最 近 得 ら れ た ザ リ ガ ニ 類 の 普 及 博 物 学 保 全 に 関 す る 情 報
川井唯史 ・尾坂知江子 ・高畠孝宗 ・大塚英治瀬川
涼 ・中田和義 近年,圏内におけるザリガニ類に関する活動は 活発化している (jll井, 2007) そこで2007年度 に行われた各種のイベント活動の概要や新しく得 られた情報を列挙して ,今後の活動の参考に資す る. 1 . 名古屋市科学館の活動 名 古 屋 市 科 学 館 ・ 中 日 新 聞 社 ・ 中 部 日 本 放 送 による大規模なザリカホニのイベント「特別展 ザ リガニワールドJ
が名古屋市科学館で2007年7月 74,334名が訪れ,人気の高いものとな った. 本企 画は著者の 一 人 で あ る 尾 坂 が 中 心 的 に 行 っ た の で,その概要を報告する (尾坂, 2008). 新 規 性 の 高 い 部 分 と し て , 世 界 最 大 の ザ リ ガ ニ 類 で あ る タ ス マ ニ ア オ オ ザ リ ガ ニAstacotsis gouldiの現地情報が確認できたので,写真 を中心 に 紹 介 す る . 本 種 は オ ー ス ト ラ リ ア 南 部 に 位 置 するタスマニア島北西部だけに分布し ,生息環境 の悪化 に伴い稀少種となっている. そして国際的 な ザ リ ガ ニ 研 究 組 織 International Association of Astacologyでも,ニュースレター等で、保全活動へ の呼びかけが何度も行われている 本種は巨大さ が注目を集めるのか,日本のテレビ番組でも扱わ れることが多い. しかし今回, 日本の社会教育機 関による取材を始めて行った . 調 査 を行 っ たのは, る. トッド・ウオルッシュ氏は,本種の正式な捕 獲許可を政府から得ており,調査を通じて保護活 動をしている. 今回は彼の調査に同行した. 調査 は4水系で行い,それらの水温は,フラワーデー T a d a s h i K A w A I, C h i e k o O Z A貼 , T a k a m u n eT A K A B AT A K E, E iji O H T SU K A, R y o S E G A W A, &
Kaz
uyoshi NAKATA: R ecent information about cray-fishes f r o m ]apan111
は水温不明,デップ川がllt
であった 採集 は龍で行 った. 得られた個体の大きさの範囲とし ては, 頭胸甲長 (額角の先端から頭胸甲部の正中 c m で,全長 (額 c m で あ っ た 湿 重量 は最小が10g 未満の個体で,最 大は2,790 g であ った (図 1 -,A B ,C ). 得られ た個体の中には,抱卵している雌も含まれ (図1
- D ),当生息域では, 5月中旬が繁殖期に含ま れることが確かめられた. また,脱皮直後で甲羅 が軟化している個体も採集されたので,成長時期 でもあると考えられた トッド氏は大きさから年 齢を推定しており,彼によると生後5
ヶ月の稚ザ リガニから,生後1 歳半や数年の未成熟個体,そ して推定年齢が22才の大型個体も採集されたま た本種は通常は茶褐色を呈しているが, 青色が 強い色彩変異個体が極希に出現し,これは通称ブ ルーロブスターと呼ばれる. 今回の調査では,ブ ルーロ ブスターが採集される幸運に恵まれた . さて, トッド氏は個体群の動向を把握するため に,各種の標識をつけてデータを得ている. その ため,捕獲した個体には,尾部に切れ込みの標識 を入れリリースした. 今回は行わなか ったが,電 子タグをつけることもあるという. また,標識さ れた個体の移動状況を把握するため,捕獲場所はGPS
で確認した . トッド氏は,タスマニアオオザリガニが減少し ている 一番の原因は,森林の伐採やファームダム からの土砂流入による稚ザリガニの生息場所の悪 化 と考えていた. 自然の宝庫のように見えるタス マニア島でも,確実に開発の波が自然環境を破壊 しているようだ3 0 2007年度に得られたザリガニ類に関する情報 図1 タスマニアオオザリガニ A,頭胸甲長は1 8 7 m m ; 8,重量が2.3 kgあったメス; C,ヤゴより小さい 稚エビ ; D,卵径5 m mの抱卵メス 2 .松森胤保の博物図譜 (山形県におけるニホンザリガニの既存情報) 江 戸 時 代 末 期 頃 に 描 か れ た ニ ホ ン ザ リガニ Cambaroides japonicusの図を紹介し,さらに 過去 の博物学研究の補足を行う. なおニホンザ リガ ニの分布域は 北日本 であるが,北 海道と青森県 に分布する個体は在来であり ,岩手県と秋田県 では分布南限の生息地が見られるものの,それら の個体群は移植に由来すると考えられている(川 井, 2007). また,山形大学附属博物館ではニホ ンザリガニの標本が所蔵されており ()11井 ら, 2003) ,この標本は遊佐町吹浦 で昭和8年 (1933 年) 頃に採集されたとの記録がある( 山形県立博 物館・山形県高等学校生物研究 会, 1976). 大正 10年 (1921年) には,山形県白水産係から 北海道水 産試験場 千歳支場に支妨湖産のニホンザ リガニ の移植適期と価格を問い合わせる公式文書が出 さ れており (川井 ・中島, 2005),このことは北海 道産のニホンザリガニが山形県に運ばれていた傍 証となる. しかし, 2002年に山形県吹浦地区で間 取り調査と踏査を行ったが,本種の生息は確認で きず,その生息地が現存するかは疑問視されてい る( )11井ら, 2003). このように山形県にはニホ ンザリガニが移入されていたことを 示唆する文書 と標本情報が残されているが,関連情報は充分で与 はなく,何らかの補足が望まれていた . ([両羽博物図譜j) 幕末から明治にかけて活躍した庄内の人,松森 胤保の 『両羽博物図譜』 には,赤褐色を呈したニ ホンザリガニが紹介されている (磯野, 1988). 胤保は文政8年 (1825年 ) に出羽 ,庄内藩に生 れ,庄内藩 士と支藩松山藩の家老を務め,明治 25年 (1892年) に没したナチュラリストで , そ の主著 『両羽博物図譜j( 酒田市光丘文庫蔵,山 形県指定有形文化財 ) を構成する
I
両羽貝蝶図 譜J
には, ニホンザリガニの彩色の自筆図があ る (磯野, 1988). なお,ニホンザリカ。ニの体色 は通常,生きているときは茶褐色を呈している(川井, 2007). しかし,乾燥標本やアルコール漬 けの標本では,体色が暗いオレンジ色や薄い褐色 を呈する . そして『両羽貝螺図譜
J
の図( 磯野,1988: 84)
で描かれた個体は暗いオレンジ色を呈 しており,体各部は正確に描かれている. そのた め,描画対象となった個体は,アルコール漬けか 乾燥標本であった可能性がある . (f家蔵五玩雑録. 1 ) 『両羽博物図譜j の基礎となったのは,r
家蔵五 玩雑録J
全5
冊である. これは松森胤保が家に所 蔵していた鉱物や石器,動植物標本等の記録で, 少年時代から老年期までを年代順に記録した資料 である( 磯野, 1989a, b ). 以下の情報は,博物 学の御研究をされている磯野直秀氏から提供して 頂いた . 『家蔵五玩雑録』 の巻ーの 37枚目 (丁や頁の記 載は原文に無し) では,文久元年 (1861年) 7 月 にもらったニホンザリガニの図があり,I
ヲク リ カンキ リ」との記述がある( 図2 ). なお , オク リカンキ リの指している本来の名称は,ザリガニ 類の脱皮時, 胃に形成される結石のことである . しかし,ここではニホンザリガニの図に「オクリ カンキリ」の名称が添付していることから,これ はニホンザリガニを意味していると考えられる . 読み取り難いが,右の折り日付近の文章は「右ハ 七月一八日、 、、 土産」と理解できる. そのため, 年代は不 明であるが,夏季において 土産として 持ち込まれたと思われる . なお ,安政 6 年 (1861 年) 当時,庄内藩( 鶴 岡藩) は,蝦 夷地警備を 命じられていたので,人員交代で帰藩した人の蝦 夷土産の可能性もある. また, 当時の蝦夷土産 は 乾燥したものが一般的であり,この標本も乾燥品 として持ち込まれたのかもしれない. この図から 幕末頃にニホンザリガニが何らかの形で山形県に 入ったことは明らかである. 図は彩色の様子が伺えず,墨で描いた線画の よ うに見え,ニホンザ リガニの右上にある楕円形の ものは「モンヘツの 黒石J
I
ル、モツヘノ白石」 と読め ,その右側に「名石の図」と書かれている (図2 ). また,r
両羽博物図譜』 にはニホンザ リ ガニが 2 個体描かれており,背面と腹面を斜め上 から観察している( 磯野 1988: 84). 背面が描か れた図は,本報告の図 2 と酷似している. そのた め 『家蔵五玩雑録』では『両羽博物図譜』 に描か れてい たニホンザ リガニの図を墨だけで,線画の よう に描き直したのかもしれない. (過去の研究の修正) 博物学関係の情報の補足として,川井 ・白漬 (2007) に 関 し て , 磯 野 直 秀 氏 か ら の 指 摘 が あ り , 57Pの「大和本草( 本草網目の和刻本)J と の表現は誤りであ った . 両者は別物であり, 当該 箇所の訂正をしておきたい.司
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-図2 松森胤保著 『家蔵五玩雑録J
(松森家蔵) の ニホ ンザリガニ 「ヲクリカンキリ」と書かれている.32 2007 年度に得られたザリガニ類に関する情報 3. アイヌによるニホンザリガニ紋様の捧酒箸 ニホンザリガニ紋様があるアイヌの捧酒箸を探 す目的で, 2007年に札幌市にある社団法人 北海 道ウタリ協会に所蔵されている資料を調査した. なお,捧j酉箸やニホンザリガニ紋様に関しては川 井 ・白漬 (2007) に詳述されている. 観 察 し た 捧 酒 箸 は 全 長36.0 c m, 最 大 幅 3.3 c m,高さ 1.5 cm で, 2 個 体 の ニ ホ ン ザ リガ ニが高彫りされていた (図 3 A) 前方のザリガ ニ紋様は最大長70.2 m m,全長65.4 m m,最大幅 30.0 m m であった. ここでの全長とは頭状部の先 端から尾状部の後端までの距離である. 後方に位 置する紋様は最大長69.1 m m,全長61.9 m m,最 大幅26.2 m m であった . また裏面のラベル情報と しては 125.Apr 91 ew2J と書かれていた( 図 3 B ) ただし,末尾の
i
ew2J は文字が擦れていて 正確な判読が難しい状況であった. ニホンザリガニの紋様は 一対のハサミ状部を持 ち,円筒状の頭状部,それより長大な胴体状部, やや細い腹状部,扇状の尾状部と続き, 6 c m 程 度の大きさの2 個体が並ぶ点が,過去の調査で明A
B
C
らかになったニホンザリガニ紋様の捧酒箸と共通 していた. ま た,ラベル情報から本資料が作成され たのは少なくとも1991年以前と考えられる . ただ し本資料が作成された場所に閲しては不明である. 4. 北海道内におけるウチダザリガニの現状紹介 ( 放流に関する情報) 北海道 では外来種ウチダザ リガニPacifastacus
leniusculus
の分布域が急速に拡大している 本種 は一生を河川で過ごす. そのため,既存の生息地 とは異なる水系でのウチダザリガニの新しい分布 記録は人的な放流の関与が示唆されていた (中田 ら,2006). しかし,その直接の証拠は得られて い な か っ た 本 研 究 で は 当事者から以下の情報 を得たので報告する. 北海道内のある,ウチダザリガニ 生息地では , 1997年頃に北海道東部のウチダザリガニ生息地か ら100個体程度を購入して河川の 1 ヶ所で放流し た. その7 年後位には,個体群の存在が認められ ウチダザリガニが定着した. さらに放流から10年 後くらいには,水系の流程100 m 以上の範囲で大 図3 アイヌの捧酒箸 (社団法人北海道ウタリ協会所蔵). A,背面; 8,背面の拡大; C,裏面のラ ベル部分拡大量 のウチダザ リガニが認められ,人間の手 による 採集では個体群の消滅は不可 能な程に個体群が拡 大した. なお放流し た当事者は「今から考えると 放流行為は残念で、 あ る. 全く悪気は無か った. 当 時は外来種に対する 知識も無く ,外来生物法も無 か った. 法整備された現在では放流は絶対にしな い. せめて本情報が外来種の恐ろしさを伝えるの に役立てば嬉しいし ,外来種に関しての普及や駆 除等 に協力したい」 と述べている . なお,ウチダ ザ リガニの放流は