88 (31) 氏名(生年月日)
本 , 籍
学位の種類
学位授与の番号 学位授与の日付 学位授与の要件学位論文題目
論文審査委員
タ ムラ ヒロシ田村宏(昭和31
博士(医学) 乙第1195号平成3年7月19日 ・
学位規則第4条第2項該当(博士の学位論文提出者)
漱石の俳句と漢詩 一詩歌療法的見地から一 (主査)教授 田村 敦子 (副査)教授 内山 竹彦,浜野 恭一論 文 内 容 の 要 旨
目的 夏目漱石の内因性精神病の疾病史に沿って,俳句お よび漢詩を概観し,漱石における詩歌の精神療法的意 義を考察する.従来の病跡研究では専ら漱石の病態と 疾病過程が強調されてきたが,本論文では,詩歌療法 の観点から自己治癒過程を明らかにすることによっ て,漱石の生涯および作品の理解に新たな視点を与え ることを目的とする. 対象および方法 漱石の俳句2,450句目よび漢詩208首の内容と年次別 推移について,1)内因性精神病(躁うつ病)の病相期, 2)伝記的事実,3)小説の変遷との連関を検討する, 病相期は千谷に従って,第一回(明治27年夏頃~28年 初夏),第二回(明治34年秋頃~37年中頃),第三回(大 正元年晩秋~3年初冬)の3回戦した. 結果および考察 漱石の俳句・漢詩の時期区分は詩歌療法の観点から, 第1期(自己治療期:明治22年~37年),第II期(移行 期:明治38年~39年),第m期(自己治癒期:明治40年 ~大正5年)とした. 第1期では,詩歌で表現することによって得られる カタルシスが情調の安定をもたらしている.また,詩 歌を媒体とする心的交流は「付合の心」を養成し,生 涯にわたって漱石の人格傾向の病的な側面に救済をも たらす重要な要素となる.第二回病時期には,意図的 に編み出した方法で自ら病気を治療しようとする自己 治療として,俳句が機能している.この自己治療によ る情調の安定化の試みは,詩歌・絵画の心的効用論と して,後に『草枕』の中に述べられている. 第II期は『吾輩は猫である』から『野分』に至るま での時期とする.漱石は『野分』によって小説を自己 探究の手段として獲得している.小説が葛藤や苦悩な どの病的感情の表現を担うようになると,詩歌は第二 義的な表現手段として,健常な精神の働きで創作され る傾向が明確になった.この表現手段の交代によって, 詩歌はその精神療法的役割を自己治療から自己治癒へ と転回したと考えられる.自己治癒とは精神疾患に対 して精神療法を行う根拠になる考えであり,そこには 精神の内発的な治癒力が想定される. 第m期には,修善寺の大患時,および,第三回病相 期の回復期の作品に象徴されるように,詩歌は真に病 理からの解放を遂げて,漱石の精神の健常な部分を大 きく拡大させ,自己治癒過程を促進する役割を果たし ている.さらに,千谷の指摘のように,漱石は『行人』 を境にして人生観を大きく転回し,これ以降,人間と しての「道」を志し,晩年の漢詩に表現されているよ うな高い境地に至っている. 結語 漱石にとって小説は苦悩を伴いながらも自己探究の ための重要な表現手段であったが,俳句および漢詩は それを裏面から支える精神療法的役割を担い,漱石の 人格傾向の病的な側面を緩和するとともに,内因性精 神病の自己治癒過程を促進した. 一692一89