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上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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142. 脳型トランスフェリンの構造機能解析

長江 雅倫

Key words:髄液,トランスフェリン,糖鎖構造,   特発性正常圧水頭症

  理化学研究所 基幹研究所

  ケミカルバイオロジー領域

  糖鎖構造生物学研究チーム

緒 言

 現在国内には 230 万人にも及ぶ認知症患者がおり,高齢化社会の急速な進展に伴って今後も増加が見込まれている. 特発性正常圧水頭症(iNPH)は治療により症状の改善が可能な「治る認知症」として知られ,推定では日本全国に 30 万人の患者が存在すると見積もられている.最近,福島県立医科大学の橋本康弘教授らのグループによって,髄液中の 糖蛋白質であるトランスフェリンの糖鎖構造の変化が,iNPH の診断マーカーとして利用できることが示された.しか し糖鎖構造の変化がトランスフェリンの性状にどのような影響を及ぼすかについては明らかでない.そこで本研究で は髄液から調製した糖鎖構造の異なる二種類のトランスフェリンのアイソフォーム(Tf-1 および Tf-2)について,そ れぞれ網羅的な糖鎖構造解析および生化学的解析を試みた.その結果,Tf-1 でN-GlcNAc 構造という新奇な糖鎖構造 を持つことが明らかになった.さらに生化学的解析の結果,Tf-1 と Tf-2 では糖鎖構造に由来した性状の違いがあるこ とがわかった.本稿ではその詳細を報告する.

方法および結果

 本研究で使用したヒト髄液は福島県立医科大学より提供を受け,その中に含まれている糖蛋白質を研究試料として扱 った.我々は研究を開始するにあたり理化学研究所・研究倫理第三委員会に研究計画を申請し承認を得た.髄液からの トランスフェリンの精製は,多段階のカラムクロマトグラフィーによって行った.具体的には限外濾過濃縮,Blue Sepharose カラム,陰イオン交換カラム(SuperQ-650M),Protein G カラム,ゲル濾過カラムを経て,最終的な陰イ オン交換カラム(MonoQ)によって,トランスフェリンの二つのアイソフォーム(Tf-1 および Tf-2)を分離した.最 終精製標品を SDS 電気泳動したところ,Tf-1,Tf-2 ともに高純度の精製に成功した(図1).  上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)

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図 1. 血清トランスフェリンおよび髄液トランスフェリン(Tf-1, Tf-2)の SDS 電気泳動.

三種類のトランスフェリンに対して Peptide: N-glycosidase F (PNGaseF) を添加の有無を検討した.また PNGaseF 添加の際にトランスフェリンの変性の有無も併せて検討した.その結果,Tf-1 が Tf-2 よりやや移動度 が低いこと,いずれのトランスフェリンも未変性状態では PNGaseF に対して抵抗性を示す糖鎖があることが明 らかになった.

 三種類のトランスフェリンに対してエンドグリコシダーゼである Peptide: N-glycosidase F (PNGaseF) を添加して 糖鎖切断の有無を検討した.また併せて,PNGaseF 添加の前段階にトランスフェリンの変性の有無も検討した.その 結果,Tf-1 が Tf-2 よりやや移動度が大きいこと,またいずれのトランスフェリンも未変性状態では PNGaseF に対し て抵抗性を示す糖鎖があることが明らかになった.  続いて質量分析を用いてトランスフェリンの詳細な糖鎖構造解析を行った.精製トランスフェリンを還元アルキル 化後にトリプシン消化し,断片の MS/MS 解析を行い,部位特異的な糖鎖構造を解析した.トランスフェリンには N432 と N630 の二か所のN 結合型糖鎖修飾部位がある.我々は Tf-1 の N432 に N-acetylglucosamine (GlcNAc) が一 残基のみ結合したN-GlcNAc 糖鎖の検出に成功した(図2).

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図 2. MS/MS 解析による糖鎖構造解析.

N432 を 含 む 糖 ペ プ チ ド の 解 析 例 を 示 す .acetylhexosamine (HexNAc) , こ の 場 合 は お そ ら く N-acetylglucosamine (GlcNAc) が一残基結合した質量に相当するピークが検出された

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図 3. 髄液トランスフェリンの糖鎖構造解析. MS/MS 解析を網羅的に行うことによって,上記のような複数の糖鎖構造が存在することが明らかになった.図 1で PNGaseF 処理に対して抵抗性を示す糖鎖が示唆されたが,質量分析によって N432 であることが判明した.  ごく最近になり米国のグループから髄液中のトランスフェリンの糖鎖構造解析が報告され,我々のデータと一致して いた1).ただし彼らは Tf-1 と Tf-2 の区別をすることなく取り扱っていたためアイソフォームに依存した解析は,我々 独自のものであった.  では,こうした糖鎖構造の違いがどのように蛋白質の物性に影響を与えるのであろうか?我々はこの疑問に応えるべ く様々な生化学的解析を試みた.特に顕著な差が表れたのは疎水性色素である 8-Anilinonaphthalene-1-sulfonic acid (ANS) の結合活性であった.ANS は蛋白質表面の疎水性残基に結合して蛍光を発する.実験の結果,Tf-1 で顕著に蛍 光が増加することがわかった(図4).

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図 4. Tf-1 に対する疎水性色素 ANS の反応性. 疎水性色素である ANS は蛋白質表面の疎水性残基に結合して蛍光を発する.血清型トランスフェリン(sTf) と比較して,Tf-1 が顕著に蛍光を発していることがわかった.

考 察

 共同研究先である福島県立医科大学医学研究科の橋本康弘教授らのこれまでの研究によって,Tf-1 と Tf-2 の比が iNPH の診断マーカーとなりうることを示した2).我々はさらなる糖鎖構造解析と生化学的解析を重ねることで糖鎖構 造に依存した性状の変化を明らかにした3).糖鎖構造は多岐にわたり,N 結合型糖鎖だけでも高マンノース型,ハイブ リット型,複合型糖鎖の少なくとも三種類に大別される.本研究で明らかにしたN-GlcNAc 型糖鎖は,どのどれにも分 類されない新奇なものである.こうした多種類の糖鎖が,糖蛋白質にどのような影響を与えるかについては十分に明ら かになっていない.本研究結果は,糖蛋白質上の糖鎖が蛋白質に与える影響を示す一例となった.Tf-1 の糖鎖構造が iNPH とどのように関わっているかは未だ明らかとなっておらず,今後の更なる研究が必要である.

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3) Nagae, M., Morita-Matsumoto, K., Arai, S., Wada, I., Matsumoto, Y., Saito, K., Hashimoto, Y. & Yamaguchi, Y. : Structural change of N-glycan exposes hydrophobic surface of human transferrin. Glycobiology, 24 : 693-702, 2014.

参照

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