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頭頂連合野と運動前野はなにをしているのか?

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Academic year: 2021

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Ⅰ 頭頂連合野 1.はじめに  大脳の頭頂連合野は,私達の周囲を取りまく世界がどんなも のかに関する情報を集め,そして認知する働きにおいて中心的 な役割をしている。頭頂連合野の大切さは,そこが損傷された ときに起こる顕著な症状を見るとあきらかである。20 世紀の 初頭に,頭頂葉の損傷による徴候を調べ,明確に記述した重要 な報告がある。ひとつは B lint による,もうひとつは Holmes による報告である。B lint は注意の障害,精神性注視麻痺,運 動の視覚的制御障害を強調した。他方 Holmes は空間知覚の障 害が本質的に重要と述べ,物体の空間的位置と相対的位置関係 の認知が障害されるといった。その後右頭頂葉の損傷で半側空 間無視が起こることが知られ,そして視空間失認という表現が 用いられるようになった。その後の研究の発展によって,視空 間に関する情報が頭頂葉でどのように処理され,認知機能に結 びつけられるかが詳細に知られるようになった1)。  他方触覚や運動感覚などの体性感覚は,大脳の体性感覚野か ら頭頂連合野に送りこまれ,身体部位や姿勢の知覚として統合 される実態が詳細に研究されている。さらに,聴覚情報や平衡 感覚情報も頭頂連合野へ送られ,処理されている。すなわち頭 頂連合野は多種類の感覚情報 polysensory signals の統合と認 知の場所である。そのような統合のようすと,統合された情報 の使われ方を考察したい。 2.頭頂連合野の所在を確認する  頭頂連合野とは,大脳皮質の中心溝のすぐ後ろにある体性感 覚野よりも後方で,後頭葉より前,側頭葉よりも上の広い領域 のことである。図 1A のように,Brodmann の分類では,ヒト 頭頂連合野の上方部は 5 野と 7 野,下方部は 39 野と 40 野に分 かれている。5 野と 7 野は上頭頂小葉,39 野と 40 野は下頭頂 小葉と呼ばれている。39 野は角回,40 野は縁上回である。  最近の研究によって,頭頂連合野は多くの領域によって構成 されていること,そしてそれぞれの小領域が,特有の機能に関 与していることがわかってきた。図 1B は von Economo による 分類であるが,PE が上頭頂小葉,PF と PG が下頭頂小葉であ る。サルの脳の構造と機能は詳しく調べられているが,図 1C のようにその構成はヒトと近似しており,相同になっている。 3.頭頂連合野の働きを概観する  大脳皮質には多くの感覚野があり,視覚,聴覚,体性感覚, 平衡感覚などの多種類の感覚情報をそれぞれの領域で処理して いる。頭頂連合野はそれらの多数の感覚野の情報を集め,集 約・統合することによって,知覚情報として全体的に取りまと めている(図 2)。  そのために,頭頂連合野には多くの感覚野から感覚情報の入 力が集められ,統合的な知覚として処理されるが,さらにその 情報を目的に応じて使いやすいように変換することが重要であ る。そこでは集められた情報の抽象化と概念化も進められる(図 2)。そのようにまとめられた認知情報は,様々な目的に使われ るが,そのひとつとして,動作イメージの形成という要素があ り,それは頭頂連合野の働きの重要部分を占めている(図 3A)。 そこでつくられた動作イメージは頭頂連合野に保持されるが, その情報はやがて運動前野に送られて,動作の企画や構成,さ らには誘導と準備など,多くの過程に使われることとなる。他 方,運動前野における動作情報は頭頂葉にフィードバックされ, 動作の進行にしたがって適正に更新される(図 3B)。つまり頭 頂葉は動作の内容も情報として保有していることになる。  ここで,頭頂連合野の機能を概観してみよう(図 4)。①多 種類の感覚情報は,それぞれ大脳皮質の一次中枢から高次中枢 を経て,頭頂葉に集められる。そこで情報の集約と統合が行わ れ,知覚としてまとまった形となることで,知覚認知の基礎が できあがる。②その情報を短期保存して維持しつつ,情報の内 容の判断や,どの情報を選んでその後の処理を進めるかを定め ることになるが,この過程は注意という行動として現れる。③ まとめられた情報内容は,抽象化と概念化によって一般化さ れ,あるいは使いやすい形に変換される。次に情報の重要部分 は④動作イメージの形成と維持の過程に進められ,そしてその ように処理された情報は⑤動作の誘導と選択,あるいは動作の 企画構成や動作準備に用いられる。さらに,⑥情報は下頭頂小 葉に送られ,空間に対処するための高度な認知情報として利用 される。

頭頂連合野と運動前野はなにをしているのか?

─その機能的役割について─

丹 治   順

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専門領域研究部会 神経理学療法 特別セッション「教育講演」

Parietal Association Cortex and Premotor Cortex: Functional Organization?

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東北大学脳科学センター

(〒 981‒3132 仙台市泉区将監 4‒11‒5)

Jun Tanji, MD: Tohoku University Brain Science Center キーワード:頭頂連合野,運動前野,機能的役割

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4.体性感覚情報の統合  皮膚の触覚や圧覚,関節や筋の動き等の感覚は体性感覚と呼 ばれている。それらの感覚は,大脳の 3 野および 1 野と 2 野で 処理されるが,そこから頭頂葉の 5 野へ情報が送られる。大脳 の体性感覚野では,体性感覚情報は当初 3 野や 1 野においては 身体のごく一部で感じられた入力情報を反映しているが,その ような局在情報は 2 野へ送られ,さらに 5 野へ転送されるにし たがって,身体の広い部分を守備範囲とするようになり,より まとまった情報へと変容する2)。  頭頂葉の 5 野では,どのような形状と性質の物体が身体のど こに触っているかという情報だけではなく,手足の位置や動 き,躯幹の位置などの情報が加わるので,身体の姿勢とそこに 接触する物体の関係が総体的にまとめられる。次にその情報は 7 野へ送られ,視覚情報が加わることで,身体と外界の相互関 係が把握されることとなる。さらに,情報は下頭頂小葉へ送ら れることで,総合的な認知情報となる(図 5)。  頭頂連合野が傷害されると,その傷害部位によって多様な症 状が見られるが,その中で身体失認 asomatognosia は,体性 感覚情報の統合がうまく行われなくなった結果による徴候と解 釈することができる。身体失認にはいくつかのタイプがあるの 図 1 頭頂連合野の所在部位

Aは Brodmann の大脳皮質区分を示す.Bは von Economo による分類で,PE,PF, PG の 3 領域に分かれている.Cはサルの頭頂連合野を示すが,ヒトの脳と相同の構 成になっている. 図 2 頭頂連合野における知覚情報処理の概要 頭頂葉は多種の感覚情報を集約・統合して知覚情報とし,さ らにそれを抽象・概念化する. 図 4 頭頂連合野の機能概観 機能の概要を 6 項目にまとめたもの. 図 3 頭頂葉と動作イメージ A.頭頂葉は認知情報を基にして動作イメージを形成し維持 する. B.動作イメージは運動前野に送られ,そこから動作情報を フィードバックされる.

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で,図 6 にそれらをまとめて示す。 5.視覚情報の統合  眼球で捉えられた視覚情報は,大脳の後頭葉に到達し,そ こにある一次視覚野で最初の視覚情報処理のスタートを切る が,そこで処理された情報は多数の高次視覚野へと次々に転送 され,意味のある情報が抽出されていく(図 7)。すなわち二 次視覚野(V2),三次視覚野(V3),四次・五次視覚野(V4・ V5)へと転送されてゆき,多階層の処理がなされて行く。そ のうち頭頂葉へ到達する情報処理系は,視覚像の動きを捉え (運動視),三次元的な空間における位置関係を認知する(空間 視)という 2 つの機能の成立を担うことになるが,前者は動く 物体の方向や速度を正確に捉え,後者は複数の物体や背景の位 置関係を把握し,立体感を形成する。この二大機能のほかに, 動作イメージの形成も頭頂葉の重要な機能である。他方 V4 を 経由して側頭葉へ向かう情報処理の流れは,物体の形や色の情 報を処理する。  このように頭頂連合野は①運動視,②空間視,③動作イメー ジの成立に必要な情報を統合してそれらの機能の基盤を提供す るが,さらにそれらの情報を変換し,日常生活に使いやすいよ うに転化させたり,あるいは動作の構成や企画に役立てたりす る。その情報は運動前野に送られて,動作の選択や構成,発現 に重要な役割をする。さらに情報は下頭頂小葉へ転送され,一 般化や抽象化を進めて,より高度な認知情報に変容する。 6.頭頂連合野が損傷されるとなにが起こるか?  頭頂連合野のはたらきは,損傷されたときになにが起こるか を検討するとわかりやすい。頭頂連合野の障害徴候に関して は,すでに多くの知見が報告されているが,その端緒は 20 世 紀初頭に現れた 2 人の巨人によって開かれたといってよかろう (図 8)。ホームズ Holmes は空間的定位の障害を重視した。す なわち頭頂葉の傷害された患者では,複数の物体の相対的位置 関係が解らなくなると報告し,さらに距離知覚の喪失を指摘し た。それらは立体感の喪失にもつながることになる。ここで強 調されているのは,空間認知の障害ということになる3)。  それに対してバリント B lint は,空間情報に基づく能動的な 働きの障害という観点から,注意と操作の障害が出現すること を強調した4)。その着目点から,視覚的注意障害,精神性注視 まひ,視覚性運動失調という三大徴候に機能障害を集約した。 そこには,見えるはずのものが見えない,ある物に視線が集中 してしまい,他に視線を向けることができない,そして眼前の 物体に到達して把握することができない,という病態が見事に 表現されている。それらの徴候は今でもバリント症候群と呼ば れ,重視されている。  その後頭頂連合野の障害徴候については,臨床医学,基礎医 学,神経心理学の観点から,多くの研究と検証がなされ,広範 な知見が得られている1)5)。それらの要点をまとめたのが図 9 図 5 感覚情報処理のステップ 体性感覚野から頭頂連合野に送られた感覚情報がステップ状 に統合されていく過程. 図 8  ホームズ(Holmes)とバリント(B lint)によ る頭頂連合野の損傷症状の理解 図 7 大脳連合野における視覚情報の情報処理の流れ 視覚情報の処理は大脳の一次視覚野にはじまり,側頭葉へ向 かう情報処理系は物体の形や色を捉えるが,頭頂葉へ向かう 処理系は視覚情報の位置や動きを捉え,空間認知と動作イ メージの形成に寄与する. V1 から V5 は一次視覚野から二次,三次,四次を経て 5 次視 覚野までを示す.AIT:側頭連合野前部,PIT:側頭連合野後部. 図 6 身体失認の分類とそれぞれにおける症状

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である。知覚情報の認知の障害としては,空間定位や立体感の 喪失と運動視の障害が中心的である。注意の障害としては,注 意の方向性を決めることの困難さが顕著といえる。動作の障害 においては,姿勢と眼を向けること,目標に到達すること,対 象物を把握することの 3 つの機能障害にまとめられる。  以上よりも高次元の機能障害も多様な形で出現するが,まず 失行を挙げることができる。失行とは運動を実行する機能に異 常がなく,判断・理解・記憶等の高次機能にも支障がないのに もかかわらず,意図した動作ができない状態をいう6)。失行は 運動前野の傷害でも起こるので,それについては後述する。 7.さらに高次元の認知障害  運動失認や動作障害等よりも一段と高次元の認知機能の障 害とみなされる機能の喪失が,頭頂連合野の損傷後に様々な 形で出現することがある。なかでも特徴的な半側空間無視 hemispatial neglect を考察してみよう。半側空間無視とは,脳 の病巣と反対側の刺激に注意を向け,反応し,動作することの 障害である。右の頭頂葉の損傷で起こることが多いが,左側の 世界に注意と関心が向かず,あたかも自己の左側には外界がな いかのように振る舞うのが特徴である5)。  このとき,左視野の視力が失われていないことが多く,視覚 像は脳に入力されている。しかし,視覚入力を基にした動作や 行動が行えないのであり,それは右頭頂葉における視覚情報処 理に支障があることを示唆している。ただし,頭頂葉で処理さ れた情報を前頭葉に運ぶ過程が障害されても,同様のことは起 こりえる。頭頂葉と前頭葉を連絡する脳の神経線維の束である 上縦束の傷害がその例である(図 10A)。すなわち半側空間無 視の原理は,頭頂葉で処理した自己と外界の認知情報を前頭葉 における行動の制御に活用できない状態と理解される。  半側空間無視の存在は,様々な機能テスト(線分抹消や図形 抹消テスト,線分二等分試験など)で検出できるが,きわめて 特徴的な病態が図形模写試験で観察される(図 10B)。見本図 形を模写した時,注意が向けられた右側の図形だけが描かれて いる。この現象は見本図形や模写用紙の位置にかかわらず見ら れ,しかも患者は見本図形の花は半分しかないとは認識してい ないのに,描いた図形との矛盾に気づいていないことが,その 病態を象徴している。  さらに高次元の認知障害は,別の現れ方をすることも知られ ている(図 11)。街並み失認においては,建物や風景を含む街 並がどこか同定できない。自宅付近の街並みや,古くからある 商店街を見ても,そこがどこであるかを認知できない。それに 対し道順障害においては,よく知っている道の方角がわから ず,目的地にたどりつけない。地図や建物の見取り図を見ても, 目的地までの経路をたどっていくことができない。この 2 種類 の傷害を,地誌的障害という。失行については別項において触 れることとする。 8.頭頂連合野の詳細な構成とその出力回路  頭頂葉は広い領域であるので,その中における領域区分と, それぞれの部位が関与する脳の機能について研究が進められ, かなりのことがわかってきた。特に認知情報の処理内容と,動 作に必要な情報の出力系について知見が集積されている。ここ では,頭頂葉の情報が前頭葉へ送られる経路の概要についてま とめてみよう。頭頂連合野の詳細な構成は,サルの脳で詳しく 図 10 半側空間無視 A は半側空間無視を起こす脳の病巣を示し,B は半側空間無視の症例における模写テストの例を示す. 図 9 頭頂連合野の損傷による徴候

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知られているので,まずはサルの頭頂連合野の構成原理を知 り,理解の出発点としていただきたい。それを基本としてサル の脳と相同性の高いヒトの頭頂連合野の働きを理解することが 合理的である。  図 12 においては,サル頭頂葉の頭頂間溝を展開し,その内 部を見やすくして頭頂葉に存在する領域を示し,各領域からの 出力部位を示した。頭頂葉内部の IP(intraparietal)領域は, 前方の AIP,外側の LIP,腹側の VIP,内側の MIP および後 方の CIP 領域に分けられている。運動前野の背側(PMd)と 腹側(PMv)に向かう出力経路も図示した。PG,PF は下頭頂 葉の外側面の領域である。頭頂葉と運動前野それぞれの局部的 領域は点対点を結ぶきわめて精緻な連絡経路でつながっている ことがわかる。 Ⅱ 運動前野 1.高次運動野としての運動前野  大脳皮質に運動野は多数存在する。そのなかで,一次運動野 は運動に必要な筋活動の組み合わせを形成し,脳幹・脊髄に出 力して運動発現を指令することがもっとも重要な機能である。 一次運動野以外の運動野を高次運動野というが,大脳の外側に は運動前野が存在し,内側には補足運動野,前補足運動野,帯 状皮質運動野がある。ヒトの脳におけるそれらの所在部位は図 13 に描かれている。運動前野は背側と腹側に 2 つの領域とし て存在する。いずれも Brodmann の 6 野に相当する。  一次運動野は運動の発現と制御の中心となるが,どのような 運動を選択し,いつ,なにをきっかけとして運動を開始するか については,高次運動野の情報がないと行えない。運動に意味 をもたせ,なにをするために運動するかを決めることは大切で あるが,そのように動作としての意味を実現するためには,高 次運動野の働きが不可欠である。  一次運動野の直接の情報源は視床と高次運動野である。大脳 皮質の頭頂・後頭・側頭連合野とは直接につながってはいな い。したがって,個体を取り巻く外界のようすや個体自身の ニーズ,そして過去に記憶されたそれらの情報は,連合野に広 範に存在するが,高次運動野を経由しないと一次運動野の働き に生かすことができない。そのような脳の回路構成を理解する と,高次運動野の存在意義が見えてくる7)。  高次運動野は多数あり,それぞれ広い領域なので,それらの 機能は多岐にわたり広汎である。ここでは,理解のいとぐちを 提供するという意味で,あえて単純化を図り,個々の高次運動 野の働きの特徴をまとめてみた。図 14 はそのような案内板的 に意図されたサマリーである。 2.運動前野の機能を概観する  最近の研究によって,運動前野は大脳の高次運動野として, 3 つの重要な働きをしていることがわかってきた。それらは ①運動と動作の誘導,②感覚情報と動作の連合,③動作のプラ ンの形成という三大機能である。①と②については,頭頂葉か ら送りこまれた感覚情報を運動前野が処理し,動作の発現と制 御に役立てる過程が重要である。③については,大脳前頭葉の 高位中枢である前頭前野から送りこまれてくる抽象的な動作プ ランを,実行可能な動作プランに変換し,出力機構である一次 運動野へ送りだすことが行われている。それらの三大機能の実 行過程において,なにが行われているかを具体的に解説した い8)。  失行は頭頂葉の機能障害と理解されているが,上記の過程を 理解すると,運動前野の機能障害によっても失行は起こると考 えざるを得ない。この点については後から問題提起を行う。 3.動作の空間的誘導  眼の前に現れた物体をターゲットとして,そこに腕を伸ばす 動作はリーチング Reaching と呼ばれる。この動作は一見簡単 に見えるが,実は大変難しく,それを実現するのは容易ではな い。ヒトを含む高等動物の脳がどのようにしてそれを行ってい るかを考察してみよう。  目標(ターゲット)を捉える最初の過程は,ターゲットの空 間的位置を把握することである。眼の網膜で捉えた像を空間の 位置として認知する作業は,すでに説明したように脳の頭頂連 合野で行われる。その情報は,空間における位置情報である。 しかるにリーチングによってターゲットに到達しようとすると き,その動作に必要なのは,個体を中心とした座標軸において, ターゲットはどこにあるかということ,すなわち個体からの方 図 11 頭頂連合野の損傷による高次認知障害 図 12 頭頂連合野から運動前野への連絡経路の詳細 頭頂葉の頭頂間溝(IP)の各領域はそれぞれ運動葉の限局し た部位へ投射する.

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向と距離の情報である。一次運動野においては,そのような身 体中心の座標軸に基づいて,運動の方向と距離を指令し,運動 として実行するための信号を発信している。  ここで問題になるのは,空間の座標軸における位置情報を, 腕を動かすのに必要な身体中心座標軸に変換することを,脳が いかに行うかということである。この点に関して詳細に行われ た研究の結果,その座標変換の重要部分は運動前野で,細胞の ネットワークの働きで行われることがわかった。 4.視覚認知から動作選択・誘導への情報の流れ  視覚情報の認知から動作の誘導・選択を行う時に,中心的な 役割をする脳の経路をイメージするために,図 15 に脳の回路 図として描写した。一次視覚野で初期の処理をされた視覚情報 は,高次視覚野へ送られ,そこから空間認知に必要な経路(背 側)と形態認知に必要な経路(腹側)に分かれる。それぞれの 情報が前頭葉に送られて動作の発現と構成に使われるために は,頭頂連合野での情報処理過程がキーポイントとなっている ことが見て取れる。背側経路からの情報は目標に向かうリーチ ングの情報を提供し,腹側経路からの情報は物体を把握し,操 作するための情報を提供する。それぞれの情報は運動前野にお いて処理され,動作を企画・構成するのに必要な情報に変換さ れる。 5.動作の選択と構成  動作選択の多くは,動作対象となる物体を見た時,直ちに開 始される場合が多い。そのようなとき,眼前の物体を視覚情報 図 14 大脳高次運動野の機能の要約 図 13 運動前野の所在部位 上はヒトの大脳半球の外側面,下は内側面における運動野の所在部位を示す. 運動前野は背側,腹側の 2 領域に分けられる.図には運動前野以外の高次運 動野も描かれている.

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として捉え,それを把握し保持するには,どのように手を使い, どんな動作を行うことが適切かという情報に結びつけ,そして その動作を選択することになる。この一連の過程,すなわち動 作の視覚性誘導において,運動前野は中心的な役割をする。  物体の視覚情報をもとに,どのような動作が可能であるかを 探索する過程は,ギブソン Gibson の提唱したアフォーダンス を求める作業に相当するが,運動前野においては主として頭頂 葉から送られた情報をもとにして,その過程が行われている。 イタリアのリゾラティ Rizzolatti と日本の酒田の研究グループ は,霊長類動物の運動前野と頭頂連合野における神経細胞の活 動を検索した共同研究で,それを証明した。 6.感覚情報と動作の連合  「赤信号は止まれ・青信号は進め」ということを,私たちは いつもほとんど意識することもなしに行っている。本来赤い信 号と止まるという動作,青い信号と進めという動作にはなにも 結びつきはないはずであるが,社会の約束によってそれらには 結びつきが形成されている。このように感覚情報と動作に新た な対応関係をつくることを,連合という。日常生活において, 連合によって成立した感覚情報と動作の組み合わせはおびただ しい数になるが,毎日の行動は連合が行われることによって円 滑に進行している。  パスィングハム Passingham はサルの運動前野を限局的に切 除する実験を行い,その結果連合が障害されることを発見し た。その後の研究で,連合が形成されている局面において,運 動前野の細胞活動は連合の成立過程を反映していることも確認 されたので,運動前野は感覚情報と動作の連合が成立し,行わ れる重要な場であることに間違いないだろう。したがって運動 前野の損傷された患者では連合が行われず,感覚信号があって もそれに適合させた連合的な動作は行えなくなるということを 意味する。 7.動作プランの形成  動作を実行することに先行して,動作の内容を情報として形 成し,脳内に維持している過程がある。この過程の内容を動作 プランというが,そのようにあらかじめ動作プランを形成し, 用意しておくことが動作の準備を進め,動作の開始を円滑に し,その実行を効率よくするために有効である。動作の具体的 プランの形成に運動前野が重要な働きをすることは,ワイズと 蔵田の研究であきらかになっている9)。  さて,ここで興味深いのは,具体的動作プランよりもう一段 高度な,抽象レベルでの動作プランについて探索することであ る。わかりやすい例としては,電話やメール,手紙などで,動 作の依頼をするという状況設定が考えられる。たとえば,「私 の部屋に入って,机の上に置いてある左右 2 冊の本の右側のも のを取ってきてください。」という依頼をしたとしよう。その ときメッセージで伝えられた内容はなんであろうか。“右側の ものを取る”という動作プランである。その段階では,動作対 象は眼前に存在しないので,具体的動作プランは未だ形成でき ない。したがって,その動作プランは抽象的あるいはバーチャ ルといえる。そのような抽象空間における動作プランの形成 に,運動前野は参加するであろうか。  この点を検証するために,星らの研究チームはサルを用いた 実験系を設定し,運動前野の細胞活動を検討した10)。まず指 示信号として,何種類かの図形を与え,“右側のものを取る” という動作を指示した。次には別の種類の図形によって,“左 側のものを取る”という動作を指示した。この段階では,具体 的にどこへ手を伸ばせばよいかは不明であり,具体的な動作は プランできない。数秒後に,動作対象となる物体の映像を見せ て,具体的な動作プランを可能にした。  上記のような条件において,運動前野の細胞は抽象レベルで の右ないし左のものを取るという動作プランを表現する活動を 示した。図 16 に示した例では右のものを取るというプランを 表わしている。したがって,運動前野は具体的レベルのみなら ず,抽象レベルに於いても,動作プランの形成に関与している ことがわかった。 図 15 視覚認知から動作選択・誘導への脳内情報の流れ PMD は背側運動前野,PMV は腹側運動前野を示す. 図 16 抽象的レベルの動作プランを示す運動前野の細胞活動 ◆または✚という視覚的な指示信号を与えられ,“右のもの を取る”という動作プランが成立した時,細胞からは信号が 著明にでている.しかし●または■の指示信号によって形成 された“左のものを取る”という動作プランの時には,信号 はほどんどでていない.

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8.失行について  まひや筋力の異常がなく,また運動失調やけいれん,不随意 運動等,運動の実行系に障害がなく,しかも状況認知や理解力 に問題がなくとも,動作をうまく行えない場合がある。その多 くは失行という病態であるが,失行は長い間,頭頂葉あるいは そこからの出力経路の障害とされてきた。しかし,前頭葉,特 に運動前野の関与を考えることが必要である。ここでは,3 つ のタイプの失行について考察してみよう。  第一は肢節運動失行である。握力に著変なく,起立歩行や走 る動作に支障はないが,手を使う細かい作業がぎごちなく,う まくいかないことが多い。手袋をはめたり外したり,ハサミで 切ったりすることが苦手となる。このような状況は,体性感覚 野の損傷による体性感覚情報の利用不能で説明されることが多 かった。しかし,このような状況は頭頂葉 5 野の損傷で生じ得 るし,また体性感覚野や 5 野から投射している運動前野の後方 領域の損傷でも起こる可能性が十分考えられる。  第二のタイプは物品や道具の使用が困難あるいは不可能とな るタイプである。日常使う道具を見て,それがなんであり,な んのために使うものであるかを説明はできるのに,それらを使 うことができない。強いて使おうとすると,道具の使用目的と はかけはなれた,およそちぐはぐな動作になってしまう。つま り物品や道具を,目的にそって使うという動作をすることがで きない。このような状況は観念失行といわれている。第三のタ イプは,日常的な作業や動作をするようにいわれたときに,そ れを行えなくなるのであるが,別のときに,頼まれてはいない のに同一の動作を自発的に行っていたりする。また,「さよう なら」を意味する身振りや,飲んだり食べたりする動作をやっ てくださいといわれてもできない。言語の意味は理解していて も,動作としては表せない。動作の実行を誰かにやってもらい, その動作を見た通りに行う,“模倣”もできない。このような 病態は観念運動失行と呼ばれている。  観念失行と観念運動失行はいずれも頭頂葉(特に左側)の損 傷によるというのが一般的な説である。しかし,これまで述べ てきた脳の神経回路や運動前野の機能を基に考察すると,運動 前野の関与を考えざるを得ない。特に動作プランの形成障害, 抽象レベルでの動作のプランがうまく形成できないことで説明 できる部分があるのではないか。頭頂葉から送られる認知情報 を運動前野が使いこなせず,動作のプランに結びつけられない という可能性を考慮する必要があろう。  実際問題として,ヒトの脳損傷の症例で,一次運動野が壊れ ることなしに運動前野だけが損傷されるケースは多くはないで あろう。したがって,一次運動野損傷によるまひや運動障害に マスクされて,運動前野自体の損傷による徴候を見ることは難 しくなっているのかもしれない。 9.まとめ  運動前野は大脳の一次運動野の前方において広い領域を占め ている。その働きは図 17 にまとめられているように,第一は 感覚情報による動作の選択と誘導,第二は感覚情報と動作の連 合を形成すること,第三は具体的動作プランの形成ならびに抽 象レベルでの動作プランの形成である。 文  献 1) 酒田英夫:頭頂葉.医学書院,東京,2006. 2) 岩村吉晃:タッチ.医学書院,東京,2001.

3) Holmes G: Disturbances of visual orientation. Brit J Ophthalmol. 1918; 1: 451‒568.

4) B lint R: Seelenlähmung des “Schauens”, optische Ataxie, raumliche St rung der Aufmerksamkeit. Monatchrifrt Psychiat Neurol. 1909; 25: 51‒81. 5) 石合純夫:失われた空間.医学書院,東京,2009. 6) 河村 満,山鳥 重,他:失行.医学書院,東京,2008. 7) 丹治 順:脳と運動─アクションを実行させる脳.共立出版,東 京,2009. 8) 丹治 順:アクション.医学書院,東京,2011.

9) Kurata K, Wise SP: Premotor cortex of rhesus monkeys: set related activity during two conditional motor tasks. Exp Brain Res. 1988; 69: 327‒343.

10) Nakayama Y, Yamagata T, et al.: transformation of a virtual action plan into a motor plan in the premotor cortex. J Neurosci. 2008; 28: 10287‒10297.

図 17 大脳運動前野の機能の要約

参照

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