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<総説>TGF-β のシグナル伝達とSmad cofactors : 多様な細胞応答を可能にする分子的基盤 利用統計を見る

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TGF-β のシグナル伝達と Smad cofactors

―多様な細胞応答を可能にする分子的基盤―

宮 澤 恵 二

山梨大学大学院医学工学総合研究部生化学講座第 2 教室

要 旨: Transforming growth factor-β(TGF-β)は腫瘍に対する抑制作用と悪性化促進作用を併せ

持つユニークな細胞増殖因子である。TGF-β は標的細胞に依存して多様な細胞応答を惹起する。そ のシグナルは主として Smad タンパク質により伝達される。Smad は受容体キナーゼによりリン酸 化されると核内移行し,他の DNA 結合性転写因子と協調的に標的遺伝子の転写制御領域に結合し, 遺伝子発現を制御する。Smad と協調的に機能する転写因子は Smad cofactor とよばれており,そ のバリエーションが標的細胞に依存した多様な細胞応答を可能にしていると考えられる。筆者らは 最近,TGF-β による細胞応答を選択的に抑制するシグナル調節因子 Maid を同定し,Maid が特定の Smad cofactor を選択的に抑制することを見いだした。本稿では Smad cofactor 研究の今後と,細 胞応答特異的な制御手法開発の可能性について議論する。 キーワード TGF-β,トランスフォーミング増殖因子-β,シグナル伝達,signal transduction,転写 因子,transcription factor,Smad I.はじめに 多細胞生物では恒常性維持のために,神経系 および液性因子による細胞間コミュニケーショ ンが密にとられている。その中でも細胞増殖因 子は主に細胞の増殖・分化・運動性を指令する タンパク質因子である。1980 年代には細胞増 殖因子のシグナル伝達システムと癌原遺伝子と の関連が注目を集め,研究の急速な進展が見ら れた。細胞増殖因子には一般的に腫瘍促進的な 作用があり,そのシグナル抑制物質は抗癌剤と しての開発も進められている。しかし,trans-forming growth factor-β(TGF-β)は数多い細 胞増殖因子の中でも非常にユニークな存在で ある。 TGF-β は正常線維芽細胞の軟寒天培地中での 足場非依存性増殖を促進する因子のひとつとし て 1981 年に同定された1)。足場非依存性の増殖 は腫瘍細胞の示す悪性形質のひとつと考えられ ており,正常細胞が悪性形質をもつ細胞に「形 質 転 換 」 す る と い う こ と で t r a n s f o r m i n g growth factor と命名されている。従って発見 の当初は,他の細胞増殖因子同様,腫瘍の悪性 化因子と位置づけられていた。実際に TGF-β の血中濃度が高い癌患者は予後が悪いことも報 告されている。しかし,1984 年には TGF-β の 強力な上皮細胞増殖抑制作用が見いだされ,逆 に腫瘍抑制因子として注目を集めるようになっ た。さらに 1990 年代には TGF-β の受容体や Smad などの下流シグナル伝達因子の同定が進 み,それらの変異や欠失が腫瘍組織において報 告された。シグナル伝達因子の遺伝子ノックア ウトマウスの解析結果とあわせて,TGF-β の腫 〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付: 2009 年 7 月 1 日 受理: 2009 年 7 月 23 日

総  説

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瘍抑制因子としての位置づけは確固たるものと なった。一方,2000 年代に入って,転移・浸 潤を促進する腫瘍悪性化因子としての役割がク ローズアップされ2),TGF-β による上皮間葉転

換 ( epithelial-mesenchymal transition, EMT) が転移・浸潤に関与する細胞応答として盛んな 研究対象となった。 現在,TGF-β は腫瘍抑制作用と悪性化促進作 用も併せ持つ二面性の因子とのコンセンサスが 得られている。TGF-β と癌の関係を長年にわた って研究してきた Harold Moses は 2006 年に発 表した総説の中でこの二面性を“molecular Jekyll and Hyde of cancer”と表現した3)。この

二面性のうち,腫瘍悪性化促進作用に注目し, アンチセンスオリゴ,中和抗体,受容体キナー ゼインヒビターなどの TGF-β シグナル阻害剤 が開発され,一部のものは米国で臨床試験に入 っている。今のところ,重篤な副作用は報告さ れていないとのことであるが,一方,動物実験 では,TGF-β の中和抗体投与により大腸癌モデ ルマウスである apcminマウスでの adenoma か

ら adenocarcinoma への progression が促進さ れること,xenograft model においても使用す る細胞株によっては腫瘍増殖や転移が促進され ることが知られている4)。したがって,将来的 には TGF-β の腫瘍悪性化促進作用を選択的に 抑制する手法の開発が有用と考えられる。その ためには,まず,腫瘍抑制および悪性化の鍵と なっている細胞応答を明らかにすることが重要 である。 表 1 に TGF-β による腫瘍抑制および悪性化 促進に関与すると考えられている細胞応答をま とめた。標的細胞によって,相反する作用が見 られることがわかる。細胞増殖への影響に関し ては,上皮細胞では抑制するのに対し,間葉系 細胞では促進することが多い。また,tumor initiating cells に対する作用も乳癌とグリオー マ で は 全 く 異 な っ て お り , グ リ オ ー マ で は tumor initiating cells の tumorigenicity の 維 持 に TGF-β シグナルが必須である5)のに対し,乳

癌では tumor initiating cells のフラクションを 縮小させることが明らかにされている6)。アポ トーシスに関しても促進する例(胃癌細胞)7) 抑制する例(乳癌細胞)8)の両方が報告されて いる。このような標的細胞に依存した細胞応答 の差異はどのように説明されるのだろうか? II.TGF-β への細胞応答の多様性と Smad システム TGF-β のシグナル伝達機構の研究は 1990 年 代初頭の受容体の同定,1995 年に始まる Smad タンパク質の同定により,大きく展開した。現 在までに細胞膜から核までのシグナル伝達の概 要は明らかにされたと言って過言ではない9) 多くの細胞増殖因子がチロシンキナーゼ型受容 体を用いるのに対し,TGF-β はセリンスレオニ ンキナーゼ型受容体に始まるユニークなシグナ ル伝達経路を利用している。 TGF-β のシグナル伝達には,標的細胞膜表面 表 1.TGF-β による腫瘍抑制および悪性化促進の細胞応答

標的細胞を腫瘍細胞,宿主細胞,tumor initiating cells に分けて,TGF-β の作 用を腫瘍抑制,促進の面から捉え直した。

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に 2 種類の受容体(I 型および II 型受容体)が 発現していることが必要である。TGF-β が II 型受容体に結合すると,この複合体に I 型受容 体もリクルートされ,受容体 2 分子ずつからな るヘテロ 4 量体が形成される。この複合体の中 で,構成的に活性化状態にある II 型受容体が I 型受容体をリン酸化により活性化する。活性化 した I 型受容体は Smad2 あるいは Smad3 と呼 ばれる細胞内タンパク質の C-末端配列のセリ ン残基をリン酸化する。リン酸化した 2 分子の Smad2/3 は 1 分子の Smad4 と 3 量体の複合体 を形成し,核内移行する。核内で Smad 複合体 は標的遺伝子の転写制御領域に結合し,他の転 写因子やコアクチベーター/コリプレッサーと 協調的に標的遺伝子の転写を正あるいは負に制 御し,様々な細胞応答を惹起すると考えられて いる(図 1)。

Smad が結合する DNA 配列(Smad binding element, SBE)としては AGAC が知られてい る10)。しかし,この配列では十分な特異性が得

られない上,Smad の DNA 結合能も弱く,SBE がタンデムに並んでいない限り単独では DNA に結合できない。このため,一般的には Smad は DNA 結合能をもつ他の転写因子と結合し, 協調的に機能すると考えられている。Smad と 協調的に機能する転写因子は Smad cofactor, 同一の Smad-Smad cofactor 複合体によって同 時に発現を調節されている遺伝子群は synex-pression group と呼ばれる。標的遺伝子の発現 には Smad と Smad cofactor のコンビネーショ

図 1.TGF-β のシグナル伝達 TGF-β が II 型受容体に結合すると,この複合体に I 型受容体もリクルートされ,受 容体 2 分子ずつからなるヘテロ 4 量体が形成される。構成的に活性化状態にある II 型受容体が I 型受容体をリン酸化により活性化する。活性化した I 型受容体は Smad2 あるいは Smad3 と呼ばれる細胞内タンパク質をリン酸化する。リン酸化し た 2 分子の Smad2/3 は 1 分子の Smad4 と 3 量体の複合体を形成し,核内移行する。 核内で Smad 複合体は標的遺伝子の転写制御領域に結合し,他の転写因子やコアク チベーター/コリプレッサーと協調的に,標的遺伝子の転写を正あるいは負に制御 し,様々な細胞応答を惹起する。

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ンによる条件付けが必要ということになる。こ の Smad cofactor を必要とする点が,Smad 経 路にシグナル伝達系としてのフレキシビリティ を与えている。すなわち,細胞膜から核へのシ グナル伝達の共通の枠組みを用いながら,各々 の標的細胞が異なる Smad cofactor のレパート リーを発現することにより,異なる標的遺伝子 のセットを発現制御し,異なる細胞応答,時に は相反する細胞応答を可能にしている(図 2)。 このシグナル伝達系の特徴ゆえに,TGF-β は生 体内において様々な場面で重要な機能を担うこ とができるようになったと言える。 TGF-β によって惹起される多彩な細胞応答は Smad cofactor の多様性で説明される。従って, 特定の Smad cofactor,synexpression group を 標的にすれば TGF-β シグナルを細胞応答選択 的に制御することも期待できる。そうすれば, TGF-β の腫瘍悪性化促進作用を選択的に抑制す ることも可能になるかもしれない。しかし,こ れはあくまでもモデルであり,具体的な実証は されていなかった。 III.Smad cofactor を標的にする 調節因子 Maid

Maternal Id-like molecule,Maid はもともと マウスの母性 mRNA にコードされているタン パク質のひとつとして同定された11,12)。ヒト由

来のものは HHM(human homologue of Maid) とも呼ばれている。Maid は 360 アミノ酸から なる核局在タンパク質であり,分子の中央部に は helix-loop-helix(HLH)ドメインをもって いる。しかし,basic HLH 型の転写因子に見ら れる DNA 結合性の塩基配列は欠いている。従 って,Id-like molecule との名のとおり,Id フ ァミリーのタンパク質同様にドミナントネガテ ィブ型の HLH タンパク質であると考えられて いる。筆者らは Smad 関連タンパク質を bait と し た yeast two hybrid 法 に よ り Maid を TGF-β シグナル調節物質の候補として同定していた。 しかし,研究を進めるうちに TGF-β シグナル に対する Maid のユニークな作用が明らかにな った13) TGF-β は上皮細胞に対して細胞増殖抑制作 図 2.Smad cofactors

Smad 複合体は様々な転写因子(A ∼ E)と相互作用して協調的に標的遺伝子の発 現を制御する。これらの転写因子は Smad cofactor と呼ばれる。D の様に標的遺伝 子の転写を抑制する場合もある。標的細胞(1 ∼ 4)により発現している Smad co-factor が異なるため,同一の Smad-Smad coco-factor 複合体で転写制御される遺伝子群 (synexpression group)の発現は標的細胞により異なる(横線の太さで表現)。この

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用,運動性亢進作用を示すが,これらの作用は Maid の過剰発現によって阻害された。一方, TGF-β は上皮細胞の細胞間接着を弱め,細胞の 形態を間葉系細胞様に変化させる作用も示す。 この作用は上皮間葉転換(EMT)と呼ばれて いるが,Maid を過剰発現しても影響されなか った。これらの結果により,Maid は細胞応答 選択的な TGF-β の抑制因子であることがわか った。次に,Maid 過剰発現,あるいはノック ダウン条件下で TGF-β 標的遺伝子の発現を検 討した。TGF-β による細胞増殖抑制には p21WAF の誘導,c-myc のダウンレギュレーションが関 与することが明らかにされている。Maid はこ れらの標的遺伝子の動きを阻害する作用がある ことが判明した。一方,TGF-β による EMT に は転写因子 Snail の誘導が関与するとされてい る。しかし,Snail の誘導は Maid によって影 響を受けなかった。従って,Maid の細胞応答 選択的な抑制作用は,標的遺伝子の動きへの影 響とよく対応することになる。DNA マイクロ アレイによる検討では,Maid のノックダウン は TGF-β 標的遺伝子の約 15 %に影響してい た。Maid は特定の synexpression group に選択 的 に 作 用 す る 調 節 因 子 で あ る こ と が 考 え ら れた。

実際に,Maid は特定の Smad cofactor(例え ば Olig1,後述)に結合し,Smad と Smad co-factor の結合を阻害した。その結果,Smad-Smad cofactor 複合体は標的遺伝子の転写制御 領域から解離し,転写が抑制されることがわか った(図 3)。TGF-β のシグナルを細胞応答選 択的に抑制する因子としては YY-1 が知られて いたが,そのメカニズムは明らかにされていな かった14)。Maid についての筆者らの研究成果 により,特定の細胞応答と Smad cofactor を対 応づけて考えることができるようになった。す なわち,Smad cofactor を標的にすることによ り細胞応答選択的な制御ができる可能性が示さ れたのである。

図 3.Maid の Smad cofactor 阻害機構

(A)Maid は特定の synespression group の発現を選択的に阻害する。(B)Maid は 特定の Smad cofactor B(例えば Olig1 など)に結合し,Smad と Smad cofactor の 相互作用を阻害する。これにより Smad および Smad cofactor は標的遺伝子の転写 制御領域から解離し,転写が阻害される。

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IV. Smad cofactors 2000 年代初頭までに Smad 結合タンパク質 に対する膨大な量の研究がなされ,転写因子の 中でも Smad 結合タンパク質として同定された ものは少なくない15)。しかし,これらの多くは 過剰発現系でレポーターアッセイ中心の検討し かされておらず,Smad cofactor としてのキャ ラクタリゼーションは全般に不十分である。こ こ 2–3 年はクロマチン免疫沈降法などにより, 標的遺伝子の転写制御領域への結合における Smad との協調作用などについて検討した例も 増えて来た。 Hill らは発生のプロセスで機能する Fork-head 転写因子,Mix 転写因子と Smad2 の協調 的な作用について研究を進め,Smad2 におけ るこれら転写因子の結合部位の同定なども行っ ている16)。TGF-β による細胞増殖抑制に中心的

な 役 割 を 演 じ て い る と 考 え ら れ て い る の は p21WAFである。p21WAFの誘導に関与する Smad

cofactor についてはいくつか報告があるが,結 果は controversial である。Piccolo らは代表的 な癌抑制因子である p53 が刺激依存的な Smad 結合タンパク質であることを示し,肝癌細胞株 HepG2 において p21WAFの誘導に p53 との協調 性が必要であること,また,p53 をノックダウ ンすると細胞が TGF-β による増殖抑制に耐性 に な る こ と を 報 告 し て い る17)。 一 方 , Mas-sague らはケラチノサイト細胞株 HaCaT を用 いて FoxO あるいは C/EBP と Smad により転 写を制御される synexpression groups の解析を 行った18)。彼らは細胞応答への影響は確認して いないものの,FoxO ノックダウンにより誘導 が顕著に低下する遺伝子の中に p21WAFが含ま れることを報告している。さらに最近,鯉沼ら は Smad 結合領域を同定するためのゲノムワイ ドな ChIP-Chip 解析を HaCaT 細胞を用いて行 った19)。彼らは p21WAFの転写調節領域に新し い Smad 結合部位を同定し,この部位での転写 調節に利用される Smad cofactor として Ets1 を 同定している。実際に Ets1 をノックダウンす ると TGF-β による細胞増殖抑制が解除される ことも示した。このように p21WAFの誘導に関 与する Smad cofactor の実体については今後の 研究の進展を待つ必要があるが,標的細胞によ って使われている転写制御領域や Smad cofac-tor が異なることも十分に考えられる。同一の 遺伝子が異なる細胞では異なる synexpression group に属することもあるかもしれない。 bHLH 型転写因子 Olig1 は筆者らが Maid の 標的として新たに同定した Smad cofactor であ る13)。もともと Olig1 は神経系の転写因子とさ れていたが,各種培養細胞株ではほぼ ubiqui-tous に発現している。Olig1 ノックダウン細胞 由来の mRNA を DNA マイクロアレイにより解 析したところ,Olig1 は TGF-β の標的遺伝子の 約 10 %の転写に関与することがわかった。ま た,Olig1 は TGF-β 刺激依存的に Smad タンパ ク質と結合し,一部の標的遺伝子の転写制御領 域に結合することも見いだした。興味深いこと に,Smad-Olig1 synexpression group には plas-minogen activator inhibitor-1 (PAI-1), platelet-derived growth factor-B (PDGF–B), connective tissue growth factor (CTGF), procollagen 1 な ど,線維化に関係した遺伝子,CTGF,DEC1, IL-11 など乳癌の転移に関係するとされる遺伝 子が含まれていた。Olig1 は TGF-β の過剰な活 性による疾病への関与が想定され,今後の詳細 な解析が期待される。 前述の鯉沼らによる ChIP-Chip の結果による と,Smad2/3 結合部位近傍には Ets1 の他に AP-2, Sp1, p53, E2F, thyroid transcription factor-1,vitamin D receptor(VDR),Myc など の結合部位が有意に濃縮していた19)。これらの 転 写 因 子 の 一 部 は 既 知 の Smad cofactor であ る。今後,Smad cofactor の研究は,標的遺伝 子の発現挙動の検討にとどまらず,特定の細胞 応答との対応にまで踏み込んだ解析を中心に進 めなければならない。Maid のような細胞応答 選択的な調節物質は,このような研究を進める 上で有力な手がかりになると考えている。

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V.Smad cofactor 研究の今後の展開 TGF-β 研究の初期には,低用量と高用量での 作用の違いについての議論も多かったが,最近 では十分量のリガンドを加えて細胞応答を調べ ることが多くなった。しかし,生体内ではリガ ンドが産生細胞からの拡散によって標的細胞を 刺激するため,刺激はごく低用量から始まって いるはずである。TGF-β の in vivo 機能を考え る上では,細胞応答の用量依存性を考慮するこ とも重要と考えられる。 TGF-β のノックアウトマウスの解析による と,tgfb1-/-のマウスは TGF-β のもつ免疫抑制作 用が解除されることにより激しい炎症反応を起 こして生後間もなく死亡する。一方,tgfb1+/- マウスはおおむね正常であるが,化学発癌への 感 受 性 が 上 昇 し て い る こ と が 報 告 さ れ て い る20)。tgfb1+/-のマウスでは TGF-β の分泌量は全 体的に野生型の 30 %程度に低下しているが, 腫瘍組織においても TGF-β の発現は残存して いた。従って,TGF-β は haploinsufficiency の 性質を持つ tumor suppressor ということにな る。この実験事実は,腫瘍抑制作用は高用量の TGF-β を必要とするが免疫抑制作用は低容量の TGF-β で十分である可能性を示唆している。 TGF-β 刺激により細胞内に Smad 複合体が形成 される場合,Smad と親和性の高い cofactor か ら優先的に利用され,転写を制御することが考 えられる(図 4A)。今まで解析が進んでいなか った TGF-β 作用の用量依存的な差異も,synex-pression group の 概 念 で 十 分 に 説 明 で き る 。 個々の Smad cofactor について,Smad との結 合の用量依存性を検討することが重要になるで あろう。また,Maid が特定の Smad cofactor と結合してこれを抑制する時,他の優先度の低 い cofactor が,より低濃度の刺激条件下でも利 用されるようになる可能性もある(図 4B)。言 い換えると,Maid は Smad cofactor の utiliza-tion を調節する因子ということになる。このよ うなファインな調節は低用量の TGF-β 刺激条 件でのみ顕在化して細胞応答に影響すると考え られる。実際,in vivo ではこのような調節も重 要であるかもしれない。

Smad cofactor には Sp1 や Olig1 のように多 く の 組 織 で 発 現 が み ら れ る ubiquitous Smad cofactor の他,組織特異的に発現する

tissue-図 4.Smad cofactor との相互作用の用量依存性

(A)活性化した Smad 複合体は親和性の高い Smad cofactor から優先的に相互作用すると考えられる。 図では TGF-β が低用量の場合は主に A という Smad cofactor と結合して協調的に遺伝子発現を制御す る。用量が増えるにつれ,B,C,あるいは D といった Smad cofactor と相互作用して遺伝子発現の制 御を行う。相互作用する Smad cofactor の性質により,標的遺伝子の発現が誘導される場合(A,B,C など)も,抑制される場合(D など)もある。TGF-β の用量に依存して異なる細胞応答が惹起される現 象は,このような Smad cofactor の使われ方の違いでよく説明できる。(B)Maid が特定の Smad cofac-tor を図 3 のようなメカニズムで阻害すると,他の Smad cofaccofac-tor の使われ方が影響を受ける可能性があ る。図では B という Smad cofactor が Maid により抑制され,その結果,C という Smad cofactor が,よ り低容量の TGF-β 刺激条件でも利用されるようになっている。

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specific Smad cofactor もある。また,VDR や p53 など,一部の Smad cofactor は他のシグナ ル伝達経路とのクロストークにより活性化/不 活性化し,あるいは量が増減する。これらは conditional Smad cofactor と位置づけるべきで あろう。先に VDR の結合部位が Smad 結合部 位の近傍に多いことを述べたが19),Smad と

VDR の相互作用には TGF-β 刺激と活性型ビタ ミン D の刺激の双方が必要である21)。同一の

細胞においても,他のシグナル伝達系が活性化 することにより,Smad cofactor 利用の prefer-en ce が 大 き く 変 化 す る こ と が 考 え ら れ る 。 Smad cofactor こそが TGF-β に対する細胞応答 の cellular context 依存性に大きく影響する因 子のひとつなのである。 それでは特定の Smad cofactor を選択的に抑 制することは可能であろうか?筆者は肯定的な 考えをもっている。Maid の作用機構に見られ るように,Smad-Smad cofactor の複合体形成 を抑制することができれば,選択的な抑制は十 分に可能であろう。もちろん Maid は特異性が 十分には高くない。特異的抑制を達成するため には Smad-Smad cofactor 複合体の構造解析も 重要な情報を与えることであろう。すでに活性 型 Smad 複合体の結晶構造は解かれている。現 在の comprehensive な TGF-β シグナル制御手 法ではなく,細胞応答・標的細胞に選択的な抑 制手法の開発が可能になる日は,そう遠い将来 のことではないように感じている。 謝  辞 本稿で取り上げた研究内容は 2009 年 6 月 17 日 の第 162 回山梨大学医学会例会にて教授就任講 演として紹介したものが中心である。質疑応答 の場で多くの貴重なコメントをいただき,その 一部は本稿にも反映させていただきました。こ の場を借りて御礼申し上げます。 引用文献

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