マイコプラズマの診断(080702、120306)
(120306) 文献 3~7 をよんで追記。 (症例 1) 高熱と咳嗽を認める 7 歳女児の経過。入院 5 日前に 38℃台の発熱あり。入院 4 日前からは咳 嗽が出現。解熱と発熱を繰り返し、咳嗽も徐々に増悪するため入院 3 日前に診療所受診。インフ ルエンザキット陰性。対症薬を処方して翌日(入院 2 日前)にもう一度インフルエンザキットを施行 するも陰性。症状が増悪傾向であったため 胸部 X 線を撮影すると右下葉の気管支肺炎を認めた。 白血球の増加無し。CRP 軽度上昇。マイコプラズマ抗体(PA)×40。ウイルス性肺炎、非定形肺炎 疑いにて加療していたが、咳嗽で夜間も眠れない、食欲も低下しているとのことで入院を依頼する こととなった。入院当日のマイコプラズマ抗体×40。入院 6 日目のマイコプラズマ抗体×1280。培 養は Normal flora。最終診断はマイコプラズマ肺炎。初期のマイコプラズマは検査ではわかりにく いことを実感・・・。 (症例 2) 長引く咳嗽患者でマイコプラズマ抗体をオーダーすると陽性の患者が連続・・・。ところで、マイコ プラズマ抗体検査の感度/特異度はどれくらいだろうか。また、注意するべき点はあるだろうか?診療所で使用しているキットは ImmunoCard Mycoplasma kit。このキットはマイコプラズマ IgM を 検 出 す る 。 感 度 と 特 異 度 は ImmunoCard Mycoplasma IgM assay had 90% sensitivity, 93% specificity との記載がある。尤度比を計算してみる。
感度 特異度 陽性尤度比 陰性尤度比
ImmunoCard 90% 93% 12.9 0.11
仮に事前確率が 50%とすると陽性のとき 93%、陰性のとき 9.9%まで事後確率を変化させること が出来る。
(参考文献 2 より引用)
注意点であるが、参考文献 1 によると、測定の時期、マイコプラズマの既往が重要のようだ・・・。 enzyme immunoassay (ELISA) tests for M. pneumoniae-specific IgM positive in up to 80% after 1 week of infection とあるように、1 週間でも 8 割程度の患者しか陽性にならないようだ。下気道症 状でいきなり検査というよりは、長引く症状のときにはじめて役に立つ検査かもしれない。また、 can remain positive up to 4 years とあり、最近マイコプラズマの既往のある患者ではあまりあてに ならないようだ。注意したい。 その他の検査のポイントをまとめてみようと思う。 現在、ヒトから分離されるマイコプラズマは 12 種が知られているが、その中でヒトに対する病 原性が確認されているのは肺炎をおこす M.pneumoniae のみである。4) マイコプラズマの分離同定には長い時間と手間がかかるのでもっぱら血清学的方法での抗 体検査が行われる。主に CF 法と PA 法が行われ、CF 法での抗体価は感染後 1 週間程度で 上昇しはじめ、1 カ月くらいでピークに達した後、徐々に低下する。また PA 法でも感染後 1 週 間位で上昇し、2~6 週間程でピークに達するが、主として IgM 抗体が測定されるため、CF 法 に比較して急速に低下する。そのため一般には急性期を捉えやすい PA 法の方がよく検査さ
れる。3)
診断に確実を期す場合は、急性期と 2~3 週間後のペア血清で 4 倍以上の抗体価上昇を証
明する。3)
血清学的診断法としては、急性期と回復期のペア血清にて測定し、抗体価の有意の上昇(通
常 4 倍以上)をもって、感染の有無を判断する。4)
CF 法は主に IgG 抗体、PA 法は主として IgM 抗体が測定される。しかし実際の臨床ではシン
グル血清しかとれないことも多い。この場合には、CF では 64 倍以上、PA 法では 320 倍以上 で陽性と考えるが、マイコプラズマ感染症では再感染もときにみられるので、CF 抗体価は高 値を持続することもある。あくまで臨床症状や検査所見を参考にして診断をつける必要があ る。4)
一般的に CF 法は IgG クラスの抗体、PA 法は IgM クラスの抗体を測定するため、両抗体価
は必ずしもオーバーラップするとは限らない。正確な病態把握には両方を行なうのが望まし いとされる。3) 一般的に IgM 抗体は感染初期に上昇するが、抗体産生能の個人差や再感染など抗体産生 が少ない場合や測定時期により偽陰性となる場合がある。一方、抗体が消失するまでに時 間がかかるため、検査実施時期により陽性となる場合がある。IgM 抗体陽性が 200 日以上持 続したとの報告もある。5) IgM 抗体陽性と判定された場合には、感染(発症)期間と抗体産生・消失時期のずれがあるこ とを考慮し、臨床症状やその他の検査結果などと合わせて総合的に判断する必要がある。5) 成績の解釈におけるポイントは①lgM 抗体の上昇には日数を要すること、および成人におい てマイコプラズマに感染後,IgM 抗体が上昇しない症例なども報告されていることから、たとえ 判定が陰性であっても臨床症状等を十分に考慮する必要がある。②マイコプラズマ肺炎にお いて特異的 IgM 抗体および IgG 抗体はともに感染後、少なくとも半年間、長ければ 1 年以上 は血中に残存することが知られている。したがって,急性感染の早期診断に IC 法(酵素免疫 測 定 法 を 原 理 と し て 市 販 さ れ た イ ム ノ カ ー ド マ イ コ プ ラ ズ マ 抗 体 キ ッ ト (lmmunoCard Mycoplasma:IC 法)を用いる場合は、既往感染があるか否かを考慮する必要がある。しかし ながら、IC 法は粒子凝集反応法を用いて測定した抗体価がいまだ上昇しない急性期にも陽 性を示す感度の高い検査とされている。また、IC 法で陽性になった場合にはその後の治療に 寄与するところは大きく、迅速検査としての有用性があることから、早期診断法の一つの手 段として期待されている。6) IC 法の感度および特異度は報告者によってばらつきが認められる。IC 法の感度は 90%以上 とそれ以下とに二分化している。また、PCR 法と比較した Beersma らの報告では 48%とかなり 低い結果が示された。一方、特異度についても同様に 51%から 93%と大きな開きがあった。こ れらの結果のばらつきの理由として、IC 法は検査対象とした患者の年齢やマイコプラズマの 感染後の採血のタイミングによっては偽陽性あるいは偽陰性となることがあると報告している。 沖本らの報告においても、高齢者では IC 法による陽性例と補体結合反応法による陽性例の
間に乖離がみられ、偽陽性が多いことを示唆している。6) (参考文献 6 より引用) IgM 抗体は感染後 1 週間以降(4 日以内の発症早期では検査に十分量の抗体が産生されな い)に検出されるため、受診時期によっては本法で診断されないことも多い。それゆえに信頼 性のある診断法は従来どおり、急性期と回復期(2~4 週間)のペア血清により診断することに なり、事後診断となる場合も多い。また,患者が易感染性宿主の場合には血清を用いた検査 からは陽性反応を得難いことも考えられる。さらに IgG 抗体を対照として検査するキットともな れば、IgM 抗体の産生時期よりもさらに遅れるため迅速診断とならない。6) 現在、当院で行われている検査法を基準とすると、迅速診断キットの感度は 77.8%、特異度 は 81.4%、陽性反応的中度は 81.7%、陰性反応的中度は 77.4%であった。また、PA 法で陰 性の検体 14 例においても迅速キットでは陽性であった。7) (参考文献 7 より引用) IgM 抗体は 3~4 日で血液中から検出されるようになると考えられる。7) 陽性結果が得られた 63 例のうち、4 病日以前に検出されたものが 11 例だったが、IgM 抗体 が血液中に検出されるまでの期間を考えると、これが限界といえる。さらに本法の注意すべ
き問題点は、陰性結果が得られてもマイコプラズマ感染症を否定できず、定量性もない。また、 IgM 抗体は感染から 1 年余りにわたって検出されることがあり、小児では PA 法による測定で 320 倍程度の抗体価が初感染後に数カ月間認められることもある。このため、迅速診断検査 としては有用と思われるが、早期診断には注意を要すると言えよう。マイコプラズマ感染症を 診断するにあたり、信頼性がある診断法は従来どおりペア血清で 4 倍以上の変動を認めた 場合であり、単一血清での早期診断は困難と思われた。7) 参考文献
1. Mycoplasma pneumonia Dynamed. Updated 2008 Jul 01 08:37 AM
2. Alexander TS, Gray LD, Kraft JA, Leland DS, Nikaido MT, Willis DH. Performance of Meridian ImmunoCard Mycoplasma test in a multicenter clinical trial. J Clin Microbiol. 1996 May;34(5):1180-3. 3. マイコプラズマ抗体 《PA》 .検査項目解説.三菱メディエンス株式会社ホームページ. http://data.medience.co.jp/compendium/main.asp?field=06&m_class=01&s_class=0016 4. マイコプラズマニューモニエ.検査項目レファレンス/総合検査案内.SRL ホームページ http://www.srl.info/srlinfo/kensa_ref_CD/KENSA/SRL0306.htm 5. 田村真理子.イムノカード マイコプラズマ抗体.Medical Technology 36(13): 1357-1357, 2008. 6. 蔵田訓, 福川陽子, 岡崎充宏.マイコプラズマ肺炎.臨床と微生物 34(増刊): 547-551, 2007. 7. 吉野弥生, 稲毛康司, 清水達也, 金丸浩, 野口幸男, 橋本光司, 渕上達夫, 高橋滋, 尾崎 和雄, 池田恭二, 林国樹.抗マイコプラズマ IgM 抗体迅速診断検査の有用性と注意点につい て.小児科臨床 58(6): 1071-1074, 2005.