテル のフロントに準備しておき、観光客が任意に記入して投函したものを回収して 集計する。その際一人当りの平均値をとり、これを総額に推計したものが消費 額平均であるから、状況は千差万別でも県内で消費する観光収入は大きな景気 の下支えとなってくる。たとえば県民による消費額と観光客の消費額の和を県 内消費と比較して考えると、観光消費の占める割合は昭和52年から4年連続 して10%台に達し、55年度は前年を下回ったけれども、復帰後3番目に高 い成績をあげている。これから見ても観光収入は沖縄県経済に深く根を下ろす にいたっており、観光産業の振興は地方自治体の経営戦略のひとつにさえなっ ている。. 従って県は第2次振興開発計画のなかでも観光産業の振興を重要な課題とし -97-

(17)

図1-4■光滴艮と屋内荊負に占める比矼の繊移 (千■円) $脳 観光消貧の比■(目盛右) ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●←●●●●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●●◆●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●.●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●|●●●●●●●●●●●●●■●■0■■■。●■0006。Ⅱ。!d0qq0010 -‐‐---11-1---11P-1111I■b000 ●●●●●●●●■●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●● P●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●● ■■●■■■■■■□■■■□ ■■●●■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■ 実質ロ月光収人(且盛左) 10 。 ■● ● ●● 2 ●● ●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●● ●●●●● ●●●● ●●●●● ●●●● ●●● ●●●● ● ●● ●●●● ●● ●● ● ● 5 ● ● 、。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■● 、 1 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■●■■■■■□■■■■|■■■■■■■ ■■ 、● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●■● ● ●● ●● ●● ●● ●●●● ●● ●● 0

論hlI

、印 474840605253 ̄“ 観光収入

')観光消寅の比趣=民間消費十財政消寅十観光収入×’00($)

2)実質化は那団市消貝者物価指数による(昭和55年=100)

3)鮒課「県民所得鮒」、蝿府統ロナ局「消鷺者物髄数」による。

注:

て位置づけ、観光リクリェ〒ション地域の開発整備に努めているが、県と

しては沖縄県の特性を生かした産業振興、すなわちそのすぐれた自然、文化資

源の有効利用に関する開発計画を目標にしている。県は旅行市場の動向に従い、

けっして業界の独走に終らないよう指導、監督してほしいが、近年消費者の節

約志向が浸透し、料金の上昇にともない施設やサービスの利用に代替性が見ら

れるようになった。鉄道からマイ・カーへ、旅館から民宿へ、と旅行内容によ

っても利用の変化が見られ、鉄道や航空運賃の値上げやホテル、旅館の料金値

上げなど、生産コストによって決められる市場価格に消費者が敏感に反応する

ようになった。観光産業の場合は商品の小売価格とちがって価格政策が重要な

-98-

(18)

決め手だが、近年、ホテル、旅館などの宿泊業では省エネルギーや低コストを はかるため各種の技術革新をすすめ、旅行業でも迅速、正確に足と宿を予約、 発券するためコンピューター・システムの開発、改善をすすめており、観光地 の'情報や宿泊地の連絡についてもコンピューター・システムを利用して顧客へ のサービスに努めている。 まず旅行社の窓口サービスで宿泊先のホテル、旅館とオン・ラインで結ばれ、 航空会社の座席予約から乗物の手配まで瞬時にしてコンピューターで計算され、 オン・ライン化される。旅行者が旅行先、予算、滞在日数をいえばコンピュー ターで即座に詳細な旅行スケジュールが組まれ、案内の旅行社、ホテル、旅館 が予約され、乗物のバス、タクシーも手配されて、旅行者は予約クーポン券を 貰う。このように現在の旅行業務はシステム化され、旅行商品の大量需要に成 表1-5 旅行業者数の推移 (注)1 2 表1-6 運輸省大臣官房観光部資料による。 52~56年は各年の4月1日、57年は1月1日現在の数である。 一般旅行業者の従業員数別経営規模 (注)1運輸省大臣官房観光部資料による 256年1月1日現在の数である。 -99- 年 般 旅行業者 国内 旅行業者 旅行業代理店業者 般 国内 /」、 計 計 234567 555555 334444 483456 373766 245668 922491 236713 ,99099 444444 801234 503574 310376 0 0 099 11111 518646 454433 801244 957948 828912 9990? 11111 327381 368956 581357 0068DJ 556666 従業者数 人以下50 51~100人 101~500人 501~1,000人 1,001~5,000人 5,000~以上 計 業者数 構成 比率 (%) 340 77.9 44 101 41 9.4 5 1.2 5 1.2 1 0.2 436 100

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功しているが、このシステム化のためには腫大な時刻表のデータや運賃の等級 づけ、経路の接続等をコンピューターに記憶させねばならない。そうしないと 旅行は均質化された商品になり得ず、オートメ化されることによって窓口サー ビスは完全に機能することになる。 このような旅行業のシステム化を観光資本は導入しているが、実際の市場動 向は寄抜なアイディアや長年の経験を持った経営者の中小企業に多く、知識集 約型のベンチャー・ビジネスを輩出しやすい素地を持っていろ。従って旅行業 者は運輸大臣の登録を受けたり、都道府県知事による登録をそれぞれ受けなけ ればならない。しかし一般旅行業者を昭和56年4月1日を基準に前年に比べ ると10業者増加しているが、この間に新規に登録を受けたものが19業者で、 廃業届けを出した者が9業者となっていることから新規参入は容易で、業務の 継続は困難であることがわかるであろう。 これからの観光開発 日本は昭和48年、54年と2度にわたる石油ショックを受けたため所得 面の伸びよりも余暇の面でふえてきた。従来どこでもいいから旅行をしてみた いという、金銭消費型の旅行形態から自由時間を楽しむ節約志向型の旅行形態 に移ってきていろ。遠出の旅行から近隣観光地へ、鉄道からマイカーへ、旅館 から民宿へと節約志向の代替|性を求めている。沖縄県の場合、昭和56年の 193万人の入込客は57年には180万人に減少した。昭和57年は全国的に不 況の影響もあって、旅行控えのうえに航空機事故、宿泊ホテルの火災があった けれども、高需要期の8月長崎県に大型台風が襲来して多数の犠牲者を出した ことも、旅行客減少の原因となった。 このように旅行費の上昇につながる鉄道、航空運賃の値上げ、ホテル、旅館 の料金値上げなども需要の縮少になるが、冷夏や暖冬、地震等の天災地変も大 きく業界を左右し、ときには暖冬でスキー場、冷夏で海水浴場が痛手を受ける 場合もある。従って予測し難い要因をはらむ観光産業の場合、つねに新しい企 -100-

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画・宣伝によって集客体制を盛りあげるとともに、観光地の受入れ体制を促進 しなければならない。旅行業でいえば宿泊先の手配、交通機関の確保等をコン ピューター・システムの導入によって迅速化し、観光地、旅行先の情報を広域 に提供できるシステムを開発しなければならない。宿泊業はホテルの大型化で 省力化、低コストを促進し、旅館では高級化志向の長期滞在客を可能にする個 性化商品を開発しなければならない。 近年、人々は自由時間の増大に伴いスポーツ施設の利用が多くなり、経済企 画庁の「10年後の生活予測」によると、1985年ごろのもっとも需要の多い 余暇関連施設はプール、テニス・コート、運動広場などの身近かなスポーツ施 設が求められるが、宿泊施設では国民宿舎や民宿等の低額料金の施設が利用さ れろと見ていろ。しかし公共宿泊施設は建物が老朽化し、サービスの悪さなど が目立つとどうしても旅行客が敬遠するので、勢い設備、サービスのすぐれた 民間宿泊施設に移る傾向がある。公共宿泊施設の増設は望ましいことであるが、 どうしても経営の非効率、営業成績の悪化を招きやすい。国の財政が悪化して いる今日、公共施設の活性化、能率化を研究して国民の要望に沿ってほしいも のである。 観光産業と関係の深いのは送り出し地域と受け入れ地域の依存関係である。 戦後日本では農村から都市への人口移動がおこり、とくに3大都市への人口集 中のため1965年に3大都市圏では4,040万人であったが、80年には50274 万人にふえ、15年間に1,234万人の人口増加となった。これら大都市への人 口増加は勢い大気汚染、水質汚濁、交通混雑、騒音公害をおこさせ、都市生活 の過度の緊張、不安、焦燥からのがれ心の休らぎを得たいとする人々が森林、 海浜、湖沼の公園に出かけるようになった。現在は金のかかる旅行よりも金銭 を消費しない節約型のリゾート開発が急がれるが、とくにマイカーが普及した 今日、ペンションやコッテージ、高原や海浜の公共施設は求められているが、 余り充分とはいえない。スポーツ、文化、教養等の総合的余暇施設も利用度は 高いが、国の施策がないところから地方公共団体で建設するところが多い。公 共宿泊施設でも地方公共団体と企業との合弁になる第三セクター方式を研究し て見たらいかがであろうか。次の図はこれを表わしたものである。 -101-

(21)

く函垣野 '1

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E、に。 四の、 (塒窃屍函)額帥崇■野く喪趨鐘・裏吹寸 虫」[。、囚 ユユロ【皿▼、 ⅡID、1 LLF【正、▽、▼Ⅲ 戸 I|〈( -102- 型e中 圃承 薮蝶 雨。囚。② 【ロマ・← 両@句△← 囚』函・」 、『②。① 一因←・← ロトロ・の 》『因。① つ》の。》 、【、。の 四m『・の 【の「・の 函←【 『[函ゴ ー①① つ》(「 の⑩c」m CmC「 つ①『・『 ⑤つ←『 ②」『 C【「『 》囚の 》[垣の》 qo B- Cuの 9 ‐ ‐ ・・ ・ヒー ー 蛆哩倒 「@》・の 『『『壷 、①》。、【 国、囚・囚[ 【mの。》一 @ず囚』国『 『の①一【函 垣わこつ》の の国◎。② □の←ご「 の麗三 @℃。。← の》函({」『 海畑 。》の『 画守巾ざ の舛函②国 ごでこ。“ 、》C・因 マト、「 トト山②「 の固い.囚 @mC』【 @mm「 [←四・四 」」『白【 西国」『函 掛穫 密幽 両の」・画 、←の。、 つ口つom Cm》。囚 》雨meの ←つ四・画 【CCC函 、←国。、 {つ【一面 》の、。、 》囚国・め マト」・囚 つい国勾「 、》の。画 山『m・函 。、」・【 、の》・函 幻【『『 》、⑦「 煙←、いい の←m・国 の「一つ画 の②【・雨 CCC・国 ①の@・@の 西の③。m囚 歴塵 幻の一一国 ママ【▲ず国 の、因・園の 、』①.『函 ロCCcm因 ②山一』一国 一》『『函 マロの。{甸 、つ》。トョ 、、◎。両国 ◎のマC【の のC函。の【 トロの○℃の国 迂騒 圃扣叩 @の国。①団 囚函冒・囚》 ①囚守・つめ ⑦ロマQ『国 {》m・の垣 『の。。←『 国○屯。『ぬ つ、『⑪、 国『、・ぬ、 つの⑭』mの ←ののらト マロ『、 囚の①.① トの一つ》 「←画●【【 ①囚囚のの 」ぬのCQ ②⑭①。← pmm・つ C宛守》マョ 、の叩の←昆一cm、一国[ マト』いつ、 @国」・← 【ぬの。『@ず 両の国。」◎[ 限慨 如二 の因①。、》 mCmCmm mmCC、マ ロ①マ②②画 四□わ・ず② 国司の。Cト トトマ。、》 @mm二mm の。{.国の 》[垣・産← 「四m・卜⑤ マベの・函》 ----------- ̄ の『つ・画 面①函・囚 ◎【の。【 守GC Cu● oqQQ-q ̄ EC c2 Cu C  ̄ 【国の。【 の一四一函 囚【の。『 の、》一国 」の面・国 甸のいつ【 。⑭トロマ囚の 函「の。、函 掻麺 国□国。①国[ 四一m。①⑮{ つい、←C【囚 、@国C①》[ 両◎←。②山【 、◎⑪。①両「 ③両マロトロ『 Cのつ一国両国 、①》・つC【 の{の芦の【 mい②。の一一 @の函・》の一 の函つ・◎雨①。【 亟亟匝亟函ロ国亟亟亟亟亟亟 1。Sct-0002 -SU〔⑤‐●.~C、0 -~ ̄ 完

(22)

図例 房Ⅱ糊 〆へ 援・指導) ・空港・港湾・道路等・交通体系 の整備・国営公園の整備 ・国民休暇村等の設置 ・首里城跡一帯の歴史的風土の保 存・整備 ・観光戻税制度の活用 大手資本 リゾート開発 海中公園等施設建設運営 観光土産品等の開発・供給 等 分野調整

一一

〆辻 滞在型観光計画の推進 観光情報管理システム運 営 PR活動 教育・研修活動 交通・運輸秩序の維持 士産品店の秩序の維持 観光開発 第三セクター ゜道路・市街地整備 ・緑化・美化 ・心の受入体制・教育 ・公的レクリエーション施設 ・ショッピング街形成 ・国際会議場 ・伝統芸能の振興 中小資本 (共同化) 中小資本 (個別) 県・市町村 (支援・指導) 産業構造審議会 沖縄地域産業 80年代の沖縄地域産業ビジョン105頁 ● -103-

(23)

戦後、交通業界にジェット旅客機が採用され、航空輸送の高速化と大量化は 旅客運賃を安くし、大衆旅行の時代を招いたが、ヨーロッパでもECに加盟し ている国では国境封鎖がなくなり、域内貿易、観光客の往来が促進されて、観 光需要が急増し、高度大衆観光の時代が訪れた。今日先進工業国のなかでは旅 行支出が10億ドルを超えている国は西ドイツ、アメリカを始め、日本を含め て10ケ国であり、反対に旅行収入が10億ドルを超えているのはスペイン、 フランス、アメリカ、西ドイツなどの10ケ国である。これらの国には長期有 給休暇を採用しているためアメリカが2~3週間、イギリスが3~4週間、フ ランスが4~5週間、西ドイツ64~5週間と、だいたい2~5週間の長期休 暇が取られるシステムとなっている。西ドイツでは1961年以来、ゴールデン゛ 図1-5主要■の佛行収支(1976年) し0000 0 ノ9753 1 ド 低 〈旅行収入〉 5 7090低ドル 5103050 <旅行支出> 資料山iii:OECDおよびWTOの資料から作成 -104- ●スペイン フランス ●7J リカ ●スイス イタリア ●オ〒ストーリア ●イギリス

轄乞ダ

ツ イ 。r 西 ● I ・ルクセンラァルグ

|’

(24)

表1-6ヨーロヅパ主要国の地域別、国籍別受入れ旅行者数(1980年) (単位8千人) 」I 辺I MH OECD資料による。 イタリアは1979年の統計である。 オーストリアは登録宿泊施設における劃若者散である。 ・は四挺を接する国であることを表わす。 ()内は構成比(%)である。 (注) 2345 プランの下に保養、スポーツ、遊戯の利用計画が実施されている。わが国の有 給休暇がわずか日程度というのは余りにも貧しい生活といわねばならない。 近年世界不況の同時化というなかでも観光量の低下は見られず、1980年 (昭和55年)のWTO(世界観光機関)の推計によると、各国の受け入れた 旅行者は2億9,050万人で、前年比4.3%のアップであり、各国の旅行収入は 約1,061億ドルにも達し、前年比11.3%のアップとなった。(上表参照) いつぽう1980年における観光主要国の受け入れ旅行者数および旅行収支はイ -105- 0 - 送出凶受入四--●■  ̄◆ イタリア スペィソ フ  ̄ ブ ソス オーストリア (v、ノ。I、ノ4口、ノロシ、ノ 、】Pbo〆01勺u戸。o一つ」● 但0〃3週孔p4ア ”⑯mC8o6Oリ ● 一フ Ru、8J旬】、日夕句J、Ⅱ夕Au、8/ロJ、Ⅱ“ 氏u生)兵】乱『(】氏U(プロ)RUR) 氏〕o06・ワ』。nJo⑦】C O、寸彦 。D△記0の』〈U nU毎 A『 O二8s くくく・くく ソ● ス卜0 カ イスンス リ〆 Euイー一フ ノナ 西スフオ ア力 340128 (89.7) フランス◆ ポルトガル 100062 (26.5) ● 90115 (24.0) 西ドイツ4,692 (12.3) 932 (2.4) アメリカ817 (2.1) カナダ115 (o、3) 88 (0.2) 25,740 (85.5) 西ドイツ゛7,園c (25.0) ペルギー●5,900 ('9.6) イギリス30460 ('1.5) オランダ3,420 ('1.4) 1,510 (5.0) アメリカ1,190 (4.0) カナダ320 (】.!) 400 (1.3) 120449 (89.7) 西ドイツ●8,518 オラソズ (61.4) lo255 (9.0) イギリス507 (3.7) 605 (9.3〕 アメリカ554 (‘.o) カナダ.50 (M) 61 (M)  ̄ Q 48,743 (100)

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300100(100)

l3i謡;

(25)

ダリヤ、スペイン、フランス、オーストリヤ等が旅行客も多く、旅行収入も多

い。反対に旅行支出の多い国は西ドイツ、アメリカで、旅行収支の上からはイ

タリヤ、スペインが大幅な黒字国で、西ドイツ、日本は大輻な赤字国である。

これらの数字から見れば世界の旅行市場はECおよびアメリカ、カナダなど北

半球に片寄って、いかに風光明媚な南半球といえども出かける人は少ない。欧

米諸国で長期の休暇旅行が発達しているのは、日照時間の短かい北欧の人が夏

の間に日光浴をしてクル病やリューマチを予防しているためであろう:)

このように日本人の旅行形態はヨーロッパの長期滞在型へ移行することが望

ましく、海外旅行、リゾート開発が今後の課題となるであろう。そのためには

高級ホテル、旅館の新増設、イベント志向の観光地開発、大型レジャー.ラン

ドの建設等がすすめられると思うが、沖縄県の第2次振計でも最終年次の昭和

66年には入域客を300万人と抑え、観光収入を3,500億円と設定した。また

沖縄県を4圏域に分け、国民のための保養地と位置づけ、大型リゾート地の形

成、コンベンション・ツアーの振興、県内各地でイベントを演出することによ

って国民の多様な観光需要を吸収しようとしている。 註(1)大田朝敷箸県政五十年史昭和22年版140頁 (2)沖縄労働経済研究所「復帰10年目の開発課題と展望」序文5頁 (3)前掲書喜屋武臣市氏論文「沖縄観光の現状と課題」248頁

(4)沖縄県知事公室「みんなの県政」号外1973年1月号特集「沖縄振興開発計画」

より抜鵡 (5)総理府編「観光白書」昭和57年版8頁 (6)鶴田俊正編「成熟社会のサービス産業」123頁 (7)前掲書「観光白書」昭和57年版41頁 観光産業についてはほとんどの国で政府または政府関係機関からの融資、債務保 証、補助金または利子補給金の交付、および税制上の優遇措置等を講じている。た とえば西ドイツでは観光経営コンサルタント、観光経営研究所に補助金を交付して いるほか、新しい産業の設立のため低利の融資を行っている。 -106-

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