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フレーゲとヒルベルトの論争

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(1)

フレーゲ とヒルベル トの論争

哲学教室

田 は じ め に 本論文 は, フレーゲ とヒルベル トの間に交 わされた往復書簡の中に端 を発 し

,後

にフレーゲの幾 何学の基礎 についての二種類 の連作論文 に発展 した主題

,す

なわち公理・定義の位置づけ

,無

矛盾 性 と独立性の証明 といった公理的方法の問題 を巡 る両者の論争 を取 り上 げる。 19世紀の公理的方法の発達 は

,非

ユークリッ ド幾何学の発見(1)に刺激 されて始 まったさまざまな 幾何学研究の進展 とともに生 じたが

,そ

の基礎 は未だ完全ではなかった。世紀が替わろうとする頃 (1899年

)に

ヒルベル トの 『幾何学の基礎』(2)が出現 して

,公

理体系の基礎づけに関する知見 は大い に進歩 した。 この本 は

,ユ

ークリッ ド幾何学 に対する最初の厳密な諸公理 を立てた ものであ り

,そ

れ らの公理の無矛盾性 と独立性 の証明を含んでいた。 ヒルベル トのこの仕事 は

,後

の有限主義的な 「ヒルベル トの計画」(3)の発端 となるもので,20世紀の数学・論理学・哲学 に甚大な影響 を及ぼした。 フレーゲはヒルベル トの公理論 に対 しては不満であ り, さっそ くヒルベ ル トとの文通 を開始 し た(4)。 ヒルベル トが文通 を中断 した後,「幾何学の基礎 について」 と題す る二種類 の論文(5)を発 表 して, ヒルベル トの方法 を批判するとともに

,無

矛盾性 と独立性 についての自らの見解を発表 した。 彼 自身の「哲学観」のゆえに,フ レーゲはヒルベル トの方法の持つ「革新性」 を十分 に理解 し得 な かったふ しがある。 しか し

,そ

の後の数学・論理学の世界ではヒルベル トの影響が強 ま り

,今

回 も フレーゲの見解 はほ とんど黙殺 されて しまった(6)。 そこで

,本

論文の 目的は,フレーゲ とヒルベル トの論争 に現れる論点 を再度検討 し,ヒルベル ト の側 に傾 きす ぎた評価 を,よ り公平 な所 まで復元することである。 フレーゲは古典的な公理論 に固 執 している点があるとは言 え

,数

学 における公理 と定義の役割 についての洞察 は極 めて厳密で正確 であ り,「陰伏的定義」Qmplicit definition)についての混乱 はむ しろヒルベル トに跡づ け られ る。 「厳密 な証明を求める」 とい う形で典型的に現れたフレーゲの数学 に対す る「厳密 さ」 の要求 は, 数学の公理体系 を考察する場合 にも

,そ

の徹底ぶ りをいかんな く発揮 していることが示 され よう。 1日 公 理 的方 法 理論 を演繹的に展開させるとき

,証

明なしで使用 される原理や仮定は予め明示的に述べねばなら ない, といった公理的方法の一般的な定式化 において,フ レーゲとヒルベル トは相当の部分 におい て一致 した見解を持っていた。両者 とも

,無

制限に公理 を追加 して新 しい理論を増殖 させ る「生成 鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) 211 敏 博 文田

(2)

田畑博敏:フレーゲ とヒルベル トの論争 的方法」には批判的であつた。また

,証

明を機械的にチェックすることができるような理論の完全 な形式化 という

,当

時の「革命的」な理念 も

,両

者は基本的に受け入れていた。 しかし

,公

理的方 法に対する二人の哲学的動機 には

,か

なりの相違が見 られた。フレーゲが数概念の分析 を最終日標 として

,そ

の分析の正 しさを証棚立てるために『算術の基本法則』の論理体系を必要 としたのに対 して,ヒルベル トは無矛盾で独立 した幾何学の公理体系 を見つける, という数学的課題に促 されて 公理的方法を考察 した。フレーゲの場合に言わば手段であつた公理的方法は,ヒルベル トの場合は 目的の一部であつた。公理的方法に対する両者の動機の違いが

,両

者の哲学的な態度の違いに結び ついているように思われる。 公理の地位は

,当

時の問題の一つであつた。証明できない原理 としての公理はどのようにして正 当化 されるのか?フ レーゲの解答は伝統的なものであつた。証明における循環を避けるために

,公

理はもはや証明できないものと見なさねばならないが

,公

理の真理性の起源はわれわれの直観に求 められる, というのがフレーゲの見解である(7)。 さらに

,公

理は真でなければならないのみならず , ある種の「 自明性」を持たねばならないと考えているように見える。特に

,幾

何学の公理の場合の 「自明性」はわれわれの空間的直観に求められる。われわれは直観に反するような幾何学 (非ユ ー クリッド幾何学

)を

理解できる力単8),それは概念的思考 によつて概念的に把握 されるのであるから, フレーゲにとつて直観 によつて支えられる「 自明性」を欠 くことになろう。 公理の地位 に関するヒルベル トの独創的な見解は

,非

ユークリッド幾何学の発見による

,緊

張を 強いられた数学的思考から生み出されたものであつた。公理は無矛盾でさえあれば

,公

理の真理性 に対する独立 した根拠は必要がないという彼の見解は

,数

学全体の重心を真理の問題か ら演繹上の 関係 に移行 させた。「実在」を反映するという重荷から解放 された公理は

,無

矛盾 とい う最低限の 紳士協定を守 りさえすれば

,新

しい数学理論 を創造することに躊躇な く利用され得るのである。 し か し

,そ

のような見解は

,哲

学的には

,あ

る種の規約主義に通 じる (ヒルベル ト自身が規約主義者 であった訳ではない)。 ヒルベル トは

,数

学理論の創造 という点では画期的な思考 を切 り開いたが, 無矛盾性が真理にとつて十分であるという彼の主張によつて生み出される哲学的問題には,目を向 けなかったように見える。 定義 もまた

,両

者が論争を行 つた頃は不明瞭な主題であつた。真理の観点からと同様

,意

味の観 点からも循環は避けられねばならないということは認められていた。フレーゲは, ヒルベル トがな した以上に

,は

るかに明確で精密な「定義論」を有 していた(9)。 フレーゲにとつて

,算

術の法則は 論理法則による定義の変形連鎖によつて得 られるから

,定

義はある種の省略表現だつた。フレーゲ は言 う : 「数学で定義 と言われるものは

,通

,言

葉または記号の意味 (Bedeutunglの規約である。 定義は,これまでいかなる意味 も持たなかつたが

,今

やそれによつて意味を得るところの 言葉または記号を含むという点で

,他

の数学的命題 とは異なる。」この フレーゲはまた

,定

義が消去可能性 と非創造性の要求を充たすことを確保するための

,定

義の形 式的な規則 も正確 に提示 したい)。 ヒルベル トとともにフレーゲは

,す

べての定義が, もはや定義 さ れず当該の体系内部でいかなる定義 も不可能であるような究極的な表現

,す

なわち体系の原始語 に 到ることをよく理解 していた。 そうすると, どのようにしてそのような原始語は意味を得るのか, という問題が生 じる。フレー ゲの解答は

,原

始語は非形式的に解明されねばならない

,す

なわち意味の説明が与えられねばなら ない, というものである。

(3)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) 213 「これ [解明 (E』】uterungl]は

,科

学者たちがお互いに理解 し合い

,科

学 を伝達す るこ とができるようにと用いられるものである。それは予備学の一部 と見なされねばならない。 それは科学の体系の中にはいかなる場所 も占めない。・・・解明の目的は実践的なものであっ て

,そ

の目的が達成 されたならば

,人

はそれに満足せねばならない。これを行うに際して, われわれは理解 と示唆が相半ばする善意に訴えねばならない。比喩の使用がなければわれ われは何処にも到達 しないだろう。 しか し

,わ

れわれは解明する人には次のことを要求す る

,す

なわち

,彼

は自分の意図することを確実に知っていること,(た とえ善意 に出会 っ たとしても

)誤

解の可能性が生 じたならば

,彼

の解明をもっと完成 したもっと完全なもの にする用意がな くてはならない,ということを。」Q分 フレーゲは解明その ものについては正確な概念 を提示 している訳ではないが

,定

義 と解明の区別 は厳格に行った。定義だけが公理的理論の一部分 と見なされねばならず

,従

って厳格な形式を充た さねばならない。こうして,フ レーゲは一方において

,ユ

ークリッドの「点は部分を持たないもの である」 といった定義 を拒否 しなが ら

,他

方でそれを解明として受け入れる余地 も残 していた。 ヒルベル トの原始語へのアプローチは,フレーゲよりはるかにラデイカルで画期的なものであっ た。公理は (部分的に

)原

始語を定義する

,な

ぜなら, 「明らかに

,す

べての理論は

,相

互の必然的関係 を伴 う諸概念の枠組または図式 にすぎず, 基本要素 [原始語

]を

どれにするかを任意に決めてよいからです。」 というのがヒルベル トの見解であつた '0。 これは確かに独創的な見解であり

,形

式化 という理念に 大きな刺激を与えるものであ り

,現

代的公理論の発展 を生み出す原動力 となった。にも関わらず, ヒルベル トの立場は

,そ

のままでは明確化を必要 とするものである。 どのようにして公理が定義 と なるのか?も し公理が導入する語彙を公理は一義的に決定できないとすれば

,そ

れはどんな種類の 定義 となるのか?これらの疑問が,フ レーゲのヒルベル ト批判の根底 に横たわつている。 2日 公 理 と定 義 フレーゲは,ヒルベル トの『幾何学の基礎』の草稿 となった講義ノー トt°の中に

,公

理 と定義に ついてのヒルベル トの混乱 した取 り扱いを見出した。一方で,ヒルベル トは

,公

理が「われわれの 直観の基本的事実」 を表現 しているとしなが ら■

0,他

方で

,公

理が “問"という語によつて表現さ れる関係や “線分"という語によって表現される概念を「定義する」 と述べている■0。 しか も , 「定義」 と題 された一節が別にあって

,そ

こでは “間

"や

“線分"といつた術語 に通常の明示的で 名平常な定義が与えられているこう。フレーゲは,ヒルベル ト宛の手紙で

,公

理や定義のこのような 「逸脱 した」用法についての道切な説明がないと批判 し・ °

,講

義ノー トを送つて くれた

H.リ

ープ マンには「このヒルベル トの仕事は全体 として失敗であり

,十

分な批判無 しには使えない もの」 と 書 き送ったこり。日前の資料 となる講義ノー トだけから判断すれば,フ レーゲの批判は当たつていた と言えよう。 厳密 さを重んじる点ではフレーゲにひけを取 らないと自覚 していたであろうヒルベル ト1201は

,彼

の公理についての考えを理解するための示唆をフレーゲに与えた。第一に

,公

理は公理体系全体 と して

,公

理の中に現れる語の完全な定義を与えること1211,弟二に

,彼

の公理はただ一つの概念を一 義的に決定することはないが, このことは数学の公理体系がさまざまな理論に応用 されるというこ とを意味するから

,欠

点 となるどころか利点であること90,をヒルベル トは主張 した。実際に

,公

(4)

田畑博敏:フレーゲ とヒルベル トの論争 理は

,原

始語 と当該体系の概念 の間での適切 な一対一写像の下で

,そ

の公理 を充 たす さまざまな概 念体系 を決定する。 フレーゲ も言及 している論文「数概念 について」の中で,ヒルベル トは

,実

数 が

,例

えば基本列やデデキン ト切断である必要はな く

,そ

の相互関係が公理 によつて与 えられる と ころの事物の体系 にす ぎない, と述べ た9°。 ヒルベル トはその論文で

,当

時行 われていた「生成的 方法」ではな く

,彼

の「公理的方法」 を幾何学 にも数論 にも適用することを提唱 したのである。 ヒルベルトから送られたこの「数概念について」を読んだフレーゲは,ヒ ルベルトの意図が幾何 学を直観から解放し

,算

術と同様に論理的な学にすることにあることを了解した, とヒルベルトに 書 き送 った似)。 これは

,公

理 を証明 されない真理 としてではな く

,定

理が成 り立つための条件 と解 することを意味す る。Aを公理の連言 とし

,Tを

定理 とすれば

,定

理 は正確 には,

ADT

とい う条件命題 として表現 されねばならない1251。 定理Tの真理性の問いは

,A⊃

Tの証明可能性 と いう論理的な問いに置 き換 えられる。 こうして

,幾

何学の原始語 は述語変項 と見 なされ

,幾

何学 は その応用 を直接の帰結 として持つ ような純粋論理の一部 となる。 しか し,ヒルベル トの定義 としての公理の地位 の問題 は未だ依然 として不明確 である。例 えば, 公理 によつて少な くとも二つの点がすべての直線上 に存在す ることが定め られる とすると

,そ

の点 は定義 によつて存在す るのか ?フ レーゲにとつて量化子 は第二階の述語であつた。それに対 して, 「点」「直線」「間」は第一階の述語である。 ヒルベル トの公理 には,これ ら第一 階の述語 と量化 子 とい う第二階述語が含 まれる。そこでフレーゲはヒルベル トの公理 を

,第

一階の述語変項の性質 を 記述する第二階の述語 を定義 している と解釈す る。例 えば

,公

理 の連言 において,「 点」「直線 」 「平面」「間」「合 同」 とい う語が文字 (述語変項)“

F",“ G",“

H",“

I",“

J"で

置 き換 え られた結果である表現 を

A(F,G,H,I,」

) とする。その とき, ヒルベル トの公理 は

,ユ

ークリッ ド的「構造」

,す

なわち

F, G, Hが

クラス で, Iが三項関係, 」が二項関係で

,そ

の間に

A(F,G,H, I, J)が

成 り立つ ような順序五 組:

(F, G, H, I,

」〉 を定義 しているもの と解釈で きる。それは丁度

,群

論の公理 に関 して

,Dを

領域, fを二項演算 と するとき

,Dと

fが群論の公理 を充たす ような順序対 (D, f〉 として「群」 を定義す る,と解釈 す るの と同様である・°。 しか し

,そ

の ように して も

,公

理の真理性 は何 ら保証 されず

,具

体的な対 象 について公理 は決定で きない,と フレーゲは考 える。直線上の二つの点の「存在」は,「点」「直 線」「の上 にある」 といつた概念 と関係 の三階の関係 を示すのみであ り

,具

体 的 な点 を与 える訳 で はない。それは丁度, 公理

1.任

意の自然数aにつ き

,任

意の 自然数nを法 として

,aは

それ自身と合同である:

a=a(mod n)

公 理

2,任

意 の 自然 数

a, b, cに

つ き, aがあ る 自然 数nを法 と してbと合 同で あ り, bが同 じ自然 数 を法 と してCと合 同 な らば, aは同 じ自然 数 を法 としてCと合 同であ る: a≡ b (mod n)∧

b=C(mod・

)⊃

a≡ C(mod n)

等 々の公 理 だ けか らは, 2≡

8(mOd 3)か

どうか を決定で きないの と同様 であ る,と フ レー ゲ は 主張す る似)。

(5)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) 215 通を打ち切る。そこで

,フ

レーゲは

,公

理のいわゆる「陰伏的定義」(implicit definition)│こ 関す る 彼独 自の解釈 を含む考察

,す

なわち「幾何学の基礎について」 と題する三種類の論文を発表するこ とになる。ヒルベル トの公理について

,そ

れを第二階関係 を定義 したものとするフレーゲの解釈の 正 しさを

,後

に,ヒルベル トの弟子であるベルナイスがフレーゲの書簡が出版 されたときの書評で 認めている¢0。 しか し,フ レーゲは全体 としてのヒルベル トの仕事の意義を正当に評価 してはいな ぃ,と考えぎるを得ない。後に見るように

,フ

レーゲはヒルベル トの独立性の証明を

,真

正の公理 ではなく定義条件 を扱 ったものにす ぎないという理由で認めていない。算術 を論理に還元 しようと したフレーゲが,ヒルベル トによる公理理論の論理への還元 (フレーゲはヒルベル トの仕事の意味 をこう解釈 した

)を

全体 として認めないというのは

,理

解に苦 しむ所である。 それを理解する手掛 りの一つは

,す

でに触れた幾何学的認識についての両者の見解の相違にある。 フレーゲはユークリッド幾何学が空間についての直観 を記述 したものと考えたのに対 して,ヒルベ ル トはそのような考えを意図的に避けた。さらに一般的に言えば

,両

者の数学的真理 と存在 に対す るアプローチに相当の隔た りがあつた, ということである。フレーゲは問題の多い数学的実体は存 在が確実である実体 によつて基礎づけられねばならない, という意味での還元主義を採用 した。算 術の命題 を論理法則 と定義から導 くというフレーゲの論理主義 も

,確

実で基本的な土台の上に建物 を立てるというメタファーに導かれている。それに対 して,ヒルベル トは公理体系全体がある抽象 的な構造 を定義するという全体論 (反還元主義

)を

採用 しているように見える。二人の論争の間に は

,彼

らのこのような哲学の相違が横たわっていた。だが,フ レーゲの批判の矛先はヒルベル トの 哲学にではな く

,そ

の方法論に向けられた。フレーゲから見れば,ヒルベル トの方法論は

,心

理主 義 とともに彼が批判の的とした形式主義の方法論に類似 していたのであろう。 3日 無 矛盾性 の証 明 フレーゲは, もし真正の公理が設定 されていればそれが持であることはそもそも不可能であるか ら

,公

理の無矛盾性証明は不要であると言 う: 「公理が真理であるということから

,公

理が互いに無矛盾であることが導かれます。それ 以上の証明は何 ら必要ではあ りません。」¢け ヒルベル トは,これに真っ向から対立する意見を返 した: 「あなたの [上記の

]文

を拝読 しまして

,私

[ヒルベル ト

]は

大いに関心 を持 ちました。 なぜなら

,そ

のような事柄について考え

,書

,講

義 したかぎりで

,私

は常に正反対のこ とを主張 してきたからです。任意に置かれた公理がそれらの多数の帰結 とともに互いに矛 盾 し合わなければ

,そ

れらの公理は真であって

,公

理によって定義される事物が存在 しま す。そのことが私にとつて

,真

理 と存在の規準なのです。」°° これに対 して,フ レーゲは,ヒルベル トのいう「公理」が実際には真理の保証を持たない条件の 定義にす ぎないという理由で

,そ

れの無矛盾性 を証明する必要は認めた。 しか し,フ レーゲの考え では

,条

件の集合の無矛盾性 を確立するには

,そ

れらの条件 を充たすある事物を生み出せば十分で

3と

'卜

,を

ai療

地 。

つま り, もし

,条

件 :

Aは

知的存在者である,

(6)

216 Aは偏在す る, Aは全能である, 田畑博敏:フレーゲ とヒルベル トの論争 が無矛盾ならば

,そ

れらをすべて充たす対象を具体的に見出さな くとも

,全

能で偏在する知的存在 者の存在が導かれることになる。り。これは,フ レーゲにとつて納得 しがたいことである。こうして, フレーゲは次のように結論する: 「私は無矛盾性から真理性 を導 くような推論方法を受け入れることはで きませ ん。 おそ ら く

,あ

なたもこういうことを意図 しておられる訳ではないので しよう。いずれにしろ, も っと正確な定式化が必要であると思われます。」●か ヒルベル トの言葉は

,そ

れを文字 どお りに受け取れば

,以

上のようなフレーゲの批判から免れる ことはできない。考えられるヒルベル トの真意は, もし公理の集合が演繹的に無矛盾ならば

,公

理がそれについて成 り立つような事物の領域 が存在する, といったものであろう●0。 このヒルベル トのアイデイアは

,後

に「無矛盾な命題の集合にはモデル が存在する」 という意味での完全性定理に発展するものである。 しか し, ヒルベル トはこの時点で, まだどんな公理体系 の構文論的無矛盾性 も直接 に証明 してはいなかった。[幾何学の基礎』 で用い られた証明はモデルを用いるものであった。 ヒルベル ト流の無矛盾性証明に対するフレーゲの批判は,このモデルの使用にあるのだろうか。 すでに述べたように,フ レーゲ自身が考える可能な無矛盾性証明の形態は

,条

件 (ヒルベル トの公 理

)を

充たす対象を見出すことである徹)。 フレーゲが考えるそのような対象は

,条

件の意味が一義 的に要求する対象であ り,ヒルベル トのモデルとは異なるものであろうか。いずれにせ よ,フ レー ゲは

,条

件 を充たす対象 (モデル

?)の

存在は条件の無矛盾性にとつて十分条件ではあるが

,必

要 条件ではないと考えていたらしい。すなわち, 条件 (公理

)を

充たす対象が特定できるならば

,そ

の条件は無矛盾である, ということは常に正 しいが, 条件 (公動 が無矛盾であれば

,そ

れらを充たす対象が特定できる, ということは必ず しも成 り立たない (成り立つならば証明を要する)と ,フ レーゲは考えていたら しい。『算術の基礎』 において,フ レーゲはこれに類比的な考えを概念の無矛盾性 に関 して述べて いた。すなわち, 「概念はたとえその定義特徴が矛盾を含んでいても許容される。禁 じられるのは, その概 念に何かが帰属すると前提することである。」°け 「 もちろん

,厳

密に言えば

,そ

の概念に何かが帰属することを証明 しさえすれば

,概

念が 無矛盾であることは確立される。 しか し

,そ

の逆は偽であろう。」°° レスニクによれば,フ レーゲの無矛盾性証明に対するこのような態度は

,数

学的真理に対する還 元主義的アプローチと

,真

正の公理は偽ではあ りえない, という主張に由来する。か。相対的な無矛 盾性の証明が

,問

題 を先送 りにするもので しかないとすれば

,形

式体系の絶対的な無矛盾性証明に 到 らねばならない。そのような絶対的な証明があるとすると

,そ

こでの「絶対性」は用いられる原 理の真理性に根拠を持つであろう。それはどのようにして確保 されるのか,ヒルベル トの説明は不 明確である。1920年代 にヒルベル トは「有限主義」の立場からの「証明論」を定式化 してい くが, そこで考えられる証明のギリギリの根拠は

,あ

る有限的領域 (形式言語の項の領域や自然数の領朗 の存在 と

,そ

こでの基本原理の真理性である。 しかし

,論

争の頃の■ルベル トは未だそのような突

(7)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) き詰めた考察を有 してはいなかったのであ り,フ レーゲの不満 もそこにあつたのである。 4日 独 立性 の証 明 フレーゲは,ヒルベル トによるユークリッドの公理の独立性証明についても否定的な評価 を下 し た。 しか し,これは大部分,フレーゲの誤解に基づいていたと言わざるを得 ない。フレーゲは,ヒ ルベル トの証明が真正 の公 理 をで はな く

,定

義づ けの条件 (フ レーゲの言葉 で は擬似公理 PseudOaxlom)を 取 り扱っていると主張 して,ヒルベル トの見解を退けた。0。 彼はまた, ヒルベル トの方法を真正の公理に適用することにも反対 した。ヒルベル トの独立性の証明は

,一

つを除 くす べての公理が真 となるような公理の解釈 を見出すことによつて行われる。フレーゲにとつて

,真

正 の公理はそもそも真であるから

,そ

のような公理が偽 となる解釈 を見出すことなどはできない。そ のような公理の再解釈は

,数

学のタームの意味の曖昧さを助長するゆえ有害である。本来

,公

理は 文というより

,一

定の文によつて表現 された思想であつて

,確

定 した意味を有 しているはずである から

,そ

れを再解釈することは無意味である・0。 このような一見頑迷 とも思えるヒルベル トに対する否定的評価 を下 した後,フ レーゲは公理の独 立性に関する自らの方法 を提示する。彼 によれば依存性 (非独立性

)は

次のように把握 されるao。 「真なる非論理的思想が真なる非論理的思想の有限集合 に依存するのは, その思想が有限 個の推論規則によつてそれらの思想の集合か ら導出されるとき

,か

つそのときにかぎる。」 次にフレーゲは

,独

立性 を確立するための彼 自身の一般的な方法 を提案する値)。 それは以下のよ うなものである。

Gが

思想であ り,Ωが真なる思想の集合であ り

,Gと

Ωが ともに言語Lで定式化できると 仮定する。次に, LからL自 身への一対―の上への写像 を考える。その写像は

,論

理的表 現 と構文論的タイプは保存するが非論理的表現は保存 しないと仮定する。言い換えると, この写像は論理形式のみを保存する。もしΩが真の思想の集合Ω′に写像 されるが

,Gが

偽の思想G′ に写像 されるならば

,そ

のときGはΩから独立 している。 独立性 を証明するにはこのような写像 を見つければよい。こうして,フ レーゲは意味を再配分する 写像の概念 を利用 して独立性を確保 しようとした。(ただし,フ レーゲはこの方法 を実際に幾何学 に応用することはしていないようである。) このフレーゲの独立性証明の定式化は

,そ

れ自体 としては正確なものであ り

,彼

自身,このよう な考察の新 しいメタ数学的性格を自覚 していたようであるeり。 しか し,フ レーゲは,ヒルベル トの 『幾何学の基礎』に暗に含まれていた (有限的に公理化 された

)第

一階公理体系 を扱 う原理の考察 に失敗 した。この原理によれば, 命題

Gが

命題の集合Ωか ら独立であるのは

,¬ Gが

量化の観点か らΩと無矛盾であるとき, かつそのときにかぎる。 これは

,Gと

Ωを表現する量化図式を手に入れ,これ らの図式のモデルを示すことで確立される。 しか し,フレーゲはこの問題 を第一階の言語で見 ようとはしない。フレーゲは,ヒルベル トが公理 の中の述語文字を普遍量化によリー般化 し

,そ

れか ら真の代入例 を見出すことによつて無矛盾性 と 独立性 を証明 しようとしている, と解釈 した'。 確かに,“

Fa"の

真理性は可能的に “

VXFX"

を確証するが “

Fb"の

真理性 を含意 しない。 しか し,“

Fa"の

真理性は図式 としての “

Fb"

の無矛盾性を確立する。ヒルベル トの無矛盾性の議論において,フレーゲはこの観点を見誤 ってい

(8)

田畑博敏:フレーゲ とヒルベル トの論争 る。同様の誤 りが,ヒルベル トの独立性の証明に対 しても見 られる。 このようなフレーゲの誤解は

,一

つには

,彼

の推論に関する見解に由来するように見えるt°。今

,推

論の説明は推論規則の概念に基づいて行われる。一つまたはそれ以上の言明 (推論の前提) から一つの新 しい言明 (推論の結論

)へ

の移行が正 しい推論規則であるのは

,す

べての前提が真 と なるモデルで結論 も真 となるようなパ ターンであるとき

,か

つそのときにかぎる。フレーゲの場合, 推論は前提の真理性の認識か ら結論のそれへの移行である: 「推論は記号の領域に属するのではなく

,以

前になされた判断に基づいて論理法則 に従 つ て行われる判断の表明 (Urteilsflllung)で ある。各前提は真 と認められた確定 した思想で あ り

,結

論 も真 と認められた確定 した思想である。」tけ そうすると

,推

論 を行 う場合

,そ

の真理性を承認 していない前提 に基づかせることはできないこと になる■0。 証明は推論の連鎖であるから

,証

明 も真である前提 に基づかねばならないことになる。 公理は

,す

べての数学的証明の基礎であるから

,当

,真

でなければならない。無矛盾性 と独立性 に関するフレーゲの見解の中に,このような推論についての見解が暗に影を落 としている。 フレーゲの推論に対する見解の反論 としては

,条

件的または間接的証明における推論のケースが 考えられる。そのような証明において

,わ

れわれは真であることが未だ確定 していない前提を仮 に それが真であると仮定 した上で

,推

論を始める。 しか し,フレーゲは

,そ

のようなスタイルの証明 が正統的なものではな く

,誤

解 を招 き易い ものであると考えたようである。フレーゲは言 う: 「 しか し

,真

であるという判断をせずに

,純

粋 に仮設的に一定の思想か ら演繹を行い得 る, と反論するか もしれない。"・しか し

,そ

のような疑わ しい思想は推論の前提とはならない。 むしろ,[その場合の

]前

提は

,問

題の思想を先件 として含む一定の仮設的思想である。 最後の結果においても

,そ

のような疑わしい思想は条件 として生 じなければならない。従 って

,そ

れらは実際には前提 として使われていたのではないのである。 というのは, もし 前提 として使われていたのであれば

,そ

れらは最後の結果において消去 されていたであろ うか らである。 もしそれを残 していたとすると

,彼

は単に誤つたのにす ぎない。問題の思 想の一つが真であると認められて初めて

,先

件 としてそれを [最後の結果から

]落

とす こ とができる。このことが生 じるのは

,今

や真 と認められた思想が前提 となつているような 推論にかぎられる。」ψ) フレーゲの見解は

,公

理論的に定式化 された論理体系における演繹定理 を思い起 こさせる。演繹定 理が成 り立つ論理体系では, もし

Bが

仮定

Aか

ら導出可能ならば

,A⊃

Bは定理である, ということが成 り立つ。演繹定理は

,Aか

Bへ

の演繹が即座 に

,例

えば “A⊃

"を

その演繹の各 論理式に加 えてA⊃ Bからの証明が作れるような論理体系でのみ成 り立つ。真なる公理だけか ら出 発する演繹のみを証明 とするフレーゲにとつて

,条

件化やそれに類似の規則は

,真

理性の単純な移 行 とは見なせない操作 を含むゆえに

,確

実なものとは思えなかつたのかもしれない。これイ獣↓して, ゲンツェンの自然演繹や連式計算は

,真

理性の伝達を含むより広範囲の推論規則 を

,数

学上の自然 な慣行 として扱つていた。フレーゲは

,そ

の意味で

,正

しい推論に関する彼の「理念」にこだわ り すぎた側面があったと言えよう。 * フレーゲ とヒルベル トの論争の中に

,わ

れわれは何 を学び取 るべ きであろうか。両者 の論争 を通 じて

,論

理の概念や数学の方法論 についての意義深い明晰化が得 られたことは確実である。 ヒルベ

(9)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) ル トは

,数

学の哲学 と分析的知識についての理論に対 して

,現

代的な公理論による新鮮な観点

,す

なわち

,数

学は永遠で唯―の数学的対象を発見するのではな く

,無

矛盾性 を唯―の判定規準 とする 多様な解釈による多様な構造を探究するものであるという観点を提供 した。その際

,後

の証明論・ モデル論へ と発展するような方法論上の新機軸 を打ち出 した。他方

,フ

レーゲの貢献は

,独

創的な ものではなかったか もしれないが,ヒルベル トの見解の批判 と分析 を通 して

,公

理 と定義の役割の 明確な定式化 という

,方

法的批判の典型を提供 した。独立性証明を巡ってのフレーゲの議論の中に, 新 しいメタ数学的アプローチが自覚 されていることも特筆に値する (それは,1920年代 に形をとる ヒルベル トの有限主義的証明論の萌芽 とも読める)。 ただ,フ レーゲの余 りに強烈な哲学的・数学的理念がヒルベル トを辟易させたのか,ヒルベル ト の突然の文通中断によって

,両

者の論争から得 られることが期待 されたより多 くの果実が成熟の時 を迎えるに到 らなかったのは残念なことである。 しか し

,論

理 と数学の哲学に関する両雄の議論は, 現代 において通例 とされている思考態度や方法論が

,い

かに多 くの混乱や思い込みから次第に洗練 されてい くものであるかということの

,貴

重な実例 を提供 して くれるものである。 註 (1)非ユ ー リ ッ ド幾何 学 が い か に して受 入 れ られ た か とい う観 点 か ら,19世紀 の幾何 学 の主 要 な流 れ を論 じた,

次 の フ ロ イ デ ン タ ー ル の 簡 便 な概 観 を参 照 :Hans Freudenthal,“The Main Trends in the Foundations of

Geometry in the 19th Century",E.Nageと ,P.Suppes,A.Tarski(eds,),と ο♂●MガわJο力p,,a,f豹Lllpsψり げ

S曲 ¢,StanfOrd U.P.(1962),pp.613-633。 また,非ユ ー ク リ ッ ド幾何 学 の発 見 につ い て は,MOrris Kline, MDサ膨″町,働,TЙ切

『力すヵ翔 A″″″サカ 拗'9靱 T,物ιs,Oxford U,P。 (1972)の 第36章を参 照 。 (2)David H■bett,効刀 聴,″ 」″ 働 ο膨 励 ,in ttsん ι♭

"翻 ″乃 彬″Jワ″E物′肪J肋 ,ヮsC,"お ‐干抱 b外 少 ″茄 is 力 働 '墟9″,Teubner(1899).邦 訳 :ヒルベ ル ト『幾何 学 の基 礎 』(寺阪英 孝 。大 西 正 男 訳),共立 出版 (1970). (3)「ヒルベ ル トの計 画 」 の持 つ さ ま ざ まな現代 的 な側 面 につ い て は,デトレフセ ンの次 の書 物 を参 照 :Mtthad Dedefsen,上Eル¢″ `PT9FTa牝 ス″ Essり ,″ Лな 'ケ 打ヮ捌廟′売194,rpsヶη物,″FrIハ切,D.Reidel(1986)。 (4)ヒルベ ル トとの往 復 書 簡 は,次の書 物 に纏 め られ て い る :G.Frege,Vtss¢姿θ独〃万じル″βttCh¢ι,FЫ Meiner(1976),SS.55-80[以下,この書 物 をBvと略 記 す る]。 英 訳 :G.Frege,励,力sψ力ぢια 'α tt M″物阿 河むoJ 働能 ψ"レ″¢[I PMCl,Basil Blackwel(1980),pp.31-52.

(5)第一 シ リ ー ズ は 次 の も の で あ る:“ueber die Grundlagen der Geometrie",ヵ ″惚sb¢万θ肪 力″ 二形″jsrル″

Лなα肋♂躍 "力

徘 形 セ航 騨 g Lpν7と 略記]12(1903),SS.319-324,“Ueber die Grundlagen der Geometrie Ⅱ"

JD/712(1903),S.368-375,こ れ らは,各々次の書物 に再録されている:G.Frege,【形妨 &力均ιο″[κSと

略記],Georg Olms(1990),Ss,262-266,267-280,第 ニ シリーズは次 の ものであ る:“ueber die Grundlagen

der Ceometrie I, Ⅱ und Ⅲ"JD/7どσ (1906),SS.293-309,377-403,423-430.こ れ らはなs SS.281-323と こ再 録 さ れ て い る 。 両 シ リ ー ズ の 英 訳 が,G.Frege,効 力9F醜 力 肋 熔 げ 働 腔 り ,″

'E蝉 'Tルリ げ

五万肋 膨 肋 [FGと略 記],translated win an htroduction by Eike― Henner W.Kluge,Yale U.P,(1971)お よ び,G.Frege,働,力θ形,Pфe俗 賜 〕ん ケル 腕 貧偽 Lο炉● 切,PttοSψ り [CPと略 記],ed.by Brian McGuiness, Basil Blackwell(1984)に ある。 (6)上記の註(1)のフロイデンタールはフレーゲを見下 した ような評言を書いている:「なぜ,彼 [フ レーゲ]が 今 日そのように高 く評価 されるのか,私 [フロイデンタール]には理解で きない。」H.Freudental op.cit.p. 618. (7)ヒルベル トとの論争の発端 となったヒルベル ト宛の最初の手紙 (1899年12月 27日付)でフ レーゲは,(幾何 学の)公理が直観に支 えられていると言 っている。「私 [=フ レーゲ]が公理 と呼ぶのは,真で はあるが,空 間的直観 とで も呼ぶことので きる,論理的被型 とは異 なる認識根棚か らその認識が導かれているゆえに,証明 されない ところの命題です。」(強調は筆者),FS S,409,BVS.63,PMC p.37。 また,「幾何学 の基礎 につい

(10)

田畑博敏:フレーダ とヒルベル トの論争 て」の第一 シリーズの第一論文では,こう述べている :「吉来 より,公理 と呼ばれるのは,推論連鎖 によつて 証明されることがな くともその真理性が確実であるところの思想 (Gedanke)で ある。……ここで私 は

,公

理 を真であると見 なす ことの正当性が何 に基づ くか という問題 に立ち入 ることは しない。幾何学の場合,その起 源 としてはたいてい直観が与えられる。」(強調は筆者),FS S.262,FG p.23,CP p.273. (8)F算術の基礎』の §14で,フレーゲは概念的思考の上での非ユークリッ ド幾何学 を認めているように見える。

(9)フ レーゲの「定義論」 については,次のクッチエラの本 に簡潔な概観がある:Franz von Kutschera,Gο サl19う

局聖髭Eづ″ β匁″蝉 ζ力Sワカ 晩 花 de Gruyter(1989),SS.140-161. (10)「幾何学の基礎 についてI」 (第一 シリーズ),rS S.262,FG p.23,CP p.274. (11)『算術の基本法則』(CCィ4と 略記

)I,

§33,SS.51-52. (12)「幾何学の基礎 についてI」 (第ニシリーズ),rs s.288,FG p.59,α p.300-301, (13)ヒ ルベル トのフレーゲ宛の返事 (1899年12月 29日付),frs S.412,BV S.67,列歴 p.40. (14)フ レーゲはイエナ大学の同僚Otto Liebman■ の息子で当時のゲ ッチ ングン大学で ヒルベル トの講義 を聞いた 数学者Heinrich Liebmannか ら,「ユークリッド幾何学の基本」 という題 目のヒルベル トの講義録 の写 しを送 って もらっていた らしい。βV S.147,列にp.90の編者解説参照。 (15)「幾何学の公理は五個の群 に分けることがで きる。 これ らの公理群のおのおのは,ある互 い に関連 した直観 上の基本的事実 を表現 している」『幾何学の基礎』 §l。 (16)「この群の公理は“間"の概念 を定義するもので,この概念 に基づいて直線上の点,平面 内の点, お よび空 間 内の点の順序づけが可能 になる」(太字強調 は原文,下線筆者)F幾何学の基礎J§ 3。 (17)「幾何学の基礎』 §3の 最初の「定義」 は「一つの直線上の点は互いにある関係 にある。 この関係 を述べ る ために特 に間 とい う言葉 を用いる」であ り,次の「定義」は「一つの直線 a上 に二点A,Bを考 える。 この二 点A,Bの組 を線分 と言い,これをABま たはBAで表す。…」 となっている (太字強調はいずれも原文)。

(18)「なによりも先ず必要なことは“解明"“定義"“公理"と いつた表現の理解であると私 には思 われ ます。 そ れ らの表現 においてあなたは慣例の用法か らも私のそれか らも著 しく逸脱 してお られます。そのことによって, これ らの表現をあなたの説明か ら切 り離 しては考えられない し,その論理的構造 を十分明確 に知 ることも困難 です。」 ヒルベル ト宛のフレーゲの手紙 (1899年12月 27日付),rrs S.410,BV S.64,PMC p.38. (19)「多 くの点で才気 に満ちた ものであるが,全体 としては失敗であ り,十分 な批判無 しで は使 えない ものだ と 私 は考 えます。」H.リ ープマン宛のフレーゲの手紙 (1900年 7月29日付),IS S.397,BVS.147-148,列 に p. 90. (20)例 えば,1900年 パ リでの国際数学者会議で ヒルベル トが行 った講演「数学の諸問題」の前文 に「証明の厳 密 さ」についての言及がある。Cf,David,H1lbert,“ Mathematische Probleme",C,w″ ヶ″″挽 Ab施初ll12FaЪ Springer (1935),Band Ⅲ,SS.290-329.邦訳:ヒルベル ト『数学の問題』(一松信訳),共立出版 (1969). (21)「…私の考えでは,三行で点の定義 を与えることは不可能です,むしろ公理体系全体が完全 な定義 を与 える のですか ら。」フレーゲ宛のヒルベル トの手紙 (1899年12月29日付),rcs s.412,β V S.66,PMC p.40. (22)「私の概念,例えば“点"や“間"が一義的に決定 されない, とあなたは言われます。…すべての理論 は常 に,無 限に多 くの基本要素の体系 に応用 されます。…,電気の理論の全主張 は, もちろん,磁性,電子性 といった概 念 に代入 される他の事物のすべての体系 に当てはまります,…要求 される公理 を充た しさえすれば。 しか しな が ら,ここに示 したような事態は理論の欠点ではな く,むしろ反対 にそれは大いなる利点です [この部分 は註 の形で書 き足 してある :筆 者], ともか く避 けるべ きものではあ りません。」同上の手紙,rrs s.412-413,β

V

S. 67, PArC p.40-41, (23)「…実数全体 を考 えるとい うことは,基本列の各項 を引 き続 き作 ってゆ くあ らゆる法則 の全部 を考 えるな ど とい うことではな くて,(有限個の閉 じた〉公理体系 I― Ⅳで規定 されるところの関係 を相互 に持つ ある対 象 の集 まりを考えることであつて,これ らか ら有限個の推論 によつて導かれる結論だけが,定理 として導かれ る のである。」D.Hilbert,“ Ueber den Zahibegrifr',ヵ ヵ脅sb珍万ο肪

'ο

″D"jd♂ル″M¢ケ滋prr,ル作乃胞づ笏ど,ηξ Bd.8

(1900),SS,180-184,こ の論文は『幾何学の基礎』第7版に付録 として再録 されている。 (24)ヒ ルベル ト宛のフレーゲの手紙 (1900年 1月 6日 付),frs S.413,β

VS.70,m¢

p.43.

(25)Michael Resnik,“ The Frege― Httbert ContrOverSy",P力IJοsψり ,″JFり杉″θ脇厖tto力と,θ,J RttSワ″γθtt vol.xxxiv

(1974),p.392f.。 レスニクによれば,フ レーゲは条件法A⊃ Tを 第二階量化条件法 と解釈 した。「点」「線」等

(11)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第48巻 第

2号

(1997) の原始語は変項に置 き換えられ,それらを束縛する量化記号は条件法全体の前に置かれる。公理に対する「モ デル」に関わる定理は普遍例化 とモ ドゥス・ポネンスを適用 して得 られる。これとは対照的に, ヒルベル トは 原始語 としての「点」や「線」は図式 (Schema)と 見たように思われる。なお,上記のレスニクの論文は,H. SIuga(ed.),動づ19sψ 9/F″解 ゑLoFlθ t12'S饂,Й励婚 げ う4α "修 徽崩θs力 FT2μ `F吻力sψり,Gariand(1993) に再 録 され て い る。

(26)Resnik, op, cit. p. 393.

(27)ヒ ルベル ト宛のフレーゲの手紙 (1900年 1月 6日 付),rrs s,415, (28)〕財″婢Jげ 働吻bοι力Lο 『づじ7(1942),po.92-93. (29)ヒ ルベル ト宛のフレーゲの手紙 (1899年12月27日付),rs s.409, (30)フ レーゲ宛の ヒルベル トの手紙 (1899年12月 29日付),Fs s.411, (31)上 記註27のフレーゲの手紙,Fs s.417,β V S.75,PVC p.47. (32)同 上,Is s.418,BV S,75,〕rC p.48. (33)こ れは「数学の諸問題」(上の註20参照)の第2節「算術 の公理の無矛盾性」か ら,ヒルベル トに好意的 に 現代的視点か ら推測 される彼のアイデ ィアである。 (34)ヒ ルベル ト宛のフレーゲの手紙 (1900年 1月 6日 付),rs s,414,BVS,71,P/Cp.43. (35)五形 G7241,,,ど珍″,″五万,碗,力 (=Gう 4)§ 94. (36)Gう4§ 95.

(37)Resnik, op. cit, p. 397.

(38)“Ueber die Grundlagen der Geometrie Ⅱ"(第ニ シ リーズ),rrS S.317,デ Gp.102,CP pp.332-333.

(39)“Ueber die Grundiagen der Geometrie I"(第 一 シ リーズ),FS S.266,FG pp.28-29,研 pp.277-278,Ibid

工 (第ニ シリーズ),Is ss,313-314,FG pp.96-98,CP pp.328-330. 140)Ibid Ⅲ (第ニ シ リーズ),KS S.318,FC pp.103-104,CP pp.333-334. 141)Ibid Щ (第ニ シ リーズ),Ks ss.321-23,FG pp.107-110,CP pp.33739. 142)Ibid Ⅲ (第ニ シ リーズ),κs s.320,FG p.107,CP p.336. (43)H.リ ープマ ンヘ の手紙 (1900年 7月29日付),Is s.398,BV S.148,〕に p.91. (44)Ci Resnik,op.cit,p.400f.

(45)・Ueber die Grundlagen der Ceometrie Ⅱ"(第ニ シ リーズ),FS S.303-304,FG p.82,CP p.318.

(46)「推論 の前提 となるの は真 なる思想 のみである。」Ibid Ⅲ(第ニ シ リーズ),rS S.319,FG p.105,α p.335. (47)Ibid Ⅲ (第ニ シ リーズ),rrs S,319,FC pp.105106,CP p.335. β干Ⅲ/S,72-73,P/Cp.45. βllたS.63,PMC p.37. β “ /S. 66,PArC p. 39.

(12)

参照

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